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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


リバース・ドール =暗号編=

□■オープニング■□

「――何なんだこの数字は」
『ボクを示す大事な記号だよ。ボクのことをもっと知りたいでしょう?』
「俺は知りたくないし、これ以上関わりたくない」
『でも、”周り”はそうじゃない』
「………………」
『この逆暗号の意味に気づくまで、毎日書き換えてあげよう』
「毎日?!」
『そう、数はいくらでもある。よく考えるんだね――言葉の意味を』



「――というのが2日前の話だ」
 武彦はそう言いながら、集まったメンバーに1枚ずつ紙を配った。それには3つの数字が書いてある。

  14316
  19116
  31704

「俺がカードに気づいてドールから電話が来た時、カードの裏に記されていたのがいちばん上の数字だ。次が昨日、下が今日」
 ドールというのは、リバース・ドールという子どもの奇術師のことだ。武彦を気に入ったのか、こうしてカードを送ってきたり直接電話をしてくるようになったが、その行動の意味は謎に包まれている。
「俺も少し考えてみたんだがお手上げでな。お前たちの力を借りたい。この逆暗号の意味を一緒に考えてくれないか」



□■視点⇒鳴神・時雨(なるかみ・しぐれ)■□

 草間から受け取った紙切れに、目を落とした。5桁の数字が3つ並んでいる。
(暗号か……)
 正直言って苦手だ。
 俺の頭はそうそう柔軟にはできていない。
 皆はどうだ? と、同じテーブルを囲みソファに座る面々を見回してみる。
 俺の隣に座っているのはシュライン・エマ。シュラインはここでバイトをしているのだから、当然先に話を聞いていたようで。既に諦めたような顔をしていた。
 向かいのソファには羽柴・戒那(はしば・かいな)と海原・みなも(うなばら・みなも)が。困った表情の海原とは対照的に、どこか楽しそうな羽柴が気になる。
「――どうだ? 何か思いついたことはあるか?」
 考える間をたっぷりとって、草間が口を開いた。
「これが逆暗号だってことだけは、確かよね」
 すぐに応えたのはシュラインだ。
(そう)
 これまでのドールの演出からいって、これが普通の暗号であることはあり得ない。今度も何かが逆になっているはず。
(それはわかるのだが……)
 問題は、何が"逆"なのかということだ。
「逆暗号というのは、この数字、実はドールさんを表していないということですか?」
 海原が口にした言葉に、草間が感心の声をあげた。
「! なるほど。そういう"逆"もありだな」
 どうやらそれとは違う"逆"を考えていたようだ。
「私たちは、この暗号自体が暗号ではないっていう逆を考えていたのよ」
 シュラインが説明する。
(暗号が暗号ではない?)
 それなら答えは1つじゃないか。
「この数字がそのまま答えだと?」
「あくまで可能性だがな」
 俺の言葉に草間は苦笑を浮かべた。
(――いや)
 たとえこれが本当にそのまま答えだとしても、それがわからないのだから苦笑するしかないのだろう。
「もう1つ考えられるのは、暗号を解いたあとの答えが逆という可能性ね」
 シュラインがさらにつけ加えた。
(ドール自身を表していないか)
 そもそも暗号ではないか。
 答えが逆なのか。
 解く・解かない以前につまってしまう俺たちを、どこかからドールが嘲笑っている気がした。
「――草間くん」
 不意に、それまでは黙って紙を見つめていた羽柴が口を開く。
「俺が興味あるのは、暗号そのものよりもドールの言葉なんだが」
「言葉?」
「『言葉の意味をよく考えろ』と言ったんだろう? その"言葉"はどれのことだと思う?」
「!」
 草間が俺たちに説明した2日前のドールとの会話は、本当に短いものだった。けれど羽柴の言うように、ドールが意味をよく考えて欲しいと思う言葉がそれに含まれているはずだ。
「そうか……そこから考えるのも、1つの手だな」
 言葉の端々に、何かヒントを残していくドール。それだけに、聞き流すことはできない。
「あたしがいちばん気になるのは、『数はいくらでもある』という所です」
 海原が口にした言葉に、皆が頷いた。考えることは皆同じようだ。
(ドール自身を示す記号)
 とだけ言われれば、DNAの塩基配列などといった個人特有のものを思い浮かべるのだが……その数が『いくらでもある』と言われると、それはあり得なくなってしまう。
「いくらでも作り出せるということなのか? それとも円周率のように、永遠に続いていくもの?」
 俺が挙げた可能性に、羽柴がつけ加える。
「もう1つ考えられる。くり返すものだ」
 広がり続ける可能性を前に、シュラインはため息と共に呟いた。
「どれにしても、適当に考えているわけはないんだから、どこかに突破口があるはずなのよね」

  ――ピンポーンっ

 言葉が切れた間合いを縫うように鳴ったチャイム。
(まさかドールか?!)
 そう考えて身構えるが、驚いた様子のない草間を見て初めから来客の予定があったのだろうと悟った。
「遅れてごめんなさい」
 そう告げてやってきたのは、広瀬・祥子(ひろせ・しょうこ)だ。
(そうか……)
 俺たちにはわからなくとも、広瀬が見ればわかるかもしれないのだ。草間が彼女を呼んでいてもおかしくはない。
 しかし、草間からあの紙を受け取った広瀬はすぐに首を傾げた。
「これが……ドールを示す暗号?」
「暗号ではないかもしれないし、暗号かもしれない」
「あ、そっか。"逆暗号"だからですね」
 草間の曖昧な答えにもすぐに理解を示した広瀬だったが、やがて降参というように両手を上げた。
「ぜーんぜんっ、わかりません!」
 空間にため息が広がる。
「私がドールの口からちゃんと聞いたことって、よく考えるとあの人形のことだけかも……」
 広瀬が何気なく告げた言葉に、皆の動きがとまった。
「あの逆さまのピエロのことか……?」
 興味深げに問いかけたのは羽柴だ。
「あれ……言ってませんでしたっけ?」
「広瀬〜〜〜」
「あはは。私すっかり言った気になってました」
 頭を抱える草間を前に、広瀬は笑った。
「リバース・ドールって、ドールが人形を逆さまに持ってるからついたあだ名らしいんですよ」
「そうだろうとは思っていたがな」
「で、私が『じゃあなんで逆さまに持ってるの?』って訊いたら、あの子『それが正しいから』って答えたんです」
「正しい?」
 皆の声がハモった。
「そう! 私もそう訊き返したら、『ボクは人形じゃないから』って」
「面白いな」
 呟いたのはやはり羽柴。どうやらドールに対しかなりの興味を持っているようだ。心理学の観点から見れば、ドールは面白い素材なのだろうか。
「何だか、禅問答みたいよね」
 シュラインが告げた言葉に頷いてしまう。掴み所のない答え。
(ドールは人形ではないから)
 人形を逆さまに持っている。
「つまりあの人形はドール自身を表している、ということなのか?」
 俺が自分の考えを告げると、また草間が応えた。
「もっと深読みすれば、ドールと呼ばれているものは最初からあの人形だった、とか」
 そしてすぐに続ける。
「……だとしても状況は何も変わらないんだな。話がややこしくなるだけだ」
 考えれば考えるほど。方向性があやふやになっていく気がした。

  ――ピンポーンっ

 再びチャイム。時計をチェックした羽柴が呟く。
「きっと悠也だ」
 その予想どおり入ってきたのは斎・悠也(いつき・ゆうや)で、手には何やら箱を持っていた。
(またケーキか)
 特に甘い物が好きというわけではない俺にも、斎のケーキは酷く美味しく思えた。それは作り手をよく知っている分、人間的な感情といえるかもしれない。
 斎は草間から例の暗号の書いた紙を受け取ると、一瞥しただけで冷蔵庫の方へと向かった。どうやら暗号にはあまり興味がないようだ。
 戻ってくると座りもせず。
「ちょっと足りないようなので、買いに行ってきますよ」
「あ、俺も行く」
 羽柴が立ち上がった。
「いつもすまないな、斎」
「いえ、俺の趣味ですから」
「お茶の用意、しておくわね」
「ええ、お願いします」
「何かわかったら連絡してくれよ」
 短い会話を重ねて、斎と羽柴が出て行った。
「――さて、じゃあ俺たちは、少しでも可能性を狭めていくか」
 それを見送って草間が告げる。
 その方法さえ明確にできぬまま、それでも俺たちは頷くしかなかった。

     ★

 あの5桁の3つの数字は、何を表しているのか?
 皆の考えをまとめるために、紙に書き出していく。

  ・メールアドレスや携帯電話の番号?
  ・その日買った宝くじの番号?
  ・語呂合わせ?
  ・国民基本台帳番号?
  ・居場所の座標?
  ・シーザー暗号?
  ・簡易換字暗号?
  ・10進法ではない?

「何ですか? このシーザー暗号って……」
 海原が不思議そうに問ったので、それを挙げた俺が説明した。
「アルファベットと数字を一定の法則で置き換えた暗号だ」
 ついでいに隣も。
「簡易換字暗号は、50音に単純に数字を振ったもの」
「『あ』が1、『い』が2ってか?」
 付け足した草間に頷く。
 他にもそれこそ星の数ほどの暗号があるのだが、それを書き出したところでキリがないのでやめておいた。
(それに)
 これが逆暗号ならば、少なくとも"普通の"暗号ではないだろうから。俺の知っているどの暗号にも、当てはまらない確率は高い。
「――居場所の座標って、面白いわね」
 不意に、書き出された文字を眺めていたシュラインが呟く。
「あれが暗号でない場合に、居場所じゃなくともそこに何かドールを示す物があるかもしれないし」
「5つの数字で座標を表せるんですか?」
 また問いかけた海原の言葉に、今度は草間が説明した。
「どこかに点を打って、数字を2つに分けるんだ。2つの数字のどちらかが南北、どちらかが東西を示すと考えれば……」
「緯度経度といった大きなくくりは無理でも、例えばこの興信所から見て何メートルという程度の情報なら表せるだろう」
 俺がそれを繋いだのは、その可能性を挙げたのも俺だからだ。
「なるほど……」
 理解を示した海原を確認して、草間が広瀬に振る。
「広瀬。お前がドールに会った場所はどこだ? ここから近いのか?」
「うーんと……近いといえば、近いです」
 曖昧な答えだった。どうやら広瀬は、まだこの辺りの土地をよくわかっていないらしい。
(それなら)
「一応行ってみたい。案内を頼めるか?」
 口で説明させるより、その方が早いだろう。
(あれが本当に暗号でないのなら)
 いちばん可能性が高いのは座標である気がした。そしてドールがいたことのある場所と、この3つの数字のうちどれかが繋がるのなら。
(そこから道は開けるだろう)
 俺のその提案に、広瀬は嬉しそうに答えた。
「わ、あのバイクに乗れるんだ! 任せて下さいっ」
 どうやら乗ってみたかったらしい。
 そうして早速俺たちは、ドールのいた場所へ向かうために――引いては、ドールが今いる居場所を知るために飛び出した。



 ……のだったが、俺たちが最初に向かったのは広瀬の自宅だった。
「だって自宅からじゃないとわかんないんだもーんっ」
 疾走するバイクの後方で、俺に聞こえるよう大きな声で広瀬が叫んだ。
(そういうことか)
 広瀬は自分の家と、ドールがいた場所と、草間の事務所の位置関係をちゃんと理解していないのだ。
「近いといえば近い」
 という言葉はそのまま。
「遠いといえば遠い」
 という言葉に変えることもできる。
 実際広瀬の自宅までは、バイクで30分ほどかかった。いつも移動にバイクを利用している俺にしてみれば、近いとも遠いとも言えない距離だ。
(表現は意外と合っているのか?)
 それをわかっていてそう告げたのかと、広瀬宅前に停車して確認してみる。
「興信所がどっちの方向だかわかるか?」
「……意地悪な質問しないでよ〜。地図取ってくるからちょっと待っててっ」
 そう答えてバイクから降りると、広瀬は家の中へと入っていった。
 その後ろ姿を見送って思わず、「ふっ」と笑ってしまう。
(正直だな)
 そしてつい、考える。
(ドールもこのくらい正直ならいいのだが)
 前に海で広瀬や海原と遊んでいるドールを見た。それはとても楽しそうではあったけれど、俺にはそれが"本物"だとは思えなかったのだ。
(確証などないが)
 ドールは普通の子供のように振る舞いたがっているように見えた。
(自分の役割を)
 ただ演じているように。
「――お待たせ。じゃあ公園に行きましょ」
 地図を手に戻ってきた広瀬は、言いながら再び俺の後ろにまたがった。その言葉の一部に俺は反応する。
「公園?」
「ええ。私がドールと会ったのは公園なの。ここからは近いわよ。私も小さい頃からよく行ってたし」
(公園か――)
 やはり演じるために、ドールはそこへ現れたのだろうか? 子ども"らしい"場所に。
「あっちよ」
 広瀬の指差した方向へと、静かにバイクを進めた。近いというのだからスピードを出す必要はない。
 言葉どおり数分とかからずついた公園には、子どもの姿は1つもなかった。いつもこんなものだと広瀬が言う。
 バイクから降りて、地面に地図を広げた。興信所から見た座標を確認するためだ。
(数字は5桁)
 位置関係からいって、分けるとしたら2桁と3桁だろう。
 『14316』から順番に、可能性を吟味してゆく。
 広瀬はしばらくそんな俺を見ていたが、手伝えることがないとわかるとシーソーの方へ歩いていった。傾いた椅子と化したそれに座る。
(ブランコじゃなくてシーソーなのか?)
 ブランコならば、1人でも遊べるのに。
 俺はふとそんなことを考えたが、あえて口には出さなかった。
(そもそも、遊びに来たのではないしな)
 そう自分を納得させて、数字の意味を割り出すことに没頭する。
「――きゃっ」
 どのくらい時間が経ったのかもわからないほど集中していた俺は、そんな悲鳴でその他の意識を取り戻した。顔を上げて、声を発した広瀬の方へと目をやる。
 ――と。
「ドール?!」
 広瀬が座っていたシーソーの反対側に、ドールが座っていた。広瀬が悲鳴を上げたのは、突然シーソーが動いたからだろう。
「――ボクの居場所を捜したいなら、ボクはここにいるよ?」
 俺に向かってそんなことを告げた。そしてドールは地面を蹴る。
「わっ」
 広瀬の側が下がって、ドールの側が上がった。広瀬は落ちそうになって手すりを握りしめる。その唇が小さく動いた。
「ドール……」
 それ以上の言葉をつげないのは、俺も同じだった。
(俺はドールに、何を言うべきなのだろう?)
 いざ対峙してみると、それがわからない。
 互いの思惑を探るよう見つめあい、言葉が失われた空間。
 それを破ったのは、やはりドールだった。
「……どうしてボクを、捜したの?」
 問いかけるドールの視線は広瀬を向いていた。俺はそこでやっと、思い出したようにシーソーへ近づいてゆく。
「あの数字が、君の居場所を示す座標だと思ったからよ。そしてもしそうなら、君は見つかることを望んでいると思ったから」
 広瀬の答えに、ドールは激しく首を振った。
「そんなの変だ。もしボクが本当にそれを望んでいても、祥子さんたちがボクを捜す必要はないじゃない」
 「変だ」と、ドールはくり返した。
 広瀬は地面を蹴る。広瀬の身体が上がり、ドールが下がった。言葉はやんだ。
「変だけど、捜したいんだから仕方ないじゃない」
「信じないよ、そんな気持ち」
 すぐに蹴り返す。
(そんなドールが)
 俺にはやはり、演じているように見えた。
(信じない自分を)
 信じたくない自分を。
「――どうしてそんなふうに、無理に自分を演じているんだ?」
「! 演じてなんかないっ。これがボクだ」
「本当にそうなのか? 俺には『信じたくない』と自分に言い聞かせているようにしか見えない」
「違うっ、信じられないんだ……」
 ドールの表情が、一瞬寂しそうなものに変わったのを見逃さなかった。
「……感じたことは、表に出しても構わないんだぞ?」
「?!」
「俺には豊かな感情表現などない。俺がそれをいくら欲しても、今すぐには到底手に入らないものだ。――貴様は最初からそれを持っているのだろう? 何故我慢する」
「ボクは……」
 逆さまのピエロを持つ、ドールの手が震えていた。
(もう少しか)
「貴様に何があって、そんなふうに演じているのかなど知らない。だが、たとえ今までの人間が本当の貴様を受け入れなかったとしても、次の人間までもがそうとは限るまい」
「そうよドール。皆君をもっと知りたいと思ってる。受け入れたいと思っているからこそ、必死に君の残した暗号を解こうとしてるの。君だって私たちがそうすることを信じていて、仕掛けてきたんでしょう?」
「っ違う! 知らないよそんなのっ」
 俺たちの言葉に追いつめられたドールは、両手で耳を塞いだ。ピエロの人形がぽとりと地面に落ちる。
 広瀬が、最後の言葉を告げた。
「――ねぇドール。これから皆が待ってる事務所に来て。私と賭けをしましょ」



 興信所へ戻った俺たちは、公園でドールと会ったこと、そしてここへ来るように言ったことを皆に話した。
「本当に来るかはわからないが、一応頷いてはいた」
「あの子と賭けをしたの。その結果を知るために、あの子はきっとここへ来るわ」
 俺の言葉に続けて、広瀬が確信をもって呟く。
 それからドールや斎たちを待つ間、解かれた逆暗号の説明を聞いた。
(社交数という)
 数字の集まりなのだと。
 けれどやはりその意味までは、俺たちにもわからなかった。
(ドールがここに現れさえすれば)
 それもわかるはずだ。
 そうして――やがてドールはやってきた。斎と羽柴の間に立ち、とても恥ずかしそうな顔で……。

     ★

「社交という言葉に、意味はないんだ」
 皆にカップケーキとお茶が振る舞われ、落ち着いたところでドールはそう切り出した。
「ただボクの本質は、"くり返す"こと。それを知ってほしかっただけ」
「どういう意味だ?」
 テーブルもソファもいっぱいなため、1人だけ自分のデスクでケーキを突付いている草間が遠慮なく問いかけた。
 ドールは口に出さずに笑い、問いには答えない。
「――リバース・ドールは、アイテムの名前でもあるよ。それを持っていれば、死んでも生き返ることができる。リバース・ドールが代わりに死ぬから」
「?!」
「命を"くり返す"ためのアイテム。ボクはそのループから、抜け出せなくなっていた」
 何かを吹っ切るかのように、今日のドールの口はよく動いた。俺たちはただそれを邪魔しないように。ドールを理解したいと思って。最小限の言葉だけを挟む。
「……なっていた、ということは、今は抜け出せたのか?」
 優しい声で問いかけるのは羽柴。
 ドールは何故か諦めるような表情をつくって。
「賭けに負けたからね。抜け出さなければならない時が来たんだ。――本当は。ボクは最初からその方法を知っていたよ。ただ僕自身、そうなりたくなかったから。目を瞑って見えない振りをしていた。なんて子どもなんだろうね?」
 ひとり笑うドール。
 言葉の意味を理解できない俺たちは笑えなかった。
(その顔が寂しそうで)
 とても笑えなかった。
(でも――)
 それが素直な表情であるのだと、俺は思った。ただそれが嬉しかった。
「全部話そう」
 そしてドールの、辛い昔話が始まった――。



「昔のボクはね、こんな子どもじゃなかったんだ。できないことはない自分に恐怖を感じていたけれど、それで人の役に立てるのなら、いいと思っていた」
「一生懸命だったよ。ボクが自分だけでなく他人からも恐怖の対象とされた時、何が起こるのかわかっていたから。自分のためには何もせず、ただ人のために尽くした」
「尽くしたのに――その時は訪れてしまった」
「ボクがしてきたすべてのことを、仇で返されたよ。誰一人かばってはくれなかった」
「その時のボクの気持ちがわかる?」
「ボクは無償のコウイを信じられなくなった。――いや、さっきも言ったけれど、本当は信じる方法を知っていたんだ。でも信じたくなかった」
「もうあんな思い、したくなかったから」
「"何か"と引き換えに願いを叶えていったよ。たとえそれが犯罪であっても構わなかった。ただ力を使いたかったんだ。使っていないと、あふれ出しそうで怖かった」
「そうして犯罪に手を貸すようになったボクが、ここの存在を知ったのは実は偶然だった」
「真井(さない)氏を憶えているかな? 彼がここを選ばなかったら、ボクがこうして自分のことを話すなんてこと永遠になかっただろう」
「ここに集まる人たちは、皆不思議な力を持っていた。だからボクは興味を持った。怪奇探偵と呼ばれるアナタに、興味を持ったんだ」
「ボクをどう思っているのかな?」
「ボクはやっぱり、恐怖の対象だろうか」
「素直にコンタクトなんて、取れなかったよ。だから無理やりの交換条件を求めた。その時点でボクにできるのは、それしかなかったんだ」
「――ボクが祥子さんを手伝ったのは、自分と似ていたからだよ」
「方法はわかっている。素直な気持ちを言葉にすればいいだけなのに。どうしてもそれができなかった」
「ボクは祥子さんを助けることと引き換えに、祥子さんを使って自分を助けようとしたんだ」
「そしてただ遊ぶために、ここに爆弾を仕掛けた」
「怖がらず、ボクを追ってくれる?」
「捜してくれる?」
「本当は意地を張っただけの子どもだということに、気づいてくれるだろうか」
「それは一種の賭けだったよ」
「ボクはもうボクからは、決してこのループを破れない所まできていた」
「誰かがボクの願いを叶え、ボクが誰かの願いを叶える」
「それをくり返していなければ、ボクは自分自身すら信じることができない」
「誰かがそんなボクに気づいて、それを断ち切ってくれなければ――」
「自分でも気づかないまま、ボクは皆にそれを求めていたんだ。あの社交数のカードは衝動的に送ったもの」
「遊んでくれたから。ボクを怖がっていないことがわかった。わかったら、早く知ってほしかった」
「おかしいね。そんな感情はとっくに封じたはずだったのに、どんどんわがままになっていくんだよ」
「カードの意味もわからぬままボクを捜している2人に気づいたボクは、それに応えた」
「捜してくれてるから、前へ出ることができたんだ。まだ信じれていなかった」
「ここへ来ればいいと言われても、その先に何らかの望みが待っていることを疑った」
「何もなければいいと願う。けれど信じることはできない。裏切られたくないから」
「そんなボクに、祥子さんが賭けを持ちかけた」
「もし2人がボクの分までケーキを用意してくれていたら、いい加減自分たちを信じろと」
「ボクはそれを呑んだ。だってそんなこと、あるはずがなかったから。それを確かめるために、こうしてここに来たんだ」
「でも……どうしてだろうね?」
「ボクの前にはちゃんとあるよ。本当はケーキが足りていたことを、ボクは知っているのに」
「ちゃんとあるんだ」



「――ねぇ。泣いてもいい?」

     ★

 もう見えなくなっていた。
(つくりものの笑顔にも)
 演じられる子どもにも。
 ドールは取り戻したのだ。
(信じたいけど信じられない)
 信じたくないけど信じられる。
 そんな相反する気持ちをどうにもできなくて、演じるしかなかった自分を破り。
 本当の感情を取り戻したのだ。
(おめでとう)
 心の中で呟く。
 声に出して言えないのは、それを邪魔する1割にも満たない感情があるから。
 それを"羨ましさ"と呼ぶことを、俺は知っている。
(だが口にはしない)
 俺はまだ、諦めていない。
 ドールが皆を信じたように、俺も皆を信じている。
(このあたたかい輪の中で)
 俺もいつか。
 すべての感情を取り戻せると――。









                             (了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/   PC名    / 性別 / 年齢 /  職業   】
【 1252 / 海原・みなも   / 女  / 13 /  中学生  】
【 0086 / シュライン・エマ / 女  / 26  /
            翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【 1323 / 鳴神・時雨    / 男  / 32 /
              あやかし荘無償補修員(野良改造人間)】
【 0121 / 羽柴・戒那    / 女  / 35 / 大学助教授 】
【 0164 / 斎・悠也     / 男  / 21 /
                     大学生・バイトでホスト】



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■         ライター通信          ■
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 こんにちは^^ 伊塚和水です。
 ドールシリーズ第4弾、ご参加ありがとうございます_(_^_)_
 今回で一応、ドールとの不和が完全に解消されましたので、≪リバース・ドール≫というタイトルを持ったシリーズはこれで終了となります。ここまでお付き合い下さりまして本当にありがとうございました!
 今後ドールがどうなるのかはまだ全然決めていないのですが、いずれまたドールを利用した作品を書きたいという気持ちはあるので、再びお目にかかることがあるかと思います。その時はまた可愛がってやって下さると嬉しいです^^
 さて、実は暗号ではなかった今回の数字、真面目に考えたのに何事じゃ〜(怒)と思ってしまったらすみません。そして私以外の方はこの社交数に感動しないのかもしれないので反応が怖いのも事実です(笑)。ちなみにこの社交数は友愛数(または親和数)をながーくしたものだったりします。数学のネーミングもなかなか奥が深くて楽しいのです。(実はむしろ浅いのかもしれないですが……)
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝