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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


喫茶『夢待』にて
●オープニング【0】
 ある日の掲示板に、次のような書き出しで始まる投稿があった。
『とってもいい喫茶店見付けたの!』
 投稿者は瀬名雫。その内容は、近くの商店街に『夢待』という名の喫茶店を見付けたという物であった。雫によると、昼下がりの買い物途中に何となく魅かれる物を感じて入ってみたのだそうだ。
『バナナジュースとピザトーストを注文したんだけど、本当に美味しかったの☆
 きっと、両隣のお店からいい物を仕入れてるんじゃないかな?
 そこ、パン屋さんと八百屋さんの間に挟まれるしね。
 朝から夜までやってるみたいだから、皆も行ってみたら?
 お客さんに外国の人とか、和服の人とかも居たから、結構流行ってるみたいだよ。
 あっ、綺麗なお姉さんがカウンターの中に居たよっ!』
 凄い褒めっぷりだ。けれどもまあ、本当に味がいいのなら行ってみる価値はあるだろう。
 しかし、少し引っかかることがあった。
 近くの商店街に、パン屋と八百屋があるのは知っている。だが、その間に喫茶店があったかどうかが思い出せないのだ。なかったような気もするし、あったような気もする。はてさて、どっちだったか。
 ともあれ話の種に、どこかの時間帯で店を訪れてみますかね?

●陰に隠れて【1】
 朝8時半過ぎ――そろそろ商店街が動き出そうかという頃だ。生鮮食品を扱う店の多くはシャッターを開き、開店準備に追われていた。
 そんな商店街の通りを、とことこと歩いてくる若い女性の姿があった。いや、若い女性が歩いているのは別に普通である。普通でない……もとい、商店街には似つかわしくないのはその格好だった。
 女性が着ていたのは黒を基調とし、レースをふんだんに使い、形が凝っているドレス――いわゆる『ゴスロリ』と呼ばれる物。その女性はゴシックロリータファッションに身を固めていたのである。原宿や渋谷ならともかく、ごく普通の商店街に合っているかと問われると『?』がつくだろう。
 だが、ゴシックロリータファッションが似合っていない訳ではない。むしろ、似合い過ぎている。まるで可愛らしい人形が、そのまま実物大になったかのように。
 そう思わせるのは、白い肌に映える大きくぱっちりとした紅っぽい瞳とチャーミングさのあるそばかす、そして腰までの流れるような長い髪によるものだろうか。染めているのか、髪は鮮やかなピンク色をしていた。
(雫ちゃんが話してたのは、この辺だよね?)
 その女性――ヴィヴィアン・マッカランはふと立ち止まって、それらしい喫茶店を探してみた。八百屋とパン屋に挟まれた喫茶店を。
「ないじゃないっ!」
 次の瞬間、ヴィヴィアンは叫んでいた。少し先の方で八百屋とパン屋こそ見付かったものの、喫茶店らしき建物があるようには見えなかったのだ。
「う〜、雫ちゃんを問い詰めてやる〜」
 口元をへの字にし、少し悔しそうに言うヴィヴィアン。昼の混みそうな時間帯を避けて、せっかくまったりと朝のモーニングセットでも食べようかと思って来てみたのに、肝心の喫茶店が見付からないのでは意味がない。
「食べ物の恨みは恐ろしいんだしぃ」
 ヴィヴィアンの頭の中は、すっかりモーニングセット一色になっていた。それなのにこの仕打ちを喰らっては、やってられない。愚痴の1つや2つは出て当然だ。
 ヴィヴィアンは回れ右して帰ろうかと一瞬思ったが、念のためもう1度辺りを見回してみることにした。すると――。
「あれ? あった〜」
 間の抜けた声を発するヴィヴィアン。八百屋とパン屋の間に、喫茶店があったのだ。
「おかしいよね、さっきは見当たらなかったんだしぃ」
 不可思議な現象に首を傾げつつも、見付かったのだからまあいいかとばかり、急ぎ足で喫茶店に向かうヴィヴィアン。和洋折衷な雰囲気もあるクラシカルな外観の喫茶店の前、入口に近い所には『夢待』と看板が出ていた。
「あ、分かった〜☆」
 ヴィヴィアンはぽんと手を叩いた。
「この看板が建物に近かったから、分からなかったんだよね」
 よく見れば、手前のパン屋の前にも大きな看板が出ている。きっとその陰になり、喫茶店の看板が隠れてしまったのだろう。ヴィヴィアンはそう考えた。
 謎が解ければ何てことはない。すっきりとした気分で店内に入れる。
「それじゃあ『夢待』にレッツゴー♪」
 右手のこぶしを高らかと天に突き上げると、ヴィヴィアンは意気揚々として喫茶店の中に入っていった。

●堪能、堪能、また堪能【2】
「おはようございま〜す♪」
 ヴィヴィアンが『夢待』に足を踏み入れると、扉の上につけてあった鐘の音が、カランコロンと店内に鳴り響いた。
「いらっしゃいませ」
 ヴィヴィアンを出迎えたのは、カウンターの中に居た黒髪三つ編みの若い女性。見た目はヴィヴィアンよりも若く、三つ編みのためか高校生くらいに見えないこともない。
 その女性は、黒のワンピースの上にシンプルな白のエプロンをつけていた。ここのウェイトレスなのだろうか。綺麗と言うよりは、可愛らしく見える。
「ん〜っとぉ」
 店内を見回すヴィヴィアン。モーニングサービスの時間帯だろうに、不思議なことに店内には客の姿がなかった。そのためか元々か、店内には落ち着いた雰囲気が漂っていた。
(入れ違いなのかなぁ?)
 そういうこともあるだろう。たまたま、客が入れ替わる時間に足を踏み入れただけで。
 けれどもこの状況は、朝食を食べながらレポートでも書こうかと考えていたヴィヴィアンにはラッキーだった。何故なら、他の客に気兼ねすることなく作業が出来るからだ。混雑している店でやった日には、もう周囲の視線が痛い痛い。
 客は居ないのだから、どこにでも座れる。結局ヴィヴィアンは、入口に程近いテーブルに陣取って腰を降ろした。
「いらっしゃいませ、何になさいますか?」
 カウンターから出てきた女性が、笑顔でヴィヴィアンにメニューを手渡した。
 メニューを開くヴィヴィアン。右上に『モーニングセット』としっかり書かれていることをすぐに確認した。
「モーニングセット1つくださぁい♪」
「A・B・Cの各セットがありますが?」
「えっ?」
 一瞬きょとんとし、ヴィヴィアンはもう1度メニューに目をやった。すると『モーニングセット』という文字の下に、『Aセット:和食、Bセット:洋食、Cセット:和洋折衷』と若干小さな文字で書かれていた。
「それじゃあ、Bセットで」
 即決するヴィヴィアン。頭の中は、もうオーソドックスなモーニングセットで一杯になっている。Bセット以外を頼んでどうする、といった状況である。
「あっ、飲み物は紅茶で☆」
 英国人ではないが紅茶派のヴィヴィアンは、忘れずそう付け加えた。美味しい紅茶が出てくれば、幸せである。
「はい、かしこまりました」
 女性はにっこりと答えると、店の奥に引き返していった。今から作るだろうから、10分ほどはかかるだろうか。
 モーニングセットが出てくるまでの時間も無駄にせぬよう、ヴィヴィアンはバッグから来週提出のレポートの資料となる本を取り出して開いた。
 本は日本の中世史、具体的には鎌倉時代から安土・桃山時代辺りを扱った物であった。すなわち、ヴィヴィアンの抱えているレポートは日本の中世史についてである。
 開いたページはちょうど、織田信長の天下統一に向けた行動に触れている辺りであった。ちゃんと肖像画も載っている。本文に目を通すヴィヴィアン。
 しかし気もそぞろ。モーニングセットが気になって、内容などほとんど頭に入ってこない。
(分厚いトーストにたっぷり塗ってあるバター……。そこに、スクランブルエッグとソーセージ、そしてサラダが添えてあるに違いないよね〜☆)
 ヴィヴィアンの頭の中では、すでにそういうことになっていた。想像するだけで、ついついよだれが出てしまいそうだ。
「……うふ」
 無意識に口元を拭うヴィヴィアン。……どうやら少しばかし出てしまったようだ。
「お待たせしました、モーニングBセットです」
 再び女性がやってきて、ヴィヴィアンの前にモーニングセットを並べた。
(当ったり〜♪)
 ビンゴ。出てきたのは、ヴィヴィアンが想像していたのと全く同じ内容。いや、分量は実際の方が若干多いか?
「いただきまぁす☆」
 満面の笑みを浮かべ、さっそくヴィヴィアンはモーニングセットに手をつけ始めた。すると、女性がこう付け加えた。
「食後にデザートのアイスクリームをお持ちしますね」
「ふ?」
 ちぎったトーストをあむっと口にくわえたまま、女性の方に振り向くヴィヴィアン。まさかデザートまでついてくるとは想像以上、嬉しい誤算であった。
 レポートの執筆はどこへやら、ヴィヴィアンはもぐもぐとモーニングセットを満喫していた。いや、紅茶も含め、それだけ美味しいのである。
「美味し〜い☆ 雫ちゃんありがとう〜」
 満足げな表情を見せ、雫に感謝するヴィヴィアン。何せ雫が『夢待』を見付けなければ、ヴィヴィアンも訪れることがなかったのだ。そうすれば、こんな美味しいモーニングセットを食べることも出来なかった訳で。雫様様である。
 さて、このようにヴィヴィアンがモーニングセットを満喫していると、店内に鐘の音が鳴り響いた。客がやってきたのだ。
 目だけ動かしてヴィヴィアンが見ると、カウンター席に腰を降ろす和服姿の男性が2人居た。
 和服といってもあれだ。1人は日本史の本でよく見るような大きく紋を入れた服装。もう1人は小姓風の服装だ。それより何より、2人とも程度に差はあれ頭にまげを結っていたのだ。
(何かの撮影かなぁ?)
 ヴィヴィアンは一瞬そう考えた。近くでドラマか何かのロケがあって、休憩中に訪れたのであれば衣装のままであっても不思議ではない。
 けれども、大きく紋を入れた服装の男性にヴィヴィアンは覚えがあったような気がする。それも、つい最近見たばかりのような。
「いらっしゃいませ、安土の殿様」
 女性が笑顔でカウンター席の客に話しかけた。
(安土の殿様……って、ええ〜っ!?)
 はっとするヴィヴィアン。男性を、どこで見たのか思い出したのだ。
「織田信長なのぉっ?」
 思わずヴィヴィアンは、そう口に出してしまった。すると小姓風の男性――美少年と言った方が相応しい――がくるりと振り返って、ヴィヴィアンを叱責した。
「無礼な! 殿に向かって呼び捨てとは何事ぞ!」
「よいよい、蘭丸。今日のわしは気分がよい。捨て置け」
 織田信長と思しき男性が、小姓風の美少年を窘めた。蘭丸と呼んだことからすると、この美少年は森蘭丸なのだろう。
「はっ……殿がそのように申されるのでしたら」
 信長にうやうやしく頭を下げる蘭丸。そこに女性が、入れたての珈琲を出してきた。
「珈琲2つ、お待たせいたしました」
「おう、南蛮の茶か。何度飲んでも、不可思議な味だの」
 信長はそう言って、珈琲に口をつけた。
「蘭丸、お主も飲むがよい」
「はっ」
 信長に促され、蘭丸も珈琲に口をつける。先程のことといい、殿様の命令は絶対なのだろう。
(これはぁ……ひょっとしてチャンスなのかなぁ?)
 ふとそんな考えが、ヴィヴィアンの脳裏をよぎった。本物かどうかよく分からないが、歴史上の人物本人に会えることなどまずない。しかもそれが、ちょうどレポート対象の中世に生きていた人物であればなおさらだ。
「すみませ〜ん。あのぉ、色々とお聞きしたいことがあるんですけどぉ☆」
 好奇心が上回ったヴィヴィアンは、色々と質問をするべく信長に声をかけた。
「何じゃ? ふむ……見た所、南蛮の女子のようだの。よし、何でも申すがよい。許してつかわそう」
「ありがとうございます♪ じゃあ〜……まずは桶狭間の戦いのことなんですけどぉ」
 信長の許しを得たヴィヴィアンは、蘭丸の厳し気な視線など何のその、次々に質問を投げかけていった。その勢いは弓矢というよりマシンガンのごとくであった。
「女子は姦しいと相場が決まっておるが……お主のような者は初めてじゃ」
 最後の方には、信長にそんな言葉まで吐かせてしまっていた。
 ともあれ質問は大成功。ヴィヴィアンのレポート作成に、大いに役立つ結果となったのである。

●後日談【14】
 例の雫の書き込みからしばらくの間、掲示板には『夢待』を探してきたという報告が相次いでいた。
 だがしかし、各人の報告を読んでみると色々と話の食い違う部分も見受けられた。中には見付けられなかっただとか、2度目に行ってみた時に見当たらなかったなんて話もある。
 話の食い違わない部分は、料理が美味しいことと、女性が出迎えてくれるという部分だけであった。
 それでも多くの者が『夢待』を探し当て、複数回足を運んだ者も居るようだから、実在することは間違いないのだろう。
 掲示板には報告ラッシュが過ぎ去った後も、ぽつぽつと『夢待』レポートが書き込まれるようになった。
 もちろん今でも、だ。

【喫茶『夢待』にて 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
                    / 女 / 15 / 学生 】
【 0332 / 九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)
                / 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0442 / 美貴神・マリヱ(みきがみ・まりゑ)
                   / 女 / 23 / モデル 】
【 1252 / 海原・みなも(うなばら・みなも)
                   / 女 / 13 / 中学生 】
【 1402 / ヴィヴィアン・マッカラン(う゛ぃう゛ぃあん・まっからん)
                  / 女 / 20? / 留学生 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全15場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・まず最初に、完成が大幅に遅れてしまったことを皆様に深くお詫びいたします。ようやく今回のお話をお手元にお届けすることが出来ました。長くお待たせさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
・今回のお話ですが、例外もありますが皆さんほぼ単独の内容となっています。というのも、『夢待』に行く時間帯がばらけていたからですね。
・ある意味異色な内容のお話ではあるんですが、今回の本質を突いてきた方は……居るものですねえ。プレイングを読んだ時、高原は驚きましたとも。
・ちなみに、『夢待』の文字をひっくり返し、音読みにしてみてください。何故に本文でああいうことが起こっているのか、納得出来ると思います。
・ヴィヴィアン・マッカランさん、初めましてですね。モーニングセット、かなり満足出来たのではないかと思います。あの人も居て、レポート作成には大いにプラスになったと思われます。それから、OMCイラスト参考にさせていただきました。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。