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犬だけが
■オープニング■
わん。
ばう、わう。
あおーん。
場所はいつものネットカフェ。
外はもう暗い。
何処からともなく犬の遠吠えが響く。
…否。
遠吠えだけではない。
ぎゃんぎゃんぎゃん。
ぐるるる…。
うわぅんっ。
ぎゃぎゃ、ぎゃおぅんっ。
うおーぉぉおん。
…何やら無闇に喧しい。
それも一匹ではない。数匹、それも広範囲に渡ってのようだ。
喧嘩でもしているのか、何か見掛けぬ妙な輩でも来たのか。
「…今日は犬がうるさいですね。店長」
店内は基本的に静かなので外の声は余計に大きく、良く聞こえる。
現在、最古参のバイト店員故にバイト長のような立場になっている香坂瑪瑙（こうさか・めのう）は、オーダーのあったオレンジジュースなどグラスコップに注ぎつつカウンター内でぼそりと呟いた。
ちなみにこの彼女、店の中では実質、店長に次ぐＮｏ．２的立場だ、とも言える。
「そうだな。何かあったかな？」
基本的に店長、とだけ呼ばれる謎のひと、ネットカフェの店長は、のほほんと紅茶を啜りながら首を傾げる。
「…に、しても…なぁんか変な吠え方してますね？」
「…止まないねえ」
瑪瑙はオレンジジュースを入り口近くの端末使用のお客様の元へ置きに行く。
と。
ガラス張りの、自動ドア。
すーっと開いたその入り口に。
「あ、…の、」
ぬっ、と現れたのは蒼白な顔色の少年。
見覚えのない顔ではない。ここの、常連客。
「ちょっとちょっと双葉（ふたば）くんじゃない！？」
「た、…助けて下さい…」
力無く囀り、ばたり。
入り口のところでそのまま崩れ落ちる。
「双葉くん！？」
慌てて瑪瑙は双葉を抱き起こした。
と。
「犬が…犬、…が、」
双葉はただそれだけをぶつぶつと繰り返してから、ぐったりと意識を失った。
■■■
ちょうどその頃の、『件の掲示板』に。
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タイトル：犬だけが 投稿者：サル
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■最近、犬が妙な声でよく鳴きまくり、喧しいくらいの
事がないでしょうか？ それも一匹ではなく御近所の犬
が片っ端から、一週間くらい昼夜問わずぶっ続けと言う
かなりおかしな状況で。その件に関してなんですがどう
もですね、犬にだけ見える妙な『何か』が居るらしいん
ですよ。犬にとってはめちゃくちゃ警戒したくなるよう
な『何か』がふらふらと放浪しているようなんです。
私の住まいは栃木なんですが、ちょっとだけ調べたとこ
ろによるとこの現象は一週間くらいひとつところに留ま
り、その後、場所が少しずつ南下しているようです。で、
そろそろ雫さんのところ辺りなんじゃないかと思うんで
すが、どうでしょう？
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こんな記事が、書き込まれていた。
■わんわんわん■
たまたまそんな掲示板の記事を見るともなく見ていた銀縁眼鏡の長身女性――綾和泉汐耶（あやいずみ・せきや）は、席から立ち上がり、双葉と瑪瑙の様子を窺う。元々休憩がてら訪れていたネットカフェ。出入り口に近い場所に陣取っていたので、事の起きた場所までは遠くない。
「…大丈夫？」
「…ええ多分。こういうの、結構多いんですよ、双葉くんは」
「多い、って」
「身体が弱くてよく倒れちゃうんです。特に彼、霊感強くて、ちょっと強い霊気に当てられちゃうともうダメで」
「…じゃあ今の、これもそうなのかしらね？」
言って汐耶は改めて双葉を窺う。…確かに、息は落ち着いている。取り敢えずはあまり大事ではなさそうだ。
「まぁ…そう言う事も…ありそうですね。何か犬がどうしたとか言ってましたけど…まさか犬に襲われたって事はないと思いますし…さすがに都会だし野犬なんか居ないだろうから…」
「ま、何にしろ。こっちこっち。香坂さん」
ひょいひょいと手招きをする店長。
「双葉くん、休ませてあげようね？」
「あ、はい」
瑪瑙はよいしょと双葉を横抱きに持ち上げ、カウンターの内側に連れて行く。二十四時間営業故か、設置してある奥の仮眠室のベッド。
そこに寝かせ、瑪瑙はカウンターに戻る。
カウンターには汐耶が来ていた。一応、目の前で倒れられては、面識のない相手とは言え心配だったのだろう。
「さっき、犬が、って言ってたわよね。今の子――双葉くん、だっけ？」
「ええまあ、彼、そんな事言ってましたね」
「で、強い霊気に当てられちゃうと、倒れるとも言っていたわよね？」
「？ …はい」
「さっきあそこでひょっとすると関係ありそうな記事見付けたんだけど」
汐耶は後方――元居た場所、自分の使っていた端末を、何気無く指した。
■■■
そして瑪瑙が汐耶の見ていた記事こと『サル』の書き込みを覗き込む。
「これってゴーストネットの記事じゃないですか」
「玉石混淆とは言え、時々面白い事が投稿してあるからね。暇になると見る事もあるんだけど…そうしたらこれじゃない？」
汐耶は本日、休日出勤の代休と言う話で、新書店古書店問わず巡り、休憩がてらここに来ていたとの事。そうしたらいきなり、双葉が。ついでに見ていた記事ともひょっとすると関係ありそうな様子で。
…犬は未だに喧しい。
否、むしろ双葉を介抱してから余計に喧しくなっている気がする。
と、汐耶と瑪瑙の後ろと言うか横から。
パソコン画面を覗き込むふたつの影があった。
「あ、それってサルさんの記事だよね。さっき向こうでも見てたんだけど」
「犬猿の仲とは言うけど随分そのまんまなハンドルだよね？ 偶然なのかなー？ 意図的なのかなー？ 栃木のサルと言えば日光サル軍団、とか言っちゃったりして。…さすがに違うか。てへ」
そこに居たのはゴーストネット管理人の瀬名雫と黒猫を引き連れた楠木茉莉奈（くすのき・まりな）のふたり。
「雫ちゃん。それに茉莉奈ちゃんじゃない」
「ところでひょっとしてさっきの騒ぎって双葉くんだったの？ 瑪瑙さん」
「ちょっと奥に居たんで私たちにはいまいち確証が持てなかったんですけれど？」
「そ。双葉くん。合ってるよ。入ってくるなりいきなり犬がどうこう言って倒れちゃって。ま、いつものみたいだからあんまり心配要らないと思うけど」
「なら良いんだけど…っていつもの！？」
びびくん、と雫が反応する。
病弱でありながら霊感だけはバカ強い双葉が突然倒れるいつもの理由と言えば――怪奇現象。
そして再び画面の中の『件の記事』を見直す。
瑪瑙曰く、双葉のダイイングメッセージ（否、死んでない）は「犬が」。
サルの書き込み曰く、「そろそろ雫さんのところ辺りなんじゃないかと思うんですが」。…つまりこの辺り。
犬は相変わらずわんわんわん。
――有り得る。
確信した雫は一同を見渡した。
「面白そうだから調べてみない？ ちょうど今この辺りの犬がうるさいのって『それ』かもしれないし」
「じゃ、百聞は一見にしかずって事で、私は犬さんたちにインタビューしてみますね☆」
きゃろんと茉莉奈。
彼女は実は魔女っ子で、動物と話が出来るそうである。思いっきり適任だ。
「じゃあ、私は…どうして南下しているか調べてみましょうか。この現象が起こっているルートを調べれば、何か見当付くかもしれないでしょ」
これまた興味を持ったように、汐耶。
「ありがと、おねーさん☆」
「…汐耶よ。綾和泉汐耶」
静かな微笑みで答える汐耶。
「汐耶さんですね。う〜ん。私も調べ物の方にしよっかな。あ、言いそびれてた。私は瀬名雫って言います♪」
「あら、この掲示板の管理人さんなんだ？」
「はい！ ひょっとして常連さんだったりします！？」
「書き込んだ事はないけど、いつも見させてもらってるわ」
「そうなんですか！ 有難う御座います☆」
「って雫さんばっかりずるいですっ！ はじめまして汐耶さん！ 私は楠木茉莉奈と言います☆」
とびきりの笑顔で茉莉奈は汐耶にアピール。
…素敵なお姉様とは是非お近付きになりたい。
と、自己紹介がはじまりそうになったところで出入り口の自動ドアが開く音。
「あれー？ 何してるの雫に瑪瑙？ 何か面白いコト？ だったらみあおも混ぜてっ！」
直後、乱入して来た幼い娘――海原（うなばら）みあお。
いつもだと瑪瑙辺りの背中に飛んでくるところを、元気な声を張り上げるだけで何故か普通に立っている。
そして、自分より背の低い誰かと手を繋いでいるような、微かに浮いた左手の位置。
「…みあおちゃん？」
「？」
呼ばれて首を傾げるみあお。
暫し考えた後、どうして妙な顔をされているか気が付いた。
「さっき合ったお友達っ☆」
言って誰かと手を繋いでいるような形になっている左手を小さく持ち上げる。
みあおが普通の女の子だったなら、こんな形で空想のお友達を作ってしまうようじゃ情操的に問題があるのでは、とか言われてしまうだろうが、幸いみあおは普通の女の子ではない。
本当に霊感がある。
…つまり、そこにいるのは空想のお友達、ではなく本物の霊やらあやかしの類な可能性の方が高い。
「アカってばなぁんかぐずっちゃっててね、だったら一緒に行こう、って話し掛けたら、うん、って」
「アカ？」
「この子の名前！」
何だか妙な語感だ。
「でね、ちょっと休ませてもらおー！ って思ってここに来たんだけど」
「ま、それは構わないけどね。あ、そう言えばみあおちゃんは大丈夫？ 結構霊感強いんだったよね？」
「大丈夫って？」
「…ひょっとすると今この辺りに霊的な騒ぎが起きてるんじゃないかなーってね。そんな話になってるの」
「そなの？ 何何？ みあおにももっと詳しく教えてっ！」
■■■
「へぇ、犬に恐れられている『何か』、か。面白そうっ！ やっぱり混ぜてっ」
「じゃ、みあおちゃんはどうする？ 茉莉奈ちゃんと行く？ 汐耶さんや雫ちゃんとここで調べてる？」
「う〜ん」
珍しく悩むみあお。
…いつもなら、迷わず茉莉奈と共に外に出て行きそうだが…。
「犬語が話せるって言うんなら付いてった方が早いような気がするけどなー、でもアカを置いて行けないしなー」
と。
みゃー。
茉莉奈の連れた黒猫・マールがとんとん、と茉莉奈の靴を前足で叩く。
「？ 何、マール？ え？ マールにはアカさん見えるんだ？ 何何？ 私と一緒に犬さんたちにインタビューに行くと警戒されるだろうから？ あ、そう言えばそうだよね。じゃあ待っててもらわないとだね。…で？ ついでだからアカさん見ててくれるって？」
みゃ。
…肯定。
「本当？」
みあおは茉莉奈の連れ、黒猫マールの前に座り込む。
みゃ。
…やっぱり肯定。
互いの言葉が理解できなくとも、みあおとマールは互いの言いたい事が取り敢えず理解できたらしい――無論、普通の、人間と動物のコミュニケーションの範疇で。
みあおは茉莉奈を見上げる。
茉莉奈はこっくりと頷き、笑顔を見せた。
「じゃ、一緒に行く？ みあおさん…だったよね？」
「うん！」
元気な返事がその答え。
「でも…やっぱりちょっと待って」
瑪瑙が止める。
何故なら…時間帯を考えると。
そろそろ日が落ちてきて、暗くなって来ている。
そしてみあおはどこからどう見ても小学校低学年の幼女、茉莉奈は高校生とは言え幼く思われがち、見た目も小柄な箱入りお嬢様だ。
客観的に見て、都会の夜にこの組み合わせを放り出すのは危なっかしい。
「…香坂さんいいよ行ってきて」
「店長」
「その子たちふたりだけじゃ危なっかしいだろ。そろそろ暗くなっても来てるし。付いてってあげな」
「…すみません」
「ま、どーせそれ程忙しい訳じゃないしね。それに、お得意様にはサービスしといて損はないだろう？」
にやりと笑い店長は瑪瑙に言う。
瑪瑙は黙って肩を竦めた。
「じゃ、御言葉に甘えて、行きましょうか」
■ぐるぐるぐる／海原みあお＆楠木茉莉奈■
「さて。じゃ、どうする？」
歩きながら瑪瑙。
「取り敢えず見かけたら片っ端からインタビューさせてもらおうと思います♪」
軽い足取りで茉莉奈。天然茶髪のツインテールが揺れている。
「あ、茉莉奈っ！ あそこに犬発見！」
目敏く犬を探すみあお。ちなみに今見つけたのは通りすがりの家の庭に居た、柴犬。
既にわうわうと適度に高い通る声で鳴いている。
「はぁい☆ ではでは早速！」
茉莉奈は近付き、おーいと手を振り柴犬を呼び付ける。
なんだなんだ、とでも言いたげな風情で柴犬が飛んで来た。
「…ごめんね？ 邪魔だった？ そんなことない？ ありがと。でさ、何で吠えてるのか訊いてもいい？ え？ 変な臭いがする？ 嗅ぎなれない臭い？ どういう臭い？ 動物？ 何か見えてるの？ 僕は見えてない？ そっか、じゃ柴犬さん――あ、シンさんて言うんだ。じゃ、シンさんは気配と臭いだけが気になる、と？」
ふむふむ、と茉莉奈は本当に柴犬と話している。
もう暫く話し込んでから、みあおと瑪瑙の元に戻った。
「シンさん――この柴犬さんは姿を見ては居ないそうです。でも気に食わない気配と臭いなんだそうですよ？」
「気に食わない、ね…じゃあ、その程度の理由で吠えてる犬も結構居るってことかな？」
「ですね。それなら…犬の嗅覚ってとっても優れてますから、広範囲で同時にってのもわかりますね」
姿に反応しているなら、もっと狭い範囲でピンポイントで鳴かれるような気がするから。
■■■
「あ、あそこにシェルティが居るよ！」
そして少し言った先、またも通りすがりのお庭に、シェットランド・シープドック。
またも同じくわうわうわう。
「ごめんくださーい！ ちょっと訊いても良いですかシェルティさん？ え、我輩は蒼次郎（そうじろう）と言う者だ？ はい☆ 蒼次郎さんですね。あのお、何が見えるんですか？ え？ 猿猴？ …それは猿のことですか？ だから吠えているんですか？ 違う？ それだけじゃない？ だったらどうして吠えているんですか？ 古よりの約束だ？ っていったいどんな約束なんですか？ ヒトには言えん？ …そうですか。じゃ、あの、私に何か出来る事はありますか？ …すまんがお主には何も出来そうにないだろう？ そうですか、力になれればと思ったんですが。残念です。…しゅん」
とぼとぼと戻って来る茉莉奈。
「どうしたの？」
「蒼次郎さん――このシェルティさんにお前じゃ役に立たんって言われちゃいましたあっ」
「まあまあまあまあ。別に悪気があって言った訳じゃないでしょうし。泣かないで、ね？」
困惑しつつ瑪瑙が宥める。
「瑪瑙さんがそう言って下さるなら泣きませんっ」
ぎゅ。
どさくさに紛れ、いつの間にやら瑪瑙に抱き付いている茉莉奈。
「…えーっと」
取り敢えずよしよし、と茉莉奈の背中を撫でるくらいしか出来ない瑪瑙。
■■■
「前方にお散歩中のドーベルマン発見♪」
び、とみあおが指差す。
不惑そこらのおっさんと仲良く散歩している――が、やっぱりぎゃんぎゃん時折鳴いている。…ちょっと怖い。
茉莉奈はまず、飼い主らしいおっさんの方に声を掛けた。
「すいませーん」
「…はい？」
「突然ですが犬さんにインタビューさせてもらっていいですか？」
「…ジョゼフィーヌにか？」
「はい☆ ジョゼフィーヌさんって言うんですね！」
茉莉奈の返答に小さく唸るドーベルマン――ジョゼフィーヌ。
「ジョゼフィーヌさんこんばんはー。あのちょっと訊きたい事あるんだけどいいですか？ え。構わないけど手短に済ませて？ 帰ったらご飯なんだから？ あっ、すみません。じゃ手短に。まずどうして吠えているかの理由なんですが…。え？ やっぱり猿ですか？ でもなんか違う気がする？ 見た事ない生き物？ でも猿系？ ＴＶで見た事ある日光サル軍団の猿にちょっとだけ似てた気がするから？ そうなんだ？ で、何か害があるって吠えてるの？ 嫌な気配ではあるけど良く考えると具体的な害はないわね？ そうなんですか？ え？ やっぱり我慢して吠えるの止めとこうかしら？ あんまり吠えてると彼の迷惑にもなるし？」
「…本当にわかるのかね？」
ふむふむ、と本当に犬と話しているらしい姿を見遣り、飼い主さんは茉莉奈に問う。
「？ ええ。わかりますよ？」
「じゃあ…俺の事はなんと言ってるか訊いてくれないか？」
ちら、とジョゼフィーヌを見下ろし飼い主さんは茉莉奈に頼む。
茉莉奈はジョゼフィーヌに改めて向かった。
そしてすぐに、飼い主の方を見上げる。
「商品にならないからって捨てられそうだったところを助けてくれた恩人だそーですよ？ 生涯尽くします、だそうです」
「…本当か…」
「はい」
「おおお…ジョゼフィーヌ〜っっっ！！！！」
人目も憚らずがばりとジョゼフィーヌに抱き付く飼い主さん。
…実はかなりの親バカらしい。
そしてもう、茉莉奈たち三人には目もくれないひとりと一匹。
「で結局、猿…なの？ 『見えない猿』？」
みあおはふと考え込む。
猿らしくない猿と言えば…心当たりがあるような無いような。
「嫌な気配ってのはさっきの柴も言ってたわね」
「でもあんまり要領得ませんねー。今のジョゼフィーヌさんの話だと、特に害は無いそうなんでそれは良かったんですが…」
うーん。
みあおに茉莉奈、瑪瑙の三人は、歩きながら結局悩んでいた。
■きーきーきー■
「結局なんなんだろーね？ 犬族の秘密でもあるのかな？ シェルティな蒼次郎さんとかの口振りだとそんな気もするんだけど…」
犬に対しインタビューを何度か続けてから、小首を傾げ呟く茉莉奈。
「ま、いいじゃん。そろそろ戻ろ？」
みあおがくいくいと茉莉奈の服の裾を引っ張る。
「そうだね。これ以上インタビューしまくっててもあんまり新しい情報が得られるとは思えないかも」
茉莉奈はうん、と頷き瑪瑙を見上げた。
「戻りましょう？」
「了解。ま、向こうのふたりも何か掴んだかもしれないしね。両方で話を通せば、また違う物が見えてくるかも」
■■■
帰還の為ネットカフェに足を向ける三人。
やがて店の前に着いた時、前方から犬を連れた散歩らしいお姉さんが歩いて来ていた。
うーん、と悩みつつみあおと茉莉奈、瑪瑙がネットカフェに戻ろうと自動ドアの前に立った、その時。
ぎゃわわわんっわんっ
目の前の犬がまた吠えた。
体高にしては妙に貫禄ある声だと思ったら、コーギー。
「あっ、すいませんっ」
飼い主さんらしきお姉さんが慌ててリードを引っ張る。
が、茉莉奈がコーギーの前に座り込み、話し掛ける方が早かった。
そして話し込む。
「…うん。え？ ここに居る？ って何が？ どっか行け？ 何で？ とにかく気に食わない臭いがする？ え？ネットカフェの中？ 動物？ さる？ 違う？ 奴に訊け？ 奴って誰？ しっぺい太郎？ 誰それ？ 霊犬？ うんうん。『あれ』はダメだったが『そいつ』なら俺たちでも大丈夫だから？ そなの？ って危険？ 何で？ 御先祖様から脈々語り継がれてる言い伝え？」
コーギーから色々と聞き出している最中な茉莉奈の科白に、瑪瑙ははた、と気付く。
「…ちょっと待った」
――ネットカフェの中。
――見えない何か。
――犬が警戒。
「…ってひょっとして」
茉莉奈の様子と瑪瑙を交互に見、みあおが察して顔色を変える。
そして大声。
「アカが！？」
………………お探しの『見えない何か』だと？
■■■
みあおに茉莉奈、瑪瑙の三人は迷う事なくネットカフェの店内に戻る。
そして茉莉奈の帰還を察してか現れた黒猫マールの元に、三人は――特に茉莉奈は歩み寄る。
「ねえマール、アカさんどこ？ え？ カウンターの近く？」
「…どうしたの？」
「何かあった？」
何事か起きたらしいが要領を得ず、現れた三人に問いかける汐耶と雫。
「えっとね、『見えない何か』が『アカ』のコトだって判明したの」
「は？」
「…言われてみればキミと『その子』が来てから…余計にこの近所の犬が騒いでる気がするわね」
みあおを見ながら汐耶が呟く。
「考えてみればタイミング良すぎだしね。…ただ、最近この辺りって霊現象多いから、見えない誰か連れて来たからって同じ件と思うとは限らないって」
苦笑する瑪瑙。
「あ、居た、ねえねえアカっ、訊きたいコトあるんだけど良い！？」
アカの姿を見つけたか、たったったっとカウンターの方向に走って行くみあお。そのまま、他の人には何も見えないが、ひょいと何者か――アカを抱き上げる形に動く。
…つまりアカはみあおをして抱き上げられるくらい小さい、と。
「…うん。うんうん。犬が怖い？ 吠えるから？ だからぐずってたの？ やっぱり…。で、仲間に会いたいんだけど見つかんなくって、日光サル軍団を電気屋さんのディスプレイのＴＶで見かけて、ひょっとしたら仲間かもしれないって直に会いに行ってみた？ けど違った？」
「…それで日光って訳か」
合点が行ったように汐耶。
「どういう事？」
「ゴーストネットに投稿をした方のサルさんからね、この現象がどんなルート辿ってるか情報もらったのよ。そうしたら南下してくるかなり前に実は北上してて、その北端が栃木の日光国立公園辺りだったの。そこで結構長くって、それから今言っているように南下して来ていたらしいわ」
「…そこまで書いてあるなら一番初めに騒ぎが起きた発生源とかもわかってる訳？」
「静岡の磐田近辺」
「…ああそれでわかった。『早太郎伝説』ね」
こちらも合点が行ったように瑪瑙。
「早太郎？」
頭に？マークを浮かべる茉莉奈。
「茉莉奈ちゃん、さっきコーギーと話してた時『しっぺい太郎』って言ったでしょ。『早太郎』って言うのは民話に出てくる同じ犬の事。簡単に言うと、遠州・磐田で人身御供を求める神様、と偽っていた化け物を、信州・駒ヶ根の霊犬が出張して退治したって話。でもねえ…まさかそんなのがいきなり出てくるものかねえ…？」
…否、そもそもここで限定されるのは『犬』の方であって、『見えない何か』の方はこの話では限定されまい。
繋がる事は繋がった気がするが、それでもいまいち不明瞭。
「…で、これからどうするつもりだった？ 元居たところに帰る？ ふぅん、それで南下してたんだ」
一方、みあおはアカとの話を続けている。
「怖いけど？ 他に行き場ないし？ そうなんだ…だったらここにいたら？ でも犬怖い？ …うーん」
「ところで今更訊くけど、その子って見た目どんな姿してるの？」
「え？ 姿？ …可愛いよ？」
「そう言えば猿が仲間かもしれないって言ってたわよね？ って事は、ニホンザル以外の猿の仲間なのかな？」
「さっきジョゼフィーヌさんは猿系だけど見た事ない生き物だ、って言ってましたよ？」
「ジョゼフィーヌ？」
「…インタビューして来た犬さんの内の一匹です」
「そう言えばさっき言った『しっぺい太郎』の民話に出てくる『神を騙った化け物』の方はね、年経た巨大な『狒々』だって説が結構多い」
言いながら汐耶は使っていたコンピュータ端末のマウスをいじる。ネットで引っ張り出してきたのはどこぞの動物園だか海外の自然公園らしいＨＰ。画面にはやや大型の猿らしい、けれど明らかにニホンザルでは無い生き物の写真が載っていた。それも、親子だ。
「…ひょっとしてこんな感じの姿形じゃないかしら？」
唯一アカの姿が見え、普通に人間と意思の疎通も図れるみあおに端末の画面を示す。
と。
「あ、すっごく似てる。特に子供の方。…え？ アカ？ どこ行ったらこのヒトたちに会えるって？ え？ ちょっとそんな慌てて」
「…どうやら、当たりみたいね」
汐耶が端末の画面に出した写真は、狒々の一種。
「って、汐耶、どゆこと？」
「その子、『しっぺい太郎』に退治されたって言う『年経た巨大な狒々』の方に関連するんじゃない？」
「…ひょっとして子孫とかそっちかな？ でもアカが人身御供取るなんて思えないよ！」
「その辺は個々人の性格なんじゃないですか？ 御先祖様の中にたまたまワルがいた、ってだけで。で、その上にその『しっぺい太郎の民話』イコール『悪玉な御先祖様』の方がやたら有名どころになっちゃって、子孫としては肩身が狭くなっちゃった、とか？」
「…有り得そう」
「ついでにみあおちゃんの様子見てると…そのアカって子、まだ小さいんじゃない？」
「うん…まだ一歳にもなってないみたい…え？ 八ヶ月なんだ？」
「ビンゴね。この現象が確認された初めの日付、だいたい八ヶ月前になるわ」
「まぁね…あやかしの類は…一度退治されて悪さはしなくなった、としても結局、本当の意味で滅ぼす事はできないからね。元々居た場所に、ひっそり子孫が残っていたとしてもおかしくないか。
それに最後に話を聞いたコーギーの「『あれ』はダメだったが『そいつ』なら俺たちでも大丈夫だから」…ってのは…『悪玉な御先祖様』の方は霊犬じゃなきゃダメだったけど『アカ』だったならまだ弱いからそこらの普通の犬でもどうにか出来そうだ、って事なんじゃ？」
考えながら、瑪瑙。
「ぶー。弱い者いじめは嫌だなあ。え？ 何何？ 今の狒々さん捜したい？ だったら手伝うよ。うん。きっと皆だって手伝ってくれるし。…ところでさ」
一度科白を切り、みあおは目をきらきらさせる。
「…ねえねえねえみあおと一緒に記念写真とっていい！？」
そして傍らのアカに迫る。
「…みあお以外には見えないんだから撮れるわけない？ …だぁーいじょーぶだって。心配しないのアカっ！ みあおには≪幸運≫があるんだからっ♪ 撮れる。うん。通常版だと心許無いかもだけど天使姿版での効果は通常版の数倍から数十倍だし！ 使うと倒れて一週間くらい寝っぱなしになっちゃうけど、たまには使ってみたいしどーしてもアカと写真撮りたいし！」
威張ってちっちゃな胸を張るみあお。
「やろやろ？」
そしてどこからともなくちゃき、と取り出したのは使い捨てカメラ。
「写真撮るんだ？ じゃ私も混ぜてよ！ みあおさん♪」
興味深そうに茉莉奈。
可愛いって言うアカも気になるし、元々、みあおも可愛い女の子。…お姉様、では無いが、抱き締めてみたいかも。
「おっけー☆ 入って入ってっ」
「マールもおいでー？」
茉莉奈の声に黒猫マールは足音も無く、す、と足許に擦り寄って来る。
「んじゃ汐耶に頼むっ」
そしてみあおは取り出したカメラを汐耶に差し出した。
「…それは…構わないけどねえ」
一週間寝っぱなしって言っていたけど、学校とか家とか大丈夫なんだろうか？
思いながら汐耶はカメラを受け取る。
「んじゃ、行っきまーすっ！」
汐耶の懸念も気にせず、当人は元気に掛け声。
するとみあおの姿がぼんっ、と煙に包まれる。
その煙が晴れた時。
そこに居たのはハーピー染みた姿形に青い羽を持つ、二十歳後半と思しき妖艶な女性。
だが。
「どうだっ！」
その口調は子供そのもの――みあおだ。
元気な声と共に、自分の隣に居るアカ、渡されたカメラを持つ汐耶の両方に向け真白い光が飛んで来る――≪幸運≫を与えようと。
そして。
皆で、ポーズ。
かしゃり
シャッターを切る音。
…直後。
いきなりばたんと倒れたっきり、みあおは起きる気配が無い。
黒猫マールもちょこんと横に座り込み、他の誰にも見えないだろうが、アカと顔を見合わせながら心配そうにみあおを伺っている。
愛猫同様、茉莉奈も困惑した。
「…どうしよ？」
小首を傾げ誰にともなく問う。
「…そうね。取り敢えずは」
受けて汐耶は瑪瑙を見る。
「…また仮眠室と言う事で」
事の発端の双葉時生（ときお）同様に。…いつも通りなら…そろそろ彼の方は起きるだろう。
そう含め、瑪瑙は汐耶を見返した。
「…予め倒れる、って言ってたんだから…放っておいても特に問題はないんだよね？ …じゃ、お家のひとに後で迎えに来てもらいましょ。本当なら送ってもいいけど…みあおちゃんの家は知らないからね」
「…って連絡先はわかってるのか？」
店長の冷静な突っ込み。
沈黙。
そう言えば、知らない。
瑪瑙は暫し考えた。
「…しょうがない、草間さんにでも聞きますか。海原さんの御宅と言えば…多分知ってますから」
【了】
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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■整理番号■ＰＣ名（よみがな）■
性別／年齢／職業
■１４１５■海原・みあお（うなばら・みあお）■
女／１３歳／小学生
■１４２１■楠木・茉莉奈（くすのき・まりな）■
女／１６歳／高校生（魔女っ子）
■１４４９■綾和泉・汐耶（あやいずみ・せきや）■
女／２３歳／司書
※表記は発注の順番になってます
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
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※オフィシャルメイン以外のＮＰＣ紹介
■犬に吠えられてる見えない『何か』■アカ（あか）■
？／０歳８ヶ月／狒々族の子
■投稿者→情報提供者■サル（さる）■
男／２２歳／雫運営怪奇ＨＰの常連組・自分でもＨＰ運営
■ネットカフェのバイト長■香坂・瑪瑙（こうさか・めのう）■
女／２０歳／大学生・ネットカフェ＆某酒場でアルバイト
■情報提供者■シン（しん）■
男／４歳／飼い犬（柴犬）
■情報提供者■蒼次郎（そうじろう）■
男／１２歳／飼い犬（シェットランド・シープドッグの雑種）
■情報提供者■ジョゼフィーヌ（じょぜふぃーぬ）■
女／５歳／飼い犬（ドーベルマンの雑種）
■情報提供者■鈴木（すずき）■
男／２歳／飼い犬（ウェルシュ・コーギー）
■店長とだけ呼ばれる謎のひと■本名不明■
男／？歳／ネットカフェの店長
■倒れっぱなしの男の子■双葉・時生（ふたば・ときお）■
男／１４歳／中学生
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
さてさて。
深海残月です。
楠木様、初めまして。いつぞやは伯父様にもお世話になりました。
綾和泉様、再会を嬉しく思います。
そして海原家の皆様にはいつもお世話になっております。
このたびは御参加有難う御座いました。
ちなみに今回、『しっぺい太郎（早太郎）』と言う民話（昔話？）がネタになってます。…とは言えかなり曲げてますが（汗）。当ライターはマイナー路線を突っ走りがちな奴（痛）なので、ネタ元あっても「どこが？」と言われそうなくらい相当ひねくれた事をやっている場合が多いんですけどね…。むしろ、元だ、と口に出す方が申し訳ないかも…。
と、言う訳で…駒ヶ根市・磐田市・光前寺・矢奈比売神社（見付天神）関係者の方…申し訳ありません。
そして栃木と来たらサル、と連発してしまって栃木、日光の方、日光サル軍団関係者の方にも申し訳ありません。
この「狒々の化け物を霊犬が退治する」と言う民話が元だったから、今回喧しいのが猫ではなく犬だったんですね。犬だけじゃなく猫も魔よけじゃないのかな？ と書いて下さった方もおりましたが、そう言う訳です。
そして今回の「犬に吠えられている見えない何か」はこの民話で言う悪玉の化け物――狒々、の「子孫と言うか同族」です。
…これは全然悪玉じゃありません。ただ仲間を捜して三千里（？）なだけです。
また、今回は真ん中■ぐるぐるぐる■の別行動部分が綾和泉様版と海原様＆楠木様版の二種になってます。綾和泉様は海原様か楠木様のものを、海原様と楠木様は綾和泉様のものを見て頂けるとよりわかりやすい（？）かと思われます。
海原様
白状しますと、今回頂いた海原様のプレイングで、元々構想していたジャンル傾向と…１８０度くらい見事に路線が変わりました。と、言うかライターの頭の中で化学変化起こしました（え）
当初はもう少し闇色が濃いイメージだったのです…。が、そのイメージに反して平和に終わりました。
こういう事もあるんですね…（ってそれでいいのか）
最後倒れちゃいましたが、きっといい写真が撮れていることでしょう。
恐らく、つぶらな瞳の可愛い小猿（否、狒々だ）が一緒に写っております（笑）
…こんなん出ましたが、楽しんで頂ければ、御満足頂ければ幸いなのですが…。
気に入って頂けましたなら、今後とも宜しくお願い致しますね。
本文も長いですが本文以外も長くてすみません…。
深海残月 拝
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