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リバース・ドール =暗号編=
□■オープニング■□
「――何なんだこの数字は」
『ボクを示す大事な記号だよ。ボクのことをもっと知りたいでしょう?』
「俺は知りたくないし、これ以上関わりたくない」
『でも、”周り”はそうじゃない』
「………………」
『この逆暗号の意味に気づくまで、毎日書き換えてあげよう』
「毎日?!」
『そう、数はいくらでもある。よく考えるんだね――言葉の意味を』
「――というのが2日前の話だ」
武彦はそう言いながら、集まったメンバーに1枚ずつ紙を配った。それには3つの数字が書いてある。
14316
19116
31704
「俺がカードに気づいてドールから電話が来た時、カードの裏に記されていたのがいちばん上の数字だ。次が昨日、下が今日」
ドールというのは、リバース・ドールという子どもの奇術師のことだ。武彦を気に入ったのか、こうしてカードを送ってきたり直接電話をしてくるようになったが、その行動の意味は謎に包まれている。
「俺も少し考えてみたんだがお手上げでな。お前たちの力を借りたい。この逆暗号の意味を一緒に考えてくれないか」
□■視点⇒シュライン・エマ■□
私がその暗号のことを武彦さんから聞いたのは、昨日のことだった。それから丸1日、考えをめぐらしているけれど一向に答えは出ない。
(ただの暗号じゃない)
ドールだから、きっと逆暗号だ。
それはわかるのだけれど、暗号の逆といったら本当に読んだままになってしまう。
(じゃあ……)
暗号を解いたあと、その意味が逆になる?
それとも、何か隠されているはずのものが最初から存在していない?
(それが自分を示す大事な記号だと言い切ったドール)
その言葉に、嘘はないのだろうけれど……。
(――あー、やっぱりわかんないわ)
改めて3つの数字を眺めて、私はため息をついた。
昨日から考え続けている私がこうなのだから、今初めてそれを目にした皆はもっとわからないだろう。そう思って皆を見回した。
私の隣には鳴神・時雨(なるかみ・しぐれ)さんが、向かいのソファには海原・みなも(うなばら・みなも)ちゃんと羽柴・戒那(はしば・かいな)さんが、それぞれ渡された紙を目で追っている。
困ったような様子の鳴神さんとみなもちゃんとは対照的に、どこか楽しそうな戒那さんの様子が気になったが。
「――どうだ? 何か思いついたことはあるか?」
私がそれを尋ねる前に、武彦さんが口を開いた。
「これが逆暗号だってことだけは、確かよね」
まずは私がそれに応える。
皆も当然それをわかっているだろうから、確認の意味をこめた言葉だった。けれどその解釈の幅は広い。
「逆暗号というのは、この数字、実はドールさんを表していないということですか?」
みなもちゃんの発言がそれを証明した。
「! なるほど。そういう"逆"もありだな」
感心する武彦さんに私が続ける。
「私たちは、この暗号自体が暗号ではないっていう逆を考えていたのよ」
(いちばん最初に考えた可能性)
やはりこの可能性がいちばん高いと思ったのは、その暗号が解けなかったから。
「この数字がそのまま答えだと?」
「あくまで可能性だがな」
問った鳴神さんに武彦さんは苦笑を浮かべる。
(そう)
苦笑するしかないのだ。
たとえこれがそのまま答えだとしても、それがわからないのだから実は暗号と何も変わらない。
(可能性は狭まらない)
むしろ広がる一方。
「もう1つ考えられるのは、暗号を解いたあとの答えが逆という可能性ね」
私はそれを自分で広げた。皆より先にスタートラインに立っていたのだから、それは私の役目だ。
「――草間くん」
不意に、それまでは黙って紙を見つめていた戒那さんが口を開く。
「俺が興味あるのは、暗号そのものよりもドールの言葉なんだが」
「言葉?」
「『言葉の意味をよく考えろ』と言ったんだろう? その"言葉"はどれのことだと思う?」
「!」
武彦さんから聞いた2日前のドールとの会話は、本当に短いものだった。けれど戒那さんの言うように、ドールが意味をよく考えて欲しいと思う言葉がそれに含まれているはずだ。
「そうか……そこから考えるのも、1つの手だな」
言葉の端々に、何かヒントを残していくドール。それだけに、聞き流すことはできない。
「あたしがいちばん気になるのは、『数はいくらでもある』という所です」
みなもちゃんが口にした言葉に、皆が頷いた。考えることは同じだ。
「いくらでも作り出せるということなのか? それとも円周率のように、永遠に続いていくもの?」
「もう1つ考えられる。くり返すものだ」
鳴神さん、戒那さんと続いた。その答えは広がり続ける可能性と一緒。
「どれにしても、適当に考えているわけはないんだから、どこかに突破口があるはずなのよね」
私が呟いた言葉には、自然とため息が混じった。
――ピンポーンっ
間合いを縫うようにチャイムが鳴る。
("どっち"かな?)
それが誰であるのか予想のつく私は、そんなことを考えた。
武彦さんが呼んだメンバーのうち、まだ来ていないのは広瀬・祥子(ひろせ・しょうこ)さんと斎・悠也(いつき・ゆうや)の2人だ。
「遅れてごめんなさい」
申し訳なさそうに入ってきたのは祥子さんの方だった。
(彼女なら)
何かわかるかもしれない。
皆が期待を込めた目で見つめる。
(ドールといちばん多く会っている彼女なら)
しかし、武彦さんからあの紙を受け取った祥子さんは、すぐに首を傾げた。
「これが……ドールを示す暗号?」
「暗号ではないかもしれないし、暗号かもしれない」
「あ、そっか。"逆暗号"だからですね」
武彦さんの曖昧な答えにもすぐに理解を示した祥子さんだったが、やがて降参というように両手を上げた。
「ぜーんぜんっ、わかりません!」
空間にため息が広がる。
「私がドールの口からちゃんと聞いたことって、よく考えるとあの人形のことだけかも……」
祥子さんが何気なく告げた言葉に、皆の動きがとまった。
「あの逆さまのピエロのことか……?」
興味深げに問いかけたのは戒那さんだ。
「あれ……言ってませんでしたっけ?」
「広瀬〜〜〜」
「あはは。私すっかり言った気になってました」
頭を抱える武彦さんを前に、祥子さんは笑った。
「リバース・ドールって、ドールが人形を逆さまに持ってるからついたあだ名らしいんですよ」
「そうだろうとは思っていたがな」
「で、私が『じゃあなんで逆さまに持ってるの?』って訊いたら、あの子『それが正しいから』って答えたんです」
「正しい?」
皆の声がハモった。
「そう! 私もそう訊き返したら、『ボクは人形じゃないから』って」
「面白いな」
呟いたのはやはり戒那さん。ドールに対してかなりの興味を持っているようだ。心理学の観点から見れば、ドールは面白い素材なのかもしれない。
(それにしても……)
「何だか、禅問答みたいよね」
ドールはちゃんと答えている。けれどその意味が、よくわからない。
「つまりあの人形はドール自身を表している、ということなのか?」
「もっと深読みすれば、ドールと呼ばれているものは最初からあの人形だった、とか」
鳴神さんに続けた武彦さんは、自分の発言に自分でつっこんだ。
「……だとしても状況は何も変わらないんだな。話がややこしくなるだけだ」
考えすぎて、どこへ向かおうとしているのか、私たちもわからなくなっていた。
――ピンポーンっ
再びチャイム。時計をチェックした戒那さんが呟く。
「きっと悠也だ」
その予想どおり入ってきたのは悠也で、手にはいつものように箱を持っていた。
(相変わらずマメねぇ)
遅れてきたのはきっと"ケーキ"を作っていたからだろう。
(もっとも)
普段の悠也ならその時間も考慮に入れて時間に間に合わせるはずだ。遅れてきたのには他にも理由があるのだろう。
悠也は武彦さんから例の暗号の書いた紙を受け取ると、一瞥しただけで冷蔵庫の方へと向かった。
(なるほどね)
つまり暗号には興味がないのだ。
悠也は戻ってくると座りもせず。
「ちょっと足りないようなので、買いに行ってきますよ」
「あ、俺も行く」
それに戒那さんが立ち上がった。
「いつもすまないな、斎」
「いえ、俺の趣味ですから」
「お茶の用意、しておくわね」
「ええ、お願いします」
「何かわかったら連絡してくれよ」
短い会話を重ねて、悠也と戒那さんは事務所をあとにした。
「――さて、じゃあ俺たちは、少しでも可能性を狭めていくか」
それを見送って武彦さんが告げる。
その方法さえ明確にできぬまま、それでも私たちは頷くしかなかった。
★
あの5桁の3つの数字は、何を表しているのか?
皆の考えをまとめるために、紙に書き出していく。
・メールアドレスや携帯電話の番号?
・その日買った宝くじの番号?
・語呂合わせ?
・国民基本台帳番号?
・居場所の座標?
・シーザー暗号?
・簡易換字暗号?
・10進法ではない?
「何ですか? このシーザー暗号って……」
みなもちゃんの問いかけに、鳴神さんが簡潔に答えた。
「アルファベットと数字を一定の法則で置き換えた暗号だ」
続けて。
「簡易換字暗号は、50音に単純に数字を振ったもの」
「『あ』が1、『い』が2ってか?」
付け足した武彦さんに頷く。
(確かに、考えやすそうな暗号なんだ)
でも私の思考は既に、暗号からは離れていた。
(例えば)
数字には関係があるけど、並べてあること自体には意味がない、とか。
「――居場所の座標って、面白いわね」
考えながら私は呟く。
「あれが暗号でない場合に、居場所じゃなくともそこに何かドールを示す物があるかもしれないし」
それならば3つの数字に規則性がなくとも納得ができる。
「5つの数字で座標を表せるんですか?」
疑問を挟んだみなもちゃんに、説明をしたのは武彦さんだ。
「どこかに点を打って、数字を2つに分けるんだ。2つの数字のどちらかが南北、どちらかが東西を示すと考えれば……」
「緯度経度といった大きなくくりは無理でも、例えばこの興信所から見て何メートルという程度の情報なら表せるだろう」
それを鳴神さんが繋いだ。
「なるほど……」
(こんな面倒なこと)
と思うけれど、ドールならやりかねない。
「広瀬。お前がドールに会った場所はどこだ? ここから近いのか?」
「うーんと……近いといえば、近いです」
「一応行ってみたい。案内を頼めるか?」
「わ、あのバイクに乗れるんだ! 任せて下さいっ」
鳴神さんの提案に、祥子さんは嬉しそうに答えた。どうやら密かに憧れていたようだ。
バイクで行くのなら鳴神さんの他には1人しか行けない。ということで、私とみなもちゃんはおとなしく留守番だ。
「じゃあ私たちは、他の可能性を潰していきましょ?」
「そうですね」
みなもちゃんが頷いたのを確認して、私は自分のノートパソコンを応接セットの方へ持ってくる。これはバイト用でもあり仕事用でもある、私の大事な一部だ。
「パソコンで調べるんですか?」
液晶の画面が良く見えるように、移動しながらみなもちゃんが問った。そこでやっと、私はあのことを明かす。
「実は昨日からずっと、暗号解読ソフトを走らせてるんだけどね」
「ああ、それで……あの暗号が暗号じゃないかもしれないって思ったんですね?」
「ええ。どの解読法を使っても、意味のある文にならないの。暗号の答えがまた暗号になってるかもって思って、さらに解読を試みたりしてるけど……全然ダメね」
ついまた、ため息がもれた。
みなもちゃんは苦笑を浮かべる。
「――やっぱり、"そのまま"なんでしょうか……」
「そうねぇ……あ、語呂合わせ検索サイトとかあるみたいよ。見てみる? さすがに国民基本台帳番号なんて調べられないけど」
(もしもそのままだったら)
語呂合わせの可能性がいちばん高いだろう。
私はそう感じていた。
何故ならドールは、私たちが知り得ない答えなど用意していないと思うからだ。
皆で出し合ったあの可能性の中で、答えにたどり着けそうなものは、それこそ座標か語呂合わせくらいだろう。
しかし。
「語呂合わせは、暗号とは違うんですか?」
不意に問われて、私はわからなくなった。
(語呂合わせも暗号?)
確かに"そのもの"ではないし、受取手によって解釈はまったく変わるのだ。
「――言われてみれば、そうね。暗号とも呼べるかもしれないわ。もしかして私たち、構えすぎていて数字そのものを捉えられていないのかしら」
言いながら、自分自身その言葉に納得した。
私たちはそれに意味を求めることで必死なのだ。示された3つの数字を、ただの数字としては見てない。見れない。
(見なければ)
前へ進めないかもしれないのに。
「……試しにやってみるわね」
私はそう呟くと、『語呂合わせ』と記入していた箇所を消して、『14316』と打ち込んだ。そのまま検索してみる。
私がそれをあらかじめ試していなかったのは、もちろんそんな簡単なことで答えが出るなんて思っていなかったからだ。
「10件ずつ表示で10ページか……意外と多いわね」
案の定いかにも関係なさそうなタイトルのページが並び、各サイトをチェックするのも面倒で次の数字を検索してみようとした。
するとみなもちゃんが提案する。
「どうせなら、3つ一気に検索してみたらどうですか?」
(なるほど)
確かに、1つ1つやっても同じ結果になるような気がする。
「そうね」
クスリと笑って、私は軽い気持ちで3つの数字を並べた。
(どうせヒットなんかないんだろうな)
そんな気持ちでクリックする。
――しかし。
「! 3件ヒットした……」
うち2件は残念ながらリンク先が失われていた。最後の1件は――
「これが……これが答えなの?!」
あの数字は、紛れもなく"そのもの"だったのだ。
■社交数:真の約数の総和が次の数になり、それを順に繰り返し、最後の数の真の約数の総和が、最初の数に等しい数の組。
■現在までにわかっている最も長い社交数は、周期28の社交数である。
14316→ 19116→ 31704→ 47616→ 83328→
→177792→295488→629072→589786→294896→
→358336→418904→366556→274924→275444→
→243760→376736→381028→285778→152990→
→122410→ 97946→ 48976→ 45946→ 22976→
→ 22744→ 19916→ 17716→14316に戻る
「わかったのか?」
興奮した雰囲気の私たちに気づいて、デスクで1人数字と睨めっこしていた武彦さんが問いかけてきた。私は自然と早口で答える。
「ええ。武彦さんは、社交数って知ってる?」
「社交数? 社交的な数字なんてあるのか?」
そう首を傾げたので説明してみるが、武彦さんの首は直らなかった。
「ちょっと待て。説明を聞いてもいまいちわからないんだが……」
「実はあたしも……」
武彦さんはともかく、みなもちゃんはまだ中学生だからちょっと難しいかもしれない。
私は2人にわかりやすく説明するために、画面上の細かい文字を読み進めた。
「詳しい説明が載ってるわ。んーと……まず『真の約数』っていうのは、その数自身を除いた約数のことなのね。普通約数といったらその数自身も含まれるんだけど。例えば6の約数といったら1、2、3、6なんだけど、『真の』がつくと6を除いた1、2、3になるの」
「なるほど。大体わかったぞ。このいちばん最初の『14316』の約数のうち、『14316』自身を除いた約数を全部足したやつが『19116』になるワケだな?」
さすがに武彦さんは飲み込みが早い。
「そうそう。それで、『19116』の約数のうち『19116』自身を除いた約数を全部足したものが、次の『31704』になる。そうしてくり返していくうちに、29回目で『14316』に戻ってくるの」
そこまで説明すると、みなもちゃんもしっかりと理解できたようで。
「なんか……うまく言えないですけど、とにかく凄いですね……」
そんな言葉をもらした。
その気持ちがわかる気がした。
「私もこういうの見ると、なんかワクワクしてきちゃうわ」
しらみつぶしに探していったら、誰にでもこんな発見をする可能性があるのだ。
「数字に秘められた無限の可能性ってやつか」
苦笑しながらも、武彦さんはそれを正確に言葉にした。それから真面目な表情に戻して。
「――まぁ、これが暗号ではなく社交数だったということはわかったが……問題は、どうしてこれがドールを示すのかということだ」
(そう)
まるでここからが、暗号だ。
「社交って、人との付き合いってことですよね。まるでドールさんとは対極にあるような言葉だけど……」
「そうよねぇ。社交的になりたいっていうならわかるけど、それはドールの本質ではないでしょう」
(このところ直接関わってくるようにはなったけれど)
それは"付き合い"なんて呼べる部類のものではなかった。友好的とはいえない、私たちを無理やり巻き込もうとする行動。
(いっそ普通に)
会いに来ればいいのに。
私はそんなことを思った。
やがて鳴神さんと祥子さんが戻ってきて、私たちは信じられない話を聞く。
(これは社交数だった)
居場所の座標ではなかった。
それがわかっているからこそ、信じられない。
2人は前と同じ場所で、ドールに会ったのだという。そしてここへ誘ったのだと。
「本当に来るかはわからないが、一応頷いてはいた」
鳴神さんが告げた。
「あの子と賭けをしたの。その結果を知るために、あの子はきっとここへ来るわ」
祥子さんが告げた。
私たちは待った。
(あの数字はドール自身)
ドールが現れれば、自然と答えだってわかるはず。
そうして――やがてドールはやってきた。戒那さんと悠也の間に立ち、とても恥ずかしそうな顔で……。
★
「社交という言葉に、意味はないんだ」
皆にカップケーキとお茶が振る舞われ、落ち着いたところでドールはそう切り出した。
「ただボクの本質は、"くり返す"こと。それを知ってほしかっただけ」
「どういう意味だ?」
テーブルもソファもいっぱいなので、1人だけ自分のデスクでケーキを突付いている武彦さんが遠慮なく問いかけた。
ドールは口に出さずに笑い、問いには答えない。
「――リバース・ドールは、アイテムの名前でもあるよ。それを持っていれば、死んでも生き返ることができる。リバース・ドールが代わりに死ぬから」
「?!」
「命を"くり返す"ためのアイテム。ボクはそのループから、抜け出せなくなっていた」
何かを吹っ切るかのように、今日のドールの口はよく動いた。私たちはただそれを邪魔しないように。ドールを理解したいと思って。最小限の言葉だけを挟む。
「……なっていた、ということは、今は抜け出せたのか?」
優しい声で問いかけるのは戒那さん。
ドールは何故か諦めるような表情をつくって。
「賭けに負けたからね。抜け出さなければならない時が来たんだ。――本当は。ボクは最初からその方法を知っていたよ。ただ僕自身、そうなりたくなかったから。目を瞑って見えない振りをしていた。なんて子どもなんだろうね?」
ひとり笑うドール。
言葉の意味を理解できない私たちは笑えなかった。
(その顔が寂しそうで)
とても笑えなかった。
「全部話そう」
そしてドールの、辛い昔話が始まった――。
「昔のボクはね、こんな子どもじゃなかったんだ。できないことはない自分に恐怖を感じていたけれど、それで人の役に立てるのなら、いいと思っていた」
「一生懸命だったよ。ボクが自分だけでなく他人からも恐怖の対象とされた時、何が起こるのかわかっていたから。自分のためには何もせず、ただ人のために尽くした」
「尽くしたのに――その時は訪れてしまった」
「ボクがしてきたすべてのことを、仇で返されたよ。誰一人かばってはくれなかった」
「その時のボクの気持ちがわかる?」
「ボクは無償のコウイを信じられなくなった。――いや、さっきも言ったけれど、本当は信じる方法を知っていたんだ。でも信じたくなかった」
「もうあんな思い、したくなかったから」
「"何か"と引き換えに願いを叶えていったよ。たとえそれが犯罪であっても構わなかった。ただ力を使いたかったんだ。使っていないと、あふれ出しそうで怖かった」
「そうして犯罪に手を貸すようになったボクが、ここの存在を知ったのは実は偶然だった」
「真井(さない)氏を憶えているかな? 彼がここを選ばなかったら、ボクがこうして自分のことを話すなんてこと永遠になかっただろう」
「ここに集まる人たちは、皆不思議な力を持っていた。だからボクは興味を持った。怪奇探偵と呼ばれるアナタに、興味を持ったんだ」
「ボクをどう思っているのかな?」
「ボクはやっぱり、恐怖の対象だろうか」
「素直にコンタクトなんて、取れなかったよ。だから無理やりの交換条件を求めた。その時点でボクにできるのは、それしかなかったんだ」
「――ボクが祥子さんを手伝ったのは、自分と似ていたからだよ」
「方法はわかっている。素直な気持ちを言葉にすればいいだけなのに。どうしてもそれができなかった」
「ボクは祥子さんを助けることと引き換えに、祥子さんを使って自分を助けようとしたんだ」
「そしてただ遊ぶために、ここに爆弾を仕掛けた」
「怖がらず、ボクを追ってくれる?」
「捜してくれる?」
「本当は意地を張っただけの子どもだということに、気づいてくれるだろうか」
「それは一種の賭けだったよ」
「ボクはもうボクからは、決してこのループを破れない所まできていた」
「誰かがボクの願いを叶え、ボクが誰かの願いを叶える」
「それをくり返していなければ、ボクは自分自身すら信じることができない」
「誰かがそんなボクに気づいて、それを断ち切ってくれなければ――」
「自分でも気づかないまま、ボクは皆にそれを求めていたんだ。あの社交数のカードは衝動的に送ったもの」
「遊んでくれたから。ボクを怖がっていないことがわかった。わかったら、早く知ってほしかった」
「おかしいね。そんな感情はとっくに封じたはずだったのに、どんどんわがままになっていくんだよ」
「カードの意味もわからぬままボクを捜している2人に気づいたボクは、それに応えた」
「捜してくれてるから、前へ出ることができたんだ。まだ信じれていなかった」
「ここへ来ればいいと言われても、その先に何らかの望みが待っていることを疑った」
「何もなければいいと願う。けれど信じることはできない。裏切られたくないから」
「そんなボクに、祥子さんが賭けを持ちかけた」
「もし2人がボクの分までケーキを用意してくれていたら、いい加減自分たちを信じろと」
「ボクはそれを呑んだ。だってそんなこと、あるはずがなかったから。それを確かめるために、こうしてここに来たんだ」
「でも……どうしてだろうね?」
「ボクの前にはちゃんとあるよ。本当はケーキが足りていたことを、ボクは知っているのに」
「ちゃんとあるんだ」
「――ねぇ。泣いてもいい?」
★
会いに来ればいい。
そう思っていた私は、それを伝える努力をしていなかったことに気づいた。
そしてドールが、ずっとその言葉を待っていたことに。
(悩んでいたのね)
自分からはもう、変わることのできない自分。そしてそれに戸惑っていたのは、誰よりもドール自身だった。
(もっと、耳を澄まそう)
言葉にならない声までも、掴めるように。
(もっと、言葉にしよう)
私たちの思いが、ちゃんと伝わるように。
ドールと私たちの、本当の会話が始まるのは。きっとそれからなのだ。
(了)
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/ PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生 】
【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 /
翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【 1323 / 鳴神・時雨 / 男 / 32 /
あやかし荘無償補修員(野良改造人間)】
【 0121 / 羽柴・戒那 / 女 / 35 / 大学助教授 】
【 0164 / 斎・悠也 / 男 / 21 /
大学生・バイトでホスト】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは^^ 伊塚和水です。
ドールシリーズ第4弾、ご参加ありがとうございます_(_^_)_
今回で一応、ドールとの不和が完全に解消されましたので、≪リバース・ドール≫というタイトルを持ったシリーズはこれで終了となります。ここまでお付き合い下さりまして本当にありがとうございました!
今後ドールがどうなるのかはまだ全然決めていないのですが、いずれまたドールを利用した作品を書きたいという気持ちはあるので、再びお目にかかることがあるかと思います。その時はまた可愛がってやって下さると嬉しいです^^
さて、実は暗号ではなかった今回の数字、真面目に考えたのに何事じゃ〜(怒)と思ってしまったらすみません。そして私以外の方はこの社交数に感動しないのかもしれないので反応が怖いのも事実です(笑)。ちなみにこの社交数は友愛数(または親和数)をながーくしたものだったりします。数学のネーミングもなかなか奥が深くて楽しいのです。(実はむしろ浅いのかもしれないですが……)
それでは、またお会いできることを願って……。
伊塚和水 拝
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