コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


お料理キング決定戦

 草間は頭を抱えた。
 彼の仕事は探偵事務所、といっても、最近は自分が動く事は少なく、他者に仕事を回す事が多い。そしてその事件なのだが、大抵、怪異なる類なのだ。
 それが何時を境なのか、思い出すのもめんどくさいが、ともかく、飛び込んでくる。今日の依頼もそうであった。それ自体は、まぁ、別にいい。
 だがそれでも、草間は頭を抱えるのである。なんでこんな依頼が来たのかと。
「お願いしますッ!貴方だけが頼りなんです!」
 切羽詰った青年は言う、「いや、しかし」「しかしもかかし砂糖菓子もありません!事は緊急を要しますッ!」
 あの幽霊達を追い出すために、お願いですっ!青年は、叫ぶ。
「料理番組の出演者を紹介してくださいッ!」
 草間は頭を抱えた。
 視界にはあるがみちゃいない名刺に、書かれている身分証明。地方ローカル局の鈴木さん。彼は、再三懇願している。
「うちは探偵事務所であって、芸能事務所じゃない」と言えども、
「でも、幽霊の専門家じゃないですか」と。それこそが間違いだというのを、この男は解りはしない。まぁ無理も無い、オカルト番組を持つこのテレビ局、和製ゴーストバスターズの情報を知らない訳が無く。
 だから今回の―――観客の幽霊がスタジオを乗っ取って料理番組みせろやハゲーとヤクザ並に暴虐な態度でピーチクパーチク囀ってる百人程の―――幽霊を除霊してほしいのだ。ていうか多すぎですこの野郎。
 なんにせよ、すこぶる不本意である。「ほっとけばいいだろ」
「そうは行きませんよっ!スタジオ一つみすみす捨てたくない、それに」
 僕の命が!とシャウトする。
「うち帰ったらラップ現象は当たり前、金縛りは朝の決まり、この前なんかポストにものごっつでかい噛んだ後のチューインガム捨てたんですよ〜」
 いや幽霊はガムかめんだろ、「どうも拾ってまるめたっぽく」汚ねぇなをい。
「お願いします草間さ〜ん、ギャラはたんまり弾みますから〜」
 草間は三度頭を抱えた。


◇◆◇


 人に良くする事と書いて食事である
 (ボイルドエッグ著、GURUMAN BOY より抜粋)

 本の一節を読み上げるは、漆黒の長髪と純白の肌なる対を、彫刻の如き肢体により、一つにした美貌を持つステラ・ミラ。時代劇でころがる為にあるような階段の上から、しゃなりと、一歩、足を踏み出して、「私の文献が正しければ」
 拡声器を使わずとも、よく、通った声である。「様々な料理人達が、流星のように通り過ぎていった。曰く、馬鹿には車を与えない陶芸家。曰く、うますぎると大阪城を壊すおじいさん。曰く、ダチョウを屠る男」
 漫画ばかりかよ、ていうか文献正しくないよ、と誰かが力いっぱい突っ込みたかったが、撮影中なので何も言えない。古今東西北から南、あらゆる書籍が置いてある彼女の古本屋、なんでよりによって漫画を参考にしてるのかと問えば、「料理番組の参考書は漫画である」と、どこからか聞いた知識ゆえ。間違ってる。
 だが本人は至って真面目、「そして今、新たなる伝説が生まれようとしている」淡々と、だけどしっかりと前口上、そして、
「第一回、お料理キング決定戦―――開催ッ」
 途端、弦楽器が風のように舞い、瞬時にライトアップされる場内。舞台となるキッチンの上、金銀の食器が光に煌くと同時、観客席から声と拍手の轟きが響く。そう、今始まる宴は彼等だけに用意された一夜の夢。盛り上がらぬはずもなく。
 七色の歓声の中で、脚力を用いずにステラは瞬間移動する、まばたき一つの間に隣に身を置いた彼女に、戸惑う事も無く笑う女史が居た。落ち着きと生まれてからの自分を纏った彼女はマイクを手にとる。
「実況は草間事務所の台所役、シュライン・エマが担当します。嘘、おおげさ、紛らわしいを反面教師にして勤めさせて頂きます」
 誇張が必須のプロレス実況に、喧嘩売る発言をしながら、エマ、「それでは―――」

 選手入場っ!


◇◆◇


 ―――万物の根源水の姫
「女子中学生、時々主婦、ところによりアルバイターッ!神聖なる料理の祭典を、姉と妹には任せておけぬ!海原みなもっ!」
「楽屋裏でのコメントですが、お金が稼げることを草間さんの依頼を選んでいるようで、世知辛いと嘆いていましたわ」
「どこもかしこも不況ね……」
「シュライン様の本も、うちに流れて来る事が少なくなってますね」
「お仕事募集中です」「泣かなくとも」
 ―――温和と毒のフォルテッシモ
「あの小学生がコンビで参戦!故郷の心よ東京に届けっ!歳は小さい背は小さくない!秋田おばこ料理人今川恵那!」そして、「私の記憶が確かならば、彼女の言葉は人の心も滅多切り!夜道畦道気をつけてっ!毒舌少女、飛鷹いずみですっ!!」
「恵那さんは秋田出身、どのような郷土料理が作られるか楽しみですね」
「いずみちゃんは、……プロフィールに毒舌って書いてあるんだけど、これって」
「はぁ、私が前もって調べた結果では」「言わなくていいわ、怖いから」
 ―――料理超人
「陸海空、果ては宇宙!全ての素材は俺の物。食料調達のスペシャリスト!アルティメット・キュイジーヌ!鳴神時雨ッ」
「料理の腕は言及してませんね」
「自己紹介は本人が考えた物をベースにしてるの。でも、彼の料理は強力よ?」
「確かに、同意します」
 ―――尽くし続けて早千歳前
「築地の目利きより路上の鼻利きッ!食材選びで右に出る者無しっ!主婦の方にも大評判!オーロラの登場ですッ!さてと、オーロラさんはステラさんと関係深いけど、何か激励の言葉は送った?」
「優勝しろと指示をしました」
「簡単に出来る事ではないと思うんだけど」
「もし優勝しなかったら……」
「え、ええ、オーロラさんには是非がんばっていただきたいですね、では最後に」
 ―――笑みと共に来る
「料理は愛情母心〜押せば命の」「って、ファルナさんっ!?紹介はこっちでやるから!というか何処からマイク用意したのっ!?」「泉沸くです〜」「聞いてないですね」
「あ、改めまして、ファルナ新宮!お供に強襲護衛メイドファルファを引き連れての登場です」
「今大会で一番注目、というより注意がされています」
「色々な意味で?」「いや、一つだけです」「確かに一つだけね」南無阿弥陀仏と手を合わせるエマ。


◇◆◇


 紹介された者達が横一線に並ぶと、パァンッと紙ふぶきが舞った。ベタな演出にお約束どおり盛り上がる観客達、料理する場所に何ゴミ蒔いてるんですかと、飛鷹いずみ。幸いマイクにも周りにもその声は届いてなかったが、恵那はわたわた慌てた。その不可解な行動を気にしつつも、エマは番組を進行させる。
「以上五組を持って、頂点を狙ってもらいます。解説と会場リポーターは、さきほど幕開けをしていただいた、ステラ・ミラさんでお願いいたします」
「エマさん、ノリノリですね」
「一応練習したから」
 軽いピースサイン、それさえ落ち着いて見えるのは、本人の人柄ゆえか。
 そしてステラは、先ほど解説席に移動したように、音も無く居並ぶ選手の、一番端のみなもの傍へと身を置いた。ややびっくりした彼女に、とても自然にマイクを突き出して、「意気込みの程は?」
「は、はい、家事は得意なので」と無難な答えを言った刹那、
「家事のレベルか、」時雨、「本気では無いという事だな」
 ピシっと音。みなも、ちょっとトサカきたらしく、
「おふくろの味は、深いですよ」
 すぐさま反論する彼女に時雨、
「ほう?やれるのか?」
 不適な笑みに、みなもの目もギラリと光る。「あーっと、両者の間に因縁勃発でしょうかぁ」エマが実況で煽ると、闘気が加速し、二人のバックがぐにゃりと曲がった。空間のねじれにびびる観客、でもお前ら幽霊だろ。
 人外しか紡げぬ異常現象(演出)に、我関せずなのはステラである。忠実に自分の職務をこなそうと、次のインタビュー、先ほど彼女が要注意人物にあげたファルナ新宮に、「ファルナさん」「はい」
「食べられますよね?」単刀直入に聞けば、
「美味しそうでしたよ〜」答えになってねぇ。最早、神のみぞ知る事かと悟ると、ステラはさっさと次の人物にマイクを向けた。それは彼女の使い魔オーロラである。人の体形を取ってる彼、人の口を開いて、
「ええと、今回は」
「勝ちなさい」
 何かを語る前にぴしゃり、
「えっ、……いや、抱負とかは」
「無駄口を叩く権利はありません」「無駄口って」「オーロラ、もし負けたら」
 ステラはポケットからやじろべーを取り出し、ゆらゆらさせた。「これですよ、解りますわね?」
 どんな罰だっ!?と全員が思う中、オーロラは意を解してなのか硬直した。今は人だが真の姿は犬である彼、もし戻ったら、尻尾を丸めてうずくまりそうである。そんな彼の肩をポンと叩いた後、最後に―――
「さて、タッグで出場のお二人ですが」
 恵那といずみの間にマイクを挟む、恵那、緊張の面持ちで何か喋ろうとするのを、
「まぁ、抱負なんてないですが」
 制するように前を出たいずみ、続けて、こう言った。
「死んだ後にまでバラエティ番組に執着する、色んな意味で凄いというか人生の落伍者な方々のために頑張ります」
「いずみちゃん!?」
 ブーイングが飛ぶよりも早く、口を開き、
「だってこの世に残ってやる事が、」早口でまくしたて、「愛する人を救うでもなく、何かに恨みを晴らすでもない、テレビを見るなんてぬるい目的意識の人たちよ?どうせ死に様もバナナに滑ったか豆腐の角に頭をぶつけた程度」
「い、いずみちゃんってば!」
「ミミズすら土を浄化する役割を持っているのに、何も無い、有害な幽霊は速攻去るべきです」「いずみちゃぁぁぁぁん!」「この世にいる価値がな」


◇◆◇


 暫くお待ちください(日本名山を放映中


◇◆◇


 幽霊総ブルー。いや元々そんなもんだが、先ほどまでの南国陽気は吹っ飛び津軽海峡冬景色である。バナナで人を殺せる世界。だがその必要も無く死んでる彼等、再三言うが、観客幽霊は打ちのめされているのだ。大弱りなのはテレビ側である。元々彼らを成仏させる為の企画、なんとか機嫌を直してもらわねば、このスタジオを捨てる事になる。
「いずみちゃぁん、幽霊さんたつに謝っだ方がぁ……」
 普段は抑えてる秋田訛り、小声でいずみに忠告するが、彼女はすました侭である。当人からの謝罪という解決法は有り得ない。となると手探り、もともと観客席のレポーターを予定してたステラが、一人一人聞いていくが、「俺だって好きに成仏しねぇ訳じゃ」だとか、「アメリカでも鉄人は」や、「残った料理はスタッフで」と愚痴同然の事をお経のように。最早お手上げ、番組もスタジオもこれまでかと思った矢先、一人が、
「水着」
 は?
「水着見たい」
 その一言は川面に投じた一石、
「そうだ水着だっ!」「我々には水着が必要だッ!」「一億総水着っ!スイムッ!」
 波紋のように広がる意思!やがて様々な言葉なそれは、一つの掛け声となる。そう、水着ボンバイエである。リズムに乗せて轟く思い、某関西球団並に熱気ムンムン。マイナスは転じてプラスとなった。恐るべきはエロパワー、全国にビデオデッキとパソコンが普及する原動力である。そしてその情熱はもう止められない。仕方が無い――
「オーロラ脱ぎなさい」
「私がッ!?」
 と、主人のセリフでがびーんと使い魔がなった瞬間には、ヤローはいらねーと凄まじい罵詈雑言が、豪雨となって彼に降り注いだ。言い出したのはステラなのに、なんで私が、とさめざめ泣くオーロラさん。そして怒りも糧にしてか、エロパワーはマックスまで上り詰めていた。ここで断れば一揆が起こる。
 仕方ない、と溜息を吐く少女一人――
「これで」
 キッチンの蛇口を捻り、そして、その水を霧のように拡散させる。
 自らを水蒸気のヴェールに隠して、どよめきが起こり、やがて覚めた時、彼女は、
「よろしいですか?」
 海原みなもは人魚に変身した。
 最小限の布でおおい、艶やかな若い肌をあらわにした美の肉体に、力強くも、どこか気品のある尾のきらめきが合致した様、それは美の極致の一つ。まるで絵画を前にしたように、見入る人々。
 と、勢い任せてやってはみたものの、視線が我が身に注ぐとなると、気恥ずかしい物がある。頬を染めるみなも。だがこれでギャラへの道が復活するなら安いものかと、自分を納得させようとした時、
「みなも様」
「え?」ステラ代弁、
「太ももが見たいらしいです」
 芸術よりもエロの幽霊の言葉。すると、夢から覚めたように幽霊たちは、全裸ボンバイエとのたまい始め、
 その瞬間キッチンの水道が破裂して、スタジオにダムのサイレンが響いたのは語らずも、である。そして激流に逆らいながら、必死で皆がみなもを取り押さえる中、水害を受けない実況席のエマが、こちらも何時の間にか避難したステラに、
「あの人たち幽霊だったの」
「はぁ、知らなかったのですか?」
「え、ええ、てっきり……」
 ちょっとした、沈黙の後、
「味噌汁って、お塩よねぇ」
「ええ、それが何か?」
「私、観客の人達が食べられないのもなんだから、会場の前に紙コップで飲めるお味噌汁作っておいたんだけど」
 犬に玉ねぎ。幽霊に塩。
「……そういえば」ざっと藁にもすがる幽霊達を見回して、ステラ、「知らされたよりも心持、霊数が少ないような」
「え、塩分控えめのにしといたんだけど」
 汗一つたらり弁解エマに、ステラ、
「どうせなら全員成仏しといてた方が、依頼も終わってましたね」
「慰めになってないわよステラさん……」
 ちなみに水が治まるまで、ファルナ新宮はと言うと、
「気持ちいいですね〜」
 密かに半裸で泳いでた。ファルナだし。


◇◆◇


 彼女のヴィーナスが如く美しい肉体が、観客の目に触れる直前バスタオルで隠された十分後、
「それでは、右から左と色々ありましたが」
 水を引いたスタジオに、用意された五つのキッチン。それぞれに参加者達が配備されて、
「調理、開始!」
 エマの掛け声と共にドラが鳴った。うぉぉぉっと沸きあがる観客、こうしないと、また水に溺れそうだし。幽霊だが。
「さて、」エマ、「予選のテーマはスープですけど、どんな料理が出るでしょうか?」
「材料に何を使うのか興味深いですね」
 そう言ってキッチンを見ていると、
「あ、オーロラ選手が何か取り出しました!あれは」
「どうやらすっぽんのようです」
 ステラの言うとおり、彼が自前のクーラーボックスから出したのはすっぽん。超高級食材の一つだ。「この大会、基本的に食材の持ち込みは自由ですっ!あれはオーロラさんが自ら選んだ物なの?」
「どうやら天然物のようです、スッポンのスープは医食同源の中国で、命のスープと称されてるんじゃないでしょうか」「憶測なの」
 軽いボケに軽いツッコミが入る実況席はさておき、厨房の戦士オーロラは、丁寧に、確実に、スッポンを処理していく。生き血はきっちり別にとっておき、用意した中国製の陶器に姿の侭置いた。そして、
「あーっと、さらにフカヒレも取り出しましたっ!す、すごいわねステラさん、良くもあれだけ」
「テレビ局からのギャラも出ますから」
 実況ついでに、調理人の技をメモしようと思ってたエマだが、オーロラから学べる事はなさそうだ。最高の食材をシンプルな調理法で、王道だが、確実である。
 そして一息ついたオーロラ、結果は出てないが、惨敗という事も無いだろう。これ以上の食材は誰も用意が、

 ドゴォッ!

 轟音と風圧の勢いに身体を翻しながら――心の騒ぎを落ち着かせ、構えるオーロラ。一体、「何」
 空いた口が塞がらなかった。それは、マイペースお嬢様ファルナを覗いて、皆同じ。ようやく、やっと、自分の職務を思い出したエマ、「な、鳴神時雨選手」
 海亀を用意してきました。
「ってえぇぇぇぇぇぇ!?」
 自分で言葉に出しときながら、絶叫するエマ。対照的にほうっと落ち着いてるのはステラ。「海亀はよく食されていますが、あれだけ大きい物は珍しいですね。しかも生きてます」
 珍しいなんてレベルじゃなく、その巨体はガ○ラの子供と言って差し支えが無い。当然キッチンは思いっきりへこんだので、テレビ局の鈴木さんは泣き喚いた。
 先ほど紹介したすっぽんが、いろんな意味でかすむ食材、を前にして、時雨は無言でナタを持ち、ドンッ!
「あ、っと、時雨さん、調理開始、……ってこれ」
 血飛沫が舞い肉がびたんびたんと跳ね、亀の首がカメラのレンズにぶつかって、「これは放送していいのでしょうか……」
 力なくエマは言うしなかった。まるでB級ホラーのスプラッター。観客達も悲鳴をあげた、って何度も言うがあんたら幽霊だろって。
 だが本人はもくもくと調理を続ける、甲羅を叩き割り、中に手をつっこみ心臓だかなんだかの臓物を引き摺りだして「いやぁー!やめて下さいおがあちゃぁん!」「神様助げてぇ!」
「うるさい連中だ、唯の調理なのにな」「どこがですか!」
 同意を求められたみなもがぴしゃり、否定されたが気にせずに、時雨は調理を再開した。これ以上突っ込んでも無駄かとしぶしぶ悟ると、まな板に向きなおし具となる醤油で味付けしたカツオの身をさくさくと切り始める。夏向きの、至ってシンプルなすまし汁がみなもが用意したメニューだ。
(他の人達はどうなんでしょう)
 ふと気になって周りを見渡す、オーロラはやる事がなくなって休んでるし、あの小学生達は、
「うう、いずみちゃぁん……」
 怖がってる恵那を、よしよしと撫でるいずみ。少女の冷静沈着さに、みなもはちょっと驚いた。普通なら、恵那と同じく泣き虫モードに入りそうなものだが。
(良く似合ってる二人ですわね)
 そう微笑ましさを感じた後、残りの一人、ファルナ新宮は何を作っているのかと―――
 ツボの前で時雨が捨てた、亀の首を掲げてた。
「何の儀式ですかっ!?」
 思わずそうつっこむみなもに気付かず、ファルナはくるくる回った後、華麗に亀を、壷の中に入れる。何をしてるんだろうと、同じく困惑する実況の隣、解説役、
「あれは仏跳牆ですね」
「ふぁっちゅーちゅん?」
「ええ、様々な材料を壷の中にいれ、一夜かけて煮込み作られる中華のスープ。何事も慎むべき修行中の僧でさえ、このスープの匂いを嗅ぐと、壁を越えてやってくるという意味でつけられたスープです。バカには車を売らない漫画に書いていました」「別の参考文献はなかったの」
 ともかく、
「これならあのファルナさんでも、美味しい料理は出来そうですね!ちょっと安心したわ」
「あ、今バームクーヘンが入りました」
「やめてファルナさん」
 しくしく泣いてもファルナクッキングは止まりません。次はドリアンそして幕の内弁当、漂う香りは僧どころか、ハエも逃げそうな刺激臭。それに続き持ち込みの山海の珍味もぽぽいっとほうりこんだら、アクが物凄い勢いで出て、床が雲のようになった。雷様コントが始まりそうである。
「え、ええと、カメラを回しまして」現実逃避、視線を移すと、「あ、恵那ちゃんが料理を再開したみたいね」「どうやらイワガキを材料に使うみたいですね」
 実況席からの言葉を聞いて、自分が注目されてる事を知ると、ちょっと顔が赤くなる。専用のへらでぷりっぷりの身を外すと、再び殻の中に入れた。身だけ煮てもいいのだが、共にした方が見栄えもいいだろう。隣ではいずみが正確無比な動きで包丁をふるっている。下手な機械よりも早いかもしれない。本当頼りになる幼馴染、
「がんばれおじょうちゃーん」「うっさいですねロリコン」
「いずみちゃぁんっ!?」
 毒舌炸裂。暫しフリーズした後幽霊が、「何生意気ぬかしとるんじゃこりゃぁあぁ!」と叫んだ瞬間、いずみの傍にあった鍋が浮き「ポルターガイストッ!?」エマの叫びに周りの者も調理を一瞬で止め、いずみを救おうと動く直前、向かってきた鍋、
 直角に曲がって幽霊に当たった。
 カァンっと、良い音がして、倒れる幽霊。実体持たないのになんでと自分で思ったら、
「私に対する攻撃は無駄です」いずみ、「合気道やってますから」
 それ理由にならんだろ!と突っ込まれる中、一人、力に気付いてるのは幼馴染の恵那。いずみはベクトルを変換する能力を持ってる。それゆえ、運動エネルギーを持ったものなら戦車でも投げ飛ばせるし銃弾も反射できる。視界内でしか使用できず静止物体には無意味であるが。(ちなみに合気道は幼い頃からの習い事で、彼女はしばしばこれを言い訳にしている)ようするに、何をやっても倍返しになるのだ。それは、
 言葉でも。「まぁ、ロリコンという言い方は適切で無いかもしれませんが」そう言ってころげた幽霊を、「少なくとも死んだ後にさえ着てるそのTシャツはどうかと思いますね、誰ですか、さりえちゃんって」
 ぎくぅっとなって『さりえ(はぁと)』の文字の下に少女の写真がプリントされているTシャツをおさえる幽霊さん。「私服を着てるし、アイドルでも無いって事は、多分近所の小学生でしょうね。しかも、こちらを見てないから隠し撮り?本人の承諾も得ず、それはどうかと思うんですが。まぁ億兆歩譲って有りとしても、まさかと思いますが、その子と仲良くなろうとして断られて泣きまくったとか」
 グサァっと音が鳴った。「まさか図星なんですか?もしかして、そこで終わればいいものを、子供相手に未練がましく電話とかかけまくったとか」グササァッ。「それストーカーですよ、女の子の中でトラウマになっちゃいますね。最低」グサグサァッ。「となると、今幽霊になってるのは、警察に追い詰められて自殺したと。もう、なんというか、自分勝手な所が馬鹿、良い意味の馬鹿じゃないですよ?悪い意味の馬鹿です。嗜好に口出す気はありませんが、人の気持ちを考えて」
「い、いずみちゃん」みなもが溜まらず、「もうその辺にしといた方が」
「そうですか」
 それだけ言うといずみはまた薬味を切り始めた。さりえちゃんTシャツの男は撃沈していた。自殺しそうな勢い、自殺したんだが。
「え、ええ、」エマが必死になって、盛り上がる素材をみつけようと、「ああっと、時雨さんの亀の解体が終了した模様ですっ!今巨大な鍋に放り込んで」
 ガスコンロ二台分を使う特製の横長い鍋、それにほうりこまれた亀の肉。一気に火をつけた後鳴神時雨―――
「で、十時間煮込んだのがこれだ」
 セリフと共に出来上がった料理をキッチンに置いた。
「三分クッキングなのッ!?」
 それだったらあのモザイクかけるべきだった映像は一体、って、「時雨さん、それ反則じゃない?予め作っておくなんて」
「しかた無い事だろう、制限時間が足らん」へ?
「テレビ側のミスだ、三十分という時間は短すぎる。いきなり出来上がりを持ってきては、テレビ的に拙いだろうから、調理を見せただけだ」
 まぁ確かに、煮込みが必然な場合が多いスープ料理、時雨の言い分は50パーセントはある。みなもと恵那はそれを見越して、短時間でも美味いスープを作ったのだが。
「……って、そういえばステラさん」「はぁ、いかがしましたか?」
「ファルナさんの作ってるの、ふぁっちゅーちゅん?」あれって確か、「煮込み一晩かけるんじゃ………」
 全員の視線がファルナのキッチンに向く。あくがもくもくと出る壷の周りを、くるくる踊るファルナが静止した。「あら、皆様どうしたんですか?」とりあえず、今の踊りが料理に関係あるかは置いておいて、
「ファルナ様、私の文献に間違いが無ければ、仏跳牆は一昼夜かけて出来上がる物。失礼ながら、ファルナ様のその壷の中身は、料理として完成してない、……というより」
 ステラはよくよく壷を見た。「その壷、火にかけてないようですが?」
「あら〜、忘れてましたわぁ」「だったらなんでアクがっ!?」「化学反応!?」
 みなもオーロラと連続でつっこみを受けても、全く動じないファルナ。しかしこれでは人には出せぬ、失格?彼女には悪いがそうなれば嬉しい、が、事態は悪い方に裏切られる物、ファルナは背後に控えていた強襲護衛メイドファルファに何か耳打ちをし、「あの、ファルナさん何を」とかなんとか言ってるうちに、メイドファルファが宙に飛び、
 ドキュォッ!!
「撃ったっ!?」
 壷の中に狙撃した。「何してるのファルナさん!?」「ええと〜、火砲を使えば一瞬で煮えると思って〜」「む、無茶苦茶よもう……」
 つっこみ疲れて前につっぷすエマ、しかし良く壷が壊れなかった、もの、で、
「……ステラさん、解説できる?」
「いえ、見た事も聞いたことも」そうですよねぇ。未知との遭遇だ。
 壷から群青色のスライムみたいなのがうねうねと。
 ―――会場がパニックになったのは言うまでも無く、それを器に盛ろうとしたファルナが、なんか、こう、えっちぃにスライムまみれになって、またバスタオルがかけられてたのも言うまでも無いし。ファルナだし。


◇◆◇


 二連続のセクシーショットが危なげなく処理された後、
「質問なのですが」
 スッポンスープを携えた侭、オーロラ、「今回の審査員は誰なのでしょうか?」
「ああ、本当は観客の方から選出しようと思ったんだけど、幽霊だから」
 それ以前に今も器の中でびたびた暴れまわってる、スライムを好んで腹に入れる物等居ない。「どうやら、あの壷が関係してるようだな」「え、は、はい」
 時雨にいきなり話しかけられても、ろくな答えが出来ない恵那。少し残ってる秋田訛りのアクセントを気にして、無口になりがちらしい。それをかばうようにいずみがキッと時雨を睨んだ。やれやれ、と時雨。
「それじゃ、」みなも、「結局誰が審査員を?」
「この人にお願いする事にしたわ」
 エマがそう言った途端、暗転した。手探りの闇の中、ステラが独白を始めた。「料理は心、心は感動、感動は人の生きる目的、それを計る最強の舌」
 降臨ッ―――少し語尾を強め、ステラが言った途端七色のスポットライトが場内を駆け巡り、そしてバトルフィールドにもうけられた高台の部分を指した。何かがせりあがってくる。
「な」「あっ!」「まさかッ」
「やっぱり!」
 れでぃーすあんどじぇんとるめん、
「月刊アトラス編集員、三下忠雄っ!」
 が、縄でぐるぐる巻きの状態で現れた。ぐむむむと唸った後身体をよじらせる彼、勿論の事、用意されていた坂にころげ、十回転を決めた所で台所に当たり静止する。上から刃物のおまけ付き。
「ぐむぅぅぅ!!」
 泣きながら唸る彼の猿轡を、丁寧に外すステラ・ミラ。その途端彼はまくしたてる。
「な、なんなんですかぁぁあ!いきなり部屋に踏み込んで、さらって、暗い所に押し込んでぇええぇっ!」
「しかし急な話で良く間に合ったわねぇ」
「幽霊さんが落ち込んだり、水浸しになったりで、結構時間が空きましたから」
「人の話聞いてください!僕の人権ぅ!」
 ちなみに三下君を連れてくるにあたり、草間探偵と愉快な仲間達の活躍があった事はまた別の話である。
「ご、ごめんなさい三下さん、でもこれ悪い話じゃないわよ?料理大会の審査員だから」
「え、そうなんですか?」
 その言葉を聞いて、三下の胸に甘い空想が広がる。和洋中の一品に舌鼓を打つ自分――
「そうですよ〜美味しいです〜」「なんですかその生ものはぁぁぁ!?」
 想像はファルナの皿に鎮座した物で吹っ飛んだ。後ずさりしはじめる三下を見て、みなもが心底悲しそうに、
「ごめんなさい、その前に美味しい思いはさせますから」
 嘆く彼に、時雨が追撃、
「昔の人も言っただろう、空に虹を、明日に夢を、三下忠雄に不幸の味をとっ!」
「僕はそれだけの存在なんですかぁぁぁぁぁぁっ!?」
 泣き喚きながら彼は逃亡を開始するっ!が、
 彼の身体は真後ろに吹っ飛んだ。原因は一つ、いずみの合気道、その先には、
「恵那っ!食べさせて!」
 吹っ飛んでいる三下の口に、どうやって放り込もうというのか―――全員が息を飲んだ、その時、
 三下忠雄は、不釣合いな幸せな笑顔を浮かべた。
 三下に笑顔。うなぎに梅干しテンプラにスイカ。全員が戸惑いを覚える異常事態の、原因。
 恵那は味をパチンコで打った。強制伝達テレパス。彼女は思いを人にぶつけられる。それが怒りなら武器にもなるが、今回は、自分が食べた後、パチンコという道具を使ってそれを飛ばした訳で。
「あ……の、どうですか」
 おずおずと恵那が聞けば、三下は言った。
 お・い・し・い☆
 なんという幸福っぷりか、口の中に広がるのは、母なる海の味、磯の風が身体を通り抜け、口の中にジューシーな、カキが、ああ。
「なんて幸せ」「では次に」
 絶頂は墜落の為にある―――
「俺の料理を」「た、食べますから食べますからぁ!」
 必死で泣き叫ぶ彼に、ぐずぐずしてられないと時雨、パイを顔面にたたきつける勢いで、スープの入ったカップを口の中にねじこんだ。喉を灼熱の温度が焦がした。絶叫。それだけである。
 それでも遅れてやってくる、舌の上の味覚は美味。泣きながらも「おいしいでふぅ」と認めるしかなかった所で、また灼熱の温度が喉を焦がした。みなもである。水を操れる彼女は、カツオのすまし汁を固まりにして浮かし、三下の口へと送った。これもうまい、うまいが苦しい。
「げほげへっ、ど、どうして普通に食べさせてくれないんですかぁぁぁ!」
 当然の抗議に対し、みなも、
「ご、ごめんなさい、早くしないと三下さん気絶してしまいますから」
「え?」
 そこまで言ってみなもは身を横に避けた。後ろには、
「は〜い、仏跳牆ですよ〜」
「学名ですかっ!?それは学名なんですかぁッ!?」
 珍奇な壷とファルナの腕が生み出した新生物を前にして、三下は逃れようとするが、しっかりとゴーレムのファルファが固定。成す術も無く、近づいてくるうにょうにょ。それが口に入る直前、
 一緒に煮込んでいた鳥の頭が、ぎょろっとはみだした。
「いやぁぁあぁぁぁぁぁっぁぁぁあああぁぁ!」
 二駅分の距離は余裕で越えそうな絶叫の後、余りの恐怖か、食べる前に三下は気絶した。ボクシングのゴングが高らかに鳴る。勝者、ファルナっ!
「失格です」
「え〜?」
 なんかルールが食わせれば勝ちになってたので、ノリで。そういう訳で三名がファイナルラウンド進出、そしてファルナと、
「あ、あの私は」
 怒涛の勢いに一人まごまごしていて間に合わなかったオーロラも、勿論失格。
 その彼の肩を叩く人物、振り向けば、ステラ。彼女の指には、やじろべえが死神の鎌のように揺れている。ビシィっと固まるオーロラ。
「一体、どんなお仕置きなんでしょうか」
「なんか、かわいそうです……」
 恵那が心配するが、やじろべえが意味するお仕置きというのも、どうもかわいそうという感じではない。まぁ人は人、自分は自分と思ってた所に、
「あ、みなもさんと恵那ちゃん、それと時雨さん」
「なんだ」
 実況席から降りて決勝組みの前に現れたエマ、三枚のカードを持っている。
「一枚ずつ引いてくれる?」
 その笑顔は有無を言わさぬ勢いがあって、素直に従う三人。すると、みなもは、オーロラの写真が。
「エマさん、これって」
「ええ」
 にこりと笑って一言、
「決勝でのアシスタント」


◇◆◇


 三下忠雄を実況席の隣に寝かせた後。
 決勝戦は予選と違いスムースに始まった。すぐに食材置き場へ走るみなも、その隣には、
「ご迷惑をかけるかもしれませんが」
 オーロラの姿。彼は心中で胸を撫で下ろしていた。みなもと組んで勝てば、合同優勝という名目が立つ、なんとかお仕置きは回避できそう。その意味も含めて、頭を下げるオーロラに対してみなも、
「そんな。……少なくともあっちよりは、充分心強いです」
 ファルナさんには悪いけどと、小声で付け加えるみなも、しかし偽らざる本音なのだ、なにせ、小学生コンビについたあのお嬢さん。「このアシスタントって、ハンデ以外のなにものでもないんじゃない?」といずみが愚痴るのも良く解る。本人を目の前にして言うのはどうかと思うが。
 対して誰も付かなかったのは鳴神時雨、予選と同じ状態でスタート、なのだが、
「どうした事でしょうか、時雨さん、全く動かないわね」
「ピクリともしませんね」
 実況席の言葉どおり、鳴神時雨は不動である。キッチンで唯腕を組んでいる男。
「一体……、時雨さーん」
 溜まらずエマが呼びかけてみる、と、
「実況席」「え?」
 まな板が全く汚れない内に、時雨、
「俺の料理は出来ているのだが」
「また三分クッキングなの時雨さんっ!?」
 ああそうだ、とうなずく時雨。「また調理の過程をみせれば、肝を冷やす奴等が多いようだからな」
 懸命な判断なのか、常軌を逸してるのか判断に迷っているエマに、一言、
「なんなら先に食べるか?」
「え、ええっ!?時雨さんちょっと、それは進行を無視しすぎじゃ」
「同時に色々食うよりも、適切な判断が出来ると思うが」
 料理番組のタブーにさらりと触れる男。仕方なし、エマは実況席から降りた。キッチンについた時にはすでに皿に盛られている料理。
「……あのう、これは」
「カタストロフ」
 説明になってないようで、意は表している。なにせこの料理、まさに原初の混沌と呼ぶにふさわしい。黒く深いスープの中から、獣の骨が突き出してるような。なんというか、足を捕み引きずり込む魔物が住む池みたいな。種類を敢えて分けるとシチューのようだ。
 怯むエマに時雨は無言でスプーンを手渡した。食え、という事らしい。
 仕方なく、おずおずと、スプーンでスープの表面を割る。そしてひとさじ掬いおそるおそる口に近づけ、そして、食べる。
 体中の感覚が、ぶわっと湧き上がった。
 まるで魂の解放のよう。身体中の細胞が美味という快楽に踊る。情熱的でありながらどこか心地よい味覚。混沌にありながらも、一つ一つの味が力強く歌うのだ。
「こ、これ」料理を食べて言葉を失うのは、滅多に経験出来る物ではない。
「ラム肉、ビーフ、ポーク、チキン、他」感動の中で、時雨、説明、「全ての食材を一つにまとめあげ、最小限の調味料で味付けをし、一週間以上煮込み出来上がる」
 これぞ鳴神時雨創作料理史上最高傑作の一つ!
「正式名はビーフカタストロフ」
「魚使ってないじゃないっ!?」
「それはそうだろ、ビーフなんだから」
「……そうじゃなくて、時雨さん、決勝戦のテーマは魚なんだけど」
 ………、
「忘れていたな」
 エマは力無く笑うしかなかった。「まぁ、この料理の調理過程を見せられたら、今度こそモザイクかけなきゃいけなかったかもしれないわね」
 海亀でもきついものだが、羊や牛が解体される様はそれよりもやばいだろう。
「とりあえず時雨さん、魚で新しい料理を」
 そう言った時、には、
「あら?」
 影も形も消していた。はてな、と思いつつ、とりあえず実況席に戻るエマ。「一体どうしたのかしら」
「解りませんが、それよりも」「え?」
 ステラは階下を指差した。「実況しなければいけないのでは?」
 彼女が促す先を見ると、「あれはファルナさん、……きゃあっ!?」
 エマは言葉を忘れて赤面した。なにせファルナ新宮16歳―――
 彼女の身体を隠すのは、魚介の幸だけだった。
「きゃぁぁぁっぁぁっぁ!?」と響く調理場、「うぉぉぉぉぉぉぉ!」と猛る観客席、
 小学生コンビとみなもの乙女組は、エマと同じ反応をしつつ慌てるも、観客達は熱狂する。なにせ下着は履いているが、彼女の上半身を隠すのは、蛸や鯖の魚介類だけだった。まさに歩く女体盛り!
「やぁ〜ん、くすぐった〜い」
「ファルナさん、その発言は問題がありますっ!」
 こうなった過程、イキのいいお魚を持ってきてと言われ、まさにぴちぴちの魚を掴んだら服の中に魚が侵入。ファルファがそれを救おうと、服をやぶいて上半身裸になった時に再び魚をつかもうとしたらええいもうてんやわんやなのだ!
「あ、え、ええと」「オーロラさん見ちゃダメェ!」
 顔を真っ赤にした恵那に叫ばれ、別にそういうつもりで見てた訳じゃないが、慌てて後ろを向くオーロラ。だが観客達の熱い(エロい)視線は止まらない。たわわに揺れる胸、にからみつく蛸をファルナ、
「う〜ん、張り付いて気持ち悪いから外し」
「外しちゃ駄目よファルナさんっ!?」
「ああ〜ん、そんな所にもぐりこんだら〜」
「きゃーきゃー!」


◇◆◇


 暫くお待ちください。(古都の寺を放映中


◇◆◇


「この番組は、小さなちびっこも見る可能性があります」
「いきなり何言ってるのステラさん」
 半数以上がボコボコにされた幽霊達。乙女達の制裁があったとだけは言っておこう。
 そして然るべき態度を取った事により、制裁からは免れたオーロラさんは、再び調理に戻ったみなもに話しかけた。
「どうなされたのですか?」
「いえ、それが……、あたし料理が一回こっきりだと思ってて、テーマも魚を使ったスープだと……」
「決勝だけだと?」
「ええ、だからさっきカツオのスープを作ったんです」
 つまりはネタ切れ、である。といっても海原家の主食は80パーセントが魚。食材を目の前にすれば何かアイディアが浮かぶだとう思ったが、無い。小学生チームはすでに塩魚汁(しょっつる)鍋に取り掛かっていた、まだ煮込まれていないが、具材として刻まれる山菜は、完成された料理の美味さを伺わすには充分だった。焦るみなも、に、
「あの、実はある人物に、決勝で使う食材を渡されたのですが」
「ある人物?」
 言うまでも無くステラなのだが、大会側の人間に通じる事は好ましくないと、彼の真面目な性格は思うゆえに、口をつぐむオーロラ。察してみなももそれ以上は聞かない、その次の話、
「その食材を、あたしに?」
「ええ、よろしければですが」
 願っても無い事とみなもは笑顔を浮かべた。ありあがとうと言えば、「いえ、これは自分の為でもあるので」
 みなもの脳裏にやじろべえ。そういえば彼は、それが意味するお仕置きの手前。その詳細を聞こうとしたが、オーロラの目が遙か彼方をみつめていたのでやめといた。とにかくお願いしますと告げる彼女。
 では、と言ってオーロラは予選でも使ったクーラーボックスから、黒い箱を取り出した。少し大きい。
「なんでもまだ生きているとか」
「それだったら新鮮ですね」
 みなもがみつめる中で、オーロラが取り出したのは―――
「あーっと、オーロラさんが取り出した食材はっ」
 エマがすかさず実況したその中身は!
「小型の人魚っ!」
「どうやら築地で仕入れた養殖物のようですね、本物と違い、不老不死の効果はありませんが、時の権力者のみが食べられた幻の味でしょう」
「でも、オーロラさん、みなもちゃんに顎へいい拳もらってるわね」
「オーロラは、同じ人魚であるみなも様の気持ちを考えないといけません」
 誰のせいだ誰の。


◇◆◇


 気絶したオーロラさんを、三下氏の隣に並べた後も、ちゃくちゃくと事は進み、
「さん、に、いち!終了ですっ!」
 エマのカウントダウンが終わると同時、ドラの音と拍手が鳴り響いた。それは料理の完成を意味する。結局みなもは家庭的なブリのアラ炊きと鯖の刺身という、家で何時も作るメニュー。それに対して秋田おばこの恵那がてがけた料理はメバルのしょっつる鍋、山菜たっぷりで、じめじめ鬱陶しい季節にもぴったりである。あれを前にしては、少し自信が無いというのがみなもの心境。
 しかし実況席のエマは、手を合わせて喜んでいた。なにせこの二人の料理、掛け値なしに美味しそうだし、料理のテクニックも沢山メモできたし、なにより、地雷が無い。女体盛り製作者は、魚のうろこや粘液にまみれた身体をシャワーで洗い流しに行ったのである。これでもう波乱は無いし、用意されるは幸せな大円団、に、
「やっぱり、三下君とも分かち合わなければね」
 調理場の真ん中におかれたテーブルに、料理が並べられたのを見計らって、エマは三下を揺り起こした。ちなみにオーロラはステラの言いつけで放置である。
「三下君起きて」
「う、ううーん、編集長まだ原稿がぁ」
「そ、そうじゃなくて、料理が出来たんだけど」
 その言葉を聞いて跳ね起きる三下。ちょっとびびるエマの前で、「い、い、いやですよぉぉぉ!?もうあんな目にあうのはぁ!」
「お、落ち着いて三下さんっ!今度は大丈夫よ、無理矢理食わされる事も無いし、それに、ファルナさんはいないんだから」
「……本当ですか?」
 半信半疑の彼に、やれやれと溜息をつきながらテーブルを指差す。それを見た瞬間三下は、何処までも青い空の下を軽やかに駆け回るそれであった。
 ああ人生本当に碌な事が無いけれど、そんな僕にもガンダーラはあったんだぁと、お花畑の蝶々を追いかけるステップで階段を降り、そして、
「いただいていいですかぁ」
 素敵笑顔を浮かべる彼の目の前、
「どうぞ〜」
 ファルナの声と魚の惨殺死体が現れた。「ぎゃぁぁぁっぁぁぁああぁ!?」「ファルナさん!?」「何時の間にっ!?」
 驚き叫ぶみなもとエマに答えて曰く、「ええと、皆様の迷惑にならないよう、こっそり戻ってこっそり魚の生き造りを〜」
「こ、これお刺身なんっすかぁ?」
「どうみてもグロい肉片にしか見えないわね」
 恵那が怖がり、いずみが証するとおり、血がしたたり身が変色しているそれは料理というよりホラー映画のセットと言った方が似つかわしい。なんか魚の頭の目玉が、今にもこっちに向きそうだ。
「い、いやだぁぁぁ、もうお化けいやぁぁぁぁ」
 幽霊が観客席にいるのに何いっとるんだこいつは、ってな感じだが三下さんはぶるぶるうずくまっている。それを見かねてか、ステラが、
「ファルナ様、貴方はアシスタントで料理を提出する権利は無いのですが」
「え〜そうなのでしょうか〜」
「ええ、ですから」三下の方を向いて、「三下さんはそれを食さずともいいのです」
 超高速で振り返り、それは本当ですか神様、と瞳で三下は言った。ええ本当です、とステラは微笑む。
 やった、今度こそ僕は勝者だ、ありがとう母よ、ありがとう父よ、ありがとう、この星にある全ての命よ。そう森羅万象に感謝しながら、彼はかつて迎えた事の無い幸せな結末への一歩を踏み出した瞬間、
 マグロが脳天を直撃した。「ぶべらっ!?」
「さ、三下さんっ!?」
 天気予報も測れない、鮪が降る気候など。その原因は、
「待たせたな」「し、時雨さぁぁぁぁぁんッ!?」
 改造人間にメタルモフォーゼ(変身)した時雨である。宙に浮く、銀の身体がギンギラ眩しい、でなく、
「いきなり何をやってるんですか!」一言で答える時雨、「食材の調達」
 本当に海に行ってきたのだろうか、この人ならやりかねぬ、じゃなくて、
「三下さん、やっと人生最大の幸せを掴もうとしたんですよ!」
 そうみなもは言うが、美味しいものを美味しく食べる事でさえ、彼にとっては得がたい物だと思うとちょっぴり涙。だが時雨は容赦しない。
「三下は不幸だ、それ以外無い」
「いくらなんでもそれは」
 そうみなもが言った時、頭を抑えて三下が着地した時雨の前に立ち上がり、「そ、そうですよぉ!僕だって人並みの幸せは」
「きゃあ!?」
 突如恵那が声をあげて、それに反応し三下が振り返った瞬間、
 彼の顔面は緑色に染まった。
「きょぺれいぇへほぉ!?」
 およそ哺乳類からは想像出来ぬ声をあげながら、飛び跳ね転げ周りそして泡を吐いて停止する三下氏。何事が起こったのかと、見渡せば―――恵那の隣にはファルナが造った惨殺死体。
「あ、あの、鳴神さんがひどい事いうから」心優しい少女は、
「ファルナさんの料理の味、私が感じる前に、パチンコで飛ばして」
 で、それが本来の目標である時雨に、少女の怒りとして当たる前、それを遮って三下が不幸として受け止めたと。
「流石だな、三下」と時雨、
「ここまで来ると天晴れだわ……」とエマ、
 全員がなんとなく合掌した。観客も同じく手を合わせる。というかお前らは自分自身を成仏させろと。だが会場は一つになり、厳かな沈黙が流れる中で、
「ああそう言えば」
 それを破る鳴神時雨、
「次が来るから逃げたほうがいいな」
「次って」
 みなもが聞くと、時雨は見上げる。天井を突き破って、

 ―――空から振る一億の鮪

「ってそんないいものじゃないでしょうっ!」
 エマの叫びも消す勢いで、ミサイルが如く鮪はキッチンに墜落する。「大漁だったので、分けようと思ってな」「要らない事しないでください!」
 衝撃音に響く悲鳴。惨状は混沌を極めていく中、一人、ベクトル変換の能力で、恵那を守るいずみちゃん。
「それではみなさん、さようなら」
 手を振りながら、カメラに一言残しフィードアウト。その後背中に「僕ともさよならですかぁぁぁぁ」と聞こえても、彼女はいずみの安全だけを考えていた。
「まぁあの人、虐められてなんぼみたいだし」
「いずみちゃん言いすぎだってばぁ……」


◇◆◇


 静寂の中、そう、奇妙な静寂の中、オーロラは覚醒し始める。
 人間の形に身を変えてる時のみ、存在する『手』で顔をおおい、頭を振る。意識にかかるもやを払おうとしているのだ。意識は、意識、失っていた、
 理由は――ある少女の逆鱗に触れた、それは、仕方ない事だ
 時間は――さほど経ってない、と思う
 一つ一つ確認した後、オーロラは瞳をこじ開ける。
 果たしてそこは、惨たらしい有様だった。人の目では明かせぬ闇の中で、全ては崩れ、世界の終りを歌ってるかのようだ。何より奇異な物。
 千や万として、床を埋め尽くす鮪の群れ。
 胸がざわつく、誰がこの悲劇を、いや、何処までも哀れな喜劇を作り出したというのか。
「みなも様に感謝しなさい、オーロラ」
 声が聞こえた。まるで始まりからの時、その声は。
「負わせた傷に対する処置と、そして、本来は生み出せるはずの無い純真な感謝を、貴方に授けたのだから」
「……本当、ですか」
「ええ、心優しい方」
 ステラはふっと微笑んで、オーロラに手を差し出す。
「今度会った時に、貴方の全てを出しての、最大限の礼を」
「ええ、ですが―――」
 オーロラは口を開く、
「あの材料くれたのはステラ様では」「さて、オーロラ」
 それ以上言わせないとばかりにステラはやじろべえを取り出した。その後に紡がれる時は神もあずかり知らぬ事である。


◇◆◇


 それから時は経ち、三下氏が鮪の群れから発見された頃、草間事務所にて、
「ですからお願いしますよ草間さーん」
「依頼は終わっただろうが」
 テーブルの向こうの顔に、草間はひたすらうんざりしてた。目の前で騒いでるのはローカル局の鈴木さん、彼はしつこく食い下がってる。
「だって、セットまるまる破壊されたんですよこちらは、それの罪滅ぼしも含めて」
「幽霊は成仏したんだろ、これ以上何をする必要がある」
「いや、視聴者が望んでるんですよっ!」
「ちょっと待て」
 慎重に、極めて慎重に、聞く、
「まさかと思うが、放送したのか?」
「ええ、深夜番組で」
 そういえばカメラが回っていたわねと、冷蔵庫を開きながらエマは回想した。ちなみに今草間事務所の冷蔵庫の中身は、はみだすほどに充実している。鮪の雨から逃げ出す時、しっかり余った材料を貰ってきたのだ。こういう所は流石である。
「あの映像で、視聴者が信じるんでしょうか?」
 同じく遊びに来ていたみなもが聞けば、「いや、あんな特撮は見たことがないとっ!ハリウッドを越えたと何人もが!」
「しかしローカル局で、しかも深夜に放送したんだろ?どうやって反響が」
「いや、それがですね、厳密には放送されてないんですよ」
「……えっと、」エマ、「どういう事かしら?」
「……どうも観客席にいた幽霊達が、電波をどうにかしたらしくて、つまり、そう」
 幽霊達のみが見れる番組が出来上がった、と。そして意見は心霊写真やラップ現象でひっきりなしだと!
 草間は頭を抱えた。「こうなったらうちの局はこの道を邁進しますっ!幽霊専門ゴーストTV!第二段は、ドキッ!水着クィーン決定戦、もちろんあの女体盛りお嬢様にも」
 鈴木さんがツープラトンをくらって吹っ飛んだのは言うまでも無い。





◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ◆◇
1343 / 今川・恵那  / 女 / 10 /小学四年生・特殊テレパス
1323 / 鳴神・時雨  / 男 / 32 /あやかし荘無償補修員(野良改造人間)
1271 / 飛鷹・いずみ / 女 / 10 /小学生
1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生
1057 / ステラ・ミラ / 女 / 999 / 古本屋の店主
0158 / ファルナ・新宮 / 女 / 16 / ゴーレムテイマー
0086 /シュライン・エマ/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト


◇◆ ライター通信  ◆◇
 こんにちはエイひとです。
 まず謝らなければいけない事は、こちらの怠惰により、皆様に作品をお届けするのが、致命的に遅れた事をお詫びいたします。二度とこのような事がなきよう反省と努力を致します。
 さて、今回の作品はいかがでしたでしょうか?ギャグ一直線を目指してますので、くだらなさに笑っていただければ幸い(待て)好評のようやったら、テレビ企画物はシリーズ化したい思うてます。そういう意味でいえば、自作NPCで初めてのレギュラーが鈴木さん。……一発キャラの予定やったんでっけど。
 今回は皆様の行動がうまい具合にからんで楽しかったです。オーロラが人魚を食材にする所とか。みなもの反応はこれでよかったかと、ちょっと不安ですが……;
 それと、拙作が小説デビューになる飛鷹いずみ、PL様、うまく彼女を生かしきれていたでしょうか?;恵那とのかけあい、毒舌キャラ、彼女の一歩を、自分なぞに任せていただき感無量でした。あと恵那の秋田訛りを生かしきれず申し訳ない。
 時雨には何時もお世話になっています。キャラを崩さずギャグに向かわせたつもりでしたが、ちょっと暴走してしまったでしょうか;
 ファルナ新宮のPL様、自分の腕じゃこれ以上は無理です(をい)が、がんばったんですほんま、うう。
 シュライン・エマ。ご高名はすでに疑っていたので、実況をさせる際、キャラが崩れないよう努力しました。彼女のような存在が一人いると、何か、話が安心します。
 あとは、今回初めてNPCとして三下を使う事になりました。下手に犠牲者を作るより、百戦錬磨の彼を出した方が良いかと思い、……作中でも語ってますが、彼はそういう星の下に生まれたと信じて疑いません、はい。

 反省ばかりのライターですが、いつか、皆様に胸をはって選んでいただけるライターを目指したいと思っています。
 最後に、改めて、申し訳ありませんでした。