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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■シグナルメール〜あなたを忘れない〜■

「うがっ」
 その日、受信トレイを開いた草間武彦は思わず呻き声を上げた。
「97……98……99……」
 99件のメールが受信し終えたところで止まったそれを、見る気にもなれない。
 だがそうも行かず、ひとつひとつ開いていく。次第に草間の瞳が真剣なものになっていった。
 99件のメールは、全て内容が共通していた。
『暮(くれ)』という名前で、99人のところへ手紙が届くらしい。消印は日本のあちこちからで、内容もその時々で男口調であったり女口調であったりする。実際の手紙の中身も文体もまちまちで、日常生活のことから趣味のことや、さして変わりないものなのだが、不気味で仕方がないという。
 少し調査してみると、その99人は女性は16歳以上から、男性は18歳以上からだった。初老ほどの年齢は両性別ともにいないようだ。
 メールに書いてきてあった一部の『暮』の手紙をとってみると、こんな感じである。

<こんにちは。今日も天気がよくて気持ちがいいです。病院からは桜がよく見えます>
<はろー、元気かなぁ? 雨の日って大好き! 傘に当たる雨の音が好きなんだよね>
<今日、木蓮の花を見かけた。マグノリアも綺麗だった。お前に捧げたい>
<ねえ、七夕のお願い事って、信じる? 私は今でもサンタさんを信じているのよ>

「怪奇事件じゃないことを祈るぜ―――」
 99人全員に『依頼受諾、結果を待て』と返信したあと、草間はそう呟く。
 だが、今までの経験からというものか、どうにも普通の事件ではない気がする。大体この『暮』の手紙は実害がないぶん、始末が悪い。
「さて、協力者を求めるか―――」
 草間は深呼吸し、大きくため息をつく―――。



「『暮』……季節の変わり目の事よね。日暮頃の時間帯も指すけれど…二桁の終わり、ってのにもかけてるのかしら?」
 アルバイトをしに来た黒髪青瞳の中性的な顔つきの女性、シュライン・エマは協力者に加わったらしい。自分が淹れたコーヒーを飲みながら、「どう思う?」と、この前の依頼でも一緒になった、青髪青瞳の美少女に目を向ける。
「なぜ『暮』さんはメールを送ったのかが気になりますね。内容も少し不自然な気もしますし。99人と言う数も気になりますしね。でも、シュラインさんの言ったとおり、『二桁の終わり』のことかもしれませんけれど……」
 こちらも、シュラインが作った氷入りウーロン茶を飲む。
「季節の変わり目か」
 キィ、と草間が机に肘をついたので、座っている椅子が軋む。
「6月だからな……確かに季節の変わり目ではあるが」
 そして、ああ、と付け加える。
「『暮』はメールを各被害者に送っていたわけじゃない。手紙手紙」
「あ、そうでしたね」
 みなもは、興信所の窓から見える薄曇の空を見上げる。
「とにかく、情報足りなさ過ぎ」
 シュラインがため息をつく。
 窓外から彼女へ視線を移したみなもが口を開く。
「『暮』さんは100人に手紙を出して、内一人は草間さんに依頼しなかった。つまり、『暮』さんに心当たりがあった、と言うことではないでしょうか。その人にとっては内容はどうでもよく、『暮』という名前だけで、『暮』さんが誰かを知っていたということですね。そのひとりを探し出せば、自然に『暮』さんも判明するはず……と、あたしは思うんですけど」
 男性18歳以上、女性16歳以上ですから結婚対象なのかも、と小さく呟く。
「『暮』の結婚対象?」
 シュラインのみなもへの問いに、草間が口を挟む。
「今時、結婚は初老でも老人でもするヤツはするぜ。なのになんでわざわざ初老以上は対象外なんだ?」
「本当に、情報不足ですね……」
 みなもも、ため息。
「そうなんだ。そこで止まっちまう」
 草間は新しい煙草をくわえる。
「二人になにか案があるか?」
「一応」
「あたしも、一応ですけどあります」
 シュラインと、みなもは頷く。
「じゃ、悪いけど実行してみてくれ、お嬢さん方」
「ではあたしはネットカフェに行きます」
 みなもの言葉に、
「パソコンならここの使っていいぜ」
 と、草間。
「そうですか? では、使わせてもらいますね」
 素直に言葉に甘え、なにやらカタカタと草間のパソコンをいじりはじめるみなも。
「マイドキュとかは見るなよ」
「なにかやましいことでもあるのかしら?」
 草間の脇に来て、シュラインがからかう。
「いや〜? 依頼人とかのプライベートなデータが詰まってるからな。それよりお前は何か必要なものがあるか?」
「みなもちゃんが終わったら、私もパソコンを借りたいわ」
「どうぞ」
 と、一通り終わったらしいみなもが椅子をどく。そこに腰かけ、シュラインも何かをし始める。
(二人とも俺より優秀っぽいしなぁ……)
 なんとなく微笑ましく見てから、草間は今までのプリントアウトしたデータを見直し始めた。


 数時間ほど経っただろうか。
 草間興信所のファックスが動き出し、たちまち大量の紙で床が埋まった。
「なんだなんだ?」
「筆跡自体の差異を、ファックス等で見せて頂きたいなと思って、コンタクトを取ったんだけれど……こんなに早く全員から送られてくるってことは、本当にみんな困ってるのね」
 と、シュライン。
「見事に全部、筆跡が違いますね」
 みなもの言うとおり、送られてきたファックスにある手紙の筆跡はどれも全く別人と言っていい。
「あれ……一枚。一人分、足りなくありませんか?」
 みなもが、ファックスが98枚しかないことに気付く。
「あら……本当。忙しい人なのか、どうでもよくなったか……どっちかじゃないかしら」
 シュラインが言った時。
 ノックもなしに、興信所の扉が開いた。
「悪いが調査中なんでね。依頼なら受けるが、最低限のマナーは心得てくれ」
 入って来た男は大学生くらいだろうか。妙に顔色の悪いその男に警戒を抱き、草間は眼鏡の奥の瞳を細めてそう言った。
「た……すけてくださ、」
 男は言いかけた瞬間、表情を一変させた。子供のようにあどけなく、涙を流す。
「ほら……『早くしないから』、『この人』は死んじゃったよ」
「!?」
 草間とシュライン、みなもが目をみはる。
「あと98人だよ……」
 言って男は、ばたりと倒れた。
「大丈夫ですか!?」
 みなもが駆け寄ろうとするが、草間が手で制する。シュラインは胸を押さえて電話を取り上げ、落ち着いた声でとりあえず救急車を呼んだ。


「峰岸且(みねぎし かつ)さん、19歳……ええ、心臓病でした」
 都内の病院に同行した草間とシュラインとみなもの三人は、奇妙な言葉を遺して死んだ男の担当医の説明を聞いた。
「余命も短かったので個室にして本人の望むインターネットもさせてあげていたのですが……どうもここのところ、奇妙な手紙ばかりが届く、と悩んでいたようです」
「差出人は、暮、とかいう人じゃなかったですか?」
 みなもが聞くと、担当医は頷く。
「消印もまちまちで、悪戯だろうと私達も思っていたのですが……昨夜から峰岸さんは行方不明になっておりましてね」
「そして今日になって俺の興信所に来て、死んだ―――」
 やっぱ怪奇事件かよ、と小さくため息をついた彼をちらりと見やって、シュラインは担当医に尋ねる。
「行方不明になる前、もしかして『暮』さんから手紙が来たりしませんでした?」
「看護婦に聞けば分かるかもしれませんが……」
「もしよろしければ、峰岸且さんの病室を見せて頂けませんか」
 ぽりぽりと頭をかいていた草間は、みなもにじぃっと見られてコホンと咳払いをしてからそう言った。


 案内されて入った個室は、小奇麗なものだった。
 手紙は、と探すと、どこを探しても一通しか出てこない。
「そりゃ気持ち悪いだろうから捨てるわよね……そんな手紙。多分、武彦さんに送ったデータの一通だけは残しておいたんじゃないの?」
 シュラインの言葉には説得力がある。恐らくほかの98人もそうしているのだろう、と予測したみなもは、ふと、ノートパソコンの下敷きになっていたものを発見した。
「草間さん、シュラインさん、これ見てください」
 みなもの手には、一通の開封された手紙。差出人は『暮』とだけ書かれてある。消印の場所は北海道、日付は『昨日』だ。
「北海道からの手紙が昨日届いたってのか……?」
 眉をひそめる、草間。その間にシュラインは中を読んでいた。
「且さん、間に合いませんでしたね。あなたの伴侶は名前は水乃白菊(みずの しらぎく)。これで彼女は『峰岸且志(みねぎし かつし)』を産めません。『峰岸且志』は永遠に死にました」
 不気味で不可解な内容に、みなもの背筋に寒気が走る。
 が、ふと同時に気付いたことがあった。
「待って下さい……もしかしたら興信所でのシュラインさんの言葉は当たっているかもしれません」
「え?」
「どの言葉だ?」
 同じような表情で眉を顰めていたシュラインと草間が同時に聞く。
「『二桁の終わり』、という言葉です。まだ情報不足だから少ししか推測できませんけど、あたしの考えはこうです。
 つまり、二桁の終わりイコール99人。その手紙には『伴侶』と書かれてありましたよね。99人が男女が極力等しい数であるならば、一人余って49組の『カップル』が出来るわけですよね?」
「ちょっと待ってろ」
 草間がメモ帳を取り出し、控えておいたらしい99人の依頼者を確認する。
「男が50人、女が49人、だ」
「とすると、みなもちゃんの言ってたことも合ってる可能性があるわね。100人目にとっては内容はどうでもよくて、『暮』という名前だけで、『暮』が誰かを知っていたということ、そのひとりを探し出せば自然に『暮』も判明するはず、という言葉」
「だが奇妙なことはまだあるぜ。なんでこの『暮』は、峰岸且の伴侶なんか知ってたんだ? しかもその子供の名前までもだ。……一種の予知能力者か?」
 どちらにしろ『100人目』が鍵なのではないか、という結論に三人は達する。
 その時、草間の携帯が鳴った。急いでいたので、電源を切るのを忘れていたのだ。担当医がいないのを幸いと、それでも慌てて電源を切ろうとしたところへ、ディスプレイに写された文字が目に入って来た。
「……零からメールだ。たった今電話が興信所に来て、女の声で、『清水明子(しみず あきこ)も死んじゃったよ。これで伴侶の坂野厚志(さかの あつし)と一緒になれないから、産まれるはずだった坂野厚子(さかの あつこ)も永久にいなくなった。残りは97人だよ、早くしないと全員いなくなるよ』ってとこで切れたそうだ」
 沈黙がしばし流れる。それを破ったのは、みなもだった。
「これで男性が49人、女性が48人になったわけですね」
 続いて、シュライン。
「とりあえず、早く興信所に戻ったほうがよさそうじゃない?」
 みなもと草間が頷き、三人は急いでもう暗くなっていた外に出た。



 興信所に戻ると、みなもは真っ先に草間のパソコンをいじり始めた。そして、かぶりを振る。
「ダメですね……まだネットを見ていないのかも」
「みなもちゃんは何をしていたんだっけ?」
 シュラインが聞くと、依頼してきた99人の共通点(HNやアドレス、出入りしているサイトなど)を探して、残り一人をある程度限定し、掲示板で呼びかけてみたのだという。
「一応、『暮』さんが引っかかりそうな書き込みをしておいたのですが……」
「うーん。武彦さん、清水明子、っていう名前の人がどんなHNでメール依頼をしてきたか、分かる?」
「ああ。本名でメールしてきてるな」
 草間がみなもと席をかわり、受信トレイを確認する。
「署名にHNと自分のホームページのアドレスが書いてある」
 そして、みなもが見事探し当てた「99人の共通点」であった「出入りしているサイト」に、そのHN……「アキ」もあった。
「話題になっていませんか、どうして清水明子さんが亡くなったのかとか」
 みなもの言葉に、ちょっと待ってろよ、と草間はマウスを動かす。
「ああ、これだな」
 その言葉に、シュラインとみなもがパソコンを両脇から覗き込む。
 色々な記事や話題が書かれてあったが、まとめるとこんな感じだ。
 アキはさっき、交通事故にあって即死だった、と。でもその際、自分達が依頼した草間興信所に電話した形跡もあったらしい、と。
「ふうん……」
 草間は顎に手をやる。
「今気付いたんだがこのサイト、なりきりサイトとかいうヤツだな」
「既存のキャラクターになりきってチャットとかで会話するとかいう、あれ?」
 シュラインが尋ねると、みなもが応える。
「ここでは、様々な超能力者になりきって会話をしているみたいです。自分で設定を作るんです、テレパシーが使えるとか、サイコキネシスとか、ひとつだけ選んで」
「このリスト見ると、三つ使える『超能力者』も一人だけいるわよ? 違反してるのかしら」
「このサイトの管理人さんだから特権なんでしょうね」
「なんてHNの管理人だ?」
「ええと……長いHNなんですが、『Child_Signal』ですね。メールアドレスは載ってないですけど、かわりにメールフォームがあります」
 次第に草間の表情が厳しくなってくる。
「その管理人の超能力はなんだ?」
 ええと、とみなもは読み上げる。
「瞬間移動、人の中に入る能力、一部のみの予知能力……と書いてあります」
「一部のみ、イコール『これから生まれてくる筈の子供に関することのみ』の予知能力だとしたら?」
 草間の言葉に、シュラインとみなもはハッとする。
「そいつは恐らく本物の超能力者だぜ」
 言った瞬間だった。また、興信所の電話が鳴る。
 出ようとした草間はちょいちょいとシュラインに手招きすると、何かを言いつけた。みなもも聞いていたのだが、なるほど、と感心する。
 電話を取ったのは、シュラインだった。
『ひどいよ、ぼくまで生まれてこれないんだね……お父さんである、この二ノ宮一志(にのみや かずし)まで死んだから。これで残りは、』
「『ひどいのはどっちだよ』」
 電話の向こうの声を遮り、シュラインの口から、峰岸且の声が流れる。一瞬、電話の向こうが沈黙したのが、あらかじめオンフックにしていたので分かった。
「『ぼくを殺したのはきみだ。しかもぼくの中に入り込んで、ぼくでない意志の言葉を喋ってぼくの死を利用したね? 利用して草間興信所に送り込んだね? どうしてか聞いていいかな。聞く権利、あるよね? ぼくはきみに殺されたんだから』」
「なるほど、声帯模写を使える方だったんですか。ああビックリした」
 突然の第三者の声に、三人は身構える。
 いつの間にか電話は切れ、かわりにドアも開かず入って来た20代前半頃の青年が、微笑を浮かべてゆったりと立っていた。
「あんたが……『暮』?」
 受話器を置きながら、シュライン。
「いや」
 青年はかぶりを振る。
「『暮』はこれから生まれてくる筈のぼくの子供です」
「あんたの名前は?」
 草間が聞くと、「羽田久宇梓(はねだ くうじ)」、と返ってきた。
 受信トレイを見ていたみなもが、僅かに目を見開く。
「羽田久宇梓……99人の依頼者の中にいます」
「あんたはダミーだったの? タチが悪いわね。何がしたかったの?」
 睨み付けるシュラインを見て苦笑し、羽田久宇梓は「参りました」と説明した。


 ぼくは元々たくさんの超能力を持っていましてね。でも、悪性の肺結核、それも余命少ないと分かってから新たな能力が出ました。それが、『これから生まれてくる筈の子供』に関することです。
 ぼくは夢の中でなら、ある程度の時空移動も出来ました。それで未来の自分の息子に会って、話すことが出来たんです。
 まだ小さな息子―――暮は言いました。おじちゃん、『むかし』からきたの? だったらぼくのともだちをたすけて。たくさんのともだちをたすけて。ぼくの目の前で遊んでたはずのともだちが、ふいにいなくなりはじめたんだ。ぼくいがい、そのこたちのお母さんやお父さんまで、そのこたちがいたことすらおぼえてないんだ、と。
 暮もぼくと同じように、何かの超能力を持っていたのでしょう。いずれ自分も消えるのではないかと不安だったようです。
 ぼくは夢から覚めて、実行を起こしました。確かに近い未来、事故や病気などでこの世から去ってしまう運命のカップルがいましたからね―――しかしちょうどいいことに、超能力というものにみな興味を持っていました。だからあのサイトを作ってぼくが管理人になり、見張っていたんですが……。


「暮は自分なりに無意識に、行動を起こしてしまった―――未来から」
 え、と三人の顔に意外の色が走る。
「手紙を出してたのはダミーのあんたじゃなかったの?」
「じゃ、暮さんはなんのためにあんな支離滅裂な手紙を」
 シュラインとみなもを宥めつつ、草間が煙草をくわえながら推測する。
「多分、まだ小さいし無意識だったからそんな形になっちまったんだろう。暮なりに、忠告―――早くカップルになれという意味だったんじゃないか?」
「ぼくもそうだと思います」
 と、羽田久宇梓。
「でもじゃあ、100人目は誰だったんですか? カップルになるにしても、女性が一人足りないんですけれど」
 みなもが尋ねると、それは分かりません、と久宇梓は淋しそうに応えた。
「確かなことは、その100人目がぼくの伴侶だということ」
 ゴホッと咳き込む。パッと飛び散った血が、久宇梓の服にもかかる。
「救急車を呼ぶわ」
 シュラインが再び受話器を取り上げる。みなもは久宇梓に駆け寄った。
「あなたは、自分の伴侶も探したかったんじゃないんですか? じゃないと、暮さんも生まれません……!」
「そうかもしれません、ね」
 がく、と久宇梓は崩れ落ちる。草間が間一髪、床に頭が当たるのを支えた。
「ぼくの息子がお騒がせしてすみません。でもこれでいい……ぼくが死ねば暮は生まれないのだから、こんな事件ももう起きないでしょう。ああ……それと、朔枝(のりえ)という女の子によろしくと……」
 ―――決して忘れない、と。伝えて。どうか。
「どうしてそんなに簡単にあきらめるの!?」
 シュラインの叱咤が飛ぶ。
「分からないじゃない、死ぬなんて。あんたそんなこと言って生き延びたら私笑ってあげるわ!」
 かすかにその青い瞳に涙が滲んでいたことは、誰も気付かない。
「そうですよ」
 みなもが、段々細まっていく久宇梓の橙色の瞳を見下ろす。
「夢の中だけでいいんですか? 現実でも息子さんに……暮さんに会いたくないんですか?」
「そう、ですね……だって、……」
 ―――だって、この世に自分が生きていた証がないことは。
 ―――忘却は、何より恐いから。
 その言葉を血と共に呑み込んで、久宇梓は優しく微笑んだ。
「いえ―――いいんです。これで、いいんです―――」
 それが、最期の言葉だった。
 遠くから、救急車のサイレンが虚しく響き渡ってきていた……。



 久宇梓の葬式に出ていた草間は、しばらく何か考えていたが、やがて踵を返し、そこに二人の『協力者』が立っていることに気付いた。シュラインとみなも。二人とも、喪服だ。
 草間は笑ってみせる。
「おやおや、赤の他人の葬式に来るとは二人とも随分とお人よしなことで」
「そういう武彦さんだって。赤の他人とは思えないし」
 シュラインと草間が何か言い合っているのを聞きながら、みなもは何気なく葬式場を見渡して、ふと、小さな赤ん坊を抱いた女性に気付いた。
「あの……あたし達、来たのはそれだけじゃないんです、草間さん」
「ん?」
「そうそう。ねえおかしいと思わない? 武彦さん。本来ならあれからもう数日経ってるし、とっくに依頼メールや『暮』からの手紙やらが消え失せたり、私達の記憶からそういうことも消え去ってるはずじゃない?」
「そういやそうだな」
「もしかしたら……と思ってきてみたんですが」
「正解だったみたいね」
 ハッと振り返るみなもに、こっそりウィンクを送るシュライン。
 そして、みなもが注目していた女性に近付いていく。
「可愛い赤ちゃんですね。生まれてどのくらいなんですか?」
 シュラインに聞かれた女性は振り返り、その橙色の瞳をちょっと不思議そうな色に染めて、でもすぐに微笑んだ。
「はい。二週間になります。まだこんな抱き方しか出来ないから、疲れるんですけど、大切な形見ですから」
「赤ちゃんの名前、聞いてもいいですか?」
 同じく近付いてきたみなもが、尋ねる。
「羽田暮、といいます。あ……私、久宇梓さんの従妹で幼なじみなんです」
「はねだ……」
「くれ……」
 シュラインとみなもは、やっぱり、というふうに顔を見合わせる。
「ちょっと待て……久宇梓……さん、とはその……恋人同士で?」
 草間が煙草を取り出そうとして、気付いてやめる。
「いいえ。久宇梓さんはいつも冷静で穏やかな人でしたけれど、一度だけ酔って……。もちろん久宇梓さんは覚えていません」
 だから教えなかったんです、と、女性は言う。
「あいつ……あの大バカ。自分の伴侶がこんなに近くにいるってことくらい気付け、あんなにいっぱい能力持っちまう前に」
 草間の呟きに、女性は目をぱちくりさせる。赤ん坊が初めて目を見開き、ふあぁと欠伸をした。
「わあ、可愛いですね」
「本当……瞳が橙色でお父さんにそっくり」
 みなもとシュラインの言葉に、女性は更にぱちくりだ。
「久宇梓さんはきっと、自分じゃ気付かなかったかもしれないけど、あなたのこと愛してたと思うわ」
 にっこりと、自信たっぷりにシュライン。
「そうそう、言伝があります、朔枝さん……ですよね」
「あ、ええ……はい」
 みなもの言葉に、まだ不思議そうに、女性は向き直る。
「久宇梓さんがあなたに残した言葉です。一言……『よろしく』、と」
「そう……ですか。久宇梓さん……最期、幸せそうでしたか?」
 朔枝の震える声に、草間が赤ん坊の頭を撫でながら言う。
「とても幸せそうな笑顔でしたよ」
 ありがとうございます、と、朔枝は初めて涙を零した。
 朔枝と別れたあと、草間がようやく煙草を取り出す。
「出来ればあの大バカにも報せてやりてぇな。お前の息子はちゃんと生まれてきたぜ、って」
「伴侶もちゃんといましたよ、って?」
「自分の気持ちにも敏感になりなさい、とも言いたいですね」
 三人はそして、笑う。
 同時に、それぞれに空に向けて叫び、言った。
「羽田久宇梓ー! お前の伴侶も息子もちゃんといたからなー!」
「……もう、武彦さんの声が一番大きくて私達の伝言が聴こえなかったらどうするの?」
「でも、言ったことは一緒ですから、シュラインさん」
 そうね、とシュラインは仕方なさそうに微笑んでため息をつく。
 日暮れの中、歩く三人の影が伸びていく……。


 ―――忘却は、何より恐い。でも。
 ―――朔枝。ぼくは忘れないから。きっと。
 ―――決して忘れないから…………。




《完》



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


☆1252/海原・みなも/女/13/中学生☆
☆0086/シュライン・エマ/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト☆


この物語に登場したNPC
☆羽田久宇梓☆
『暮』の父親。様々な超能力を持つ。性格は温和で冷静。
享年24歳。
☆暮☆
羽田久宇梓の息子。『未来』から『過去=現代』に無意識に力を送っていた。



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■         ライター通信          ■
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こんにちは。
今回この物語を書かせて頂きました、ライターの東瑠真緩(とうりゅうまひろ)と申します。

シュラインさん、みなもさん、お疲れ様でございました。予測していた結末のどれでもありませんでしたが、お二人のプレイングのおかげで私個人としてとても気に入った作品となりました。今回はお二人とも内容も文章も全く同じですが、ヘンに変えるとかえって味が出ないと思い、このようになりました。少しでもお気に召して下されば幸いです。
結局サブタイトルまでつけてしまいましたが^^;

海原みなもさんの特殊能力は今回使わず、どちらかといえば頭脳専門で動いて頂きました。どうも私が書くとみなもさんはちょっと感情を出してしまうようで……お気に召しませんでしたらすみません; いえ、今更なのですが; 
シュライン・エマさんは今回も特殊能力を使わせて頂きました。声帯模写というのはけっこう色々なことに使えますね。
あ、それと、前回シュラインさんのことを文中で「エマ」というふうに書いていましたが、あれは完全に私の「読みの感じの好み」です; 名前のほうがよろしいのかな、と思いまして、今回は「シュライン」のほうで書かせて頂きました。ご了承下さいませ。

テーマはやはり「命」と「愛情」、そして「夢」だったのですが、これは私の作る作品の全てのテーマと言っても過言ではありません。今回もお二人のプレイングでそのテーマを完遂することができたことを、とても嬉しく思っております。

これからも変わらず魂を込めて書いていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆