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幻光蝶
◇OPENING
── 都内某所にある高屋総合病院・整形外科病棟三〇一号室 ──
「た、助けて下さい!!お、俺は見たんだ。……七色に光る蝶が私の上で──…
まだ死にたくない!!死にたくない!!」
「落ち着いて下さい。山田さんは骨折で入院されているんです。死ぬことはありません」
「……アノ蝶を見た奴が死んでいってるのを、知らないとでも思っているのか!!頼むよ、看護婦さん。俺を助けてくれ!!」
錯乱状態のこの患者は、看護婦の言葉を聞き入れることなく、ただ「助けてくれ」と繰り返すだけ。
看護婦も困り果て、鎮静剤を使って彼の興奮を押さえ込むことにしたのだが、彼の声は夜中でも院内に響き渡り、他の患者からも不安視する声が聞こえだした時だった。
蝶を見たと訴えて、三日後──
彼は「幻光蝶に導かれたので、この世を去ることにします」という遺書と共に、病院の屋上から投身自殺を図り、その一生を終えたらしい。
話し終えた依頼主である高屋の言葉に、それを聞いていた草間が「なるほど……」と小さく声を洩らす。世の中漫画キャラクターの生誕だの、科学は日々進歩しているだの聞こえてくるが、此処ではそんな話題が嘘のように思えてくる。
というのも仕事依頼の九割を、不可思議現象の解明に取り組んでいる草間興信所では、珍しくない内容だからだ。
「その蝶が現れ出したのは、いつ頃からですか?」
目の前で肩を落とす高屋に、草間は灰皿に煙草を押し消しながら訊ねてみる。
「……そうですね……二ヶ月ほど前からでしょうか。最初は七色に光る蝶なんているわけもないので、見間違えたんだろうと誰も相手にしてませんでした。けれど既に五人の患者がそれを見て、死ぬはずもないのに死んでいるんです」
「なにか恨みを買われるようなことは?」
「ありません!今までに医療事故を起こしたこともないし、トラブルになったこともないんですから」
確かにこの高屋総合病院は、地域でそこそこ有名らしく、患者の信頼もあるようだ。
なら蝶は何故この病院に現れたというのだろう──。
「蝶を見たと口にして死亡した患者はこれで五人目です。死んだ人は必ず「七色に光る蝶が羽ばたいていた」と口にしてから、三日後に死んでいます。
それと──…」
「それと?」
言い澱む高屋に、草間は下げていた頭を持ち上げて壮年の男性を見上げる。
そこには苦悶の表情をしている依頼主の顔があった。
「昨夜また一人、蝶を見たという患者が出たんです。患者は内科病棟二〇一号室に入院している『横山・慎二(よこやま・しんじ)』くんと言って、まだ7歳の男の子なんです」
このコまで死なせるわけにはいきません、と高屋が唇を噛み締めて言葉を紡ぐ。
まだ未来のある少年まで、蝶の餌食にさせるわけにはいかない。
「判りました。この依頼、お引き受けしましょう」
眼鏡の奥にある瞳が、高屋を安心させるように強い光を放った。
「残された日にちは、あと2日だ。これ以上の被害を出さないためにも宜しく頼む」
はたして幻光蝶と呼ばれる、”死蝶”から少年を助けることが出来るだろうか。
ヒラリ、ヒラリ───
今日も院内の何処かで、幻光蝶が飛んでいるのかもしれない……。
◇SCENE.2-朧月・桜夜/神薙・春日
神薙・春日(かんなぎ・はるか)は病院内に設置された、案内を見上げていた。階によって病棟が分けられた此処で、目的の人物がいる部屋は何処なのかを探すためだ。
「しっかし草間ちんも面倒な仕事ばっか、持ってくるよなぁ。──…見たら必ず死ぬ蝶……ねぇ…」
それに一緒になって案内板を見上げていた朧月・桜夜(おぼろづき・さくや)が、長い髪の毛をふんわりと指先で梳きながら隣りへと言葉を掛けた。
「草間さんに面倒じゃない仕事ってあったっけ?あたしの記憶にはないけど」
「まーそうだけどな。って……おまえ、その手にしてるのはなんだよ」
見た目はナースに負けず劣らずな愛らしい天使っぽい桜夜だが、どうにも服装とのミスマッチ、いやそこだけ夏先取り!な様相に春日が一歩…また一歩と距離を取る。
「ちょっと、かすが。なんで距離を取るのよ」
失礼しちゃう、と桜夜は、手にしたもので肩をトントンと叩く。
「だーかーらー!その虫取り網と籠、そしてなんでか俺が持っている鞄はなんだって聞いてんだよ!!」
「男がレディの荷物を持つのは当然でしょ。それとコレは……秘密♪」
「胸もねーくせに、レディ言うな。ついでに秘密も何も、すぐ判……うがっ!!」
ぼそっと呟いた一言に、桜夜の呪符がペタリと貼られた。
「さ〜、かすがくん。まずは院内を歩きましょうねぇ♪」
笑顔を絶やさないのに怒りのオーラを発しつつ、身動きが取れなくなった春日を引き摺る桜夜は、まず院内の霊視をするため散策を開始する。
しかし二人の姿を目撃した患者達が、桜夜に熱い視線を送ろうとして、視線を逸らしたのは言うまでもないだろう。なんとか呪符の効果を解いてもらって、隣りを歩いている春日も「おまえらの気持ちはよーく判るぞ!」と心の中で賛同したとか……。
そんな二人が向かったのは、事務局だった。
桜夜の提案で、何か気付いたことはないか、ナース達以外からも訊いてみようというのである。
事務局には女性一人と男性一人がパソコンを前に仕事をしていた。他の人達はどうやら、院内を行ったり来たりしているらしい。
「蝶のことで、こちらの院長から調査を頼まれた草間興信所の者です。少しの間、お時間宜しいですか?」
「あら、随分若い人が……いいですよ。院長には協力するように言われてますから」
モニターから視線を外した女性職員が、二人をソファーへと招く。桜夜は対面するようにソファーに座ったが、春日は窓際に立って外の様子を眺めていた。
「では早速伺いますが、この二ヶ月の間に、何か変わったことはありませんでしたか?院内でも院外でもいいんですけど」
「院内では……これといって変わったことはありませんでしたね。ドクターが変わったこともありませんし、患者さんとのトラブルも此処はありません」
「んじゃ院外はどーなんだ?近くで交通事故があったとか」
春日の言葉に、ん〜と言いながら女性は考え込んでしまう。
やはり何もないのだろうか?
けれど時期があるということは、その頃に何かがあったはずなのだ。今回の調査をしている皆が、それは気付いていることだった。
桜夜は女性を見つめ、なんでもいいから思い出して、と心の中で願う。
すると暫く考え込んでいた女性が、「そういえば!」と少し大きな声を出した。
「二ヶ月前に、近くの墓地が移転してました。といってもそんなに距離のある場所じゃないんですけど」
「墓地の移転?」
桜夜と春日は互いに顔を見やる。
「道路の建設予定地になってしまったので、墓地を移転したんです。確か病院を挟んで、反対側に移転になったと思いますよ?」
外を眺めていた春日は自分の視線の先で、シャベルカーが稼動しているのを目撃した。女性職員の言う通りなら、たぶんあそこが移転先だろう。言われてよく見てみれば、墓石が立ち並んでいる。
ソファーに座っていた桜夜を手招きした春日は、指先をその場所へと向けた。
「たぶんアレだな」
「そうみたいね」
蝶が現れた時期と墓地の移転時期が一致している。
それを知った二人は、一先ず事務員にお礼を言って、その場を後にすることにした。
エレベーターが降りてくるのを待っている間、二人はお互いの考えを周囲の人に聞こえないように、小さな声で話し出す。
「見たら死ぬってことは、アタシ達も三日後には導かれちゃったりするのかしら?ウェディングドレスを着るまでは死ねないんだけど」
「どーだろうな。つか嫁の貰い手あるのか?ねーだろ」
大笑いする春日に、本日二枚目の呪符が貼られた。
「コホン……それで本題だけども、どういうことだと思う?アタシは死者の魂とか、お迎えって説を考えていたんだけど」
「あー俺は『そういう系』の知識とかねーし、よく分かんねーけど……蝶は死のシンボルって話はどっかで聞いたことあんだよな」
「死のシンボル……」
「……なんて関係ないか」
なんとか呪符から抜け出し、ははは、と笑う春日。けれど本当に関係ないのか。
「かすがの考え…一理あると思う。墓地の移転、そして死のシンボルと言われる蝶が現れたことは、無関係じゃないんじゃない?」
「あーやっぱり?俺もさっき自分で言って、それは感じてたんだよ。俺ってば案外使えんじゃねーの?」
さっきとは違う笑み─自信満々な笑み─をする春日に、桜夜は盛大な溜息を付いて一歩…また一歩と距離を取ってみる。何故なら二人の他にも、エレベーターを待っている人はいたからだ。
春日の姿は確実に美少女路線であり、瞳の色が金色でまた神秘的なのだが、ここは病院である。しかも総合病院であることを、考慮しないといけないだろう。
「可哀相に……。ここって精神科もあったんだねぇ」
「まだ高校生くらいよね。急に暴れたりしないかしら?」
「ご家族も大変だと思うけど、頑張ってね」
「えっ………」
肩を叩いて、階段へと向かった他の待ち人に、桜夜は言葉を飲み込んで見送る。それしか出来なかった。家族じゃないです!誤解です!と言い訳しようにも、相手は既にいない。
桜夜は階段を見つめたまま、動けず固まった。
「ん?どうかしたのかよ?」
すると固まったままの桜夜に気が付いて、春日が全く気付かぬ様子で声を掛けてくる。しかもエレベーターが丁度到着してしまったらしく、本人はさっさと乗り込んでしまう。
「さっさと来ねーと、一人で上行っちまうぞー!」
小声で聞こえていなかった春日は、動かない桜夜に最終宣告のような言葉を掛けた。きっと本人の耳に届いていたら、「俺のどこが危険なんだよ!!」と凄まじい勢いで言ったことだろう。
そう考えれば、結果オーライということ……で。
「今行くわよ」
扉の閉まったそれは、上へと昇って行く。
壁に凭れるように立った春日と、中央で階を知らせる数字を見上げた桜夜は、チンッと到着を知らせる音を聴いて、ゆっくりと内科病棟二〇一号室へと歩を進める。
コンコン。
ノックをして入ったそこは、真っ白なカーテンとクリーム色の壁と天井。殺風景かと思いきや、壁には絵が飾られていたり、花が置かれていたりする。色がないわけではないようだ。
そしてその部屋は四人部屋で、窓際の一番奥に一人の少年がポツンと座っていた。手には携帯ゲームが握られ、真剣な眼差しで熱中している、というところだろうか。
「アイツだな」
春日はスタスタと少年に近づくと、片手を挙げて「よっ♪」と笑顔を向ける。
「誰?お兄ちゃん??」
少年─横山・慎二(よこやま・しんじ)─はゲームを一時中断して、春日を見上げた。入院している所為か、知らない人から声を掛けられたというのに、慎二は疑った様子を見せない。
「俺らは、蝶々を捕まえに来た人だ。ほら、そこの姉ちゃんなんか虫取り網に籠まで持ってるだろ」
「あ、本当だ。蝶々さん、捕まえても逃がしてあげてね。可哀相だから……」
入院している自分を蝶とでも思ったのか、慎二がしゅんと項垂れる。それに桜夜が、ベッドに腰掛けながらにっこり微笑んだ。
「慎ちゃんは優しいんだね。そうだ。蝶々さんを見たときのことを、お兄ちゃんとお姉ちゃんに教えてくれないかな?」
「うん。いいよ♪」
笑った慎二は、見たときのことを話し始めた。
「うんとね、蝶々さんが窓からスーって来たの。それで綺麗だなぁって見てたら、フワフワ飛んで、そこの壁に消えちゃった」
言って慎二はドア側の壁を指差した。
その方角は……先ほど事務員から聞いた墓地の移転先と同じだ。
桜夜が視線で合図を出すと、春日は慎二を挟むように隣りへ座り、少年の肩を抱くように手を回した先から、己の能力で過去と未来の出来事を読み取った。もっと詳しい情報を彼から引き出す為、予見者としての能力を使う。
春日に見えるビジョンは徐々に鮮明になり、やがて少年が蝶を見た時の様子が明らかになった。
そこには窓をすり抜けるように現れた蝶が、光の加減で見えたり見えなかったりしながら、ふわりふわりと病室を飛んでるのが見える。そして少年が気付いた時、蝶は少し旋回しつつ何かを探すように、また一直線に飛んだ。そのまま蝶は壁に向かい、消えるようにそこから居なくなる。
そこで春日は視る時間を少し未来へと進め、少年の命がどうなるか確かめることにした。 見たら二日で死ぬ、なんて言われたら確かめなくてはならない。
慎二が死ぬ未来が視えてしまうのかを……。
けれど春日が視たビジョンは、笑って母親らしき女性と喋っている姿だった。死んでいない。それが春日の胸に響く。
「ねぇ僕、死んじゃうの?蝶々さんを見たら死ぬって…他の人が言ってるの聞いちゃったの」
「それは……」
未来を見ることが出来ない桜夜が返答に困っていると、予見を終えた春日がわしわしと少年の頭を撫で、にっこりと笑った。
「絶対に大丈夫だからな。俺達を信用しとけ」
「うん。お兄ちゃん、ありがとう♪」
それは未来は続くことを桜夜にも知らしめた。
丁度その時、話が一段落したのを見計らうように、病室の扉がノックされる。
入ってきたのはシュライン・エマ(─・─)と海原・みなも(うなばら・─)の二人だった。
◇SCENE.3-蝶を待ち、蝶を見る
「よっ、お二人さん。調査はどうだったんだ?」
シュラインとみなもの姿を見つけた春日は、ベッドから降りると「こっちは収穫アリだ」とニッと笑みを作る。
「私達も判ったことがあるんです」
「ここじゃなんだから……ちょっとこっちで話しましょうか」
シュラインが慎二のベッドから対角線の位置へ移動し、他三人も同じように隅へ移動した。慎二はまたゲームを始めたようで、こちらへの関心はないようだ。
「それでどんなカンジだったわけ?」
手にした虫取り網を振りながら、桜夜が口火を切る。
「こっちが入手したのは二つね。一つは…ちょっとこれを見てくれるかしら」
シュラインは言いながら、持ってきた院内の見取り図をベッドの上に広げた。赤いペンで印がされているそれは、どうやら蝶を見たことで亡くなった患者さんが入院していた部屋の位置らしい。
「一人目と二人目が外科病棟の五階・四〇一号室。三人目と四人目は内科病棟の二階・一〇一号室で、五人目が四階・三〇一号室。……そして六人目である慎二君の病室が三階・二〇一号室」
「見て下さい。全部同じ位置にある病室ばかりなんです」
そう言ってみなもがペンを走らせ、縦一直線に並んでいることを伝える。
「何これ!?偶然じゃないわよね?」
「偶然だったら、楽しいだろーよ」
ムッとする桜夜と気にした素振りを見せない春日に、みなもは少し戸惑うように「仲良くしましょう」と声を掛ける。いや二人とも喧嘩しているわけではなく、こういう性格の二人が、たまたま一緒に行動した結果なんだ、とは誰もみなもに教えてくれなかった。
「はいはい。喧嘩は依頼を片付けてから、好きなだけして頂戴。それより二つ目の報告するわよ」
逆にシュラインは我関せずを貫く。桜夜の「喧嘩なんかしてない!」という抗議は、今日は言葉を飲み込む日なんだ、とちょっぴり悲しくなりつつではあるが……却下された。
「どうやら亡くなった人は全員、その蝶に触れている可能性があるのよ」
「触った……の?」
「はい。皆さん、追い払ったり捕まえようとしたらしいんです」
「俺達が得た情報も付け加えると、なるほど……そういうことなのかもな。もし触ったことで死を招いたなら、慎二の未来に死がなかったのも頷けるか」
春日は聞いた内容を纏めるように、トントンと見取り図を軽く叩く。
「どういうことなの?」
「アタシ達が聞いた話だと、蝶が現れ出した二ヶ月前、病院を挟んで墓地の移転があったらしいのよね。それと偶然じゃないと思うんだけど、慎二君が見た蝶の出現が、移転前の場所から移転先ってオマケも付いてたりする」
「それって……こういう方向なんですか?」
みなみが見取り図に視線を落としながら、ペンをスッと動かした。動かしたのは、蝶を目撃した人達の病室だ。
「目視した程度だからなんとも言えねーけど、墓地の位置は丁度そこらへんが中心っぽいな」
春日の言葉に、誰の頭にも同じことが思い浮かぶ。
幻光蝶とは……墓地から墓地へ移動している死者の魂ではないのか。
「そうなら万が一も考えて入院している人を、別の病室にしてもらった方がいいんじゃないかしら?」
シュラインが見取り図に視線を落としながら、口を開く。
「そうだな。そうした方がいいかもしれねー」
「それじゃ……かすが任した」
春日の肩をポンと叩き、桜夜がにっこりと微笑みを浮かべた。
「なんで俺なんだよ」
「アタシは慎ちゃんの護衛も兼ねて泊まりこむから」
「あ、私も慎二くんの傍にいようと思ってます」
「私は武彦さんところの掃除に行かないと」
「関係ねーじゃん!!」
女性陣に若干遊ばれてつつ、春日は「わーったよ。看護婦に言えばいーんだろ!」と投げやりな言葉を口にする。
その時四人の声が大きかったのか、みなものスカートを引っ張って慎二がちょこんと顔を除かせた。
「お姉ちゃん達、お泊りしてくの?」
それに桜夜とみなもが泊まり込むと口にした途端、慎二の顔がパァと晴れやかなものになる。部屋は四人部屋なのだが、蝶のことで他の入院患者は皆部屋を替わって貰ったらしく、慎二は一人きりだったようだ。
「お姉ちゃん達が一緒に寝てあげる。もう寂しくないよ」
「そうですね。でも消灯時間は守らないと、看護婦さんに怒られてしまいますけど」
クスッと笑うみなもに、うっと言葉を詰まらせる桜夜。それを見てシュラインが溜息を付き、春日は鼻で笑った。
「兎に角、明日が勝負ね」
シュラインの言葉を聞き、その日は解散する。
その夜。みなもと桜夜が居ることに安心したのか、慎二は消灯前には眠りへと落ちていった。
桜夜の渡した護符をギュッと握りしめて。
翌日。
いつ現れるとも判らない蝶を迎え撃つ為に、四人は午前中から慎二の部屋に集まっていた。
シュラインは歓談しつつ、空気の変化はないか神経を研ぎ澄ます。
春日はやることがねー!と、慎二とみなも相手にトランプをしつつ、みなもは慎二の警護をするために始めたトランプで連勝していた。
そして残った桜夜は病室で虫取り網を振り回し、捕獲の準備に余念がない。
「なー、ずっと気になってたんだけどよ。普通の蝶じゃねーのに、そんなんで捕まえられねーんじゃねーの?」
「甘いな、かすが。これには霊力を込めてあるのよ。だから幻光蝶だって捕獲可能」
自信満々に応える桜夜に、ぽつりとみなもが質問を投げ掛ける。
「……あの…蝶々を捉えた経験はあるのですか?」
「えっ……ないけど……」
続け様にシュラインも言葉を漏らした。
「意外とすばしっこいのよね、蝶って」
「うっそ……」
更に慎二までもが、笑顔で言う。
「間違っても握り潰したら駄目だよ?」
「えっと……」
そして最後は、やはり春日だった。
「お前……馬鹿だろ?」
「あんたにだけは、言われたくないわよ!!!」
虫取り網を片手に春日に怒鳴った瞬間、
「桜夜、静かに!!」
シュラインの真剣な声が病室に響き渡り、彼女がそっと指差した先には、光に透過しながら蝶がふわりふわりと飛んでいる。その姿は今まで見たことのある蝶とは違い、どこか優雅でありながら寂しい感を漂わせた。
それに慎二は蝶々が現れたと純粋に喜んでいる。無垢な魂は、死というものをまだ知らないのかもしれない。それがどれだけ寂しいものかを。
「とりあえず捕獲しちゃわないと!この部屋から出したら駄目!!」
桜夜が網を振り回して蝶を捕らえようと病室を駆け回ると、みなもが慎二をぎゅっと抱き締めて蝶が触れないようにする。けれどそのままでは逃げた蝶が触れてしまうかもしれない。
「みなもちゃん、布団を被って!」
「はいっ!」
シュラインに言われた通りに、みなもは慎二と布団の中に隠れる。それを確認したシュラインは逃げ道である壁側に立った。
蝶はひらり、ひらりと病室内を逃げ回る。
「もう!捕まらない!!」
「貸せ!!こういうのは男の方が得意なんだよ!」
奪い取るように網を手にした春日は、闇雲に振り回してた桜夜とは違い、蝶の動きを目で追いながら一瞬の動きでそれを動かした。
中には幻光蝶がパタパタと逃げれなくてもがいている。
「いーい。籠に移す時が肝心なんだから、ヘマしないでよ」
「お前に言われたくねーよ」
「そこの二人。さっさと行動してちょうだい」
何故か火花を散らす二人に、シュラインは米神を押さえて「頭痛がしそう」と溜息を付く。そのまま布団を被っている二人の元へ移動して、布団を二度、三度と軽く叩いた。
「とりあえず蝶は捉まえたわ」
その言葉を聞いて頭を出した慎二は蝶を心配そうに見つめ、みなもはまだ予断は出来ないと、慎二を抱き締める。
「二人とも、頑張って下さいね」
心配そうにみなもが声を掛けると、春日と桜夜は網に捉われた蝶を触らないように、慎重に籠へと移した。
蝶は籠の中で逃げ道を探すように羽ばたいている。
「ふぅ、捕獲成功」
「なー蝶が墓地で眠っていた魂ってことは、これ一匹じゃねーよな?ならさ、この蝶を説得して迂回してもらうことは出来ねーかな。聞いてくれるかは、判んねーけどさ」
蝶を眺めながら、春日が訊ねた。
「そうですね。また誰かが触ることがあると思いますし…」
「………で、誰がその説得をするの?」
「「「…………」」」
シュラインの言葉に、全員の動きが止まる。シュラインは音専門の能力だし、みなもは水を使った能力に長けている。春日は予見が主な能力としている為、説得するには使えないだろう。
となれば………。
「なんでアタシを見るわけ?……判ったわよ、やってみる」
全員の視線に気付いて桜夜は蝶の式神を召喚し、それを通じて幻光蝶へと説得を試みた。最初は籠の中で暴れていた蝶も、次第に落ち着いてきたのか静かに羽根を休め、そしてまた羽をぱたぱた動かし始める。
「たぶん成功してると思うんだけど……」
その様子を見て桜夜が、若干不安そうに籠を皆に向けた。
「なら逃がしてみるか」
「お兄ちゃん、僕にやらせて」
ベッドに座っていた慎二は床に降りると、笑顔ではなく子供ながらに真剣な顔付きでお願いする。もし説得が失敗していれば、慎二が触ってしまうかもしれないのだが、少年の強い意思に春日は籠を手渡した。ただし桜夜に霊干渉を無効化する護身符を貼った上でだが。
「いいか。触らないように気をつけるんだぞ?」
「うん。大丈夫」
そう言って慎二はゆっくりと籠の戸を開けていった。
蝶はゆっくり上昇してから、ふわりふわりと病室を飛びながらそっと消えて行った。
向かった先は……入ってきた方向、墓地があった場所に向かってだ。
どうやら桜夜の説得は成功したらしい。
「蝶々さん、早く皆に会えるといいね」
窓の外を眺めながら、慎二が嬉しそうに呟いた。
そしてそんな少年を見つめていたシュラインが言う。
「亡くなった人は道を妨害したから……なのかしら?」
「断定は出来ませんが、恐らくそうだと思います」
「最初に墓地に向かった蝶が、そういう道で飛んだから、かもね」
全てが判ったわけではないけれど、これで少年の命は守られ、そしてこの病院で幻光蝶が目撃されることはないだろう。
「さて草間ちんに報告しに行くか」
春日が背伸びをしながらドアへと向か……おうとしたのだが、その両手には桜夜とみなもの鞄が握られた。男の子、というだけで荷物持ちに決定したようだ。
「春日さん、すみません」
恐縮するみなもに、ハハハと乾いた笑いを浮かべ、春日達は病室を後にした。
幻光蝶は今も屋外でヒラリ、ヒラリ、と飛んでいることだろう──…。
【了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0444】朧月・桜夜(おぼろづき・さくや)
→ 女/16歳/陰陽師
【0086】シュライン・エマ(─・─)
→ 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
【0867】神薙・春日(かんなぎ・はるか)
→ 男/17歳/高校生・予見者
【1252】海原・みなも(うなばら・─)
→ 女/13歳/中学生
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■ ライター通信 ■
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東京怪談「幻光蝶」にご参加下さり、ありがとうございました。
ライターを担当しました佐和美峰と申します。
作成した作品は、少しでもお客様の意図したものになっていたでしょうか?
◇SCENE.1がシュラインさん、海原さん
◇SCENE.2が朧月さん、神薙さん となっております。
◇SCENE.3は共通です。
OMCの不具合でお届けが延びた上に、納期ギリギリで申し訳ありませんでした。
佐和拝
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