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鹿狩り
もとは生活の為の狩猟であったが、やがて王侯貴族の娯楽となる。
月の精錬な輝きも、森の陰湿を払う事は無かった。唯の鳥の鳴き声も、胸を逆撫でする音となり。だが彼らは、それを意に介さぬ程、胸をざわめかせていた。
「もうすぐ贄が落とされますなぁ」
一人が、荒い息を交えながら言った。手には銃を携えている。
「前みたいに、手元を狂わせないでくださいよ」隣には女、「我々は追い込む役です、楽しみを奪われたと、お怒りを受けたでしょう」
その女の手にも、銃が構えられている。その隣の、また、その隣も。銃身を空に掲げた人の列、線は今宵の三日月のように、片側を空けていた。それは、希望の道だ。針のように小さな抜け穴。だがそこから光が差し込めば、人はそこを目指す者。
その先が絶望である事も知らずに。
「なぁに、今日はしくじりませんよ」それよりも、「今日は女ですかね、いや、子供もいいものだが、女の鳴く声もたまりませんから」
「全く、だから貴方は紳士ではない。狩りの本質は経過ではなく結果ですよ?」
「はて、前に必要以上、銃弾を足元に打ち込みダンスを躍らせたのは?」
「それはいいっこなしです」
二人は笑った。回りの者達も、釣られて顔を緩ませる。
人を殺す、狂った、宴だ。
この狩猟は二手に分かれていた。追う者達と、仕留める者達。追う者は足を撃ち、手を打ち、爪先から徐々に得物を削っていく。そして傷が心を冒し始めた所を、また、最後の抵抗に踏み出した者を、仕留めるのが、ここ以外の全てに隠れ潜む者達。
法の外の森、もうすぐ空から贄が降りてくる。さぁ、
ゲームの始まりだと―――生き物以外の笑みを、浮かべる者達
頭上でヘリが舞っている。そこから人は堕とされる。傷つかないように梱包された、世間から、いなくなっても問題の無い得物。
だが今回は違った。ヘリを操縦する者も、そこに乗る贄も。本来の搭乗者達は、飛び立ったヘリポートで縛られていた。荷物もすでに保護されている。
それと入れ替わった彼、草間の言葉がよぎる。
(今回の依頼は正義じゃない、だが、遊びでもない)
狩りが、
(仕事だ)
始まろうとしていた。
◇◆◇
森を見下ろす。強く闇が覆う所為で人の視力ではその全てを見透かす事は出来ない、だから、「簡単な地図だ」
人の枠から外れた人、超人に分類される改造人間鳴神時雨はそう言って、メモに描いた字だらけのそれを同乗者に手渡そうとしたが、「心遣いは不要です」
にべもなく、一言、「私は水を感じますから」
海原みなも。随分と投げやりな言い方なのは訳がある、「それに、こんなの身に着けていたら、前も見えません」
「確かに」
海原みなもはある姿になっていた。一言するなら、暑苦しい。草間さんに別手当てをもらう事を、堅く誓うみなも。
「全く、常軌を逸してます、こんな格好………」
「連中が悪趣味なのは解るだろ」
そう、
「今までしてきた事も」
「………」
赦せない、と、言葉が鳴った。
うなずきはしないが、時雨も同調する。
「そんなに狩りが好きなら、楽しんでもらおう」
「何が赦しても、私は赦さない」
違う言葉、同じ意向。
降下位置に到達した。
◇◆◇
同時に、狩る者の声も止む。
◇◆◇
だが、静かは訪れない。プレリュード、プロペラが風を掻き混ぜる音が、騒がしく響いている。口を歪ませた彼等、見上げる。
「構え」
誰かが言うと、流れ弾をあてぬよう、人垣の線が抜けている反対側の者達のみが銃を構える。その他の者達は相変わらず空を見上げる、唯一の女も、心待ちにしている。ああ、早く来たれッ!血が、皮膚を突き破らん限りに巡る程、興奮していた。そういう集団。彼女が隣に男に述べた『紳士』等嘘っぱち。人を狩るという至高の趣向。舞う悲鳴と血飛沫は、心の糧になる。楽しい。時間が。
始まる―――大きく丸い何かが、木の葉を舞い上げた。
それは羽毛やエアークッションなどで作られた卵。その中には生き物がある。何も知らず、注射で眠らされて、やっと起きはじめたであろう生き物。
丸い物が動いた。殻を、破ろうとしている。ぬるい感触と、絶対的な闇から這い出そうとしている、彼らは待ち望む、来い、来いッ!
生まれた。
鹿。
暖炉の上に壁にかけられるような、剥製の頭を模したフルフェイスのマスク、全身タイツ、勿論鹿柄。
手には、否、四本の足にはきっちり蹄、それはおもり、動きが制限される。外そうにも肌に固定されている。
酷く滑稽な、何時もの獲物。
ばたりと地面に倒れる鹿、まさに、立ち上がろうとしたその時を狙って。
一人が地面を撃った。小さく、声が漏れる、「あ」と。沈黙から一変、彼らは沸いた。
「どうやら雌ですな、それも小鹿だッ!」
「それに実にイキがいい!ほら貴方、狙いなさいっ!」
駆け出したその鹿を、二人が狙った。肩と足をかすめる銃弾、下手な訳じゃない。狙っているのだ。「雌鹿だ」女と話していた男が呟き、「雌鹿だぁっ!」顔中を笑みでぐしゃりと崩し、短い足でばたばたと追い始める。大部分の者が、それに続く。
間。
一旦、落ち着く場所。女は言う。「全く騒々しい事ですね」何人かの者が呆れたようにうなずいた、だが同時に、嬉しさを隠しきれない様子。
「今日の獲物は二頭、残り一匹を、我々だけで」
紳士に、エレガントに、ゆっくりと、追い詰めて、そして、仕留める。恍惚だ。もう、想像するだけで身体中が歓喜する。
一度舞い上がったヘリコプターの音が近づいてきた。来るか。女は見上げる。さぁ今度の獲物は、「手応えあるのか」ヘリコプターが、
落ちて、「え?」きて、
ズドガァァァアァアアァッァァッッ!
爆発する!燃え上がる!炎の柱が立ち上がるッ!高熱は暴風となり、火炎とともに、彼らを飲み込もうと、狩る者達は叫び声をあげる。
ヘリの墜落。呆然とする惨事、やがてある男が呟く。「なんてへまを」これじゃ、
「今日の狩りは中止―――」
音も無く。
男の身体が、二つに分かれた。
鈍く跳ねたそれは、女の膝元に転がって、絶叫したかに見えた。
だが腹が繋がってないせいか、空気が漏れるだけだ。ほんの数秒のあと、男は息絶えた。
理解できない。いや、死んだのは解る。それは解る。
だが経緯は?物事に必ずあるはずの、それは、「声一つあげないとは」
理由は、「貴様等がどれだけ悪趣味か解った」燃え上がる炎を背景にして、
「楽に死なせはしない」
機械仕掛けの男。
二本の角が生えている。だがそれは鹿では無い。触角。甲殻動物の顔を模したようなマスク、シルバーのパーツ、まるであの特撮ヒーロー。ヒーローは、
「だ、誰だ!誰なんだおま」そう無闇に叫ぶ男を、
手も触れずに押しつぶした。骨をきしませて潰れる。
重力制御―――パイロットのいないヘリを浮かした力
「おご、おごぉぉぉっ!」
地獄の声だった。全員が自我を喪失した。そんな彼らに、改造人間は、鳴神時雨は、
「………聞き覚えのある声だろう?」
その声に含ませるのは、怒りか、あるいは、そんな物を超越した、神の捌きとでもいうのか。「お前達が大好きな声だ」
我慢してやろう―――
「どれだけ悪趣味な声だろうがな」
そういい終えた瞬間、潰れた男は内臓を破裂させて、血をバケツのように吐き出しながら、死んだ。戦慄する者達、だがその景色が、炎の所為で影にしかみえない者がいて、彼は銃を撃った。放った弾は、
キャンセラー[力場による盾の作成]による防御、通じない。それどころかあの影は、こちらに開いた手を突き出して、地を蹴った。炎を潜り抜ける途中で、アームを入れ替え、
凍らせる。[分子運動制御による冷却機能]
空気すら燃やし尽くす炎が一瞬で治まる。そして、その事実が男の瞳に飛び込むよりも早く、時雨は彼の腕を掴み、同じように凍らせる。手が砕けた。
「ひあ、あぁぁ、ああぁぁっぁぁっ!?」
そしてそこから体中の感覚が、急激に失われていく。何もかもが奪われる。だが苦しみが、カスのように小さな苦しみが、大きくて、
そして男は砕け散った。ガラスのような破片が舞う様に背を向けて、ゆっくりと元の姿勢になおる時雨。
絶対的な恐怖。
狩る者達は、散った。我も忘れ逃げ出した。だがセンサーは解る。とりあえず、足のすくみあがってない、遠くへと逃げそうな者達から始末していこう。
「同じように」
呟けばすでに獲物の傍、圧倒的な暴力は、かつて彼らが翳す物。悲鳴が、
それを聞きながら、女は、「冗談じゃない」走った。「冗談じゃないッ!」
もう一つの遊び道具へ。
◇◆◇
熱狂は判断力を損なう、かといって、それを高める集中力も同じ、一点にそうすると周りが見えなくなる。つまり、ヘリの墜落による炎上に気付いても、彼らは戻りはしなかった。渦中に居る者達の事を思えば、それは幸運の類だろう。少なくとも、
「跳ねろっ!」ドンッ!「跳ねろ跳ねろ跳ねろ跳ねろッ!」
右に行こうとした獲物を、右に行かせない。左に逃れたら、後ろを撃って、加速させる。まるで操り人形、愉快すぎて腹が笑う。本当に、今日の獲物は、イキが良い。
(ああ、またこの手で仕留められないものか)
前のように―――追うのでなく、仕留めるのは、隠れている者の役目。いっそそこに辿りつく前に、また、
「やっちゃお」
そう言って男は銃を、無力な背中へ、身体中でにやりとしながら、鋼鉄の弾をぶっぱなす!心臓を貫く軌道ッ!
遮られる、木が倒れた。
「なっ!」
突然鹿の傍にあった木が倒れたのだ。銃弾はそれにより防がれた。なんという偶然、
「チィッ!」
男は舌打ちをして、他の者達と同じように、倒れた木を踏み越えて獲物を追う。だから、
気付かない、
その木が不自然に乾いていた事に。
気付かない侭、否、知ろうとしない侭に、もし彼等が全てをみつめられる人間ならば、そして、ほんの少しの賢さがあったなら、
引き返せたかもしれないだろう、だが、もう着いてしまった。目標地点、
湖。
「………たく」
男はつまらなさそうに、つまらなく。ここからはもう我々の時間では無い。闇に隠れた、狙撃者たちの時間。彼らは楽しむ、獲物を撃つ事を。その鳴く様を観戦するしか無い。
「まぁ、いいか」それも楽しみだ、なにしろ今日は雌鹿、
どんな風に死んでいくや、………え、
「な」
その雌鹿は、背水の陣であるはずの雌鹿は、
身を水の中にほうりこんだ。「なぁッ!?」
全員が声をあげた。獲物に着せたあの服は、なにも道化の衣装という意味ばかりではない。足のおもりは、でかい頭は、動きを抑制させるのに。
追い詰められた鼠は、猫を噛むというが、こんな抵抗に出るとは。
「くそがっ!」
そう言って銃を構えて、隠れていた者も出てきて、せめて水の中の獲物を撃ち殺そうと、
水の奥底から、影がやって来る。
その影は近づくにつれてはっきりと姿をあらわし、あれは、
「えもの」
有り得ない事、あの服を着てるのに、有り得ない事、だから、
彼らは戸惑って仕留める事を忘れてしまった。そして、唯、傍観する。
獲物が水面を突き破った―――その瞬間、
道化の衣装が、引き裂かれた。
現れたのは、月の曲線と美しく調和するのは、
人魚
空想世界の生き物、美しい、姿の
人の心が生み出した、幻のはずの
水飛沫と共に、軽く舞う人魚、海原みなも。あまりにも綺麗な彼女に、心を奪われる彼等。
その隙は逃されない、不意、
水際に居た半数が、引き込まれた。そして水が、
「うわぁぁっ!?」
水が彼等の身体を拘束する。それは大荒れの海、または渦を巻く轟き。彼女が指揮する楽譜は、死の戦慄。
それも呻きが重ねられる。全ての声が、泡になる世界。光さえも届かぬ底まで引っ張られていく、溺れる、今までした事のない形相をしながら、
事切れた。
彼らが、浮かび上がってくる。
何人かが腰を抜かした。失禁すらしている者もいた。だが残りの者達、
銃を撃つ。それは抵抗であるし、人魚という名の生き物を、借りたいという欲望、だが、冷静では無い。
全ての銃弾は彼女が水に潜れば、意味は無く、それどころか、水際に寄った身体はむずっと足を掴まれて、そして、同じように引き込まれた。息を止める。生き残る算段も無いのに、生きようとする身体を、
水の刃で切り裂く、敗れる皮膚、焼け付くような痛みに、男は息を漏らした。
痛みと無呼吸の二重苦に、男は狂って死んだ。みなもは思う、まだ、足りない。まだ、
苦しまなければならない―――水中で流す涙は
今まで狩られた者達の。
ゆっくりと、彼女は岸からあがった。人魚の侭に。
見渡せば、残ってたはずの数人がいない、流石に逃げ出したのだろう、恐怖のあまり。だけど、恐怖は、
一人の男を地に縛っている。「あ、あ、」
それは、みなもを誤射して殺そうとした、あの男、「ま、待ってくださいっ!なんでもします、なんでもしますからっ」
「………」
沈黙に怯える男、「お金、ありますっ!一生遊んで暮らせますっ、ああ、いや、見逃せって訳じゃなくて、罪はつぐなうから、ころ、ろ、殺さないで、ころ」
哀願する生き物の顔に、みなも、
手をかぶせる。
「……貴方の姿は醜くない。いつだって、必死で生きようとする人は、………いいものです。美しいとか、そういう事じゃなくて」
だが、
「貴方達は、非道にそれを狩ってきた」
血が流れた。この森を作る、幾多の骸。
逃げる途中、銃弾を防ぐ為に、水を奪った樹木、
血が流れていた。
葉が揺れる音は嘆きの声だろう。それが、みなもの胸を焦がす。
「赦さない」
「ま、待て、待ってくれ、考えてみろ、あいつらは社会のクズなんだ、馬鹿なんだ、それを使って」
もう何も言えなかった。彼女は、人魚の怪力は彼を片腕で抱えあげ。そして、後ろへと放り投げる。呆然と自分が空を飛んでいる事実に浸る男。
水のロープが下から伸びる。身体を拘束して、
叫びすら許さず、水の中へと沈ませる。
手にとるように解る、彼の様子、呻き、呻き、呻き続け、そして、死んだ。
静かになる。もう、全てはあの湖。長い時を経て溶けるのだろう。忘却の彼方。
人魚の肢体を再び水に浸からせる気にはなれなかった。死体だらけの湖、あまり、気持ちのいい物では無い。逃げ出した者達を狩りに行こうか。いや、
時雨さんがもう狩ってるか―――
ドォウッ!
「きゃ!?」
空気を揺るがす大振動、森の奥で、赤い光が強烈に瞬く。
ォォォォ、と、余韻が響く。潰れた鼓膜の機能が、徐々に戻ってくにつれ、音が聞こえた。木や枝を、蹂躙する音、それは、何かが動く音。
そしてそれは目前に現る、正体は、
―――戦車
迷彩を施した、馬鹿でかい乗り物。遊び道具だ。戦争ごっこをする為の。砲があてもなく、くるくる回ってるが、やがて止まった。みなもを狙ってる。
「人魚……?」
女の声が聞こえた、ハッチは開いてるのか。声は続けた。「獲物」
どうやら、狂ってる、「獲物よ、獲物よぉ」彼女は見境がつかなくなっている。おそらくさっきの火の咆哮は、ここから逃げ出した者を。
死の恐怖は、あっけないくらい、人を壊す。
そしてそれは、彼らが見てきた事実である、はずなのに、
やめようとしなかった。「殺す、殺さなきゃ、ころ」
みなもは呟いた。
「どうにもならないですね」
その言葉は「殺す」
戦車に向けてではなく、
「同情はしないが」
その背後に居た改造人間。
戦車の女は、びくりと。最も殺さなければならない、獲物に、
狂ったように太い銃口を向けた。木を押し倒しながら、向けた時、
そこにはもう誰もいなく、「なぁっ!」直接確かめようと、開けっ放しのハッチから顔を出す女性の後ろで、
水が湖から飛び出した。空気が震えて知らされる、その水は何処に、頭上、だ、
溺れさせる気なのか?水をかぶったくらいで、殺せる訳、
改造人間がそれに向けて何かを放つ。分子振動波。
水が、凍る。
―――合技
氷塊―――
彼女は、戦車と、悲鳴と共に、蛙の如く潰れた。
◇◆◇
「迎えは朝になるんですか?」
「依頼主は俺達をみくびってはいない」降りてから一時間後、「そのタイミングを知っているだろう」
「それでも、少し待たなければいけませんね」
そう言ってみなもは―――人魚から人の姿になって―――足をうんっと伸ばした。
待たなければいけない、それまでは、暇だから、
「もし彼らが」みなも、「この森に、化けて出たらどうしましょう」
つまらない、時間を潰せる話をしようと思った。
「ただでさえ草間さんの所、そういう依頼がひっきりなしですし」
「もう一度狩りに来ればいい」
時雨は事も無げに言う。
「地獄に逃げ込むまでな」
◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ◆◇
1323 / 鳴神・時雨 / 男 / 32 /あやかし荘無償補修員(野良改造人間)
1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生
◇◆ ライター通信 ◆◇
もうかりまっか?エイひとです(無駄に関西風
鹿狩りへの参加ありがとうございました、余談になりますが、この依頼あっという間に埋まりました。バトル物は需要があるようですね。これからも、コンスタントにやりたいと思います。
鳴神時雨さんが余りの超人っぷり、生かしきれたのかと迷いつつ、海原みなもさんの人魚の解釈、こんなんでええんかと迷いつつ、書き上げましたがいかがでしたでせうか?;合体技は折角二人募集したので、入れたんでっけど、もっと描写派手にしたほうが良かったかもしれまへん。鹿の衣装はみなもの、戦車登場は、時雨の行動を参考にしました。
さて、とりあえず今日はこのへんで、まだまだへっぽこぴーでっけどよろしゅうお願いいたします。
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