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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


時空図書館《お茶会編》

●オープニング
 事務所に来た郵便物の束の中から、一通の、切手の貼られていない封書を手に取り、草間は、わずかに眉をひそめる。表にはただ、「草間武彦さま」とだけ。裏返してみたが、差出人の名前はない。
 それでも、一応中を明かりに透かして見て、刃物などが入っていないことを確認すると、草間は封を開けた。中には一枚のカードが入っていた。
『草間武彦さま
 花の美しい季節になりました。明日、午後3時よりお茶会を開きたいと思います。おいしいお茶とお菓子を用意してお待ちしていますので、ぜひおいで下さい。もちろん、零さんや、お友達の方々もご一緒でよろしいですよ。賑やかな方が楽しいので。
 では、お待ちしています』
 カードには、そんな文章が綴られ、最後に「時空図書館管理人 3月うさぎ」の署名がある。
 それを見やって、草間は、小さくこめかみを掻いた。どうやら差出人は、以前、零を通して知り合った、世界中のどこからでも通じていて、世界中の本が集まっているという不思議な図書館、「時空図書館」の主かららしい。前に行った時に出された極上のお茶とお菓子の味を思い出し、悪くない誘いだと考える。
 零にその招待状を見せると、「行く!」と即答が返って来た。
「じゃ、そっちはいいとして……他に一緒に行きたい奴はいるかな」
草間は小さく苦笑しつつ、呟いた。

●書庫の中
 エレベーターに乗った時のような、軽い浮遊感とめまいの後、目の前に広がった光景に、無我司録は小さく目をしばたたいた。
 彼は、たった今まで草間興信所にいたはずだった。だのに今、目の前に広がっているのは、天井まである背の高い書棚の群れだった。中には、書物がぎっしりと詰まっている。どうやら、書庫らしい。あたりはほの暗く、天井近くに明り取りがあるのか、上方から光が落ちて来ていた。
 彼は、そこに1人で立っていた。いつもどおり黒いロングコートの衿を立て、黒のつば広帽子をまぶかにかぶっている。
(何やら、面白そうな場所に迷い込んでしまったようですな……)
胸に呟き、彼は書庫の中を見回した。
 草間からお茶会の話を聞いた時、喉の潤いだけではなく、たまには心の潤いを求めても悪くはあるまいと、彼は一緒に行くことにした。
どこから時空図書館へ行くのかは、カードには書かれていなかった。ただ、以前行った時には、本がその扉となっていたので、案外、カードが入り口かもしれないと草間が言い出し、彼らは約束の3時より少し早い時間に、草間の事務所に集まった。
 集まったのは、無我の他に、シュライン・エマ、天薙撫子、海原みなも、真名神慶悟の4人だ。もちろん草間と零も一緒だった。そこで時計の針を見詰めるうちに、ふいに浮遊感とめまいに襲われたのだ。
 書庫は、どうやら歴史書を専門に収めた場所のようだった。もっとも、そこに並ぶ本が本物かどうかは、疑わしい。以前来た時無我は、ここの本は厳密には、迷い込んだ人間の空想の産物だと聞かされていた。
(それでも、興味はありますな。ましてやこれが、私の内にこもるさまざまなカタチの想いを表現したものだと思うと……)
低く声なく笑って無我は、胸に呟くと、ゆっくりと書棚の間を背表紙を眺めながら、歩き始める。
 歴史書といっても、そこにあるのは教科書のような、一般的なものではなかった。どちらかといえば、勝者によってもみ消されてしまった、裏の歴史とでもいうようなものについて綴った書物ばかりだった。それはまた、同時に人間の喜びと悲しみ、愛と憎しみを綴ったものでもある。書かれていることは、何百年、何千年も前のことなのに、そこに浮かび上がる感情は、まさに今そこにあるかのように、恐ろしいまでに生々しい。
 それらの書物の何冊かを書棚から抜き出し、部屋の隅の小さなテーブルに積み上げると、無我はその前の椅子に座して、それらを読み始めた。
 生々しいのも道理、それは、どこかで彼自身が実際に触れたもの、彼自身を構成する人の想いそのものだったのだろう。それでも彼は、人が美味なる料理の味を思い出して、そっと胸の奥で舌鼓を打つように、紙に刻まれた文字を追いながら、そうした想いを静かに味わう。
 だが、彼がそうして読書を楽しんでいられたのは、ほんのわずかの間だった。
 どこか遠くで扉の開閉する音が聞こえ、ややあって、明かりの灯る燭台を掲げた青年が1人、彼の前に現われた。青年は、白い中国服を身にまとい、途中から羽根に変わっている耳を持っていた。ここの管理人《3月うさぎ》に似ている。だが、髪と目は翡翠色で、その顔には表情がなかった。
 青年は、彼を見下ろすと、機械のようなたどたどしい口調で言った。
「オマエハ、ココニイルベキ者デハナイ。排除スル」
それとほぼ同時に、青年が掲げた燭台がまぶしい光を放った。
「う……!」
彼は、思わず声を上げて目を閉じる。再び、最初と同じような浮遊感と、激しいめまいが襲って来た。

●再会
 めまいの余韻に、幾分ぐらぐらしながら無我が閉じていた目を開けると、そこはまた別の場所だった。明るく居心地のいい部屋で、彼はテーブルを囲むように並べられた椅子の一つに座していた。しかも、今度は1人ではない。目の前には、同じように椅子に座した真名神慶悟がいた。こちらも、顔をしかめて小さくかぶりをふっているところを見れば、似たような状況で、ここへ移動させられたものと見える。
「あんた……」
無我を見やって、驚いた顔になった。
「どうやら、何か不都合があって、迷ってしまったらしいですな……」
無我が言うと、慶悟は軽く顔をしかめる。
「ただ迷っただけならいいが……たぶん、ここのセキュリティとやらに引っかかったんだろう。人形みたいな奴が現われて、『排除する』とか言ってたぞ」
「もっとも、我々がここにこうしているということは、それにも失敗したということでしょうが……。他の方たちは、どうされたんでしょうね?」
無我は言いながら、ふと思いついて問うた。
「俺にわかると思うか?」
慶悟は、小さく肩をすくめる。それもそうだと、無我は笑った。
 慶悟はそれを見やって、一応部屋を調べてみると言い、あたりに式神を放った。彼は陰陽師なのだ。ほどなく、その式神が何かを見つけたようだった。慶悟は立ち上がり、部屋の奥へ向かう。無我も後を追った。
 部屋の奥には、小さな扉があって、その向こうにもう一つ、納戸のような小部屋があった。そしてそこに、海原みなもが倒れていた。ふくらんだ袖とふんわりと広がるスカートを持つ黒いワンピースに、フリルのついた白いエプロンを重ね、頭には黒いリボンのついたヘアバンドをしている。傍には彼女が下げていたバスケットと、なぜか脱いだらしい靴と靴下がころがっていた。
 慶悟が名前を呼んで揺すぶってみたが、彼女は目を覚まさない。しかたなく、彼は彼女を抱き上げ、元の部屋に運ぶと、ソファに横たえた。無我は残されたバスケットと、靴と靴下を持って来る。靴と靴下はソファの下に並べ、バスケットはテーブルに置いた。
 ややあって、やっと彼女が目を覚ます。
「真名神さん……! それに、無我さんも……」
身を起こして、彼女は驚いたように2人を見やった。だが、すぐに3人だけだと気づいて近くにいる慶悟に問う。
「あの……他の人たちは?」
「さあな。……ここにいるのは、俺たち2人と、あんただけなんだ」
「え……?」
慶悟の答えに、彼女は小さく目を見張った。
 それへ、ドアの近くに位置を変え、壁に寄りかかって立つ無我が、自分たちがここのセキュリティに引っかかったらしいことを告げる。が、彼女は怪訝そうだ。慶悟が彼の言葉を補足する。
「時空図書館は、人間以外は入れないらしい」
それを聞いて、彼女は首をかしげた。
「でも、おふたりは、人間……ですよね?」
「あっちはどうだかわからないが、俺は人間だよ」
慶悟が、手で無我の方を示して言う。
「ただ、式神を連れて来たのがアダになったらしい」
「式神……」
彼女は小さく呟いた。彼が陰陽師だと思い出したらしい。慶悟が続けて、自分の式神が彼女を見つけたのだと言うと、みなもは礼を言った後、自分の体を見回して、奇妙なことを訊いた。
「もしかして、あたしの服まで乾かしてくれたんですか?」
 だが、むろん慶悟は怪訝な顔だ。
「服がどうかしたのか? 式神に呼ばれて俺と無我が奥の部屋へ行った時には、あんたはただ、倒れてるだけだったが」
「え? ……でも……」
みなもも怪訝な顔になった。彼女は再度自分の体をたしかめ、次いでソファから降りて、素足のままテーブルに歩み寄ると、バスケットに触れ、開けて中を確かめている。だがすぐに、安堵したように、息をついてふたを閉めた。
 それを見やって、無我は問う。
「ずいぶんと、そのバスケットの中身が、大事なようですな」
「だって、せっかく皆さんに食べていただこうと思って持って来たんですもの。それを、こんな所で駄目にしてしまいたくないです」
温和な笑顔を浮かべて、みなもがうなずく。
「それはそうだな。……俺も、あの紅茶の味が忘れられなくて来たのに、こんな所であぶれているのは、心外だな」
言って、慶悟が立ち上がった。
「どうやら、今度こそ式神が出口を見つけたようだ」
「では、行ってみますか? そこへ……」
無我が、問う。
「ああ」
慶悟がうなずいた。
 2人のやりとりに、みなもも慌てて靴下と靴を履き、バスケットを手に取った。
 やがて彼らは、慶悟を先頭に、その部屋を後にした。

●鏡の部屋
 部屋の外には、広い廊下が続いていた。照明がついているので、明るい。かなり古い建物であることを感じさせる廊下だった。
 だが、しばらく行くうちに、確信を持って歩を進めていた慶悟が、ふいに顔をしかめた。小さく舌打ちすると、足を早める。
「どうかしましたか?」
無我は、同じように足を早めながら問うた。
「式神がやられた」
慶悟が、低くうめくように答える。セキュリティに引っかかって、あっさり消滅させられでもしたのだろうと無我は見当をつけた。
 それでも、慶悟は足を緩めない。2人もまた、その後に続く。
 やがて、二つほど角を曲がった廊下の突き当たりに、大きな2枚扉が現われた。その前には、無我を排除すると言った翡翠色の髪と目をした青年が立っていた。その手から、焼け焦げた紙片が床へと落ちる。どうやらそれが、慶悟の言う「式神」らしい。
「オマエタチハ、ココニイルベキ者デハナイ。排除スル」
青年が、機械めいたたどたどしい口調で言った。
「おやおや。あくまでも私たちは、人間ではないと言いたいわけですか……」
無我は皮肉げに言って、小さく肩をすくめ、きしるような笑い声を立てた。このままでは、力づくでここを突破する以外にないようだ。あまりそうした荒事は好きではないが、この際しかたがないだろう。見れば慶悟は、眉をしかめて目の前の青年を見据えている。みなもも、小さく二度ほど吐息をついて、それでも唇を真一文字に引き結んだ。
 その時だ。3人の目の前で、ふいに青年の姿が、まるで映りの悪いテレビの画像のように、輪郭がぶれ、色彩を失った。
『やれやれ、やっと見つけましたよ。お願いですから、そこで戦ったりしないで下さい。あなた方の持つ力を使われたら、時空図書館は中から崩壊してしまいますからね』
同時に、頭上からそんな声が降って来る。驚いて、3人はそちらを見上げた。が、むろんそこには何もない。ただ、声は続けた。
『今、そのガーディアンをどかしますから、その部屋に入って下さい。部屋の奥を、こちらへつなげてありますから』
「その声……《3月うさぎ》か?」
慶悟が、天井を見上げたまま、呟く。
『そうですよ。……ですが、お話するのは、あなた方がこちらへ来られて、ゆっくりお茶を飲みながらでもいいでしょう? お待ちしていますよ』
笑いを含んだ答えが返ったのを最後に、声は途絶えた。
 3人は、思わず顔を見合わせる。
 その彼らの前で、ゆっくりと色彩を失った青年の姿が消えて行く。完全にそれが消えてしまうと、慶悟がまず、そちらへ歩み寄った。床に落ちた焼け焦げた紙片を拾い上げ、上着のポケットに入れると、扉に手をかける。さほど力を入れたようでもなかったが、それは難なく開いた。3人は、そのまま、中へと足を踏み入れる。
 部屋の中は明るかったが、がらんとして何もない。ただ、奥に等身大の鏡が一つ掛かっているだけだ。3人は、再び顔を見合わせた。改めて見回してみても、そこには他に扉らしいものもない。
 無我と慶悟は、二手に分かれて、室内を調べ始めた。それを、みなもが呼ぶ。
「真名神さん、無我さん、この鏡、変です」
みなもは、鏡の前に立っていた。呼ばれて、2人はそちらへ歩み寄る。が、慶悟は鏡を見やって、小さくうなるような声を上げ、無我は笑った。
 鏡には、部屋の中と無我の姿が映っている。だが、慶悟とみなもは映っていなかったのだ。
「どういうことでしょう?」
みなもが、2人のどちらにともなく訊いた。
 無我は、笑いながらそれへ答えた。
「この鏡は、純粋に『人ではないもの』を映し出すのではありませんか? しかし、そうした不思議の鏡であれば、先程《3月うさぎ》さんが言われたように、あちらとつなげる、ことも可能かもしれません」
「つまり、これが草間たちのいる場所への扉になっている、とあんたは言うのか?」
「ええ」
慶悟に問われて、無我はうなずいた。そして、試すように更に鏡に近づき、その表面に手を触れた。途端、彼の手は鏡の向こうへ突き抜ける。
「やはり、そのようですよ」
彼は言って、そのまま鏡を抜けて、向こう側へ出ようとした。
 その時だ。
「無我さん!」
「無我様、よけて下さい!」
ほとんど同時に、二つの叫びが、鏡の向こうで交差した。無我は、鏡の向こうへ全身が出ると同時に、そのまま床へ身を伏せる。その頭上で、何かがぶつかる気配があった。

●小館の中
 無我がころがり出た場所は、大量の書物の詰まった書棚が整然と並ぶ部屋の一画だった。床に伏せた無我が顔を上げると、真っ二つになって床に落ちている紙片と、立ち尽くしているシュライン・エマと天薙撫子の2人の姿が見えた。
 シュラインは、涼しげなブルーのパンツスーツで、撫子は、若草色の地に紫で桔梗をあしらった和服姿だった。
 どうやら、彼に攻撃を仕掛け、紙片――慶悟の放った式神を真っ二つにしたのは、撫子らしい。
「やっとお茶にありつけると思ったのに、これはないんじゃないか?」
彼に続いて出て来た慶悟が、冗談めかして言う声が聞こえる。
「す、すみません!」
撫子が、慌てて謝った。
 無我は、起き上がり、うっそりと彼らの方へと歩み寄る。それへ彼女は同じように深く頭を垂れて謝った。
「お気遣いは無用ですよ。なんともありませんでしたから……」
彼はいつもと変わらない声音で返す。
「本当に、どこもなんともありませんか?」
「ええ……。大丈夫です」
それでも心配げに問う撫子に、無我は低く笑ってうなずいた。
 それを見やって、シュラインが怪訝そうに彼らに尋ねた。
「ところで、どうしてこんな所へ?」
「こんな所って、ここはどこなんですか?」
最後に出て来たみなもが、彼らとしては当然のことを問う。
シュラインと撫子はかわるがわる、ここがまぎれもない「本物」の書物を収めた小館で、自分たちはその中の神話伝承を集めた部屋にいるのだと話した。
「本物の書物……」
話を聞いて、小さく呟き、わずかに目を輝かせたのは慶悟だった。
「何? 何か読みたい本でもあるの?」
シュラインが問う。
「あるといえばあるが……」
言いさして、慶悟は小さく肩をすくめた。
「それよりも、さんざん歩き回って喉が渇いたな」
「そうね……」
シュラインはうなずいて、撫子をふり返る。
「私たちも、そろそろ戻りましょうか」
「そうですね」
撫子も、うなずく。
 シュラインと撫子を先頭に、無我たちはそのままそこを出た。
 小館からは、見事な花々が咲き乱れる庭園の間を、小道が続いている。シュラインと撫子は、確かな足取りで、その小道をたどり始めた。無我たちも、その後に続いた。

●みんなでお茶を
 無我たち3人が、シュラインと撫子に案内されたのは、庭園の中の、噴水のある花園を見下ろすように建てられた瀟洒な四阿(あずまや)だった。白い大理石で造られており、中央には大きな丸テーブルが据えられていた。その周囲に、人数分椅子が並べられている。テーブルの上には、切り立てのバラを飾った花瓶が置かれ、菓子類を持った皿や盆が並べられていた。そして、そこには草間と零、それに、薄紅色の髪と目をした、長身の青年が座していた。耳は、途中から羽根に変じている。彼がここの管理人《3月うさぎ》だった。
 草間と零は、3人の姿を見ると、驚いた様子で目を丸くする。だが、《3月うさぎ》はおちついた様子で、彼らをふり返った。
「やっと、こうして顔を合わせることができましたね。……初めまして、海原みなもさん。私が、ここの管理人の《3月うさぎ》です」
微笑みと共にまず、みなもに手を差し出す。彼女は、慌ててその手を取った。
「こちらこそ、初めまして。お招き、ありがとうございます」
「いいえ。……怖い思いをさせてしまって、申し訳ありませんでしたね。お茶会をお知らせするカードから、直接この庭園へ道をつないだのですが、どうも最近、セキュリティが過敏すぎるようで」
言って、《3月うさぎ》は憮然とした表情で彼を見詰めている慶悟と、相変わらずまぶかにかぶった帽子のせいで表情の見えない無我を見やる。
「おふたりにお会いするのは、二度目ですね。また来ていただけるとは、思いませんでしたよ」
「久しぶりだな。茶と菓子が忘れられなくてな」
慶悟は言って、小さく肩をすくめた。
「何か問題でも起きたのかと思ったが、この様子では、本当にただのお茶会の誘いだったようだな」
「ええ、もちろんですよ。でも、ご心配いただいてどうも」
《3月うさぎ》はうなずいて、今度は無我に笑いかける。無我は、帽子の影からわずかに覗く口元を、小さく笑いの形にゆがめて返しただけだった。
 それを見やって、《3月うさぎ》は、無我たち3人にも椅子を勧める。
 翡翠色の髪と目をした女性が2人現われ、無我たちだけでなく、シュラインと撫子にも新しい紅茶を用意して配った。草間と零もおかわりを頼む。
 テーブルの上には、シュラインが持って来たのだという3種類の羊羹と、撫子が持って来たのだというカステラ、それにここで出されたレモンパイとスコーンがそれぞれ皿や盆に盛られて並んでいた。
 みなもがそれらを見やって、手にしていたバスケットの中から、えびせんとポットに入った天然水を取り出した。
「あたしも、お茶に招いていただいたお礼にと思ってお菓子と天然水を持って来ました」
「それは、気を遣わせてすみませんね」
《3月うさぎ》が微笑みと共に礼を言う。そして、思い出したように付け加えた。
「せっかく天然水をいただいたのですから、2杯目はハーブティにしましょう。この庭園で作っているハーブがありますから」
「はい、是非」
みなもは、うれしそうにうなずく。
 やがて、彼女が持って来たえびせんと天然水は、給仕の女性たちの手でそこから運び去られ、えびせんだけが、皿の上に盛り付けられてテーブルの上に運ばれた。それを、さっそく他の者たちが手に取って食べ始める。
「美味しい!」
最初にそう声を上げたのは、シュラインだった。
「本当ですか?」
みなもが、思わずというように尋ねる。
「ええ、なかなか美味しいです。歯触りもいいですし、磯の香りが口の中に広がるのが、なんともいえません」
撫子も、うなずいて言った。
「ありがとうございます」
「がんばって、死守した甲斐があったな」
慶悟が、半分ほどに減ったカップをテーブルに置きながら、礼を言うみなもに声をかける。
「はい」
「死守って?」
うなずくみなもを、シュラインは怪訝な顔で見やった。
 問われて、みなもはちょっと困ったように慶悟を見やる。が、彼は小さく肩をすくめただけだった。無我は独特の嗚咽するような笑い声を響かせて、助け船を出した。
「迷っている間に、いろいろありましてね……。ここで話すと、長くなりますし……あまり、聞いて面白い話だとは思えませんので……」
暗に、話したくないことを匂わせる。自分はともかく、他の2人はあまり楽しい体験でもなかったように見受けられたためだ。シュラインは、話を聞き出すのをあきらめたのか、小さく肩をすくめた。
 それを見やって、無我は初めて紅茶に口をつけた。さすがに彼も喉が渇いていた。
 紅茶は、以前と同じく芳醇な香りとまろやかな口当たりを持って、口中に広がって行く。
(なんとも……不思議と心癒されるものですな……)
胸に呟き、彼は改めて周囲に目をやった。青く晴れ渡った空は高く、鳥たちが賑やかにさえずり交わす声が聞こえる。あたりには色とりどりの花々が咲き乱れ、その間を蝶が軽やかに舞っていた。彼は、しばしの間、その光景に目を遊ばせる。
 やがて、全員がカップの紅茶を飲み干すころ、給仕の女性たちが、ハーブティを運んで来た。みなもの持って来た天然水を使ったものだ。
「ローズヒップとハイビスカスをブレンドしたものですよ」
《3月うさぎ》がそう説明する。
「ハイビスカス?」
シュラインが、声を上げた。無我も、他の者たちと顔を見合わせる。ハイビスカスは、熱帯の花だ。
「温室がありますからね」
しかし、《3月うさぎ》は涼しい顔で答えた。
 無我は、その答えに小さな笑いを胸に落とす。おそらく、《3月うさぎ》がそう口にした途端に、この庭園の何もなかったはずのどこかに、温室がさもずっとそこに存在していたような顔をして現われるのだろう、と考えたのだ。だが、そんなことを口にするのは、野暮というものだ。ハーブティに口をつけると、これはこれで、また美味だった。
 彼がそれをゆっくりと味わっていると、みなもが、問いを口にした。
「その温室には、どんな花があるんですか?」
《3月うさぎ》がそれに答えて語り出す。
 無我は、それを音楽のように聞きながら、これを飲み終えたら、庭園の中を散策させてもらおうと考えていた。

●エンディング
 そうして。
 彼らが紅茶とハーブティ、数々のお菓子と庭園の眺めを楽しんで、草間興信所へ戻って来た時には、かなりの時間が過ぎていた。時空図書館のあの庭園では、いつまで経っても日が落ちる気配もなかったが、戻ってみると、すでに外は薄暗くなっている。
 それでも無我は、今日のお茶会には満足していた。あの書庫で選んだ本に全部目を通せなかったのは残念だった。が、お茶はどれも美味で、庭園もまた素晴らしかった。ハーブティを飲み終えて彼らに断り、散策に出た無我は、そこの眺めを心行くまで楽しみ、目を通すことのできなかった書物について、思索に耽ることができた。
(今日は、本当に、有意義な時間を過ごせた1日でしたな……)
他の者たちと別れて雑踏に紛れながら、彼は胸に呟く。まだ、あの馥郁たる紅茶の香りと花々の色彩の余韻が、どこかに漂っている気がして、彼にしては珍しく、やわらかい笑みを口元に浮かべる。やがてその姿は、人ごみの間に見えなくなって行った――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0441/無我司録/男性/50歳/自称探偵】
【1252/海原みなも/女性/13歳/中学生】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+時々、草間興信所でバイト】
【0328/天薙撫子/女性/18歳/大学生(巫女)】
【0389/真名神慶悟/20歳/陰陽師】

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■         ライター通信          ■
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ライターの織人文です。
調査依頼に参加いただき、ありがとうございます。
しばらくの間、私事にてお仕事をしておりませんでしたが、
これからまた、少しずつでもやって行くつもりですので、どうぞ、よろしくお願いします。

●無我司録さま
おひさしぶりです。そして、参加ありがとうございます。
今回は、二手に分けさせていただき、軽く冒険する方にふりわけさせていただきましたが、
いかがだったでしょうか。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。