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『ストーカーの夢』
「ん? なんかシンミョーなカキコがあるなぁ」
いつものように雫が掲示板を覗くと、こんな記事が書かれてあった。
《わたし、ストーカーにあっているみたいなんです。オンラインでもオフラインでも。相手が誰かは分かりません。ただ、最近どんどんひどくなってくるんです。さっき自分のホームページを覗いたら、全部のページにわたしの本名が書かれてあって、コワくなってあちこちの掲示板にこうして助けを求めています。お礼は高額お支払いします。誰か、助けてください。お願いします。by.s》
「ネットストーカーってヤツかな?」
数分前のカキコだからか、まだ誰もレスをしていない。よっしゃここはこの雫ちゃんに任せなさい、と、なるべく穏便な形でレスをしたとたん。
「うきゃ!?」
雫のレスが送信されたとたん、掲示板いっぱいに女性の名前が現れた。
さゆりさゆりさゆりさゆりさゆりさゆりさゆりさゆりさゆりさゆりさゆさゆり
「なぁっにこれぇ!」
掲示板だけではない、雫のホームページの全部のページがその名前でいっぱいになってゆく。
「くっそぉ〜ゼッタイこれフツーのストーカーじゃないわね……片付けてやる!」
雫は受信トレイを開き、アドレスが分かっている人間あてに、依頼送信メールを怒りに任せて無差別に送った。
『打倒ストーカー! 調査・解決依頼!(支度金&前金礼金あり)』という件名で。
■乗り出した者達■
メールを見たとたん、黒髪黒瞳の色白美少女が椅子から立ち上がった。
「ストーカーなんて、人間の敵ですね……!」
でも、と数分して冷静になってくると、この「さゆり」という女性にも少しひっかかるところがある。
とにかく、本人に直接会って色々と聞いてみよう。
もしも「さゆり」という女性の狂言だったら……それか、ハッカー系か。推測はキリがない。もう夕方だが、海原みなもはメールをプリントアウトしたものをメモ帳に挟んで家を出た。
住所は、最初に雫に会った時に支度金やらなにやらと一緒に渡されたのですぐに分かった。意外に人通りの少ない場所だ―――。
(痴漢とかストーカーとか。しやすそうな場所ですね)
少し眉をしかめて、みなもは古びたアパートの階段を昇り、『右京(うきょう)』という名前の表札を探し当てインターホンを鳴らした。しばらく―――本当にけっこう長い間を置いて、ガチャリと扉がいきなり開いた。
(相手を確かめずに?)
ごめんなさい、と出てきたのはやつれてはいたが、そこそこの顔立ちの20代後半頃の女性だ。
「魚眼レンズで何度もあなたが例の人じゃないのだと、確認していたものですから……」
「ああ……いえ。相手を確かめないで出るなんて無防備すぎると思いましたけど、安心しました」
例の人って、とみなもは続ける。
「掲示板に書き込みをしていたストーカーのことですか?」
やつれた瞳に、怯えの色が走ったとたん、みなもは抱きしめられていた。
「コワい……コワい……助けて……」
さゆりが落ち着くのに、それからだいぶ時間がかかった。
■合流■
部屋に入れてもらったところで、インターホンが鳴った。さゆりの肩が、びくりと震える。
「あたしが出ます」
みなもはそう言い、玄関に置いてあった消化器を後ろ手に、少しだけ扉を開ける。驚くほどの美青年が立っていたので、思わず圧倒されつつも、警戒は忘れない。
「どちらさまですか?」
「あなたがさゆりさん……ではなさそうですね」
美青年は自分の身分証明と―――大学のパスまで見せた―――ここに来た目的を明かした。
「宮小路皇騎、さん……? では、あなたもあたしと同じでここに?」
「すみません、」
みなもの背後から、さゆりが扉をすっかり開け、皇騎も招き入れる。
「すみません……わたしなんかのために二人も助けてくれる人が本当に来てくださるなんて……」
(『わたしなんか?』)
みなもと皇騎の心に、ちょっとその言葉は引っかかった。
「どうしてそう自分を卑下するような言い方をするんですか? だからストーカーになんて目をつけられるんですよ」
みなもが言うと、さゆりは項垂れる。
「そう……ですね……でもほんとうにわたし、特別美人でもないしなんの能力も持ってはいないし……」
「ところでみなもさん?」
皇騎が場を取り繕うような優しげな声で、言った。
「いつまでその消化器、私にぶつけるつもりですか?」
「あ……」
慌てて消化器を元に戻す、みなもだった。
■調査、そして―――■
皇騎はさゆりの寝室に入るとき、一度「失礼します」、と礼儀正しく軽く一礼した。みなももなんとなく軽く頭を下げてしまってから入り、さゆりをベッドに座らせると、
「少し調べさせてもらってもいいですか?」
と聞いた。さゆりが、こくん、と頷くと、みなもはさゆりの寝室からはじまり、廊下、バスタブの中までくまなく調べた。
「盗聴器やカメラはないみたいですね……」
実害はないんですよね、と聞くと、さゆりはクセなのか、爪を噛んだ。
「実害、というのでしたら……わたしのホームページがあんなふうになっていることくらいです。そのあとのことは、助けてくれそうなホームページの掲示板に書き込んでからはネットにもコワくてつないでいないので―――」
「まだあるのでしょう?」
皇騎が神秘的な色を湛えた黒い瞳で鋭くさゆりの心を射抜く。
「あなたは掲示板に、『オンラインでもオフラインでも』、と書いていた。オンラインの被害は『それ』だとしても、ではオフラインの被害は?」
さゆりが、今度こそ震え出す。さゆりのパソコンを開いて、彼女のホームページがすっかり名前で埋め尽くされているのを確認したみなもが、隣に座って背中をさすってやる。
「わ、たし……わたし、恋人がいて」
さゆりはか細い声で言う。
「その恋人とデートしているときとか、よく後ろからつけてくるような気配がしていたんです。でも、それはすぐ終わって……ある日、彼の部屋に入ろうとしたとたん、彼が……突然血を吐いて、」
死んでしまった―――。
「もちろん警察には届けたんですよね?」
と、みなも。さゆりは頷く。
「でも、おかしいんです。警察が調べても、彼の存在は『いない』とされてしまって……あったはずの血痕も、いつのまにか水溜りにかわっていて。彼の近所の人たちも友達もみんな彼のことを忘れているんです……!」
「存在自体が消されてしまった、ということでしょうか?」
みなもがちらりと皇騎を見ると、「でしょうね、」と彼は軽く頷いて同意する。
「さゆりさん、あなたのその様子では、故意にやっているわけではないのでしょうね。ネットからあなたと『ストーカー』の残留思念まで消してしまったのは」
「え……?」
みなもが不思議そうに皇騎を見上げる。さゆりはコワすぎて、殆ど理解していないようだった。
(この女性にも、なんらかの『力』があるということでしょうか)
みなもが推測して皇騎を見ると、見透かしたように再び頷かれた。そして彼は、さゆりとみなもの真正面に立つ。
「私に考えがあるんですが、協力してくれませんか?」
その夜それから、すっかりおしゃれをしたさゆりの肩を抱いてさゆりの家を出る皇騎の姿があった。
それを隠れて見ているみなも。
「そんな挑発行為をしたら、皇騎さんが危険な目にあうのでは?」
と一度もっと温和な解決法はないかと考えたみなもだが、ここは皇騎に任せることにした。自分はバックアップをしっかりすればいい。どこかに不審な人影はないか―――さゆりと皇騎からも目を離さずに、物陰からきょろきょろと不審人物がいないか探す。今のところ、『まだ姿を現さない』。
(少し荒っぽいが)
ゆっくり歩いていた皇騎は、さゆりの肩を掴んで塀に押し付け、
「さゆりさん、すみません」
小さく言って、そっと唇を押し付けた。
見ていて、ぱぁっと赤くなってしまったみなもである。
だが、皇騎のその行為に反応したのはみなもだけではなかった。背後から殺気を感じ、皇騎は咄嗟に飛びのいた―――さゆりをそこに置き去りにして。
ざくっとさゆりの首が宙に舞う。だが、血は流れない。みるみるうちに「さゆり」はただの紙切れへと変わっていった。
<!>
黒い人影。そう、本当にその者は「影」でしかなかった。「人間」ではなかった。
「引っかかりましたね、ストーカーさん」
余裕の笑みを浮かべる、皇騎。
「式神にしといてよかったですね、さゆりさん」
みなもが、背後にいた「本物のさゆり」を振り向くと、どん、とみなもを突き飛ばすようにしてさゆりが駆け出した。
(え?)
突き飛ばされたみなもは慌てて後を追う。
<私を騙すとは―――並みの人間ではないな>
影がこちらを向く瞬間を狙って皇騎が「刀の召喚」を行おうとしたそのとき、
「信之助(しんのすけ)さん……?」
飛び出してきたさゆりが、「影」に向かってそう言った。さゆりの身体全体から、青白い光が放たれている。
<やっと思い出したか、私のことを―――さゆり>
「影」がさゆりの顎を持ち上げる。追いついてきたみなもが、さゆりを引き離そうとした。
「さゆりさん、どうしちゃったんですか!? その影がストーカーだったんですか!?」
「ストーカーなんかじゃ……ありません」
夢をみるようにうっとりと、さゆりは呟く。
「前世、追っ手に囲まれながら命をかけてわたしを救おうとしてくれた方―――愛しい方―――」
「なるほど、前世での恋人同士だったというわけですか」
皇騎はさして驚くふうでもない。
「しかし『信之助』さん、あなたはやりすぎです。悪質なストーカーと分類されても仕方のないことですよ」
「そうです、さゆりさんの恋人を存在ごと消してしまうなんてひどすぎます」
ぴく、と信之助が動いた瞬間、大量の水がみなもと皇騎の背後から押し寄せてきた。ただの水ではない……呪いがかかっている。
陰陽師としてそう判断した皇騎は、みなもを突き飛ばしたあと、水に呑み込まれた。
「……なにがどうなってさゆりさんだけしか生まれ変われなかったのか分かりませんけど、」
みなもは寄り添う『二人』を目を細くして射抜くように見る。
「さゆりさんをどうする気なんですか? せっかく新しい命を得たさゆりさんを『連れて行く』んですか?」
<お前達に分かるはずがない。私の何百年と渡るこの苦悩、さゆりともう一度寄り添いたいというこの夢が>
信之助が、みなもに手をかざしたとたん、
「分かりませんね」
みなもの背後から、ざっと水から引き上げられるようにして降り立った皇騎が応えた。
<なに!? その呪水に一度呑み込まれたら存在ごと消えてしまうはず>
「あたしの足元にもありましたから、このお水。だから操って、皇騎さんを引っ張り出したんです」
みなもがにっこり笑う。
「感謝します、みなもさん」
呪水の中でついでに召喚しておいた妖刀を、ぎらりと煌かせる。
「何故あなただけがちゃんとした形で生まれ変われなかったのか確かに分かりませんが、さゆりさんとその周囲の人間に許されざれない害を及ぼしたのは事実―――」
さら、
……手ごたえは、あまりにも実感のないものだった。「影」なのだから当然といえば当然だ。
<…………>
「やりすぎたあなたは、悪霊……? それとも……」
みなもの静かな問いかけに、信之助は顔のない黒い影のまま、さゆりに向けて「優しく微笑んだ」気がした。そして影は消える。跡形もなく。本当に、跡形もなく。さゆりが、崩れ落ちるのをみなもと皇騎が支えた。
■その後■
みなもと皇騎は後日、偶然にもとあるネットカフェで再会した。そしてそこで、あのあとすぐに右京さゆりが自殺したことを知った。
残留思念をネットから無意識に消したのは、「本当はどこかで助けてはもらいたくなかった」ということなのだろうか、とふたりは推測する。
だって、例え相手が悪霊になっていたとしても、それだけ愛し合っていたのなら―――
「また今度、お会いしましょう、みなもさん」
「はい、機会がありましたら」
それぞれに複雑な思いを描きながら、別れるみなもと皇騎だった。
《完》
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
☆1388/海原・みなも/女/13/中学生☆
☆0461/宮小路・皇騎/男/20/大学生(財閥御曹司・陰陽師)
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、東瑠真緩(とうりゅう まひろ)です。
今回、ライターとして書かせていただきました。
なんだかうまいこと書けなかったような、謎がいっぱい残っているような気がたくさんしますが; すみません。精進いたします;;;
みなもさんには、今回もご参加いただきまして、大変嬉しく思っております。
前回うまくつかえなかったみなもさんの能力ですが、今回少しでも使うことが出来たのでライターとしては満足ですが、みなもさんとしてはいかがでしたでしょうか。
また、皇騎さんのほうと冒頭が多少違っておりますので、そちらのほうもよろしければご覧いただけると楽しいかな、と思います。まあ、物語としては全く同じなのですが(笑)。お暇がありましたら、どうぞ。
なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは、これからも魂を込めて頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願い致します<(_ _)>
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