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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


喫茶『夢待』にて
●オープニング【0】
 ある日の掲示板に、次のような書き出しで始まる投稿があった。
『とってもいい喫茶店見付けたの!』
 投稿者は瀬名雫。その内容は、近くの商店街に『夢待』という名の喫茶店を見付けたという物であった。雫によると、昼下がりの買い物途中に何となく魅かれる物を感じて入ってみたのだそうだ。
『バナナジュースとピザトーストを注文したんだけど、本当に美味しかったの☆
 きっと、両隣のお店からいい物を仕入れてるんじゃないかな?
 そこ、パン屋さんと八百屋さんの間に挟まれるしね。
 朝から夜までやってるみたいだから、皆も行ってみたら?
 お客さんに外国の人とか、和服の人とかも居たから、結構流行ってるみたいだよ。
 あっ、綺麗なお姉さんがカウンターの中に居たよっ!』
 凄い褒めっぷりだ。けれどもまあ、本当に味がいいのなら行ってみる価値はあるだろう。
 しかし、少し引っかかることがあった。
 近くの商店街に、パン屋と八百屋があるのは知っている。だが、その間に喫茶店があったかどうかが思い出せないのだ。なかったような気もするし、あったような気もする。はてさて、どっちだったか。
 ともあれ話の種に、どこかの時間帯で店を訪れてみますかね?

●ノイズ【7】
 午後7時過ぎ――商店街を訪れていた買い物客もだいぶ数を減らし、多くの店が今日の営業を終えようとしていた頃。商店街を後にする人の流れと歩みを反対にする者が居た――真名神慶悟である。
 雫の書き込みの話を耳にした慶悟は、夕食がてらその事実をこの目で確かめに来たのだ。
 まあ、変わった話ではあるけれども、害はないのではないかと判断したことも確かめに来た要因の1つだろう。害があると判断していれば、夕食がてらだなんて思うはずもなく。
 慶悟はシャッターの降りた店の前で歩みを止めると、ぐるりと商店街を見渡した。閉店作業中の店や、すでにシャッターを降ろした店、あるいはまだまだ客を捌いている店など様々である。
 その中に、店先の大きな看板の明かりを消したパン屋があった。立ち位置をずらしてその隣の店に目をやると、そこには和洋折衷な雰囲気もあるクラシカルな外観の喫茶店があった。前にはしっかり『夢待』と書かれた看板まで置かれている。
(あれか?)
 話に聞いていたのと同じ名前だ。隣にはパン屋もある。もう一方の隣は残念ながらすでにシャッターが降りていて、八百屋かどうかは確認出来ない。
「……まあいい。聞いてみれば分かることだ」
 ぼそっとつぶやき、喫茶店のある方へ歩いてゆく慶悟。そのまま喫茶店に入るのかと思いきや、慶悟は手前のパン屋に入っていった。看板の明かりこそ消されていたが、まだ閉店はしていなかった。
「いらっしゃいませ」
 店内に足を踏み入れた慶悟に、パン屋の店主が声をかけた。
「少し聞きたいことがあるんだが」
 といい、慶悟は店主に『夢待』のことをいくつか尋ねた。例えば評判だとか、店の主人のことだとかだ。
 それに対しパン屋の店主が答えるには、毎朝『夢待』の者だという三つ編みの若い女性が食パンを何斤も買ってゆくということだった。
「たぶん、ウェイトレスの娘か何かじゃないかい? いや、正直言って隣のことはよく知らないんだ。何せ、入ったことがないから」
「入ったことがない?」
 パン屋の店主の言葉に、怪訝な表情を見せる慶悟。隣の店だというのに、足を踏み入れたことがないとはどういうことか。
「ほら、灯台下暗しなんて言うだろう。あんまり近いと、逆に行かないものなんだよなあ」
 それはまあ一理はある。けれども、どこか釈然としないものを感じるのは気のせいだろうか。
「隣はいつから店を?」
 慶悟はさらに質問を重ねた。ひょっとしたら、開店間もないのかもしれない。だったら隣のことをよく知らなくても不思議はない。
 しかし、パン屋の店主は首を横に振った。
「さあ……いつからだったか。気付いたらあった、そんな感じだなあ」
(奇妙な話だ)
 腕組みをする慶悟。店があることは認識しているのに、それがいつ出来たのか覚えていない。そんなこと、あるのだろうか。
 それから慶悟は喫茶店の隣が八百屋であることを確認すると、礼を言ってパン屋の外に出た。
「……用心しておくに越したことはない、か」
 慶悟は喫茶店の前に立つと、霊視を行った。ふと眉をひそめる慶悟。
「うん?」
 悪しき感覚があった訳ではない。けれども、何か微妙なのだ。まるで名曲レコードをプレイヤーにかけて聞いている時に、プチプチと耳に入る細かなノイズのごとく。曲そのものはいいのに、ノイズのせいで引っかかりを覚えるというやつだ。
 ともあれ、足を踏み入れないことには多くは分からない。慶悟は警戒を怠ることなく、喫茶店に足を踏み入れた。

●忠告【8】
 慶悟が『夢待』に足を踏み入れると、扉の上につけてあった鐘の音が、カランコロンと店内に鳴り響いた。
「いらっしゃいませ」
 慶悟を出迎えたのは、カウンターの中に居た腰まである緩やかなウェーブのかかった黒髪の女性。見た目はおおよそ30歳辺りといった感じに見え、そこはかとなく妖艶な雰囲気も感じられなくはなかった。雫が書いていたように、確かに綺麗ではあるのだが。
 その女性は、黒のワンピースの上にシンプルな白のエプロンをつけていた。ここの店長なのだろうか。
 ごく普通の内装を持ち落ち着いた雰囲気が漂う店内に居るのは、慶悟の他にはその女性1人だけ。
 慶悟は、入ると同時に放った不可視化した陣笠の式神数体の様子を確認すると、奥のテーブル席に腰を降ろした。特に異常などが見受けられなかったからである。
(……旨い物を味合わせることは……善人でも悪人でも出来るからな……結果は全然異なるが、それゆえに……)
「何になさいますか?」
 カウンターから出てきた女性が笑顔で、メニューを慶悟に差し出した。手に取り、メニューを開く慶悟。そこには普通の喫茶店同様のメニューが、ずらりと並んでいた。
 値段もその辺りの喫茶店とさほど変わりはないか、若干安いくらいだ。目につくのはそのくらいで、別段不審な所は見当たらない。
「この店のお薦めは何だ?」
「どれもお薦めですよ」
 にっこり笑顔でさらりと切り返す女性。
「そうか」
 としか慶悟は答えられなかった。食い下がるのもあれだし、怒るのももってのほかなのだから。
「ならば、カレーライスと、食後に珈琲を」
「はい、かしこまりました」
 女性はにこっと笑顔を向けると、そのまま店の奥に引っ込んでいった。恐らく厨房がそちらにあるのだろう。
 メニューを閉じた慶悟は、店内を霊視してみた。店の前と同様の感覚がある。強くなっている訳でもなく、かといって弱くなっている訳でもない。要は変わりなし、だ。
(普通の喫茶店としか見えないが)
 首を傾げる慶悟。微妙な感覚さえなければ、いい店だという印象を抱いたというだけで済む話である。けれども、どうにも気になるのだ。
 しばらくして、再び女性が店の奥から姿を現した。手にはカレーライスとサラダを載せた銀盆トレイを持っている。
「お待たせしました。カレーライスですね」
 と言って、女性は慶悟の前にカレーライスとサラダを並べた。
「サラダは頼んでいないはずだが?」
「ああ。こちらはセットですので」
 慶悟の疑問に笑顔で答える女性。セットならば何の問題もなかった。
 女性はカウンターの中に戻るべく、一旦店の奥に引っ込んだ。その瞬間を見計らって、慶悟はカレーライスとサラダに対して霊視を行ってみた。が、何のことはない。ごく普通のカレーライスとサラダだ。
 スプーンを手に取り、カレーライスを1口口に運ぶ慶悟。そしてぼそっと一言つぶやいた。
「……悪くない」
 カレーライスのルーにちゃんとこくがあって、家庭で作ったような味わいだった。2口、3口とカレーライスを食べてゆく慶悟。肉は牛肉のみならず鶏肉、それもささみをも使っているようだ。何とも面白い。
 さて、慶悟がカレーライスを食べていると、鐘の音がカランコロンと店内に鳴り響いた。客が入ってきたのだ。
 次の瞬間、異変を感じた慶悟の手が止まった。放っていた式神たちの動きが、一瞬にして封じられてしまったのである。
 どうやら客が入ってきたのと同時に、誰かが放った別の式神たちも入ってきて、慶悟の式神たちとの間に膠着状態を発生させ、動きを封じてしまったようだ。
(これは……)
 慶悟はゆっくりと顔を上げた。そこには、いかにも陰陽師だといった装いに身を包む、きりりとした青年の姿があった。手には風呂敷包みを下げていた。
(この男の仕業か)
 素知らぬ顔で、青年を見る慶悟。自分から式神のことをばらすこともない。しばし様子を窺うことにした。
「あらあら、これは晴明さま。今日は何のご用でございましょうか」
 女性が青年に頭を下げた。いや、問題はそこではない。女性は青年のことを『晴明さま』と呼んでいた。
 そして青年の装いと、先程の式神たちの異変。これらから導かれるのは――。
(まさか、安倍晴明かっ?)
 安倍晴明――陰陽師であればその名を知らぬ者など居ない、陰陽師の大家である。だが晴明は遥か過去の人物、平成の世に生きているはずがない。
 いやまあ、晴明ほどの実力者であれば、何らかの手段で現代まで生き延びていたとしても不思議ではないのだが……何にせよ謎である。
「頼まれていた物を持ってきました。この通り」
 晴明はそう言って、カウンターの上に風呂敷包みを置いた。
「急ぐこともありませんでしたのに。よろしければ、白湯なりを」
「いえ、それにはおよびません。帝より火急の召しがありましたゆえ、これより参内しなければなりませぬので」
 女性の申し出を断り、この場から立ち去ろうと晴明。入口へと歩いてゆくが、ふと立ち止まって慶悟の方に振り返った。2人の目が合った。
「……力で押し切ろうとすると、手痛いしっぺ返しを喰らうこともあるでしょう。十分に気を付けるべきです」
 晴明は穏やかな口調で慶悟に言った。この言葉から察するに、晴明は慶悟の放っていた式神のことはお見通しだったようである。もちろん慶悟も陰陽師であることをも。
「無論、言われるまでもなく」
 慶悟は静かにきっぱりと答えると、出てゆく晴明の後姿を見つめていた。
 それから慶悟はカレーライスとサラダを平らげ、食後の珈琲を飲み終えるとそそくさと『夢待』を後にした。満足げな表情を浮かべ。
(そういう箇所か)
 商店街を歩き、1人納得する慶悟。考えている通りであれば、晴明が現れたことも納得がゆく。恐らく『夢待』は、時の接点であるのだろう。
「心の安らぎの提供はありがたいことだ。そしてそれが何者であろうと……構わないことか」
 夜空を見上げ、慶悟はそうつぶやいた――。

●後日談【14】
 例の雫の書き込みからしばらくの間、掲示板には『夢待』を探してきたという報告が相次いでいた。
 だがしかし、各人の報告を読んでみると色々と話の食い違う部分も見受けられた。中には見付けられなかっただとか、2度目に行ってみた時に見当たらなかったなんて話もある。
 話の食い違わない部分は、料理が美味しいことと、女性が出迎えてくれるという部分だけであった。
 それでも多くの者が『夢待』を探し当て、複数回足を運んだ者も居るようだから、実在することは間違いないのだろう。
 掲示板には報告ラッシュが過ぎ去った後も、ぽつぽつと『夢待』レポートが書き込まれるようになった。
 もちろん今でも、だ。

【喫茶『夢待』にて 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
                    / 女 / 15 / 学生 】
【 0332 / 九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)
                / 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0442 / 美貴神・マリヱ(みきがみ・まりゑ)
                   / 女 / 23 / モデル 】
【 1252 / 海原・みなも(うなばら・みなも)
                   / 女 / 13 / 中学生 】
【 1402 / ヴィヴィアン・マッカラン(う゛ぃう゛ぃあん・まっからん)
                  / 女 / 20? / 留学生 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全15場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・まず最初に、完成が大幅に遅れてしまったことを皆様に深くお詫びいたします。ようやく今回のお話をお手元にお届けすることが出来ました。長くお待たせさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
・今回のお話ですが、例外もありますが皆さんほぼ単独の内容となっています。というのも、『夢待』に行く時間帯がばらけていたからですね。
・ある意味異色な内容のお話ではあるんですが、今回の本質を突いてきた方は……居るものですねえ。プレイングを読んだ時、高原は驚きましたとも。
・ちなみに、『夢待』の文字をひっくり返し、音読みにしてみてください。何故に本文でああいうことが起こっているのか、納得出来ると思います。
・真名神慶悟さん、44度目のご参加ありがとうございます。両隣の店から情報を集めようとしたのは、いい行動だったと思います。で、あの人が出てきましたが……慶悟さんの心中やいかに、ですね。どんなものなのでしょう?
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。