コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


三下忠雄ビューティー計画

やや暑い土曜の午後。
武田隆之は今日も冴えない様子の三下忠雄と向かい合って座っていた。
偶々写真を届けにアトラス編集部を尋ねると、まさに三下が錠に原稿を破り捨てられた処だった。
珍しくもない風景だが、三下のガックリと落ち込んだ顔を見ると、暑さが3割り増し。
息抜き兼涼みに、ちょっとコーヒーでも飲まないかと誘い、白王社横の喫茶店へやってきたのだが。
エアコンで心地よく冷えた店内に入っても、先に出された冷水を飲んでも、やはり暑苦しい三下の顔は暑苦しいままだった。
「実は、自分のイメージを変えたいんです」
ぽつり、と三下はやや猫背な背中を一層丸めて言った。
「イメージを変えたい?」
冷水を飲み干して、隆之は首を傾げる。
額の汗をおしぼりで拭い話しを促すと、三下は消え入りそうなモゴモゴとした声で、昨夜みたと言うテレビ番組についてを語った。
コンプレックスや悩みを、自分を変える事で克服しようと言う内容。三下も、外見を変える事で今のパッとしない、冴えない、ハッキリしない自分を変えたいのだと言う。最終的には、何と彼の住むアパートの管理人に告白したいとまで言った。
しかし、女性の様にエステサロンなどに行く事は憚られるし、かと言って自分ではどうしようもない。ああ、結局自分は生まれ変われないのか、一生この冴えない調子で生きていくのか、と悶々としていた処で錠に原稿を破り捨てられて、気分は滅入ってしまった。
ボソボソと話す三下を見て、隆之は本当に冴えないなと思う。
隆之自身、冴えないと言えば冴えないのだが、同じ冴えないにしても三下とはまた違う冴えなさだ。
三下の冴えなささと言ったら右に出る者が居ないほど天下一品で、端から見ていると楽しかったり鬱陶しかったりするのだが、悩んでいるとなると手の一つくらいは貸してやっても良いと思う。
「うーん……、あ、お冷や貰える?」
腕を組みつつ店員に冷水のお変わりを頼んで、隆之は椅子の背もたれにドシッと背中を預ける。
「俺もこう言う仕事柄、スタイリストやヘアメイクの知り合いは沢山いるんだ」
「はぁ……」
溜息なのか相槌なのか分からない返事。
「どうすればもうちょっとマシになれるかくらい、聞いてみよう。ある程度マシになったら、俺の腕でそれから5割り増しくらい良い写真を撮ってやろう。それをお見合い写真にでもして、その、アンタのアパートの管理人に渡したらどうだ」
「はぁ……」
本気でやる気があるんだか、ないんだか、外見共々性格もハッキリしない男だ。
果たして外見を変えただけでこの性格がどうにかなるものだろうか。
「え。三下さん、イメチェンするんですか?」
いじけたような三下を見つつ、額に浮かんだ汗を拭っていると、店員がやって来た。
空になった隆之のコップに冷水を注ぎ足す、可憐な店員の名は鏑木花。この喫茶店の看板娘だ。
「外見を変えて、生まれ変わりたいんだそうだ」
隆之が言うと、花はゆっくりと首を傾げた。
「私、三下さんは今のままで十分に素敵だと思いますけど…」
たで食う虫も好きずき、と言う言葉がある通り、花は少々三下に好意を寄せている。
「はぁ……」
しかし全くそれに気付いていない三下は、やはり冴えない様子で頷く。
「ダメダコリャ」
注ぎ足された冷水を半分ばかし飲んで、隆之はそっと溜息を付く。
「でも、御自身で決めた事ですものね、私もお手伝いしますね」
花は微笑んで三下のコップにも冷水を注ぎ足した。


***
「OKっ☆これで三下さんの『美』は約束されたよっ♪」
突然の声の乱入に、三下・隆之・花は思わず「へ」と口を開いた。
現れたのは少女と見紛う可愛らしい顔に、笑みを浮かべた少年・水野想司だ。
「嬉しいなぁっ♪三下さんが、自分の口で僕に訓練をお願いしてくるなんて☆」
「ええっ…!?」
想司の言葉に、三下が声を上げる。
一体何時から店内にいて、何処から話しを聞いていたのだろうか、と言うか、何時誰が特訓をお願いしただろうか。
と思うのだが、3人はそれを口に出さない。
「あ、あの…?」
素早く三下の隣に腰掛けて、想司はうふふっと笑った。
「相手が管理人さんだろうと『帝国軍』だろうと互角以上の戦いが出来るようにしてあげるねっ☆(はあと)」
帝国軍って何だ。戦いって何だ。
と思うのだが、3人はそれも口を出さない。
何か勘違いしているのか、わざとなのか、楽しげ且つ真剣な面持ちの想司からは計り知れないが、隆之は想司の登場を素直に喜んだ。
若い女性と若い少年の感覚で言う処のパリッと清潔感のある男とはどんなものか、何かとアドバイスが得られると思ったからだ。
「よし、それじゃ早速今夜にでも計画に移ろう。それぞれ、コイツをどうしたら変えられるか考えてくるように」
午後8時にあやかし荘内三下の部屋に集合。
それぞれの予定を聞き出して時間と集合場所を決めると、隆之はアイスコーヒーの料金をテーブルに置いて仕事に戻っていった。
「じゃ、三下さんっ☆夜にねっ♪」
素早く自分の伝票を三下の手に握らせて、想司も店を出る。
溜息混じりに自分と想司の料金を支払う三下に、花はにこりと微笑んで言った。
「やっぱり、パッと見印象に残るのって眼鏡ですよね。どうです?思いきってコンタクト作りません?もし痛くて入れられないならフレームを変えましょうか。そこだけでも印象変わりますよ。」
「はあ……そ、そうですね……」
夜までにコンタクトか別の眼鏡を用意すると約束して、三下も店を出た。
思いの外協力者が現れて喜ばしいが、少々不安にもなっていた事に誰も気付かなかった。


***
午後8時30分。
あやかし荘内の三下の部屋に集まった3人は、部屋の主である三下の帰宅を待っていた。
と言うのも、コンタクトは恐ろしくて出来ないと、新しい眼鏡を作った三下がそれを受け取るのに少々時間がかかるからで、先に部屋で待つ様にと言われたのだ。管理人に頼んで鍵を開けて貰い、入った室内はまるで三下忠雄の代名詞のようだった。つまり、むさ苦しく冴えない。そこかしこに衣類や物を積み上げ、ゴミ箱からゴミがはみ出している。
これからパリッとした男になろうと言う者の部屋には相応しくない。
が、今は部屋を掃除している場合ではない。
きちんとアイロンの掛かった服を着る事も、外見を変える一つの手段だと主張する花がせっせとカッターシャツにアイロンを掛け、霧吹きで水を拭きかけてはスーツのシワを伸ばそうと苦戦している。
その横では隆之が、カメラケースから愛用のカメラを取り出し、万全な状態で生まれ変わった三下が撮れるよう準備をする。
想司はと言うと、何かを入れて来たらしいカバンを大事そうに抱え、時計を気にしている。
「遅いですね」
と、花がアイロン台から顔を上げた処で、三下が戻ってきた。
「すみません、遅くなってしまいまして……」
と言う三下の手には、大手眼鏡スーパーの紙袋が握られている。
「おっそーい三下さんっ!」
「ご、ごめんごめん……」
想司が素直に不平を漏らしたが、そう怒っている様子はない。
「じゃ、主役が来たところで早速取り掛かるか」
ポン、と隆之が手を打つと、
「こっちは準備出来ました」
と、花がアイロンのスイッチを切る。
「さあさあ、三下さん、真ん中へどうぞっ☆」
散らかった部屋の真ん中へ手を引いて立たせると、3人は三下の周りを囲んで立つ。
イメージチェンジの為と言うよりも、子供の頃にやったカゴメカゴメか何かのようだ。
「眼鏡、どんなものになさったんですか」
花に促されて三下は紙袋から眼鏡ケースを取り出した。
受け取った花が開くと、中には縁のない薄い眼鏡が収まっている。
「あ、良いですね」
現在の黒縁・牛乳瓶の底眼鏡に比べれば素晴らしいものだ。これだけで随分印象が変わるだろう。
早速掛け替えさせたが、残念な事に伸びすぎた前髪であまり効果が現れない。
「髪をセットすれば、また随分印象が変わりますよ。服も着替えて……」
「あんたは姿勢が悪いのも問題だ」
バシッと隆之が背中を叩く。
よろめいた三下を支えつつ、隆之は知り合いのスタイリストやモデルに聞き出した姿勢を指導する。
背筋を伸ばして、顎はやや引き気味。だらりと垂れた手を組ませ、少しだけ歩幅を取らせるとごく僅かだがピリッとして見える。
少なくとも、週末に酔っぱらって電車の中で居眠りしてしまうサラリーマンくらいには。
「まだまだ前途多難だけど随分マシになったね」
と、想司もその変わり様を認める。
「先に着替えて貰いましょうか、髪は最後で……」
シワのないワイシャツとスーツを渡して、着替えるように言うと、隆之も頷く。
「そうだな。折角姿勢が良くなってもこの格好じゃな……。それじゃ、着替える間に髪型を考えよう」
隆之は知り合いのヘアメイクから借りたメンズ雑誌を取りだし、三下に似合いそうな髪型を探した。
花はコンビニで買ったムースとジェル、鋏を散らかったテーブルに並べる。
「仕上げは僕にやらせてよねっ☆」
相変わらずカバンを抱えたまま、想司はにっこりと笑った。


***
1時間後。
髪を切るとなるとやや逃げ腰になった三下をどうにかこうにか丸め込んで……ではなく、説得して、理想の形に揃えた花と隆之がホッと息を付いてケープを外した。
きちんとアイロンの掛かったシワ一つないスーツに、首が絞まる程ピシッと締めたネクタイ。
全体的にすいて軽くなった頭。前髪は少し長めに残して、ジェルで後方へ撫でつけた。
「ホラホラ、姿勢に気を付けて」
背中を叩かれた三下が慌てて丸めた背筋を伸ばす。
「ちょっと失礼しますね」
と、ずれた眼鏡を、花が細い指で押し上げる。
「うーん……変わるもんだなぁ……」
どことなく借り物の様な雰囲気があるが、慣れれば大丈夫だろう。
帰宅した時とは打って変わって、立派なぴりっとしたサラリーマンに仕立て上がっている。
感心しつつ離れたり近付いたりして三下を見る隆之。
「三下さん、素敵です……」
言いながら花は微笑んだ。
「でも、外見を変えてもそれは所詮上辺だけの変化でしかないと思いますよ?」
外見こそパリッとしていても、薄いレンズの向こうの目は頼りなく、自信がなさそうだ。
「問題は、三下さん自身がいかに自信を持つかだと思います。そういった物が表に滲み出て本当にその人の印象を変えるのだと思いますよ」
「は、はぁ……。そうですねぇ……」
しょんぼりとした声は、相変わらずボソボソと聞き取りにくい。
「……ちょっと、厳しい事いってますか?すみません。」
「いっいえっ、とんでもないです。花さんの言う通りで……」
頬を掻く三下。
「そうそう、アンタの言う通り。気にしなくて良いよ」
と、隆之も頷く。
どんなに外見が変わっても、中身が変わらなければ同じことだ。
勿論、中身を変える為に外見を変えてきっかけを作るのは善い事だが。
「私は、今の三下さんだって三下さんなんですから…とても素敵な方なんですから、自分に自信を持って欲しいんです」
と言ってから、ニヤニヤ笑う隆之に気付いて、花は顔を両手で覆った。
「…って、私何言ってるんでしょう…っ。ええっと、あ、想司君、仕上げをするんですよねっ!?」
真っ赤になりつつ、慌てて話題を変えると、三下の変身振りを座って見ていた想司が 勢いよく立ち上がった。
「内容は極めて簡単!」
言って、抱えたカバンから何やら取り出す想司を見て、三下は少しイヤな予感がしていた。


***
「はいっ三下さん。これ持ってっ☆」
想司がカバンから最初に取り出して押しつけたのは、奇妙な棒のようなものだった。
「そ、想司君、これは何かな……」
律儀に受け取ってから、三下は尋ねる。
「吸血鬼ハンターの由緒正しい伝統の武器『釘バット』だよっ☆」
想司は満面の笑みで答え、バットを持った三下を暫し眺める。
何の為に持つのかな、とは三下は尋ねなかった。
「…………?」
「…………?」
予想もしないアイテムの出現に、隆之と花は意味が分からず顔を見合わせる。
「それから、はいコレっ☆」
と、想司は次に取り出したヘルメットを三下の頭に被せる。
「ああっ!」
思わず花が声を上げた。
折角セットした髪が台無しだ。しかもフルフェイス状で顔も覆い隠されてしまう。
「そりゃ一体何だ……?」
「謎な古代文明が造り上げた視界と聴覚を封じるヘルメットだよっ☆」
謎な古代文明とは何だ、とは隆之も花も聞かなかった。
「想司君、これ、前が見えないよ……?」
と言う三下の言葉は無視して、想司は三下の手を引いて部屋を出る。
「あ、ど、何処へ?」
慌てて後を追う花と隆之。
「想司く〜んっ!何だか、音も聞こえないんだけど〜っ!?」
「大丈夫大丈夫っ☆」
フラフラ足元のおぼつかない三下を引っ張って、何処へ行くのかと思いきや想司は建物内を出て裏庭へ向かう。
「みんなが来るまでに、トラップを仕掛けておいたよっ☆勿論三下さんの為にね!」
トン。と背を押して、裏庭にスーツにヘルメット、バットと言った奇妙な出で立ちの三下を放り込む。
一体何のトラップだ、とは、隆之も花も聞かなかった。
突然襲い来る目に見えない、音さえも分からないものから、四つん這いになって逃げる三下。
折角の髪も、眼鏡も、姿勢も、スーツも勿論台無しだ。
「三下さんがダメダメ人間なのは、自分の内なる才能を信じていないからだよっ☆」
例え三下に内なる才能があったとしても、想司の仕掛けたトラップから身を守れただろうか。
ひたすら悲鳴を上げながら頭を振り、手に持ったバットを手当たり次第振る三下に、さっきまでのパリッとした印象は欠片もない。
「はぁ………」
ヒィヒィと裏庭中を情けなくはい回る三下に、花は溜息をつく。
ちょっと涙が出そうだ。
「あ〜あ………」
情けなさ極まる三下の様子に、隆之も溜息を付く。付かざるを得ない。
そんな二人には構わず、腰に手を当てた想司少年は逃げ回る三下に高らかに告げた。
「がんばっ☆(はあと)」
「うわぁぁぁぁぁつひぃぃぃぃっぎゃっ!」
勿論その声は、三下に届いていない。


***
「ご苦労様でした」
と花が差し出すタオルを受け取って、三下は盛大な溜息を付いた。
裏庭に放り出されてから40分程度、結局トラップは全て想司が始末する事になった。
漸く脱いだヘルメットの下を流れる汗をタオルで拭って、三下は背を丸めた。
スーツは泥にまみれ、眼鏡は鼻のあたりまでずり落ち、髪はぐしゃぐしゃ。
涙と泥で汚れた頬には涙が伝う。
結局、生まれ変わる事は出来ないのだと言う寂しさが、どうしようもなく胸に迫る。
どんなに着飾っても、中身は変わらない。
強くなれる訳でもなし、特別な能力を得られる訳でもなし、最終的に、三下は三下のまま。
冴えない男は冴えない男のまま、一生を送るしかないのかも知れない。
そっと想いを寄せる管理人にも、一生気持を伝えられないまま、同じ毎日繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し………。
駄目な男は駄目な男のまま、終わる。
ガックリと肩を落とす三下の背に妙な哀愁と寂しさを感じて、隆之は力強くその背を叩く。
「まぁまぁ、そう落ち込むな!」
よろりとよろめく三下の肩を支えつつ、隆之は精一杯笑ってみせる。
「人間は外見だけじゃないと思うぞ。三下くんは美男ではないかもしれないが人生を背負った深みのある味がある顔だ。カメラマンが言うんだから間違いない」
「そうですよ!三下さんは今のままで充分素敵なんです!変わる必要なんて、ないです!」
慌てて花も隆之に合わせたが、三下は殆ど聞く耳を持っていないかのようにボンヤリと空を見上げた。
「僕の人生って、一体何なんでしょう………」
笑うに笑えない、下手に言葉も掛けられない質問だったのだが。
「どこまで行っても冴えない、三下さんらしい人生だよねっ☆」
と、にこやかな想司の追い打ちを受けて、三下は心身共にめっこりと凹んだ。




end





□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1466 / 武田・隆之 / 男 / 35 / カメラマン 
1476 / 鏑木・花  / 女 / 24 / 喫茶店店員
0424 / 水野・想司 / 男 / 14 / 吸血鬼ハンター
  
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

タイフーン4号の影響で薔薇が駄目になってしまい凹んでいる佳楽です、
こんにちは。
この度はご利用有り難う御座いました。
参加者の皆様には台風の被害はありませんでしたか?あと、地震ですね。
地震・雷・火事・オヤジ。
恐いのは地震だけです。
ではでは、また何時かお目にかかれたら幸いです。