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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


空色の約束

 キーンコーン、とチャイムが校内に鳴り響いた。教壇に立っていた教師はその音を聞いて小さく溜息をつき、教科書を閉じた。否、正しくはその音を聞いて授業が終わったものだとして騒々しくなった生徒達に諦めを感じたのである。挨拶も適当に、生徒達は休憩時間を満喫する準備に入る。ともすれば、一日の中で一番楽しみな時間になったから。ある者は鞄から弁当を取り出し、ある者はパンや弁当を購入する為に、または食堂に行く為に教室を走り去る。昼食時間なのだ。
 そして此処にも一人、先程まで使っていた……否、出していた授業道具を適当に机に突っ込み、急いで教室を出ようとする者がいた。守崎・北斗(もりさき ほくと)だ。北斗は茶色の髪が風にふわりと靡かせ、青の目は一種の気迫さえ感じるほど真剣な眼差しをしている。
「守崎、食堂行くんなら一緒に行くか?」
「いや、別口!」
 声をかけてきた友人に笑顔で軽く答え、北斗は走り始めた。
「守崎君。今日はお弁当、一緒に食べないの?」
「悪い、今日はいいんだ!」
 同じく声をかけてきた女子生徒に笑顔で軽く答え、北斗は走る速度を変える事なく真っ直ぐに一箇所を目指す。階段を一段飛ばしで上り、目的のドアを少々乱暴にバン、と開けた。抜けるような青空が、そこには広がっていた。学校の屋上、そこに北斗の求める人物がいた。思わず北斗の顔に満面の笑みがこぼれた。
「遅い」
 守崎・啓斗(もりさき けいと)はただ一言それだけ言った。言葉とは裏腹に、茶髪の奥にある緑の目は、柔らかく北斗を見つめていた。
「これでも全力で来たんだって」
 再び北斗の顔に笑顔が零れた。そして、視線は啓斗の手にしている重箱へと移った。豪華三段重ねの重箱だ。北斗の視線に気付き、啓斗はぱかっという音をさせて蓋を開けた。途端に、ふわ、と食欲をそそる匂いが辺りに立ち昇る。
「美味そう」
 北斗は笑顔を崩す事なくそう言うと、啓斗の隣にどかっと座った。重箱の中身は、色とりどりの、何とも見事な和風料理の数々が所狭しと入っていた。包丁細工のなされた酢の物、程よく焼けている魚……濃くも薄くも無い味付けの料理たち。それらをざっと見てから、颯爽と北斗は箸を手にする。
「いただきます」
 ぱん、と合掌してから北斗は食べ始めた。つられるように啓斗も箸を持ち、食べ始める。暫くはもくもくと食べ、少し空腹感が収まってきた辺りで啓斗は箸をちょっと置いた。
「北斗。俺が学校に来ない時もちゃんと弁当を持たせてやるから」
「ん?」
 頬に肉じゃがを放り込んだまま、北斗が顔を上げた。
「買い食いとかするなよ」
「ん」
(たまにしかしないって)
 北斗は心の中で呟く。
「拾い食いとかするなよ」
「んん?」
(流石にそれはしないと思うんだけど)
「貰い食いとかはするなよ」
「んんん?」
 北斗は口の中のものを飲み込み、一杯お茶を飲んでから一つ溜息をつく。
「拾い食いは、くれる相手によるんじゃねーの?」
「するなよ?」
「いや、だからさ……」
「するなよ」
 啓斗は念を押すように、もう一度言った。北斗は小さく苦笑する。
「……分かった。ぜってーしないから!」
 その言葉に、啓斗はこっくりと頷く。
「約束だからな」
「ああ。……だからさ」
「何だ?」
 北斗は啓斗に向かって、至極真面目な顔をして口を開いた。
「だからさ、毎日ちゃんと学校に来いよ」
「……ここに、か?」
 啓斗は眉を顰めた。それから辺りをぐるりと見回す。
「ここは、霊の吹き溜まりだ。……だから、嫌だ」
 学校は人が集まる場所と同時に、霊の集まる場所でもある。霊に憑かれやすく、北斗に霊を祓って貰っている啓斗としては、避けておきたい場所の一つであった。それを分かっていても、それでも北斗は言わずにはいられなかった。何か理由をつけて。
「だってさ、勉強とか」
「学校に来れば勉強するという訳でも無いだろう?」
「……まあ、そうだけど」
 自身の授業態度を思い返し、小さく北斗は呟いた。
「勉強はフリースクールでちゃんとやっている」
 どことなく暗い顔で啓斗は言った。本当は学校に来た方がいいような気がしているのも事実だ。だが、学校が霊の吹き溜まりである事に変わりは無く、また自分が霊に憑かれやすいのもまた変わりは無いのだ。啓斗の思いは、何処までも重い。
(逆効果だったか)
 北斗は小さく呟いてから再び対策を練る。
「だってさ。学校、楽しいじゃん」
「……楽しいのか?」
「……それなりに」
(微妙な説得力しか持ち得なかったか)
 北斗は小さく呟く。
「北斗、知っているだろう?」
 啓斗は小さく溜息をついてから口を開いた。霊に憑かれやすい啓斗、それを払っている北斗、どうしても吹き溜まりとなるこの場所……それら全てを分かっている筈なのに。
「だってさ」
「だって、と言われてもな」
「でもさ」
「言い直してもな」
 北斗は小さく考え、それから「だあ!」と叫ぶ。突如叫ばれてしまった事に、思わず啓斗は目を丸くする。
「でもさ!昼飯は一緒がいいじゃんか!」
「……え?」
 ぱちくり、と啓斗はゆっくりと瞬きをし、北斗を見つめる。心なしか、北斗の頬が赤い。
「昼飯、一緒がいいじゃん。一緒に食べたいじゃんか」
 ぶー、と北斗は頬を軽く膨らませた。
(そうか……)
 啓斗は北斗の様子を見て、思わず口元を綻ばせる。
(そういう事か)
 啓斗は辺りをもう一度見回し、それから空を見上げる。辺りには結局霊は溜まっているし、自分に憑こうと狙っている。だけど、それ以上に北斗の言いたい事も何となく分かる。北斗が自分の事を分かっているのと同じように。
「……そうだな」
 空を見上げたまま、啓斗は小さく呟くように言う。
「考えて、おこうか」
 途端、北斗は零れんばかりに笑った。ほのかに赤くなっていた頬はそのままに。
「その言葉、ぜってー忘れんなよ」
「忘れるかもな」
 悪戯っぽく啓斗は笑った。だが、勝ち誇ったかのように北斗は言い放つ。
「兄貴が忘れても、俺は忘れねーから大丈夫!」
「そっか」
 にっこりと北斗は笑い、再び重箱の中身に取り掛かる。たくさんあった弁当の中身も、北斗によってどんどん無くなっていってしまう。
「俺も覚えておくからな」
 啓斗は芋の煮物を口にしながら、北斗に言う。
「何を?」
「買い食い拾い食い貰い食いはしないんだよな?」
 北斗の手が、一瞬止まる。それから少し間があってから、北斗は顔をひきつらせながら言う。
「勿論じゃねーか!約束約束」
(一瞬考えたな)
 啓斗は顔を引きつらせたままの北斗を見て、再び微笑んだ。

 弁当の中身は、程なくして綺麗に片付いてしまった。
「食った食った!」
 北斗はそう言うと、その場にごろんと横になる。
「食べたすぐ後で寝ると、太るぞ」
「気持ち良いんだから仕方ないじゃん」
 啓斗の警告にも笑顔で返しながら北斗は言った。満足そうに微笑み、気持ち良さそうに寝転んでいる。啓斗は重箱を風呂敷で包み、北斗に倣うように横にごろんと寝転がった。空が迫ってくるかのように、近い。
「あー……確かに気持ちいいな」
「だろ?」
 ゆっくりと啓斗は目を閉じ、再び目を開ける。迫ってくる青。
「眠くなってきた」
 青空に抱かれているかのような錯覚を覚えながら、北斗は目を閉じる。お腹も満腹、気持ちも晴れやか、天気も良い。絶好調に眠気がやってきたのだ。
「午後の授業、受けなくていいのか?」
 啓斗の問いに、北斗は小さく笑う。
「たまにはいいんじゃねぇ?」
「そうか……たまに、ならな」
 啓斗が妙に含んだ言い方をした。それを聞いて、北斗は諦めたように体を起こす。それでも全身が眠りを欲していた。
(さぼっちゃおうかなぁ)
 小さく、啓斗にも聞こえないうな声で北斗は呟く。
「明日はもうちょっとあってもいいなぁ。量」
「まだ食べられるのか」
 すっかり軽くなってしまった重箱を見つめ、北斗はにやりと笑う。
「後一段くらいは」
「……そうか」
 啓斗は苦笑し、立ち上がる。もう少しで昼休みが終わりそうな時間になってしまったからだ。
「約束、忘れんなよ!」
 慌てたように北斗は啓斗に言った。啓斗はそれに苦笑してから答える。
「北斗も」
 互いに見つめあい、それからふっと笑い合った。迫ってくるような、青空の下で。

<互いの約束を噛み締めながら・了>