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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


喫茶『夢待』にて
●オープニング【0】
 ある日の掲示板に、次のような書き出しで始まる投稿があった。
『とってもいい喫茶店見付けたの!』
 投稿者は瀬名雫。その内容は、近くの商店街に『夢待』という名の喫茶店を見付けたという物であった。雫によると、昼下がりの買い物途中に何となく魅かれる物を感じて入ってみたのだそうだ。
『バナナジュースとピザトーストを注文したんだけど、本当に美味しかったの☆
 きっと、両隣のお店からいい物を仕入れてるんじゃないかな?
 そこ、パン屋さんと八百屋さんの間に挟まれるしね。
 朝から夜までやってるみたいだから、皆も行ってみたら?
 お客さんに外国の人とか、和服の人とかも居たから、結構流行ってるみたいだよ。
 あっ、綺麗なお姉さんがカウンターの中に居たよっ!』
 凄い褒めっぷりだ。けれどもまあ、本当に味がいいのなら行ってみる価値はあるだろう。
 しかし、少し引っかかることがあった。
 近くの商店街に、パン屋と八百屋があるのは知っている。だが、その間に喫茶店があったかどうかが思い出せないのだ。なかったような気もするし、あったような気もする。はてさて、どっちだったか。
 ともあれ話の種に、どこかの時間帯で店を訪れてみますかね?

●ただ今原稿中【9】
 夜10時過ぎ――ぼやぼやしていると、そのまま日付が変わってしまおうかという頃。シュライン・エマは、自宅にて仕事に追われている真っ最中であった。
 仕事といっても、草間興信所での仕事をわざわざ自宅に持ち帰ってやっている訳ではない。やっているのは原稿だ、翻訳の。
 草間興信所での仕事が本業ではないかと思われている感もある――事実、そのように見えることは否定出来ないけれども――シュラインだが、彼女には翻訳家だとか(決して大っぴらに言えやしないが)ゴーストライターといった顔もある。ゆえに、前述の原稿の仕事などが舞い込んでくることもある訳だ。
 パソコンに向かい、一心不乱にキーボードを叩いているシュライン。ふとその指が止まり、マウスに手が伸びた。
 シュラインは使用アプリケーションをメールソフトに変えると、新着メールが届いていないかを調べた。
 新着メールは1通。アドレスを見るとそれは雫の物であった。
「ああ、来てるわね」
 雫からのメールを開くシュライン。そこには、次のような本文が記されていた。
『雫でーす☆
 あそこの営業時間のことだけど、正確な時間は覚えてないの。
 でも店のお姉さんは、朝早くからやってるようなことを言っていた……かも?(汗)
 もしあの店で会ったら、何かおごってね(笑)
 じゃあ、またねっ☆』
「ちゃっかりしてるわ」
 本文を読み終え、苦笑するシュライン。雫からのメールは、シュラインが『夢待』の営業時間を尋ねるメールを送ったことに対する返答だった。
 何故そのようなメールを送ったのか。それは件の雫の書き込みに、シュラインが興味を覚えたからに他ならない。美味しい店だとすればなおさらだ。
「ん……夜明けかしら」
 翻訳元の原稿を見て、ぽつりつぶやくシュライン。日中からやっているが、まだ結構な分量が残っている。このペースだと、原稿が書き上がるのはシュラインの言うように夜明け頃になりそうだ。
 雫のメールにも、朝早くから開いているようなことが書かれている。脱稿慰労として珈琲を飲みに行くのも悪くはないかもしれない。
「『夢待』かぁ……名前からして、眠って夢見てる人が訪れてそうな感じ」
 ふっ……と笑みを浮かべるシュライン。しかし、それとは別に頭に浮かぶことがあった。
 雫の書き込みを読む限り、国や時間も超越した印象を感じられる。何となく、とある三姉妹の姿が思い出された。
「まさかね」
 そう言い頭に浮かんだ者を打ち消すと、シュラインは再び原稿に戻っていった。

●夜明けのシュライン【10】
 早朝5時過ぎ――4時過ぎに脱稿したシュラインは、片付けを終えて件の商店街にやってきていた。
「あふ……」
 欠伸を手で隠すシュライン。徹夜明け、さすがに眠い。
「こんな時間に、そもそも開いているのかしら?」
 自分でこの時間に来ることを決めておきながら、疑問を口にするシュライン。商店街には、シャッターを降ろした店が続いていた。
 まあもし開いていなければ、そのまま24時間営業のファミレスに向かえば済む話である。そこで程よい頃合まで時間を潰し、再度商店街に戻ってくればよいのだ。
 だが、どうやらそんな必要はないようだ。
「……来てみるものねえ。開いてるわ」
 感心したようにつぶやくシュライン。視線の先には、和洋折衷な雰囲気もあるクラシカルな外観の喫茶店があった。前にはしっかり『夢待』と書かれた看板まで置かれている。
 両隣の店はともにシャッターが降りているため、パン屋や八百屋であるのかは確認出来ない。けれども看板が出ているのだ。ここで間違いはないだろう。
「とにかく入ってみましょ。あふ……眠い」
 欠伸を堪えながら、シュラインは喫茶店の中に足を踏み入れていった。

●やっぱりか【11】
 シュラインが『夢待』に足を踏み入れると、扉の上につけてあった鐘の音が、カランコロンと店内に鳴り響いた。
「いらっしゃいませ」
 シュラインを出迎えたのは、カウンターの中に居た長い黒髪を後ろで括った女性。見た目はおおよそ40歳辺りといった感じに見え、品のよさも感じられる。雫が書いていたように確かに綺麗ではあるのだが、『お姉さん』かと言われるとちと疑問がある。
 その女性は、黒のワンピースの上にシンプルな白のエプロンをつけていた。ここの店長なのだろう。
 ごく普通の内装を持ち落ち着いた雰囲気が漂う店内に居るのは、シュラインの他にはその女性1人だけ。時間を考えれば当然のことかもしれないけれど。
 シュラインは、ごく自然にカウンター席に腰を降ろした。
「何になさいますか?」
 女性が笑顔で、メニューをシュラインに差し出した。手に取り、メニューを開くシュライン。そこには普通の喫茶店同様のメニューが、ずらりと並んでいた。値段もその辺りの喫茶店とさほど変わりはないか、若干安いくらいだ。
 しかし、早朝から腹一杯に食べる訳にもゆかない。徹夜明け、自宅に帰ればベッドが手招きしている状況ではなおさらだ。
「じゃあ、珈琲を」
 結局シュラインは、それだけを注文することにした。
「はい、かしこまりました」
 女性はにこっと笑顔を向けると、そのまま店の奥に引っ込んでいった。恐らく厨房がそちらにあるのだろう。
(えっ?)
 シュラインの目が、ふと店の奥に釘付けとなった。そこには暖簾がかかっていたのだが、女性が通った一瞬、奥に白いドレスをまとった黒髪の女性が見えたような気がしたのだ。
「徹夜明けで疲れてるのかしら……」
 目を擦るシュライン。雫の話が話ゆえに、どうにも例の三姉妹のことが浮かんできてしまうのだろう。
 頬杖をつきながら、珈琲が来るのを待つシュライン。他に誰も居ない店内は静かで、時間のことを忘れてしまいそうだった。
 しばらくして、珈琲カップを載せた銀盆トレイを手にした女性が、店の奥から姿を現した。
「!?」
 シュラインは思わず目を丸くした。何故ならそこに居たのは、黒のワンピースの上にシンプルな白のエプロンという同じ装いではあるが、黒髪三つ編みで高校生くらいに見える若い女性だったのだから。
「お待たせしました、珈琲ですね」
 若い女性は、そう言ってシュラインの前に珈琲カップを置いた。
「…………」
 若い女性を指差し、ぱくぱくと口を動かすシュライン。驚きで言葉が出てこないのだ。若い女性には、先程の女性の面影が見受けられた。
 そんなシュラインの心中を察したのだろう。若い女性がにっこりと微笑んでこう言った。
「母です」
「あっ……そう、よね。あー、びっくりしちゃったわ。同じ格好なんだもの」
 シュラインはほうっと溜息を吐いた。目の前の若い女性が娘であれば、母親の面影があるのもおかしい話ではない。年齢面でも、このくらい大きな娘が居る可能性はある。
(でもやっぱり母娘ね。怖いくらい声が似ているわ)
 シュラインは珈琲に口をつけながら、そんなことを思っていた。先程の女性の声と、目の前の若い女性の声は微妙に異なるだけで、シュラインにはほとんど同一に感じられたのだ。
「ん……美味しい、これ」
 珈琲の味はなかなかいい。豆がいいのか、水がいいのか、入れ方がいいのか、それともその全部か。
(武彦さんにも教えなきゃね)
 これなら草間武彦も気に入るだろう、シュラインはそう思った。
 そしてシュラインは珈琲を1杯おかわりした後、『夢待』を後にした。外に出ると、ちょうど八百屋もパン屋も開店準備を始めている所に出くわした。
(グッドタイミング。聞き込みも済ませちゃいましょ)
 シュラインは両隣の店を訪れ、『夢待』について話を聞いてみた。しかし奇妙なことに、どちらの店からもよく知らないという答えが返ってくるだけだった。いつ開店したのかも、よく分からないという。
(……何これ?)
 パン屋からは話を聞き、八百屋から話を聞いている最中に首を傾げるシュライン。どうにも奇妙な現象だった。
 その時、八百屋の主人が身振り付きでこう言った。
「ああ。いつだったか、白いドレスを着た女性が中に入るのを見たことあるよ。黒い髪がこう長くてさあ」
 それを聞いたシュラインは、深く溜息を吐いた。
(武彦さんには教えない方がいいかもね)
 気のせいなんかじゃなかった。この『夢待』はやっぱりあの三姉妹と何らかの関係があったのだと――。

●後日談【14】
 例の雫の書き込みからしばらくの間、掲示板には『夢待』を探してきたという報告が相次いでいた。
 だがしかし、各人の報告を読んでみると色々と話の食い違う部分も見受けられた。中には見付けられなかっただとか、2度目に行ってみた時に見当たらなかったなんて話もある。
 話の食い違わない部分は、料理が美味しいことと、女性が出迎えてくれるという部分だけであった。
 それでも多くの者が『夢待』を探し当て、複数回足を運んだ者も居るようだから、実在することは間違いないのだろう。
 掲示板には報告ラッシュが過ぎ去った後も、ぽつぽつと『夢待』レポートが書き込まれるようになった。
 もちろん今でも、だ。

【喫茶『夢待』にて 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
                    / 女 / 15 / 学生 】
【 0332 / 九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)
                / 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0442 / 美貴神・マリヱ(みきがみ・まりゑ)
                   / 女 / 23 / モデル 】
【 1252 / 海原・みなも(うなばら・みなも)
                   / 女 / 13 / 中学生 】
【 1402 / ヴィヴィアン・マッカラン(う゛ぃう゛ぃあん・まっからん)
                  / 女 / 20? / 留学生 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全15場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・まず最初に、完成が大幅に遅れてしまったことを皆様に深くお詫びいたします。ようやく今回のお話をお手元にお届けすることが出来ました。長くお待たせさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
・今回のお話ですが、例外もありますが皆さんほぼ単独の内容となっています。というのも、『夢待』に行く時間帯がばらけていたからですね。
・ある意味異色な内容のお話ではあるんですが、今回の本質を突いてきた方は……居るものですねえ。プレイングを読んだ時、高原は驚きましたとも。
・ちなみに、『夢待』の文字をひっくり返し、音読みにしてみてください。何故に本文でああいうことが起こっているのか、納得出来ると思います。
・シュライン・エマさん、52度目のご参加ありがとうございます。お見事、ですね。プレイング読んで、高原は驚きましたもの。ええ、その通りです。『夢待』は彼女の影響下にあります。事の次第を草間に教えると、たぶん嫌な顔を見せるとは思いますが……さて。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。