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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


世界一周ちょこれーとの旅☆



 白波を蹴立てて豪華客船が進む。
 クイーンエリザベス二世号。
 甲板上、潮風が心地よい。
 なびく黒髪と金髪。
 シュライン・エマと草壁さくらである。
「いまごろ、心配なされているのではないでしょうか?」
「いいのよ。心配させときましょ」
 笑いあう。
 それぞれに恋人を東京に置き去りにしてきた二人だった。
 書き置きだけ残して。
 言えば止められるからだ。
 だいたい、彼女らが旅行に出掛けることになった事情を知れば、恋人たちは間違いなく怒る。
 本来、豪華客船で世界一周などできる経済力など、シュラインにもさくらにもあるわけがないのだ。
 にもかからず、こんな贅沢ができるのには、むろん理由がある。
「さくらのおかげよ」
「長かったですからねぇ」
 しみじみしている。
 まあ、いろいろあったのだ。
「まずはベルギーよねぇ」
「はい。よーろっぱから平らげましょう」
「その後、アジアを制覇して」
「最後は南米です」
 言葉だけ聞くと、なんだか不穏当である。
 青い瞳の興信所事務員と緑の瞳の骨董屋店員は、世界征服でも目論んでいるのだろうか。
 もちろん、そんなわけはない。
 あるいは本気になって協力したら世界制覇も夢ではない二人なのかもしれないが、いまのところ、彼女たちは世界の覇者となることよりも別のことで頭がいっぱいだった。
 シュラインとさくらが征服するのは、国ではなく、
「チョコレートよ」
「ちょこれーとです」
 胸を張る。
 まあ、どのようなものに価値をおくかは個人の自由であろう。
 豪華客船で世界を回りながらチョコレートを食い倒すという行為だって、責めるにはあたらない。
 万民の共感を得られるかどうかは、別問題ではあるが。
 戦艦なみに巨大で、最高級ホテルなみに豪勢な客船が大西洋をひたはしる。
 七つの海と世界のチョコレートを、膝下にねじ伏せるために。
 ‥‥そこまでいうとさすがに嘘だ。


 チョコレートの発祥は、南米はアステカ文明であるといわれている。
 ここを最終目的地にすることは、二人にとってはむしろ当然であったろう。
 辿り着くまでに、世界各国のチョコレートを試食し、最後は太陽神殿の頂上でチョコパーティーを開く。
 ばかばかしさもここまでくれば、いっそ壮大である。
 シチュエーションだけなら、「神々の遺産」の世界だ。
 巡礼者のように神殿を目指す二人は、きっと絵になるだろう。
 絵になればよい、というものでもないが。
 もちろん、これはシュラインにとっても、さくらにとっても、ある種の遊びだ。
 思わぬ大金が入ってしまったから。
 とことんまで、壮大にばかばかしく豪遊しようというのである。
「もうちょっと安くならない?
 シュラインが値切る。
 使い切れない程のお金を持っているくせに、世界各国で値切っている。
 このあたりは、普段の人間関係に問題があるだろう。
 まあ、貧乏探偵の恋人なんぞをやっていると、自然と逞しくなってしまうのだ。
「シュラインさま‥‥」
 はらはらと同情の涙を流すさくら。
 もっとも、体よりも大きなリュックサックを背負った状態なので、割と間抜けではある。
 この後、ヨーロッパの各地で、あやしい女性二人組が噂になったとかならなかったとか。


 そして、紆余曲折を経て、シュラインとさくらは南米大陸に到着する。
 もちろん行き先はメキシコ。
 古代アステカ文明のあった場所だ。
 この地には、ショコラトルという「飲み物」があり、これがチョコレートの始まりである。
 ただし、伝承によると、それほど甘いものではなかったらしい。
 チョコレートが甘くなったのは、大スペイン帝国によって征服され、ショコラトルがヨーロッパに持ち込まれて以後のことである。
 このあたりの説話には無数の悲喜劇が含まれており、読むものに考えるきっかけを与えてくれる。
 コルテスの野心や、アステカの神話を盗用した詐術的な戦略、祖国を滅ぼすのに手を貸してしまったマリンチェという美女。他文明に対する無理解。
 どれも熟考に値する命題だ。
 が、さしあたり、チョコレートには関係ない。
「ねえさくら。重くない?」
 シュラインが声をかける。
「平気ですよ」
 さらりと、さくらが答える。
 身体よりも大きなリュックサックを背負って。
「ならいいけど」
「シュラインさまの方がおつらそうです」
「大丈夫よ」
 微笑しつつも、蒼眸の美女は元気がなかった。
 長旅の疲れもある。
 それに、メキシコは高原の国だ。
 海抜でいうなら二〇〇〇メートル以上の場所にあるのだ。
 富士山の中腹に、ずっといるようなものである。
 これでは、いくらシュラインでも参ってしまうのが当然といえるだろう。
「いっそ、空を飛んでいきましょうか?」
 笑いながら、さくらが提案する。
「ケッツァルカトルにでも化けるわけ?」
 シュラインも、くすっと笑った。
 ケッツァルカトルとは、アステカ神話に登場する翼ある蛇のことだ。
 想像するとなかなか怪異な姿だが、これでも神様である。
 しかも、善神なのだ。
「そんなところです」
「‥‥やめときましょ。これ以上目立ったら、それこそ日本に帰れなくなるわ」
 翼ある蛇にまたがり、太陽神殿へと降り立つ美女。
 そんなのが登場したら大パニックだ。
「それでは、普通に歩きましょう」
「はいはい‥‥」
 元気いっぱいのさくらと、溜息混じりのシュライン。
 奇妙な二人連れが神殿を目指す。


 神殿頂上から見える景色は、奇妙に乾いて色彩に乏しかった。
 はるか地上を眺めながら、美女たちがチョコパーティーを始める。
 夢の終末点だ。
「こんなことしたの、世界中で私たちだけよね。きっと」
 シュラインが笑う。
 左手に、ドイツのチョコレートを持って。
「はい☆」
 フランス製のチョコレートを口に運びつつ、さくらも笑った。
 二人の周囲には、世界各地から集めてきたチョコレートがところ狭しと並べられている。
 はたから見たら胸焼けをおこすほどに。
 たしかに、ここまで豪気なことをしたのは、この二人以外にはいないだろう。
 どんなにくだらないことでも、一番になるのは良いことだ。
 きっと。
「でも、これだけのチョコは食べきれないわねぇ」
 ごく当然の指摘を、蒼い目の美女がする。
 もちろん、ふたりとも判っていたことではあるが。
「余った分は、おみやげにいたしましょう」
「おみやげ用のチョコは、ちゃんと買ってあるじゃない?」
「それはそうですが、大は小を兼ねるとも申しますから」
 そういうものだろうか。
 ちょっと違うかもしれないが、たしかに土産は多いほど良かろう。
 たとえ、全部チョコレートでも。
「武彦さん。もうすぐ帰るからね」
「待っててくださいね。一樹さま」
 美女たちの内心を、恋人への想いが去来する。
 後日、帰国した二人は恋人たちからたっぷりと小言をプレゼントされることになった。
 しかし、それはべつの説話である。

 いにしえの文明があった土地を、のぼりはじめた朝日が照らし出していた。






                         終わり