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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


嵐の夜の訪問者

■オープニング■

 ――それは嵐の夜だった。

 窓枠までがたつく。ごうごうと唸る風。叩き付けられる強い雨。
 そんな中がた、と扉が揺れた。
 普通の揺れ方ではない。
 そう気付いたところでまた、がたがた、がたっ、と今度は確実に、変な音がした。
 何者かがドアにぶつかって、居るような。
 …零とふたりで夕食を取っていた草間は訝しそうに席を立つ。
「草間さん」
「…そこに居ろ」
 零に言い置き草間は音の源――事務所の中と外を隔てるドアに向かった。
 暫し様子を窺ってから、鍵を解除し、開く――開こうとする。
 が、すんなり開かない。
 どうやら、何かが引っ掛かっている。
 少し、何かが。
 けれどそれ程の抵抗ではない。
 本当に開かない訳ではない。
 …草間は今度こそドアを開けた。
 横殴りの雨が吹き込む。
「…ってェ」
 そして、声。
 見えたのは革靴に包まれた、足。ドアに引っ掛かっていたのはその、先だけ。
 柱に背を凭れさせ、身体を投げ出している男がひとり。
 びしょ濡れ――否、雨に濡れただけではなく、血まみれで、居た。
「あァ…悪ィねえ…? …軒先、借りてるぜ…」
 ドアから出てきた草間の姿を確認しての、何処か朦朧とした、声。
 草間は眉を顰めた。
 …これは放っておけば、死ぬ。
「…そんなところで雨に打たれたままで居れば、死ぬぞ。…入れ」
「入れェ? 何おめでたい事、抜かしてやがるんだ…? …ワケわかってるのか? 放っとく、に限る…だろ…?
 ――俺を…匿えば、あんたも、無事じゃ、済まないぜ…?」
「…別に匿うつもりはないさ。単に、事務所の前で死なれては寝覚めが悪い。それだけだ。ある程度回復したら何処へなりと行けばいい」
「へぇ」
「…なんだ?」
「医者、とは言い出さねえんだな、あんた」
 血まみれの男の、瞳の色が変わる。
 自分の今の状態はわかっている。普通じゃない。腹を刺されて、頭も殴られている。わかりやすいくらい血まみれだ。意識もぎりぎり持っているような気がする。喋っていないと駄目そうな。
 そんな人間を見付けた普通の人種なら、まず救急車やら近場の医者、病院と言い出すだろう。
 ――なのにこの男は。
 俺の事情を察している。
 医者の類には行けない、と。
 ――『わかっている』、人種だ。
「…それでいて、入れっつゥなら、その時点で匿ってるも同然って言うんだよ」
 それだけ言うと男はにやりと笑う。
 直後、
 男はふっと意識を手放し、よろめいた。
 草間は男が倒れきる前に慌ててその身体を支える。
 と、
 …意識を飛ばした男のその手から、何故か小さな四角い煌き――銀色のジッポーがぽろりと零れた。


■血まみれの男■

 …まずは時を少し戻す。
 多少の勘違い――間違いがあった。
 その日の夜は草間と零がふたりで夕食を取っていたのではなく、もうひとり、淡兎(あわと)エディヒソイも共に夕食を取っていた。合わせれば三人だった。
「どないでっか? うちの手料理♪」
 ひとりわくわくと期待しつつ、ふたりに問うエディヒソイ――エディー。
 彼はまだ日の落ちぬ内から――学校が終わって直行だったか?――草間興信所に遊びに来ていて、折角だからと台所を勝手に借り、夕飯がてら趣味の手料理を振舞おうと腕にヨリをかけていた。
 ところがそれで出来上がって来たのは――怪奇物体としか言えないような代物。
 どないでっかと言われてもそもそも草間は食べる事すら躊躇っていた。感想どころの話ではない。
 が、何故か零は平気で美味しそうに食べている。
 …恐らくはこの怪奇物体の話を黙殺したくて淡兎エディヒソイは居なかった事になっていたのだろう。
 そしてこの時までは…嵐の夜だと言うのにのほほんと、長閑と言えば長閑な時間が流れていたのだが――。
 ――ドアの方から変な音がしたのが、ちょうどその時。

■■■

 …さて、現在の時刻に戻ろう。
 意識を失った男を草間が咄嗟に抱き止めたその時、ざあざあとうるさい雨に紛れ、聞き覚えのある声が降ってきた。
「…草間、さん?」
 草間を問う声。
 その主は――もう常連と言っても良いくらいに見慣れた、娘。
「…どうした? 海原(うなばら)」
「すみません夜分にいきなり。お母さんがお出かけ中で、今日、家にひとりだったんですよ。で…こんな晩にひとりで家に居るのも怖くて…来ちゃったんですけど…ってあの、その人凄い血…!」
「ひとりで来たのか」
「はい。あたしの夕飯のシチューも…良ければと思って持って来たんですが…まずい、ところに…来ましたか?」
「ここに来るまで誰にも会わなかったか?」
 突然、厳しい声。
「え…? はい。…心細かった、です」
 消え入るようなその答えを聞いて草間は口調を和らげた。
「会わなかったならいい。早く入れ。傘を差していても濡れたろう?」
「お気遣い有難う御座います。でもその人の方が…!」
 先だろう。
「いい。それより中の淡兎と零にこの事言っておいてくれ」
 思うみなもの科白を草間は遮る。
「…はい」
 みなもは慌てて傘を閉じ、早々に所内に足を踏み入れる。
 中には草間の言う通り、エディーと零のふたりが居た。入って来たみなもを見、エディーはびっくりしたように口を開く。
「お? あんたは海原はんちのみなもはんやあらへんか。…今の音、あんただったんか? 草間はんは?」
「エディーさん、零さん! …今、外でひとが倒れて…!」
「…なんやて?」
 みなもの声でエディーは今だ開いたままのドアの隙間を見遣る。零もそれに続いた。
 そして、ふたりはそれぞれ、立ち上がる。
「ひとが倒れてらっしゃると言うのなら、寝かせる場所も必要ですね」
「それから…めっちゃ濡れとるやろうからタオルもやな」
 みなもは取り敢えずシチューの鍋をテーブルの上に置く。
「とにかく凄い血なんです、大怪我みたいで!」
「だったら…救急箱も必要か。ここんちの救急箱で足りるか?」
 言って、用意をするべく動き出した。
 直後、草間が意識を失った血まみれの男を室内に連れてくる。

■■■

 そして止血――から、てきぱきと応急手当をはじめる。
 が。
「…まずいな」
 草間がはじめに思った事は間違いなかった。――放っておいたら死ぬ。とは言え、手当てすれば持つか、と言えばそれもわからない。刺されていた場所が場所だ。それも深い。事によれば内臓もいかれている可能性がある。
 取り敢えず、ちょっと止血した程度では間に合いそうにない。
「…やっぱお医者はん必要でっしゃろか?」
 眉間に皺を寄せてエディー。
「…草間さん」
 横たわる男を見、心配そうにみなも。
 と。
「…私がやります。草間さん」
 ふわりと笑い、零。
「やっぱり応急手当だけじゃ、持ちそうにないですから。…死んでしまっては、まずいんですよね?」
「ああ…だがな」
 零にはなるべく普通の女の子でいて欲しい。…『その異能力を、使って欲しくない』。
 草間には――延いては零の正体を知るものには、そんな想いもある。
「構いませんよ。大丈夫です。元々できる事なんですから、お任せ下さい?」
 そしてやっぱり――零は、ふわりと笑った。

■■■

 …零の能力、『超回復』により、男の息が落ち着いて来てから。
 ほっ、と一息吐いた草間は煙草を取り出し、銜える。
 そして一同を見渡した。
「世話掛けたな、零」
「いえ」
「…すまんな。騒がせて」
「いーえぇ。草間はんの仰る通りですわ。うちかて放っといて家の前で死なれたら寝覚めが悪いですもん」
「…まぁ、そんなもんだ」
「あの…外の掃除、してきた方がいいですよね」
 みなもが言い出す。
「そんなもの放っとけ。この雨なら流れる」
「でも」
「…じゃあ、零とふたりで簡単にだけやってくれ。…もしもの事があってからじゃ遅いからな。なるべく早く戻って来い」
 男の様子からすると、それ程離れたところで襲われていたとは思えない。即ち、男をそう「した」方の連中がそう遠くない場所に、まだ居る可能性が高いのだ。
 なのにこの暴風吹き荒ぶ雨の中、玄関を掃除などしていたら怪しんで下さい、と言っているようなものである。
 だから草間が零と一緒に、と言ったのは念の為。水をある程度操れるみなもと言えど、その身は中学生の普通の女の子である。逆に零はと言えば、可愛らしい見た目だが大日本帝国最終『兵器』とまで言われた初期型霊鬼兵。みなもにするような心配はむしろ余計なお世話だ。ちょっとやそっとの事は何も問題ない。
 そして万が一、この男を襲った連中に見咎められたら、と考えたら、そこに居るのは『男』でない方がいい気もしたのだ。そうなるとエディーは未成年とは言え、高校生。その上銀髪碧眼の日系ロシア人、と一般的な日本人よりは明らかに同年代より年上に見える。見た目は大人。充分、男だ。
 だからエディーではなく、零とふたりでしてくれ、と草間はみなもに言ったのだ。

■■■

(Ver.淡兎エディヒソイ)

 みなもを見送ったエディーは取り敢えず男の側で座り込む。気になったのは彼が持っていたと言う何の変哲もない銀色のプレーンなジッポーライター。
 見るともなく見ていて、その内、手を伸ばす。
「…あまりいじくるなよ?」
 少し離れた場所に座り込んでいた草間が釘を刺す。
「でも随分これ見よがしとちゃいますか。普通こないなもん持っとっても、死にかけてるところで握り締めちゃおらへんと思いますで。ヘビースモーカーな草間はんやおまへんし。…うんにゃ。あないな雨の中じゃ草間はんでも煙草に火を点けるなんてようせんのとちゃいますか」
 言いながらエディーはジッポーをかちゃかちゃ手の中でいじくっていたかと思うと、蓋を開けた。
「…なんやこれ」
 中にあったのは燐光を放つ石。宝石か。
 と。
「…触る、な」
 うわごとのような、だが確かにうっすらと瞼を開けて自分を見た男の声。
 エディーは誰にともなく声を上げた。
「おっさん、気ィ付いたみたいやで!」


■怪奇探偵■

 起き上がりベッドに座り込んだ男は草間から煙草を一本貰いつつ(…ちなみに草間は渋々と言った素振りだった)自分は那須(なす)と言う者だ、と名乗った。
「礼は言わんぞ」
 瀕死の怪我を跡形も無く治してもらった事について。
「気にするな。お節介だ。…ただ煙草は後で返してくれ」
 即答。
「…」
「どうした?」
「いや、…あんた面白ェな」
「何が」
「ことごとく俺の予想する答えから外れた事を言う」
「…別にあんたの御機嫌取る気は無いが」
「当たりめェだ。そこまでお人好しだったら幾ら何でも笑うぜ?」
 那須はマッチを擦り、草間からもらった煙草に火を点ける。
「あの」
「お?」
「宜しかったらどうぞ?」
 そ、と皿に盛られたシチューが、差し出された。
「俺にか?」
「? …はい」
「…悪ィな嬢ちゃん」
 那須はにやりと笑い、みなもに差し出されたシチューの皿とスプーンを受け取る。
「皆さんも、どうぞ?」
 言いながらお盆の上にあったシチューの皿を次々とテーブルに置いて行く。
 と。
 だんだんだんと荒っぽく叩かれるドア。
 誰か、来た。
「ちっ」
 那須は舌打ちをすると所内のつくりを確認する。――脱出可能な場所は。
「…世話になったな」
「待て」
 草間は速攻逃げようとする那須を呼び止める。
「…取り敢えず零と一緒に奥の部屋に行ってろ」
「ってな、こんなお嬢ちゃんと何してろってんだ!?」
「あんたに零をどうにかできるようなら、元々襲われて死にかけてやしないさ」
 有耶無耶なまま黙って帰しはしない。…特に煙草(by草間)
「では那須さん、行きましょう」
「…本気か?」
「隠れてろと、理解していいんですよね、草間さん?」
「その通りだ。目を離すなよ、零」
「了解しました」
 こっくりと頷くと零は那須を引き摺るようにして奥の部屋へと歩き出す。
 ふたりがドアの向こうに消えたのを確認して、草間はみなも、エディーと頷き合う。
 そして外へと声を掛けた。
「どうぞ」
 と、やかましい叩き方とは裏腹に、存外丁寧にドアが開けられる。
 ドアの向こう側に居たのは四人の男。三人は見るからに荒事師風、ただ、ひとりだけどこと無く毛色が違う。…まとめ役か。
 そのまとめ役らしい毛色の違う男は、勧められもしていないのに当然のように客人用ソファに腰を下ろす。
「夜分遅くに申し訳ありません。ちょっとお尋ねしたい事がありまして」
 座ったその男がまず口を開いた。掛けられた声もやけに丁寧。
 興信所のあるじを見極め、話す相手はその人物だけ、とばかりに草間だけを視界に入れて。
「…怪我をした男が転がり込んで来ませんでしたかね? こちらは興信所、と急に人が来てもおかしくない場所のようですし、どうも騒がしい様子でしたから…ひょっとしたら、と思って窺ったんですがね」
「何の話でしょう?」
「とぼけないで頂きたいですね」
「…本当に貴方がたの言うような話が転がり込んでくるようなら、私は大歓迎なんですがね。なかなかそうも行かない」
 言うと草間は意味ありげに頭を振る。
「怪我をした男なんて、事件の臭いがするでしょう? それも貴方がたのような連中が追って来たとなれば余計に、何かありそうだ」
 訝しそうに男は草間を見た。
 物問いたげなその顔を確認して草間は続ける。
「御存知ないですか。…でしょうね。貴方がたは『怪奇探偵』、などとは無縁でしょう? お化け・妖怪・霊現象。そんな事件ばかり転がり込んでくるんですよ。この興信所は」
 草間はふ、と笑い自嘲する。
「だから貴方がたの探し人が転がり込んでくるようならこちらとしては非常に嬉しいんですよ。ですが…有り得ないでしょう」
 言い切り、男たちをちら、と見上げる。
「――『普通』の事件は私を避けて通ります」
 はっきりと。
 草間は告げる。
 が。

 がたり

 奥の部屋から音が聞こえた。
 人為的にしか聞こえない、音。
 中心らしい物腰柔らかな男はソファから腰を浮かせた。
 立ったままの男たちも、ジャケットやブレザーの合わせに手を差し入れる――拳銃に手を掛ける。
「…奥に誰がいるんです」
「貴方がたに言う必要がありますかね?」
 それでも草間は涼しい顔。
「答えろ」
 銃爪に指が掛かる。
 一斉に、草間に銃口が向けられた。
「草間さんっ!」
「黙ってろ。海原」
「だって…」
「大人しくしていて下さい、青い髪と瞳のお嬢さん。大人しくしていて下されば、我々も貴方に危害を加えはしませんよ。ああそうだ、お嬢さんは奥に誰が居るのか…知っておりますかね」
 さりげなく、問いかける。
 …それは脅迫そのもので。
「言う必要はないぞ海原」
「草間さんっ」
「草間はんそれは酷やで」
「海原には他にして欲しい事がある」
「…え?」
「…結局のところ、随分とびしょ濡れだよな? この部屋も――貴方がたも」
 前半はみなもに、そして後半は、自分に銃口を向けている連中に向けて言い放つ。
 意図を掴みかねる、科白。
 だが。
 みなもにだけは、わかった。
 そう目で答えると、草間も小さく頷く。
「…なんだ?」
 訝しそうな顔をする男たち。
 次の瞬間。
 ずるりと。
 ――水が動いた。
 床の表面に、付着していた水が。
 雨で濡れた服の、水が。
 傘から滴る、靴底に付いていた、水が。
「!?」
 ――滑る。
 体勢が崩れる。
 隙。
 そこに。
 草間が、自分に銃を向けていたひとりの男の腕をぐいと引き、腕を捻り上げその手から銃――S&Wを奪った。腕を捻ったまま机上に押し付け、奪ったS&Wの銃把で彼のこめかみを力任せに殴る。
 呻き声。上がった時――男たちが今何が起きたか気付いた時には、今度は草間の持つS&Wの銃口が中心らしい男の額をポイントしていた。
「だから言ったでしょう。ここには『普通』の事件は転がって来ない――普通な『だけ』の人員も少ないって事です」
 S&Wを握る腕は微動だにしない。――手馴れている。
 男は草間を睨めつけた。
「このままじゃ済ませませんよ…」
「…銃口が向けられるってのは嫌なもんでしょう? 貴方がたこそ、ただで済むとは思わない事だ」
 そのまま平然と、銃爪に掛けられた指に――力を込める。
「草間さんいくらなんでもやめて下さいっ」
 みなもの悲鳴も効果は無い。
 草間はポイントを外さない。
 じりじりと。
 数瞬の静寂。

 かちり

 撃鉄の落ちる音――だけ。
 弾は、出ない。
「…弾は、抜きました」
 言って、手の中で拳銃をくるりと回し、今度こそ銃口を下ろす。
「どうぞ、お帰り下さい。私は貴方がたに用はない」
「…手前」
 男の声。
 直後、呼応するように男たちが再度草間に銃を向ける――向けようとする。
 が。

 ガゥン

 ピンポイントで男たちの手許を狙った銃弾に、持っていた銃が弾き飛ばされるのが先だった。銃声は一度しかしていない。なのに三人の男すべての手から、同様に銃が落ちている――今の間に最低でも三発は撃っている。
「…あんたはん、部下に危ないおもちゃ、持たせんのやめといてもらえますか。怖ぉて怖ぉてしゃあないわ」
 エディー。
 彼の手にはいつの間にやらたった今火を吹いたばかりの銃――ベレッタが握られていた。
「今はちょーっとばっかり余裕ありましたから手ェ出せましたけど。あんまり切羽詰まった場面作らんといて下さい草間はん。海原はんが可哀想やないです――」
 ――か。
 そう続けようとしたエディーの目前に動く影。鈍い煌き。刃。スーツの袖に包まれた腕が閃く。低く沈んだ位置からエディーの喉元に伸び上がる切っ先。匕首――それは那須を襲った物と同じ物か。ソファに居た筈の男。いつの間に移動したのか、外見に似合わぬ軽やかな動きでエディーに躍り掛かる。
 が。

 ガゥン

 今度ばかりは、一際大きな銃声がした。
「抜いておいた弾は、ひとつだけでね」
 エディーに躍り掛かろうと動いた男の頬を掠めて壁に着弾したのは、357マグナム弾――草間の手にあるS&Wから発射されたものだった。
 男は凍り付く。
「後は、普通に入ってる」
 言いながら再び撃鉄を、かちりと。
「…もう一度だけ言おう。――どうぞ、お帰り下さい」
 そして、動かない。
「く…」
 草間に命を握られた男の様子を、子分らしい連中が固唾を飲んで見守る。
「…わかりました。帰りましょう」
 たっぷり数秒経ってから、男は押し殺した声で言い捨て、匕首を落とした。
 それを見てから。
「ああ、これもお返ししましょう」
 言って草間は持っていたS&Wのシリンダーをスイングアウト。装弾してあった中の弾を、すべて床に落とす。
 そして空になったシリンダーを元通りに納めると、無造作に立ち上がった男に差し出した。
 男は奪うように引っ手繰ると、ぎっ、と草間を睨み、そのままエディーを、みなもをも睨む。そして忌々しそうな顔のまま、ドアから去って行く。
 四人共に出て行く姿を認め、草間はちらりとみなもとエディーを見る。
「…大丈夫だったか、海原、淡兎」
「あたしは大丈夫です。…それよりエディーさんと草間さんは」
「うちは何とか無事ですわ」
「…見た通りだ。問題ない」
 答えて、草間は奥の部屋へのドアを振り返る。
「…もう出てきて構わんぞ、零」
 答える代わりに、奥の部屋のドアが開かれた。


■終わる夜■

「なんだか色々と世話になっちまったな」
「あんたの問題は何も解決しちゃいないがな。まあ、当面はやり過ごせるだろうよ」
「ああそうそう、那須はん、お返ししますわ」
 言ってエディーはベレッタを那須に差し出す。
「若いのに大したもんだ」
 笑って、応じる。
 ドアの向こうで、エディーの技を伺っていたのだろう。
「…ってその銃、エディーさんのじゃなくて那須さんのだったんですか?」
「一介の高校生がチャカなんぞ持ち歩いとる訳ないでっしゃろ。さっき手当てしてた時にお預かりしといただけですわ。あんたが信用出来そうな人かどうかはまだわからんかったからね。用心用心」
 にっこりと笑み、エディー。
「シチュー、折角お出ししたのに冷めちゃいましたね」
「いや、構わねえさ」
 あっさり言って、出されていたシチュー皿をがしっと取ると、目を丸くしているみなもを余所に直に飲み干す。
 殆ど時を置かず、皿がテーブル上に戻された。
「美味かったぜ? 有難うな」
「…はあ」
 呆然。
 …豪快にも程がある。
「ところで、何やらヤバいもん持って逃げてはるようですが、何か当てはあるんでっか」
「ああ、あんたには見られちまってたっけな」
 ジッポーの中の、石。
「ま、気にすんな坊主。そこまであんたがたに面倒見てもらう気はねぇよ。これで充分過ぎるさ」
「面倒見てやっとっても構へんのとちゃいまっか。報酬とさえ頂ければね。…草間はんは、探偵なんやから」
「そりゃ聞こえたが、怪奇事件専門とか言ってなかったか?」
「………………誰もそんな事は言っていない。普段は色々と脱線気味なだけだ。俺としては、あんたのような『普通』の奴が持って来る厄介事なら大歓迎なんだよ。何かあったら、電話しろ」
 言って草間は、那須に自分の名刺を投げた。

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 ●人捜し、浮気調査等々、よろず引き受けます
 草間興信所所長 草間武彦
 TEL 03(xxxx)xxxx
 住所 東京都xx区xxxxxx−xxx
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 一通り見て、那須はちらりと笑う。
「ま、少なくともいずれ煙草の礼はしに来るぜ。…余程惜しかったみてぇだからな。あんた。…じゃ、また会おうぜ、『怪奇探偵』さんよ」
 那須は確りと懐に名刺を仕舞い、今度こそ興信所のドアへと足を向けた。


【了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 ■整理番号■PC名(よみがな)■
 性別/年齢/職業

 ■1252■海原・みなも(うなばら・みなも)■
 女/13歳/中学生

 ■1207■淡兎・エディヒソイ(あわと・えでぃひそい)■
 男/17歳/高校生

 ※表記は発注の順番になってます

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■         ライター通信          ■
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 ※オフィシャルメイン以外のNPC紹介

 ■転がり込んできた男■那須・和臣(なす・かずおみ)■
 男/27歳/何やらどこぞの機密を握っております

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 さてさて。
 深海残月です。
 淡兎様、初めまして。
 そして海原家の皆様にはいつもお世話になっております。
 このたびは御参加有難う御座いました。

 まずは『東京怪談』だと言うのに突然真っ当ハードボイルド路線とか言い出しましてすみませんでした。
 …久し振り? に書きたくなったんです。
 お付き合い下さる方がいらして下さって、嬉しい限りです!
(実は依頼出した時点でこのまま参加者無しで没になるかなと思ってまして…/汗)
 また、海原様に淡兎様のおふたりから頂いたプレイングがどちらも素直なものだったので、殆ど依頼提示時点のライターの思惑通りな路線になりました。
 …の割には草間武彦氏、怪奇探偵怪奇探偵散々言われて(自分でも言って)ますが。
 むしろその呼ばれ方を本人、利用しております。
 ところで当ライターの設定では草間武彦氏は異様に銃の扱いに手馴れておりますね…。
 そして煙草に関して特別みみっちい…(ギャグか?)

 えー、色々と突っ込みどころはあると思いますが、格好付けた結果敢えて端折られている部分等もあるのでその辺は御容赦下さいまし。取り敢えず…謎解きみたいなのは一切無いですね…。と、言う訳でひょっとすると続きみたいな依頼を出す事があるかもしれません。その時は宜しかったら、また。

 淡兎様。
 …思いっきり似非大阪弁になってしまってます。すみません(汗)
 大阪どころかちょ、ちょっとだけ…はんなりな京都っぽくもなっているような(違)
 ライターが東京生まれの埼玉育ちなのです。…西の方へはかなり以前に二回程しか行った事がありません。
 口調が似非なのはどーかお許し下さい…。
 また、宝石の件は…あまり突っ込んで書けなくてすみません。
 他は…能力、の欄に射撃が得意ともありましたので、ああなりました。
 ちなみにジッポーの中から宝石を見つける、の部分のみが個別になっております。

 …こんなん出ましたが、楽しんで頂ければ、御満足頂ければ幸いなのですが…。
 気に入って頂けましたなら、今後とも宜しくお願い致しますね。

 深海残月 拝