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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


欠落の果てに

□■オープニング■□

「あいちゃん、あいちゃん。お絵描きしましょ?」
「うん、するー」
 客がいないのをいいことに、あいと零は応接用のテーブルにお絵描き帳とクレヨンを広げた。武彦は苦笑しつつも、煙草を燻らせながらそれを見守る。
 あいは数週間前から草間興信所に居候してる子供だ。彼女には戸籍がなく、まだ感情が安定していなかったのでとりあえずここで預かっていたのだが……。
(そろそろ、か)
 武彦は考える。
 感情表現も豊かになり、よく喋るようになった。彼女はそろそろ、出るべき所に出なければならないのかもしれない。
(2度と同じことが、起こらないように――)

  ――ガッシャン!

「?!」
 突然武彦の後ろの窓ガラスが割れた。そして何かが部屋の中に転がる。それは激しく煙を吐き出していた。
(まさか爆弾?!)
「零っ、すぐに事務所の外へ出ろ! あいを頼んだぞ」
「は、はい! こっちよあいちゃんっ」
 零があいをつれて出て行くのを後目に、武彦は他の人々を非難させる。
 にわかにバタバタと騒がしくなった興信所内。やっと全員の避難が完了したあとも、開けられたガラスの穴からは激しく煙が噴き出していた。だが爆発はまだしていない。
 警察や消防、野次馬が駆けつけ、辺りは騒然となる。
 警官に事情を説明していた武彦のもとに、やがて零が真っ青な顔をして近づいてきた。
「草間さ〜ん……あいちゃんがいなくなっちゃった!」
「! まさか……」
 それは一つの可能性を示していた。
 あいをつくりだした『ネオ・エナジー』が、あいを連れ戻すためにこんな騒ぎを起こしたのではないか?
「――『ネオ・エナジー』の本部は、確かすぐ近くだったはずだ。頼む、誰か行ってきてくれ」



□■視点⇒海原・みなも(うなばら・みなも)■□

 あたしが草間興信所に駆けつけた時、事務所の前はまだ騒然としていた。
(凄い騒ぎだわ……)
 数台のパトカーの他、消防車まで見える。
 建物に目をやると、事務所の窓からは煙が噴き出していた。
(何かを投げこまれて)
 混乱の隙にあいちゃんを連れ去られた。
 それが、草間さんからもらった情報のすべてだった。
「――あ」
 その草間さんを、視界の中に捉える。しかし声をかけられそうにはなかった。パトカーの前で数人の警官に囲まれて、事情を聞かれているようだ。
(どうしよう……)
 皆はどこにいるのかな。
 さらにキョロキョロと、辺りを見回す。
 ――と。
「みなもちゃん、こっちよ!」
 ざわめきの中から、あたしを呼ぶ声が聞こえた。辛うじて方向を捉え、声の主を探す。
「こっちよ、こっち」
 人ごみから少し離れた場所で、シュライン・エマさんが手を振っているのが見えた。傍にいるのは光月・羽澄(こうづき・はずみ)さんだ。
「すみません、通して下さいっ」
 満員電車並みの密度の中を、泳ぐように掻き分ける。人ごみから出るのは、入る以上に時間がかかった。あたしの場合大きな(しかも重い)袋を持っているからなおさらだ。
「おっ、おはようございますぅ〜……」
 やっと2人のもとにたどり着いたあたしは、すっかり体力を消耗していた。
「大丈夫?」
 声をかけてくれる羽澄さんに、苦笑して頷くしかない。
「今回は3人なんですか?」
 辺りを見回して、他に人がいないことを確認して問うと、シュラインさんが教えてくれる。
「鳴神さんと七ちゃんは、先にあいちゃん奪回に行ってるわ」
 鳴神さんというのは、鳴神・時雨(なるかみ・しぐれ)さん。七ちゃんというのは、自動人形・七式(じどうにんぎょう・ななしき)さん。2人とも普通の人とはちょっと違っていて、一言で表すなら"強い"人たちだ。
 「それより……」とシュラインさんは言葉を繋いだ。
「どうしたの? それ……」
 両手いっぱいにペットボトルの入った袋を抱えているあたしを、不思議そうに見る。
 あたしは意気ごんで答えた。
「きっと役に立つと思って、買ってきたんです!」
 中身はすべて天然水。
(あたしは今度こそ、絶対に許さないんだから!)
 メラメラと燃えるあたしの横で。
「私はこれを」
 そう言って羽澄さんが見せたのは、ノートパソコンだった。きっと実験データなんかを持ってくるつもりなんだろう。
「じゃあ私は、子供たちの救出を担当するわね」
 自分の役目を悟って告げたシュラインさんに、あたしは胸を叩く。
「サポートは任せて下さいっ」
 それからあたしたちは、一度草間さんの所へ行って一応作戦を報告してから、勇んで団体本部へと向かったのだった。

     ★

 団体本部前。
 皆を救出したあと乗せるために、シュラインさんが用意したワゴン車を降りる。
 門から身を屈めて中を覗きこんで見るけれど、ずいぶんと静かだった。
「――鳴神さんも七式さんも、いないみたいですね」
 あまりにも静かなので、そう口にした。
「羽澄ちゃん。前に侵入した時は、どうやって入ったの?」
「このパスカードを使って、普通に玄関から入ったよ」
 シュラインさんの問いに、羽澄さんは1枚のカードを取り出しながら答えた。
(どうして持ってるんだろ)
 あたしには、凄いとしか言えない。
(そういえば、図面も持ってたなぁ)
 あたしには、そういうふうに人の役に立つ力はない。でもきっと、あたしにしかできない方法で、役に立てると信じてる。
 それが今、あたしがここにいる意味だから。
 じっと、中を窺う。やがて羽澄さんが呟いた。
「やっぱり……」
「え?」
「私が入った時はさ、警備がかなり緩々だったのよ。でも今日は、そうはいかないみたいね。窓から外を覗く回数が、明らかに多いわ」
「そうか……あいちゃんをさらったんだもの。誰かが助けに来るのを、警戒しているのね」
(それなら)
 誰かが囮になって警備をひきつけておけば、他の2人は自由に動くことができる。
(――誰か?)
 そんなの、決まってる。
「羽澄さん、カードを貸して下さい。あたしが先に行きます」
(それがあたしの"方法"だ)
「あたしが中の人たちをひきつけますから、お2人はその隙に入って」
 あたしはきっぱりと告げた。
(怖くなんかない)
 ――いえ、やっぱり少しは怖い。
 でもあたしは、許せないんだ。
(何度あいちゃんを怖がらせたら)
 気がすむの?
 何人の子供を苦しめたら、気がすむの?
(あたしは助けたい)
 だから、自分にできる精一杯のことをするの。
「そんな……危険だわ」
 心配そうに告げたシュラインさんに、笑顔を見せた。
「大丈夫です! あたしにはこれがありますから」
 持ってきた大量の水を示す。そしてそれを門の下から、向こうへと押しこんだ。
 それであたしの決意がかたいことを悟ったのか、今度は2人とも反対しなかった。
「待って、みなもちゃん。入り口まで、私たちも一緒に行くわ。そのペットボトル、開ける人も必要でしょ?」
 言われて、ナルホドと思った。
 あたし1人だったら、開けているうちに捕まる可能性もなくはない。
「あ……そういえばそうですね。お願いします。ついでに蛇口を見つけたら、とりあえず捻ってもらえると嬉しいです」
 あたしがつけたすと、2人は笑いながら頷く。
「わかったわ」
 それからあたしたちは、3人で門を越えた。足場のある鉄の門だったから、越えるのはさほど大変ではなかった。
 あたしが先頭をきって歩き、機械にカードを通す。
  ――ピ
 音がして、静かに入り口のドアが開いた。カードを羽澄さんに渡してから、中へと入る。後ろでドアが閉まった。
 今頃きっと、2人ともペットボトルふた開け大会の真っ最中だ。
「何だお前は! どうやって入った?!」
 窓から見て、あたしたちが入り口へ近づいていたことはわかっていたのだろう。でもまさか入られるとは思っていなかったようで、駆けつけた男性はそんな声をあげた。
「あなたたちがあいちゃんを連れていったんでしょ?! あいちゃんを返して下さい!」
 無駄だとわかっているけれど、あたしはそう告げてみた。
 思ったとおり。
「――何のことかな?」
 男性は答えない。
「とぼけるつもりですか?」
「とぼけるも何も、知らないものは知らんッ。それよりお前、不法侵入してただで済むと思うなよ!」
 男性があたしに襲いかかろうとした。
 瞬間。
 あたしの後ろでドアが開いた。
(水を感じる!)
 素早く手元に呼び寄せると、男性の顔面に一発お見舞いしてやった。
「な、何だこの水は?!」
「っもう許さないんだからぁー!」
(認めない)
 当然謝りもしない。
 そんな男性の態度に、怒りが頂点に達したあたしは叫んだ。
 何度でも顔に水を浴びせる。息もできないほど。
「やめっ……うわ!」
 その傍らで、あたしは水の龍をつくっていた。それを見た男性の顔が歪んでゆく。
「来るな! うわぁぁぁ」
 最後には逃げ出した。
「待ぁ〜てぇ〜」
 龍がそれを追う。あたしはさらにそれを追いながら、ちらりとシュラインさんたちを振り返った。親指を立てて見せると、2人とも返してくれる。
 それからあたしは施設の中を、縦横無尽に駆け回った。



 どんな施設でも、上下水道はある。
 あたしが天然水を用意してきたのは、何も直接使える水がほしいだけではなかった。
 あたしの力は、操る水そのものに接触していた方がより自由に、そして強力に使える力。
(だけど)
 普通上下水道がそう簡単に触れられる場所にあることは少ない。だから天然水を用意してきたのだった。
 あらかじめ存在する水を感じ取って、天然水を操り、そこまでのラインを繋ぐ。
 そうすることで、あたしは天然水を通じて2つの道に直接触れることができるのだ。
(新しいリュウをつくっちゃおう)
 逃げる人たちは増えていた。もう天然水でつくられた分だけじゃたりない。
 そこで意識を集中させて、新たに2つのリュウをつくった。
 上水道の清龍、下水道の濁竜。
(思う存分暴れておいでっ)
 勢いをつけて解き放つ。
(――さてと)
 あたしもあいちゃんや、他の皆を捜そうかな。1人で捜すよりは、2人で捜した方が早いはず。
 あの男性を追いかけるうちに2階へ来てしまったようなので、そのまま2階から捜すことにする。
「あいちゃーんっ。いたら返事してぇ〜〜」
 龍たちに追いかけられて逃げ惑う人たちの声がうるさかったので、大きめの声で呼びかけながら歩いた。
 あるドアを片っ端から開けていく。
「あいちゃん〜」
 いくら呼んでも、あいちゃんの返事はない。
 ――けれど。
『ろ! あいには手を出すなっ』
 唐突に、そんな声が聞こえた。
(何?!)
 今の声……男の子?
『お前は辛いだろう? ゆう』
 続けて聞こえた男性の声は、途中で切れた。
 でも――
(ゆう…きくん?)
 最初の声は、ゆうきくんなの?!
 声のした方へ向かって、歩く。
 それはいちばん奥の部屋だった。
 ドアのプレートには、『HEART×2』と書かれてある。その意味に気づくのに、そんなに時間はいらなかった。
(ここが……?)
 ノブに伸ばす手が震える。
 ゆっくりと、押した。


 周りはうるさい。
 足音、叫び声、水の音。
 すべてが動いている。
 動いて時を刻んでいる。
 けれどその部屋だけは、どうしようもなく無音だった。
 時がとめられたまま。
(おそらく)
 ただ。
 あの子の遺体だけがない。


 しばらく立ち尽くしていた。
 歪められた檻の、無残な姿そのままに。
 そこに横たわる姿を、たやすく想像できた。
「…………っ」
 自家製の水が、ポトリと落ちる。
 檻の中には、たくさんの物が散らばっていた。それはかつて、確かに用途を果たしていたんだろう。けれど今は、壊れた何かでしかない。
 燃えた本の残りカス。焦げた目覚し時計。それらの1つ1つが、この檻に通されていた電流の強さを物語るのだ。
(これを、身体で、破ったの?)
 痛みなんてものともせず。
(ただあいちゃんを)
 助けるためだけに――?
 落ちる涙は、とまらなかった。
 一歩ずつ、部屋の中へと入る。
 檻へ近づいたあたしは、その床に何かが書かれていることに気づいた。
 少しためらってから、それでも中へ入ってみる。ゆうきくんがあいちゃんのために開けた、その空間を使って。
「……!」
 屈んでそれを見た瞬間、わかってしまった。
 筆記用具なんかなかったんだろう。
 それは血で描かれた地図だった。
(ここから)
 目指すべき草間興信所までの。
(どれほど必死に)
 この地図を描いたのか。
 何度もなぞられた線から、わかってしまう。
「……こんなにも、助けたかったんだね……」
 もういない、あの子に呼びかけた。
 これだけの思いで、助けたのに。
「まだそれを、邪魔するんだね」
 ゆうきくんの望む場所へ、たどり着いたあいちゃんを。
(私欲のためだけに……!)
 さらなる怒りが、沸々とわきあがる。
 あたしはすっくと立ち上がると、檻とその部屋を飛び出した。
(ほんの少しでも)
 2人の痛みを知ればいい!
 そうしてあたしは、既に疲れきっている人々をさらに追いまわしてやったのだった。
 途中、1人下へ逃げようとした人がいたので、追いかける。
「――っうわぁ?!」
 するとその人は階段の下で、変な声をあげた。
 さらに。
「ばっ、化け物だぁぁ!!」
(? 何かしら?)
 また上へ戻ってくる足音がしたので、あたしは階段の上を龍で塞いだ。それからあたしも。
「逃がしません! ――あ、お2人ともっ」
 すると下に、鳴神さんと七式さんが見えた。加勢に来てくれたようだ。
「来るな化け物っ」
 鳴神さんが一歩その男性に近づくと、男性は叫んだ。
「化け物、か。では訊くが、子供の心と命をもてあそんだ貴様らは一体何者だ?」
「っ……」
(そーだそーだっ)
 心に化け物を飼っているのは、あなたたちの方だ。
 すると男性は、吐き捨てるように言った。
「お……俺たちは人間のためを思って……!」
(クリーンなエネルギーを作り出す)
 その志自体は、確かに人間のためになる。けれどその方法は――
「"すべての"人間のためにならなければ、それはただのエゴなのだと知ればいい」
 そう言いきった七式さんは、右腕を上げて男性を撃った。もちろん、適度に狙いをそらしていたんだろう。
 ほとんど当たっていないのは、流れる血の少なさからわかる。それでもその男性は気絶してその場に倒れた。
(弱い心)
 操ろうとした心そのものを、自分自身操れていない哀れな人々。
 それから間もなくして、あたしたちはすべての足音を消した。

     ★

 一仕事終えて、事務所のソファでくつろぐあたしたち5人。その周りを、子供たちが走り回っている。その中には当然、あいちゃんも混じっている。
「俺たちが駆けつけた時の、団体本部より騒がしいな……」
 テーブルの上で揺れる、グラスの中の麦茶を見ながら。鳴神さんはそう呟いた。
「でも、皆元気そうで……ホントよかったわ」
 シュラインさんが笑う。
(あたしもそう思う)
 そしてだからこそ、浮かぶ疑問。
「結局、他の子供たちは感情操作されていなかった――ということなんですか?」
 あたしがそれを口にすると、皆の視線は羽澄さんへと集まった。唯一それに答えられる人だからだ。
 羽澄さんは一呼吸おいてから。
「――カウンセリングは、一度した方がいいと思うな。子供たちは感情操作されなかったわけじゃないよ。感情操作しても『力』が現れないから、操作を繰り返されて、結果今はもとに戻っている状態なんだ」
「裏の裏は表、ということですか」
 七式さんがわかりやすく示した。羽澄さんは頷いて。
「今の子供たちのはしゃぎぶりも、もしかしたらそれの反動なのかもしれないし……」
「やっぱり――許せないわね」
 改めて告げたシュラインさんの言葉に、全員が頷く。
 周りで遊ぶ子供たちは、それが自分たちの話題であるとまるで気づいていない。それが余計に痛々しい。
「武彦さんがうまくやってくれると思うけれど」
 シュラインさんはつけたした。
(そう)
 草間さんは今、羽澄さんが持ち帰ったデータの一部を持って警視庁へ出向いている。世間的にもまったく信じられていなかった、あの団体の真実を伝えるために。そして子供たちの、今後のために。
 それはある意味、今朝の爆弾騒ぎがあったからこそ叶ったことだった。その点では、あの人たちに感謝しなければならないかもしれない(ちなみに投げこまれた物は特殊な発煙弾だったらしい)。
「――あ。そういえば、あの方々があい様をさらった理由は、結局何だったのでしょうか?」
 思い出したように告げた七式さんの問いに、あたしも納得する。
「言われてみれば……。あいちゃんに暗示が効かないことは、わかっていたはずですよね」
 あいちゃんのイタミを返すために、羽澄さんが団体本部へと侵入した時。持ってきた情報には確かにそう書かれていた。羽澄さんはそれをゆうきくんの仕業だと予想したけれど、あの人たちがそんなことを考えたとは思えない。きっと"素質がない"くらいにしか思っていなかっただろう。
(それなのに)
 今さら取り戻そうとした。
(何故?)
 再び、視線が1つに集中する。羽澄さんは――怒っていた。
「サイテーよっ。あの人たち、色んな組み合わせで子供を産ませてたの。――成功例はね、ゆうきくん"から"なんじゃない。今のところゆうきくん"だけ"だった」
「! まさか……?」
「2人は正真正銘のきょうだいよ。つまり同じ男女の組み合わせで産まれたの。そして……2人を産んだ女性の方は既に死亡していた」
「だから……だからあいにこだわったのか?」
 同じ組み合わせの子供を、もう新しくつくることはできないから。
(せめて)
 可能性のいちばん高い子供を?
「そういうことね」
(あたしは)
 酷く哀しくなった。
(きょうだいであるということ)
 だからゆうきくんは、あいちゃんを助けようとした。
(きょうだいであるということ)
 だからあの人たちは、あいちゃんを取り戻そうとした。
(理由は同じなのに)
 どうしてこんなにも――



 皆と別れた後、あたしは1人で団体本部へと戻った。
 本格的に警察の介入が始まれば、もうこの中に入ることはできないだろう。
 そう思ったから、そうなる前に。
(形見を)
 1つでも持ってこれたらいいと思ったのだ。
 水浸しの空間は、あたしにとっては気持ちがいい。
 あの時はテキトウに走った建物の中を、今度は目的を持って歩く。
 ずいぶん静かになった。
 あたしの足音と、水の音だけが聞こえる。
 けれどあの部屋の静けさには、永遠に届かない。
(愛[HEART]と勇気[HEART]の)
 ドアを開けた。
 檻の外にある物は、ゆうきくんの持ち物ではないだろうから、持っていっても仕方がない。
(やっぱり……中の物だよね)
 改めて見回してみる。
 ふと、最初に来た時は血の地図に気をとられていて気づかなかった、人形を見つけた。
 オーバーオールの男の子。
 この檻の中で、それだけが無傷だった。
(――うん。これにしよう)
 抱きしめると、柔らかかった。
 それを持ち帰ったあたしは、後日羽澄さんに電話を入れた。聞きたいことがあったからだ。
『――どうしたの? みなもちゃん』
「実は、訊きたいことがあるんです」
 心を落ち着けるように、息を吸って。
「羽澄さんが取ってきた『ネオ・エナジー』の情報の中に、ゆうきくんの――遺体の情報はなかったんですか?」
『!』
 あたしの質問が予想外だったらしく、羽澄さんの気配が揺れた。電話の向こうで苦笑しているのがわかる。
『……私もね。必死に探したんだよ。ゆうきくんを弔ってやりたかったから。彼の肉体の一部でもいいから持って帰って、綺麗な所で彼の欠片だけでも眠らせてあげたいって、そう思ったんだけどね』
「それじゃあ……」
『ん――なかったんだ。見つからなかった』
「そうですか……」
 落胆して、あたしは電話を切った。
(形見として)
 持ってはきたけれど。
 できればゆうきくんが、持っていた方がいいと思ったから。
(あの場所に置いていたのでは)
 いずれ警察に押収されてしまうだろう。
 あいちゃんに渡すことも考えたけれど、辛さを思い出させたくない。
(折角あんなに楽しそうに)
 笑うようになったんだもの。
「――君は、どこに行きたい……?」
(どこにも行く場所がない)
 あたしの傍で、満足してくれる?
 酷く可哀相に思えて、頬を寄せた。
「!」
 ふと、臭いに気づく。
 あの空間の中で、たった一つ無傷だった人形。なのに――焦げ臭い。
(どうして……?)
 ずっとあの場所に置かれていたから、匂いが移ったのだろうか。けれどあの場所の臭いすら、もう消えていたのに。
(――!)
「ま…さか………?!」
 手が震えだす。
 柔らかい人形。
 入っているのは、綿だけだと思っていたけれど。
 服を脱がすと、背中にファスナーが見えた。
 心臓が速まる。
 上手に息もできぬほど。
 掴んだ手を、上から下へと動かした。
「?!」
 見えたのは、鮮烈な。
 白と黒のコントラスト。
 綿の白。
 その中に含まれた、何かの黒。
 そしてそのさらに中――中央には、白い紙切れ。
 あたしは紙切れを取り出した。周りについていた黒い粉が少し落ちる。
(それが何であるのかは)
 疑う余地もない。
 小さく畳まれた、紙切れを開いた。


  ――あいを守ってくれて ありがとう――











                             (了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/   PC名    / 性別 / 年齢 /  職業   】
【 1323 / 鳴神・時雨    / 男  / 32 /
              あやかし荘無償補修員(野良改造人間)】
【 1252 / 海原・みなも   / 女  / 13 /  中学生  】
【 0086 / シュライン・エマ / 女  / 26  /
            翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【 1282 / 光月・羽澄    / 女  / 18  /
              高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【 1510 / 自動人形・七式  / 女  / 35 /
                     草間興信所在中自動人形】



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■         ライター通信          ■
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 こんにちは^^ 伊塚和水です。
 『欠落少女』に続いてのご参加、ありがとうございました_(._.)_
 相変わらずプレイング以外の部分では好き勝手書かせていただきました……少しでもウルルときていただければ嬉しく思います。書いている私がちょっと泣きそうになってしまいましたが(笑)。
 今回いつも以上に意識して、それぞれの視点にそれぞれの発見(?)を盛り込んでみました。合わせてお楽しみいただけたらさいわいです^^(むしろラストの1文は、他の方のも読まないとわかりにくいかもしれません^^; 申し訳ないです……)
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝