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蝶ノ夢
一匹の蝶がいた。ある日、一枚の翼が雷に撃たれ、燃え尽きた。
片方の羽根では空も飛べず、地を這う事さえ侭ならぬ。だから捨てた。
己の腕で茎を昇り、花の蜜まで辿りつく。蝶はそれから見上げる事は無く。ただ前だけをみつめて生きる。
そんな蝶にも死は訪れ。南無阿弥陀仏、これでお仕舞いと、酷使した身体を横たわらせる。すると、空が瞳にやってくる。
嗚呼、時を隔てていたそれは、見えないモノまで見えてくるのです。世界の果てまで、届きそうな蒼。全てを包み込む、郷愁の茜。誰の物でもない夜の煌き。
終りの最後、飛びたくなる。
だけど身体は地に沈んで行く。星の一部として、吸い込まれていく。蝶は叫ぶ、だが余りにも小さい声、誰も気付かない。まるで世界から断絶された島、孤独の足掻きの末やがて、蝶の身体は、時計の針のように止まる。
だが思いは執念。望みは外に溢れた。声が旅人のように彷徨い始める。
私に羽根をください、美しくなくていい、汚れててもいい
空を舞う為の羽根を、もう一度、
「空を」
―――翼が無いのに空を飛んだ生き物へと願いは
草むらに、枯れかけている、彼女の身体。
声が聞こえますか?
◇◆◇
蝶は貪欲。時空の戒めすら破り、
全ての心を捕まえる。
◇◆◇
幸せの青い鳥、編。
◇◆◇
ふっ、と顔をあげる。デイスプレイから、逸らす視線。声が聞こえた。
気付けば立ち上る。彼女、呼び声も振りきり駆け出した。声が聞こえた。
それは余りにせつない響きだ。夢で聞けば、起きた時、涙は溢れているだろう。春の風ですら癒せない、そんな、願い。
だからその為に、彼女はあった。駆ける足。目の前の景色を、未練なく後ろへ流して行く。
幸せは嬉しい事。幸せは生きる為。
幸せは、
、
彼女から零れた物。
そして、
世界が、他者の不幸を見逃すように、必ずしも、誰かの幸せは己の幸せで無く。
だけどその青い翼は、空よりも青い翼は、願うのだ。幸せを。宿命、雨は降らなければならないように、火は熱くなければならないように。
そう作られたのが彼女である。
悲劇だろうか。決められている事は。未来にさえ及びそうな、決定事項。
だけど抱えている、捨てられない、それは命を落とすと同じ。何よりも彼女の意思は選択する。
「蝶を」
海原みあおは選択する。
◇◆◇
唯の場所である。星屑の欠片も無い、世界に一つだけの花も、咲かない。語るに千の言葉は要らない。空き地と、言えば伝わる。
海原みあおは、自身を、踏み入れる。
(こっちです)
誘い、(こちらに、来て)
霧の一粒のような音、銀の糸を手繰り寄せるように、みあおは近づいて行く。
そしてそこには蝶が居る。
羽根をもがれた、あの蝶が。
飛びたいという願いの意も解って、
「痛くないの?」
瞳をいっぱいに開けて、ふるふると、少女は聞く。蝶は多分、にこりと笑った。
(とうに痛みは絶え果てた)
みあおはそれを、ひどく、可愛そうと思った。思わず涙しそうな彼女に、
(泣かないで、優しい少女)それよりも、(嗚呼、私の願いを、空を)
言葉により、綺麗に彩られる二人の間を。
少女の手が伸びる。そっと、手のひらにのせる、紙のように軽い蝶の身体。
みあおはみつめながら、呟く。
「空は、怖いよ」
―――彼女は知っている
「鳥に食べられるかもしれないよ、車に轢かれるかもしれないよ」
だのに空に憧れる者は―――
「人に捕まって、標本にされる事も」
知らないだけ。
沈黙の蝶。遠い空の下、寝床で子供に語られるおとぎ話も、遠い空の下、戦場で血と共に叫ぶ銃撃も、その静かには敵わない。だからその無音を破るのは、
「それでも空を飛びたいの?」
少女の心溢れる声。
風が吹いた。蝶の触覚が揺れる。
うなずいてるように見えた。
「………そうだよね」
みあおは微笑み、だけど、寂しそうに、「そうじゃなきゃ、声をかけないよね」
みあおは手を天に突き出した、数十センチ、空に近づく蝶。携えたまま瞳を閉じる。
青い燐光が螺旋のように、少女をくるむ。
まるで聖夜の樹を彩るように。
そして光の中、幼い彼女は、覚醒する。
誰もの望みを叶える為に、青の天使は舞い降りる。
蝶は多分、泣いた。嬉しくて泣いた。
涙が溢れなくても、蝶はきっと泣いたのだ。
雫はまやかし、想いこそ真実。だから、それに応える為、
「果てしなく困難で、果てしなく過酷で、果てしなく自由な空を、」
地から足をとんと離して、その侭宙に身を置いて、
「一緒に、飛ぼう」
楽しそうに笑顔、ゆっくりと、ゆっくりと昇っていく。
◇◆◇
(空だ)、と。
(空だ、空だ―――)
蒼。茜。煌き。その全てを舞いながら、蝶は歌う。
まるで川から海へと流れる木の葉のような、あてもない浮遊で。明日からすら逃れた、ラストダンス。
何処までも世界は素晴らしいと思えた。
夢は叶う、それも、現実という形でなく、
夢は夢の侭、蝶の二対の翼となる。
青色の羽根だ。
◇◆◇
時は、等しく流れる。
雲さえ突き抜ける程、高く、高く飛んだ一人と蝶。やがて、
(ありがとう)
蝶は言った。(ここで、離して)
「………落ちちゃうよ、そんな事したら」
(構わない、……それに)
死ぬ前に、少しくらいは飛べるかもしれない―――上空は強い風が唸る
(私、軽いから)
………みあおはくすりと笑って、そっと後ろに手を回し、
青い羽根一つ、蝶の身体に重ねた。
「がんばってね」
強い口調を蝶に。蝶は、感謝する。
この者と出会えた幸運を、彼女によりもたらされた幸運を、
そして、みあおの手から離れた刹那、
(もう一つだけ、お願い)
疑問の色を顔に浮かべるみあおに、
蝶は囁いた。
(貴方も、幸せになって)
返事、する間もなく。
遠ざかる、蝶。
唯一人、みあおだけが残される。みあおは、俯いて。
子供の姿に戻った―――落下する
落下する―――みあおは青い鳥
落下する―――全てに幸せを運ぶ者
落下する―――だけどそう望まれて
どうすればいい。
◇◆◇
走馬灯が心を駆ける、宇宙を渡る風のような速度で。
きっと、思い出である。世界が壊れるくらい鳴り響く、胸の鼓動も。
落下する。
◇◆◇
東京は、もう夜だった。
蝶と出会ってから、何日経過してるのだろう。家の人、心配してるかもしれない。
そんな事を唯の空き地で思う。
墜落の直前、本能が変身を選択した。ハーピーの身体は、それを終えると、消えた。
それは、青い鳥の仕業だろうか。
気付かないくらい傍に居る―――
幸せになって、と言われた。
どうやって?
みあおの幸せは、人に与える物であるのに。
何故それを自分に捧げよう―――嗚呼。
何故私は空を飛べるのに、
蝶と同じでは無いのだろう。
だから、みあおは、身を再び翼に変えた。
今宵くらい、蝶と同じ夢をみよう。
果てしなく困難で、果てしなく過酷で、果てしなく自由な空を飛んで、
何時か叶える蝶ノ夢。
みあおの幸せを願う夢。
現は今、空。
蝶ノ声が響く。
少女の心へ。
◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ◆◇
1415 / 海原・みあお / 女 / 13 / 小学生
◇◆ ライター通信 ◆◇
始めまして、海原みあおのPL様。今回はご依頼おおきにでした。
海原みあおの青い鳥というキャラと、あとは、行動に沿いまして。
果てしない空の綴りは、感嘆しました。有りの侭入れてみましたが、いかがでしたでしょうか?どれだけ彼女を出せたかも。見当違いでなければいいのですが………。精進致します。
よろしければまたお願い致します。それでは。
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