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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


■青い靴の女〜100年の夢〜■

「ねぇ、あなた……なにしてるのよ」
 気だるげな女の声に、ほへ?と瀬名雫は振り向いた。
 そこはとあるネットカフェ。いつものように、雫がパソコンの電源を入れようとしていたところだった。
 てっきり自分にかけられた言葉だと思ったが、どうやら違うらしい。
 髪の長い女性が、宙を見据えてぶつぶつとそう呟いていたのだった。他の客達も気付いたが、拘わるまいとしてそそくさと視線を画面に戻す。
「また、わたしは消えるのね……触っちゃダメって言ってるのに!」
 カッ、と見開いた女の瞳は、青白かった。途端、カフェ中のパソコンが火を噴き出す。
「きゃぁっ!」
 雫は慌てて机の下にもぐりこんだ。客達が逃げていくのと、女の青い靴がみるみる消えていくのが見える。
「消えるのね……」
 その声を最後に、女がすっかり消えてしまうと、雫は急いで机の下から這い出し、ほかのネットカフェへ走った。
「面白いっ! あたしはほかの怪事件も抱えてるから行けないけど、これは調査依頼のメールと掲示板にカキコだ〜っ!」



■Start Up−宮小路皇騎−■

「ええと……雫さんや目撃者からもらった情報はこの程度ですか」
 長い黒髪に黒い瞳の美青年―――宮小路皇騎は、集めてきたデータを自宅の部屋で改めて検証していた。今回は特別報酬が出るというわけでもない。だが、興味をそそられた。
「同様の事件はネットでもやはり話題になっているようですね」
 パソコンを覗き込みながら、ひとりごちる。
 では、コンピュータ施設関係で妙な事件や噂がないか―――。
 ディスプレイの上を神秘的な瞳から生ずる視線が忙しなく動く。
 ふと、その動きが一点で止まる。
「岩清水開発所……」
 コンピュータ関係の施設には間違いないのだが、大きな建物の割に、何をやっているのか分からないという地味なところだ。
「見事にこの開発所の周辺で起きていますね、この一連の事件は」
 薄い唇に、知らず笑みが零れる。
「行く前に、似顔絵の得意な目撃者さんから頂いた件の女性のCGを作りましょうか」
 カタカタ、と皇騎の指が再び動き出す。


■合流、張り込みの末■

 ふと、あまり人気のない通り道で二人の人間の肩がぶつかった。一人は長身の美青年、一人は銀色の美少女である。前者は単に他に気を取られていたからで、後者は好奇心で浮き足立っていたからだった。
「わわっ、ごめんなさいっ」
 慌てて謝る銀色の美少女、海原みあお。
「いえ、こちらこそすみません」
 相手が小さくとも女性と敬意を表し、軽く頭を下げる長身の美青年、宮小路皇騎。
「あ、なにか落ちたよ?」
 皇騎が持っていたバッグから一枚の紙切れが落ちている。
「そちらも何か落としましたよ」
 みあおのほうも、バッグから小さな小物入れのようなものが落ちたらしい。
 お互いに拾い合う。
「これ……恋人の似顔絵……んと、違うな、CGってヤツ?」
「いえ、ちょっと依頼を受けましてね。それに使えるかと思って作ってきたんです」
「依頼って」
 みあおの銀の瞳がきらりと光る。
「もしかして、ネットカフェが爆破されちゃったりしてる事件とか?」
「あ……あなたももしかして?」
 こくこく、と頷くみあおを見て、皇騎は自分から自己紹介をした。仲間なのなら当然だろう。
 みあおも自己紹介を簡単に済ませると、
「それっぽいトコ張り込もうと思って来たんだけど、このフロッピーの中のデータだけじゃ足りなくてさ」
 小物入れの中から、集めたデータが入っているらしいフロッピーを一枚、取り出す。
「ああ、それなら私が大体目安をつけましたから、一緒に行きましょう」
「うわ、ホント? 皇騎って頼りになるっ♪」
 切れ長の瞳にかすかに笑みを湛えながら、皇騎は「岩清水開発所」へとみあおを案内する。
 その建物は周りをぐるりとフェンスで囲っており、岩清水私有地、と書いてある看板のほかにプレート看板に、『高性能コンピュータ・トイ開発所』とあった。
「嘘臭いですね……オモチャの開発所なのに何故何をどう開発しているかを公にしていないのでしょう」
「わかんないけど、とりあえずさ、見物人を装って入ってみたら? やましいことがないんなら、おもちゃの最新の見たいからって失敗作とかでも見たいです〜とか言えば中に入れてくれるんじゃないかな」
「みあおさんの見た目の年頃なら通用しますね。では私達は……そうですね、従兄妹同士ということでその名目で入ってみましょうか」
 じゃあいこ、と好奇心いっぱいに走っていくみあおを、皇騎はゆっくりと追いかける。


■危険なオモチャ■

「ええ、いいですよ、どうぞどうぞ」
 開発部長であり社長でもある岩清水博士はあっさりそう言い、二人を中へと案内した。建物は広いが、あまり従業員がいない。だが、案内されているうちに、陰陽師でもある皇騎は妙な気配を感じた。
 岩清水博士が失敗作の犬型オモチャの説明をしている隙に、彼はみあおを通路の陰へと引っ張り込む。
「なになに? どうしたの?」
「どうもあの辺から妙な気配を感じるんです。もしかしたら例の女性がいるのかも」
 と、岩清水が近寄らずにいた奥のほうの扉を指差す。
 みあおが瞳を煌かせる。
「今ならいけそうじゃない? 入ってドアの鍵閉めちゃえばいいんだよ」
「……少々荒っぽいですが彼女にもう一度会うチャンスならば今しかないでしょうね……」
 皇騎とみあおは互いの顔を見詰め合って頷き、一気に陰から飛び出した。
「あっ、君達!?」
 岩清水博士が慌てて追いかけてくるが、初老の男性と若い二人とでは体力が違う。皇騎とみあおは扉を開け、中から鍵を閉めた。
 薄暗い、小さな部屋だ。机以外何もない。
「開けろ、開けなさい! その鍵は中からと『彼女』しか開けられないんだ!」
 どんどんと扉を叩きながらの岩清水博士の言葉に、二人は怪訝な顔をした。
「彼女ったって……女の人なんかいな、」
 言いかけてみあおは、机の上に乗っている小さな小さな5センチほどの人形を見つけた。
 女性の形をしていて、青い靴を履いている。
 そして、皇騎の作ったCGのイラストと顔が酷似していた。
「まさかコレが?」
 みあおは人形を手に取り、しげしげと見つめる。聞こえていたらしい岩清水博士が応えた。
「そうだ……『彼女』は私が作り出したチップだ……。だがまだ試作品なんだ」
「なるほど……人間の女性として具現化したのは試作品であるがゆえのこと。そしてネットカフェ爆破もですか?」
「当たり前だ、私はコンピュータを爆破するのが目的で『彼女』……ブルーベルを作ったわけじゃない!」
「で、本当はこのチップは何が目的のものなんです?」
 相手を見てもいないのに、扉に向かって皇騎は目を細める。
「……キーワード不要の暗号チップだ」
「どーいうこと?」
 意味の分からないみあおが尋ねると、岩清水博士は、こう簡単に説明した。
 例えば銀行口座なんかでもネット上で引き出し、どこかに振り込むにもキーワードがいる。それを知るには普通の人間ならば至難の業だ。それが大きな組織、FBIやCIAに入り込もうとすればそれだけリスクも負う。
 だがこのチップ、『ブルーベル』はキーワードを必要としない。
 それをどこかのコンピュータにセットすると、どんな暗号でもキーワードなしで解除してしまう。それが一般人の個人情報であれ銀行口座であれFBIであれ。
「世界を変えられる……」
 この時ぞくりとしたのを、『ブルーベル』の『生態』を知っただけと無意識に思った皇騎は油断していたのだ。
 否、
 油断ではない。
 それだけ想像を超えていたのだ。
「ああ……」
 扉の向こうで、博士が嘆くように言う。
「まだ彼女を休ませなければいけないのに……人が入ったから起きてしまった……」
「!」
 嫌な空気と予感に、皇騎は振り向いた。
 いなかった―――そこにいるべき、『ブルーベル』を持ったみあおが。
 そしているべきでない青い靴の女、『ブルーベル』が代わりに具現化していた。
「また、犠牲者が二人か……」
 博士のあきらめたような嘆きを聞きながら、皇騎は急激に変わっていく部屋の様子を表情を厳しくして、それでも冷静に観察した。
 間もなく部屋は底なしの青黒い無限空間となり、扉も唯一あった机も消え失せていた。
「岩清水博士。一つお聞きしたい」
「なんだね?」
 か細いほど小さくなった博士の声が返って来る。
「彼女―――『ブルーベル』チップには、何らかの形で霊力か何かが関係していますか?」
「何故そんなことを聞くのだね? それは私の専門ではないから正確には分からないが、」
 と、博士は言う。
「『ブルーベル』にモデルがいたのは確かだよ。私のかつての助手で、魂を使えばチップも霊力を持って、より『強力』になるのではないか、と言っていた女性がいた」
 そしてその後間もなく彼女は亡くなり、密かに彼女を愛していた若き岩清水博士は、彼女の死体を原子単位まで分解し、それをチップに集積したのだという。
「それなら、」
 皇騎の顔にようやく不敵な笑みが表れる。
「霊力はしっかり関係していますね。どうやらみあおさんを探し出せそうだ」
 何をする気だ、彼女に害を加えるなと喚く博士を放って置き、皇騎は何十枚もの式神を放つ。
 感じで分かる。この青黒い空間は既に彼女『ブルーベル』チップの中―――即ちネットの中と同じことだ。皇騎もみあおも恐らく引き込まれてしまったのだ。
 やがて一枚の式神が一点で光り、隠されていたみあおが、どこからか無限に現れている配線に囚われた格好で『出て来た』。
「皇騎〜、なんかみあお捉まっちゃったよ」
 こんな時でも困ったようにでも笑うみあおは、逞しい。貴重な存在だ、と皇騎は思った。
「今助けてあげます」
 それは、『ブルーベル』に向けた言葉か。みあおに向けた言葉か。
 天の数歌―――鎮魂術を唱え始める。
「この配線邪魔っ」
 もがくみあおを見ながら、唱え終わった皇騎は―――愕然とした。
『ブルーベル』が二人に増えている。いや、片方は限りなく透き通ってはいたが。
「みあおさん……今、私がなんと唱えていたか少しでも覚えていますか」
 もしやという思いが彼の頭をよぎる。
 みあおは「へっ?」という顔をしながらも必死に思い出す。
 なにしろ術の文句など難しいものが多い。それでも彼女は最初のほうだけをなんとか口にする。
「えっと、ふるべがゆらゆらとかなんとか……あと、鏡とか剣とかの名前を羅列してたよ」
「それは」
「それは?」
 みあおが配線に囚われながらも身を乗り出す。
「鎮魂術ではない……布瑠の言、死者蘇生術です。相手のほうがうわてだ―――この私が知らないうちに全く逆の術を唱えさせられたとは、ね」
「なんかでも、このヘンな空間ってブルーベルチップのいわばテリトリーなわけっしょ? ならそーいうこともありえるんじゃないかと思うんだな」
 だから、とみあおは続ける。
「二人で協力しあわなきゃ浄化っていうのか破壊っていうのかわかんないけど、出来ないと思うなぁ」
「みあおさん、そんな状態でなんとか出来るのですか? あなたをまずこれ以上引き込まれないように助けたかったのですが―――」
「うん、気持ちはうれしーんだけどさ」
 みあおはにこっと笑う。極上の健全たっぷりな笑顔だ。
「一緒に依頼受けたからには一時的にでもその時は仲間っしょ!」
 まっかせなさい、と、みあお。
 皇騎はついつられて、ふっと笑みを浮かべた。
「そうですね。すみません。女性に無理はさせたくなかったのですが、このままではもっとあなたがひどいことになってしまう」
「そゆこと」
 つまり、と二人は現状を把握する。
 皇騎が死者蘇生術を唱えさせられたせいで、『ブルーベル』のモデルである女性の魂がチップから少しでも出て来たのだ。『ネット』の中―――電脳世界だから完全には蘇生しなかったのだろう。
「では、みあおさんは『出て来た』ほうを主に頼みます」
「あいよっ」
 皇騎の声に、みあおは集中を始める。
 皇騎もまた、集中に入る。今度は両手ではなく片手だけで印を組み、もう片方の手は何かを探るポーズで止めている。
 女性二人―――『ブルーベル』チップと『モデルの女性』も黙っているわけでは勿論ない。それぞれ二人に向け、手をゆっくりと挙げて来る。
「霊羽っ!」
 皇騎よりみあおのほうが早かった。
 みあおの身体から大量の羽が放出され、女性の魂のほうへと一斉に襲い掛かる。
 そして皇騎のほうも準備が済んだ。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前」
 するともう片方の手に、妖刀が出現する。
「なるほど、その手で指で攻撃をして来るというのなら」
 皇騎は『ブルーベル』に冷たい笑みを見せる。
「北辰一刀流奥義の一つ―――見せてあげましょう」
 ようやく力の弱くなった身体中に絡み付いていた配線を剥がしながら、みあおの目に映ったのは、一瞬にして『ブルーベル』の指だけを切り落とした皇騎の姿だった。
「う、わぁ……」
 これでは何の攻撃ももはや出来まい。例え一般の武人でも。
 そして皇騎は止めを刺した。
「破っ!」
 妖刀をもう一度大きく振ると、それは『ブルーベル』の心臓を確実に貫いた。途端、見る間に空間が元の部屋へと戻っていく。
 いや、―――
「皇騎っ、この建物すごい勢いで壊れ始めてるっ!」
 見ると、みあおが持っている青い靴の女性型の人形に皹が無数に入っている。
「失礼!」
「うきゃ、」
 皇騎に抱き上げられ、みあおは全速力で走る彼と共に建物から脱出を計る。
 間一髪、建物の入り口を出たところで建物は廃墟と化した。

■夢の終わり■

「あ、……」
 地面に下ろされたみあおは、廃墟の中に岩清水博士の姿を見つけて駆け寄った。何故か身体が透けていっている。
 従業員達の姿は既にない。
 逃げた、のではないだろう。皇騎とみあおは推測する。
「もしかして博士とかってもうホントは死んで、た―――?」
 みあおの言葉に、岩清水博士は小さく頷く。か細い声で、言った。
 100年、と。
「100年―――彼女が核となってこの開発所を支えてくれていた―――私や従業員の命すらも―――」
「彼女ならまだ、そこにいますよ」
 皇騎が博士の背後から近寄って来る透き通った美女を見つける。
「そっか、さっきの皇騎が唱えさせられた死者蘇生術で中途半端に復活した魂だ」
 みあおの正解に、ただ頷くのみの皇騎。
 現実世界で死者蘇生術を何人分も、しかも既に死体もないのに出来る術も力も彼はまだ持っていない。皇騎とみあおに出来るのはただ、夢を追い続けた彼らの最期を看取ることだけ……。
 ああ、と博士の瞳から涙が零れた。
「言えなかった。言えなかった。鈴子―――きみを、ずっと愛していた」
 魂の彼女―――鈴子はそっと微笑む。
 微笑み、博士の頬をそっと両手で包み込む。
<共に逝きましょう。今度こそ。青爾さん―――わたしも、あなたをずっとお慕いしていました>
 一緒に夢を見た。
 少しの仲間と。
 愛する者と。
 例えそれが穢れた夢であったとしても、心は純粋だった。
 どこまでも純粋だった―――。
<疲れたでしょう―――共に冥りましょう、青爾さん―――こうしてずっと抱きしめていてあげるから―――>
「ああ……夢は終わるんだな……。100年がやっと終わるんだな……お前のいない夢が……やっと……」

 長かった―――

 その言葉を最期に、みあおの持つ人形が完全に崩れ去ると同時に彼らもまた消滅した。



 夢の終わり。
 それは決して不幸とばかりではない。
 何故なら、愛する者のいない夢はどんな苦しみよりも深いから。


 ―――やっと
 ―――やっと、終わったんだ、何もかも……


 その安堵の思念は、いつまでも―――そう、今でもその廃墟の中に、愛しさと共に存在している。






《完》



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
☆1415/海原・みあお/女/13/小学生☆
☆0461/宮小路・皇騎/男/20/大学生(財閥御曹司・陰陽師)




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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東瑠真緩(とうりゅう まひろ)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。

特に『電脳世界』ということだったので皇騎さんの能力が大全開でしたが、それもみあおさんの助力がなくては出来なかった特別な空間でしたので、逆に楽しんで書けました。お二人にも楽しんで読んで頂けて、そして何か心に残って下されば幸いです。

「夢」と「命」、そして「愛情」は私の全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。それを今回も盛り込むことが出来て、ライター冥利に尽きるというものです(笑)。本当にありがとうございます。おかげでサブタイトルまでつけてしまった始末でした(笑)。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今回はパソコンの故障で大変お待たせしてしまい、ご迷惑をおかけしてすみませんでした;
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆