コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


WE LOVE HONDA!


■序1■

 カスタムバイクショップ『ペインキラー』はヤバい店だ。
 何しろ看板からしてヤバい。明らかに無許可で、ジューダス・プリーストの傑作アルバム『Pain killer』ジャケットを丸写しにしている。ヘヴィ・メタルを愛する者とバイクを愛する者の心を揺さぶる、あの、丸鋸がタイヤと化したバイクを悪魔が駆っているというイラストだ。
 扱っているものも往々にしてヤバいのだが――いい店だ。その道の若者たちにとっては。この店で若造がバイクを買うなりカスタムするなりしていけば、また迷惑な公道レースやら騒音やらに地域住民が悩まされることになる。
 しかしここのところ、この店そのものがとある異変に頭を悩ませているらしかった。店員兼エンジニアを名乗る者が、雫が運営するBBSに足跡を残している。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
221:P店員:03/05/21 22:34
  それより1よ聞いてくれよ。
  オーナーが先週アメリカからカスタムバイク
  買いつけてきたんだがよ。
  格安でよ。ホンダのよ、シャドウ<400>よ。
  すげーいいパーツ使ってるから分解して
  俺のバイクに使ったわけだ。
  そしたら何か店で怪奇現象が起きまくって
  改造どころじゃねーわけよ。
  もうね、馬鹿かと。阿呆かと。
  俺には霊感なんてそういうもん一切ねーから、
  誰か何とかしてくれないかってね。
  俺はこのバイクで近いうち公式レース出るつもりなわけ。
  マジ困ってるんで誰か助けて下さいお願いします。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 最後の1行で切実な本心がたまらず顔を出したのか、はたまたノリか。ともあれ、この書き込み先は『ペインキラー』事務所のPCからのものであり、『ペインキラー』がここ数日臨時休業状態にあることを、すでに雫が掴んでいる。
「人助けにもなるし、あたしのデータファイルも賑やかになるし、一石二鳥ってやつね! だから〜、お願いっ!」
 雫はぱちんと合掌した。


■序2■

「うぅうううわわわわわわあああああああががががががが!!」
 バイクにまたがり自ら運転しているというのに、恐怖の形相で絶叫している男。
 武田隆之。
「えきさいてぃんぐですわ! いいお土産話になります!」
 その武田にしっかりしがみついてにこにこしている黒衣の少女。
 海原みその。

 ふたりが乗るホンダのバイクは、ひなびた某公道を疾走している。
 規制速度をはるかに上回るスピードで直線を駆け、
 そのスピードを維持したまま華麗にカーブを曲がる。
 警察? 規制速度? それって旨いのか?
「ひいぃぃぃいいいいいぃぃぃぃいいぃッ!!」
「素晴らしいですわ!」
『そりゃ素晴らしいさ! うぅ、最ッ高だ!』
 風とエンジンの唸りに3人の声はすっかりかき消されていた。
 ?
 そうだ、このカスタム・バイクにはふたりしか乗っていないはずなのだが、風にさらわれた声は、3人のもの。
 みそのの長い見事な黒髪は、風に遊ばれている。その動きはまるで河の流れであった。
 隆之は下手をすると消えてしまいそうな意識の中で、まだ鮮明な記憶を手繰っていた。こんなことになってしまったのは、何が原因だったか。
 ドミニク・ヴィンス――いや、もっと前だ。
 風見豊――まだまだ前だ。
『ペインキラー』――近いが、もう少し前。
 海原みその――違う。隆之と同じ、この事件に巻き込まれた被害者だ。被害を受けたと思っているかどうかは別として。
 瀬名雫及びゴーストネットOFF――おお、これだ!
 普段めったに行かないネットカフェに行ったことから、この不幸は始まったのだ。
 隆之は自分を憎んだ。何故今日、あのネットカフェに行ったのだろう。
 彼の脳裏を、走馬灯のように今日の出来事が流れていく――


■苦痛殺し■

 その店、『ペインキラー』。
 黒衣の少女が、著作権法違反の毒々しい看板を見上げて微笑んでいた。その看板を掲げている店は、『臨時休業中』の札を入口に下げたまま沈黙している。埃と油まみれのガラス戸は重く閉ざされていた。
 ガラス戸越しに、暗い店内の様子を伺うことが出来る。
 店の中にはいかついバイクやパーツやタイヤが詰め込まれていた。
 この大人びた黒衣の少女には、とことん不釣合いな店であった。
「やあ」
 やがて、30代半ばの男がこのバイクショップにやってきた。彼は戸惑いつつも、立ち尽くす少女に声をかけた。それから、少女と同じように、看板を見上げた。
「ひょっとして、ネットカフェからの依頼かい?」
「ええ。雫様も、ここの従業員の方もお困りのようですし――ばいくというものに興味がありまして」
「お嬢ちゃんが、バイクに興味を?」
「ええ。見たことも触ったことも御座いませんので。話には伺っておりましたが」
「……どんな山奥で育ったんだ」
「いいえ、深海ですわ」
 それきり男は黙りこんだ。どうにも、来たことを後悔し始めたような表情である。
「……武田隆之」
「海原みそのと申します」
 ふたりはガラス戸に近づいた。
 と――小汚いガレージから物音がして、怒鳴り声も飛んできた。
「今日は休みだよ!」
 油で汚れた作業着の青年(その顔や軍手もついでに油まみれであった)だった。不機嫌そうに声と表情を荒げていた。入口で『臨時休業中』としっかり知らせてあるにも関わらず、おおよそバイクに似つかわしくないふたりがのこのこ店に入ろうとしているのだ。不機嫌にもなるだろうか。
 隆之はその青年に歩み寄り、とりあえず事情を説明した。
 ああそう、と青年は素直に納得してくれた。それから、ガレージの中の真新しいバイクを見つめて溜息をついた。明らかに、安堵の溜息である。
「ほんとに来てくれるとは思わなかった」
 汚れた作業着の胸元には、『風見』と刺繍されていた。


 なるほど、依頼通り店内の荒れ様は深刻なものだ。パーツやらツールやらが散乱している。割れた窓はガムテープで修復。これは営業にも困るというものだろう。陽が出ている今時間、その元凶もお休みなのか、3人が店の中をうろついても何の騒ぎも起きなかった。
「随分と暴れられたのですね」
 みそのが首を傾げると、風間は肩をすくめた。
「……いや、もともとこれくらい散らかってて……」
「何だオイ、驚き損かよ」
 腰が砕けそうになるのを堪えて、隆之は汗を拭き拭きデジカメを取り出した。店内はいやにひんやりしていたが、隆之の体質はこの涼しさなどものともしない。いやな空気と緊張感も手伝って、隆之はだらだらと汗を流していた。
「まあ、隆之様もこの『想い』に中てられましたの?」
 親切にも、みそのがポケットから黒いレースのハンカチを取り出して、隆之のもみあげから流れ落ちる汗を拭き取った。
「『想い』?」
 無論、何の力も持っていない(と、常々自覚している)隆之は、「ただ」汗をかいているだけだ。幽霊が出るという情報を得ているからいやな空気を感じ取っているだけであって、彼は何も感じ取ってはいない。
 みそのは違う。彼女はこの店内をごうごうと力強い『流れ』を感じ取っていた。流れを読み、操るのは、彼女にとっての呼吸である。みそのはこの店内を支配しているのが、男たちの貪欲で一途な『想い』であることを知っていた。
「……確かに、この店なら『想い』も残りそうだ。俺は何にもわからんがね」
「ばいくとは、それほどに魅力的なものですか」
「勿論。あの兄さんを見な」
 隆之は店内の光景をデジカメに収めつつ、風見を示した。
 ネットにすがるほど困っているはずなのに、彼はもうパーツをあさっている。隆之とみそのが眼中にないようだ。
「オレ、ガレージにいる。じゃ、頼んだぞ」
「おいおい」
 風見はろくに話もしないまま、工具やバイク雑誌をかき集めて、ガレージへと走って行ってしまった。本当に怪奇現象に悩まされているのだろうか。あの調子では、まるでふたりに店内の片付けを頼んだような風情である。
 だが、この店に厄介なものが棲みついているのは事実だし――この散らかり具合が、店員によるものだけではないことも事実なのだ。みそのはそれを知っている。加えて、隆之も今知ることが出来た。


■ドミニク■

「おおお?!」
 デジカメに収めた十数枚の写真をプレビューして、隆之は今度こそ腰を抜かした。その手が掴んでいるデジカメを、みそのは好奇心から覗きこむ。しかし彼女の漆黒の瞳は、デジカメが撮った映像を映し出すことはない――隆之が見たものを、見ることが出来なかった。
「何が写っておりますの? わたくし、目が悪うございまして……」
「見えない方が幸せだよ」
 隆之は常備しているミネラルウォーターをがぶ飲みした。鳥肌が立っていた。

 店の隅にあるホンダのシャドウ400。
 この店の中に並んでいるバイクの中では、スマートなフォルムだ。無駄なものがあまりついていない。
 そしてこの店内に居るのは、今や隆之とみそのふたりだけのはずだ。
 こんなスキンヘッドに黒い革ジャンの男が居るわけがない。しかも明らかに日本人ではないこの男、居れば気づかないはずもないだろう。
 いやにはっきりとデジカメのデータに残っている彼は、おそらくカメラを向けていた隆之に対して、ハングルース・サインを送っていた。ハワイの記念写真及び、陽気なアメリカ人の写真でよく見かける仕草だ。小指と親指を立てて、残りの3本を折る。
 要するに『愛してるよッ』のサインだ。全くアメリカ人は愛に奔放だ。

「……居たよ……やっぱり居た……しかも何で足が写ってないんだ……なんて典型的なんだよ……」
 頭を抱える隆之のそばで、みそのがあらぬ方向を見つめて微笑んでいる。
 ホンダのシャドウ400を見て笑っているのだ。
 そのとき、シャドウ400のそばの壁に貼られていたポスターが落ちた。疾走しているホンダのバイクをとらえた写真の大写しだった。
 びくりと驚き、隆之もまたシャドウ400を見やる。隆之の目には何も見えない。
 だが――彼は、デジカメをのろのろとそのバイクに向けて、シャッターボタンを押した。静止したプレビュー画面には、手招きしている例のアメリカ人がちゃんと写っていた。
「わたくしたちに何か伝えたい様子ですね」
「みたいだな」
 でも俺は勘弁……
 隆之の本音であったが、みそのはにこやかに、隆之の汗ばんだ手を取った。そしてぐいぐいと、シャドウ400の方へ導かれてしまった。隆之の図体ならばみそのを振りほどくことなどわけもないはずであったが、隆之は素直に彼女に従ってしまっていた。
 みそのが纏う、13歳とは思えないその妖気に中てられてしまっていたのかもしれない。


『やあ、やっとまともに話を聞いてくれそうなカンジのやつが来た』
 彼はほっとしたようにそう言った。
 確かに、言ったのだ。
 みそのには、ただ見つめているだけで『声』を感じ取ることが出来る。想いの流れだ。この店内を流れる想いの中でも、とりわけ強い。シャドウ400に近づくと、よりはっきりとその想いに触れることが出来た。
 隆之は――みそのに言われるまま、シャドウ400に触れていた。そうすることで初めて、隆之は声と想いを感じ取ることが出来たのだ。
『あの兄ちゃんを止めてくれ。オレはいまこの有り様だ。せいぜい店を荒らすことしか出来ない』
「どうして、止めたい?」
『オレのこのバイクからパーツを持ってった。欠陥品も混じってるんだ。オレはあれのせいで事故ってくたばっちまったよ。あの兄ちゃん、気がついてるのに止められねえんだ――心底バイクを愛しちまってるから』
「わたくしたちに、止められますでしょうか」
 みそのは困ったように、少しだけ眉を寄せた。
 シャドウ400の男もまた、困ったように黙りこんだ。
 その通りだ。みそのと隆之はバイクを知らない。部外者もいいところだ。
「貴方様の言葉でしか、風見様は止まりませんわ」
「でも、あの兄さんはこいつに触ったんだろ? 声は聞こえてるはずなのに」
『だから言っただろ。パーツがヤバいことには気がついてるって』
「恋は盲目って言いたいのか?」
『Bingo ! 恋が盲目なら、愛は狂気さ』

『オレがもし、ストリートレースじゃなくて、公式レースで悪名轟かせたならなア……有名人パワーで止められたのかもな。ドミニク・ヴィンスなんて名前じゃ、あいつを動かすことは出来ない』



■そして、序に戻る■


 ばすっ、

 ぶるるるるるルルルルルろろん!!

 みそのと隆之は、はっと顔を上げた。ガレージから爆音とも言うべきエンジンスタート音。いやな予感がした。みそのがものに躓きながら店内を走り、ガレージの様子を見る。
 風見が作業着のままバイクに跨って、公道に出ているところが見えた。風を裂き、流れに乗っている。
「……行ってしまわれましたわ」
「おお、ヤバいじゃないか」
『ヤバい! マジで究極にヤバい!』
 ごうっ、と店内を風が吹き荒れた。カウンターの後ろにあったキーボックスの蓋が開き、ヂャラヂャラとキーが大騒ぎをしている。
 みそのはまたしてもよろめきながらカウンターに駆け寄った。キーボックスの中のキーは、ひとつだけを残して、あとは床に散らばっていた。
「これが必要なのですね、ドミニク様」
 バイクが如何にして動くかなど、みそのは知らない。何しろ今日初めて『ばいく』を見たのだ。だが、ドミニクが言わんとしていることは理解できる。みそのはキーを掴むと、シャドウ400に駆け寄った。
『おっさん! ガソリン!』
「わ、わかった!」
 隆之はこれから起きる悪夢を知らない。『想い』に願われるまま、隆之は大量に汗をかきつつ、ガレージに向かった。風見の姿もなく、真新しいバイクの姿もなかった。
 おそらくチューンアップしたばかりのバイクの試乗に出かけたのだろう。
 確かに、ヤバい。この店の看板以上にヤバいことになった。


 そして狭い店内で、シャドウ400はエンジンスタート。
 カスタムパーツはあらかた取り払われてしまっているが、充分動く。……運転手さえ居れば。
「ま、まさか、その……」
『Right ! おっさんが運転』
「冗談よせ、普通一種しか持ってないぞ!」
『オレは13で乗ったよ。13のガキが免許持ってるかい? オレも手伝うから心配ないって』
 がろん、ごろん、
 ヘルメットがふたつ転がってきた。
「……」
「参りましょうか、隆之様」
 みそのは微笑み、黒いヘルメットをかぶると、ちゃっかりバイクの後部に乗った。
 隆之は――石のように固まった表情で、ボルヴィックを1本飲み干した。


 ばるるるるるるるるるるルルルルるるるるるロロロロロロロ――


「うぅうううわわわわわわあああああああががががががが!!」
 バイクにまたがり自ら運転しているというのに、恐怖の形相で絶叫している男。
 武田隆之。
「えきさいてぃんぐですわ! いいお土産話になります!」
 その武田にしっかりしがみついてにこにこしている黒衣の少女。
 海原みその。

 ふたりが乗るホンダのバイクは、ひなびた某公道を疾走している。
 規制速度をはるかに上回るスピードで直線を駆け、
 そのスピードを維持したまま華麗にカーブを曲がる。
 警察? 規制速度? それって旨いのか?
「ひいぃぃぃいいいいいぃぃぃぃいいぃッ!!」
「素晴らしいですわ!」
『そりゃ素晴らしいさ! うぅ、最ッ高だ!』
 風とエンジンの唸りに3人の声はすっかりかき消されていた。
 バイクがこれほど(みそのが言うように)エキサイティング且つ恐ろしいものだったとは! 隆之の腕はほとんど勝手に動いていた。『想い』がバイクを動かしている。
『嬢ちゃん、あんた変わった力を持ってるみてェだな?』
「御神よりの贈り物です」
『エィメン、そりゃ有り難ェ――あの兄ちゃんのバイク、止められるか?』
 みそのが仕える神は、キリストほど生易しいものではない。だがそれには触れず、みそのは微笑んで頷いた。
 バイクもまた、『流れ』を利用して走っている。燃える液体、炎がこの機械の血。それを堰き止めてしまえばいい。
 風見のバイクが見えた。しかし、一瞬だ。レース用に改造しているのだから無理もない。
「おぐががががががががが!」
「追いつきますか?」
『追いついてみせるさ。おっさん、もうちょい頭低くしてくれ!』
「あげぐがががががががが!」
 隆之は頭を下げるどころの話ではなく、汗と涙と時には涎を風の中に飛ばしていた。


 風見はぎょっとした。
 怪奇現象の解決を頼んでいたはずのふたりがバイクにまたがり、ぐんぐん追いついてくるではないか。しかも、パーツを拝借したあのシャドウ400。店長が破格で仕入れてきたバイクだ――
 風見の精神は恐怖に駆られた。
 またしても、あのバイクだ。
 ん?
 バイクを操縦しているあの30代の男が、必死の形相で叫んでいるようだ。


「ううううぅぅわわわわわわわわああああああああ、止まれぇぇえええ!!」
 『想い』への哀願か、風見への警告か。
「止まれぇぇええええええええええ、死ぬぅぅぅうううううううううう!!」
 まさしく、今はふたりほど死にかけている。
「もう少し、お近づき下さいませ!」
『もう少しか。くそ、このマシンじゃこれ以上はキツいな――ニトロが欲しいぜ』
「止ォめてくれェェええええエエエエ!!」
 みそのはこの死の風の中で、身を乗り出した。
 風見に向けて手を伸ばす。
 みそのの髪と隆之の汗とが風に弄ばれている――今、彼らは風だ。愛する風と一体になっている。
 風の中の熱い流れを、みそのは掴んだ。
 掴む手にぐッと力を込める。

 ――止まりなさい。

『止まれ』

「止ォまれぇぇえええええエええええええええぇ!!」



■ビバ無事故無違反■

 止まった。

 風見のバイクは突如異常をきたしたが、スピードは緩やかに落ちていった。タンクから流れる水も、タンクの中身がなくなれば、ゆっくりとその流れを止める。風見は何故こんなことになったのか理解できずパニックに陥ったが、バイクは冷静にスピードを落とし、公道の真ん中でついには停止してしまった。
「あぅおああああああはあああああああああぁぁぁ!」
 その風見の横を、凄まじい勢いでシャドウ400が通りすぎた。
 そして急ブレーキ。
 タイヤはアスファルトに焼印を残す。
 止まった。
 運転手は凄まじい量の汗をかき、号泣していた。
「風見様、こちらへ」
 後ろに乗っていた少女が降り立ち、ヘルメットを脱いで、微笑みながら手招きをしている。
 風見の目に、バイクにまたがってにやにやしているスキンヘッドの男の姿がちらりと映った。いやいや、まさか、とかぶりを振ると――風見の目に改めて飛び込んできた運転手は、相変わらず号泣している30代の男だけであった。
「その『ばいく』の調子は如何でしたか?」
 少女に微笑みかけられて、風見は何故か息を呑んだ。
 この黒衣の少女が、バイクの不調を見透かしているような気がしたからだ。
「――どうも、ダメみたいだ。新しくつけたパーツがよくないのかも……」
「わわ、わかってるなら、とっ、取り外せ」
 ハアハアと息を弾ませつつ(そして泣きながら)、30代の男が忠告してきた。
 風見は正直そのパーツを取り外すのはごめんだったが、レース結果にはかえられない。約束した。抱く『想い』に、男に、少女に。



■ガレージの肥やし■

 今回の依頼の報酬は、雫からはがぶ飲みミルクコーヒーとエビアン500ml。
 無事業務を再開出来るようになった『ペインキラー』から、ホンダのシャドウ400。
 冗談ではなく、報酬がカスタム・バイク1台である。風見と店長はとっとと手放したかったようだ。果たしてそれは礼と言えるのだろうか。……ともかく、みそのと隆之に友人が一人増えた。

 隆之は自動2輪免許を取るべきか否か、迷っている。


(了)



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1388/海原・みその/女/13/深淵の巫女】
【1466/武田・隆之/男/35/カメラマン】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□


 どうも、モロクっちです。お待たせ致しました。みそのさま、隆之さま、いつも有り難う御座います!
 今回はモロクっち的にかなりギャグになってしまいました。如何でしたでしょうか。スピード感と隆之さまの恐怖とみそのさまののんびりさが出せていれば……と思います。
 オプションに『想い』のついたバイク、一応隆之さまの持ち物となっております。みそのさまはまだまだ免許を取れる年齢ではありませんからね(笑)。

 それではまた、次回は『浮男』でお会いしましょう!