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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


忘れられし伝承

●緑の公園

 東京の外れの、広いだけが取り柄の公園。
 遊具はまったくなく、あるのは野原と小さな山と林と。そんな緑豊かな公園だが、この度いくつかの遊具と施設を建てることになった。
 だがその工事を進めようとしたところ・・・・・・おかしな事が起こり始めた。
 最初は、雨。工事を進めようとした日に限って降る雨。
 はじめのうちは運が悪いとしか思われなかった。だが次も、その次も――天気予報では降水確率ゼロパーセントと言われているにも関わらず、工事の日には必ず雨が降るのだ。
 度重なる工事延期にとうとう痺れを切らした事業主が強行しようとしたところ、今度は明らかに不可思議な事件が起こり始めた。
 ただ、被害として見た分にはたいした事は起こっていない。
 いきなり水をぶっかけられたり、誰かに足を引っかけられたり――そんな、いたずらとも呼べる規模のものだ。
 だが誰も居ないはずの場所でいきなりそんなことが起これば・・・・作業員たちが不気味に思うのも無理はない。
 それでも事業主はなんとか工事をすすめようと必死だった。
 そんな矢先だ。事故が起きたのは。
 だがいくら調べてみても、原因がよくわからなかった。しかも作業員たちは皆一様に化け物を見たと騒ぎ立てる始末。
 そしてとうとう・・・・・・工事は、止まってしまった。

 工事が止まってから数週間。男――事業主は、ある噂を耳にしてこの草間興信所にやってきた。
 いたずらならばその犯人を突きとめるべく。
 もし、万が一、本物の化け物でも・・・・怪奇探偵と名高い彼ならばなんとかできるだろうと期待を込めて。


●そこに棲むモノ

 草間探偵所からの人員としてやってきたのはシュライン・エマ、海原みその、天薙撫子の三人。
 女ばかりのうえ、どう見ても未成年の子供まで混じっているメンバーに、依頼人――事業主本人ではなく、実際に工事をしている作業員の一人だが――は不安げな顔を見せた。
 公園を訪れる前に調べたところによると、この公園は一年前まで私有地だったらしい。
 所有者の意向で公園として解放されていたが一年ほど前に土地の持ち主が死亡。遺産相続者はこの膨大な土地を相続できるだけの税金を払えず土地を手放すことになり、結果・・・・・土地の所有権は人手に渡った。
 遊具がなかったのは単純に土地所有者の好みであり、遊具が作られることになったのは新しく土地の所有権を手にした者の意向だということだ。
「まずは、事故の起きた場所を見せていただきたいのですが」
 依頼人はみそのの申し出に頷いて、壁にかかっていた公園の地図の内の一箇所を示した。
 それは、公園の奥にある小さな泉。
 もともとの工事計画では、この泉を潰してプラネタリウムを建てようとしていたらしい。
 だが繰り返される事故と悪天候に、今はその工事をストップしているそうだ。
「そのまま工事を中止するというわけにはいかないの?」
「それを決めるのは私たちではないので・・・。私たちもオーナーに話してみましたが、全然聞き入れてもらえないんです」
 依頼人は苦笑を浮かべ、苦い口調で答えた。
 聞けばそのプラネタリウムも有料施設らしいし・・・・要はお金目当てということだ。
 当初は公園自体を潰してしまう予定だったが、周辺住民に反対されて中止になったらしい。それで、有料施設を建てることを決めたのだろう。
 エマは小さく溜息をついて、呆れたような表情を浮かべた。
「とにかく、現場を見に行きましょう」
 一行は、公園内での聞き込みをしつつ泉に向かうことにした。


●龍の泉

 郷土史や伝承を調べた結果、この公園は昔から怪事は多かったらしい――ただし、人を害するような怪事が起きることはなかったようだが。むしろ、人を助けるような出来事の方が多かったようだ。
 さて、問題の泉だが・・・・・そこには、かつて守り神と呼ばれていた者が存在したという話だった。
 昔は豊作を祈って、泉にお供え物をする習慣があったそうだ。ただ近年はそんな習慣もすっかり消えてしまったようだが。
「ここが問題の泉ね」
 見たところ変わったことは何もない。本当に小さな泉で、祠も社もなかった。
 撫子とみそのの方へ視線を向ける。
 エマの目にはなんの変哲もない泉でも、二人の目には何か映っていないかと思ったのだ。
 しばらくの思考ののち、撫子はゆっくりと首を横に振る。
 そして、二人の視線がみそのに向かう。
「この奥に、何かがいます・・・・・」
 言われて泉に視線を戻すが、エマの視力ではただの泉にしか見えない。
「さて、どうしましょうか」
 エマは軽い口調で言って泉を見つめた。
 まずは当人に出てきてもらわねば話もできない。
「とにかく、声をかけてみましょう」
 まあ、それが妥当なところだろう。
 そう思って実行に移そうとした時だった。
「来ます・・・・」
 みそのの静かな声が、響いた。
 エマと撫子は警戒体勢をもって泉を見つめる。

 ――最初は、小さな漣。風もないのに水面がざわめく。
「まったく、どいつもこいつも人の安眠妨害ばかりしおって。おぬしらは、何しに来た?」
 泉の上に、和服姿の幼い少女がいた。肩のあたりできっちり揃えられたおかっぱの黒髪。濃紺の瞳。見たところ十歳前後といっただろうか。
 素晴らしく外見とのギャップの大きい口調で話す少女は、不機嫌そうにこちらを見つめていた。
「お話を聞きに来たんです」
 みそのの返答に、だが少女は鋭い視線で撫子を睨みつけた。
「ほう? その割には物騒な物を持ちこんでおるようじゃが?
 工事を妨げるわしを退治しにきたのか? ならば全力を持ってぬしらの相手をしてやるぞ?」
 少女は、少女らしからぬ大人びた表情でふっと口の端を上げた。
 少女の足もとの水面が揺れ――直後、水は龍となって空中に現われた。水の龍を傍らに置いた少女は、淡々とした口調で言葉を続ける。
「人を傷つけるのは本意ではない。今すぐ去れば危害は加えないでやろう」
 少女の言葉を聞いて、三人は安堵の息をついて顔を見合わせた。どうやら説得の通じる相手らしい。
「私たちも、貴方と戦うのは本意ではないわ」
「わたくしたちは、工事を止めるためにここに来たのです」
「これは事故を起こしていた者の正体がわからなかったから、念の為に持っていただけなんです。どうか、話し合いに応じていただけませんか?」
 一行の様子を見て、少女が水の龍を消した。
「わしの望みは一つ。今まで通りここに住まうことじゃ。だが泉が潰されてはそれも叶わぬ。おぬしらは、それをどうにかできるのか?」
 三人は一瞬顔を見合わせ、それから、誰からともなく頷いた。
 工事の中止までできるかどうかはわからないが、泉を避けて工事を続行するのは不可能ではないだろう。
「事業者の方に交渉してみますわ。この泉を潰さずに工事を進めてくれるよう頼んでみます」
 にっこりと微笑んだ撫子。その横でみそのとエマが同意の仕草を見せる。
 少女はしばらくジッと三人を見つめ、ふっと表情を和らげた。
「良いじゃろう。だが、次はないぞ? 次また泉を潰すような輩が現われた時には・・・・・・問答無用で追い払うからな」
 無邪気な笑顔とまったく似合わない言葉を告げて、少女は姿を消した。


●そして、工事の行方

 公園内は大変な騒ぎになっていた。
 原因は、あの、水の龍だ。
 少女が作り出した水の龍は、かなり多くの人間に目撃されてしまったらしい。
 一度公園事務所の方に戻ろうとしたがその前に、騒ぎを聞きつけてきたらしい事業主と作業員たちが泉の方にやってきた。
 動転して怒鳴り散らす事業主に、三人はこっそりと溜息をつく。
「あれが、泉にいた者の正体です」
「かつてはこの地域の守り神として奉られていた者らしいわ」
 撫子とエマの説明に、居合わせた作業員の顔色が変わった。現場に出、実際に怪現象を体験したからこその反応だろう。
「で、退治はできたのか?」
 事業主のほうは、”神様”という言葉にもまったく引く様子はなくイライラとした様子で告げてくる。
「いえ。・・・泉を潰さずに工事を進めるのが一番良いと思いますわ」
 そう言っても、事業主は聞いてくれそうになかった。
 三人の視線が合う。
 ――どうする?
 交わした視線が互いに相手の意見を待っている。
「仮にも守り神とまで言われた存在です。下手に怒らせれば今までのような悪戯では済まなくなるかもしれないんですよ?」
 エマが告げた。だが事業主は神の天罰よりお金が大事らしい。
「それをなんとかするのがお前らの仕事だろう!」
 ・・・・・・それまで静かに佇んでいたみそのが、すっと一歩前に出た。
「施設を建ててはいけないと言っているわけではありません。泉を潰さないで欲しいと言っているんです」
 まるでその声と合わせるかのように、泉に波が立つ。
 ザアァッっと水の流れる音が響き、水の龍が、再度、姿を現した。
 事業主と作業員の男たちは目を丸くして、中には腰を抜かしている者もいた。
 スイと、みそのの横に少女が降り立つ。
「板ばさみというヤツか」
 泉の中から会話を聞いていたらしい少女は、ぐるりと三人の顔を見つめて呟いた。
「そうねえ。依頼は、工事を進めるために事故の原因を追求することだったわ」
 だが、今のエマの気持ちは泉を残しておくたいという方向に動いている。
 エマはにっこりと笑みを浮かべて、事業主に向き直った。
「泉を避けて工事をするのが一番良いと、思うわ」
 チラリと少女に視線を向けると、少女はそれだけでエマの意図を理解してくれたらしい。
 雲一つなく晴れ渡っていた空が、唐突に暗くなる。大粒の雨が降り落ちて、大地を濡らした。
「このまま雨が止まねば・・・工事の延期どころではなくなるのう」
 ニヤリと笑った少女が事業主に視線を向けた。
 突然の雨――しかもそれをやったのが目の前の幼い少女らしいと知って腰を抜かしている事業主たちに向けて、撫子は深々とお辞儀をした。
「この地は、妖たちが多く棲んでいるようなのです。どうか、譲って頂けませんか?」
 その言葉に、事業主の顔色がさっと青くなった。
 こんなのが他にもいるのか・・・・? 唖然とした表情がそう告げていた。
「わ、わかった。泉を潰すのは中止にする!」
 言った瞬間、ぱっと雨があがった。
 水の龍を消してから、少女はにっこりと・・・外見の幼さそのままの笑みを見せた。
 


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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整理番号|PC名     |性別|年齢|職業 
1388|海原みそも   |女 |13|深淵の巫女
0086|シュライン・エマ|女 |26|翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0328|天薙撫子    |女 |18|大学生(巫女)