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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


深淵の衣装部屋

「…」
 いったいここはどこだろう。
 冷汗をかきつつ、みなもはきょろきょろと辺りを見渡す。
 …いえ、別に急にひとりだけ変な場所に放り出されて困っている、とかそう言う訳じゃないんです。そう言う意味では何の問題もありません。一応の場所はわかっているんです。それにこの場所――この『部屋』の『主』もちゃんとここにおります。そしてその『主』を考えれば…何も心配する必要はない筈なんですが…。

 あたしはみそのお姉様に頼まれまして、お姉様の『衣装部屋』の整理のお手伝いに来たんです。

 です、が。
 ………………何なのでしょうこの広さは。
 視界の先は果てしなく遠くまで広がっております。みそのお姉様曰く、物理的な広さは無限だとか。そして手前から、見覚えのある――いつもあたしがお借りしているメイド服等の衣装――がずらっと。これまた果てしなく…ハンガーで提げられたり、畳んで洋服棚に置かれたりしてあります。靴や鞄など小物もそれなりに。
 この場所は…海の最深部二位に『存在』しているらしいんですが、そう言われても、具体的な場所は――あたしにとっては謎でしかありません。
 そもそもどうやって、お姉様のような巫女では無いあたしがここまで来れたんでしたっけ?
「…どうしたの、みなも?」
 小首を傾げ、みそのお姉様。
 お姉様の手には既に二着程、衣装が。他の場所に混じっていたのか、ゆっくりと別の場所に提げ直されています。
 広さにめげそうになりましたが、取り直しましてお手伝いに励もうと、みなもは大量の衣装に向かいます。
 基本的には問題ありませんが、時折スカートの中に着ぐるみが混じっていたり、ブラウス・ワンピースの類に下着が混じっていたり、とちょっとした間違いがちらほら。
 そんな、ちょっとした間違いが殆どであっても、ぱっと見た衣装の分量から考えて、かなりの大仕事です。これならみなもがお手伝いに呼ばれた理由も納得が行くと言うもの。
「本っ当にたくさんあるんですね…」
 まさかこれ程とは思っていなかった。
 確かに、それなりにたくさんの種類の衣装を持っているとは思っていましたが。
「ええ。いつも選ぶのに迷ってしまうの。だって『陸』に行くには巫女装束のままではおかしいでしょう?」
 にこにこ。
 みそのお姉様は微笑んでいる。
 この果てしなく広い部屋でたった一着の衣装を選ぶ、みそのお姉様にすればそれが普通なのでしょう。
 ………………ですがあたしはそれだけでまず気が遠くなりそうです。
「これは…」
「ああ、そのナース服は、向こうの空いている棚にお願いしますね」
「はーい」
 みなもは言われた通り、空いていた棚に提げに行く。
 …ところで黒いナース服っていったいどこの病院で使ってるんでしょう? だいたい白とか…またはピンクや水色だとか、色が付いていても淡い色のような…気がするんですが…。特注品でしょうか?
 思いながらまた元の場所に戻り、先程の続き。紛れた洋服をピックアップしたり、少し乱れていたものは畳み直したり、と続けます。
「これはこっちでいいですね?」
「ええ。有難う。みなも」
 にっこりと微笑むお姉様。
 そして次。
「…」
 紐?
 ………………これはひょっとして。
「あのお…お姉様?」
 続いて視界に入ってくる、一見『金属の塊』とか、『粘着物質』とか。
 …いわゆる、イノセントなイメージからはかけ離れた…衣装と言うか道具の延長と言うか…。声に出して言うのは憚られるような…。
 どうしよう。
 ………………着てみたいかもしれません。
 純粋に好奇心から、思ってしまう自分に冷汗。
 否、そんな事を考えている場合では無く。
 整理整頓、続けましょう。
 そしてまた、次の棚。
 と。
 停止。
 ふと手にとった衣装に、みなもは反射的に凍り付く。
 …なんだろうこれは?
 そう思い、少しだけ、広げます。
 それは。
 異様に古めかしい、物体X。…果たしてこれを衣装と言って良いのだろうか…。
「…お姉様」
 ぴろっ、と広げられたそれを見てもみそのお姉様は動じません。
「それは…ですね、わたくしのお姉様に頂いたものですわ」
「…はあ」
 気のせいだろうか。
 動いている。脈動と言うのかなんと言うのか、そんな感じで。時々ぴくぴくと痙攣? のようなものまで起こしたり。
 …生きている? のでしょうか。この服は。
 深い深い海の底の事ですから…例えば超古代の生命体とか?
 そこまで考えて、また冷汗。
 ………………あまり深くは考えるまい。
「それはこちらに下さいな」
「は、はい」
 言われた通り、そ、とみそのお姉様に手渡します。
 次は…と。
 少々乱れた衣装に手を伸ばす。
 が。

 すかっ

「あれ?」

 もう一度。

 すかっ

 ………………さわれない。

「…あの、お姉様、これは…?」
「ああ、これはわたくしが畳み直しますわ。触れられませんものね」
 言ってみそのはす、と手を翳す。するとさわれなかったその衣装が勝手に宙に浮き、見えない手に寄るようにぱたぱたん、と丁寧に折り畳まれて行く。
 そしてその衣装は元あった場所に戻された。
 ………………みそのお姉様が操れると言う事は…何か流れるもの、で出来ている衣装なのでしょうか?
 次は。
 と、あたしが向かった――そこには。
 ………………。
「あの…こ、これは…?」
「ああ、それは――」
 あたしの問いに、快く説明してくれようとするみそのお姉様の声も遠ざかる。
「…ちょっと? みなも? どうしました? 大丈夫!?」

 ………………さすがにそろそろ…限界です。勘弁して下さい、お姉様。

 ばたり。
 暗転。

【了】