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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


喫茶『夢待』にて
●オープニング【0】
 ある日の掲示板に、次のような書き出しで始まる投稿があった。
『とってもいい喫茶店見付けたの!』
 投稿者は瀬名雫。その内容は、近くの商店街に『夢待』という名の喫茶店を見付けたという物であった。雫によると、昼下がりの買い物途中に何となく魅かれる物を感じて入ってみたのだそうだ。
『バナナジュースとピザトーストを注文したんだけど、本当に美味しかったの☆
 きっと、両隣のお店からいい物を仕入れてるんじゃないかな?
 そこ、パン屋さんと八百屋さんの間に挟まれるしね。
 朝から夜までやってるみたいだから、皆も行ってみたら?
 お客さんに外国の人とか、和服の人とかも居たから、結構流行ってるみたいだよ。
 あっ、綺麗なお姉さんがカウンターの中に居たよっ!』
 凄い褒めっぷりだ。けれどもまあ、本当に味がいいのなら行ってみる価値はあるだろう。
 しかし、少し引っかかることがあった。
 近くの商店街に、パン屋と八百屋があるのは知っている。だが、その間に喫茶店があったかどうかが思い出せないのだ。なかったような気もするし、あったような気もする。はてさて、どっちだったか。
 ともあれ話の種に、どこかの時間帯で店を訪れてみますかね?

●学校帰りの……【3】
 午後4時過ぎ――商店街を訪れる買い物客の数がもうすぐピークを迎えようかという頃。商店街には買い物客に混じって、学校帰りの制服姿の生徒たちの姿も少なくない。ちょうどここが通学路になっているのだろう。
 その中には、海原みなもの姿もあった。けれども普段であれば、みなもの姿がここにあるはずがない。何故ならこの商店街は、みなもの通学路ではないのだから。
 では、何故みなもの姿がここにあるのか。それは例の雫の書き込みに理由があった。『夢待』に興味を持ったみなもは、学校帰りに足を伸ばしてわざわざやってきたのである。
(知りませんでした……いつの間にかそんないいお店が出来ていただなんて)
 雫の書き込みを思い出しながら、そんなことを考えるみなも。件の話を読む限り、悪い店ではない。むしろよさそうな店に思える。あれが事実であれば、姉のみそのを連れてくるのにいい喫茶店かもしれない。
 まあ、エイプリルフールでもないのにわざわざ雫が嘘を吐くとも思えないので、まず事実だろうと思われるのだが――やはり自分の目で確かめてみる必要がある。つまり、下見だ。ゆえに、みなもの姿がここにある訳だ。
 足を止め、買い物客で賑わう商店街をぐるりと見回すみなも。喫茶店を探す目印は、パン屋と八百屋。この間に挟まれているのが『夢待』だ。
「……あそこ?」
 みなもがやや間の抜けたようにつぶやく。目指す場所は、いともあっさりと見付かった。みなもの視線の先には、『夢待』と書かれた看板があったのである。
 両隣にあるのはパン屋と八百屋。その間に挟まれているのは、和洋折衷な雰囲気もあるクラシカルな外観の喫茶店。どうやらここで間違いないようだ。
 喫茶店の前に立ち、みなもはしげしげと外観を眺めた。第一印象は悪くない。
「でも外観がよくても、大切なのは中身ですよね」
 その通り。店内の雰囲気や料理の味などが悪ければ、全てがぶち壊しになってしまう。みなもはそれらを確かめるべく、喫茶店の中に足を踏み入れた。

●意外な申し出【4】
 みなもが『夢待』に足を踏み入れると、扉の上につけてあった鐘の音が、カランコロンと店内に鳴り響いた。
「いらっしゃいませ」
 みなもを出迎えたのは、カウンターの中に居た腰まである黒髪ストレートの女性。見た目はおおよそ20代後半、30歳手前といった感じに見える。雫が書いていたように、確かに綺麗ではある。
 その女性は、黒のワンピースの上にシンプルな白のエプロンをつけていた。ここのウェイトレスなのだろうか。それともこの年齢なら、店長かもしれない。
 みなもはまず、ぐるり店内を見回してみた。客はカウンター席に座る、頭がはげ上がって口元に白い髭をたくわえた初老の外国人らしい男性1人だけだった。
 内装はごく普通の喫茶店、全体的に落ち着いた雰囲気で統一されていた。客が多い時でどのくらい入るのかは分からないが、今のこの状況くらいであれば姉のみそのを連れてきても落ち着いてくつろげそうではある。
 みなもは男性と同じく、カウンター席に腰を降ろした。
「何になさいますか?」
 女性が笑顔で、メニューをみなもに差し出した。手に取り、メニューを開くみなも。そこには普通の喫茶店同様のメニューが、ずらりと並んでいた。名古屋方面にある某喫茶店みたく、変わりメニューは見当たらない。
「ええっと……珈琲と。それから、ピザトーストをいただけますか?」
 途中一瞬だけ思案して、みなもは注文の品を決めた。
「はい、かしこまりました」
 女性はにこっと笑顔を向けると、そのまま店の奥に引っ込んでいった。恐らく厨房がそちらにあるのだろう。
 メニューを閉じたみなもは、ふと視線を感じていた。女性が奥に引っ込んだ以上、視線の相手は1人に限られる。客の男性だ。
 みなもがそちらに振り向くと、案の定男性がこちらを向いていた。にこっとみなもに笑いかけてくる男性。よく分からないが、とりあえずみなもも笑顔を返しておいた。
(制服姿が目立っているのかなぁ?)
 そういう可能性もなきにしもあらず。外国人からすれば、日本の生徒の制服姿は奇妙に映ることもあるそうだから。
 それはそれとして、制服姿だと追い出される喫茶店もある中、注意すらされていないのだから、幸運だと言えよう。
 しばらくして、再び女性が店の奥から姿を現した。手には珈琲とピザトーストを載せた銀盆トレイを持っている。
「お待たせしました、珈琲とピザトーストです」
 と言い、みなもの前にそれらを並べる女性。分厚いトーストの上に熱々たっぷりの具とチーズが載っている図は、何とも美味しそうに見える。
「いただきます」
 手を合わせてから、珈琲に口をつけるみなも。ひとまず最初の1口は、砂糖も何も入れずに飲んでみた。
(苦っ。でも……嫌な感じじゃないかも)
 口の中に広がる珈琲の苦さに、カップから口を離すみなも。しかし、不味いということではない。変にいじられることもなく、豆本来が持つ苦味がそのまま素直に出ているという感じか。
 続いてみなもは、ピザトーストに手を伸ばした。熱々の物は、熱々のうちに食べないと味が落ちてしまう。みなもは口の中を火傷しないよう気を付けながら、ピザトーストを食べてみた。
「美味しい……っ」
 予想以上だといった表情を見せるみなも。チーズがたくさん載っていたら、チーズの匂いが少々鼻につきそうな感じはある。けれどもこのピザトーストはそんなこともなく、チーズの匂いは適度に抑えられていた。
 無論味も悪くない。人工着色料などの類を含む様子もなく、これだったら姉のみそのを連れてきても何ら問題なさそうに思える。
「あのっ」
 みなもは食べる手を止めて、女性に話しかけた。女性が微笑みを返してくる。
「はい、何でしょうか?」
「店長さん……ですか?」
「ええ、そうです」
「店長さん、このピザトーストとっても美味しいですね。それに珈琲も……」
「それはどうもありがとうございます」
 にこっと微笑み、女性が礼を言った。
「何か特別な食材を使用したり、工夫をされているんですか? あの、あんまり美味しかったものですから……」
 つい突っ込んで聞き過ぎてしまったかなと心配し、慌てて理由を口にするみなも。しかし心配は杞憂。女性はむっとしたり、怒ったりするようなこともなく、みなもの疑問に笑顔のまま答えてくれた。
「いい食材は使っていますよ。工夫は、いい食材を惜しむことなく使う……くらいでしょうね。特別なことではなく、当たり前のことですよ」
「へえ……そうなんですか。あたし初めてこのお店に来たんですけど、もう店を始められて長いんですか?」
「長いといえば、長いでしょうか。人によっては短いかもしれませんし」
「……アルバイトの方は、居られたりするんですか?」
 アルバイトを増やそうかなと考えていたみなもは、ちゃっかりとそんな質問もしてみた。もしアルバイトを募集しているようなら、応募してみるのも悪くないかもしれない。
 アルバイトが居るとして、恐らく制服は今女性がつけているようなシンプルな白エプロンになるだろうと思われる。ファミレスのように綺麗という訳ではないが、これはこれで悪くない。
 けれども女性の答えは、みなもの期待を外れる物だった。
「ごめんなさいね、アルバイトは雇っていないんです。1人で切り盛りしていますから」
 やや申し訳なさそうに答える女性。
「あっ……そうなんですか」
 みなもはそうとだけ答え、小さく溜息を吐いた。その時、不意に男性がみなもに話しかけてきた。英語やフランス語といった外国語ではない、日本語でだ。
「そこの君っ!」
「はいっ?」
 反射的に返事をし、男性の方に振り向くみなも。男性がじっとみなもの顔を見ていた。
「私の絵のモデルになってはくれまいか?」
「……はい?」
 単刀直入な男性の申し出に、きょとんとするみなも。というか、あからさまに怪しさがある。
「モデル代は、即座に金で渡そう。いい物が描けそうな気がするのだ」
「?」
 眉をひそめ、怪訝な表情を見せるみなも。様々な通貨が流通している現代の世において、モデル代を金(きん)で渡すだなど、いったいどういうつもりなのか。
「ダメですよ、ダ・ヴィンチさん」
 女性が男性を窘めるかのように、口を挟んできた。
「この間ここに連れてこられたモデルさんは、どうされるんです? モナ・リザさんと言いましたか」
「あれはあれ、これはこれだ」
「ダメですよ。多大な不都合が生じますから」
「むう……仕方ない。諦めるとしよう。代金はツケておいてくれ」
 と言い、男性は席を立って入口の方に歩いていった。
「ありがとうございました」
 男性に声をかける女性。みなもはそれを聞きながら、思案していた。
(ダ・ヴィンチさん、モナ・リザさん……? それってまさか、ひょっとして?)
 そう、みなもの目の前に居たのは、あのレオナルド・ダ・ヴィンチであったのだ――。

●後日談【14】
 例の雫の書き込みからしばらくの間、掲示板には『夢待』を探してきたという報告が相次いでいた。
 だがしかし、各人の報告を読んでみると色々と話の食い違う部分も見受けられた。中には見付けられなかっただとか、2度目に行ってみた時に見当たらなかったなんて話もある。
 話の食い違わない部分は、料理が美味しいことと、女性が出迎えてくれるという部分だけであった。
 それでも多くの者が『夢待』を探し当て、複数回足を運んだ者も居るようだから、実在することは間違いないのだろう。
 掲示板には報告ラッシュが過ぎ去った後も、ぽつぽつと『夢待』レポートが書き込まれるようになった。
 もちろん今でも、だ。

【喫茶『夢待』にて 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
                    / 女 / 15 / 学生 】
【 0332 / 九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)
                / 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0442 / 美貴神・マリヱ(みきがみ・まりゑ)
                   / 女 / 23 / モデル 】
【 1252 / 海原・みなも(うなばら・みなも)
                   / 女 / 13 / 中学生 】
【 1402 / ヴィヴィアン・マッカラン(う゛ぃう゛ぃあん・まっからん)
                  / 女 / 20? / 留学生 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全15場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・まず最初に、完成が大幅に遅れてしまったことを皆様に深くお詫びいたします。ようやく今回のお話をお手元にお届けすることが出来ました。長くお待たせさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
・今回のお話ですが、例外もありますが皆さんほぼ単独の内容となっています。というのも、『夢待』に行く時間帯がばらけていたからですね。
・ある意味異色な内容のお話ではあるんですが、今回の本質を突いてきた方は……居るものですねえ。プレイングを読んだ時、高原は驚きましたとも。
・ちなみに、『夢待』の文字をひっくり返し、音読みにしてみてください。何故に本文でああいうことが起こっているのか、納得出来ると思います。
・海原みなもさん、5度目のご参加ありがとうございます。残念ながらアルバイトは募集していませんでした。が、お姉さんを連れてくるには相応しい場所かと思います。ちなみに塩も、綺麗な海水から昔ながらの方法で作り出した物だったり……。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。