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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


幻光蝶

◇OPENING

 ── 都内某所にある高屋総合病院・整形外科病棟三〇一号室 ──

「た、助けて下さい!!お、俺は見たんだ。……七色に光る蝶が私の上で──…
まだ死にたくない!!死にたくない!!」
「落ち着いて下さい。山田さんは骨折で入院されているんです。死ぬことはありません」
「……アノ蝶を見た奴が死んでいってるのを、知らないとでも思っているのか!!頼むよ、看護婦さん。俺を助けてくれ!!」

 錯乱状態のこの患者は、看護婦の言葉を聞き入れることなく、ただ「助けてくれ」と繰り返すだけ。
 看護婦も困り果て、鎮静剤を使って彼の興奮を押さえ込むことにしたのだが、彼の声は夜中でも院内に響き渡り、他の患者からも不安視する声が聞こえだした時だった。

 蝶を見たと訴えて、三日後──
 彼は「幻光蝶に導かれたので、この世を去ることにします」という遺書と共に、病院の屋上から投身自殺を図り、その一生を終えたらしい。


 話し終えた依頼主である高屋の言葉に、それを聞いていた草間が「なるほど……」と小さく声を洩らす。世の中漫画キャラクターの生誕だの、科学は日々進歩しているだの聞こえてくるが、此処ではそんな話題が嘘のように思えてくる。
 というのも仕事依頼の九割を、不可思議現象の解明に取り組んでいる草間興信所では、珍しくない内容だからだ。
「その蝶が現れ出したのは、いつ頃からですか?」
 目の前で肩を落とす高屋に、草間は灰皿に煙草を押し消しながら訊ねてみる。
「……そうですね……二ヶ月ほど前からでしょうか。最初は七色に光る蝶なんているわけもないので、見間違えたんだろうと誰も相手にしてませんでした。けれど既に五人の患者がそれを見て、死ぬはずもないのに死んでいるんです」
「なにか恨みを買われるようなことは?」
「ありません!今までに医療事故を起こしたこともないし、トラブルになったこともないんですから」
 確かにこの高屋総合病院は、地域でそこそこ有名らしく、患者の信頼もあるようだ。

 なら蝶は何故この病院に現れたというのだろう──。

「蝶を見たと口にして死亡した患者はこれで五人目です。死んだ人は必ず「七色に光る蝶が羽ばたいていた」と口にしてから、三日後に死んでいます。
それと──…」
「それと?」
 言い澱む高屋に、草間は下げていた頭を持ち上げて壮年の男性を見上げる。
 そこには苦悶の表情をしている依頼主の顔があった。
「昨夜また一人、蝶を見たという患者が出たんです。患者は内科病棟二〇一号室に入院している『横山・慎二(よこやま・しんじ)』くんと言って、まだ7歳の男の子なんです」
 このコまで死なせるわけにはいきません、と高屋が唇を噛み締めて言葉を紡ぐ。
 まだ未来のある少年まで、蝶の餌食にさせるわけにはいかない。
「判りました。この依頼、お引き受けしましょう」
 眼鏡の奥にある瞳が、高屋を安心させるように強い光を放った。


「残された日にちは、あと2日だ。これ以上の被害を出さないためにも宜しく頼む」
 はたして幻光蝶と呼ばれる、”死蝶”から少年を助けることが出来るだろうか。


 ヒラリ、ヒラリ───

 今日も院内の何処かで、幻光蝶が飛んでいるのかもしれない……。

◇SCENE.1-シュライン・エマ/海原・みなも

 夕陽の差し込む病院内は、慌しい時間を前に穏やかな空気を保っている。
 夕食までの数時間、入院患者は各々好きなことをしているようだ。
 そんな中をシュライン・エマ(─・─)と海原・みなも(海原・─)は歩いていた。学校帰りのみなもはセーラー服姿で、隣りを歩くシュラインを見上げる。彼女の手には調査に必要だから、と入手しておいた院内の見取り図が握られていた。それを見ながら二人で院内の位置関係を調べていく。
 勿論亡くなった患者さんが居た部屋は、赤ペンで印を入れていった。
 そして部屋の位置を把握したシュラインとみなもは、近くの長椅子へと腰を降ろす。
「部屋の位置関係はこんな感じみたいね」
「そうですね。あ、シュラインさん。何か飲みますか?」
 自販機を見つけたみなもが、指差しながら尋ねた。
「そうね。考えることが多いし、コーヒー……微糖のにしようかしら」
 シュラインが小銭を手渡しながら商品を決めると、それを受け取ったみなもが立ち上がりながらコクリと頷く。
「判りました。ちょっと待ってて下さいね」
 そう言ってみなもが自販機へ向かっている間、シュラインは見取り図へと視線を落とし何か規則性はないか考えた。

 この高屋総合病院は一階部分が外来診療で、二階から五階が入院病棟、地下は検査や手術などに対応した施設作りとなっている。
 亡くなった患者さんの内、一人目と二人目は同じ病室だったらしく、外科病棟の五階・四〇一号室に入院していた。
 三人目と四人目は内科病棟の二階・一〇一号室で、五人目が四階・三〇一だ。
 そして六人目の生きた目撃者は…三階・二〇一号室。
 全て四人部屋であることは、先ほど目で見て確認をしてきた。

 と部屋の位置を確認していたシュラインは、ふとあることに気が付き動きを止める。
 そのままじぃと気付いたことを確認するように目を動かし、持っていた赤ペンでシュッと線を引いてみれば……。
「みなもちゃん、ちょっといいかしら」
「どうかしたんですか?」
 缶を両手に持ったみなもは、シュラインの呼ぶ声に小走りに戻ってきた。みなもが隣りに座ると、シュラインは持っていた見取り図を彼女に見せながらペンを動かす。
「これって……全部、同じ位置じゃない?」
 階は違うものの、全てが縦一直線に並ぶ、目撃者…いやまだこれでは死んだ患者が居た部屋の位置関係だが、何かを掴むキッカケにはなる。
「偶然じゃない…ですよね?どう考えても…」
 これが偶然じゃないとすれば、目撃した患者達にも何か共通点があるかもしれない。
 体型でもいい。血液型でもいい。
 ほんの些細なことで、蝶の正体が判る可能性が出てきた。
 そればかりか、これが意図して起こった出来事だというのなら、根本を叩き潰すことにも繋がるだろう。
 二人は開けることのなかった缶を手にしたまま、その階─三階─のナースステーションへと急いだ。


 シュラインは辿り着いた場所で、他の入院患者への配慮も考え、限りなく小さな声で主任ナースを呼んだ。
 すぐに現れた主任ナースはシュラインとみなもの顔を見ると察しが付いたのだろう。軽く一度会釈をしてから、ナースステーションの奥へと案内した。
「院長から話は聞いています。協力出来ることなら、なんでもお話しますので」
 職業病だろうか。ナースの微笑みを浮かべた主任は、他のナースに何か用件を頼んで、カーテンで間仕切りをする。
 そして二人へ向きを変えると、対面する椅子へと腰掛けた。
「では早速ですが…亡くなられた患者さん達は、どんな状況でいつ頃、どこで見たと言ったのかしら?」
「そのことでしたら……」
 そう言い掛けた時、シュッとカーテンが開けられ、ナースの一人が何冊かのファイルを主任に渡す。どうやら例の患者さん達の入院記録らしい。
「すいません、途中でしたね。そうですね…患者さん達が蝶のことを口にしたのは……バラバラでした。ある人は夜中に見たと、ナースコールをしてきたり、ある人は昼間に見たと言ったり」
「場所は、どこで見たんでしょうか?」
「皆さん、自分の病室でした。ただ気になることが」
 そこで主任は口元に手を当て、考え込む姿勢を見せる。
「気になること?」
「患者さん達は気が付いたら居たと言うんです。そして見たこともない蝶だったので、捕まえようとしたらしいんです。入院生活は…退屈なものですから」
「それって……シュラインさん」
 みなもはシュラインへと視線を向けた。恐らくシュラインも、同じことを思い浮かべたに違いない。
「……触れたんですね?」
 シュラインはゆっくりと声に出す。それは確認するような行動だったのかもしれない。
 それに対して、目の前の女性は静かに頷いた。
「すぐに見えなくなったそうですが、触ったらしいんです。あと山田さんだけは、追い払おうとしたと聞いています」
 言いながら主任ナースは、亡くなった患者さんの死亡原因を、ファイルを見せながら説明した。
 五人目の患者さん意外は、みな心不全での死亡と表記されている。
 入院経緯も手術を終えたばかりの患者はいないし、心臓に欠陥があった人もいない。
 前日…いや死ぬ数時間、数分前までは、元気だったというのが、看護記録から見て取れた。
 主任の話では点滴や注射、薬での医療事故は絶対にないと言う。
 そうなれば──…
「やっぱり……この蝶が原因なんでしょうか?」
「他に何か気付いたことはないかしら?なんでもいいの。目撃者が出た時間を前後して、出入りした病院関係者や、家族、患者さんはどう?」
 シュラインはなんでもいいから、と言わんばかりに主任ナースへと詰め寄った。
「人の出入りは…私達ナースでも、把握しきれない部分があります。特に入院患者さんの病室へ来る人は、記帳された方以外は判りかねますし」
「そう……よね」
「申し訳ありません」
 仕事がある主任ナースは二人を残して、仕事へと戻って行く。
 残されたシュラインとみなもは、残された看護記録を捲りながら接点はないか探した。

「シュラインさん。どうやら生年月日や血液型は、関係ないみたいですね」
「そうね…性別も統一されているわけではないみたいだわ」
 記録を見る限りでは、どれも接点らしい接点は見つけられない。住んでいる場所も、保険の種類、年齢もバラバラだ。
「病名は…科が違うんだから、一緒のわけないわね……」
 溜息を付くシュラインを見て、みなもは自分の考えを思い浮かべた。
 確かに居るのかもしれない、幻光蝶。けれど本当に、見たら死ぬなんてありえるのか。
 本当は何処からか紛れ込んだ幻覚性のガスではないか、と考えていた。それを吸ったことで、彼らは何らかの鬱状態になりそして……と。
 けれど触ったと主任ナースは言っていた。そうなると、この考えは消去対象になるだろう。
 そこまで考えて、ふいにシュラインが自分を呼ぶ声に気付き、頭を擡げる。

「みなもちゃん。投薬記録を見てくれる?一緒の薬を使った形跡はないかしら?」
「あ、はい。投薬記録ですね。……でもどうしてそれを調べるんですか?」
 パラパラと捲りながら、みなもは不思議に思い尋ねた。
「幻影ってことはないかと思ったの。触ったって言うからには、ない可能性の方が高いんだけど」
 苦笑するシュラインだったが、みなもは目を大きくして相手を見つめる。
「どうしたの?」
「あの……実は私も幻影という線は考えていたんです。でも触れたとなると違うのかな、と思ってたとこで」
 同じように苦笑するみなもに、シュラインは笑みを向けた。
 二人の予想は外れていたが、それでも手掛かりを探して記録を調べる。
「投薬記録からは……やはりないみたいね」
「そうですね」
 看護記録からは、手掛かりが得られなかった。けれど見取り図の奇妙な偶然は、立派な手掛かりとなる。

「シュラインさん。あたし、慎二くんの所に行くつもりなんですけど……良かったら、一緒に行きませんか?」
 何か判るかもしれませんし、とみなもが真剣な顔付きで言うと、シュラインも少し思案顔をしたのち「そうしようかしら」と同意した。
 二人はありがとう、とナース達に声を掛け、ナースステーションを後にする。

 行き先は三階の二〇一号室。そこにいる横山・慎二のところ。
 ノックをして中に入ると、そこには仲良くベッドに腰掛けている朧月・桜夜(おぼろづき・さくや)と神薙・春日(かんなぎ・はるか)の姿があった。


◇SCENE.3-蝶を待ち、蝶を見る

「よっ、お二人さん。調査はどうだったんだ?」
 シュラインとみなもの姿を見つけた春日は、ベッドから降りると「こっちは収穫アリだ」とニッと笑みを作る。
「私達も判ったことがあるんです」
「ここじゃなんだから……ちょっとこっちで話しましょうか」
 シュラインが慎二のベッドから対角線の位置へ移動し、他三人も同じように隅へ移動した。慎二はまたゲームを始めたようで、こちらへの関心はないようだ。
「それでどんなカンジだったわけ?」
 手にした虫取り網を振りながら、桜夜が口火を切る。
「こっちが入手したのは二つね。一つは…ちょっとこれを見てくれるかしら」
 シュラインは言いながら、持ってきた院内の見取り図をベッドの上に広げた。赤いペンで印がされているそれは、どうやら蝶を見たことで亡くなった患者さんが入院していた部屋の位置らしい。
「一人目と二人目が外科病棟の五階・四〇一号室。三人目と四人目は内科病棟の二階・一〇一号室で、五人目が四階・三〇一号室。……そして六人目である慎二君の病室が三階・二〇一号室」
「見て下さい。全部同じ位置にある病室ばかりなんです」
 そう言ってみなもがペンを走らせ、縦一直線に並んでいることを伝える。
「何これ!?偶然じゃないわよね?」
「偶然だったら、楽しいだろーよ」
 ムッとする桜夜と気にした素振りを見せない春日に、みなもは少し戸惑うように「仲良くしましょう」と声を掛ける。いや二人とも喧嘩しているわけではなく、こういう性格の二人が、たまたま一緒に行動した結果なんだ、とは誰もみなもに教えてくれなかった。
「はいはい。喧嘩は依頼を片付けてから、好きなだけして頂戴。それより二つ目の報告するわよ」
 逆にシュラインは我関せずを貫く。桜夜の「喧嘩なんかしてない!」という抗議は、今日は言葉を飲み込む日なんだ、とちょっぴり悲しくなりつつではあるが……却下された。
「どうやら亡くなった人は全員、その蝶に触れている可能性があるのよ」
「触った……の?」
「はい。皆さん、追い払ったり捕まえようとしたらしいんです」
「俺達が得た情報も付け加えると、なるほど……そういうことなのかもな。もし触ったことで死を招いたなら、慎二の未来に死がなかったのも頷けるか」
 春日は聞いた内容を纏めるように、トントンと見取り図を軽く叩く。
「どういうことなの?」
「アタシ達が聞いた話だと、蝶が現れ出した二ヶ月前、病院を挟んで墓地の移転があったらしいのよね。それと偶然じゃないと思うんだけど、慎二君が見た蝶の出現が、移転前の場所から移転先ってオマケも付いてたりする」
「それって……こういう方向なんですか?」
 みなみが見取り図に視線を落としながら、ペンをスッと動かした。動かしたのは、蝶を目撃した人達の病室だ。
「目視した程度だからなんとも言えねーけど、墓地の位置は丁度そこらへんが中心っぽいな」
 春日の言葉に、誰の頭にも同じことが思い浮かぶ。
 幻光蝶とは……墓地から墓地へ移動している死者の魂ではないのか。
「そうなら万が一も考えて入院している人を、別の病室にしてもらった方がいいんじゃないかしら?」
 シュラインが見取り図に視線を落としながら、口を開く。
「そうだな。そうした方がいいかもしれねー」
「それじゃ……かすが任した」
 春日の肩をポンと叩き、桜夜がにっこりと微笑みを浮かべた。
「なんで俺なんだよ」
「アタシは慎ちゃんの護衛も兼ねて泊まりこむから」
「あ、私も慎二くんの傍にいようと思ってます」
「私は武彦さんところの掃除に行かないと」
「関係ねーじゃん!!」
 女性陣に若干遊ばれてつつ、春日は「わーったよ。看護婦に言えばいーんだろ!」と投げやりな言葉を口にする。
 その時四人の声が大きかったのか、みなものスカートを引っ張って慎二がちょこんと顔を除かせた。
「お姉ちゃん達、お泊りしてくの?」
 それに桜夜とみなもが泊まり込むと口にした途端、慎二の顔がパァと晴れやかなものになる。部屋は四人部屋なのだが、蝶のことで他の入院患者は皆部屋を替わって貰ったらしく、慎二は一人きりだったようだ。
「お姉ちゃん達が一緒に寝てあげる。もう寂しくないよ」
「そうですね。でも消灯時間は守らないと、看護婦さんに怒られてしまいますけど」
 クスッと笑うみなもに、うっと言葉を詰まらせる桜夜。それを見てシュラインが溜息を付き、春日は鼻で笑った。
「兎に角、明日が勝負ね」
 シュラインの言葉を聞き、その日は解散する。
 その夜。みなもと桜夜が居ることに安心したのか、慎二は消灯前には眠りへと落ちていった。
 桜夜の渡した護符をギュッと握りしめて。


 翌日。
 いつ現れるとも判らない蝶を迎え撃つ為に、四人は午前中から慎二の部屋に集まっていた。
 シュラインは歓談しつつ、空気の変化はないか神経を研ぎ澄ます。
 春日はやることがねー!と、慎二とみなも相手にトランプをしつつ、みなもは慎二の警護をするために始めたトランプで連勝していた。
 そして残った桜夜は病室で虫取り網を振り回し、捕獲の準備に余念がない。
「なー、ずっと気になってたんだけどよ。普通の蝶じゃねーのに、そんなんで捕まえられねーんじゃねーの?」
「甘いな、かすが。これには霊力を込めてあるのよ。だから幻光蝶だって捕獲可能」
 自信満々に応える桜夜に、ぽつりとみなもが質問を投げ掛ける。
「……あの…蝶々を捉えた経験はあるのですか?」
「えっ……ないけど……」
 続け様にシュラインも言葉を漏らした。
「意外とすばしっこいのよね、蝶って」
「うっそ……」
 更に慎二までもが、笑顔で言う。
「間違っても握り潰したら駄目だよ?」
「えっと……」
 そして最後は、やはり春日だった。
「お前……馬鹿だろ?」
「あんたにだけは、言われたくないわよ!!!」
 虫取り網を片手に春日に怒鳴った瞬間、
「桜夜、静かに!!」
 シュラインの真剣な声が病室に響き渡り、彼女がそっと指差した先には、光に透過しながら蝶がふわりふわりと飛んでいる。その姿は今まで見たことのある蝶とは違い、どこか優雅でありながら寂しい感を漂わせた。
 それに慎二は蝶々が現れたと純粋に喜んでいる。無垢な魂は、死というものをまだ知らないのかもしれない。それがどれだけ寂しいものかを。
「とりあえず捕獲しちゃわないと!この部屋から出したら駄目!!」
 桜夜が網を振り回して蝶を捕らえようと病室を駆け回ると、みなもが慎二をぎゅっと抱き締めて蝶が触れないようにする。けれどそのままでは逃げた蝶が触れてしまうかもしれない。
「みなもちゃん、布団を被って!」
「はいっ!」
 シュラインに言われた通りに、みなもは慎二と布団の中に隠れる。それを確認したシュラインは逃げ道である壁側に立った。
 蝶はひらり、ひらりと病室内を逃げ回る。
「もう!捕まらない!!」
「貸せ!!こういうのは男の方が得意なんだよ!」
 奪い取るように網を手にした春日は、闇雲に振り回してた桜夜とは違い、蝶の動きを目で追いながら一瞬の動きでそれを動かした。
 中には幻光蝶がパタパタと逃げれなくてもがいている。
「いーい。籠に移す時が肝心なんだから、ヘマしないでよ」
「お前に言われたくねーよ」
「そこの二人。さっさと行動してちょうだい」
 何故か火花を散らす二人に、シュラインは米神を押さえて「頭痛がしそう」と溜息を付く。そのまま布団を被っている二人の元へ移動して、布団を二度、三度と軽く叩いた。
「とりあえず蝶は捉まえたわ」
 その言葉を聞いて頭を出した慎二は蝶を心配そうに見つめ、みなもはまだ予断は出来ないと、慎二を抱き締める。
「二人とも、頑張って下さいね」
 心配そうにみなもが声を掛けると、春日と桜夜は網に捉われた蝶を触らないように、慎重に籠へと移した。
 蝶は籠の中で逃げ道を探すように羽ばたいている。
「ふぅ、捕獲成功」
「なー蝶が墓地で眠っていた魂ってことは、これ一匹じゃねーよな?ならさ、この蝶を説得して迂回してもらうことは出来ねーかな。聞いてくれるかは、判んねーけどさ」
 蝶を眺めながら、春日が訊ねた。
「そうですね。また誰かが触ることがあると思いますし…」
「………で、誰がその説得をするの?」
「「「…………」」」
 シュラインの言葉に、全員の動きが止まる。シュラインは音専門の能力だし、みなもは水を使った能力に長けている。春日は予見が主な能力としている為、説得するには使えないだろう。
 となれば………。
「なんでアタシを見るわけ?……判ったわよ、やってみる」
 全員の視線に気付いて桜夜は蝶の式神を召喚し、それを通じて幻光蝶へと説得を試みた。最初は籠の中で暴れていた蝶も、次第に落ち着いてきたのか静かに羽根を休め、そしてまた羽をぱたぱた動かし始める。
「たぶん成功してると思うんだけど……」
 その様子を見て桜夜が、若干不安そうに籠を皆に向けた。
「なら逃がしてみるか」
「お兄ちゃん、僕にやらせて」
 ベッドに座っていた慎二は床に降りると、笑顔ではなく子供ながらに真剣な顔付きでお願いする。もし説得が失敗していれば、慎二が触ってしまうかもしれないのだが、少年の強い意思に春日は籠を手渡した。ただし桜夜に霊干渉を無効化する護身符を貼った上でだが。
「いいか。触らないように気をつけるんだぞ?」
「うん。大丈夫」
 そう言って慎二はゆっくりと籠の戸を開けていった。

 蝶はゆっくり上昇してから、ふわりふわりと病室を飛びながらそっと消えて行った。
 向かった先は……入ってきた方向、墓地があった場所に向かってだ。
 どうやら桜夜の説得は成功したらしい。

「蝶々さん、早く皆に会えるといいね」
 窓の外を眺めながら、慎二が嬉しそうに呟いた。
 そしてそんな少年を見つめていたシュラインが言う。
「亡くなった人は道を妨害したから……なのかしら?」
「断定は出来ませんが、恐らくそうだと思います」
「最初に墓地に向かった蝶が、そういう道で飛んだから、かもね」
 全てが判ったわけではないけれど、これで少年の命は守られ、そしてこの病院で幻光蝶が目撃されることはないだろう。
「さて草間ちんに報告しに行くか」
 春日が背伸びをしながらドアへと向か……おうとしたのだが、その両手には桜夜とみなもの鞄が握られた。男の子、というだけで荷物持ちに決定したようだ。
「春日さん、すみません」
 恐縮するみなもに、ハハハと乾いた笑いを浮かべ、春日達は病室を後にした。


 幻光蝶は今も屋外でヒラリ、ヒラリ、と飛んでいることだろう──…。


【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1252】海原・みなも(うなばら・─)
 → 女/13歳/中学生
【0086】シュライン・エマ(─・─)
 → 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
【0444】朧月・桜夜(おぼろづき・さくや)
 → 女/16歳/陰陽師
【0867】神薙・春日(かんなぎ・はるか)
 → 男/17歳/高校生・予見者

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■         ライター通信          ■
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東京怪談「幻光蝶」にご参加下さり、ありがとうございました。
ライターを担当しました佐和美峰と申します。
作成した作品は、少しでもお客様の意図したものになっていたでしょうか?

◇SCENE.1がシュラインさん、海原さん
◇SCENE.2が朧月さん、神薙さん となっております。
◇SCENE.3は共通です。

OMCの不具合でお届けが延びた上に、納期ギリギリで申し訳ありませんでした。

佐和拝