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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


喫茶『夢待』にて
●オープニング【0】
 ある日の掲示板に、次のような書き出しで始まる投稿があった。
『とってもいい喫茶店見付けたの!』
 投稿者は瀬名雫。その内容は、近くの商店街に『夢待』という名の喫茶店を見付けたという物であった。雫によると、昼下がりの買い物途中に何となく魅かれる物を感じて入ってみたのだそうだ。
『バナナジュースとピザトーストを注文したんだけど、本当に美味しかったの☆
 きっと、両隣のお店からいい物を仕入れてるんじゃないかな?
 そこ、パン屋さんと八百屋さんの間に挟まれるしね。
 朝から夜までやってるみたいだから、皆も行ってみたら?
 お客さんに外国の人とか、和服の人とかも居たから、結構流行ってるみたいだよ。
 あっ、綺麗なお姉さんがカウンターの中に居たよっ!』
 凄い褒めっぷりだ。けれどもまあ、本当に味がいいのなら行ってみる価値はあるだろう。
 しかし、少し引っかかることがあった。
 近くの商店街に、パン屋と八百屋があるのは知っている。だが、その間に喫茶店があったかどうかが思い出せないのだ。なかったような気もするし、あったような気もする。はてさて、どっちだったか。
 ともあれ話の種に、どこかの時間帯で店を訪れてみますかね?

●不安を抱えつつ【12】
 昼の1時を少し過ぎた頃、買い物客も少なくない商店街を歩く2人の女性の姿があった。
 1人はエスニックな顔立ちで、服の上からでもそれと分かる抜群のプロポーションを持つ背丈の高い若い女性、美貴神マリヱ。もう1人は小柄な女性、いや少女と言った方が正確か――志神みかね。
 マリヱがみかねを誘い出し、この商店街にやってきたのだ。その理由はもちろん――。
「雫ちゃんが言ってたのは、この商店街なんでしょぉ? 『夢待』って喫茶店があるのは」
 きょろきょろと商店街を見回すマリヱ。目印はパン屋と八百屋。この2軒が見付かれば、目指す喫茶店も自ずと見付かる。何故なら『夢待』は目印2軒の間にあると、雫が言っていたのだから。
「そのはずなんですけど……」
 不安げな表情で答えるみかね。『夢待』に興味はあるものの――でなければ、マリヱに誘われてついてくるはずがない――みかねがそんな表情をするのには理由があった。
 どうも覚えがないのだ。単純に自分が忘れているだけか、灯台下暗しで気付いていなかっただけかもしれない。
 それならまだ自分の注意力不足、観察力不不足で話が片付く。けれどもそうではなく、本当に喫茶店が存在していなかったら?
(あるのかないのか……お化け屋敷じゃ……ないよね……? そういうお店の食べ物って……食べても平気なのかなぁ)
 そういう心中を察したのだろう。マリヱがぽんっとみかねの肩を叩いた。
「雫ちゃんの話だと、現実にある食材を使って美味しい物を作ってるんだから大丈夫♪ 雫ちゃんだって大丈夫そうだし」
 マリヱはそう励ますように言うと、さらにこう言葉を続けた。
「何なら、私が毒見をしてあげてもいいし」
 にっこり微笑むマリヱ。一瞬の間を置いて、みかねはこくんと頷いた。
「そう……ですよね。雫ちゃんは美味しかった、って言ってるし」
 みかねは自分を納得させるように言った。考えてみれば、あの書き込みの後で身体の調子が悪くなったとか、妙なことが起きるようになったなどという話は聞いてはいない。だからまあ、大丈夫なのだろう……たぶん。
「あっ、マリヱさん」
 少しして、何かを見付けたみかねがマリヱの名を呼んだ。ちょうど他の場所に目を向けていたマリヱが、呼ばれた拍子に振り返った。
「えっ? 見付かったの?」
「看板がありました」
 安堵した表情で、少し先にある看板を指差すみかね。看板には『夢待』と書かれている。そこには和洋折衷な雰囲気もある、クラシカルな外観の喫茶店があった。
 もちろん、パン屋と八百屋の間に挟まれている。どうやらここで間違いないようだ。
「ちゃんとお店があるんだから心配ない♪ 早く行きましょ」
「そうですね」
 みかねはマリヱに腕を引っ張られ、喫茶店の中に入っていった。

●どきどきしちゃう……【13B】
 マリヱとみかねが『夢待』に足を踏み入れると、扉の上につけてあった鐘の音が、カランコロンと店内に鳴り響いた。
「いらっしゃいませ」
 2人を出迎えたのは、カウンターの中に居た腰まである黒髪ストレートの若い女性。見た目はマリヱと同じくらい、20代前半といった感じに見える。雫が書いていたように、確かに綺麗だ。
 その女性は、黒のワンピースの上にシンプルな白のエプロンをつけていた。ここのウェイトレスなのだろうか。
 きょろきょろと店内を見回すみかね。店内には奥のテーブルに、カレーライスを食べている背広姿の男性2人連れが居るだけだった。
「普通……ですね」
 みかねが小声でマリヱに話しかけた。見た所、別段何も変わった部分は見受けられない。普通の喫茶店だ。
「ほら、大丈夫大丈夫。カウンターが空いているから、ここに座りましょ」
 そうマリヱに促され、みかねはカウンター席に腰を降ろした。
「何になさいますか?」
 笑顔の女性が2人の前にメニューを置いた。マリヱがメニューを開くことなく口を開いた。
「ねぇ、ここのお薦めって何?」
「どれもお薦めですよ」
 にっこり笑顔でさらりと切り返す女性。こう真正面から切り返されると、『そうですか』としか答えようがない。
「あの……バナナジュースと、ピザトーストを」
 みかねは雫が頼んだのと全く同じ物を注文した。とりあえず、無難にいってみようというつもりらしい。
「みかねちゃんそれ? じゃあ、あたしもそれで♪」
 みかねと同じ物を注文するマリヱ。揃って注文すれば、出てくるタイミングも同じだろう。
「はい、かしこまりました」
 女性はそう言うと、店の奥に引っ込んでいった。恐らく厨房がそちらにあるのだろう。
 ついついカウンターに身を乗り出して、厨房の方を覗き込もうとするみかね。しかし長い暖簾に阻まれて、よく見えない。
「もし、狐とか狸に化かされてるとかだったら……」
 がっくりと肩を落とし、みかねが一抹の不安を口にした。
「うーん、街中だから大丈夫じゃない? 山奥だったら、そんな可能性もあるかもしれないけど」
「……ですよね。街中ですもんね」
「ちゃんとした食材を使って、美味しくて、お腹一杯になるならどんな店でも構わないじゃない……なんて……ダメ? 当に隠れた名店、って感じで♪」
「かもしれませんね」
 あっけらかんとしたマリヱの言葉に、少しほっとするみかね。不安が全てぬぐい去られた訳ではないが、それでも気が楽になったことは間違いない。
 と、そんな会話を交わしていた2人の耳に、奥のテーブルに居る客たちの会話が聞こえてきた。
「お前んとこ、会社の景気どうだ?」
「うちは絶好調だぞ。そういうお前んとこはどうなんだ?」
「言うまでもないだろ。社長なんて、ほくほく顔さ」
 不景気だ、不景気だと言われるこの時期に何とも景気のいい話である。
「景気のいい所はいいんですね」
「そうねぇ。ちらっと見ただけだけど、あの2人の背広、いい生地使ってるみたい」
 小声で会話するみかねとマリヱ。さらに奥のテーブルの客の会話は続いていた。
「戦争に勝ったもんなあ」
「そうそう、特需特需」
 確かについ最近、イラク戦争がほぼ終結している。けれども特需と言われるほど、景気に影響しているかと問われると疑問である。
「清から賠償金がっぽり。このまま好景気が続くといいよなあ」
「ずっと続くだろ」
「だよなあ」
 そして奥のテーブルから笑い声が聞こえてきた。一方、みかねとマリヱはというと――みかねが首を傾げていた。
(清?)
 『戦争に勝った』、『賠償金』、そして『清』。これらのキーワードから思い浮かぶのは1つしかない。
「……日清戦争?」
「203高地のあれだっけ?」
「それ、違うと思うんですけど……」
 首を傾げるみかね。ちなみにマリヱが言ったのは、日露戦争での出来事だ。
 平成の世、日清戦争の話をリアルタイムに語る奴はまず居ない。だのに、奥のテーブルの客たちは何故そんな話をしているのか?
「そろそろ行くか。おーい、代金ここに置いておくよー」
「はーい、どうもありがとうございましたー」
 客の呼びかけに対し、店の奥から女性の声が返ってきた。そして客2人は、連れ立って『夢待』を後にした。
「マリヱさん……」
 また不安げな表情を見せるみかね。
「今の人たち、どこから来たんですか? 外に出たら、いきなり明治時代だなんてことは……」
「でも、雫ちゃんはちゃんと帰ってきてるでしょ? 大丈夫よ、そういう気がするし」
 にこっとみかねに微笑みかけるマリヱ。
「ですよね……帰れますよね」
 こくんと頷くみかね。とは言うものの落ち着かないのか、足元を見たり、店内を見回したりと、そわそわとした素振りを見せていた。
「お待たせしました。バナナジュースとピザトーストです」
 少しして、女性が店の奥から注文の料理を運んできた。分厚いトーストの上に熱々たっぷりの具とチーズが載っている図は、何とも美味しそうである。
「いっただきまーす☆」
 マリヱはそう言うと、さっそく熱々のピザトーストに取りかかった。みかねもためらいは見えたものの、まずはバナナジュースに口をつけた。
「……美味しいっ」
 先程までの不安げな表情が吹き飛び、驚いたようにみかねが言った。
「しっかりバナナの味がしてますよ?」
「はふ……はふい……けど美味ひ……」
 みかねが振り向くと、マリヱは今まさにピザトーストと格闘している所だった。どうやらこちらも問題なさそうである。
「美味しいーっ☆ やっぱりいい材料使っているの?」
 口の中のピザトーストを飲み込んだマリヱは、そう目の前の女性に話しかけた。
「ええ、いい材料は使ってますよ。そのジュースも、バナナをたっぷりと使って」
 笑顔で答える女性。マリヱはさらに積極的に話しかけていった。
「これだったらお店も流行るでしょう? ここ、長いの?」
「長いといえば、長いでしょうか。人によっては短いかもしれませんし」
「ふーん。ねぇ、ここの人ってどういう人なの?」
「普通の人ですよ。ええ、普通の」
 にっこりとマリヱに微笑みかける女性。
「普通なのぉ? ひょっとして、妖精だとか幽霊とかじゃあ?」
 笑いながら切り返すマリヱ。『幽霊』という言葉が出た瞬間、みかねの身体が一瞬びくっとなったような気がした。
「…………」
 女性はそれに答えることなく、無言でにっこり笑顔をマリヱに向けていた。この様子では、これ以上聞いても無駄かもしれない。
「あの、すみません……パンケーキと紅茶を」
 バナナジュースとピザトーストを平らげたみかねは、少し遠慮がちに女性に注文した。
「あたし、ピザトーストもう1枚♪」
 やはりこちらも綺麗に平らげていたマリヱは、ピザトーストを追加注文した。味などに妙な所はない、ごく普通の美味しい料理であった。
 2人はそれからしばらく料理を堪能してから『夢待』を後にした。もちろん外は入る前と同じ風景、いつもの商店街が目の前に広がっていた。
「よかったあ……ちゃんと戻ってこれて」
 みかねはほっと胸を撫で下ろした。

●後日談【14】
 例の雫の書き込みからしばらくの間、掲示板には『夢待』を探してきたという報告が相次いでいた。
 だがしかし、各人の報告を読んでみると色々と話の食い違う部分も見受けられた。中には見付けられなかっただとか、2度目に行ってみた時に見当たらなかったなんて話もある。
 話の食い違わない部分は、料理が美味しいことと、女性が出迎えてくれるという部分だけであった。
 それでも多くの者が『夢待』を探し当て、複数回足を運んだ者も居るようだから、実在することは間違いないのだろう。
 掲示板には報告ラッシュが過ぎ去った後も、ぽつぽつと『夢待』レポートが書き込まれるようになった。
 もちろん今でも、だ。

【喫茶『夢待』にて 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
                    / 女 / 15 / 学生 】
【 0332 / 九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)
                / 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0442 / 美貴神・マリヱ(みきがみ・まりゑ)
                   / 女 / 23 / モデル 】
【 1252 / 海原・みなも(うなばら・みなも)
                   / 女 / 13 / 中学生 】
【 1402 / ヴィヴィアン・マッカラン(う゛ぃう゛ぃあん・まっからん)
                  / 女 / 20? / 留学生 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全15場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・まず最初に、完成が大幅に遅れてしまったことを皆様に深くお詫びいたします。ようやく今回のお話をお手元にお届けすることが出来ました。長くお待たせさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
・今回のお話ですが、例外もありますが皆さんほぼ単独の内容となっています。というのも、『夢待』に行く時間帯がばらけていたからですね。
・ある意味異色な内容のお話ではあるんですが、今回の本質を突いてきた方は……居るものですねえ。プレイングを読んだ時、高原は驚きましたとも。
・ちなみに、『夢待』の文字をひっくり返し、音読みにしてみてください。何故に本文でああいうことが起こっているのか、納得出来ると思います。
・志神みかねさん、32度目のご参加ありがとうございます。狐狸妖怪などの仕業でなく、料理は美味しい喫茶店でしたね。普通の喫茶店とは言いませんけれど、ええ。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。