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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


死装束変奏曲

「ぐぅぇぇぇぇいかぁぁぁぁぁぁぁっ!! どうしてっ! どうしてこんな事にぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
「ほ、星月さん、お、落ち着いて……ね、ほら、ユリウス、苦しそうにしてるじゃないか……!」
 悲鳴のように叫ぶなり、背の高い上司の胸倉をそれでも掴み上げ、ゆっさゆっさと揺さぶるシスターを、
「いくらなんでもユリウスでも死んじゃうって! そりゃあ、コイツ、確かにシブトイけど――!」
 何とか諭して見せようと、スーツ姿の男は――大竹 誠司(おおたけ せいじ)はとにかく必死になっていた。
 目の前の少女は、どうやら今回の件に対して相当取り乱してしまっているらしい。
 無理も無い話ではあるのだが、
「れ、麗花さ……は、離してぇっ……っ!」
「星月さんってば!」
 誠司は、目の前のシスターが少々男嫌いなのは知っていた。彼女が自分に触られて良い顔をするはずがないであろう事を知りつつも、それでも一瞬戸惑った後、その肩を両手で掴み、
「離して下さいっ! 今日こそ猊下にきっつく言い聞かせなくてはならないんですっ!!」
 なおも暴れるシスター・星月 麗花(ほしづく れいか)を彼女の上司から引き離した。
 一方、刹那突然体内に流れ込んできた空気に耐えられず咳き込んでいる麗香の上司は、ユリウス・アレッサンドロ――齢27にして猊座(げいざ)に就く、これでも一応立派な教皇庁(ヴァチカン)の高位聖職者でもある枢機卿であった。 
 威厳の欠片も感じられない、今日も一般司祭用の僧衣を着込んだユリウスに向かって、
「私っ! 私今日こそはっ……! 猊下っ! あれだけ私言いましたでしょうっ?! セールスマンや変な宗教団体はオコトワリですって!! なのに、なのにぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
 誠司の手を振り払って、麗花が怒りに拳を振るわせる。
 全く、この人ったらっ!! 今回はあろう事かっ!
「ごめんね、星月さん。今回は俺が一番悪いんだから、あんまりユリウスを叱らないでやってくれないかな?」
「叱るも何もありませんっ! それに、いくら大竹さんが変な宗教団体に追われているからと言っても、一番悪いのはやっぱり猊下ですっ! 追われているのを知っていて、巻こうともせずに直接この場所に帰ってくるだなんてっ!! 私、私、セールスマンとか宗教勧誘とかいっちばん嫌いなんですよっ?!」
 ――麗花の言うとおりであった。
 先ほどの話だ。
 麗花がいつものように聖堂の掃除をしていた所、けれどもいつもとは違い、聖堂に駆け込んでくる2つの影があった。
「だって、巻くですとか、それど頃のお話じゃあありませんって……彼ら、目立つんですもの。野次馬は集まりますし、仕方ありませんから、直接逃げてきたんですよ……」
 勿論影の正体は、ユリウスと誠司。彼らは聖堂に入るなり、大きな扉の閂を下ろし、ほっと大きく息をついたのだが。
 あまりの不信さに、麗花が外を覗いてみれば――
「でもっ! でもどうしてあんなに変な人達ばかり連れてくるんですかぁぁぁぁぁっ!! しかも、どうするんですかこれっ! 近所で変な噂が立ったら苦労するの、私なんですからね……!」
 白装束の集団であった。
 だが、一様に白装束、と言っても、最近の現代ニュースを少しだけ賑わせている白装束≠ニは、全の別物で。
 ……死装束。
 頭に乗せた三角形に、白い着物は右合わせ。しかも、集団である、という所が、なおの事不気味さをかもし出していた。
「でも、私の所為じゃありませんよ。ねえ、誠司?」
「いや、俺の所為でもないけど……」
「でも、どう考えても誠司の事を追っていましたよ、あの人方」
 カーテンの閉まった窓の方を見やり、ユリウスは床の上にへたり込んだままで、力無く呟いた。
 そんな上司の無責任な発言に、
「全く、どうするんですかっ?! 警察を呼ぶにしたって、そうしたら余計近所に噂が立ちます……!」
「そうですね。あまり目立った方法での解決はしたくありません」
 ユリウスとて、麗花と同じ意見を持っていた。第一、こんな事が警察沙汰になってしまえば、CBCJ(中央協議会)に何を言われるか、わかったものではない――
 と。
 ふ、と。
「……そういえば、」
 不意に、ユリウスの頭の中に、良い考えが浮かび上がった。
 ユリウスは僧衣のポケットから、携帯電話を取り出すと、
「雫さんにメールしてみれば、この近くに住んでいる誰かを紹介してくれるかもしれませんね――!」
 オカルト好きな少女の伝(つて)を思い出し、早速アドレス帳を開いたのであった。



† プレリュード †

 一面に、晴れ渡る空。
 文句無しの晴天に、空高い風が、気持ち良い。
「平和、だな」
 金髪(ブロンド)を風に遊ばせ、小さな世界を見下ろしながら、男は――ダージエルは、ぽつり、と呟きを洩らしていた。
 視線を落とせば、吸い込まれてしまいそうになる、高さ。
 少しでも均衡を失えば、普通なれば命も危なくなるであろう、この場所で、
「しかし平和すぎるというのも、なかなかに暇なものだ」
 高層ビルの屋上の縁に腰掛けたまま、1人、溜息を付く。
 そのまま虚空にすっと手を差し出し、その手の平を、じっと、見つめた。
「うむ」
 と、青い視線のその先に、突如として輪郭を現すものがあった。
 幻影はやがてしっかりとした球を描き、最後にダージエルの手の平に、冷たい感覚と、軽い質量とを残す。
 ――水晶球(クリスタル・ボール)
 虚空から召還した愛用の道具を、軽く、遊ばせる。
 あまりにも暇すぎる平日。
 さて、何か面白い事でも、転がってはいないのかね――。
「で、いつからそこにいた?」
「放蕩親父め。全部息子に仕事を押し付けて、やっぱり、こんな所に」
 水晶球を覗き込もうとした所で、振り返りもせずに、背後に声をかけた。
 聞き慣れた、声。
 言葉と同時に、隣に同じくして腰掛けたのは、ダージエルの息子であった。
 突然の出現に、だが父親も、特別驚きはしない。
 ――当然の、事なのだから。
「飽きたのだよ」
「飽きたからといって自分は遊びまわるのか……」
 『天空剣』の、宗家。
 魔術はおろか、神の力や、その剣である天空剣を完璧に使いこなす、神格保持者。
 空間移動程度で一々驚いてはいられないだろう。
「小さな事をいちいち気にするな。そのような子に育てた覚えはない」
 冗談半分に適当に答えて、ダージエルはやおら、先ほど召還したばかりの水晶球を覗き込んだ。
 何か面白いことは無いものか。
 下界の数々を、その中に投影して。

 ――そうして偶々覗いてしまったのは、現在修羅場の、ユリウスの教会の中であった。

 しばしの沈黙の後――
「「良いのか」」
 事の一部始終に、ビルの屋上から、親子は同時につっこみを入れていた。
 どう見ても若いシスターが、上司の首をぎゅうぎゅうに締め付けている――そんな異様とも言えるような光景が、水晶球の中にはっきりと映り込んでいたのだから。
「随分気性の荒そうなシスターだな」
 本人が聞いていたら、どのような反応を返してくれただろうか。
 軽く考えつつ、ダージエルは再び、水晶球を虚空へと送り返す。
 うむ。
 それに、しても。
 ……丁度暇だったしな。
 すっくと、立ち上がる。
「早く帰ってきてくれ。仕事が、終わらない」
「適当に終わらせておいてくれ」
 立ち上がったダージエルと息子の会話は、たった、それだけ。
 父親の考える事など。
 わかって、いた。
 そのまますっと、青い空へと溶け消えてゆく、父親の姿。
 けれどもとりわけて驚くわけでもなく。
「今回はベートーヴェンか?」
 息子は少しだけ、風に向かってほくそえんでいた。


 この前植えた薔薇の様子が気になった事もあり、偶々来てみて、何と、驚いたこと。
 まさかごく普通の都内の教会に、白装束の――しかも、死装束の人間達が群がっているという光景を、一体誰が考えるだろうか。
「……裏口、って、どこだったかな」
 今日は見るからに異様な雰囲気を醸し出している教会を、少しだけ遠巻きに、見つめながら。
 セーラー服姿の少女は――海原(うなばら) みなもは、1つ大きく息を整えながら、呟いていた。
 海色の青い髪を、ふさり、とかきあげ、同じ色の瞳で、道路越しに教会を見渡す。
 ――伯爵様が、また何かやらかしたのかな?
 この教会に住む神父は、地位は高いらしいが、どうにも一線を超え気味な神父でもあった。
 色々と、トラブルの多い教会。
 いや意外と、伯爵様≠ヘ何かの行事の準備でもしているのかもしれないが、
 それは本人に伺ってみないとわからない、か。
 買ってきたばかりの水羊羹に、新茶。ともあれ、何かトラブルがあったらお手伝いもしたいしな、と、手土産の入った和菓子屋の紙袋を右手に持ち直し、みなもが意を決して道路を渡ろうとした――その、時であった。
「……みなも、様? みなも様ですのっ?」
「あら、瑠璃花ちゃん?」
 道路の向こう側からはたはたと駆け寄ってくる、1つの小さな影があった。
 聞き慣れた声音。振り向きざまに、背の高いみなもは半ば反射的にしゃがみ込む。
 屈んで、少しだけ見上げられ、
「こんにちは」
「こんにちは、みなも様。まさかお会いできるだなんて、思ってもいませんでしたわ♪」
 上機嫌に挨拶を返したのは、年の頃なら10代前半。愛らしいクマのぬいぐるみを大切そうに抱きかかえた、こちらも負けず劣らず可愛らしい少女であった。
 ――御影 瑠璃花(みかげ るりか)
 金髪(ブロンド)の縦ロールに、時代錯誤なフリルのドレス。けれどもそのどれもが、妙にしっくりときているこの少女の事は、みなもの良く知る知人の1人でもあった。
「みなも様も、麗花様の所に?」
「ええ、久しぶりでしたし、たまには、と思って……」
 けれど、と付け加え、教会の方へと視線を投げかける。
 やはり変わらずに、白装束に囲まれた、教会の、方を。
 瑠璃花の視線が、その後を追う。
 随分と異様な光景に、
「……裏口は、どこでしたかしら」
 やがて瑠璃花は、みなもと同じ言葉を呟いていた。

 裏口は、すぐに見つかった。
 今や伯爵様の第二書斎≠フ場所まで知っているみなも。どうやら、頭では覚えていなくとも、体の方が、覚えていたらしい。
 ――ところが。
「あぁ、もう、私とした事が……取り乱してしまって」
 軽く笑って全てを受け流そうとしている麗花の傍では、ユリウスと誠司とがげんなりとした表情を浮かべていた。
 今はこうして微笑んでいる麗花は、しかし、
「あ、瑠璃花ちゃんも、羊羹食べます?」
 先ほどまでは、笑えないほどに取り乱していたのだ。
 裏口から入るなり、麗花の絶叫に気が付いたみなもと瑠璃花が、全力で彼女の事を宥め賺(すか)し――正確にいうなれば、今日は白と桃色のフレアスカート姿の瑠璃花の姿を一目見ただけで、大分麗花も落ち着いたのだが――ようやく落ち着いてお茶ができる状況へとなっていた。
「お茶持ってきました、皆さん。新茶ですから、きっと美味しいと思います」
 教会の台所でお茶を入れていたみなもが、お盆を片手に戻ってくる。
 それぞれに湯飲みを配り終えると、すとん、と椅子に腰掛けた。
 ――ちなみにユリウスの方は、日本茶も餡子類も、つまりは羊羹も苦手なのだが、今はそのような事に口を出す気力すらも無いらしい。
 机の上に伏せたまま、はたはたと手を振ってお礼の意を表していた。
「お、すまないね。ありがとう」
 一方、誠司はみなもからお茶を受取るなり、ふ、と顔を上げた。
 気分を入れ替えようといわんばかりに新茶を1口し、
「ところで、君達は?」
 遅れながらに、瑠璃花とみなもとに視線を送った。
「そういえば、ご挨拶が遅れて申し訳ございませんわ。わたくし、御影 瑠璃花と申します」
 いつの間にか定位置となってしまった、麗花の膝の上から丁寧に頭を下げる。
「あたしは海原 みなもと申します」
 その横から、同じくして頭を下げたみなもに、
「俺は大竹 誠司。2人とも学生みたいだし、先生、って呼んでくれるとちょっと嬉しかったり」
 誠司は冗談めいた自己紹介を付け加え、お茶をもう1口啜る。
「誠司様は、先生なんですの?」
「うんっとね、化学――あ、理科の先生、かな」
「化学の先生、ですか。そういえばあたしも、もう少ししたら1分野になるんだったかな」
「へぇ、1分野は俺の得意方面! わからない事があったら、遠慮なくきいてくれて構わないからな♪」
「わぁ、ありがとうございます!」
 ちょん、と問うた瑠璃花の言葉に、みなもと誠司が意気投合をする。
 と。
 だが。
 誠司がいつも通りの先生トークを始めようとした――その、途端の話であった。
 聖堂内の静かな時間を、フォルティッシモが切り裂いたのは。
「――っ?!」
 刹那がばぁっ! と、ユリウスが反射的に頭を上げる。
 麗花も麗花で瑠璃花を抱きしめる腕に力を込め、皆の視線が、一斉に一ヶ所へと向けられてゆく。
 鳴り響く、大聖堂のオルガン。
「ちょっとっ! シスター、あの子は今この教会に――!」
「いるはずないじゃないですかっ! 猊下、銀行の用事押し付けていらっしゃったじゃないですかっ! 泣く泣く先ほど出てったばっかりですものっ!」
「これは……」
「『運命』、ですよね……?!」
 ――交響曲第5番ハ短調
 音楽の授業では当然の事ながら、普段でも良く耳にするような旋律が、オルガンからひとりでに流れ出ていた。
 そう、ひとりでに。
 誰も座らぬ、聖堂のオルガン。
 不必要なほどに強い音が、容赦なくがんがんと響き渡る。
「何、ですの?」
 そういえば、麗花様に落ち着いていただくのに必死で、まだ白装束の皆さんについての事情もお伺いしておりませんでしたわね。
 それにしても、
 この教会、本当に変な事が多いですわ――。
 呟く一方、瑠璃花は冷静に、そう思う。
 そうして。
 皆の視線のその向こうで。
 文字通り輝く光が、何かを模(かたど)ってゆく。
 徐々にそれは、人の形を形成し――
「あああああああああああああああああああああっ!! 何やってるんですかぁあああああああああっ!!」
「空間移動(テレポート)だ」
 ご丁寧にも凛、と答えた光の声音に驚くこともなく、その瞬間、ユリウスは慌てて立ち上がり、駆け出していた。
 ふ、と。
 聖壇の上には、1人の男が立っていた。
 が、
 そ、そんな事よりっ!
 せ、聖壇がいくら大きいからって!
「そこは人の立つ場所じゃありませんっ!! 早く降りて下さいよぉぉぉぉぉぉっ!!」
 再度盛り上がる音楽も無視して、とにかくユリウスは声の限りに絶叫していた。



† 第1楽章 †

 これで、良し。
 空間移動、などという芸当をやってのけた男の言葉と共に、見えない力に、教会が包み込まれる。
 これといって視覚に変化はなかったが、瑠璃花やユリウスは、それを何となくではあったが、感じ取っていた。
 曰く、『異端者除外結界呪文』
 これで外の白装束達が教会の中に入ってくる恐れは、なくなったのだと言う。
 ――そうしてようやく、再び落ち着いた聖堂内。
 お互いに自己紹介もすまし終え、異界の神≠名乗ったダージエルに再び不機嫌になった麗花をなんとか瑠璃花が落ち着け終えた頃。
「俺にはほんっとうに心当たりなんて無い! 断じて無いっ!! 今日もふつーに学校で起きて、ユリウスの所に遊びに来てだなっ!」
 いよいよ本題を問われ、今の所被害者である誠司が、慌てて弁解を開始していた。
「……残業だったんですか?」
「いえね、この人、住所不定の化学教師ですから……学校に寝泊りしてるんですよ」
 問うたみなもに、ようやく元気になったユリウスが、先ほど帰ってきたばかりの弟子に運んでもらった紅茶を啜りながら、こっそりと説明を付け加える。
 へぇ、と納得するみなもの横では、瑠璃花が頭を抱える誠司のことを見上げていた。
「本当に全く心当たりが無いんですの? 道を歩いていた時に、誰かにぶつかってしまったですとか」
「最近は物騒だから、それで因縁をつけられたとか……ありえない話じゃあ、ないですよね」
 付け足した麗花に、それでも誠司は首を振って見せる。
 ――どうやら本当に、心当たりは無いらしい。
「最近はずっと浅野(あさの)のヤツに、隕石の研究に付き合わされてたから、あんまし外にも出てないんだよ。あぁ、ちなみにね、この隕石の研究というのは――」
「ふむ、それじゃあ一体、どうして誠司が狙われているんでしょうねぇ」
 指をおったてる親友の言葉を遮って、ユリウスが誠司を除いた皆の方へと問いかける。
 しかし勿論、誰かがその答えを知っているはずもなく。
「――いつもながら難儀な教会だな」
 沈黙の果てに、みなもの持ってきた羊羹をつつきながら、ダージエルがぽつり、と呟いた。
 羊羹にはコーヒーよりも、日本茶が良く似合う。
 悠々と日本茶を一口し、
「最近は確かに変なカルトも増えてはいるが、」
 正直私も、ここまで変な集団を見たのは初めてかもしれん。
 言葉の後半は、カーテンの方へと流した視線だけで告げ、空になった湯飲みをテーブルの上へと置いた。
 追われている当人にも、心当たりは無いのだと言う。
 しかも、追っている当人達には、帰る気配の欠片すら感じられなかった。
 勿論、このまま教会の中にこもっていたとて、状況が変わるはずも、ないのだろう。
 ダージエルの視線の先に、思わず、深く溜息を付いた誠司に、
「とりあえず、お話してみてはいかがでしょう?」
 不意に、クマのぬいぐるみの手を遊ばせていた瑠璃花が、青い瞳を上げた。
 追われ始めた時期にも、切欠にも心当たりが無いとなると、
 ……あとは、ご本人さん達に聞くしか、ありませんわよね。
「そうですね。それが良いかと、あたしも、」
「でも、きっと危ないですよ。あんな変な集団の前に、のこのこと出て行くだなんて……!」
 考えただけでも寒気がするわ……!
 本気で身を震わせた麗花の横から、
「けれど、相手がどういった方々なのかわからないと、どこまで荒事していいのか……手加減が、出来ませんから」
 言葉をつけたし、みなもが照れたように頭を掻いた。



† 第2楽章 †

 ぺこり、と1つ頭を下げる、繊細なフランス人形を髣髴とさせるかのような、少女のその姿に。
 白装束の信者一同は、驚いたかのように目を見合わせ、口々にざわめき始めていた。
「皆様はどうしてこちらにお集まりになっているんですの?」
 こんにちは、と陽だまりのように微笑んだ瑠璃花の愛らしい声音の後ろでは、
「そうだぞっ! 何で俺の事を――んっ!」
「まぁまぁ誠司。怒るのは後にしましょう、ね?」
 憤りのあまりにか叫び出した誠司の口を、ユリウスが慌てて塞いでいた。
 ちなみに、ダージエルには、彼等との話しに全く興味が無いらしい。陰の方で1人黙々と、異次元から召還した『Sword of Dark heavens』の――つまりは愛剣の手入れを行いながら、口は挟まず耳だけ澄ませておく。
「せめて事情くらい聞かせていただきたいんですけれど――」
 セーラー服のリボンを弄りながら、あまりはっきりとした反応を返してこない集団へと向かって付け加えたのは、瑠璃花の隣に立つ、みなもであった。
 ……正直確かに、追い払ってしまうだけなれば、簡単な事ではあったのだ。
 この手の集団は、大体が第三者の存在に、弱い。
「一体どうして、大竹先生の事を追っかけているんです?」
 つまりはこの場所に第三者を寄せ付けてしまえば、事件は一件落着すると、そう考えていた。
 ――例えば突然、教会前の道路の埋没式水道管が破裂してしまうとか――
 水を操る、人魚の末裔。台所の蛇口から流れる水に触れてさえしまえば、そのくらいなれば可能な事なのだから。
 けれど、
 これ以上麗花さんを怒らせたら、まずい、よね……。
 じゃれあうユリウスと誠司を止める事も無く、不機嫌そうに白装束達を睨めつけているシスターの姿に、こっそり苦い笑いを浮かべてしまう。
 麗花は現在、不機嫌絶好調。お馬鹿な上司に、はいつもの事だとしても、白装束の集団に、姉もお世話になっている、異界の神≠ナあるダージエルの存在。
 麗花さんって毎日、なんだかとっても大変そう……。
 そう言えばこの前なんぞは、やたら埃の積もったユリウスの地下書斎の掃除の手伝いをさせられ、いつも以上にぶち切れていたような気がする。
 と、
「追っかけているとは、失礼な」
 いよいよ我慢も限界にきはじめているのか、なにやら口を開こうとしていた麗花の事を、みなもが心配そうに見つめていた、その時。
 ざっと。
 低い声音と共に、突如として、白装束の信者達が、2方向に、割れた。
 深く頭を垂らした白装束達の方を、慌ててみなもは振り返る。
「我々をそこらの人間と一緒にしないでくれたまえ。そこいらの女子(おなご)が『きゃー! なんとかのこんとかがかっこいいっ!!』などとやるのとはわけが違うのだよ」
「あのいや、なんとかのこんとかって……」
「失礼。現代のげーのーじんとやらは、良くわからなくてね。ともあれ拙僧(せっそう)は十字 沸多(つじ ぶっだ)と申す者でね。十字(じゅうじ)と書いてつじと読み、沸騰の沸に多いと書いてぶっだと読むのだよ」
「……一体どこの宗教の方なのでしょう……」
 颯爽と名乗り出た男の、随分と気のきいた苗字と名前とに、瑠璃花がぽつり、と呟きを洩らす。
 それが本名なのか、はたまた偽名なのかは、今の所はわからなかったが、
「沸多様は、皆様の代表さん、ですの?」
 ともあれ、と気を取り直し、瑠璃花がそっと、男を見上げた。
 古代時代の日本を思わせる装飾の数々は、明らかに周囲の白装束とは、違っている。
 緑色の勾玉に、頭には金の冠。
 ――古墳のお墓から出てきた装飾に、とっても似ていますわね。
 歴史の時間。可愛らしいイラストが沢山印刷された、カラー改訂となった教科書を思い出す。
 瑠璃花の教科書の人物画に、リボンやらクマ模様やらが描き込まれているのとは又別の話なのだろうが、
「ああ、そうだとも、お嬢ちゃん。我がモスク・急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)の代表者は、拙僧だ」
「あ、麗花さんっ! いけません、やめてくださいっ!」
 男の返答に、ついに麗花の堪忍袋の緒が限界を察知したらしい。無意識のうちに上司の首を絞める麗花のことを、必死になってみなもが制していた。
 ……十字? ブッダ? しかも、モスクに急々如律令っ?!
「帰ってくださいっ!!」
 もがき苦しむユリウスの首をさらにぎゅうぎゅうに締め付けながら、みなもの制止も他所に、麗花が1歩、足を踏み出した。
「変な宗教はオコトワリだって言ってるじゃないですかっ?! 何よ何よ! 皆してそーやって次から次へとトラブルを持ち込んで……! 猊下っ! 猊下からも何か一言、言ってやって下さいな!」
「うむ、げーかというのが君の隣にいる男なれば、答えるのは無理だろうな」
 冷静に指摘した白装束の代表に、
「猊下ぁぁぁぁぁぁっ!! 言われっぱなしで良いんですかっ?! ほら、いつものように何か言い返してやって――」
「麗花様、そろそろユリウス様、天にお召しになってしまいそうですわ」
 発狂寸前の麗花に、今度は瑠璃花が、言葉を加えた。
 その一言でようやく、はた、と麗花が、手元を見やる。
 そこには情けなく口から魂を吐き出した、ユリウスの姿が――
 空間に、沈黙が落ちる。
「……とにかく!」
 皆の視線を受け、それでも乱暴に上司を突き放すと、麗花は慌てて体裁を整えた。
 1つ咳払いをし、
「用事が無いなら帰ってください! 第一、近所迷惑も良い所ですっ!!」
「君の大声の方がよほど迷惑だと思うがね。それに、用事が無いのになぜこのような所に出向かなければならないんだ。無論、用事はあるのだよ」
 くるり、と後ろの信者を一望すると、沸多はその視線を、誠司の方へとじっと、向けた。
 見つめられ、
「やっぱり俺っ?!」
 慌てたように、誠司が自分を指差して叫ぶ。
 心当たりが無いだけに、もしかして狙われているのは自分ではないのではないかと、かすかな希望を抱いていたというのに、
「大竹 誠司、お前に用事があるのだよ」
 あっさりと打ち砕かれ、泣き出したくなってしまう。
 っつーか俺、何か悪い事したっけかっ?!
 自問してみるが、やはり答えは否としか言いようがない。
 とりあえず思い出す事は、といえば、一緒に隕石の研究をやっていた知人も、つい最近、変な宗教団体に追われた! と騒いでいた事くらいであった。
 だがしかし、それと今回の件に関係があるとは、到底思えない。
 もしかしてあの隕石は、呪われた隕石だったのかっ?!
 漏れなく変な宗教団体に追われる呪い≠ナもっ?!
 うわぁ、やだなぁ、ソレ。
「何の用事なんだっ?! 言っておくが、いくら金をつまれても化学室の住居権は譲らんからなっ! あそこに住むんなら、家賃は俺に払え!」
「どこか間違っていると思いますわ。誠司様」
「とにかくっ! 俺を追いかける理由はなんだっ?!」
 詰め寄る誠司に、
「……白衣の似合う化学教師――」
 ふ、と。
 突然何の脈略も無い言葉を、沸多がぽつり、と呟いた。
 一瞬にして、辺りがしん、と静まりかえる。
 各自各々、自分の耳を疑ってしまっていた。
「――は?」
「いやだから、白衣の似合う化学教師、といえば君が一番有名だったのでね」
「あのいやだから、」
 ソレとコレとに、何の関係が?
 呟こうとした誠司を制し、
「だから、是非君に我がモスク・急々如律令に入信していただきたくてね」
「はぁ?」
「うむ、まだわかっていないのかね。これだから、低等な世俗人には困る」
 呆れたように首を振り、沸多は背後を振り返った。
 すっと右手を上げ、信者全員に頭を上げさせる。
 不気味な雰囲気の、白装束の――死装束の、集団。
 右あわせの着物。頭には三角の天冠(てんかん)が。
 白い集団に映える黒い幾つ対もの瞳に、じろり、と一斉に見つめられ、誠司は思わず後退(あとずさ)る。
 危険を、感じた。
 背筋にぞわりと、悪寒が駆け抜ける。
「……コードネーム・0015番。資料を」
「はっ、」
 白装束の1人によって、恭しく差し出された紙片を受取ると、沸多は引きつり笑いを浮かべる誠司の方へと無造作に歩み寄って行く。
 嫌がる誠司に、無理やり紙を手渡すと、
「最近我が宗教団体は、会員不足に悩まされていてね――」
 やおら話を、はじめた。
 感慨深い声。視線はどこか、遠くを見つめている。
「そこで考えたのだよ。我が宗教に必要なのは、カリスマだ。目に見えないものしか信じることのできない低俗な人間に、我が宗教の素晴らしさを教えるためには、目に見えるところからはじめてやるしかないと」
「なんかどっかで矛盾しているような気が――」
 地面に這いつくばったままのユリウスのつっこみを、男は聞いていたのか、はたまた聞き流したのか。
 信者達の方を、手の平で指しながら、
「見ての通り、我が教の活動内容の1つには、白装束の着用の義務も含まれていてね。日々死後の世界を意識しておく事で、死後、というものに場慣れしておこうという趣旨だ」
「何もそんなに、必死になって意識しなくても……」
「何を。三途の川渡りの練習だってしているのだ。8月には、ナイル川まで川渡り修行に行くのだよ」
「か、過酷ですね……」
 くるり、と視線を移され、引きつり笑いで、ユリウスが答えた。
「と、いうわけで。我が教の制服が白装束なれば、勿論カリスマは、黒が似合う人間であっては困るのだ。つまり、それで大竹、君が選ばれたのだよ――我が教の、名誉ある地位、法王補佐官に!」
「オコトワリします」
 無論誠司は即答した。
 とにかく即答した。
 考える必要は欠片もなかった。
 とにかく即答し――そのままふはははは、と笑い声をあげる沸多から、慌てて距離をおく。
「ふむ、拙僧はなぜだっ! などとお決まりの台詞で絶望したりはせぬ。勿論こういう時は、ヘッドハンティングに相応しい給料の提示で――!」
「冗談じゃないっ! 帰ってくれっ! 第一、白衣と白装束は違うんだっ!」
「何、同じようなものではないか! 君、座っているだけで衣食住プラスお小遣い月10万円、なんていう美味しい仕事を逃すつもりかねっ?!」
「それでもいやなもんはいやなんだっ!」
 10万円でまともな生活を棄てられるかっ?!
「むぅ、教え子なら沢山いるぞ。先生と皆慕ってくれるはずだ!」
「うるさいっ! そんな不気味な生徒はいやだぁあああああああああっ!!」
 沸多の言葉に一斉に頷いた白装束達に、誠司は頭を抱えて叫んでしまう。
 ついに見かねて、みなもが口を開いた。
「……大竹先生もああ仰っている事ですし、今日の所はお引取りいただきたいのですが、」
「そうですわね。こうしていると、近所の方にもご迷惑をかけしてしまいますし、困ってしいますの」
 2人の少女に説得され、けれども沸多は、誠司によって投げ捨てられた入会案内の紙を拾い上げながら、強く否、と答えてみせた。
「絶対、君を法王補佐にしてみせるっ! それが我が主に対する畏れの証だっ!」
「――うむ、」
 と。
 沸多が強く、答えを返した刹那の話であった。
 今まで黙り込んでいたダージエルが、すっくと立ち上がったのは。
 愛剣を、地面にさくっ、と軽く立て、
「随分と敬虔なのだな」
 随分と真面目な声音で、沸多へと青い瞳をめぐらせた。
 瑠璃花と、みなもも。
 ダージエルの方を、振り向いた。

 そうして、驚愕する沸多の前で。
 ダージエルが、剣を構え――。



† ポストリュード †

 登場は、神の降臨らしくベートーヴェンで。
 多少驚きに欠けていたような気もするが、あの時の皆の反応は、それなりに満足に値するものであっただろう。
 ……確かに麗花に『ふざぁぁぁけぇるんじゃあああなぁいわよぉぉぉぉぉっ! 異世界っ?! 時間の均衡が望みっ?! あなた、どこのカルト集団の信徒なんですかっ?! んもぉぅ信じられなぁぁああああぁぁいぃぃぃぃぃぃっ!!』などと、出会い頭に胸倉を掴まれながら言われてしまった時には、どうしようかとも思わなかったわけでもなかったのだが、
 ――それはそれで、面白かったしな。
 いつものように、ビルの屋上。真昼の世界を高く見下ろしながら、あの時と同じように、ダージエルは水晶球を虚空から召還した。
 あれからもう、数日が経つ。
 覗きこんだ水晶球の中には、いつものあの教会の光景が、映り込んでいた。


「猊下っ!」
「いえですから、猊下はやめて下さいよ。普通に呼び捨てにしてくださって、構いません」
「いえそんな、畏れ多い事を。神の代行者たる司祭の中でも猊座(げいざ)にいらっしゃる方を、そのように呼ぶことはできません……そうだろう、皆の者?」
 その瞬間、言えはしないが、ユリウスの背筋に悪寒が駆け抜けていた。
 作り笑いで視線をめぐらせたその先には、沸多の言葉で顔を上げた、何人もの白装束達の姿があったのだから。
 ――それこそがあの時の、ダージエルの、手土産。
 嗚呼、主よ。
 私そろそろ、限界なんですけど……。
 こういう時に限って、いつも仕事を任せている弟子もいない。
 実は、ダージエルの『暗黒天空剣・心の技・改心』によって、強制改心させられた『モスク・急々如律令』の一団は、晴れてユリウスの教会に入信させられてしまったのだった。
 それ以来、ユリウスは困るほど沸多と、従って、その元信者達とに付きまとわれて、正直、滅入ってしまっているのだが、
「あー……」
 しかも、断固として白装束だけは、なぜか脱ごうとはしない。
 まずはそこから、始めなくてはなりませんよね――
 ……果してそれ以前に、このような入信のさせ方で良かったのだろうか。
 疑問は残るものの、今更どうになるわけでもない。
「そ、それじゃあ皆さん、外で瑠璃花さんとみなもさんと、あと、シスターに榊さんが薔薇のお手入れしてますから……そちらの方を、手伝ってきてあげて下さりませんか?」
「御意に。よし、行くぞ、皆の者」
 沸多の言葉に、ぞろぞろと聖堂から引き上げてゆく白装束の集団。
 う、上手く押し付けられましたね。
 仮にも神の代行者たる司祭≠ェ考えてはならないような感想と共に、ユリウスはよろよろと、長椅子に腰を下ろした。
 ああ、
 どの道後で、麗花さんに叱られちゃうんでしょうけれど――。
 

 それにしても、と。
 水晶球を覗き込んでいたダージエルが、ふ、と、1つ息を付いた。
「人間というのは、それにしても不思議なものだ」
 白装束達に詰め寄られ、困り果てたユリウスの姿を見つめながら、ぽつり、と空を仰ぐ。
 信仰心、ね。
 何の為に、人≠ヘ神≠信仰≠キるのか――。
 ……実は、あの日。
『君はこの世界で言う所のキリスト教≠フ真実≠、知りたいとは思わないのかね?』
 興味本位で唐突に、ユリウスに向かって問いかけた言葉があった。
 異界の、とはいえ、神でもあるダージエルの言葉に、若き枢機卿は、一瞬ぽかん、と立ち尽くし、
 けれども、やがて、
『――人間にはね、色々とあるんですよ。知るべき事、知らざるべき事、それに――知ろうとしては、ならない事だってあります』
 優美に微笑んで、見せてくれた。
 ……それにしても、
 良く、わからないな。
 白装束と言い、ユリウスと言い。
 でもまぁ、
「まぁ、良いか」
 空間に水晶球を溶け込ませ、ダージエルはゆるり、と街を見下ろした。
 そのような、事は。
 どうせ私にとっては、どうでも良い話、なのだから――。


Fine



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      登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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★ 海原 みなも 〈Minamo Unabara〉
整理番号:1252 性別:女 年齢:13歳 クラス:中学生

★ ダージエル
整理番号:1416 性別:男 年齢:999歳
クラス:正当神格保持者/天空剣宗家/大魔技

★ 御影 瑠璃花 〈Rurika Mikage〉
整理番号:1316 性別:女 年齢:11歳 クラス:お嬢様・モデル

(お申し込み順にて失礼致します)



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               ライター通信
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〈ユリウスの説教より一部引用〉

 こんにちは。いよいよ夏も近づきつつある今日この頃。皆様いかがお過ごしでしょうか。あぁ、もうすぐ梅雨、ってやつなんですね。台風があーだとかどーだとかテレビでは言っていますけれど、気象衛星のひまわりも役目を終えたそうで――ああ、違う。私が話そうとしているのは、そういう事ではありませんでしてね。
 さて、今日はヨハネの黙示録から少しお話しましょうかね。ん、偶々ヨハネだっただけですよ。別にあの子と関係してるわけじゃあ……。
 あぁ、いえでもその前に、いつも同じような説教じゃあつまらないでしょうからね。たまには少し、別のお話もしましょうか。
 そう、そうなんですよ。最近やたらと暑くてですね。困っちゃいますよ。お菓子は腐るわ、チョコレートは溶けるわで、もう本当勘弁していただきたいのですが、それはともあれ、ええ、私が言いたいのは、つまりは最近清涼スーツとかが流行っているように、できれば僧衣も清涼仕様にしていただきたいということなんですね。今度上に直談判してみましょうか。
 ……って、そうじゃないんですよ、本当は。
 夏が来るんです。そう、夏が来るんですよ。夏といえば怪談話! 良いですねぇ。蝋燭100本に火をつけて、百物語なんかもなかなか……や、まぁ、神父がそーいう事するなとか、そーいうつっこみは無しという方向で。今度皆でやりませんか? 勿論、お菓子も持って来てくださいね。けれども餡子類だけは、どうかご勘弁を。
 ともあれそーいう時期ですから、今日は私も1つ、怖い話をしてみようと思いましてね。ああっと、嫌いな方は耳を塞いでいるのが宜しいかと。
 知り合いのお話なんですけどね。知り合いに海月さん、という方が……ああ、仮名ですよ、仮名。いやともあれ、そういう名前の方がいらっしゃりましてね。
 彼女は一応、とある場所でライターをやっていまして、その時もとあるお話を書かせてもらっていたそうなんです。いつもはお仕事を貰い次第、データをパソコンの方にオフライン保存しているそうなのですが、その時はなぜだか、それをしていなかったと。
 さて、締め切りも近づきつつあるとある日の夜、ようやくその仕事をしようと思い立ったのか、「死装束の頭の上の三角形は何て言うのかしら〜♪」などと歌いながらパソコンを開き、データを取り入れようとしたと。
 その時彼女が書いていたお話というのは、死装束にまつわるお話でしてね。死装束といえば、アレです。良く怪談話とかにも出てくるじゃないですか。右あわせの、真っ白な着物。
 するとね、その時、いやぁな予感を感じたそうですよ。後ろに何かを感じた時に、背筋に悪寒が走る事ってありますよね? あれと同じような感覚だったそうです。冷や汗だらだらで、見るのもイヤになるような、そんな予感。
 ――的中しちゃったそうですよ。
 じっと画面を見つめていたその先に、突如として現れた画面があったそうです。いつもなれば、見慣れた画面が出てくるはずなのに、その時は違ったそうです。
 何、って。
 真っ白、だったんです。
 ……いくら待っても、繋がらないんですよ。画面は真っ白。で、彼女の頭の中も真っ白。そうですね、まるで死装束の白であるかのように――とにかく、白いのだと。
 いやまぁよーするに、仕事内容が見れなくなっていたんだそうです。
「ああっ! どうしようっ! 間に合わなぁいぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
 その後はもう、言わずもがな、ですよね。結局彼女は、納品日までに作品を仕上げられなかったそうですよ。元々遅筆な人でしてね。今回はそれが災いしてしまったそうでして、納品先の皆様には、多大なるご迷惑をお掛け致しましたと、この前告解室にいらっしゃって、必死に謝っていましたもの。
 ――まぁ、いつも納品日ギリギリになるようにスケジュールを組んでいらっしゃるようですから、もう少し余裕を持つように言い聞かせてきてはいたのですが……。
 いやぁ、怖い話ですねぇ。白装束の呪いでしょうか? これでまだ、ネタが『ユリウス神父の自転車激走物語!〜嗚呼無情、盗まれた自転車(相棒)はどこへ〜』とかでしたら、笑えたのでしょうけれど――ネタがネタだけに、結構切々としたものを感じますね。
 え、怖くない?
 そんな事無いですって。ほら、良く考えてみてくださいよ。死装束というものはですね、そもそも――(以下略の説教は省略させていただきます)

† ゜。。°★ ゜。。°†

 まず初めに、お疲れ様でございました。
 今晩は、今宵はいかがお過ごしになっていますでしょうか。海月でございます。
 この度は依頼へのご参加、本当にありがとうございました。まずはこの場を借りまして、深くお礼を申し上げます。
 又、結局は7日間の猶予に甘えさせていただく結果となってしまいまして、本当に申し訳ございませんでした。
 いえ、けれども本当、ネタがネタだけに、何か呪いでも――と思ってしまった一面もありましたので……(汗)
 なお、上にありますオマケの馬鹿話は、『一部』フィクションとなっておりますのでご了承くださいませ(笑)
 猊下の説教にスペースが押されておりますので、短くなってしまいましたが、この辺で失礼致します。
 又機会の方がありましたら、是非宜しくお願い致します♪

01 giugno 2003
Lina Umizuki