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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Come close to me

「はぁぁぁぁ??来れないってどういうことですか…」
 半分呆れ、半分驚きを交えた甘いバリトンの声が、スタジオ内を反響しながら、そこに居る人間の耳へと届けられた。
「なんか物貰いになっちゃったらしくてさ。今、代役探しているところだから……虎之助君はちょっと待機していてくれる?」
「俺は別に構いませんよ。この後用事もないし」
 申し訳なさそうに男─たぶんクライアント─が言うのを聞いて、湖影虎之助は溜息一つ付かないで、近くの椅子へと腰を降ろす。モデルという仕事上、顔や肉体に傷が出来てしまうと仕事をキャンセルせざる得ないことはよくあることだ。女性モデルなら尚更……

(今頃、悔しい思いをしているんだろうな)

 虎之助は出されたコーヒーを口に運びながら、今日の仕事はなしになるかなぁ、とのんびり構えた。のんびり構えて、鞄の中にある携帯電話を取り出そうとして──手帳を発見してしまう。
 それは学校のスケジュールは勿論、仕事のスケジュールも書いてあるが、何故か妹の学校行事も書き込まれている、怪しい(弟談)手帳なのである。
 更に姉までも驚愕させたのは、その手帳に付属されているフォトファイルには、買い足した分を含めて、全て家族写真が入っていることだろう。
 …………限定一名様だったが。
「あ、そうだ。これ見ますか?俺の妹で梦月の写真なんですけど、(滅茶苦茶)可愛く撮れてるんですよ」
 取り合えず撮影準備に、と近づいてきたヘアメイクさんに、虎之助は気を抜いたら語尾にハートマークを付けてしまいそうになるのを抑えつつ、笑顔と一緒に手帳を差し出す。
「あら、本当に可愛いわねぇ。いくつなの?」
「十四歳。ほら、ミッション系で有名な私立の中学あるじゃないですか?あそこに通ってるんです」
「あ〜あそこのお嬢様学校のことね。……ねぇねぇ、虎之助君の妹さんだって♪見る?」
 ヘアメイクさんが他のスタッフにも声を掛けたことで、虎之助の周りには数人の人だかりが出来た。
「うわっ!!本当に可愛いじゃないですか!?」
「俺の自慢の妹なんですよ」
「将来が楽しみだけど、虎之助君はちょっと心配なんじゃないの?」
「そりゃ(変な野郎が寄り付かないか)心配ですけどね。将来は今から楽しみなんです」
「おっ!こりゃ虎之助が自慢するのも判るな」
 声と共に後ろから伸びた手が、ひょいと手帳は奪い去られ、カメラマンが真剣な表情をしながらペラリ、ペラリと写真を捲って眺めている姿がある。
「どうですか?可愛いでしょ」
 本人は妹自慢の延長をしたつもりだったのだが……これがマズかったのかもしれない。
 思案顔だったカメラマンの目がこちらに向いたかと思うと、にんまりと口が横に動いた。
 気のせいではない。
 何か不穏な電波を彼からビンビン感じる。

(嫌な予感がする!!!!)

「虎之助の妹だから可愛いのは判った。それと……だ」
「なん……ですか?」
「今回のイメージにぴったり。今すぐ呼べ♪♪(はぁと)」

(予感的中!!!!)

 虎之助は一瞬、表情を凍らせた。今日初めて会ったカメラマンなら断る事も出来たかもしれない。
 いや絶対に断った。
 けれど何年も付き合いがあり、見知ったカメラマンが相手となると、そう簡単に断りの言葉は出てこない。

 ─虎之助の内なる心─
 むっちゃんをモデルだと!!そりゃ可愛いのは俺が保障するけどさ…これっきりだとしても学校にバレたらヤバいだろうし……軽くて停学。最悪退学になんかなったら、むっちゃんの将来に傷が付いちまう。
 何よりだ!!
 不埒な考えを持つ野郎共が激増するに決まってる!!
 駄目だ!駄目だ!絶対に断る!!
 ………でも前に俺の仕事場を見てみたいとか言ってたしなぁ。

 葛藤すること数分。虎之助は意を決して、カメラマンへと口を開いた。妙に咽が渇いた感があるのは、本人の心が断ろうと思いつつも悩んでいるからだろう。
「あ、でも、むっちゃん…じゃなかった梦月の学校は、こういうのに厳しいんで……」
「大丈夫、大丈夫。メイクして角度を気にすれば、本人だなんてバレないよ」
 カメラマンは暢気に写真を眺めながら、他のスタッフに代役探しのキャンセルを伝える。
 虎之助の逃げ場が一つ絶たれた。
「でも停学とか…最悪退学なんかになったら……」
「おいおい、俺の腕を信用してないってか?」
「そんなことは……」
 言葉を濁す虎之助に、小脇からなにやら手が差し出される。そこには逃げ場を失いつつある者の携帯電話が、ポツリと握られていた。
 もう虎之助に残された道は、これしか残っていないのか!?
「早 く 呼 べ ♪」
 心の中で号泣し、男は指を……起用に動かして通話を開始する。
 こんなことなら見せなければ良かった、という後悔の念を抱きつつ。


 通話終了から一時間。
 虎之助は既に黒を貴重としたゴシック系のスーツを身に纏い、最終的なチェックを受けていた。服の印象に合わせるように、虎之助の髪の毛にはエクステンションが付けられ、周囲の空気も一つの作品を作り上げようという、意気込みが漲っている。
 さっきまで軽い雑談をしていたカメラマン達も、既にストロボの設置や小道具の準備に取り掛かっていた。
「そろそろ……かな」
 時計を眺めてふと漏らした時、キィと扉の開く音がスタジオ内に響く。そこには一人の可憐な美少女が不安そうな顔を覗かせ、黒髪がサラリと揺らしながら大きな瞳はキョロキョロと誰かを探すように動かしていた。
「むっちゃん。こっち、こっち」
 虎之助が彼女の姿を捕えて声を掛けると、少女の表情はパァと晴れやかなものになる。
「虎兄様、こちらでしたのね」
 他のスタッフに気を使ってか、少女─湖影梦月─は一度会釈をしてから虎之助の元へ歩み寄った。学校帰りだったらしく、制服姿で現れた梦月に全員の視線が釘付けになる。
 写真で見るより、実物の方が遥かに可愛かったからだ。
 けれどそんな周囲の感想に気付かない梦月は、想像していたイメージとは多少違った内部の様子に、キョロキョロと周囲を見渡した。
「これが撮影スタジオなんですかぁ……随分と殺風景な場所ですねぇ」
 梦月は誰に言うでもなく、独り言のように感想を述べる。
 兄の仕事には、少しだけ興味があった。
 モデルという職業に興味があるというよりは、単純にどんなところで、どんなことをするんだろうという興味。雑誌に載っている兄と普段の兄のギャップは、どこから生まれるのかを見てみたかった。
 そんな期待の中で足を運んだ場所は、幕が張られた手前にストロボとカメラが置いてあるだけの、シンプルなものしかない。
 ここからどうやってあんなものが生まれるのだろう、と梦月は疑問に思った。
 更に梦月は予想だにしていなかった言葉を向けられることとなる。

「君が梦月ちゃんかな?実は───…」

 カメラマンの言葉に、暫し梦月は固まっ……ボーとした。
 虎之助の撮影現場を見学に来たつもりでいたのに、いきなりモデルを頼まれたからだ。
「えっと……虎兄様からは一言もぉ……」
 聞いていません、という言葉を梦月は飲み込む。
 視界に入った虎之助は既に衣装に着替え、申し訳なさそうに自分を見ていたし、状況をよく見渡してみれば自分の答えを全員が待っているのが判った。
 相手の説明では学校にはバレないようにするし、虎之助も渋々ながら承諾しているらしい。

(ここで断れば虎兄様のお仕事に、悪影響を及ぼしてしまうかもしれません)

「えっと……私でお役に立てるならぁ……」
「ありがと〜〜梦月ちゃん。それじゃ早速着替えてもらっていいかな?」
「はい」
 こうして女性スタッフに案内され、梦月は衣装へと移動した。
 大きな鏡と並ぶ椅子。並べられた衣装の数々に、見たことも無いメイク道具が机に並んでいた。勧められるようにして椅子に座った梦月は、そのまま女性スタッフの人に化粧を施されていく。まだ瑞々しく健康な肌に、化粧は乗せられた。
 梦月はメイクが終わり清楚な少女から、美しくそして──艶やかな女性へと変貌する。
 そのまま制服を脱ぎ捨て、用意されていた衣装に袖を通し、なんだか着慣れない服を手伝ってもらいながら着終えていった。
 そうして出来上がったのは──…。
「あ、あの……虎兄様……変じゃありませんかぁ?」
 衣装室から姿を現した梦月は、恥かしそうに俯きながら、虎之助へと声を掛ける。
 真っ白なレースをあしらった所謂ゴスロリ服なのだが…既成の物に手を加え、レースの部分を増やしたことで、スカートはふんわりと梦月を包み込む。頭にはヘッドドレスを装着し、両脇の薔薇が上品さと可愛らしさを表現した。
「むっちゃん……お人形さんみたいだ……」
 普段から目に入れても痛くない程可愛がっている妹なのだが、変身して現れた梦月に虎之助はレディファーストと称して女性に接する時でさえ見せない、優しい笑顔を向ける。
 今の梦月はそれほど愛らしく、そして綺麗だった。
「それじゃ時間も押していることだし、撮影始めちゃおうか」
「え、あ、はい…」
「宜しくお願い致します」
 カメラの前に移動する途中、虎之助はチラチラと梦月を伺っては、気づかれないように溜息を洩らす。

(はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。むっちゃんは可愛いんだけど、可愛いんだけどぉぉぉぉぉ)

 シスコンとしてのやんごとない事情により、虎之助の心は晴れ時々雨。野郎のことを考えると、所により雷雨を起こしそうだ。
 逆に梦月は兄に褒められたことで、どうやら自分は可愛らしく変身しているのだ、と気付いて小さく笑みを洩らす。

(龍兄様が見たら、可愛いって言いながら、頭を撫でてくれるかしらぁ♪)

 ブラコンとしてのやんごとない事情により、梦月の心は雲ひとつない晴天が続いた。
 それは虎之助には言えない……言ったら、地の底まで落ち込みそうな内容である。

「それじゃ、二人ともヨロシク〜♪」
「むっちゃん、リラックスだからね」
「はい、虎兄様♪」

『 Come close to me  ─ そばに来て… ─ 』

 カメラマンの声に、虎之助は静かに片膝を付いてしゃがみ込むと、目の前の美しき少女へそっと手を差し伸べた。
 少女はそんな青年の手に自身の手を置くと、優しい微笑みを浮かべてみせる。
 その小さく白い手の平に、虎之助の唇がそっと触れる瞬間、カメラのシャッターは音を立てて何枚も切られていく。


 撮影を終え数週間が過ぎた頃、二人が出演した広告はクライアントにも好評で、是非次回も!!とオファーがあったが、虎之助の「今度妹を巻き込んだら、怒りますよ」という笑顔の脅しに、相手も渋々諦めたとか。
 何より虎之助を不機嫌にさせた、最大の理由は──…。
「龍兄様が、褒めてくれたのぉ♪虎兄様、ありがとうですわ」
「…………いや、むっちゃんが喜んでくれたなら良かったよ」
 ポラロイドを部屋に飾る梦月には、『虎兄様と一緒にしたお仕事』というより、『龍兄様が褒めてくれた写真』という方が大きかったことだろうか。
 がくりと肩を落とす虎之助に、すぐ下の妹から慰めの声が聞こえたような気がした。
 諦めろ、と……。

「なんでだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 虎之助の叫びは、静かな住宅街に鳴り響く。



 今日も湖影家は、平和である。


【了】