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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


『虹色の傘』

 碇麗香は、朝から機嫌が悪かった。座っているときはまだいい。だが、歩いていたりすると、部下達からくすくすと笑い声が漏れる。
「あんたたちっ! 私のどこがおかしいっていうの!?」
 一斉に、腰に指が指され、麗香はぐっとつまった。
 麗香の腰には、めちゃくちゃ目立つ、小さな虹色の傘がくっついていた。
(拾わなければよかった)
 今更悔やんでも遅い。麗香が今朝、家を出るとき、何気なく外に立てかけてあったその傘が無性に懐かしく、つい手に取ってしまったのだ。すると、見事に腰に吸い付いてしまったというわけで―――

 真夜中を過ぎても、残業で麗香は残っていた。ほかに残っているのは、珍しく一人しかいない。
「木暮、この記事の最終チェックお願い。そのあとでもう一度私に渡して」
 疲れたようなその声に、木暮龍治(こぐれ りゅうじ)は整った顔に微笑を浮かべた。
「分かりました、こっちの記事終わりましたんでそれじゃ麗香さ……―――」
 木暮の微笑が固まった。視線は麗香の脇へといっている。
 麗香が不審に思ってそれを辿ると、腰に虹の傘がいつの間にかなくなっている。が、かわりに。
「おばちゃん、おなかすいたよ」
 3歳ほどの瞳の大きな可愛い少女が、つんつん、と麗香の服の裾をひっぱっていた。
「麗香さん―――隠し子ですか?」
 この状況をどうにかしようとした木暮の気まずい冗談は、更に雰囲気を悪化させただけだった。
 よく見ると、少女は髪の毛をツインテールにしており、そこに結ばれているリボンは虹色だ。
「あなたまさか―――あの傘から出てきた、なんて言わないでしょうね?」
 麗香の言葉に、少女はきょとんとする。
「あたし、なまえもしらない。どこからきたのかわからない。きがついたら、いま、おばちゃんのとなりにいたの」
 記憶喪失……
 麗香と木暮の脳裏に、同じ単語が浮かび上がる。だが、虹色の傘が消えたとたん少女が現れたのはどういうわけだ?
「徴収っ! 調査スタッフ徴収よ!」
 半ばキレ気味の麗香の甲高い声が上がった―――


■小さな記事から■

「うにょはっ! 碇の子供っ!」
 月刊アトラスから出ている雑誌の小さな小さな記事を見つけてまずやってきたのは、銀色の髪の毛に銀色の瞳という美しい配色の、可愛らしい少女―――海原みあおだった。
「違うと言っているでしょう……」
 麗香のこめかみに、ぴくぴく青筋が立っている。
 今は夜。麗香がスタッフ達を早く帰してしまったため、ほかには目撃者である木暮しかいない。
 そこへ、もうひとり朗らかな声の美女がやってきた。
「あたしも記事見て昼間から見てたんだけど、麗香さんに子供がいたなんて」
「こ・ど・も・じゃ・な・い!」
 どん、と机を叩いて、麗香。
「おちゃめなジョークじゃないですかぁ」
 色白、銀色の長い髪に赤い瞳が印象的なゴスロリ服のその美女は、みあおを見ると、
「あたし、ヴィヴィアン・マッカラン。ヴィヴィって呼んでね♪」
 と、にっこり笑った。みあおも名乗ると、頭を撫でられた。どうやらヴィヴィは子供好きらしい―――といってもみあおは一応、もう十三歳ということになってはいるのだが―――。
「で、どうしましょう?」
 木暮が本題に入った。
 小さな三歳ほどの女の子は、麗香の裾を掴んで離さないが、しきりにみあおとヴィヴィをその大きな瞳で見つめている。
「うん、納得。ゼッタイこの子、碇の子供じゃないよね。碇の子供だったらこんなに可愛くないもん」
 と、みあお。
「どういう意味かしら……?」
 麗香はじろりと睨んだが、さすがに疲れ果てているらしく、声にいつもの力がない。ヴィヴィが提案した。
「麗香さんも疲れてるみたいだし、あたしが面倒みてあげる。こう見えてもベビーシッターのバイトとかやってるし」
 でも、とみあおが小首を傾げる。
「碇から離れられないんじゃないの?」
「あ……本当にそうなのかな?」
 ヴィヴィが言うと、木暮が、
「このとおりですけど」
 と、女の子を抱こうといくら力を入れても、麗香から離れられないのだった。
「虹子ちゃーん、こっちにおいで」
「レイン、おいでよ」
 ヴィヴィとみあおが同時に手招きしてみる。
「碇・レイン・虹子……名前決定ですね」
 木暮がくくっと喉を鳴らす。麗香が恨みがましく彼を見上げるその腰元で、レイン・虹子はふたりの元へ行こうとする。が、自分の意志でくっついているわけではないようでやはり離れられない。
「んー」
 みあおが腕組みをする。
「ねえ碇、その例の傘って、ほかに目撃者とかいないの?」
「それなんだけど」
 麗香がデスクに座りながらため息をつく。
「今朝になって、あの虹色の傘のことをほかに見た人がいないか聞いてみたんだけど、誰もいないのよ。早めに起きて、新聞屋さんにも聞いてみたのに」
「不思議なのはもうひとつあるんですけど〜」
 と、顎に人差し指を当てながら、ヴィヴィ。
「どうして麗香さん、その傘のこと懐かしく思ったんですか?」
「分からないわ……見た瞬間、無性に懐かしくなって気付いたら手に取っていた、それだけしか覚えていない……」
 そこまで言った途端。

 がたがたっ―――!

 デスクの上のものを撒き散らして、麗香はそこに崩れ落ちてしまったのだった。
「碇っ!?」
「麗香さん!?」
「麗香さん!」
 みあおとヴィヴィ、木暮が一斉に駆け寄る。レイン・虹子はきょとんとしたままだ。
 木暮が麗香の様子を見て、ふぅっと安堵のため息をついた。
「寝てます」
「へ?」
「え?」
「眠っているだけです。とにかく今夜はゆっくり休ませたほうがいいようですね」
 と、木暮が麗香を軽々と抱き上げる。手近なソファに寝かせ、どこからか毛布を持ってくると、かけてやった。
 そこで、ぽかんとしているみあおとヴィヴィに気付く。
 二人のそばをくるくると物珍しそうに観察して回っている、レイン・虹子。

 何故、突然麗香から離れることが出来たのだろう―――?

 三人の脳裏に、同じ疑問が生まれたのは致し方ないことだろう。


■虹色の暗い夜■

 近くの安いホテルを、木暮が取ってくれた。もちろん、眠ったままの麗香は既にベッドに寝かされている。
「すみません、面倒を見てくれるというのですから、これくらいはさせてください」
 との木暮の言葉だったが、麗香もいい部下を持ったものだ。
「もともとはみあお達が解決しにきたんだし、そんなの気にしないでいいよ〜」
 安ホテル、と木暮は言ったが、わりと広く、ベッドもちゃんと三つある。ひとつは麗香が眠っているが、レイン・虹子はみあおかヴィヴィと一緒に眠れば問題ないだろう。
 ヴィヴィは早速、途中で木暮に頼んで買ってもらった絵本を楽しそうにレイン・虹子に読んでやっている。
「でもどうして、碇が眠っちゃったとたんにレインが『離れられた』のかな?」
 みあおは、冷蔵庫からビールを取り出しながら言う。自分が未成年だというのをすっかり忘れ去っているらしい。
「麗香さん、その子が現れてから眠ってなかったらしいですから……ずっと家に帰らずにいましたし」
 と、木暮。
「じゃ、起きたらまたくっついちゃうってことですかぁ?」
 絵本を読み終えて、眠そうなレイン・虹子の頭をそっと撫でながら、ヴィヴィ。
「ま、碇が起きてみたらそれは分かるよね。みあお、びーる飲み終わったし寝る〜」
 ぱふっとみあおはベッドのひとつに横になる。
「ふっかふか〜♪」
「みあお、あなたビール飲んだの? 虹子ちゃん、あんな子供になっちゃいけまちぇんよ〜?」
 ヴィヴィが言った頃には、みあおはもういびきをかいている。
 レイン・虹子もつられたように、ふあぁとあくびをした。
「おねむなの? じゃあおねえちゃんが子守唄歌ってあげる」
 ヴィヴィも残りのベッドに行き、しっかりとレイン・虹子を抱っこして自分の故郷、アイルランドの子守唄を歌い始めた。
 そっと、木暮は微笑ましそうな顔になって部屋を出る。彼は万が一に備えて隣の部屋を取っていた。


 泣いている―――誰かが


 眠りに落ちていたみあおは、夢の中で『目を覚ます』。
(誰? 誰が泣いてるの?)

 おかあさん おかあさん……

(誰? こたえてよ―――、)

 ふと、歌声が聞こえてくる。聞いたことはないが、どこか懐かしいメロディーだ。

 ―――もう 泣かないで
 ―――笑って

 その歌詞のところで、泣いていた誰かの涙が止まる。
(あ―――)
 みあおは歌声に惹きこまれながら、ぼんやりと涙を流している自分に気付く。
(泣いてたの、みあおだ―――)


「……やだなぁもぅ」
 その震えるような声で、みあおは目を覚ました。隣のベッドで、すーすー気持ち良く眠っているレイン・虹子を抱きしめながら、ヴィヴィが涙ぐんでいるように見えた。
「ヴィヴィぃ……泣いてんの?」
「あったしがぁ?」
 ふふ、と笑ってごまかす自分の声がまるで泣き声みたいで、ヴィヴィは観念した。
「泣いてたわけじゃないのよ……ホントに」
 暗い部屋の中で、ヴィヴィは長い髪をかきあげる。
「歌いながら、うとうとしてたら……眠っちゃったみたいで。ハッとして起きたら、涙ぐんでたってわけ。―――この歌ってね、アイルランドじゃずっと昔からお母さんが子供に歌ってあげていた子守唄なのよ。だからかなぁ」
 ふうん、となんとなく呟いたあと、みあおは麗香のベッドを覗く。麗香はまだぐっすり眠っている。泣いては―――いないようだ。
「じゃあそんなに時間経ってないのかな? でもみあお、もう眠るのまんぷくって感じだし、夜食にびーるでも……」
「待ちなさいみあお」
 冷蔵庫に行こうとしたみあおの襟を掴んで、止めるヴィヴィ。
「夜食なら木暮さんが買いおきしといてくれたでしょ? ほら、お菓子」
「あーそうだった! じゃあみあおはねー、おつまみにびーるでも……」
 みあお、とまた諌めようとしたヴィヴィは、ふとどこか一点を見て凍りつくみあおの視線を追った。
 そこにあるのは、何の変哲もないホテルの時計だ。
 が。
「はっ……はちじ!?」
 がばっと手に取る、ヴィヴィ。自分達が寝たのは確か午前零時すぎだ。
「壊れてるんじゃないの、この時計?」
「……そーでもないみたいだけど」
 みあおもパニックに陥りながら、ごそごそと麗香の腕時計を見る。その時計も、同じ時間を示している。
「じゃ……今、朝の八時ってこと? じゃあなんでこんなに真っ暗なの!?」
「しかもこれってみあおだけの錯覚かなぁ」
 ひきつった笑いで、ホテルの窓から外を見たみあおが、都会を指差す。
「夜なのに、虹がかかってるように見えるんだけど……」
「……虹というか、オーロラ……」
 窓にはりつくようにして、ヴィヴィ。
 車も動いていない。ビルに電気はついているが、何十分見ていてもその出入り口から人が出入りしないのは、そしてその窓に人影が一人も見えないのは何故だろう。
 この闇を包み込むような虹色の靄はなんなのだろう。
「『彼女』が苦しんでいるからです」
 突然入って来た木暮の声に、びくっとして二人は振り向いた。
「『彼女』って誰……碇?」
 みあおが聞くと、木暮は黙って首を横に振る。
「じゃあ、虹子ちゃん?」
 ヴィヴィの問いにも、木暮は同じ仕草をする。
 そしてまっすぐ二人を見つめて、言った。
「ぼくの愛する人です」
 この時、二人は初めて、木暮が『普通の人間ではない』ことに気付いたのだった。
「誰……誰、あんた誰よ!? 麗香さんの部下じゃないの!?」
 ヴィヴィは、優しくレイン・虹子の髪の毛を撫でる木暮を睨みつけて問い詰めた。
「ぼくは人間じゃない。だからといって幽霊の類でもない。そう、強いて言うならば―――『闇を司るもの』。麗香さんとその周囲の人間への『木暮龍治』という存在のすりこみは思った以上にうまく効いたようです」
「ホントの名前は?」
 なんとなくむすっとしながら、みあおの問いには、
「闇夜(あんや)」
 と、短く『木暮』は応える。
「じゃあこれって、この状況とかも全部、」
 ヴィヴィが歯を食い縛る。
「あんたが仕組んだこと?」
 闇夜はしばらく二人を見つめていたが、幼子の髪の毛から手を離して短く頷いた。
「あのさ」
 みあおが、ぽり、とお菓子をつまみながら言う。
「みあお達には、その理由とか聞く権利、あると思うんだけど?」
 うんうん、と隣で力強く頷くヴィヴィ。
 いずれそうするつもりでした、と闇夜は呟くように言う。
「ぼくが闇を司るもの、そして『彼女』は『光を司るもの』。ぼく達は自然に惹かれあい、この魅雨(みう)が産まれました。でもぼく達がちょっとした喧嘩をしている間に家出をしてしまって―――『新しい母親』を探しにいった」
「ちょっと待った、まずそこでわかんないんだけど」
 と、ヴィヴィ。
「なんで『新しい母親』がほしい、って虹子ちゃんは思ったわけなのかなぁ?」
 闇夜は哀しい瞳で外の虹色の闇を見つめた。
「ぼくが生き物に与えるもの、それは『懐かしさ』。『彼女』が与えるもの、それは『慈しみ』。『彼女』―――暁仄(あけぼの)が自分以外の生き物の子供にも『慈しみ』を与えているのを見て、ずいぶん苦しんでいたようです。だから、ぼくはすぐにあとを追いかけて魅雨の姿を傘に変えた。姿を変えられさえすれば、記憶は封じられるから」
「あ、じゃあ、」
 みあおがぽん、と手を打つ。
「碇が傘を偶然見つけちゃって、木暮がレインに手を貸したことで木暮のその『懐かしさ』の力も出ちゃって、だから碇はその傘を懐かしく思って―――ってこと?」
 みあお、頭いい、と自分も同じことを推測していたヴィヴィが思わず拍手する。闇夜は頷いた。
「でも魅雨の力も存在も、まだ未熟で……くっついて離れなくなってしまうなんてアクシデントが起こった。だからぼくは意識操作であそこに入り込んで―――」
 それで、夜になって麗香が眠ったら、『自分の分野』だからなんとかできるだろう、と思ったという。
「で、今日になって―――いや、もう昨日かぁ……やっと麗香さんが眠ってくれた、と」
 ふぅ、とヴィヴィはため息をつく。
「でもさぁ、なんでまだ夜なの? 今。あと、なんで人影とかないの? みあおとかにヘンな夢見せたのも木暮のしわざ?」
 光―――朝でもある暁仄が嘆き仕事を怠っているから朝がこないんです、と闇夜。
 だから、ここら一帯の生き物全てが眠りについてしまっているのだと。
 そしてみあおが見た夢とヴィヴィのことを話すと、闇夜はふっと瞳を光らせた。
「まさか……暁仄が魅雨の力に干渉している……?」
「レインの力ってそういえばなんなの?」
「『夢を司る』力です。でもまだ安定していないから、悪夢や思い出したくないことまで人に与えてしまう」
「虹子ちゃんの力に干渉すると、なんかまずいことでもあるんですか?」
 どうやら悪い存在じゃないらしいと分かったヴィヴィが、敬語に戻って尋ねる。
「ぼく達がそれぞれの力に干渉したら、干渉したほうの存在が消えてしまうんです……!」
 どん、と苦しげに壁を叩く、闇夜。
「じゃ、このまま続けてたら、暁仄さんが消えちゃうってこと……ですか?」
 そしたらそれこそ永遠に『朝』が来ないんじゃ、と青冷めるヴィヴィ。
「むぅ〜」
 なにか考えていたみあおは、どさっとベッドに横たわった。
「うまくいくかわかんないけど、みあおに考えがある。ヴィヴィ、協力してくれる?」
「え? うん、もちろんいいわよ」
「……と、その前に、もいっこキキタイんだけど、木暮に」
 ぬくぬくと布団にもぐりこみながら、みあお。
「ほかの人たちはみんな眠ってんのに、なんでみあおとヴィヴィだけ起きてられんの?」
 闇夜は、後ろめたそうに下を向いた。
「あなた達はどこか普通の人と違う気がして……なんとかしてくれるのではないか、と、つい思ってしまったから」
 ちょっと待て、とみあおの指示で自分も元のベッドにもぐりこみながら、ヴィヴィ。
「木暮さん、それって結局あなたも暁仄さんの力に少しでも干渉してるってことになりませんか?」
 いいんです、と闇夜は言う。
「よかったんです。暁仄や魅雨さえ幸せになってくれれば、ぼくが消滅しても」
「木暮のばかっ」
 みあおが枕を投げつける。
「好きな人いるのに、好いてくれる人もちゃんといるのに、そんなこと思う木暮はおーばかだっ!」
「みあおさん……」
「みあお……」
 闇夜は驚いたようにみあおを見つめ、ヴィヴィも自分のことを思い返していた。
(あたしも―――そーいうとこ、あるのかなぁ)
 だから、子守唄を歌っただけで涙ぐんだりしたのだろうか。
「ヴィヴィ、もいっかいさっきの子守唄、歌って」
「え、あ、うん」
「木暮は、そんで、ヴィヴィとみあおを眠らせて。あ、ヴィヴィは夢を見ながらでもその子守唄、歌いつづけててねっ」
「分かりました」
「ん、分かった」
 みあおが何を考えているのか―――
 闇夜にはまだ分からなかったが、ヴィヴィにはなんとなく、分かる気がした。


■あなたに愛しく懐かしい夢を■
 
 泣いてる

 また、みあおは泣いている。真っ暗な夢の中で。
 胸に苦しいほど、慈しみを求めている。
 否、それはみあおだけではなかった。ヴィヴィもまた、同じ夢を見ていた。

 おかあさん―――

 自分の存在に気付いて。声をかけて。触って。抱きしめて。
 自分だけを愛して―――

 違う……これはみあおとヴィヴィの夢ではない。
(魅雨の夢だ……)
 二人はそのことに、同時に気付く。同調、という奴だろう。魅雨の夢に二人は同調しているのだ。
(これも、虹子ちゃんの力がまだ未熟なせい……?)
 ヴィヴィの思念がみあおに伝わってくる。
(みあお、むずかしーことはわかんないけど、多分ね)
 みあおの思念も、ヴィヴィに伝わってくる。

 おかあさん―――

 魅雨だけを見て。魅雨のおかあさんなら、魅雨だけのおかあさんになって。
(あたしが……)
 あたしがお母さんになってあげる、という言葉をヴィヴィは辛うじて呑み込んだ。
 そんなことをしても、自分だってあの三人だって救われない。
(ヴィヴィ、歌おねがいっ)
 ヴィヴィの苦悩を打ち消すように、みあおが『言う』。
 ヴィヴィは滲みかけた涙を拭い、さっきの子守唄を歌い始めた。

 ―――る らら ら る らら

 ふ、と真っ暗だった夢に歪みが現れる。

 ―――もう 泣かないで

 歪みが段々と広がり、光らしきものがぼんやりと入ってくる。
 すぅっとみあおは深呼吸する。
 こんな大仕事は初めてかもしれない。
(もってよ、みあおのからだとこころ)
 みあおのその心が、ヴィヴィに伝わってしまったらしい。
(みあお!? なにするの!?)
 うっ、とそのヴィヴィの思念が突如苦しみに囚われた。
(ヴィヴィ!?)
(く、るし……明るい歪みが、あたしの首、しめてる―――!)
<私のかわりに……>
 哀しく苦しみに包まれた第三者の思念が、みあおとヴィヴィの夢の中に侵入してくる。
<私のかわりに子守唄を歌わないで……魅雨の母親は私よ……私ひとりよ……!>
(暁仄……さん……?)
 ヴィヴィは、だが何かにとりつかれたように歌い続けた。

 ―――もう 泣かないで
 ―――笑って……

(ヴィヴィえらいっ!)
 みあおはそして、『自分の力』を解放した。
 夢の中で『自分以外のものに“幸運”を与える』ことが出来るのか、これは賭けだった。
(う、わっ!?)
 解放した途端、みあおの身体を青い羽が包み込んでいく。コントロールがうまくきかない。

 ―――笑って

 ヴィヴィが、みあおの驚愕を感じ取りながらも歌い続ける。
 ふ、っとヴィヴィを苦しめていた光の歪みが彼女から離れて行く。

 おかあさん……!

 魅雨の泣きじゃくる声に、まだ歌い続けるヴィヴィの歌に乗せて暁仄が慈しみを与えている気配が感じられた。その気配は、“幸運”により……幸福に満ちていた。
<魅雨……あなたのお母さんは、私ひとりよ>

 ―――笑って

<だから笑って、魅雨……>

 ―――笑って…………


■幸せの贈りもの■

 数日後、ヴィヴィが訪れると、麗香はいつも通りスタッフ達を怒鳴り散らしていた。そんな麗香といくつか会話を交わしたあと、彼女はその足で病院を訪れた。
「だぁかぁらぁ、注射はイヤなんだってばみあおはっ!」
 数日前より、かなり元気のいい声のみあおの個室。
「ただの栄養剤ですから、暴れないでくださいね〜」
 ぷしゅっと注射されて、みあおは全身の毛を逆立てた。
「あと一日は点滴必要ですから、また脱走しようとしないでくださいね〜」
 なんだかほにゃららとした感じの看護婦が、そう言って出て行く。
「元気になって、よかったぁ、みあお」
 今度はヴィヴィが抱きついてくる。
 みあおはあの『夢』のあと、心身共に疲労しすぎて入院を余儀なくされることとなったのだった。
「それよりさ、どーだった? 碇、やっぱ木暮のこととか傘のこととか覚えてなかった?」
「うん、スタッフ共々に綺麗サッパリ」
「そっかぁ。ちくしょー、あとで碇になんかおごらせよーと思ったのに」
 そういえば、魅雨のほうは幸福になれたのだろうか。
 ちゃんと母親を信じられるようになったのだろうか。
 ヴィヴィとみあおが同じことを思ったとき、ふと雨が降り始めた。
「わっ、ヴィヴィ、ヴィヴィ! これって!」
「天気なのに、雨……」
 しかも、虹色だ。

 虹色の雨。

 それがあの三人の親子の幸せを感じさせるようで、思わず微笑んでしまう二人だった。



 ヴィヴィが帰ったあと、みあおはまだ窓の外を見つめていた。
「誰も、消滅とかしなくてよかったな」
 まだ、虹色の雨は降り続け、地上の人間達を驚かせている。それがなんだかおかしくて、みあおはくすくす笑った。
「おかあさん、か……」
 あれから、懐かしい夢ばかり見ている。これは闇夜の仕業だろうか。
 だとしたら。
「よっけいなお世話だってのっ」
<幸せの恩返しですよ……>
 闇夜の笑みを含んだそんな声が聞こえた気がして、みあおは小さくため息をついた。
 がらりと窓を開ける。
「みあおは今でも充分しあわせだーっ!」
 ぽつり、とみあおの頬に、虹色の雨が一粒、当たった。



《完》





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
☆1415/海原・みあお/女/13/小学生☆
☆1402/ヴィヴィアン・マッカラン/女/120/留学生☆

この物語に登場したNPC

☆木暮龍治(こぐれ りゅうじ)=闇夜(あんや)/外見年齢27〜8歳☆
<闇を司るもの=懐かしさを与える>
☆暁仄(あけぼの)/闇夜の妻/外見年齢25〜6歳☆
<光を司るもの=慈しみを与える>
☆魅雨(みう)/闇夜と暁仄の娘/外見年齢3歳☆
<夢を司るもの(ただし未だコントロールが効かない。『与える力』に対しても不明)>




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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東瑠真緩(とうりゅう まひろ)です。
今回、ライターとして書かせていただきました。

みあおさんには毎度ご贔屓にさせていただいています。
なんだか今回は思いっきり特殊能力を使わせて頂いてしまいましたが、これとヴィヴィアンさんの子守唄がなくてはもしかしたら今回の事件、解決できなかったかもしれません。

今回、思った以上に物語が長引いてしまいました;
力不足ですみません;
Endingのほうのちょこっとだけ、ヴィヴィアンさんのほうと違いますので、そちらのほうもよろしければご覧下さい(笑)。

これからも魂を込めて書かせて頂きますので、よろしくお願いします<(_ _)>

それでは、また……☆