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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


想い出の缶

■オープニング
ガラン ドサドサ
大きな音を立てて落ちる飲みかけのペットボトルや雑誌の束。
夜の闇が支配した真白の部屋で荒く不規則な呼吸が聞こえる。
シーツを握り締めた白い手は青白い血管が浮き出し、酸素を求める引き攣った吸気をしながら、震える腕を精一杯ナースコールへと伸ばした。
涙で霞む視界の先で確かに親指がボタンを押した。
何の変化も無いが、あと数十秒もしないうちに看護婦さんがやって来てくれる。
和成は仰向けになると胸の部分のパジャマを握り締めた。
「…はっ……はっ……よ…うこ……」
(まだだ……まだ、手紙を残してない!お願いだ……もう少しだけ、時間が欲しい…っ!)
薄れ行く少年の目から一粒の涙がこぼれた。
「どうかしましたか?!沢木さん」
開いた扉から差し込む懐中電灯の光は、ただ天井を見上げる肉体を照らしていた。

「それが、二週間前なんですね?」
草間の問いかけに少女は俯いたままコクリと頷いた。
少女の名前は小野田洋子。高校二年生。
沢木和成という少年が亡くなってから、しばらく経ち彼女の前にしばしば現れるようになったという。
「沢木さんとは、どういう関係で?」
小野田洋子は少し顔を上げ、少し疲れたような顔で言った。
「幼馴染で学校の同級生です。……彼、何か言い残した事があるんじゃないでしょうか?」
今度は逆に尋ねられ、草間は深くソファに身体を沈めるとゆっくりという。
「それはまだ何とも……調査をしてみない事には、ね」
「私、バイトしてるからお金はあります!調べてください!」
身を乗り出す少女を黙って見ている男に、小野田は下唇を噛んだ。
「じゃないと、沢木可哀相よ……まだ、17歳だったのに」
小さく草間は息を吐いた。
「判りました。その代わり、調査費はちゃんと払ってもらいますよ」
「はい!」
即答した彼女に今度は力強く頷き、草間は立ち上がった。


「私も手伝っていいかしら?」
「もちろんだ」
黙って話を聞いていたシュライン・エマの言葉に、即返事を返した草間は、興信所の中にいる他のメンバーを見た。
「お前たちはどうする?」
「もちろん。お手伝いさせていただきます」
海原みなもは青い瞳を真っ直ぐ小野田に向け、真摯な表情で言う。
「その沢木さんは何かを小野田さんに伝えたいのでしょうね……」
「ん……思い残した事はちゃんと昇華させてあげないと、ね」
と、優しく頭を叩くシュラインに小野田は小さく微笑み見上げた。
そんな小野田を見つめ、部屋の隅で壁に寄り掛かっていた忌引弔爾はぼそり、と呟いた。
「……ま、向こうから会いに来るんだったら、その嬢ちゃんに付いてればいいんじゃねーか?」
「そうね。それもいいかも知れないけど、何か沢木くんは洋子ちゃんに言ってなかった?」
シュラインの問いに小野田は首を振った。
「……日記や手紙を残してるとか、ありません?」
みなもの問いに今度は少し考え、小野田は言った。
「さぁ……知りませんけど。沢木の家に行けばわかると思います」
「なら、沢木さんのお宅に案内して頂いてもよろしいですか?」
「はい」
頷いた小野田に弔爾は壁から体を離した。
「なら、俺もついて行くかな……」
何事も面倒くさい、の一言で片付けてしまう弔爾の言葉に草間は口端を持ち上げ、揶揄するように言う。
「ふぅん……お前も若く悲嘆にくれる女子は放っておけないか」
だが、弔爾の行動に不思議そうな声を上げたのは草間だけではない。
『どうした?貴様が自発的に行動するなど珍しい』
別に響く低い男の声に弔爾は心の中で返事を返す。
(別に……)
傍らに立てかけてある自分にとり憑いている妖刀、弔丸にちらりと視線を向け、すぐに草間達を見た。
「どうでも良いだろ……さ、やるんだったらさっさとやろうぜ」
「そうね。じゃあ、洋子ちゃん。沢木くんの家に案内してもらえるかしら?」
「はい」
頷き立ち上がる小野田に、シュラインは労りを込めた微笑みを向ける。
「じゃあ、二人は沢木くんの家に行って頂戴。私は病院の方に行ってみるわ」
全員にそう言ったシュラインに頷くと、草間は電話の受話器を取りどこかの番号を押した。
「俺はこういう事に詳しい奴に連絡をつけておく。沢木の家を調べたら病院に集まってくれ。いいな?」
皆、頷くと興信所を後にした。

▲病院
「すみません。ちょっと良いかしら?」
「はい。どうしました?」
ナースセンターで書きものをしていたまだ年若い看護婦はにっこり笑みを浮かべると、シュラインに尋ねた。
「以前、こちらに入院していた沢木和成くんの事でちょっとお聞きしたい事があるんですけど……」
そうシュラインが言うと、看護婦の顔が曇った。
「どうかしました?」
この変化に内心首を傾げるシュラインの問いに看護婦は声を潜めた。
「和成くんが、どうかしたんですか?」
「いえ……どうやら沢木くんが何か言い残された事があるらしくて、それを調べてるんです」
「あぁ、そうなんですか……そうですよね。まだ、17歳でしたしね」
そう言うと、看護婦は溜息を吐いた。
「……何か知ってる事があるんですか?」
「え?あ、いえ、そうじゃないんです。……私、和成くんが亡くなった夜、夜勤だったんです」
視線を逸らす女性のネームプレートに素早く視線を向けたシュラインは優しく言う。
「もし宜しければ彼の病室を見せてもらえませんか?古田さん」
「でも、今は他の患者さんが入室されてますよ?それでもいいですか?」
「えぇ、構いません」
「そうですか……では、こちらです」
古田が案内した病室は4人部屋で昼飯後の穏やかな気温に病室は人がおらず静かだった。
「ここです」
指し示されたベッドは出口近くのベッドで、今は女性が使っているのか女性週刊誌が目についた。
シュラインはあまり収穫は期待できないな、と感じながらも一応ベッドの周りを調べ始めた。
ベッドと床の間。ベッドと壁の間。備え付けの棚の後ろも見てみるが、何もなかった。
「やっぱり、何も無いわね」
腕を組みしばらく考えていたシュラインは、シュラインの行動を見ていた古田を振り返った。
「病院の敷地内で沢木くんが良く行っていた場所とか、何かありませんか?」
「そうですね……あぁ、そういえば」
顔を窓に向け、古田は言った。
「病院の中庭にある大きな木があるんですけど、和成くん、良くあの木の根元で過ごしてました」
シュラインも窓に目をやれば、確かに一本だけ大きな木が風に枝をゆっくり揺らしているのが見える。
「ありがとう。仕事の邪魔してごめんなさいね」
「いえ」
古田に会釈をし、シュラインは中庭へと向かった。


絶えず葉のこすれ合う耳に心地よい音が聞こえる中庭に、五人は集まっていた。
新しく集合した聖羅を加え、自分の調査結果を伝える面々だが、得られるものはあの和成の部屋にあった紙一枚だけだった。
「ふぅん……やっぱ、直接聞くしかないかぁ」
そう呟いた聖羅に小野田は訝しげな目を向ける。
「直接、ですか?」
「うん。まぁ、私に任せといて」
笑みを浮かべ、胸を張った聖羅にシュラインたちも顔を見合わせたが特に何も言わず、見守る事にした。
聖羅は目を閉じると、口の中で何事か唱え、印を切る。
ざわり、と大きく木の枝が揺れ、嫌な感じに肌が粟立った。
「あっ……!」
揺らめくように聖羅の背後に現れたのは沢木和成。
目を瞑り、俯いてはいるが確かに彼だった。
「ふぅ……」
小さく息を吐いた聖羅は、沢木と他の皆の邪魔にならないように横へ移動すると言った。
「おはよう、和成君。気分はどう?」
「……ん、悪くない」
そう言ったのはゆっくり瞼を開けた沢木だった。
「沢木!」
小野田の驚きの声に沢木は決まり悪げ苦笑し、軽く片手をあげた。
「よっ」
「よっ、じゃないわよ。あんた今までなんで人の前に現れてたくせに何も言わなかったのよ!」
「それは、和成君が自分が死んだ事を認識してなかったからよ」
静かに言った聖羅は真面目な顔をし、小野田を見ていた。
沢木も恥しそうに頭を掻いて言った。
「悪い……お前の声とか姿とか、見えてたんだけどな。なんか、夢みている感じでさ〜」
何か言いたそうに口をぱくぱくさせていた小野田だったが、大きく肩を落とし息を吐いた。
「……それで、お前は何か言いたいんだろ?」
弔爾の言葉に沢木は頬を掻いた。
「ちゃんと気持ちは伝えた方が良いわ」
シュラインもそう言うと、みなもと聖羅が頷いた。
じっと全員が見守る中、眉間に皺を寄せていた沢木はぽつりと言った。
「タイムカプセル、覚えてるか?幼稚園んときの」
「え?……うん。覚えてるけど……」
「あれ、お前にやるわ。そんだけ」
「そんだけって……」
あっけらかんとした言い様に唖然としたのは小野田だけではない。
「ちょっと、それだけですか?他に言いたい事は無いんです?」
慌てたようなみなもの言葉に沢木は口を尖らせると、悪いかよ、とぼやく。
「なんだかねぇ……ま、本人がそう言うんなら良いんじゃねーか?」
「それはそうだけど……」
「なんか、拍子抜けねぇ」
顔を見合わせ、それぞれ言った弔爾たち。
小野田は大きく肩を落とすと座り込んだ。
「あんたねぇ……それを言う為に人を散々心配させたって訳?ほんと、体があったらぶん殴ってるところよ」
「おー怖い。んな事じゃ、彼氏なんて出来ねーな」
「うっさいわね。さっさと成仏しなさい!」
そう怒鳴ってからはっと口を噤んだ小野田だが、沢木は笑っていた。
「そうだな。言う事いったし、そろそろ逝くわ」
こちらを向いた沢木に、聖羅は念を押す。
「もういいの?」
「あぁ、良いぜ。あんま長居すんのも居心地悪いしな」
「オッケー。安心して。向こうもそう悪いもんじゃないからさ」
言った聖羅に笑った沢木は、もう一度小野田を見た。
「んじゃな、洋子」
「……うん。いってらっしゃい……」
ゆっくり透けて行く沢木と小野田は最後まで見つめあっていた。


「ここが和成君の言ってたところ?」
そこは小さな神社の裏にある林の中。
一本だけ周りの木々より一回り大きな木の根元に、何かで引っかいたような傷があった。
「そうです。幼稚園のとき、二人で宝物を持ってきてここに埋めたんです」
そう言った小野田はしゃがみ、スコップで掘り始める。
みなももその隣に屈むと、掘り始めた。
「そういえば、良くやったわ……今どうなってるかしら?」
懐かしそうに目を細めるシュラインの横で弔爾はタバコに火を付けた。
「タイムカプセルねぇ……」
土を掘る音はすぐにカツンと軽い金音に変わり、黒茶色の土の中から銀色の缶が姿を現した。
「これですか」
取り出したみなもは皆が見えるように地面の上に置いた。
「えっと……あたしたちはお邪魔よね」
「そうね。沢木くんからの話は伝えた訳だし、お暇しましょうか」
「……待って下さい」
小野田を気遣い立ち去ろうとした聖羅たちを呼び止め、真っ直ぐ彼女は見て言った。
「皆さんも見ていって下さい。ここまで来たんですから、ね?」
四人は顔を見合わせていたが、弔爾が煙を吐き出しながら小野田に言った。
「あんたが良いってんなら見せてもらおうかな……」
「はい。是非!」
大きく頷くと、小野田は缶の蓋を開けた。
中にはたくさんのガラクタが詰まっていた。
食玩とよばれるゴムのおもちゃやおはじき、ビー玉。
未来の自分に宛てた手紙に書かれた子供特有の字に小野田の目が細くなる。
「あれ?」
「どうしたの?」
首を傾げた小野田は一つの封筒を取り出した。
他のものに比べ真新しい和紙の封筒は何も書かれていない。
「もしかして……沢木さんが残していったんじゃないでしょうか?」
みなもの言葉にすぐに封筒を開けると、一通の便箋。それからおもちゃの指輪が入っていた。
「これ……確か……」
封筒とは明らかに年代の違う指輪をしげしげと眺めていた小野田は便箋を見た。
そこには一行、ごめん。好きだ、と書かれていた。
「……やっぱりな」
と、小さく口の中で呟いた弔爾は頭を掻いた。
「でも、この指輪は何なのかしら?」
首を傾げたシュラインの耳に微かに震える声が言う。
「小学生の時、喧嘩してこの指輪を取られた事があるんです……」
「小野田さん……」
みなもは小さく震える彼女を抱き締めると優しく背中を撫でた。
聖羅はシュラインたちに目配せすると、すっとその場を離れる。
弔爾も聖羅に習い、踵を返し去って行く後ろ姿を見ていたシュラインは少し熱くなった目頭を感じながら、静かに歩き出した。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1252/海原・みなも(ウナバラ・ミナモ)/女/13歳/中学生】
【1087/巫・聖羅(カンナギ・セイラ)/女/17歳/高校生兼『反魂屋(死人使い)』】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家
                       +時々草間興信所でバイト】
【0845/忌引・弔爾(キビキ・チョウジ)/男/25歳/無職】

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■         ライター通信          ■
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どうも……壬生ナギサです。
思い出の缶、如何でしたでしょうか?

今回、■は統一パート。▲は個人別パートとなっております。

短いですが、また機会とご縁がありましたらお会いしましょう。