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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


喫茶『夢待』にて
●オープニング【0】
 ある日の掲示板に、次のような書き出しで始まる投稿があった。
『とってもいい喫茶店見付けたの!』
 投稿者は瀬名雫。その内容は、近くの商店街に『夢待』という名の喫茶店を見付けたという物であった。雫によると、昼下がりの買い物途中に何となく魅かれる物を感じて入ってみたのだそうだ。
『バナナジュースとピザトーストを注文したんだけど、本当に美味しかったの☆
 きっと、両隣のお店からいい物を仕入れてるんじゃないかな?
 そこ、パン屋さんと八百屋さんの間に挟まれるしね。
 朝から夜までやってるみたいだから、皆も行ってみたら?
 お客さんに外国の人とか、和服の人とかも居たから、結構流行ってるみたいだよ。
 あっ、綺麗なお姉さんがカウンターの中に居たよっ!』
 凄い褒めっぷりだ。けれどもまあ、本当に味がいいのなら行ってみる価値はあるだろう。
 しかし、少し引っかかることがあった。
 近くの商店街に、パン屋と八百屋があるのは知っている。だが、その間に喫茶店があったかどうかが思い出せないのだ。なかったような気もするし、あったような気もする。はてさて、どっちだったか。
 ともあれ話の種に、どこかの時間帯で店を訪れてみますかね?

●逢魔ヶ時【5】
 午後6時半前――商店街を訪れる買い物客の数もピークを過ぎ、そろそろ今日の営業を終える店が出始める頃。商店街を行き交う人々に混じって、九尾桐伯の姿もその中にはあった。
「逢魔ヶ時、ですか」
 桐伯は不意に足を止め、夕暮れの空を見上げてつぶやいた。昼から夜へとまさに転じようとするたそがれどき、文字通り魔に逢っても不思議はないかもしれない。
 雫の書き込みの話を耳にした桐伯は、興味を覚えて『夢待』を探そうとしていた。目印はパン屋と八百屋。その2軒さえ見付かれば、間に挟まれているはずの喫茶店も自ずと見付かるというものである。
 けれどもここで1つ疑問がある。どうして探すのがこの時間なのかだ。自身の営むバー『ケイオス・シーカー』の開店時間も程近いというのに。
 それはやはり、雫の書き込みに原因があった。雫が『夢待』を訪れたのは昼下がりのこと。それを知った桐伯は、あえて時間をずらしたのである。
 理由は簡単。人と同じ時間では面白くないからだ。何とも桐伯らしい理由である。まあ、昼下がりに入って別に何事もなかったようだから、ということもあるのだろうけれど。
 視線を空から地上に戻し、ゆっくりと商店街を見回す桐伯。ふとパン屋の前に、大きな看板が出ているのが目に入った。
「パン屋はありましたか」
 ぼそりつぶやく桐伯。看板と人の流れに遮られ、その先が少し見えにくい。桐伯は立ち位置をずらして、パン屋の先に目を向けた。
 そこにあったのは、和洋折衷な雰囲気もあるクラシカルな外観の喫茶店。前にはしっかり『夢待』と書かれた看板が置かれていた。
 さらに隣に目をやると、そろそろ店仕舞いをしようとしている八百屋があった。どうやら場所はここで間違いないようだ。
「ほほう、ここですね」
 じっと外観を見やる桐伯。そこはかとなく趣があるように見受けられ、印象は悪くはない。となると、次は中が気になる所である。
 桐伯は喫茶店の中に足を踏み入れようとした。が、一旦入口の前から離れると、店のそばの電柱へと歩み寄っていった。
 そして懐から鋼糸を取り出すと、電柱を始点として看板との間に鋼糸を巧妙に括りつけてみた。ぱっと見では、まず分からない。次第に辺りが薄暗くなっている状況では、なおさらだ。
(まあ、効果があるかは怪しいですが)
 それでも、何もやっておかないよりは遥かにましである。桐伯は括りつけた鋼糸の具合を確かめると、いよいよ喫茶店の中に足を踏み入れていった。

●僥倖なり【6】
 桐伯が『夢待』に足を踏み入れると、扉の上につけてあった鐘の音が、カランコロンと店内に鳴り響いた。
「いらっしゃいませ」
 桐伯を出迎えたのは、カウンターの中に居た腰まである緩やかなウェーブのかかった黒髪の女性。見た目はおおよそ30歳辺りといった感じに見え、そこはかとなく妖艶な雰囲気も感じられなくはなかった。雫が書いていたように、確かに綺麗ではあるのだが。
 その女性は、黒のワンピースの上にシンプルな白のエプロンをつけていた。ここの店長なのだろうか。
 ごく普通の内装を持ち落ち着いた雰囲気が漂う店内に居るのは、桐伯の他にはその女性1人だけ。桐伯は迷うことなくカウンター席に腰を降ろした。
「何になさいますか?」
 女性が笑顔で、メニューを桐伯に差し出した。手に取り、メニューを開く桐伯。そこには普通の喫茶店同様のメニューが、ずらりと並んでいた。値段もその辺りの喫茶店とさほど変わりはないか、若干安いくらいだ。
「それでは……ピザトーストと、トマトジュースをいただきましょうか」
 軽い食事と、飲み物を注文する桐伯。
「はい、かしこまりました。トマトジュースは少々時間がかかるかもしれませんが、よろしいですか?」
 女性は桐伯に笑顔を向けて、確認を取ってきた。それに対し桐伯は、
「ええ、構いません。最近美味しい血に巡り会っていませんから、待つことは慣れています」
 などと軽く冗談を挟んでみた。女性がくすっと笑う。
「まあ、怖い」
 と言い、女性は店の奥に引っ込んでいった。恐らく厨房がそちらにあるのだろう。
 桐伯は誰も居なくなった店内を、ゆっくりと見回してみた。
「普通……の店ですか」
 おかしい点は特に見当たらない。まあ、普通の喫茶店であるなら、それはそれでよい。味や雰囲気がよければ、行動範囲が広がるだけの話だ。
 その時、鐘の音がカランコロンと店内に鳴り響いた。客が入ってきたのだ。
「かーっ! 夕立ちはたまらんぜよ!」
 土佐訛りの言葉を口にして飛び込んできたのは、ぼさぼさ頭で黒の着物に同じく黒の袴をはいた青年であった。手には瓢箪を2個携えている。
 青年の言葉が示すように、ぼさぼさ頭には水滴がついていた。青年が頭を払う度に、飛沫が飛び散る。
「外は夕立ちですか」
「そん通りぜよ。突然たらいをひっくり返したような雨じゃ」
 青年は桐伯の質問に答えると、カウンター席に腰を降ろした。
(はて、どこかで見覚えが)
 それとなく青年に目をやる桐伯。青年の顔をよーく知ってるような気がするのだ。写真か何かで見たような。
「うん? わしの顔に何かついとぉか?」
 桐伯の視線に気付いたか、青年が話しかけてきた。
「いえいえ」
 あれこれ説明するでもなく、さらりと流す桐伯。この場合、こうするのがベターである。
「この店にはよく?」
「うむ。ちょくちょく寄せてもろうとる。今日もほれこの通り、土産を持ってきたんぜよ」
 と言い、青年は瓢箪を掲げて見せた。恐らくは中に何か入っているのだろう。
「どちらの方から来られました?」
「向こうじゃきに」
 青年が指差したのは、桐伯が鋼糸を括りつけていた方角だった。しかし青年はそれ以上何も言わない。鋼糸に気付かなかったのか、気付いていて何も言わなかったのか、それとも……?
 そこに店の奥から、再び女性が姿を現した。手にはトマトジュースとピザトーストを載せた銀盆トレイを持っている。
「お待たせしました、トマトジュースとピザトーストです」
 と言い、桐伯の前にそれらを並べる女性。分厚いトーストの上に熱々たっぷりの具とチーズが載っている図は、何とも美味しそうに見える。さっそく桐伯は、料理に手を伸ばした。
「こちらはもう長いんですか?」
 トマトジュースを1口飲み、桐伯は女性に尋ねた。新鮮なトマトを使用しているのか、味は缶のそれとは段違いであった。こういうトマトジュースなら、自らのバーでも使ってみたくなるほどに。
「長いといえば、長いでしょうか。人によっては短いかもしれませんし。あら、いらっしゃいませ」
 女性は桐伯にそう答えると、青年の前にカウンターの中を移動していった。
「土産ぜよ」
 青年は先程桐伯にやったように、瓢箪を掲げて見せた。
「まあまあ。そんなことなど構いませんのに」
「何、おまん所には世話になっちょるきに。勝先生の所に持ってゆくついでじゃき、ちょうどよかったぜよ」
 笑いながら言う青年。はっとして、桐伯が青年の方を振り向いた。
「……もしかして、あなたは」
「うん?」
 桐伯のつぶやきに、青年が反応した。
「坂本竜馬ですか」
「おまん、わしのこと知っちょるのか? いやはや、わしの名も有名になったもんぜよ」
 青年、坂本竜馬はそう言って豪快に笑ってみせた。
「幽霊……ではなさそうですね」
「この通りぴんぴんしちょるし、足も両方あるぜよ。日本の夜明けを見るまで、朽ちる訳にはいかんきに」
 ニヤリと笑ってみせる竜馬。ということは、ここに居るのは竜馬本人か。そうなれば、先程鋼糸について触れなかったことも納得がゆく。
 桐伯が鋼糸を括りつけたのは平成の世のこと、江戸の世で括りつけた訳ではなかったのだから、鋼糸の影も形もあるはずがなかった。
「そうじゃ。ここで会ったのも何がしかの縁じゃ。おまんも飲むといいぜよ」
 竜馬はそう言って、女性に何か指示をした。すると女性は小さなグラスのコップを持ってくると、瓢箪の栓を開けてそこに中身を注いだ。コップの中が、白濁した液体で満たされる。
「これは……濁り酒ですか」
 桐伯の言葉に竜馬が頷いた。桐伯は目の前に置かれたそのコップを手に取ると、こく……と濁り酒を口に含んだ。
「……旨い」
 満足げにつぶやく桐伯。まさか江戸時代の酒を口に出来る日がくるとは、思いも寄らないことであった。
「旨いですね」
「何でしたら、いかがですか?」
 再度感想を口にする桐伯に、女性がふふっと笑って瓢箪を差し出した。持って帰ってはどうだ、ということだろう。
「いや、そんな」
 固辞する桐伯。だが竜馬がこう言った。
「遠慮はいらんきに、おまんが持って帰るといいぜよ。酒も分かる奴に飲んでもらえれば、本望ぜよ」
 そうとまで言われてしまっては、固辞すればかえって失礼となる。桐伯は深く礼を言って、その瓢箪を受け取った。

●後日談【14】
 例の雫の書き込みからしばらくの間、掲示板には『夢待』を探してきたという報告が相次いでいた。
 だがしかし、各人の報告を読んでみると色々と話の食い違う部分も見受けられた。中には見付けられなかっただとか、2度目に行ってみた時に見当たらなかったなんて話もある。
 話の食い違わない部分は、料理が美味しいことと、女性が出迎えてくれるという部分だけであった。
 それでも多くの者が『夢待』を探し当て、複数回足を運んだ者も居るようだから、実在することは間違いないのだろう。
 掲示板には報告ラッシュが過ぎ去った後も、ぽつぽつと『夢待』レポートが書き込まれるようになった。
 もちろん今でも、だ。

【喫茶『夢待』にて 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
                    / 女 / 15 / 学生 】
【 0332 / 九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)
                / 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0442 / 美貴神・マリヱ(みきがみ・まりゑ)
                   / 女 / 23 / モデル 】
【 1252 / 海原・みなも(うなばら・みなも)
                   / 女 / 13 / 中学生 】
【 1402 / ヴィヴィアン・マッカラン(う゛ぃう゛ぃあん・まっからん)
                  / 女 / 20? / 留学生 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全15場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・まず最初に、完成が大幅に遅れてしまったことを皆様に深くお詫びいたします。ようやく今回のお話をお手元にお届けすることが出来ました。長くお待たせさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
・今回のお話ですが、例外もありますが皆さんほぼ単独の内容となっています。というのも、『夢待』に行く時間帯がばらけていたからですね。
・ある意味異色な内容のお話ではあるんですが、今回の本質を突いてきた方は……居るものですねえ。プレイングを読んだ時、高原は驚きましたとも。
・ちなみに、『夢待』の文字をひっくり返し、音読みにしてみてください。何故に本文でああいうことが起こっているのか、納得出来ると思います。
・九尾桐伯さん、20度目のご参加ありがとうございます。鋼糸を括りつけてみたのは、『夢待』を把握する上でよかったと思います。身に危険が迫る所か、思いもよらない物を手に入れることが出来ましたね。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。