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◆ Was? ◆
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「休みなんだけどなぁ…」
綾和泉汐耶は深く溜息を吐きながらとある興信所
の扉前に佇んでいた。
『草間興信所』
汐耶は図書館に勤務する図書館司書である。
彼女がココへと来た理由は、別に依頼を頼みに来
た訳でも相談事をしに来たのでもない。
彼女の目的はただ一つ。
貸し出し期間を過ぎても一向に返却される気配の
無い数冊の蔵書を草間氏より奪還、いや、引き取
ることである。
通知の葉書を送ったり、電話でも催促をしたり、
色々と手を尽くしたのだが返却される気配ナシ。
このままでは埒が明かないと、直接引き取りに来
てみたのだが…
汐耶は一度大きく深呼吸をしてから、興信所の扉
をたたいた。
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意気込んでやって来たはずなのに…。
「なんで私、お茶なんて飲んでいるんだろ…?」
「お茶ではなくて珈琲の方が良かったですか?」
汐耶の呟きを勘違いした草間零は珈琲を取りに席
を立とうとした。それを慌てて汐耶は止めに掛か
る。
「あ、そうじゃなくて!お茶美味しい。」
汐耶は心中で溜息を吐きつつお茶を啜った。
しかし何時までもこうマッタリしてはいられない。
コホンとひとつ咳払いをして汐耶は話を切り出し
た。
「昨日電話でもご連絡していたんですが、草間さ
んが資料として貸し出しを受けた本の返却の件で
お伺いをしたんです。…ええと…草間さんから何
か聞いていませんか?と言うか、草間さんは今日
はどちらに…。」
そう言うと少しすまなさそうな顔をして草間零は
彼女に謝ってきた。
「今朝、急に依頼が入ってしまって…」
「ええっ?!ではウチの本は…」
ガックリと項垂れた汐耶をみて、彼女は慌てて付
け加えた。
「でもそれは聞いてます。隣の部屋にあるから、
って言ってました。あ、コチラです。」
脱力していた汐耶に救いの声をかけ、彼女は隣の
部屋へと案内してくれた。
「ココにあるんですね?あの、私が入ってもいい
んですか?」
「はい。多少汚いんですけど」
その言葉を背後から聞きながら汐耶は扉を開け、
そして再び扉を閉めた。
「…多少?」
「はい…どうしたんですか?」
「い、いや何でもない…この中に確かにウチの本
が埋まって…置いてあるんですよね?」
「手伝いましょうか?」
「……頑張ります…」
一瞬、現実逃避をし掛けた汐耶だったが、気を取
り直して当初の目的を完結しようと気合を入れた。
再び先程の扉を開け中に入った汐耶は、思わず気
が滅入りそうになる。
「どうやったらココまで…(滝汗)」
あまりの散らかり様に、捜すと言うよりもまず最
初に掃除をしなくてはいけないような気が…
やはり草間零に手伝ってもらった方が良かったか
も、と前言撤回をしたい気分の汐耶だった。
「……果して、全部見つかるのでしょうか…」
溜息は『書斎らしきもの』へと消えていった。
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「明日、休日出勤シフト変更届、申請しよう…」
散らかったモノの中をかき分けながら汐耶は一人
語ちる。予想以上の捜索困難な状況に、明日朝一
でやる事を決めた汐耶だった。
「これで無かったら泣くよ…」
目的の本は3冊。
ナダレを各箇所で起こしながら、未返却の蔵書を
必死で探したその結果。無事2冊は確保。
「残るは…あの本か。」
貸し出しリスト最後の本。
それは本来なら持ち出し不可の封印図書。
「古い封印書だったから破れちゃったのかな?ま、
どちらにしてもあんまり強い力を持ってない本だ
から害は無いけど…」
汐耶は特殊な封印能力を持っていた。その能力の
為か彼女は特殊な本、つまり封印分類図書の管理
を任されていた。
「さっさと見つけて早く帰ろう。」
彼女の封印能力の一つである『探査』を使い、例
の本を探し始めた。するととある一角で淡い光が
みえた。
しかし、見つけたと思った次の瞬間、周りの本も
含め『本』の攻撃が始った。
どうやら図書館(家)には帰りたく無いらしい。
ドサドサと降りかかる本sをかわしながら、汐耶
は溜息を吐いた。
「往生際悪いな…はぁ」
地味な本の攻撃に遭い、汐耶は何とか理性を保と
うと努力した。
しかしこういう努力は報われないものだ。
分厚い本の角部分(背表紙)が彼女の左上腕部に
直角にヒットした。しかも鋭角に。
これは痛いのもあるが、何かしら非常にムカツク
痛さなのだ。例えば机やタンスの角で小指をぶつ
けた、そんなカンジである。
「やられたら倍返し、ってね!」
汐耶の眼の色が瞬間的に変化した。
「ガッチガチに封印してあげる(笑顔)」
『本』が人間であったなら、確実に土下座して謝
っていただろう。それくらい恐い笑顔の汐耶だっ
た。
「当分の間、キミ、閲覧禁止!」
言葉と共に彼女の封印能力が発動した。
ドンッ
もの凄い音が聞こえたかと思うと、バンと勢いよ
く書斎(もどき)の扉が開いて汐耶が現れた。
「…大丈夫ですか?」
ボロボロの姿をみて草間零は心配げに声をかけて
きた。汐耶はそれに曖昧に笑ってみせた。
「とりあえず、ウチの本見つかったので返却処理
させて頂きます。」
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『書斎もどき』から帰還した汐耶は見事にボロボ
ロだった。しかしその手にはしっかりと未返却の
本が握られていた。
図書館司書としての執念である。
零からお茶を進められたがそれも遠慮して、汐耶
は疲れた身体を引き摺って興信所を後にした。
その足で図書館へと向かい無事返却を済ますと、
やっと汐耶はへニャリと脱力して机に突っ伏した。
「はぁ…疲れた……」
その時、ふとパソコンの画面が眼に入った。
それは草間氏の貸し出しリスト画面だった。画面
を開けたままだった事に気がつきとりあえず終了
をしようと、その時。
彼女の眼にいや〜な文字が見えた。
『未返却アリ』
「…………」
…………………カチ
…………ゥン
……ポフッ
汐耶は無言で画面を終了すると、そのまま机に突
っ伏した。
『本』奪還の再戦は、近い。
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