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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


死を呼ぶ着ぐるみ


■#0 プロローグ

「テレビ局の撮影現場にも、怪奇現象は多いって聞くけど……」
 碇麗香は一枚の写真を見ながら、複雑な表情を浮かべた。
「こういうのは、初めて聞くわね」
「局内では、けっこう有名な話みたいですよ」
 やけに瞳を輝かせて語る三下を、麗香は呆れたような視線で見つめた。
「……なんか、やけに嬉しそうね。こういうの、好きなの?」
 ぺっ、とデスクの上に投げ出された写真には、不細工な青い毛むくじゃらの生き物が映っていた。
 ……いや、正確には生き物ではない。それは怪獣の姿を模した着ぐるみだった。
 国営放送の児童向けチャンネルが毎日夕刻から放送している教育番組『ダンスであそぼう』の人気キャラクター、ガオラだった。
「――ええ、そりゃもう! この番組、毎日タイマー録画でセットして欠かさず撮ってあるんですよォ。この、ガオラが可愛くて可愛くて……。あ、よかったら今度ビデオお貸ししますから編集長もご覧になります?」
「……遠慮しておくわ……」
 麗香は海よりも深い溜息をついた。
 三下がネットから拾ってきた情報によると、このガオラの着ぐるみを着た役者が、次々と怪死を遂げているのだという。
 つい先週も、このガオラの着ぐるみを身につけた若い役者が、子供たちとのダンスシーンの撮影中に心臓発作を起こして、そのまま亡くなっていた。
 児童向け番組であるだけに、余計な噂が立つことを嫌ったのか、局側はその件について表沙汰にはしていないのだが、業界では結構有名な話らしい。
「それで、その話、裏はとれてるの?」
「それが、放送局に電話してみたんですが、そういう話はない、の一点張りで……先週、この着ぐるみを着ていた役者が撮影中に心臓発作で亡くなったのは事実みたいですが、着ぐるみとは全く関係ないし、過去にもそういった事件はなかった、と……」
「それで?」
「今のところ、それだけで」
 能天気にそう答える三下に、また深い溜息をつく麗香。
 この男を部下として使っていると、そのうちこの溜息と腐れ縁になりそうな気がした。
「それじゃ記事にならないわ。必要ならヘルプを頼んでもいいから、もう一度取材しなおしなさい!……本当にこの着ぐるみにそういった因縁があるのか、あるならそれがどういったものか、もう一度詳細に調べて報告してくるのよ! いいわね!」
「――はいぃっ!!」


■#1 スタジオ潜入

「着ぐるみに呪い、かぁ……」
 スタジオへと向かう車の中、三下から渡された新聞記事のコピーを見ながら、青年は呟いた。
 朴訥したまじめそうな表情に、少し青みがかった短い髪、穏やかさの中に意志の強さを感じさせる瞳。青年の名は、今野篤旗(いまの・あつき)といった。
「それにしても、しもたなぁ。テレビ局に取材いくゆうんがわかっとったら、もう少しまともなカッコしてきたのに」
 そう言って残念そうに呟く。篤旗の長身を包むのは、色の落ちたジーンズに白のTシャツだけ。彼にとってはいつもの服装だが、これから彼らが向かう場所に入るのには似つかわしいかどうか。
「……すいません、急な話で……」
 車を運転する三下が、しょんぼりとそう言った。
 いかにも不幸に好かれていそうな貧相な外見に違わず、臆病で気の弱い男だが、その性格は車の運転にも如実にあらわれていた。
 法定速度50キロの道を30キロ程度でのろのろと走る上、車線変更にも時間がかかるので、後から来る車にもう何度もクラクションを鳴らされている。本人は安全運転のつもりらしいが、度を越せばかえって危険だ。
「今回の取材は局側からOKがもらえなかったので、潜入取材になってしまうんですよ。それもあって、どうしてもヘルプをお願いできる人となると限られてしまって……ほんとに無理言って、すいませんっっ」
「そ、それはええんですけど、うつむいてないで、ちゃんと前見てくださいね」
 はらはらしながら三下の運転を見守る篤旗。取材前からこれでは、先が思いやられそうだ。

 三下は目的地へと向かう前に、小さな公園へと車を走らせた。
 時折塀や電柱に車をぶつけそうになりながら、住宅地の中をくねくねと走る細い道を抜ける。
 砂場とブランコと滑り台、そしてジャングルジムだけしかないような、ほんとうにささやかなスペースの公園の前で、三下が迎えにきたもう一人の協力者が待っていた。
 篤旗の腰のあたりくらいまでの身長しかない、小柄な少女。短めに、肩のところまでで揃えられた銀色の髪と、くりくりとよく動く大きな銀色の瞳。まだ幼いと言ってもいいくらいの、愛らしい少女だった。
「三下、おそーいッ!!」
 学校帰りらしく、濃紺の制服に身を包み、赤いランドセルを背負った少女は、三下の車を見つけると、頬を膨らませて不満の声を上げた。
「あの子が……?」
「ええ、今野さんと一緒に、今回の取材に同行してくれる事になった、海原さんです」
「……あんな小さな子に取材の手助けを頼まはったんですか? まだ小学生みたいに見えますけど……」
「ええ、小学生ですよ、あの子」
 平然とそう答える三下に、篤旗は苦笑いを浮かべて、胸の内で呟いた。
(そない人手不足なんやろか、アトラス編集部って……)
 後部座席のドアを開けて、少女の小さな身体がすべりこんでくる。
 助手席に座ったまま、篤旗は後を向いて、少女に笑顔を見せた。
「よろしゅう」
「……って、おにいさん、誰? 一緒に取材に行くの?」
「うん。僕の名前は今野篤旗っていうんや」
「あたしは海原みあお! よろしくねっ!」

 三下の運転する車は、原宿駅から明治神宮、そして代々木公園へと続く道を抜けていく。
 そのまま交番前の交差点を左に曲がると、やがて左手に大きな建物が見えてきた。
「あれが放送センターですよ」
「おっきーい!」
「あの中に撮影スタジオがあるんですか?」
「ええ、一部のスタジオ内は放送テーマパークという形で一般公開もされてますよ。……ですけど、今回の我々の取材は、一般では入れないところまで踏みこまないといけませんからね」
「そういや、潜入取材ゆうてはりましたね。でも、潜入って、一体どないしはるんですか?」
「大丈夫です、ばっちり手は打ってあります、任せてください!」
 珍しく自信ありげにそう言って、三下はどん、と薄い胸板を拳で叩いた。

          ※          ※          ※

 それから一時間後……。
 篤旗は広大なスタジオの一角で、途方にくれていた。
(『任せてください』って……これが三下さんの『ばっちり』かいな……)
 篤旗は短期アルバイトの見習いスタッフとして、何の説明も受けないまま撮影の現場に放りこまれたのだった。
「おい新人、そこのセットわらっとけよ! ぼーっとしてんじゃねえぞ、動け動け!」
 ディレクターと思しき、熊のような体躯の髭面の男から、厳しい叱咤の声が飛ぶ。
(わ……わらう……?)
 訳のわからない指示に、唖然とし、戸惑う篤旗。
(セットの前で笑ってなんか意味あるんやろか?)
 などと疑問に思いつつ、にへら、とぎくしゃくした作り笑いをディレクターに浮かべてみせる。
「バッカ野郎!! その『笑う』じゃねえ! そのセットをどかして片付けとけってことだ!!」
「ああ、はいぃっ!」
 そして慌てて、足元にある大きな岩のセットを持ち上げる。発泡スチロール塊に、驚くほど精密な塗装のほどこされたそれは、岩そっくりの見た目なのに、驚くほど軽い。かさばって持ちにくくはあるが。
 持ち上げてから、ふと篤旗は思った。
「あのー……」
 隣にいたAD(アシスタント・ディレクター)らしき若い男と話していたディレクターが、鬱陶しそうに篤旗に振り向く。
「なんだ!?」
「これ、どこにカタしたらええんですか?」
「…………」
 苛立ちを隠しきれないかのように、髭面は毛深い手で頭をかきむしった。
「緒方、教えてやれ!」
 そう言って今しがた話していた隣の男に、篤旗を顎で示す。
 緒方と呼ばれたその若い男は、小走りに篤旗のもとへとやってくると、人のよさそうな笑みを浮かべた。
「その岩は大道具倉庫にしまう決まりなんだけど、どうせまた後のシーンで使うから、とりあえずカメラに収まらないところにどかしておけばいいよ。そうだな、あの緞帳(どんちょう)の陰がいい」
 緒方がスタジオ奥の黒い垂れ幕を指す。
「あれが、『どんちょう』……ですか?」
「そうそう、あの黒いの。……君、本当に何も知らないんだなあ」
 篤旗の困惑する様を、半ば呆れ、半ば愉しむように見つめながら、緒方は微笑を浮かべた。
「すいません……ほんま、素人なもんで……」
「まあ、誰しも最初はそうさ。僕だって半年前まではそうだったしね」
 そう言う緒方は、もうこの現場にはかなりなじんでいるようだが、歳の頃は篤旗とそう変わらないように見える。
「あ、僕はADの緒方勝。君は……」
「アルバイトの今野篤旗です。どうぞよしなに」
 緒方の差し出した手を、篤旗は握り返した。
「さっきの人は、ディレクターの熊田さん。見たとおりの名前だろ。ああいう乱暴な物言いするし、いつも忙しそうにしてるからとっつきにくそうに見えるけど、いい人だよ」
(そうは見えないけどなぁ……)
 胸の内で呟いて、篤旗はカメラの方にいる熊田に目をやった。今度は何やら、別の若いスタッフをどやしつけているらしい。野太い大声が聞こえた。まさしく熊の咆哮だ。
「この業界、新入りには不親切なんだ。放送系の専門学校にでも通ってるんじゃなければ、わからない専門用語も多いしね。わからないこととかあったら、何でも聞いてくれていいよ。余裕があれば教えるから」
 余裕があれば、というところがこの業界の人間らしい。
 じゃあ、がんばってね、と言って、去っていく緒方。
(こんなんでほんまに、着ぐるみの謎が掴めるんやろか……)
 篤旗は海よりも深く、嘆息した。

 ……一方その頃。
 三下と別れ、別室へと通されたみあおは、制服から赤いジャージに着替えさせられ、さらに大きな別の部屋へと案内されていた。
 部屋の中はがらんどうだった。奥にただひとつ、細長い小さな折りたたみ式のテーブルがあって、そこに背広を着た初老の男が座っている。
 男は、通されてきた眼前の少女と、手元の書類とを交互に見比べてから、
「……海原みあおさんだね」
 と、歳の割りには張りのある低い声で問うた。
「うんっ♪」
 みあおは無邪気に笑って、こくりと頷く。
「大変元気そうでよろしい。それではさっそく、『ダンスであそぼう』の新人子役にふさわしいかどうか、テストをさせてもらおうかな」
「――えぇぇ、テストぉ!? みあお、テストきらいだよぉ」
「テストといっても、学校でやるようなものじゃない。こいつはいわゆる、オーディションってやつだ。君が私の指示通りに動いて、私を納得させることができれば、君に番組に出てもらうことにするよ」
「はーい!!」
 右手を上げて元気に答えるみあお。
 元気さだけはとりあえず合格だな、と男は手元の用紙にこっそり丸をつけた。


■#2 手がかりを探して
 
「――一時間休憩の後、リハいくぞ!」
 熊田の大声が響きわたって、それを合図に、それまで張り詰めていたスタジオ内の空気が和やかなものに変わった。
 スタジオに入ってまだ三時間程度しか経っていないのに、もう倍以上の時間働かされているような気分で、篤旗はへとへとになってセットの陰に座りこんでいた。
「いーまのっ♪」
 不意に、愛らしい声がすぐ背後で聞こえた。
 振り向くと、赤いジャージ姿のみあおが立っている。
「みあおちゃん。……どないしたん、そのカッコ」
「えへへー」
 勿体ぶるように笑ってから、
「『おーでぃしょん』っていうのに合格したの! ぶいっ!」
 そう言って自慢そうにVサイン。
「すごいやんか! ほなら、この番組に出るんかいな!?」
「うんうん! 出れるんだってー!」
「ってことは、日本じゅうにみあおちゃんの姿が流れるんやなあ……」
「うんうん、帰ったらお姉ちゃん達にも自慢するんだ♪」
 すっかり上機嫌なみあお。
 一緒になって喜んでいた篤旗だったが、ふと、大事なことを思い出して、我に返った。
「……でも、こないなことしてて、着ぐるみのことについての取材になるんやろか……?」
 はっ、とみあおの表情が凍る。
 どうやら彼女も、ここに来た本来の目的を忘れていたらしい。
「ま、まあ、番組に出られるってことは、直に着ぐるみを見られるチャンスだし! もしおかしなことがあったら、みあおと今野の最強ペアにはすぐにわかるのだ! たぶん!」
「……いつから最強ペアになったん、僕ら……?」
「ま、細かいことはいいっこなしなし! それじゃ、みあおはもう行くね! これからダンスの先生に、振りつけ教えてもらいに行かなくちゃ! それじゃねっ!」
「……あ、みあおちゃん!」
 呼びとめるその声もむなしく。
 少女はまるで嵐のようにその場を去っていった。
(肝心の三下さんも、どこいったんだかいないし……。ほんまにこれでええんやろか……?)

 振付師の元へと行く前に、みあおには為すべきことがあった。
 ここへ来てすぐ、ジャージに着替えさせられた小さな部屋――つまり、子役用の控え室だ――へと戻って来たみあおは、持ってきた赤いランドセルを開くと、中にぎっしりと詰まっていたものを取り出した。
 何十枚もの、白紙のサイン色紙。そして色とりどり、たくさんのペン。
「撮影スタジオといえば、有名人がつきもの! そう、カレーに福神漬がかならずついてくるようにねっ!」
 ぐっっっ、と固い決意を示すようにその小さな手を握りしめて。
「ふふふ……たくさん貰うわよぉ」
 みあおは含み笑いを浮かべると、己が野望を叶えるべく、大量の色紙とペンを手に、控え室を後にした。

(ガオラの着ぐるみ……やはり、今回の事件の謎を解く一番の鍵はそれやな)
 篤旗はぼんやりと考えながら、ジュースの自販機に硬貨を入れ、コーラのボタンを押した。
 コトン、と軽い音がして、注ぎ口に落ちてきた紙コップに、ほどよく冷えた炭酸混じりの清涼飲料水が注がれる。
(着ぐるみ自体に何か仕掛けがあるんやったら、何者かがそれを仕掛けたはずやし、動機があるはず。……逆に着ぐるみとは無関係やっちゃうんやったら、何故着ぐるみを来た役者ばかりが命を落とすんか……死んだ連中に何か繋がりがあるはずや)
 注ぎ口から取り出したジュースを飲みながら、考えをまとめる篤旗。
(そもそも『ダンスであそぼう』は確か10年くらい前から続いてるはずや。僕が小学校の頃からすでにテレビであのガオラが踊っとったしな。……その間、ずっと同じ着ぐるみを使い続けてるんかな? 普通、人死にみたいなことがあったら、着ぐるみなんか交換されると思うんやけどな……)
「お、今野くん」
 スタジオとスタジオを繋ぐ廊下の途中、休憩用の座椅子のひとつに、見覚えのある男が座っていた。
 先ほどまで同じスタジオで仕事をしていた、ADの緒方だった。
「ちょうどよかった。緒方さんに、お聞きしたいことがあるんですけど……」
「僕でわかることなら」
 隣の椅子に座った篤旗に、緒方は快く頷いた。
「あの番組に使われてる着ぐるみに、妙な噂がある言うて聞いたんですけど……緒方さん、知ってはります?」
 着ぐるみと聞いて、緒方の顔から笑顔が消えた。
「ガオラの着ぐるみのことかい?」
 そう問いかけたその表情だけで、緒方は噂が事実であることを肯定していた。
 手にしたミネラルウォーターの小さなボトルで軽く唇を潤すと、言葉を続ける緒方。
「……ここのスタッフだったら、皆知ってることだよ。あの着ぐるみは呪われてる。あれを着た役者は、必ず撮影中に不可解な死に方をするんだ。あの着ぐるみを着たまんまでね」
「不可解な死に方……?」
「つい先週も、役者が一人亡くなったよ。まだ若い、これからの人だったのに。ダンスシーンの撮影中に、突然倒れて……病院に運ばれたら、死因は急性の心臓発作だと診断されたそうだ。それまで、心臓にまったく病気もなにもない、健康そのものだった人なのに……。呪いだとでも考えなければ、説明がつかないよ」
「それ以前にもおんなじようなことがあったんですよね。その時亡くなった人たちのこととか、ご存知ないですか?」
「さすがに、それ以前のことは……僕がここに来たのも半年前からだしね。話はいろいろ聞いてるけど、正確なことはわからない。……でも、詳しいことが知りたいんだったら、熊田さんに聞いてみたほうがいいんじゃないかな」
「熊田さん……?」
「『ダンスであそぼう』が始まってからの10年間、ずっとあの人がディレクターを務めてるんだ。番組にまつわる過去の出来事に関してなら、あの人ほどよく知ってる人はいないはずだよ」
 篤旗は、大声で怒声を上げるごつい髭面の顔を思い浮かべて、頭を抱えた。
(……まいったなあ……あの人、苦手なんやけどなぁ……)

「ありがとうございましたぁ♪」
 今もっとも旬とも言える美少女アイドル、神崎舞からサインをまんまとゲットして、控え室から出てきたみあお。
 愛らしい彼女の『お願い』にほだされて、サインを書いてくれた有名人はこれで六人目だった。
「うーん、さすが撮影スタジオ。コメディアンにアイドルにアナウンサー、よりどりみどりだねっ」
 上機嫌で、控え室前の狭い廊下をスキップして歩くみあお。
 その時ふと、か細い声のようなものが聞こえたような気がして、みあおは立ち止まった。
 沈黙して、耳をすませる――。
 振り向いた廊下の先に、衣装準備室とプレートの張られたドアが見えた。

 熊田は食堂で、一人煙草を吸っていた。
 その姿を見て、篤旗は意外なものを感じた。
 スタジオの張り詰めた空気の中では、いかにも獰猛そうな熊そのものだったのに、今椅子に座ってくつろいでいる髭面は、邪気のない穏やかな『森のくまさん』のようだ。
「……ん」
 食堂の入口に立っている篤旗の姿を認めて、熊田が声をかける。
「どうした、気にしないで入れ。別に取って食いやしねえよ」
 声からも獰猛さが消えたようだ。
 軽く頭を下げて、篤旗は熊田の向かいの椅子に腰掛けた。
「ここの飯はさほど美味くはないが、早くて安くて量がある。お前さんみたいな食い盛りの若いのにはもってこいだぜ」
 からかうように笑うその顔は、驚いたことに、人懐っこいものを感じさせた。
「熊田さん」
「なんだ?」
「お聞きしたいことがあるんですけど……」
「仕事のことなら緒方に聞け。奴に任せてある。だいたい、新入りにいちいち手取り足取り教えてたら、いくら体力があっても足りねえ。時間の無駄だしな。どうせこの業界に入ってくる奴ぁ、大抵すぐに尻尾巻いて逃げてくんだからよ」
 熊田の言葉は辛辣ではあったが、確かにそれがこの業界の現実なのだろう。
 ……だが、今篤旗が聞きたいのは、そんなことではなかった。
「あの番組の、着ぐるみのことについてです」
「着ぐるみ――ああ、アレか」
 髭面に乾いた笑いを浮かべて、熊田は言った。
「お前も、怪奇現象だの霊だのって信じるクチか? あの着ぐるみに呪いがかかってて、着た役者がみんな死んでくなんて話を真に受けてるんじゃねえだろうな」
 熊田は笑ったが、篤旗は笑わなかった。返事も、頷きもせず、しかしその沈黙こそがなによりの肯定だった。
 熊田の顔からも笑みが消えた。ふん、と鼻を鳴らして、煙草を灰皿の上でもみ消す。
「……いいだろう、話してやる」

 おそるおそる、ドアを開けるみあお。
 衣装準備室には、出演者が撮影時に身にまとうための、様々な衣類やかつら、装飾品が保管されていた。
 ずらっと並んだパイプ式の衣装掛けに、色とりどりの様々な衣装が一斉に掛けられ、どの番組のどのキャストのものかを示すタグがつけられている。
 小さな子供が、すすり泣くような声。その不可解な声は、部屋の奥から聞こえた。
 不細工だが、愛嬌を感じさせる、でっぷりと太った、青い毛むくじゃらの怪獣。ガオラの着ぐるみが、壁にうずくまるように置かれていた。
(この着ぐるみ……!)
 問題のガオラを目の当たりにして、そこから響く声を耳にして。みあおは、はっと息をのんだ。
(『意志』を持ってる……!)

 『ダンスであそぼう』が始まってから、10年間。
 その間に、ガオラを演じた役者は七人。たった一人をのぞいて、いずれも、撮影中に奇妙な死に方をしていた。
 健康体そのものだったにも関わらず心臓発作を起こした者、通気性は悪くないはずなのに着ぐるみの中で窒息死した者、撮影中にセットが崩れて高所から落下した者、転んで頭を打ちつけた者……。
 一人一人の死因はどれも違っていたが、共通していたのは、役者が亡くなった時の状況が、いずれもガオラの着ぐるみを着て、カメラの前で踊っている最中だということだった。
「たしかに不自然だ。あれじゃ、あの着ぐるみに呪いがかかってるって噂がたっても仕方がねえ」
「ずっと同じ着ぐるみを使ってるんですか?」
「そうだ。本当なら変えるべきなんだろうが、予算の都合とかもあってな……。第一、俺は呪いだのなんだのってのは信じてねえ。それでもスタッフがあまりうるさいもんで、拝み屋さんだかにお払いはしてもらったがな」
 篤旗は少し考え込んでから、ふと思い返して、
「……たった一人をのぞいて、ってことは、ガオラを着ていたのに、無事だった役者さんもいてはるんですか?」
「ああ。――この、俺さ」
 熊田は頷いて、にやりと笑った。


■#3 着ぐるみの『意志』

「着ぐるみに意志が……?」
「うん、あの着ぐるみが、泣いてたの」
 唖然とした表情を浮かべる篤旗に、むっとしたような顔で、みあおは言葉を続けた。
「信じてくれないの?」
「……いや、そういうわけやないけど……。無生物に意志が宿るなんて、ほんまにあるんかなって……」
「人形だって、持ち主に大事にされてたら意志が宿るんだよ。着ぐるみにだって、そういうことがあっても不思議じゃないよ」
「うん……」
「あの着ぐるみを見て感じたの。あれは誰かに呪われたりしてるんじゃない。ただ、自分が好きな人に……自分を本当に大切にしてくれた人に着てもらいたいだけなの」
 みあおの言葉と、先ほど熊田から聞いた話が全て本当だとすれば。
 ガオラの着ぐるみの『呪い』を解く手段はある――篤旗はそう確信した。

          ※          ※          ※

「よし、リハいくぞ!」
 熊田の声が響き渡ると同時に、スタジオに再び緊迫した空気が満ちた。
「新入り、本当に大丈夫なんだろうな?」
 熊田は、傍らに立つ青い毛むくじゃらのガオラ――その着ぐるみを纏った、篤旗に、不安げに声をかけた。
「さっき振りつけは一通り教わりましたから……」
「そうじゃねえ。着る予定だった役者が気味悪がって降りちまったから、仕方なく代役を任せてはみるが、さっきまでそいつの話をしてたばかりじゃねえか。死ぬかもしれねえとは思わねえのか?」
「……正直、怖いですけどね」
 そう言って、セットの方へと歩き出す篤旗。
 すでにセットのステージ上には、みあおを含む子役たちがスタンバイしている。
 のそのそとみあおの横を通り過ぎようとしたとき、
「何かあったら、いつでも助けるから、無茶しないでね」
 と小さく彼女が囁いて、ウィンクした。
 篤旗も軽く頷いて、子役達より少し奥の立ち位置へ。

「よし、ダンスシーンの動き合わせからいくぞ!……アクション・スタート!」

 ガオラの着ぐるみ自体は、動きにくくはあるが、そう重いものではない。
 それなのに、動くたびにどんどん重さが増してくるように篤旗には感じられた。
 みあおの言う通り、この着ぐるみ自体が意志を有しているなら――自分もまた、この着ぐるみに拒絶されているのだろうか。他の役者たちのように。
 曲に合わせて、動けば動くほど。身体が、鉛のように重くなっていくように思えた。
(聞こえるか)
 心の中で、自らの身体を包む着ぐるみに、訴えかけるように念じる。
(僕を受け入れて、心を開いてくれ。僕はお前の苦しみを理解するために、お前の中に入ったんや)
 すると――。
 ガオラの口の中から見えていたスタジオの風景が、突然暗闇に染まった。
 いや、篤旗の視界そのものが、闇に染まったかのようだった。
(これは――!)
《辛い》
 小さな子供のような声が、どこからか響いた。
《寂しい》
 立て続けにもうひとつ、同じ声が違う方向から。
《悲しい》
 そちらの方を向くと、また別の方向から声が響く。
《苦しい》
 気がつくと、視覚からも聴覚からも、篤旗は自分自身と、その声しか認識することができなくなっていた。全身を包んでいるはずの着ぐるみや、その重みさえも消え去ったようだ。
 何も存在しない暗闇の中に一人立ち、あらゆる方向から聞こえるその声に、翻弄される感覚――。
(何でそんなに、苦しんでるんや……?)
 姿なき声の主に、問いかける篤旗。
 それに応える代わりに、視界の中に人影が浮かび上がる。
 がっしりとした、熊のような体躯の男。そして彼が身につけている青い毛むくじゃらの着ぐるみ。
 髭面は笑っていた。……幸せそうに。
 彼が抱えたガオラの顔も笑っているように見えた。……幸せそうに。
 それだけで、篤旗にはみあおの言葉が――そして、自分の推測が正しかったことを悟った。
 ……ただの衣装に過ぎない着ぐるみにも、人を愛する心はあるのだった。
《あの頃に戻りたい》
 声は泣いているようだった。
《あの人は優しかった。捨てられるはずだった、出来そこないの着ぐるみだった私を、大切にしてくれた。
 私はあの人と一緒にいられることが嬉しかった。あの人が私を着て、子供たちと、私と、一緒に踊る瞬間の全てが、嬉しかった》
 泣きながら、大切な宝物をいとおしむように、声は響いた。
 篤旗は、食堂で熊田から聞いた過去の出来事を思い返していた。
 『ダンスであそぼう』が始まった当時、熊田はディレクターではなく、無名の俳優であった。スタッフではなくキャストとして、ガオラの中に入り、番組に出演していたのだ。
 だが――その3年後。
 熊田は事故に遭い、片足に後遺症を負う身となった。
 それ以来、彼は役者としてではなく、スタッフとして番組に関わるようになった。
《ある日突然、あの人は私を着なくなった》
 ふっ、と熊田の姿が闇の中へ溶けて消えた。
 そして声に、耳を刺すような何かが混じりはじめた。
《私を、知らない別の男に着させるようになって……。そして、私のことを、愛さなくなった》
 それは、憎悪の響きにも似ていた。
(……それで、拒絶してたゆうわけか。着る役者全てを拒んで、死においやったんやな)
《私の主はあの人だけ。他の誰であろうと、私を纏うことは赦さない。あの人がまた私を愛してくれるまで、私の想いに気づくまで――私は、私を纏うもの全てを殺す!》
 暗黒の世界の中で、まがまがしい気配が膨れあがる。
 ガオラの着ぐるみにいつしか宿った『意志』。愛憎に凝り固まったその思念。それこそが、これまで六人の役者に不可解な死をもたらしたものの正体だったのだ。
(違う! お前は今も、あの人に――)
 必死に訴えかける篤旗。
 その喉を、闇の中から生まれたどす黒い手が掴み上げ、万力のような力で締め上げる。
《お前も――お前も、殺してやるッ!!》
 その腕を引き剥がそうと、苦鳴を洩らしながら、必死でもがく篤旗。
(あかん……もう……、ここまで……なん……か……)
 意識が、遠くなってゆく――。
 その刹那。
 閃光が弾けて、闇の世界が白く染まった。

          ※          ※          ※

 気がつくと、篤旗は着ぐるみを脱がされて、医務室のベッドの上に横たわっていた。
 天井の照明が眩しい。
 熊田、緒方、そしてみあおが、心配した顔で自分を見下ろしている。
「……大丈夫か!?」
 熊田の声に、朦朧とした意識の中で、頷く篤旗。
 そして、喉元に手をやった。先ほどまでの、喉をしめつけていた手の感触がまだなまなましく残っている。
「僕は……一体……」
「動かなくなったと思ったら、急にもがきはじめて……びっくりしたよ」
 そう言って緒方が安堵の笑みを浮かべた。
「多分、慣れない着ぐるみを着てダンスなんかやったんで、息苦しさに酸欠状態になってたんだろうよ。この子がすぐにガオラの頭を外してくれなけりゃ、窒息してたかもしれねえ」
 熊田がみあおを顎で差した。
「みあおちゃん……」
 篤旗には、みあおがただ着ぐるみの頭を外してくれただけでないことがわかっていた。
 みあおは、着ぐるみに宿る『意志』が篤旗に危害を加えていることを悟り、自らに秘めた能力――因果律に作用して、他者に幸運をもたらす『幸せの青い鳥』――を解放して、『意志』の呪縛から篤旗を救ってくれたのだ。
 そのために、精神的にも肉体的にも、相当の疲労が彼女を襲っているはずなのだ。
 それでもみあおは、心配そうに篤旗を見つめている。
「……本当に大丈夫、篤旗?」
「ありがとう、もう平気だよ」
 微笑んで、篤旗は頷いた。
 そして上半身を起こすと、意を決して、熊田に向き直った。
「熊田さん、折り入ってお話があります」

          ※          ※          ※

「三下さんのおかげで、さんざんな一日でしたよ」
 帰りの車の中、篤旗は恨めしそうにそう言って、運転する三下を見つめた。
「おまけにヘルプの僕たちにばっかり調査させといて、自分は警備員室で居眠りしてはったんやもんなあ」
「い、いやあ、遊んでたんじゃないですって。いろいろと情報を集めようと、こっそり見学して回ってたら、変なところに入りこんじゃって、警備員さんに捕まってただけで……」
 慌てて弁解する三下。
 深い溜息をつく篤旗に、後部座席のみあおが嬉しそうに言った。
「みあおは結構面白かったけどなあ。サインもほら、いっぱいもらえたし。でも結局、番組に出れなかったのが残念だったけど」
「みあおちゃんは元気でええなあ……」
「でもさすがに、ちょっとみあおも疲れちゃったかも。なんだかあくびが……」
 ふあーあ、と愛らしく大きなあくびを一つして、シートに横になる。
「おうちついたら起こしてね」
「はいはい」
「それと篤旗、ピンチを助けてあげたんだから、今度ちゃんと返してねっ」
「……返すって……どんなふうに?」
 ひきつった笑みを浮かべる篤旗に、みあおはしばらく考えてから、
「今度はあそこのスタジオテーマパークで、デートってことでっ。もちろん、篤旗のおごりでアイスクリームもつけてねっ」
 意地悪っぽくそう言って、こてんとシートに頭をうずめる。
 そしてよほど疲れていたのか、すぐに寝息をたてはじめた。
「すっかりラブラブですね」
 にやりと笑う三下に、
「よしてくださいよ、そういうんじゃないですってば」
 苦笑いを浮かべて軽く流した後で、不意に篤旗は、みあおがいつの間にか、名字ではなく名前で自分を呼ぶようになっていたことに気づいて、複雑な気分になった。

 ――『ダンスであそぼう』のエンディングクレジットに、ガオラ役のキャストとして、再び熊田の名が流れるようになるのは、それからもう少し後のことである。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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整理番号/  PC名   / 性別 / 年齢 / 職業
 1415 / 海原・みあお / 女性 / 13 / 小学生
 0527 / 今野・篤旗  / 男性 / 18 / 大学生

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■         ライター通信          ■
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 どうも、たおです(≧∇≦)/
 『死を呼ぶ着ぐるみ』、楽しんでいただけましたでしょうか?
 長いことお待たせしてしまって申し訳ありませんでした。

 今回はいつもに比べると、文体をちょっと軽めというか、ライトな感じにしてみたのですが、どうだったでしょうか。
 もともと『着ぐるみ』というネタからして、重い感じの話にはならないだろうな、と思ってましたし、みあおちゃんも篤旗くんも、どちらもポジティブな感じのキャラだったので。
 今回はたまたま参加者がお二人様だったので、その分じっくりといろいろなことを描写することができて、書いててちょっと楽しかったり、(逆に)大変だったりしました(笑)。
 三下の台詞がかなり書くの難しかったです。草間武彦氏とかもそうですが、なまじPCよりもNPCの方が動かしづらいような気がしました。とほほ(;´Д`)
 それはさておき、それぞれのプレイングの感想など。

■海原・みあお 様

 (おそらくプレイヤーさんは何度も参加して下さっているのでしょうが)たおの調査依頼にご参加いただき、真にありがとうございました!(≧∇≦)/
 発注していただいてからお届けするまでに、かなりお時間がかかってしまって申し訳ありません。(ノ_<。)めそめそ
 通気口から鳥に化けてこっそりと〜っていうシーンだけ、うまく物語中に入れられなかったのが残念ですが、それ以外は概ねプレイングに順じた行動結果になったようでほっとしてます(笑)。
 元気いっぱいの楽しいキャラクターで、書いててとても楽しかったです。次の依頼では、もっともっと大暴れさせたいとたくらんでいたりします。^^

■今野・篤旗 様

 今野さんも、たおの調査依頼に何度も参加していただいて、ありがとうございます^^
 お待たせして本当にすみませんでした><
 『カラミティ・ルージュ』『ANGEL EYES』と、どちらかというと縁の下の力持ち的な立場が多かったので、今回は(ほぼ)主役級の大活躍をしていただきました。
 考えたら、海原さんちの三姉妹と、これで全員一緒に行動したことになるんですね……(笑)。
 僕は京都人なので、篤旗くんの京都弁の台詞は書いててとても親しみがわく感じです。大阪弁とは似ていて違う、京都弁ならではの、のほほーんとした感じがうまく出てればいいんですが……。 

 今後も、より一層頑張りますので、どうかよろしくお願いします(≧∇≦)/
 ご意見、ご要望、ご不満などありましたら、是非聞かせてやってくださいね。
 またのご参加をお待ちしております!ヾ(≧∀≦)〃

たお