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<PCシナリオノベル(シングル)>


『鬼社』
■序章

午後の光が差し込んでいる室内――その窓際に立って眼下の通りを眺めていた草間は、ふと、この界隈には場違いな少年の姿に目を留めた。
夏の日差しの下をおぼつかない足取りで歩いていた少年は、見上げた看板の文字をじっと見つめた後、草間の死角――つまりビルの中へと入っていった。
「零、もうすぐかわいいお客さんが来るぞ」
「え?」
きょとん、としている零。客というわりに草間の声はあまり嬉しそうには聞こえなかった。
(また厄介な依頼じゃないだろうな…)
そう思いながら草間が煙草に火をつけた時、入り口のドアが開いた。そこに立っているのはさっき見かけた少年である。
「あ…あの…」
まだ幼ない――恐らく小学校高学年だろうと思われる――その少年は、俯いてそれきり喋らなくなった。
右手には裸のままの紙幣をくしゃりと握り締めている。
「ん?ぼく、どうしたの?」
零がやさしく声を掛けた途端、少年の目からはぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「あらららっ、とにかく、こっちにいらっしゃい?」
慌てて入り口に駆け寄る零。少年は一生懸命に左の拳で涙を拭いながらも嗚咽をあげている。
零は困った表情で草間に視線を投げかけると、少年を奥のソファへと連れて行った。

「…で、その友達を助けるのがきみの依頼というわけだね?」
草間はこの話を聞き始めてから数本目の煙草に火をつけた。
こくり、と少年が頷く。彼は佐川祐樹と名乗った。涙は止まっていたが、泣きはらした目が赤い。
「お金は、これしかないけど…お願いします。足りないなら何でもするから…タツヤを助けてください。お願いしますっ」
祐樹はくしゃくしゃになった千円札を三枚、テーブルの上に置いた。最近の子供は金持ちだと言われるが、きっとこれはありったけのお小遣いだろう。じっと草間の顔を見つめている表情は真剣だった。むしろ、すがるような気持ちの方が強いかもしれない。なぜなら今祐樹から聞いた話は、周囲の大人達――例えば親とか教師など――に話したところで到底信じてもらえそうにない内容だったからだ。
「おっけ、引き受けましょう」
「ありがとうございますっ」
「その代わり、もう二度とその場所に近づくんじゃないぞ」
「…わかりました…ご、ごめんなさい…」
「じゃあ後はこっちに任せて、今日は帰りなさい」
「はい…」
心配そうな表情のまま帰っていく少年の姿を見送りながら、草間はある人物のことを思い浮かべていた。
(これはアッチの管轄だな…)
「零」
「はい」
「鬼姫に連絡を取ってくれ」
「はいっ」
鬼姫とは裏社会で暗躍し続けるダークハンター、紅蓮の鬼姫こと雷歌のことだ。
草間の脳裏では、燃えるように赤い彼女の長髪が揺れていた。
(そう言えば随分会ってないな…)
例え50年その姿を見なかったとしても、彼女の外見は少しも変わらないのだろうが……草間は仲介の人物に連絡を取っている零の後姿をぼんやりと眺めながら、煙を吐き出した。

■鬼が棲む社

 生暖かい風の夜。人気のない暗闇の中で微かに足音が響いていた。
その者が身に着けている黒と紅色を使った和装は、恐らくこの時代には不似合いなものだろう。
すらりと背筋を伸ばしたその姿は凛としていて少し近寄りがたい雰囲気をかもし出している。
加えて赤い髪に、赤い瞳――彼女は純粋な人間ではなかった。彼女こそが、草間から今回の件を依頼された通称紅蓮の鬼姫、雷歌である。
「――ここね」
雷歌は誰ともなしに呟くと、右の手の平でそっと朽ちた鳥居の柱に触れた。
その鳥居は元は赤く塗られていたのだろうが、既に色は剥げ落ちている。傾いたその姿は長い年月の間、人の手が入っていないことを容易に想像させた。鳥居の中は結界になっているとよく言われる。無論その通りなのだが、今やその役割は他の何物かに奪われてしまったようだ。
雷歌は奥の方に視線を移した。暗闇に浮かび上がる竹の群れ。雑草が侵入しようとする者の行く手を阻むかのように生い茂っている。
そして、目には映らない『何か』――。
辺りには夏だというのにヒヤリとした空気が漂い、カビに似た臭気が感じられる。
「確かに、何か『居る』わね」
雷歌は瞼を伏せると、辺りの様子を探るために五感を研ぎ澄ませた。彼女はこうする事で人間には感じられないものを感じ取る事ができる。
暗闇の中から聞こえてくる泣き声――これが草間のところへやって来た少年の友達のものだとしたら、まだ間に合う。
しかし澱んだ気配の塊も同時に感じられた。それが鬼なのか他の物の怪なのかはわからない。ただ依頼者の少年は『鬼』と言ったという。
(この近辺にまだ鬼なんているのかしら…。でも、そうね…仕方ない、か)
雷歌は小さくため息をつくと、右手のひとさし指と中指を額に当ててから前方へと向けた。
 しゅっ……
気を投げた先に微かな手ごたえがあった。やはりこの奥には鬼の気に反応できる何かが潜んでいる。
雷歌は鳥居の内側から結界を張り直すと真っ直ぐ進んでいった。

 草間から依頼された時、雷歌に伝えられた要求は二つあった。
一つは、依頼者の友人の命を最優先で助けること。
もう一つは雷歌が持つ鬼の力で魔物を封じ、この場所の気を浄化させる事だった。
進むごとに濃くなっていく臭気に眉を顰めながらも、雷歌は少年達を襲った鬼がいるという大木に向かって歩いていく。
連なる鳥居の大半は朽ち果て、貼られている数々のお札も既に何が書かれているのか判読できない。
少し離れた場所に見える境内も使われなくなってからかなりの年月が経っているように見えた。
少年達が遊び半分で訪れた場所。切れてしまった注連縄。現れたのは自分と同じ――鬼。
偶然にしては、なんと運の悪い……そう考えていた時、不意に周囲の空気がまとわりつく。
「私の邪魔をしたのはお前か!」
気がつけば目の前に樹齢数百年はあろうかという大木があった。
注連縄によって幹に括りつけられた少年の身体はぐったりとして動かない。そして、そこに立っていたのは女性――銀髪の間からは二本の角が覗いている――鬼だった。
「あなたがここで悪さをしているのね」
雷歌は相手が本物の鬼だとわかると、心のどこかで闘り合いたくないと思っている自分に気づいた。
ダークハンターとして生きるようになってから何百年という月日が経過している。いつの間にか自分だけが孤独と共に生きている事に気づいた時、眩暈すら感じた。自らに課せられた運命に嫌悪すら感じたほど…しかし。

「貴様ごとき、今の私でも簡単に消すことができよう。この芙蓉様の狩場へ迷い込んだのが運の尽きだな」
芙蓉、と名乗る鬼は妖艶な笑みを浮かべて佇んでいる。一見赤黒い着物をまとっているように見えたが、その衣からは異様な邪気が漂ってくる。
よく見れば裾の辺りは白い。
(人喰い…!?)
雷歌の背筋に戦慄が走った。この女は人を喰らうことによって生きる鬼なのだ。
恐らく何者かの手によって、この大木に封じられていたのだろう。
その白い顔は確かに美しいけれど、異様に赤い口元がかえって不気味さを感じさせる。
「その子を返しなさい」
雷歌は毅然とした口調で言った。しかし芙蓉は笑ったまま動こうともしない。
「これは次なる獲物を呼び込むための大事な囮じゃ。返すわけにはいかぬ」
芙蓉が左手をかざす。袖が大きく翻り、少年を縛り付ける縄がまるで生きているかのように二重三重に巻き付いていく。それと同時に少年が苦しさに呻いた。
「やめなさいっ」
「近寄るな!」
駆け寄ろうとした雷歌の足元に、枝状のトゲが数本刺さった。
「今度はお前の身体を貫くぞ?それともお前を囮にしてやろうか?身の程を知れ!」
女の周囲には青白い鬼火が舞い、体がふわりと宙に浮かんだ。辺りに響く高らかな笑い声。
「……葬るしかないようね」
雷歌は諦めの言葉を吐くと胸の辺りで印を結んだ。その瞬間、雷歌の姿が本来のそれに変わった。
頭部に現れた一本の角。赤と黒の着物はそのままに、手には長く伸びた爪が現れた。
「お前、鬼か!」
芙蓉は楽しそうに叫んだ。
「面白い、長き眠りから覚めて再び鬼に遭えるとは!ちょうどいい、お前を喰らえば私の身体は完全に元に戻るであろう」
「悪いけど遊びに来たわけじゃないわ」
「小癪な!」
叫ぶと同時に鬼火が渦を巻きながら雷歌に向かって襲い掛かった。
「裂!」
特に慌てる様子もなく雷歌が右手を開いて鬼火に向けた瞬間、塊となっていた鬼火が飛び散った。
「なに!?」
「ご覧の通り、私も鬼――だからこそ貴女のような存在は許せないの」
芙蓉が次に放った鋭利な気の刃をかわす様にわずかに身をかがめた直後、雷歌の姿はそこにはなかった。
「遊んでいる時間はないって言ってるでしょう?早くあの子を放してあげて」
気づいた時には、芙蓉の首筋には雷歌の爪が当てられていた。長く伸びた指と爪は凶器のように鋭く、硬化している。
「貴女の肉体、ようやく再生してきたようだけど…いつまで保てるかしらね?」
背後を取られた芙蓉は身動きができないまま、鬼火を操ろうともがいた。
「無駄な事だって、まだわからないの?」
「うるさいっ!」
再び鬼火が渦を作る。それを見た雷歌は落ち着いた表情のまま、小さく呟いた。
「滅」
途端に霧散する炎。
「お前に私の邪魔はさせぬ!私は再び甦るのじゃ」
芙蓉の声はいつしか悲しい叫びのように変化していた。精気が衰え、身体を保つことができなくなっている事も雷歌にはわかっていた。
「もう、貴女を封じた者はいないのよ…きっと貴女を知る者も…」
「そんな事はどうでもよい。私は永遠に生きたいのだ」
「…愚かな事を」
「なんだと!」
「話している時間はないわ。終わりにしましょう」
雷歌の姿が分散し、四方に分かれた。
「縛!」
かざした掌より現れた炎の縄が芙蓉の身体を緊縛する。
「…我、汝の邪なる気を祓い、二度と現れぬようここに葬る…」
雷歌は袂から出したお札に二本の指で印を刻むと、それを芙蓉に向かって投げた。
「くっ」
紅蓮の炎が広がり芙蓉の身体を覆いこむ。苦しみに抗っても敵うはずがなく、雷歌はただ、その様を見つめながら詠唱を繰り返した。

やがて炎がおさまると芙蓉の姿は消え、そこには大木と静けさが残った。
雷歌は少年の身体を幹に縛り付けていた呪縛を解いて地面に横たわらせた。やつれてはいるが、息はある。
それを確認してようやく安堵の息を漏らした。
「後は、ご神木を清めて縄をしめ直せばいいわね」
用意していたお札と新しい注連縄を取り出し、大木の元へと歩み寄る。
改めて見上げると、それは直径2mはありそうな立派な杉の木だった。
「私だってね…何の抵抗も無く今まで生きてきたわけじゃないのよ…700年も…」
雷歌は自嘲するかのように微笑むと、自らの牙を一本手折ってご神木の根元に埋めた。


■終章

相変わらず強い日差しの下を、雷歌は一人で歩いていた。
普段は人間として生活しているので、頭上の角も隠れている。
「こんにちわ」
彼女は階段を昇りきったところにある草間興信所へのドアを押した。
「あ、雷歌さん!こんにちわー」
零がにこやかに出迎えてくれた。肝心の草間はいつものように煙草を燻らして新聞を読んでいた。
「ああ、わざわざどうも…どうでした?」
「ええ…」
雷歌はかいつまんで事の全容を話し、最後に芙蓉という鬼を封じたことと捕われた子供の記憶を消した事を伝えた。
「なるほど、鬼と言ったのは嘘じゃなかったのか…」
顎に手を当てたまま妙に感心している草間を見て、雷歌はくすり、と笑った。
「綺麗な方でしたよ。お会いしたくなったら言ってくださいね…間違いなく喰われると思いますけど」
「いえ、結構です」
わざとらしく身震いしながら即答する草間の様子に、雷歌と零は目を合わせて笑った。
                                   (鬼社・完)

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はじめまして、飛燕と申します。
この度は発注していただき、ありがとうございました。
雷歌さんのキャラクター設定にとても惹かれてしまいまして、なんとかカッコよく
表現したいと思いながら文章にしていったのですが、いかがでしょうか。
何分不慣れではありますが、イメージを崩すことなく楽しんでいただければ幸いです。
また機会があれば雷歌さんを書かせてくださいね。よろしくお願いいたします。

                                   飛燕 拝