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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ANGEL EYES


■#0 プロローグ

 もうすぐ夏になるというのに、雪……?
 窓の外を舞いはじめた白いものに、私は一瞬目を疑った。
「あなた、聞いてるの?」
 耳に当てたままの受話器から刺すような声が響いて、私の意識を容赦なくこちら側へ引き戻した。
「――あ、ああ、聞いてる」
「加奈も来年は中学生だし、私たちも生活が厳しいの。私も暮れぐらいから仕事に恵まれなくて、今までのようなお金ではとてもやっていけないのよ。あなたは一人で気楽にやってらっしゃるからいいでしょうけれど、もう少しこちらの苦労も察してほしいのよ」
 亜希子は早口でまくし立てた。
 一緒に暮らしていたときから、彼女は変わっていない。自分の意見を主張するときは、いつも決まって声高にまくし立てる。私に反論を許さないためにだ。
 そして私はいつも、そんな彼女の声を聞くと反論する気も無くしてしまう。

 私の名は湖東正仁(ことう まさひと)。
 一応、作家といえば聞こえはいいだろうか。
 妻と娘とは、もう6年も前から別居中の身だ。

「あといくらほど要る?」
 亜希子が口にした金額は、別れた妻と娘に毎月送る養育費の額としては、いささか色がつきすぎているという気がしなくもない。だが、父として傍で加奈に愛情を注いでやれない以上、その代償として考えれば安すぎる額かもしれない。
「……わかった。今後はその分も口座に振り込むよ。その代わり、加奈に会わせてくれないか。一日だけでもいい」
「馬鹿なこと言わないで。加奈は受験を控えた大切な時期なのよ。そんな時に、あなたと会わせて動揺させたら、勉強どころじゃなくなるじゃないの」
「しかし、いい中学に入ることだけが一生を決めるわけでもないだろう」
「あなたみたいな、大人になってもずっと夢の中にいるような人には、わからないのよ」

 最悪の気分で私は電話を切った。
 だが、こんな状況を招いたのは私だ。亜希子の言うとおり、私はいい父親にも、いい夫にもなれなかった。いい大人ですら、ないのかもしれない。
 こんな気分では、いい原稿など書けるはずもない。
 気分転換に、風に当たりながら煙草でも吸おうと、ひそかな憩いの場所であるマンションの屋上に出た私は、そこで『彼女』と出会った。
 ぼろぼろの薄汚れた衣服を身に纏った小さい体。長い艶やかな銀の髪と、背中から生えた、白い一対の翼。その翼からは赤いものがしたたり落ちていた。
 それは怪我をして倒れている、まだ幼い天使だった。
「……おい、大丈夫か!?」
 私が抱きかかえると、少女は安堵したような微笑みを浮かべ、気を失った。
 先ほど、窓の外で見た『雪』は――彼女の傷ついた翼から抜け落ちた羽根だったのだ。

         ※         ※         ※

「天使の怪我の治療と、面倒を見れる人物……ですか」
 その依頼の電話を聞いても、草間武彦は、別段驚いた様子もなかった。
 それだけ、草間興信所には日夜奇妙な依頼ばかりが来る。
「で、その天使がどこから来たのかを調査して、元の居場所に帰してあげればいいわけですね。
 ――わかりました、適任者を派遣しましょう」


■#1 天使の目覚め

『私は夢を見ているのかもしれない。
 それが幸せな夢なのか、辛い夢なのか……
 それは、わからない。
 だが、確かに君はあの時の姿で今、私の目の前にたたずみ、あの時と変わらない優しい微笑みを浮かべている。
 『あの時の君』の瞳に、ずいぶんと年老いた今の私は、どう映っているだろう。』

《次は、奥沢です。お降りの際はお忘れ物のないようご注意下さい》
 不意に車内に響いたアナウンスが、文庫本の中の世界に沈みこんでいた少女の意識を、現実に呼び戻した。
 慌てて立ちあがろうと座席から腰を浮かせて――まだ次の駅まではだいぶ距離があることに気づき、少し照れくさそうに座りなおす。
 海を思わせる色の長い髪と、深く澄んだ瞳。華奢で小柄な身体を包むのは、濃紺のセーラー服だから、色白の肌を除けば全てが蒼でできているかのようだ。
 少女の名は、海原みなもと言った。
「……そない慌てることあれへんて、みなもちゃん」
 みなもの隣に座る長身の青年が、穏やかに笑った。
「着いたら教えたるさかい、のんびり読んどきや」
 この青年――というより、少年といったほうがいいくらいの若さなのだが――は、淡兎・エディヒソイ。『エディー』と愛称で呼ばれている。
 滑らかな銀色の髪と、みなもと同じくらいに透き通るような白い肌。
 眼鏡の奥の、日本人離れした端正な表情は、まるでみなもの慌てぶりを愉しみながら観察しているかのようだった。
「さっきから夢中で読んどるけど、そないおもろいんか、それ?」
 再びみなもが開いた文庫本を、横から覗きこむ。
「この作家さん、好きなんです」
 みなもはにっこりと微笑んで、文庫本をエディーに預けた。
「知らん名前やなあ……。うちも、小説は結構好きやねんけどな。ま、今から見れるもんはもしかしたら、そこらの小説よりもよっぽどおもろいかもしれへんしな」
 ……事実は小説より奇なり、だ。
 想像を絶する異変が日常と化しつつある最近の東京では、小説本の売上も落ちこむ一方かもしれない。
「ん? この名前、どっかで聞き覚えが……」
「湖東正仁。これからあたしたちが会いに行く依頼者さんです」

 古いマンションの四階の一室。
 そこが今回の仕事の依頼者である湖東正仁の仕事場であり、生活の場でもあった。
「どんな人なんだろう……」
「作家なんて、きっと変人のおっさんやで」
「そんなことないです。あんなに素敵なお話を書くんだもの。きっと素敵なおじさまに決まってます」
 どうやらみなもは湖東の作品のファンらしい。いつもの穏やかな彼女が珍しく、ムキになって反論する。その様子は、十三歳という年齢に相応の愛らしさを感じさせた。
「素敵なおじさま……ねえ。ま、うちとしては作家のおっさんよりも、天使の女の子とやらの方が気になるとこやけどな」
 エディーが悪戯っぽく微笑む。
 そんな話をしているうちに、湖東の部屋の前に到着して、インターフォンを押す二人。
 しばらくの間の後、部屋の中からぱたぱたと足音がして、ドアが内側から開いた。
「はい……」
 チェーンのかかった半開きのドアの隙間から顔をのぞかせたのは、猫を抱きかかえた若い娘だった。
「どちらさまでしょうか?」
 栗色の長い髪と、翡翠色の澄んだ瞳、少し儚げな印象を受ける細い体躯。年齢は16、7といったところだろうか。
「湖東正仁さん……じゃなさそうやな。うちら、草間興信所から派遣されてきたもんですけど……」
「あ、よかった。私も、草間さんに頼まれてここに来た者です」
 チェーンを外して、二人を迎え入れる娘。
「どうぞ。私は、白里焔寿といいます。この子は私の愛猫のチャーム」
 焔寿に抱かれていた蒼いリボンをつけたその猫は、にゃあ、と愛らしく鳴いて、焔寿の腕の中から床へと降りた。
「あたしは、海原みなもです」
 みなもが差し出した小さな手を握って、
「あなたがみなもさんね。みそのさんの妹さんの」
「姉をご存知なんですか?」
「ええ。ちょっとね」
 焔寿はそう言って微笑んだ。
「うちは淡兎・エディヒソイ。エディーって呼んだってください」
「よろしく、エディーさん」
 同じように、握手を交わす二人。
「それで、状況は? 依頼人さんは留守みたいやけど……」
「ええ。私の他に、シュラインさんと今野さんが応援に来ているんですが、今はそのお二人とともに、ユウリちゃんのご飯の買出しに出られました」
「ユウリ?」
 玄関から細い廊下を通って、突き当たりのドアを開く。
「……彼女の、名前です」
 十畳ほどの部屋のベッドの上に、まだ幼い少女がうつ伏せに眠っていた。
 年齢は十に満つるまい。横たわった小さなその背中からは、やはり小さな一対の翼が力なく広がっている。
 もともとは透き通るような純白だったと思しきその羽は、灰色に薄汚れてところどころに赤黒い血の跡をこびりつかせている。
 とりあえず応急処置は施してあると見えて、翼や身体のところどころに包帯が巻かれていた。
「こいつは驚いた……ほんまもん……やな」
 エディーが手を延ばして、そっとその羽に触れようとする。
 とたん、びくっと少女の身体が震えて、次の瞬間、その身を起こした。
「あ……」
 唖然とするエディーから離れるように、ベッドの奥へと逃れるユウリ。
 震える手で毛布を掴んで、それを頭から被ると、毛布の隙間から三人の様子を見つめている。
「どうやら、怖がられてるみたいやなぁ……」
 困った表情を浮かべて、エディーは銀色の髪を掻いた。
「初めまして、ユウリさん」
 みなもが少女にそっと近づいて、声をかける。
「怖がらなくて、いいのよ」
 危険じゃないことを示すように、優しく手を差し伸べる。
 しばらくの間、ユウリはじっとその手を見ていたが、少し警戒がとけたのか、ゆっくりとみなものその手に触れた。
「よかった……」
 焔寿がほっとしたように胸をなでおろす。
 そこへ、玄関の方から、ドアの開く音がした。
「ただいまー……っと、おっ」
 入ってきたのは、三人。
 すらっとした長身、束ねた長い艶やかな黒髪に、切れ長の碧眼が印象的な美女、シュライン・エマ。
 少し青みがかった短い髪と穏やかな光を湛えた瞳、優しげで柔和ながらも意志の強さを感じさせる、まじめそうな顔つきの青年、今野篤旗。
 そしてその二人の後から入ってきた、四十代半ばと思われる、濃い髭の男。
「君達も、草間興信所の方ですね。わざわざ、来てくださってすみません」
 深い森の奥にひっそりと棲んでいる、落ちついた世捨て人のような印象を与えるその男が、依頼者の湖東正仁だった。
「これで全員揃ったわね」
 エマがその中性的な美貌に艶やかな笑みを浮かべて、
「ユウリちゃんも目が覚めたようだし、まずは皆でご飯タイムにしましょ。
 さ、皆も手伝って!」


■#2 食卓を囲んで

 時刻は夕方4時を少しまわったところだった。
 早めの夕食か、遅めの昼飯か、微妙な時間ではあったが、ひとまずエマと焔寿、それと本人の希望でエディーが食事の仕度をすることになった。
「天使ってどんなものを食べるんでしょう?」
「わからないから、とりあえず食べそうなものを手当たり次第に買ってきたわ」
 けらけらと笑うエマに、不安げな苦笑いを浮かべる焔寿。
 一方、エディーは鼻歌を歌いながら上機嫌で野菜を切っている。
「エディー、頼むからあんた、食べられるものを作ってよ」
「ふっ、まかしとき。初公開のうちの新作を食べられるんやからなあ。ここにいる皆はラッキーやで」
 ふふふふ、と不気味な含み笑いを響かせるエディーを見ながら、エマはこっそりと胸元で十字を切った。

 エマと焔寿の手によって、出来あがった料理がダイニングテーブルの上に次々と並べられていく。
 キッチンから流れてくる匂いに、
「美味しそうやなぁ……」
 と呟きつつ、篤旗はみなもとともにユウリの傷の具合を見ていた。彼女に応急処置を施して包帯を巻いたのは彼だった。
「すごい、今野さん。傷の手当てなんてできるんですね」
「こう見えても僕、一応医学生やからね。最もまだ教養過程しか学んでへんねんけど」
 一度包帯を解き、念の為にもう一度消毒して、巻きなおす。
「しかし、えらい傷やなあ……まるで車にでも撥ねられたみたいやわ」
 ユウリは少し怯えていたが、素直に篤旗の手当てを受けていた。
「よしよし、ええ子やな。……痛くないか?」
 篤旗の問いかけに、ユウリは何も答えなかった。

 できたての料理の並んだダイニングテーブルを囲む7人。
 ハンバーグ、生野菜のサラダ、味噌汁とじゃが芋の煮っころがし。
「……おお、美味そう!」
「ハンバーグとサラダは私、味噌汁とおいものにっころがしはエマさんが作りました」
「おかわりはあるから、じゃんじゃん食べてよね」
 自慢そうに胸を張るエマ。
「さあ、おあがり、ユウリ」
 湖東はユウリを椅子に座らせて、料理を小皿にとって彼女の前に置いた。
 ……しかし、ユウリは食べようとしない。
 警戒してるのかと思い、スプーンで一口すくって、まず自分で食べて見せた後、同じようにもう一口すくって、今度は彼女の口元へ運ぶ。
 しかしユウリは、ふるふると首を左右に振った。
 エマと焔寿の表情が曇る。
「……やはり、お口に合わないんでしょうか……」
「そりゃ私の料理、地味で古臭いって言われるけどさ……」
「ま、まあまあ」
 どんよりと落ちこむ二人をなだめるみなも。
「ふっ……とうとう、真打ちの出番やな」
 キッチンから大きな皿を持って現れたエディーが、にやりと笑って言った。
 テーブルの上に置いた皿に、こんもりと盛られたそれは――。
「うち特製の新レシピ、『野菜たっぷりオムレツのあんかけエディー風』や」
 どす黒く焦げて、ぼろぼろに破れたオムレツから、大雑把に切られたネギか何かよくわからない具がまるで触手のように飛び出している。その上にたっぷりとかかった濁った色のあんかけ。何やら酸っぱい匂いもする。
 その皿の上の物体は、汚怪な粘液にまみれて生を受けた、この世ならぬ妖物の仔のようであった。もしこれが今、『きしゃあぁぁ』という声を上げて、もぞもぞと蠢いたとしても、誰も目を疑うまい。
 エディーを除く全員が青ざめ、ユウリにいたってはすっかり怯えている。
「……あ、そうだ。あたしも食べ物、持ってきてたんだった」
 みなもはふと、持ってきた鞄を手に取り、開いた。
 中から、牛乳と、蜂蜜のパックを取り出す。
「前に、何かの漫画で読んだことあるんです。天使はこういうのしか食べれないって。それで一応持ってきてみたんですけど……」
 コップに注がれた牛乳と、小皿に入れた蜂蜜を見て、ユウリの表情が明るくなった。
 嬉しそうに、牛乳に口をつけ、スプーンにすくった蜂蜜をなめている。
「よかったぁ……」
 ほっと胸を撫で下ろす一同。
「さ、それじゃ私達もいただきましょう」
「……その前に、この物体X、ちゃんと処分してよね……」

「うちはいつも一人でね。だから、こんなにぎやかな食卓は久しぶりだ。君達が来てくれなければ、この子の傷の手当ても、食事の面倒も見きれなかった。
 ……本当に、ありがとう」
 テーブルを囲みながら、湖東は五人に改めて礼の言葉を述べた。
「あの……失礼ですが、ご家族は……?」
 篤旗の問いに、湖東は苦い微笑を浮かべた。
「妻と娘が。……もっとも、今は離婚して別居中だが」
「すみません……」
「いやいや。妻が出ていったのも自業自得なのかもしれない」
「ところで、湖東さんってどんな小説をお書きなんですか」
 少し暗くなった雰囲気を変えようとしたのか、それとも単に興味があったのか、焔寿がそう尋ねる。
「主にジュブナイル物を書いててね。若い読者さん向けの、ファンタジーとか、SFとか……昔は純文学を目指してた事もあったんだが、私にはそれほどの才能はなかった」
「そんなことないです!」
 みなもが熱心な声で言った。
「あたし、湖東さんの作品、好きですよ。本もたくさん持ってます!」
「そう言ってもらえると嬉しいなぁ」
「『蒼き星船』とか、何度も何度も読みました。夢で見るくらい……」
「あれは、結末が嫌いだって、いろんな人からお叱りを受けたけどねえ」
 盛り上がる二人。
「それはそうと、その子のことだけど……」
 このままではどんどん違う方向へ行きそうになる話題を、エマが軌道修正する。その子、というのはもちろん、湖東の傍らで美味しそうに蜂蜜を舐めている小さな天使のことだ。
「これから、どうするつもりなの? 湖東さん」
「できれば、この子を元いた場所に戻してあげたい。だが、この傷ではそれもままならないだろうし、この子一人で帰れるかどうかもわからない。しばらくはここに置いてあげようかと思うんだ。
 だが私にも、物書きの仕事がある。だから皆さんに、その間この子の面倒を見ていただきたい」
 五人は頷いた。
「しばらくの間は、私達が交代でこの子の面倒を見に来ます。安心していただいて大丈夫ですよ」
 と焔寿が微笑み、
「怪我の治療も、多少やったら僕かじってますし」
 と篤旗が言った。
「あたしは大したことはできないけど……身の回りのお世話と翼のお手入れくらいはできると思います」
 そう言ってみなもも笑う。
「それに、この子に言葉も教えてあげないとね」
 エマがユウリの銀色の髪を撫でる。
 食べ物をもらってすっかり警戒を解いたのか、それとも食べることに夢中なのか、ユウリは拒否するそぶりを見せず、おとなしく撫でられていた。
「せやったら、うちは食事担当やな。天使向けの牛乳と蜂蜜を使ったレシピを考えへんとなぁ……」
 ぽつりと呟くエディー。
『それは却下』
 絶妙のタイミングで重なった四人の声に、エディーはむくれてそっぽを向いた。
「――なんでやねん!」

          ※          ※          ※

 ……その時、キッチンの方では。
 ダイニングテーブルから隔離され、放置されたその料理の皿を、焔寿の愛猫チャームが覗きこんでいた。
 その表面を舐めてみようと、おそるおそる舌をのばす……が、その変に酸っぱい匂いが鼻について、思わず顔をそむけてしまう。
 不意に、もぞっとそれが動いた――ような気がした。
 本当に、気がした、だけなのだが。
 フーッ、と警戒と威嚇の唸りを上げて、その不気味な物体を睨みつけるチャーム。

 まさかそれが、今宵の食事として後で自分に与えられることになろうとは、その時のチャームは夢にも思わなかった……。


■#3 『ユウリ』

 焔寿の唇から、囁きにも似た祈りの言葉が洩れる。
 精神の集中とともに、焔寿の白い手のひらが、内側から美しい光を帯び始めた。見るものの心をも清浄にするかのような、癒しの輝き。
 ユウリの傷ついた翼に、その手のひらを重ねる。するとその光は、手のひらの内側からすうっとユウリの翼の中へと吸い込まれていく。
「どう?」
「……あたたかい」
 たどたどしい口調で、しかしはっきりと嬉しそうに、ユウリはそう答えた。
 五人がユウリの面倒を見るようになって、一週間が過ぎた。
 焔寿の治癒の力と、篤旗の治療の甲斐あって、ユウリの翼や身体の傷も、もうかなり回復している。小さな身体のあちこちを覆っていた包帯も、今はもうほとんど取れた。
 最初はまったくしゃべれなかった言葉も、エマの熱心なレッスンのおかげで、かたことではあるものの、ある程度の意志の疎通はできるようになっていた。
「……そうだ! ユウリちゃんに、プレゼントあげるね」
 焔寿は微笑んで、傍らで寝ていたチャームを抱きかかえた。
「チャーム、ぷれぜんと?」
「あ……ごめんね、チャームはあげられないの。その代わり、」
 チャームの首についた空色のリボンを解いて、ユウリの銀色の髪に結ぶ。
「これ、あげるね。お姉ちゃんとチャームのお気に入りのリボンなのよ」
「えへへぇ、うれしい」
 結んでもらってリボンの感触を小さな手のひらで確かめながら、少女は幸せそうに笑った。
「もうすっかりようなったなあ」
 二人のやりとりを見ていたエディーが、感心したように呟く。
「そろそろ、はじめてもええ頃かもしれんなあ」
「はじめるって、何を?」
「決まってるやんか。まぁ、傷も治ってきたことやし、リハビリっちゅうことで飛ぶ練習やね!」
「飛ぶ練習? どうして?」
 心配そうな顔をする焔寿。
「……やって、天使ゆうからには、還す場所は空やろ? せやったら飛ぶ練習せなならんやろ」
「うーん……」
 本当に天国というものが空にあって、そこからユウリがやってきたという確信は何もないのだが……まあ確かに、適度な運動は必要だし、翼ある天使である以上、またいつでも飛びたてるように練習しておくのはいいことかもしれない。焔寿もそう考えた。
「でも、飛ぶ練習って、どうやるの? まさか、高いところから突き落として無理やり飛ばせるとかじゃないでしょうね」
「うちはスパルタ鬼教官かい。そんな無茶はさせへんて。……ま、任しとき」

 ユウリを連れて、マンションの屋上へと上がった、エディーと焔寿。
「さ、始めるで」
 エディーはそう言って、精神を集中した。
「……エディーさん、これは!?」
 不意に自分の感覚に生じた奇妙な変化に、焔寿が驚きの声を上げる。
 身体が、やけに軽く感じる。まるで全身が、羽根になったかのようだ。
「どや、ユウリ。これなら飛べそうか?」
 にっと笑ってエディーが言った。
「うちの周囲の重力を軽ぅしたったんや。大した芸やないけど、こういう時の役には立つやろ?」
 自分の周囲、半径5メートルまでの空間の重力を思いのままに操る。ただし、自分自身は変化した重力の影響を受けない――これが、淡兎・エディヒソイの持つ特殊な能力であった。
「最初は落ちたらあかんし、うちが重力軽ぅして持ち上げたるわ。そっから慣れていったら、ちょっとずつ元の重力に戻したったらええ」
 こうして、おそらく史上まれに見るであろう、天使の飛ぶためのリハビリが始まったのだった。

「頑張って、ユウリちゃん!」
 懸命に小さな翼を羽ばたかせようとするユウリに、エディーと焔寿が励ましの声を上げる。
 ふわり、と少女の身体が宙に浮いた。
「よし、ええぞ、その調子や!」
 しかし、少し浮いたところでバランスを崩し、小さな身体が前のめりになって落ちてしまいそうになる。
 慌てて焔寿がユウリの身体を受け止めた。
「まだすぐには無理やな。でもいい感じや」
「怪我が治ったばかりなんだし、あんまり無理はダメよ」
 焔寿に頭を撫でられて、ユウリは嬉しそうに笑った。

          ※          ※          ※

 ――そして、それからさらに二週間の時が流れた。
 
 エマ、篤旗、みなもの三人は、各々が変装した姿で、一人の男の後を尾行していた。
 新宿の雑踏の中を歩いていく男。その背中を見失わないように、しかし気づかれないように距離をおいて、その後を追いかける。

(久しぶりに、探偵らしいわね、私達)
(でも、その変装どないかなりませんか、エマさん)
(何よ、この格好の何が悪いのよ)
(黒のスーツに黒のヴェールて……葬式帰りの未亡人みたいですやん……)
(失礼ね!)
(お二人とも、騒ぐとばれちゃいますよっ)

 やがて男は、小さなカフェの前で立ち止まった。腕時計を確認して、そのまま中に入ってゆく。
 続いて、気取られぬように注意を払いながら、自然を装い、カフェの中に入る三人。
 標的の男のすぐ後のテーブルに座る。
 男は、誰かを待っているようだった。しきりに時計を気にしている。
 10分ほど経って、待ち人が来た。
 男は席から立ちあがり、カフェに入ってきた人影を嬉々とした表情で出迎え――次の瞬間、落胆した。
「……加奈なら、来ませんよ」
 男のテーブルへつかつかとやって来た女は、刺を含んだ言葉で、そう言った。
「亜希子……」
「貴方には会いたくないそうよ。そう伝えてと言われたわ」
 女の声には苛立ちがあった。自分から大切なものを奪わないで、とでも言いたげな。
「本当に、そう言ったのか?」
 男は――かつてその女の夫であった、湖東正仁は、信じられないという表情で、そう尋ねた。
「加奈が本当に、そう言ったのか」
「たとえ言おうと言うまいと、あの子をあなたに会わせるつもりはないわ。あの子の親権は私にあるんですから。勝手な真似をされるようなら、また法廷で話をすることになるわよ」
「馬鹿な事を言うな。……父親と娘が会って何が悪いんだ」
「父親、ですって?」
 女――かつて湖東の姓を名乗り、今は違う姓を名乗っている彼女の言葉と、彼を見つめるその視線は、あくまでも冷ややかだった。
「あの時、父親としての役目を捨てて逃げたくせに、今さら父親面しないでちょうだい」
 湖東は沈黙した。
「あの時、夕里がどんな気持ちで貴方を待っていたか――」
 そう言いかけて、女は言葉を切った。
「……とにかく、今後一切、加奈と話したり、こっそりと会うような真似はやめてちょうだい」
 そう言い放って、足早に去ってゆく。
 湖東は生きる為に必要な全てを失ったかのように、力なく席に座りこんだ。
 魂の抜けたような瞳で、カフェを出ていく女の背中を見送って、ぽつりと呟いた。
「……罰、なのかもしれんな、これが……」
 その様子をこっそりと後の座席で見守る三人。
 不意に、湖東が振り向いて、声をかけた。
「よかったら、こっちに来ないか」
 どうやら、尾行は最初からばれていたらしい。
「……恥ずかしいところを見られてしまったな」
「すみません、湖東さん……」
 申し訳なさそうに、三人が頭を下げる。
「いや、君たちを責めるつもりはないよ。だが、何故私の後を?」
「実はこの三週間、私たちなりにいろいろと調べてみたんです」
 エマはヴェールを外すと、かすかに琥珀色を帯びた眼鏡越しに、湖東の表情を見つめた。
「あの子は何者なのか。どこから来て、何故、貴方のところに現れたのか。少なくとも私には、あの子が貴方のところへ来たのが、ただの偶然とは思えなかった」
「どういう事かな」
「あなたには、すでにわかっているのではありませんか、湖東さん」
 エマの鋭い言葉に、湖東の表情が一瞬、揺らいだ。
「わかっていたからこそ、あなたはあの子に、ユウリという名前を与えた。そうではありませんか?」
「……参ったな……」
 湖東は泣きたいのをこらえるかのような微笑みを浮かべて、瞳を閉じた。

「これはきっと罰なんだろう……」
 自嘲げに、湖東は語りはじめた。
「私と亜希子の間には――もう一人、娘がいた。加奈にとっては姉にあたる娘が」
「もしかして……その子の名前が、夕里ちゃん、いわはるんでっか」
 篤旗の問いに、湖東は頷いた。
「加奈よりも八つ年上で……あの子がこの世を去ったのは十歳の時。だから、加奈はもう、夕里のことを覚えてはいないだろうな」
 湖東はまるで、心の奥深くにしまいこんで、もう二度と開くつもりのなかったアルバムの写真を、ひとつひとつ確かめるかのような表情を浮かべていた。
「もう十年も前のことだが……その当時の私は、まだろくに自らの作品で食うこともできない、駆け出しの物書きだった。ただひたすら、書くことに夢中で、いつしか妻と二人の娘を顧みることも忘れてしまっていた」
「…………」
「妻は……亜希子は、よく頑張ってくれていたよ。二人の娘の面倒を見ながら、満足な収入もない私の代わりに、パートの仕事で必死に稼いで……。それでも亜希子は、頑張って、と言ってくれていた。頑張って夢を叶えて、と」
「…………」
 三人は黙したまま、湖東の独白に耳をかたむけていた。
「私は、そんな彼女に、甘え過ぎていたんだろう。……いや、傲慢にすらなっていたのかもしれない」
 そして、その表情に、不意に苦痛の色が浮かんだ。
「……湖東さん!?」
 胸をおさえてうめく湖東。
 次の瞬間、その身体が前のめりにテーブルの上に倒れ、コーヒーカップが床の上に落ちて砕け散った。
 何事かと、カフェにいた人々の視線が集まる。
「湖東さん、しっかり、しっかりしてください!!」
 苦しげに息を吐く湖東に、必死に声をかけるみなも。
「夢さえ叶えれば、亜希子も、加奈も、夕里も……もっと、もっと幸せにしてやれる。それが私にとっての幸せだと、そう思っていた……」
 ……だが、今、作家としての夢をひととおり叶えた今、湖東の側には誰もいなかった。愛する妻も、娘も。

 ――だから、これはきっと、罰だ。

          ※          ※          ※

 まさにその瞬間。
 マンションの屋上で、いつものように焔寿、エディーとともに飛ぶ練習をしていたユウリは、不意に彼方の空を見つめたまま、表情を凍らせた。
「ユウリちゃん?」
「ユウリ、どないしたんや?」
 異変に気づいた二人の声に、返事をするかわりに。
「――パパ!!」
 ユウリの唇からこぼれたその声は、悲鳴にも似ていた。


■#4 空に還る

「……冠動脈疾患です」
 医師はカルテを見ながら、重い口調でそう告げた。
「早い話が狭心症ですな。それも深刻な。投薬は受けておられたようですが……この状態では、いつ心筋梗塞が起こってもおかしくなかった」
 湖東は呼吸器をつけられ、意識を失ったままICUでの治療を受けている。
「命に……関わるものなのですか」
 エマの問いに、医師は暗い表情で、頷いた。
「このまま容態が安定しなければ、おそらく、もう……」
「そんな……」
 言葉を失う三人。

 病院を出ると、時刻はすでに夜9時をまわっていた。
「医者の言うとおり……湖東さん、もう長くないかもしれへん……」
 帰りのタクシーの中で、ぽつりと篤旗が呟いた。
「どういうことなの」
「ICUに運ばれてくとき、あの人の『熱』が見えたんや。左の胸を中心に、体熱がやけに低かった。心臓の機能が著しく低下してる証拠や……。おそらく心筋梗塞を起こして、心臓が死に始めてるんや……」
 篤旗は『温度』に関する能力を持っている。対象に熱を与えたり、奪ったり。また、その対象がどのくらいの温度なのかを『見る』ことができるのだった。
「エマさん」
 みなもが、心から願うように呟いた。
「あたしたちには、何もできないんでしょうか?」
「…………」
「罰だって言うけど、こんなの、湖東さんがかわいそうです」
「……そうね」
 エマは、そう一言だけ答えて、ずっと何事かを考え込んでいるようだった。
 そしてふと、携帯電話を取り出す。バタバタしていて気づかなかったが、十件近い着信が入っている。全て、エディーからのものだった。
「もしもし、エマだけど」
《ああ、ようやく繋がった! 大変や、姐さん。あの子、飛んでいってまいよった》
「飛んで……って、ユウリが!?」
《せや。屋上でいつもの飛ぶ練習しとったら、急に……。それで、焔寿ちゃんと二人で探してまわってんねん》
「わかった。とりあえず、湖東さんのマンションで合流しましょう」

 主のいないマンションの部屋に、集まった五人。
 エマは焔寿とエディーに湖東が倒れたことを話し、ユウリが飛び去って行った時の状況を聞く。
「状況も何も、いつものように練習してただけやで。もっともあの子、もうほとんどうちの助けなしでも、飛べるようになってたんやけどな。そしたら突然、『パパ』、言うて、そのまま屋上のフェンスより高く飛びあがって、それきりや」
「『パパ』か……」
「もしかしたらあの子、元の居場所に帰ったんちゃうか?」
「本気でそう思ってる?」
「……いや」
 エマにそう言われて、エディーは肩をすくめた。彼女の言う通りだ。都合よく考えようとしてはみても、それで心配が消えるわけではなかった。
「湖東さんのところへ行ったのかも……」
 みなもの言葉に、焔寿と篤旗も頷いた。
「もしかしたらあの子、湖東さんが倒れはったのん、気づいたんかもしれへん……」
「私も、病院の場所がわかっていれば、湖東さんのところへ行った可能性が高いと思います。……でも、もし場所がわからなかったら……」
 あてもなく空をさまよっているだろうか。――いや。
「もう一つ、あの子が行くかもしれないところがあるわ」
 エマが、確信の響きを帯びた声で言った。
「母と、妹のところへ、よ」

          ※          ※          ※

「お勉強は進んでる?」
 ドア越しに、部屋の外の廊下から聞こえてくる母の声。
 加奈は問題集を進める手を止めて、
「うん」
 とだけ答えた。
 自分でも沈んだ声だと思った。母を心配させたくはなかったが、久しぶりに会えるはずだった父と、結局会うことを許してもらえなかった落胆は大きかった。
「……まだ怒ってるの、加奈」
「ううん、もういい」
「ごめんね。でもママは、加奈のことを第一に考えて――」
 大人って勝手だ、と加奈は思う。自分達の都合で別れて、自分達の都合で子供を振り回す。
 それでも、母は自分の為に一生懸命でいてくれる。それも事実だった。
 だから心優しい加奈には、それを責める事ができなかった。
「もうわかったから。勉強に集中させて」
「……後で何か食べるもの作ってあげるから、お腹がすいたら降りていらっしゃい」
 そして、母の足音が遠ざかる。
 溜息をついて、加奈はデスクから離れると、ベランダに面した窓から夜空を見上げた。
 満面の星、半ばまで欠けた月。
 ふとその中の輝きのひとつが、次第に大きく膨らんでいるような気がした。
 ……それは星ではなかった。
 眩い燐光を放つ何かが、星空の中を舞って、こちらに近づいてきている。

 ……ママ、加奈。
 ユウリは、かえってきたよ。

 そして。
 不意に鳴った電話で、かつての夫が倒れたことを聞かされた母が、娘にもその報せを告げようと扉を開けた時――。
 そこで彼女は、娘と、十年前に失ったはずのもう一人の娘とが微笑み合う姿を目の当たりにして、己の目を疑うのだった。

          ※          ※          ※

 世界は、一面の淀んだ闇の中。
 気がつくと、湖東正仁は一人、そこに囚われていた。
 いつからそこにいるのか。どうしてそこにいるのか。
 それすら思い出せない。

 人生はまさしく、この世界そのものだ。
 未来は先が見えず、一歩先は闇。
 だが、彼にとっては、夢こそが、行く道を照らす光だった。
 夢を追うことで、不確かな未来の中に希望を見出すことが出来たのだ。
 行きつく果てに、幸せがあることを信じて、彼は走りつづけてきた。

 走っていくうちに、いつしか大切なものが出来た。
 愛する女性。……それはやがて、愛する妻となり、そして彼女との間に、二人の娘が生まれた。
 だが、彼にはまだ何もなかった。そう思っていた。
 夢はまだずっと先で、夢に追いつくことが幸せを手に入れる手段なのだと信じていた彼は、走りつづけるしかなかった。
 たとえ、大切なものを置き去りにしてでも。

 夕里が車に撥ねられたのは、事故だった。
 その日、彼は夕里との約束を破り、ずっと原稿を書いていた。
 そしてすねた夕里は、父とともに行くはずだった公園にたった一人で出かけ、その途中、命を落とした。
 夫婦の仲が狂いはじめたのも、それからだ。

『パパ……』
 闇の中から、ほのかな光を放つ、小さな姿が浮かび上がった。
「ユウリ……」
 少女は微笑んでいた。
 銀色の髪、空色の瞳。それをのぞけば、その姿はまさしく、彼の知る夕里そのものだった。
「私を、恨んでいるか」
 彼がそう問いかけると、ユウリは悲しそうな顔で、ふるふる、と首を左右に振った。
「だったら、どうして私のところへ来た」
 小さな白い頬に、手のひらで優しく触れる。
 冷たい、濡れた感触がした。少女は泣いていた。
『パパに、会いたかったの』
 少女はそう言って、彼の胸にしがみついた。
 その身体を抱きしめながら、彼は懺悔するように、呟いた。
「恨まれていたって、よかった。それでも、お前に会いたかったのは――私のほうだったんだ」
『ユウリは、パパが大好きだよ』
 少女は、ぽろぽろと涙をこぼしながら、
『パパも、ママも、加奈も。焔寿お姉ちゃんも、エディーお兄ちゃんも、篤旗お兄ちゃんも、みなもお姉ちゃんも、エマさんも。みんなみんな、大好き』
 一生懸命に、そう言った。
「ユウリ……」
『離れ離れになってから、ずっとずっと。遠いところから、パパのことを見てた。パパはいつも辛そうな顔してた』
 ユウリの言葉は、彼の心の中の後悔の全てを包み込むように、優しく響いた。
 受け止めるように、赦すように。
 彼女は、まさしく天使なのだった。
『このままだと、パパは死んじゃう。辛い気持ちのままで、死んじゃうってわかってたから。ユウリ、助けたかったの。パパもママも加奈も、幸せにしてあげたかったの。
 だからユウリ、約束を破ってここに来てしまったの。その罰で、この世界にいた時の痛みをもう一度受けて、記憶もほとんどなくなっちゃった。
 ……だからユウリ、パパに迷惑をかけただけだったね』
「そんなことないさ。パパは幸せだったよ。ずっとずっと欲しかった幸せが何だったのか、それがどんなに大切なものだったか……ユウリのおかげで、取り戻せたんだ」
 彼は微笑んだ。もう何年も浮かべた事のなかった、心からの、幸福そうな笑みだった。
「だから、もういいんだ。思い残すことは何もない」
『パパ……』
 ユウリの身体が離れた。
『大丈夫、パパは死んだりしないよ』
 そして、その全身が眩い光を放ちはじめる。
『ユウリが、パパの新しい命になるから』
「ユウリ……」
 光が、闇の世界を果てまで照らしていくようだった。
 白く清浄な光に染まった視界の中、ユウリの最後の声が聞こえた。

 ――みんなを幸せにしてあげて。
 パパ、大好きだよ。

          ※          ※          ※

 目が覚めると、そこは病室だった。
 ぼやけた視界の中に、心配そうにのぞき込む、みなも、焔寿、エマ、篤旗、エディー。五人の姿があった。
「う……」
 身体がやけに重い。
 しかし、いつも感じていた胸を締めつけるようなあの痛みは、嘘のように消えていた。
「よかった……」
「身体のほうは大丈夫なん、湖東さん」
「うん、もう大丈夫だ。心配をかけて申し訳ない」
 次第にはっきりとしてきた視界で、ユウリの姿を探す。
「あ……湖東さん、ユウリちゃんは――」
「あの子は、空に帰ってったわ」
 みなもの言葉を遮って、エディーがそう言った。
「湖東さんに、ありがとう、またそのうち遊びに来る、言うて伝えてくれって」
「……そうか……。本当に、ありがとう」
 湖東は微笑んだ。
 そしてふと、自分の手のひらに握られていた感触に気づいた。
 ――小さな、空色のリボンだった。

 五人が去ったのと入れ違いに、病室のドアをノックする者がいた。
「どうぞ」
 湖東の声に応じて、病室に入ってきたのは――。
「……亜希子、それに加奈も……」
 亜希子。そして、その傍らにいる涙目の少女が、娘の加奈。
「……パパ!」
 ベッドに横たわる湖東の姿を見つけて駆け寄ると、抱きついて泣きじゃくった。
「よく来てくれたね……二人とも」
 亜希子は何も答えなかった。
 ただ、複雑な表情を浮かべながらも、父親にしがみついて泣きじゃくる加奈の姿に、かすかに微笑んだような気がした。


 恨まれていたって、よかった。
 それでも、お前に会いたかったのは――
 私のほうだったんだ。


 心の中で湖東は、夢の中の言葉を、もう一度呟いた。
 窓から臨む空の青は、天使の瞳の色に似ていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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整理番号/   PC名     / 性別 / 年齢 / 職業
1252 / 海原・みなも    / 女性 /  13 / 中学生 
1305 / 白里・焔寿     / 女性 /  17 / シャーマン(天翼の神子)
0085 / シュライン・エマ  / 女性 /  26 / 翻訳家&幽霊作家
0527 / 今野・篤旗     / 男性 /  18 / 大学生
1207 / 淡兎・エディヒソイ / 男性 /  17 / 高校生

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■         ライター通信          ■
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 どうもー、たおです!(≧∇≦)/
 ご発注まことにありがとうございました!

 今回も、またかなり予想してたよりも長くなってしまいました><。
 しかも、一度執筆途中(というかほぼ完成していた)データが、ディスクの破損により消し飛ぶという大惨事にみまわれまして、一から書きなおす羽目に@@;
 そして書きなおすついでに前のストーリーからまたいろいろ変えてみたりして、今回も半端じゃなく産みの苦しみを味わいました(笑)。
 その分、少しでも何か残るものになっていればいいな、と思うんですが……。

 せっかくなので、参加してくださった各PCごとにプレイングの感想などを。

■海原みなも 様

 いつもたおの調査依頼に参加していただいて、心から感謝いたしております(≧∇≦)/
 みなもちゃんは(もう何度も書いているせいもあるのですが)イメージが掴みやすくて、すごく書きやすいキャラです。
 ヒロイン!って感じですごく可愛いし、いい子ですよね。
 個人的にはもうちょっと人魚形態での活躍や、水を操る能力も駆使させてあげたいんですけどね。

■白里焔寿 様

 はじめまして、参加してくださって真にありがとうございました!
 今回のプレイングでは、役割的に一番、ユウリに好かれていたかも(笑)。
 空色のリボンのプレゼントが、個人的にすごく気にいってます。最終的に結局、湖東のものになってしまいましたが(ぉぃ)。
 愛猫のチャームもストーリーにからむと面白そうなので、またご参加いただける機会があれば、是非チャームにも活躍させてみたいですね!
 あ、本文中には流れ上書けませんでしたが、湖東が倒れている間、焔寿はちゃんとシャーマンの術で治療をしているんですよ。湖東の心臓の病を完全に癒したのがユウリのおかげだったとしても、焔寿の術で痛みを和らげる程度の効果はあったと思います。(って、こんなとこで本編の補足をしてしまう自分が悲しい……)

■シュライン・エマ 様

 はじめまして、ご参加いただき本当にありがとうございます!
 他のメンバーに比べると、エマさんは年齢的に大人のキャラなので、今回はパーティーのリーダー的なキャラになっていただきました。
 その分、派手に活躍するよりも、ストーリーを牽引するための重要な台詞をしゃべったりという役回りが多くなっちゃって、せっかくの特殊能力設定がまったく活かせませんでした(ノ_<。)めそめそ
 次こそリベンヂを!!(▼皿▼メ)

■今野篤旗 様

 またご参加くださいまして、ありがとうございました!
 今回はユウリの傷を治してたり、ちょこちょこと活躍してはいるんですが、なんかちょっと目立たなかったような……。
 本当は同じ関西弁ペアということで、エディー君とライバル心を燃やすようなシーンを考えていたのですが、残念ながら実現できず。くやしい〜><。
 ちなみに、篤旗くんは京都弁、エディー君は大阪弁なので、結構細かい部分を変えてたりします。

■淡兎・エディヒソイ 様

 エディーさんもまたご参加ありがとうございました!(≧∇≦)/
 今回は参加している男性PCが二人とも関西弁使いということなので、今野くんとキャラがかぶらないようにえらく気をつかいました(笑)。
 今回は、『やばい料理を作るのが趣味』という設定を物語中にとり入れてみました。でもこれやると、本当にエディー君、コメディ風のキャラになってしまいますね……。
 個人的には狡猾(?)なエディー君のイメージが結構好きなので、次はぜひそのへんを活かしていきたいな、と思ったりしております。


 そんなわけで、とりあえず楽しんでいただけたら、すっごく嬉しいです。
 もしご意見、ご要望、ご不満などありましたら、是非聞かせてやってくださいね。
 またのご参加をお待ちしております!ヾ(≧∀≦)〃

たお