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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


蝶ノ夢

 一匹の蝶がいた。ある日、一枚の翼が雷に撃たれ、燃え尽きた。
 片方の羽根では空も飛べず、地を這う事さえ侭ならぬ。だから捨てた。
 己の腕で茎を昇り、花の蜜まで辿りつく。蝶はそれから見上げる事は無く。ただ前だけをみつめて生きる。
 そんな蝶にも死は訪れ。南無阿弥陀仏、これでお仕舞いと、酷使した身体を横たわらせる。すると、空が瞳にやってくる。
 嗚呼、時を隔てていたそれは、見えないモノまで見えてくるのです。世界の果てまで、届きそうな蒼。全てを包み込む、郷愁の茜。誰の物でもない夜の煌き。
 終りの最後、飛びたくなる。
 だけど身体は地に沈んで行く。星の一部として、吸い込まれていく。蝶は叫ぶ、だが余りにも小さい声、誰も気付かない。まるで世界から断絶された島、孤独の足掻きの末やがて、蝶の身体は、時計の針のように止まる。
 だが思いは執念。望みは外に溢れた。声が旅人のように彷徨い始める。
 私に羽根をください、美しくなくていい、汚れててもいい
 空を舞う為の羽根を、もう一度、
「空を」
 ―――翼が無いのに空を飛んだ生き物へと願いは

 草むらに、枯れかけている、彼女の身体。
 声が聞こえますか?


◇◆◇


 蝶は貪欲。時空の戒めすら破り、
 全ての声を捕まえる。


◇◆◇


 天女の羽衣、編。


◇◆◇


 嫌いでは、無いのだ。
 琥珀の液体に水がゆったりと、マーブル状に混じるその様。厚めのグラスの中で、綺麗な蜃気楼。そして香りたつ。
 気付くと、眺め終え男は、グラスの縁に唇を置き、静かに煽る。
 水割りはそうやって、荒祇天禪に楽しまれる。
 人気の無いカウンターだ、まだ開いて間もないゆえに。
 だけど、店は事足りていた。あらゆる意味で荒祇天禪は、十二分なのだ。金払いのいい客として、そして何よりも、存在としての比重は。その店は彼だけで満たされていた。何処に立ってもそこが彼の場所と思える程、天禪の影は濃密だった。物言わぬとも物語り、始まりそうなくらい。
 そう、すでに開始されている。
 後はもう、事の終りに進むだけである。そして引き金は、存在する。
「思いついたか、蝶よ」
 囁きのつもりだろうとも、声質は重鎮。大きく響く笑みの音。続ける、
「お前の願いを叶える唄は」
 グラスの横に、乾いた彼女の身。


◇◆◇


 時遡れば、空き地。
「お前か、声の主は」
 人の姿をした大柄な鬼に、蝶は面食らった。彼女の望みとは違ったから。
 だが天禪はお構いなし、その蝶を手のひらに乗せた。
「気高き蝶よ、死してなお、声響かせる執念よ」
 楽しんでいる。地位と名誉を被る彼は、全てに飽いている。だから今こうして手を伸ばすのは、
 気に入ったから。「嫌いでは無い」
 天禪が話す間、蝶は沈黙する。ぢっと耳傾けるのは、福音を授かる修道者。
 胸が、震えていた。
「その純粋ともいえる執念、この世でもっとも気高き欲望、夢」
 天禪はにやりと笑う。
「文字通り、虫けらのような存在が持つには過ぎた夢。自分を棚にあげそう蔑む者もいるだろうな」
 だが、
「俺は、嫌いでは無い」
 繰り返す。
 そこから静かになった。
 天禪は何も言わない。何も言わないから、
(嗚呼)
 蝶は、声を、
(貴方なら、貴方ならきっと)
 世界で最も弱くて、そして、最も強い声を、
(私を空に)

 ―――唄を吟じろ

 唐突に。まるで荒野に吹く風のように。天禪は。
「お前の願いを叶える唄だ、世界で一つの、最も新しい唄だ」
 ああ、この人は、
 楽しんでいる。
「そうすれば、応えてやろう」

 弄んでる訳じゃない。それは、必要なのだ。
 蝶は歌わなければならぬのだ。


◇◆◇


 夜の煌きが包む頃。


◇◆◇


 その煌きに、近づこうとしたのか、東京のビルは高い。
 屋上の夜の空気は、本来なら、人が足を踏み入れるには、遠すぎる領域は、凍てついていた。だがそれを意に介す天禪では無い。
 興味はもう、彼女へと向けられる。
「始めるがいい」
 本来ならヘリが降り立つサークルの中心に目を向ける、そこには、
 女性が立っている―――

 彼が与えた仮初の姿。
 天女。
 ―――何一つ恐れず笑う蝶

 空よ。
 言葉が鳴る。
 空よ。
 言葉は、音になる。
 空よ。
 音は一つずつ、連続する。
 空よ。
 連続は旋律となり、旋律は、
 空よ。
 歌になる。

 月が蝶に微笑んだ。微かな星が囁きかけた。
 空とは呼べぬ空の下、まるで、失った羽根をはためかせるように、
 蝶は歌う。思いのたけ全てを詰め込み。
 蝶は歌う。世界を変える力を持って。
 蝶は歌う、

 貴方と出会えた感謝を。

 天禪は、声出さずとも、豪放に笑った。


◇◆◇


「失礼致しましたッ!」
 頭を直角に下げる二名、一人は、この十二階建てのビルの主である老年、そしてもう一人は、つむじから爪先まで警備員である。警備員は、やがて、足を崩して、その場に土下座した。
「しゃ、社長の、ご友人、とは知らず、とんだ無礼を」
 必死に言っていた、しかし必死な所為で、声は喉の上からしか出ず、情けない音程の声であった。その隣の老年も汗をびっしり掻いて。
「天禪さん申し訳ないっ!この者はまだ、雇ったばかりで」
「顔をあげろ」
 力強く、一言。「誇りをもて若造。……社長、一つ言っておくが、責任と引き換えにこいつの身を引かせるのは筋違いだぞ」
 そこまで言って、警備員を愉快そうにみつめる天禪。
「実に仕事に忠実だ、手元から離すには惜しいと思うが」
 実際この警備員、ビルの屋上に不思議なざわつきを覚え、急いで駆けつけてみれば、見知らぬ者が、どうやってか、侵入している。並の者なら視線だけで殺されるというのに、この警備員は、一度は怯みながらも、天禪に向かってきたのだ。骨は太い。
 ただその後、指先一つで抑えられて、喚いている間に「誤解を解く」為と言って、携帯で社長を呼び出されたのは予想外であったが。
 ロビーで社長を出迎えると、天禪はこう説明した。「俺の屋上でも良かったのだがな、誰にも邪魔されなさそうなのはここだけだった、許せ」
「め、滅相も無い」
 それだけだった。話し終えると、天禪は去り始める。背中に頭を下げ続ける老年。警備員はご友人と言ったが、言葉を交わすのも、仕事の上の、数度である。業界の凍れる獅子を前に、緊張していた。
 天禪、その思い関係なく去り、自動ドアを潜り抜け、
 真っ先に空を見上げる。


◇◆◇


 その仮初の身体は、今、薄絹のような羽衣を纏っている。
 天禪が与えた物だ―――
(私が羽根を失ったのは)
 美しく舞い上がりながら、蝶は囁く、
(貴方と出会う為だったのでしょうね)
「俺が羽衣を隠した訳ではないが?」
(解ってます)
 物語は、悲劇であるはずの、天女の話は、

 心地よい、微笑みが終幕である。

 天禪は、思うのだ。
 嫌いではない、と。





◇◆   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ◆◇
0284 / 荒祇・天禪 / 男性 / 980 / 会社会長

◇◆     ライター通信     ◆◇
 始めまして、荒祇天禪のPL様。
 天禪に惚れました。(をい)元来おっさん好きな部分あるので。精一杯勤めさせていただきました。いかがでしたでしょうか?;
 願いを言わせるを、歌わせるに改変させて頂きました。子憎い演出を企むとの事、ありえる可能性と思いまして……。唯、本来の依頼に沿わなかったのは、申し訳ありません。
 最後になりましたが、今回はご依頼ありがとうございました。よろしければまたお願い致します。ほなまた、です。