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再臨
■ オープニング ■
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その手紙は──
『前略。貴様』
唐突に草間のデスクに降って湧いた。
宛名からして、どうにも失礼丸出しだ。草間は顔を曇らせた。
と、言うより──
ある男を思いだした。相当、イヤな予感がした。
ともかくも白い封筒を開封する。
『クサッタマ、ヒッコビコビコ。ビコ。私と貴様、友達だったらどうなの? 友達だったらどうするの? どうしよう。こうするの。とても、楽しいでしょうが! 海にキャンプへ行くでしょう。貴様と貴様の友人と、キャンプファイヤーが綺麗な時は幸せでしょう? 明日』
「あガー!」
草間は手紙を丸めると、ゴミ箱に投げつけた。とある悪夢を思い出したのだ。
そう──あれは、今から半年ほど前の事。
すでに死んでしまったはずの男(オウムから言葉を教わったと言う奇天烈な外人)が、ビルの屋上から飛び降り、通行人を驚かしては、その驚き様に喜んでいた。草間は地元警察から、どうにかしてくれと訴えられ、現地へ駆けつけたのだが、その男の何て言うか珍妙なパワーに押されて、激しく疲労したのだ。
『一人は寂しい』
『目覚めた朝に、友人とコーヒーが飲みたい』
その願いは叶えられ、男は成仏したはずだったのだが……。
どうやら降りてきてしまったらしい。成仏に手を貸してやらなければ、いけないようだ。
確か……岡田。
草間の脳裏に、あの日、連絡をよこした警官の名前が浮かんだ。
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■■ 再臨 ■■
「またも現れたか……。成仏よりとは器用な奴だ」
ふと、呟きが漏れた。
食い扶持の為とは言え、またしても『あの男』に付き合う事となろうとは。
雑踏を泳いでいた華飾の陰陽師は、たたんだ携帯をポケットに落とし、空を見上げた。
色を抜いた髪に、銜え煙草。
真名神慶悟は、呆れたような眼差しで微笑する。
「とはいえ死者には死者の道理がある。それは生者たるこの身には量れぬ道理。まぁいい。話を──出来るかは解らないが行くとしよう」
デキルカハワカラナイ。
言い得て妙だった。
■■ 『あの男』 ■■
オニコラス・ケイジが、孤独から逃れる為に自宅マンションの屋上から飛び降り、自らその命を絶ったのは半年以上も前のことである。
彼は、日雇い作業員として籍を置いていた会社の社長と、その妻である外人女性に可愛がられていた『オウム』から、日本語を教わったと言う。
自称、アメリカ出身、二十三歳。身寄りは無い。
「クサタタマコ※! お久しムリだったでしょう! 初めての貴様と、初めてじゃない貴様も、みんなよろしくだからだよ!」
そして、すこぶる普通の会話の出来ない男だった。
(※草間武彦の事だった)
■■ 憂いの片腕 ■■
「……日本語書けたのね」
薄ら笑い。
微笑とも、言えなくはない。しかし、どこか遠い。
美麗の翻訳家とは仮の姿──しかしてその実体は、草間興信所の影の支配者、否金庫番、否雑務アルバイター、もとい草間の『良い人(仮?)』。
シュライン・エマの表情は、そんな感じだった。
鳴くのなら、の話だが、断末魔の悲鳴が聞こえてきそうな、のたうつミミズ文字を見つめて、シュラインは呟いた。
手には、いつ舞い込んだのか草間さえ知らぬ、オニコラスからの手紙。
草間は窓辺に立ち、煙草を飲んでいた。シュラインがそっと覗き込んだ横顔は、ほぼ気絶している。
煙草の灰が長く長く、今にも落ちそうに項垂れていた。
シュラインはタバコを指で弾き、灰皿の中に白い残骸を落とす。
「武彦さん?」
目の前で手の平を往復させるが、反応が無い。
よほど前回の依頼で懲りたのだろう。現実逃避の空に旅立っているのだ。
「武彦さん」
シュラインは草間の背を、両手で叩いた。パンパンと、二回。愛情と労りを込めて。
「始まる前から疲れててもしょうがないわよぅ。何となく放っておけない彼を、もう一回送り出してあげましょ」
「……あぁ」
草間の唇で、煙草が渋々と頷いた。
シュラインは受話器を取りつつ、苦笑を浮かべる。
「とりあえず『岡田さん』に連絡しておくわね? キャンプファイヤーをやるなら他の人が近寄れない様、手配しておかないと……」
──燃え移ったりしたら大変だし。
そこに楽しさを見いだしそうな、若干一名もいるし。
ッフ。
シュラインは笑った。それは激しく空虚な笑みだった。
もう、どうにでもなりやがれ。
ッヘ。
草間も笑った。
やはり、激しい空虚の笑みだった。
二人の顔には、気力の無い笑いが満ち満ちていた。
■■ 海辺は綺麗に ■■
「カン、ビン、ペットボトル、それにお弁当容器」
「パン、ピン、ペンポン、ソレにはお番頭妖怪」
「どうして砂浜にこんな物が落ちてるのかしら」
「ボス手長尼に、こんな斧が落ちテルと柱?」
もうイヤ……。
シュラインは、手にしていたゴミ袋の端を、ギュッと握りしめた。表情の失せた顔で、ひしゃげたプラスチック容器を袋の中に放り込む。
キャンプの前に、砂浜のゴミ拾いを買って出たのは、間違いだったかもしれない。
背後では、せっせと『彼』がゴミ拾いをしていた。
『オニコラス・ケイジ』は、なかなかマメな男──
だと思ったのは大間違いだった。
ゴミ袋を脇に退けて、砂山をてんこもりに作っていた。
ッハー!
と、汗を拭う仕草の爽快なオニコラスに、シュラインは肺の中の空気を全て吐き出す。
山にはトンネルも開通していた。後は電車を走らせるだけである。
「楽しいヨネーッ! 『ス』ラインさん、ゴミ拾いステキステキ、ホラ見ろ、あれも拾え!」
廃タイヤ、砂に埋没中、水入り。
シュラインの拳が震えた。
一度は成仏したオニコラスが、何故、また戻ってきてしまったのか。
それを聞くには寛大な心と忍耐力が必要で、一人ではとても無理だった。
■■ さても楽しき仲間達よ ■■
「やはり一時でも、臨みし娑婆が良いのだな。誰であれ、今の己を全うするは、一番の望み事か。まぁ良いわ。友を求めて来た客人ならば、丁重にもてなさなければな!」
と、浄業院是戒(じょうごういん・ぜかい)は笑う。
刈り込んだヒゲに丸めた頭。浪々の浮き雲たる大阿闍梨の笑顔は日に焼けて強く、木強としていて癖が無い。
そして──
「これはこれは、オジコザス殿! 久方ぶりですな!」
カタカナに弱かった。
微妙に名前を間違えている。だが、オニコラスは動じていない。手をパムと打って、是戒に指を突きつけた。
「おぁ! 私、貴様覚えてるでしょう! 覚えてたらどうするの? どうなの? 言うでしょう! 言ったでしょう! ジョ」
『ジョー・GO・IN・THE・GUY!』
皆の耳はごまかせても。
「『ジョー』! 良い名前、『ジョー』!」
私の耳はごまかせないわよ。
シュラインの目がキラリと光った。
何となく微妙にニュアンスが違うような気は、慶悟もまったりとしていた。
だが、是戒には通じていなかった。
「『じょー』か! それは愉快な名だ! 『オモコロス』殿!」
二人は楽しげに笑い飛ばす。
慶悟は呟いた。
「五分五分だな……」
海原みなも、も呟いた。
「何だか良く分からないのですが──ともかく、あの方を成仏させてあげればよろしいのでしょう?」
何処か生真面目な顔が、オニコラスをジッと見つめる。細く流れる清水のような青い髪と、柔らかな瞳を持った中学生だ。
オニコラスとは、これが初顔合わせである。キテレツな言葉使いに多少面食らっているようだ。オニコラスが、ウフッとみなもに向いた。
「『ンガポコナモ』! 貴様も『クタマサ、ヒケコ』の友達でしょう! 『クマタケ、ヒサコ』、友達多いでしょう! 私、ウラメシイヨネ!」
ンガポコナモ。
もはや人の名前では無かった。
そして、草間はとうとう女性になってしまった。女草間の誕生である。
そんな事より──
「羨ましい──では、無いのですか?」
みなもは静かだった。冗談の通じない瞳が、マジマジとオニコラスを見る。オニコラスも、みなもを見つめた。
二人は見つめ合った。
長い長い時間。
蝶が舞い、花は咲き乱れ──
ない。
オニコラスは、ハタと手を打つ。
「『裏山SEA』?」
何かのテーマパークのようだ。
少し見ない間にオニコラスは、母国語を交えてボケる事を覚えていた。ちょっぴり強力……。
なのかどうか。
約一名を除いて、それは一瞬の躊躇も無く耳をスルーした。
皆の耳がごまかせても、私の耳は──。
二つの青い瞳がキラリと光った。
耳の良い者は『得』?
なのかどうか。
ともあれオニコラスは、ありとあらゆる意味で『健在』だった。
それを手放しで喜ぶ西の男。
「お久しぶりどすーっ! 元気そうで何よりどすなぁ。そっちの様子はどうどすか? 少しヤセたんちゃいますのん?」
あれは2002年、秋の事だった。
ビルの屋上から手に手を取って飛び降りた、熱き友情のメモリアル。
だったはずだった。
夢魔──李杳翠(り・ようすい)は、両手を広げてオニコラスを歓迎した。オニコラスも歓迎した。二人は歓迎しあった。
抱き合って流す大げさな涙と。
「『ム・マドス』!」
甚だしい勘違い。
「オニコラスはん! またこうして出会えたのも何かの縁、一緒に海辺でファイヤーといきましょ。仲のよろしいお友達と思い出作りどすー!」
だが、杳翠は気にしていなかった。
再会に忙しい二人に、名前など関係無いのだ。
例え彼の本名が『李杳翠』で、『夢魔どす』であっても『ム・マドス』などと言う、やけにけったいな名前などでは絶対になくても、それで良いのだ。良いのか。良いのだ。良いのだから。理由が抜けている。
2003年、春。
熱き友情のメモリアルパート2が、今ここに始まった。
■■ キャンプはイヤー? ■■
快晴に、強風波浪注意報。
舞い上がる砂塵。
渦巻く風に、掻き回される一行の髪。
金色も黒も青も、皆ぐちゃぐちゃ。だが、一人だけ平然としている者がいる。ツルッとしているからだ。
誰なのか。
それは言えない。
「随分と荒れておるな。しかし、雨の気配は無い。夜になれば収まるだろう。それまでゆっくりと、用意でもしようでは無いか!」
誰なのか。
やはり言えない。
是戒の声で、一行はポツポツとキャンプファイヤーの準備に取りかかった。
杳翠が持参したラジカセから、陽気な音楽が流れ出す。
「おお! 素晴らしい音楽だったらでしょう! でしょう? でしょう!」
でしょう!
何が言いたいのか分からなかった。
とにかく、オニコラスは踊った。踊り狂った。踊りが好きなのだ。頭を前後に揺らし、腰を左右に振って大暴れだ。そして大暴れしたまま、どんどん遠ざかって行く!
どこへ行くのか。
一同の目が、オニコラスへ走った!
手を振り上げ、ジタバタ踊るオニコラスが、今、『風に流されて』小さくなる!
踊りに夢中で、本人は気付いていない。
モンキーダンスが平行移動して行く。
浮遊物め!
草間は泣いた。
もう涙が止まらなかった。
オニコラスは、遙か彼方まで流されていった。
やがて堤防に貼り付いた。
貼り付いたまま踊っている。風に押されて剥がれないらしい。
「あそこまで、音楽って聞こえるのでしょうか」
みなもの呟きに、皆、クビを振った。
さあ。
「聞こえるムリよね! 全然聞こえるムリでしょうが!」
オニコラスが、いつのまにか戻っていた。
ッフ。
慶悟は静かに笑った。笑いながら、符を撒いた。それは手から離れると同時に、五体の式神になった。
式神はみな、オニコラスに良く似ていた。
慶悟はオニコラスを増やしてしまった!
果たして大丈夫なのか!
総勢六人のオニコラス本体代表に向かって言う。
「コイツに悪意は無い。したい事をさせれば、元に戻る。だが、前回の一件で、ある意味悟った気がする。……ものの道理、摂理と言う奴をな」
慶悟は前回、草間同様の敗北を期した。
ウィット(?)に飛んだつもりの日本語は、オニコラスには通じなかったのだ。
オニコラスにはオニコラスを。
つまりこれは復讐かもなのだ!
「模せ」
慶悟は式に向かって言った。式は頷いた。本物のオニコラスも頷いた。それを見て、式が頷いた。それを見てオニコラスが頷いた。それを見て式が頷いた。それを見てオニコラスがうな──
『……』
皆、ちょっとだけ慶悟を見た。
果たして、これで良かったのだろうか。
慶悟もちょっぴり不安になった。
いざとなったこれだ。
慶悟は、ポケットの中で別の札を握りしめた。
動きを封じてやる。
「ま、まぁ。とにかく準備の続きをしましょ。ね?」
愛しい人の声さえも、聞こえない。
増えたよ。
増えた。
一杯によ。
草間は塩水で眼鏡を曇らせ、無言で立ち尽くした。
風が踊る。オニコラスが総勢六人で踊る。
準備は着々と、捗らずに進まない。
風だ! 風が悪いのだ。
甲斐甲斐しく動き回る、杳翠の白いエプロンがバタバタなった。
六人のオニコラスが、ビュウビュウ吹きつける風に、バタバタ飛んで行った。
みなもは薪を組み上げ、キャンプファイヤーの主役を作った。
六人のオニコラスが砂を盛り上げ、キャンプファイヤーには全く関係ない、砂山を作った。
それは主役を取り囲むようにして、何だかかなり邪魔だった。
「食料調達に行って参りますね?」
みなもは、まだ早い荒れた潮の中へ入っていった。
オニコラス総勢六名も、海の中へと潜っていった。
みなもは人魚の末裔だった。
オニコラス総勢六名は元アメリカ人と、紙の札だった。
みなもは労もなく貝や魚を捕ってきた。
オニコラス総勢六名は喜色満面で、人の嫌がりそうな派手なカラーリングのアメフラシを持ってきて、大迷惑だった。
ザバッ!
みなもが水面に顔を出す。
ンガバァ!
オニコラス総勢六名が、一斉に水面に顔を出す。
それが波に飲まれた。
「シンクロナイズドスイミングみたいどすなぁ!」
杳翠は微笑を浮かべていた。
だが、オニコラスはそれっきり浮いてこなかった。
みなもは一足先に食材を抱えて、浜へ戻った。
オニコラス達は戻らない。
やった!
草間の呪い(?)が通じたのかもしれない。草間は背を丸めて、ガッツポーズを作った。
その肩を叩く、ワカメ。
もとい、ワカメを色々と背負ったオニコラス一同。
その手には『ロングボディの恐いヤツ』を握っていた。
「これ、貴様に食べろ! いつもありがとうでしょう! 感謝なの! 大丈夫だから、がんばれよね!」
ガア。
と、口を開いている、どう見ても大丈夫そうではない、ウツボが六匹。
黄土色に妙なまだら模様が、すこぶる気色悪い。
「……」
シュラインはそっと輪に背を向けた。
慶悟も二つ、足を引く。
みなもは黙々と薪に火をおこす『真似』をし、杳翠は鼻歌を歌って聞こえないフリをした。
ただ一人、是戒だけが草間に哀れみの眼差しを送っていた。手が何か言いたげに、中途半端な位置で留まっている。
そうか、皆、そうなんだな。
草間の横顔に、暗がりが広がった。
「あぁ。わかった。ありがたくもらおう。良く見れば可愛──」
ガハァ。
ウツボがさらに口を開けた。全部犬歯。魚なのに犬歯。すごく恐い。草間は固まった。お世辞にも可愛いとは言えなかった。
『近寄ると危険なさかな』に近寄るのは危険だ! 危ないかもしれない! 何故なら、危険なさかなだから危ないのだ!
「少し、ジッとしていろ」
慶悟は見るに見かねて、符を取り出した!
それをオニコラス本体の額に貼り付ける。
オニコラスは動きを封じられて固まった!
総勢六人が一斉に動けなくなった!
手からウツボが滑り落ちて、ビチビチ言う。
アメフラシもモゾモゾ動いている。
一同は思う。
足下が少し大変だ。
そしてシュラインは我に返った。
武彦さんの手が、ウツボに喰われずに済んだ!
「救急箱の出番が来なくて良かったわね」
草間の目から落ちた雫が、横風に煽られて空へと消えていった。
■■ 夜は静かに更けて ■■
日中、吹き荒れていた風は、日が沈むと同時に大人しくなった。
「今回はしっかりと気を保たんとな。景気付けに般若湯を一献──塩酒一杯、これを許す。空海上人のお言葉じゃ」
是戒は人好きのする笑顔を浮かべて、カップ酒を口に含んだ。
空には星が散っている。波も凪ぎ、ウツボも海へ帰した。アメフラシも、もういない。
多分、平和だった。
バチバチと爆ぜる焚き火が、一同の顔を照らしている。慶悟は和らいだ表情で、オニコラスを見た。
「国を問わず、古来からの供養には酒に宴、灯火はつきものだ。当にこれが供養と言えなくもない、か?」
「そうですね。かもしれません。オニコラスさんは、楽しんでらっしゃいますし。それが何よりですよね」
みなもの捕った魚は、大きく切った野菜と一緒に、赤味噌仕立ての汁になった。杳翠がこれを配る。
「みなもはんに教わりながら、味付けしたんどすが、いかがどす?」
「うむ、旨い!」
「あら、本当。美味しい……」
是戒とシュラインに褒められて、杳翠は顔をほころばせた。エプロンをして、サクサク動いた甲斐があると言う物だ。
「海風がまだ冷たいからな」
慶悟も片笑みを浮かべて、暖かな汁に舌鼓を打った。その横でオニコラス本体は、しんみりと炎を見つめていた。オニコラス本体の後ろに一直線に並んだ、オニコラス分身もしんみりと目の前の背中を見つめていた。六人並んで、しんみりしていた。
しんみり組の誕生である。
杳翠がそれに気付いた。
というか皆、気付いた。
「……何かイヤな事でもあったんどすか? それで戻ってきはったんとちゃいますのん?」
「私も、ずっと気になってたんだけど……。良かったら話を聞かせてもらえないかしら」
オニコラスは、そんな一同の視線を受けて、ポツリと言った。
「私、楽しかったよね。あの時、貴様達とコーヒー飲んで、幸せだったでしょう? 幸せは歩いてこないだから、歩いてきただからの。歩くでしょう? 歩いてきたよね」
「つまり──」
草間の言葉を慶悟が継ぐ。
「原因は俺達にあるのか」
孤独な魂は、触れあいを求めていた。
そして願いを叶え与えたのは、誰でも無い探偵と共に集まった者達なのだ。
オニコラスはしょんぼりと項垂れた。
再び現世へと下りてきてしまった事は、悪いと思っているらしい。
それを是戒は笑い飛ばした。
「まぁ良いわ! 何をするでもない。こうして集まるだけの事!
大目に見ようでは無いか!」
誰も反論する者はいなかった。
■■ 二度目の別れ ■■
その晩。
夜遅くまで、十二人のキャンプファイヤーは続いた。フォークダンスに、花火に。オニコラスは歓声を上げて喜んだ。
そして──、明け。
別れの時である。
オニコラスは花火の霞む白い空を見上げて、ホッと溜息をついた。
「『ヒコタマヒコッタマヒコ』と、友達の貴様達。今度も良かった時だったよね。とてもステキな一日だったら、どうしましょう。こうしましょう。ありがとうだから、どうしたの?」
どうしたの、と聞かれても……。
慶悟は思わず突っ込んだ。
「……いや、どうもしないが……。しかし、もはや原型を止めていないな……」
『ヒコタマヒコッタマヒコ』──
草間をチラリと見る。
草間はゆっくりと頷いた。
もう、良いんだ。
その頬を、熱い物が流れ落ちた。
赤い?
血?
草間……。
慶悟は同情した。
是戒も同情した。
「オニガラス殿」
そして、間違い続けていた。
シュラインは、そっと呟く。
「『オニコラス』さんよ……」
「む。そうであった。『オニオコベ』殿」
素なのだ。
是戒に悪気はない。
カタカナに弱いのだ。
ただそれだけなのだ。
あと飲み続けて、ちょぴり酔っていた。
「何事にも焦る事は無い。往くべき所は常にある。御仏の慈悲も尽く事無し」
良い言葉だった。
だが、説教を期待していた草間は、砂の上に卒倒した。前振りは何だったのか。シュラインが手を貸さなければ、そのまま死んでいたかもしれない。
ありがとう、愛しき君よ。
と、言う雰囲気では全く無かった。
「そう泣かないで、武彦さん」
慰められても、もう『ヒコタマヒコッタマヒコ』なのだ。
どこまでが名字で、どこからが名前なのか、さっぱりわからなかった。
事務所名も、いっそ。
『ヒコタマヒコッタマヒコ興信所』にしてはどうか。
止まらない草間のマイナス思考はさておき。
慶悟も片笑みを浮かべる。
「ああ、こうなれば意地だ。何時でも来い。付き合うぜ」
「また、美味しい物でも一緒に食べましょう」
「今度は『山』で、バーベキューなんてどうどすか?」
笑顔だ。みなもも、杳翠も笑っている。
オニコラスも、フフフと笑んだ。
太陽が水平線の向こうに、顔を出しかけている。
「またね、って言うのも変だけど……」
シュラインの言葉と同時に、オニコラスの体が溶け始めた。
ペコリと頭を下げて見えなくなって行く。
二度目の成仏。
杳翠は、消えたオニコラスに向かって声を張り上げた。
「お元気で〜! 友情は永遠どす〜!」
「うむ。達者で参られよ。『オニコゴメ』殿」
そして、是戒は最後まで間違い続けていた。
終
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 (年齢) > 性別 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ(26)】
女 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
【0389 / 真名神・慶悟 / まながみ・けいご(20)】
男 / 陰陽師
【0707 / 李・杳翠 / り・ようすい(930)】
男 / 夢魔
【0838 / 浄業院・是戒 / じょうごういん・ぜかい(55)】
男 / 真言宗・大阿闍梨位の密教僧
【1252 / 海原・みなも / うなばら・みなも(13)】
女 /中学生
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■ あとがき ■
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こんにちわ、紺野です。
大変遅くなりましたが、『再臨』をお届け致します。
この度は、当依頼を解決して下さりありがとうございました。
前回『自殺志願者』に続き、通常とは違う筆になっておりますが、
いかがでしたでしょうか。
少しでも笑って頂けたなら幸いです。
苦情や、もうちょっとこうして欲しいなどのご意見は、
喜んで次回の参考にさせて頂きますので、
どんな細かい事でもお寄せ頂ければと思います。
今後の皆様のご活躍を心からお祈りしつつ、
またお逢いできますよう……
紺野ふずき 拝
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