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<東京怪談ノベル(シングル)>


■彼女について考えてみる■

 先ほどから、ショッピングモールの中を袈裟をかけた大男があちらこちらと、うろうろ歩き回っていた。身長もそうだが、体つきは僧侶と思えぬ程厳つく、鍛えられている。
 抜剣白鬼とて、この格好がいかに人目をひいているか位、理解していた。しかし自分に与えられた時間が葬式‥‥仕事帰りの今しか無いのだから、仕方ない。
(困った‥‥)
 白鬼は、一通りショッピングモールを歩き通した後、深くため息をついてベンチに腰掛けた。
 その時、突然白鬼の僧服の懐から呼び出し音が鳴った。白鬼が待っている相手からの電話では無い事は、着信音で分かる。

 ああ、なんだお前か。それで、何の用だ。

 電話の相手は、白鬼の弟からだった。
 最近どうなんだ、とか回りくどい言い方で身辺を探った後、彼はようやく本題を切り出した。
(それで、彼女とはどうなんだ)
 と。
 どう、と聞かれても答えに困る。実家の者、親類縁者が何を気にしているのか、何を弟に聞き出させようとしているのか、何となく予想出来た。
 何年も付き合っていて、まだ結婚する気がないのか。相手の親御さんは?
 弟や親が聞かないだけ、白鬼はまだ気持ちが楽だった。何故、と聞かれる。
 何故か?
 何故なんだろう。
 白鬼は立ち上がると、再び目標探しを開始した。

 彼女と会ったのは‥‥。確か、白鬼が関わった退魔行がらみの仕事が最初だった。白鬼が鮮明にそれを覚えているのは、むろん彼女の印象が強かったという事もあるが、何より彼女の放った一言が強烈だったのだ。
 追いつめられた人は、正義なんて簡単になくすんだ、と。彼女はいつでも自由奔放で、白鬼を困らせるような一言を投げかけた。
 正義とか善意とか、全く信じていない。拘置所に入れられた彼女との、禅問答は続いた。
 この彼女の深い心のどこかに、正義を信じなくさせた根本があるのだと分かったから。人を傷つけて傷つけられる。彼女のなかでは、常に正義とか正しいものとか、そういうものは無駄なものなのだ、と信じようと本能が動いているようだった。
 お互いを思いやる事の居心地良さを‥‥彼女は知らなかったのかもしれない。
 白鬼の視線が、ふとあるものを捕らえる。
 ショーウィンドウに飾られたペンダントには、名前が入っている。それを見た白鬼は、ふ、と口元に笑みを浮かべた。
 名前で呼ばれるのは嫌だ、と子供みたいに怒ってばかりだった彼女を思いだしたからだった。
 これは駄目だ。ようやく終わった問答を、また蒸し返してしまう。ようやく名前で呼ぶ事を納得してくれたのに、名前入りのペンダントなんてプレゼントしたら、すねてしまうだろう。
 白鬼の家系では、代々名前に“鬼”の文字を付けるならわしがある。それは彼が蝦夷の血を引いている事に関係する。それを言ったら、彼女は強そうでいい、と楽しそうに言った。
 強いとか弱いとか、彼女は少し拘っているように感じる。白鬼にとって強い、というのは何も肉体的なものだけでは無いと思う。白鬼は確かに体も鍛えているが、精神的にも強くありたかった。出会った頃の彼女はいつでも自分の弱みを隠し、そのくせ相手にはそういう自由で開けっぴろげな所を求めていた。
(ああ、何か言ったか?)
 電話口で怒鳴っている弟に、返事をした。
(すまん、今日は‥‥彼女の誕生日なんだ。そう、今プレゼントを買いに来ているんだけどね)
 白鬼は、毎年この時期になると、1年分頭を使った。何でもいいよ、あんたがくれたものならさ。彼女はそう言っていたが、その“何でも”というのが一番難しかった。
 そういえば、今年の白鬼の誕生日は彼女がケーキを作ってくれたんだった。
 彼女は、手作りのケーキを作って白鬼を驚かせようとしたらしい。白鬼が帰って来ると、証拠を隠滅するかのように、部屋の中がきちんと片づけられていた。
 しかし、部屋中に充満している甘いバニラエッセンスのにおいが、そう簡単に消せるものでは無い。白鬼がその事を聞くと、彼女は少しあせった様子で、ケーキの入った箱を差し出した。
 その中身は、近くのケーキ店で買ってきたものであった。
(ごめん、あたしの料理の腕前を見せてあげたかったんだけどさ)
 と彼女の言い訳を聞きながら(彼女は、決して料理が得意な方では無い)、白鬼が部屋中を探し回ると、ベッドの下に押し込めたケーキの箱から、形の崩れたチョコレートケーキが出没したのだった。
 どうやら、捨てようとも捨てきれなかったらしい。白鬼が手作りケーキをプレゼントしたら、彼女は何と言うだろうか。
言葉の代わりに蹴りが出るに違いない。
(ああ‥‥まあ確かに少々乱暴な所もあるけどね、怪我をしたりはしないよ。これでも鍛えているからね)
 いや、そういう問題じゃないって?

 本格的に困った。
 服をあげようにも、どんなものを選んでいいのかわからない。靴は‥‥たしか23だったか。
でもこの間、夏物のサンダルを手に入れた、とか言って喜んでなかっただろうか。
 なあ、何をあげたらいいと思う。
 白鬼は弟に問いかけた。
(さあ、指輪でもあげたら)
 そう言うと、弟は電話を切った。
 指輪‥‥。
 いつか、白鬼は彼女と結婚‥‥するのか?
 白鬼が視線を移すと、視界の端で小さな子供が母親と歩いていた。それが遠い未来か、近い未来か、それとも無くなってしまうのかは分からない。それをお互い、さぐり合いながら生きている。今は、そういった禅問答のような付き合いが楽しくもあった。果たしてそれが、結婚とかいうものに繋がるのだろうか。
 自問自答する。
(白鬼、結婚や出産ってのは、誰かの為にするもんじゃないよ。‥‥お互いの為にするものさ)
 彼女の言葉を聞いたのは‥‥2年前だったか。
 いつでも自由奔放な彼女は、驚くような言葉を白鬼に投げかける。その殆どは、彼女にとって深い意味のない一言なのだが、時折突然白鬼の心の中に深く入り込んでいたり、遠くに感じたりする。
(結婚したいのか)
 真剣なまなざしで白鬼が聞き返すと、白鬼の反応を笑みをくすくす笑いながら彼女は楽しんでいた。
(白鬼の為にそうしてあげたい、と思ったなら、そうだろうさ)
 彼女にとって、自分が帰って来る場所で、暖かく居心地のいいホーム。白鬼にとって肩肘張って生きているように思える彼女は、肩の力を抜いていられる白鬼が必要なのだ。自分を偽らないで弱みを見せられる、信じられる相手。
それを白鬼にも求めていた。弱い白鬼も好きだ、とそう言った。好きだと初めて聞いたのは、まだお互いが仕事を通してしか会っていなかった時だったから、彼女の一言に酷く動揺したのを覚えている。
 その一言に深い意味は無い、と知って、白鬼は自分の苦悩と彼女の一挙一動とに、しばらく振り回される事となった。
 好きとか嫌いとか、自分の意思表示じゃないか。あんたはいつも大人ぶって居るようだけど、あたしはそうじゃない所があったとしても好きさ。そういう弱い所がある人間が好きだよ。
 彼女の言葉。
 自分は彼女に何をしてあげたいのか、どうして欲しいのか、常に考えさせられる。彼女は変化が激しいのだ、と最初は思っていたが、じきにそうではないと気づいた。それがありのままであり、偽らない彼女なのだと。
 そうして、お互いの存在をこころを確認し合っているように感じた。お互いを知る為に、いつも彼女は白鬼に禅問答を仕掛ける。

 さて。白鬼は考え込んだ。一体、誕生日のプレゼントに何を選んだらいいだろうか。
(‥‥)
 白鬼はくるりと踵を返すと、ショッピングモールを後にした。愛車のハーレーに手を掛け、携帯電話を取り出す。
「ああ‥‥俺だよ。明日そっちに帰ろうと思うんだけど‥‥」
 彼女の誕生日に、二人で旅に出よう。
 そしてゆっくり、二人で話しをしよう。愛車と一緒に‥‥。