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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『悪魔の指紋』〜愛しい者のために〜

「神様の指紋、っていうのあんた知ってるか?」
 草間はそう切り出した。
『神様の指紋』――― 確か、どこかで聞いたことがある。
「どっかの学者が書いたそうなんだが、な」
 草間は煙草をくゆらせ、ゆっくりと窓辺へと立つ。外を見ていたが、ぽつりと言った。
「一人の女の子が攫われちまってな。朝両親がその子の部屋に行ったら、空っぽのベッドだけがあったそうだ。――― いや、」
 振り向き、草間は書類の一番上にあった紙切れを取り出す。
「これだけが残されていた」
 見ると、そこには達筆で『悪魔の指紋を我は集め挑む』と書いてある。
「ヒントまで与えてくれちゃってまあ。その犯人は俺で遊んでるらしいな」
 本当に、ヒントらしきものが書いてある。

   1.『戸丸公園の桜並木』
   2.『黒い血痕』
   3.『神様の指紋』

 なんのことやらさっぱりだが、という顔をすると、草間は微笑した。
「俺も極力努力するからそんな顔するな。どうだ? この依頼、引き受けてくれるか?」

「遊ばれているのでしたら、」
 と、不思議な黒い巫女装束の美女―――海原みそのは僅かに口の端を上げて言った。
「こちらも遊び返してさしあげましょう」
 草間はクスクス笑う。
「それもそうか。みそのさん、だっけな。じゃ、早速聞き込みにその両親のところに行くぜ」
「ご依頼された時に、もう聞き込みはすませたのでは……?」
「依頼はメールで来たんでね。ヒントが書いてある手紙は添付されたものをプリントアウトしたものだ」
 納得がいって、草間とみそのは興信所を後にした。



 一軒の平凡な家の前で、草間はそのインターホンを押した。すぐに、「はい、美土(みづち)です」と、女性の声が流れてきた。
「ああ、草間武彦ですが」
 すると、間もなくがちゃりと玄関の扉が開いた。
 やつれきった美土家の主婦が、「どうぞ」と草間とみそのを家に招きいれる。とたん、みそのは何か『妙な流れ』を感じた。
「……草間様」
 主婦が紅茶か何かを、と用意しに席を外しているうちに、ソファへ腰かけたみそのは小声でそのことを草間に話した。
「今のところ、その『流れ』がなんなのかは分かりませんが―――ただ、『憎い』とか『苦しみ』とかそんなものもありますがそれよりも、『愛しい流れ』がとても強いのです」
「愛しい?」
 娘を誘拐された家の中に、そんな『流れ』があるのだろうか。疑問に思ったとき、主婦が紅茶とクッキーを持ってきた。
 奥から、この家の主である美土栄次郎(みづち えいじろう)も入って来た。
 二人から事情を聞くと、依頼内容とほぼ同じようなことを二人は言っただけだった。が、みそのはじっとほぼ見えぬ美しいその黒い瞳で二人を見、口を開いた。
「何か心当たりがあるのではありませんか? 失礼ですけれど、あなた達からは『嘘』のようなものも感じられます」
「あなたは……一体」
 栄次郎が、目を見開く。
「わたくしのことに構わないで下さい。今は一刻も早く、お嬢様を取り戻したいのでしょう?」
 みそのの問いに、栄次郎が口を開きかけたとき。
「星菜(せいな)、帰ってきたの!?」
 嬉しそうな声と共に、7〜8歳ほどの少年がランドセルを背負って駆け入って来た。美土妻が「こら、星斗(ほしと)」、と叱る。
 星斗と呼ばれた少年は草間とみそのを見ると、真面目な顔つきになった。
「もしかして探偵さんかなにか? ききこみってヤツ?」
「そうだけど、きみは星菜ちゃんのお兄さんかい?」
 草間が尋ねると、こくりと星斗は頷いた。
「実はこの星斗と関係のあることなのです」
 栄次郎が言った。
「どういうことです?」
 草間が聞くと、栄次郎は次のようなことを告白した。


 星菜は生まれつき、命にかかわる病気を持っていた。
 それがつい最近になって悪化し、ついに「あと一年ももたないだろう」、と担当医に宣告された。
 美土夫妻が縋ったのは、とある怪奇の研究をしていると有名なため、親族から疎外されている「美土一人(みづち かずひと)」だった。
 一人は、こう言った。
「神様の指紋とは、星のこと。悪魔の指紋とは地上に生きる最も醜い人間の魂。魂を集め続ければいずれそれは星のひとつとなり、魂に変化して星菜の命も蘇るだろう」
 そして、自分の息子である星斗に「魂を吸い取る力」やその他の力を色々と与え、養子としてこの家によこしたのだ、と。


「ちょっと待て……今の言い方だとまるで、星菜ちゃんはもう死んでいるような……?」
「うん、俺の前で父さんに命を奪われたよ」
 星斗が、ランドセルを置きながらクッキーをつまむ。
「それに俺、父さんから『力』とかもらったっていっても、いつも通りなんだけどな。どうすれば力、使えるんだろ」
 みそのは黙って聞いていたが、星斗の言葉に嘘は感じられない。隣で、話を聞きながら吸っていた煙草をもみ消しながら、草間が『確認』する。
「……美土さん。もしかしてあなたは、ひとりでも多くの人間の魂を吸い取るために、俺に依頼してこの家に入れたのか」
 栄次郎の唇が、狂ったように笑みを象る。
「もちろんこの私と妻の命も吸い取ってもらう予定でね。ほかの探偵にも依頼した。だが未だに星斗は魂を吸い取ってはくれない」
「だっておじさん、そんなこと言ったって、父さんは『時期がくれば力が出る』としか言わなかったし、……!」
 星斗は突然自分の身体を抱きしめ震え始めた。
「痛い……痛い、また、背中が……!」
「わりぃな、坊や。ちょっと見せてくれ」
 この状況でまだ草間は取り乱さない。みそのも黙って、草間の背後に回る。
 バッと星斗のシャツをめくると、そこには黒い星の形のあざがあり、しゅうしゅうと黒い煙を上げていた。
「……血痕、みたいですね」
 みそのが言うと、
「時々痛み出すんだけど、今日のは、すごく……痛い……!」
 と、星斗。
 草間とみそのは考える。『ヒント』のうちのふたつ、『神様の指紋』と『黒い血痕』の謎はどうやら解けた。あとは『戸丸公園の桜並木』だ。
「やっぱり行かなくちゃダメなのか? これは」
 だるそうに草間が言った途端、どん、と背中に重いものがのしかかってきた。振り向くと、美土妻が倒れるところだった。見ると、栄次郎もソファから崩れ落ちている。そして見る間に、桜の花弁となっていった。
「力が……」
 今まで苦しんでいた星斗が、両手を見つめて目を輝かせている。
「力がきた……やっときた……星菜、待ってて、もうすぐ生き返らせてあげる!」
「!」
「なに!?」
 草間とみそのの視界に映るもの。それは幻覚だろうか。
 家がたちまち、公園の桜並木そのものになってゆく。
 そして。
「……!」
 ずるっと草間とみそのの足を取るものがあった。絨毯だったものが桜色の泥となり、二人をたちまち飲み込んでいく。
(泳げない……けど、なんとか……!)
 咄嗟に息を止めていたみそのは目を閉じ、神経を集中させる。『流れ』ならなんでも操ることが出来る。泥だって『流れ』のひとつ。ならば可能なはず。
 が。
 とんとん、と草間がみそのの肩を叩き、口を開いてみせた。
「あ……」
 どうやら息も会話も行動も普通に出来るらしい。では、何故星斗はこんなところへ自分達を引きずり込んだのか?
「あれ、あの丸く白い球、見えないか? みそのさん」
 草間の指差す方角を見ると、星斗のすぐ近くに確かに、丸く白い球が桜色の視界に見える。
 星斗がその球に語りかけている。
 とても、とても愛しそうに。
「星菜……俺の幼なじみ。俺の家族が疎外されても、きみだけは俺といつも遊んでくれた。今……生き返らせてあげる」
 そうか、『ここ』でしか星斗は彼女を生き返らせられないのだ。だから、ここで草間と自分の魂を集めようと―――と、みそのは判断する。
「どうしたもんかな」
 はぁ、とため息をつく草間。
「いいえ、草間様。かえって『ここ』……『流れ』のある場所にきたのが幸いでした」
 ん? という感じで、草間がみそのを見る。
「任せてくださいますか?」
「ま、俺は何もできねぇから、いいぜ」
 なにすんのかわかんねぇけど、と草間は気楽なものだ。経験上、このような怪奇な状況には慣れ切ってしまっているのだろう。
「今、このふたりを桜にかえて魂をきみにこめるから……そうしたら、」
 星斗がそう言いかけたとたん、桜色の泥の一部が星斗に襲い掛かった。ほかでもない、みそのの力である。
「! な、く、くるし、……」
 本来『この泥』は苦しくないはずなのに。なのになぜ、この泥は自分の首を身体をしめつけるのだろう。そしてなぜ、視界がどんどん薄れていくのだろう。
 なぜ、
 目の前に大好きな星菜の姿が見えるのだろう。
<星斗くん、またあそぼう? あたし、星斗くんと一緒にいると、すっごくしあわせなんだ>
「うん」
 うん、そうだね星菜。きみと一緒なら、どこでだってぼくは幸せだよ。
「きっと……」
 それが、星斗がこの世に遺した、最期の言葉だった。



「みそのさんにあんな能力があったとはな」
 後日、草間は微笑しながら言ったものだ。
「ま、星斗の父親ってのがまだ引っかかるけど、それはまた次の機会があったら、だな」
「はい。では草間様、報酬のお金は確かに頂きましたので、わたくしはこのへんで失礼します」
 みそのはそうして、颯爽と興信所を去っていった。



     あなたには、
       命を賭しても守りたい存在が、いますか―――?
 


《完》



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
☆1388/海原・みその/女/13/深淵の巫女☆




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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東瑠真緩(とうりゅう まひろ)です。
今回、ライターとして書かせていただきました。
みそのさんの設定背景がとても面白く、つい書きすぎてしまった感がありますが、少しでもご満足いただければ幸いです。
前回のみなもさんとの結末とだいぶ違いますが、そこは心を寛大にしてお楽しみ頂ければ幸いです(笑)。

これからも、魂を込めて頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願い致します<(_ _)>