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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


うちのオシャいりませんか?
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ヤクザ顔負けの派手なスーツ姿で草間の前に現れた男は、応接室に通されるなり草間に手を合わせた。
「頼む!こいつをとあるところまで送り届けて欲しいんだ」
「嫌だ」
草間は言下に却下する。向かい合って座った太巻(うずまき)とは長い付き合いだが、この男から頼まれた依頼が面倒じゃなかったためしがない。
「報酬いいぜ」
「良かったじゃないか」
「簡単な依頼だよ」
「じゃあ自分でやってくれ」
「そこを何とか!」
草間はため息をついた。太巻には毎回面倒を押し付けられている。次こそは断ろうといつも思うだが、一度として断り通せたことがない。
賄賂代わりに差し入れられたマルボロ一箱を引き寄せながら、今回も草間は折れた。
「で、一体なんなんだ?」
太巻はガムテープでぐるぐる巻きに密閉されたキャラクターロゴ入りのクーラーボックスをテーブルに載せた。
「これを、とある人形蒐集家の元に届けて欲しい」
「中身は…まさか、ただの人形か」
呆れた顔をした草間に、太巻は疲れた笑いを浮かべて見せる。
「タダモノじゃないぜ、この人形は……」
「高価なのか?」
言われて沈黙した太巻は、やがて低い声でボソリと答えた。
「……ある意味で貴重だ」
ゴトッ、ゴトゴトッと、さっきからクーラーボックスの中で何かが動いている……。

□―――草間興信所
興信所の扉を開けた途端、立ち込めていた煙に襲われてシュラインはむせた。
「火事っ!?」
「シュラインさん、違います。タバコの煙です」
消火器を求めて視線を走らせたシュラインを、零の声が止める。言われて見れば、なるほどタバコ臭い。
「武彦さん、いくらなんでもこれは…!」
吸いすぎです、と続けようとしたら、ぬっと煙の中から人影が現れた。
「そう硬いこと言うなよ、姐さん」
派手なシャツにサングラス。お世辞にも柄がいいとは言えない男の口には、短くなったタバコが銜えられている。部屋に立ち込めたタバコの煙の原因は、少なくとも半分彼にあるらしい。その上、眉を上げてシュラインを見下ろすその顔は、議論の余地なく悪党面だ。
「…武彦さん」
「どうした?」
「もしかして、押し入り強盗に入られたの?」
「…いや。うちには、押し込まれても盗るものなどないからな」
煙の向こうから、武彦の苦笑する声が聞こえる。ひでえなあ、と太巻大介は楽しそうに声を上げた。
「仕事を持ってきたんだよ。すぐ近所まで、人形を運んでくれるヤツを探してたんだ」

「…渡すだけなのよね?返品不可って書いてあるけど、受取人とトラブルになる可能性はないの?」
ゴトゴト動くクーラーボックスを前に、シュラインは再確認して太巻を見やった。
「その文字はおれが書いたんだ。向こうには、人形にどんな欠陥があっても受け取り拒否はしないように言い含めてある…もっとも、変わったオッサンだから何も言わなくても受け取ってくれるとは思うがな」
灰皿に積まれたタバコの山にさらに吸殻を追加しながら、悪党面が言う。
「搬送の途中だったんだが、ちょっとトラブルに巻き込まれてな…。おれはこれ以上一歩も先へ進めなくなっちまった」
遠くを見つめてため息を吐き、太巻が足でクーラーボックスを押し出した。ガタガタと文句を言うように箱が揺れる。少し考えてから、シュラインは頷いた。少しでも生活費の足しになるなら、願ったりかなったりだ。
「わかったわ。オシャちゃんって言ったかしら。私と一緒に、新しいご主人様のところへいきましょう」
ボックスを撫で撫で、シュラインが箱に語りかけた瞬間……。
『おう!』
くぐもった声が元気に答えた。
『オッ、ハ〜〜〜!オッシャでェ〜〜〜〜〜〜っす!』
「………」
「…………ハ?」
「い、い、いま…っ。今、オッハーとか言ったぞ…!言ったよな!?」
武彦が恐慌に駆られて呟いた。しかしクーラーボックスからあふれ出る言葉はそれだけにとどまらなかった。箱のトークはまだ続く。
『年はピチピチ十八歳。容姿端麗スタイル抜群、才色兼備と揃い踏み。ィよろしくな!あ、ちなみに人はオレのことを現代に蘇った天草四郎と呼ぶね』
東京の一角に位置する草間興信所が、局地的に氷点下を記録した瞬間だった。
「……誰も、呼ばねェ…」
寒すぎるほどに立ち込めた沈黙の中、ボソリと低い太巻の声だけが漂った。オシャの得体の知れないテンションを示して、ガタガタ、ガタガタ、クーラーボックスは揺れている。
「……開けてみてもいいかしら?」
人間、理解を超えた物事に直面すると、時として異常に大胆になったりするものである。
その時、シュラインはちょっと理性を失っていたのかもしれない。

厳重に巻かれたガムテープを解き、シュラインはそっとクーラーボックスの蓋を開けた。
たちまち立ち込める魚の臭い。
怖いもの見たさでシュラインは中を覗き込む。
結論から言うと、オシャの正体は犬のぬいぐるみだった。
ぺろんと垂れた耳。黒目がち(白目はない)のタレ目、愛嬌を示してちょっと出た舌。現代の天草四郎はこんな顔をしているらしい。
(って……んなわけないでしょ!)
クーラーボックスの底には、魚が敷き詰められている。オシャはそこにちょこんと立っていた。
しかも
「……踊ってるわ」
誰に言うともなく呟いた。放心したように武彦が同じ言葉を繰り返す。
「踊ってるか……」
「ええ。軽快なステップを踏んでいるわ」
綿の詰まった短い四肢を前後に振って、オシャはノリノリに踊っている。世の中広しといえど、イカの上でムーンウォークを踊る人形など他にいないだろう。見守る三人の視線を集め、指のないオシャの拳が高く上がった。
「フー!!(裏声)」
生臭い魚のにおいを振りまいて躍る犬の人形。
どんな怪奇現象よりも何よりも、この瞬間、オシャの存在がスリラーだった。

□―――街
「兎も角、行ってくるわね、武彦さん」
氷の上で何時間も魚と添い寝していたオシャの身体は、魚臭い水を含んでじっとり濡れてしまっていた。武彦から借り受けた町内会のタオルでオシャを包んで、シュラインは草間興信所を後にする。
「オレの名前はオシャ!オシャって言ってもおしゃまんべのオシャじゃねえから注意してくれな!」
「はいはい。ちょっと静かにしていなさい」
「名づけの親は太巻大介。太く、巻くと書いてうずまきだ。苗字と名前を一文字取ると、太・大。ごんぶとって感じさ」
「…そう。わかったからちょっとしゃべるのをやめてくれない?」
人形蒐集家の屋敷まで、片道二十分。
「なんだか遠く感じるわねぇ…」
たいしたことはないと高を括っていたシュラインだが、魚臭い人形を抱えた美女には、つらい道のりになりそうだった。
潮の香りをぷんぷんさせて、オシャは喋り続けている。いかに奇特な人形蒐集家でも、果たして魚臭くて潮くさい人形に用はあるのだろうか。
「まあ、最悪太巻さんのところで世話してもらえばいいわよね」
不穏当なことを口にして、腕の中のオシャを見る。タオル越しにシュラインの胸の谷間に沈んで、オシャは鼻の下を伸ばしていた。……深くは考えまい。
「歌でも歌う?」
気を取り直してシュラインは聞いた。延々とマシンガントークを聞かされるよりはマシかと思ったのである。すると、半眼になっていたオシャの目がパチッとつぶらに見開かれた。
いいねェ〜〜とオシャは短い足をぱたぱたさせて喜ぶ。短い尻尾もぱたぱた揺れる。ついでに魚くさい水もぴちぴち跳ねた。
案外かわいいところもあるのだ、これで。そう気を取り直したシュラインの腕の中で、オシャは元気に歌いだした。
「チョットだけヨ。アハン!ウフン。……アンタも好きねェ〜〜」
「待ちなさい!あんたそれは歌じゃない!歌じゃないわ!!」
微妙な外国訛りが生々しい。腕に力を込めた瞬間、じわっとにじんだ魚風味の水がなまめかしい。
主婦の人たちが買い物に出てくる時間帯に、商店街にほど近い道を選んだのが間違いだった。
スーパーの袋を両手に持った奥様がたの衆目を浴びながら、逃げるようにシュラインは走り出した。

□───人形蒐集家の館
「ご…お疲れのご様子ですな」
ご苦労様でした、と言うかわりに、出迎えた人形蒐集家はシュラインに言った。よほど鬼気迫る顔でもしていたのだろうか。
「うをっ、なんだ、このオヤジは!オヤジ臭ェなァオイっ!!」
「あんたのほうが魚臭いわよ!失礼なこと言うんじゃないの」
突然騒ぎ出したオシャを両手にふん捕まえて、シュラインは彼(それ)を蒐集家に差し出した。ポタポタとオシャの身体からしたたり落ちる水滴が、コンクリートに小さな水溜りを作る。
おやおや、と英国紳士を思わせるいで立ちの蒐集家は手を伸ばしてオシャを受け取った。水を含んだスポンジ状態のオシャに頬ずりをしている。この男も侮れない。魚臭いのに。
いやがるオシャにひとしきり頬を摺り寄せてから、紳士はシュラインに向き直った。
「ところで、誰か、彼に名前をつけたのかな?」
「はぁ…。オシャという名前だそうですが」
「オシャベリのオシャだってよ!趣味が悪いったらねえよな!」
名は体を現す、という言い回しがシュラインの脳裏を過ぎった。そうか、とどこか寂しげに英国紳士はため息を漏らす。
「この人形、魂が宿ると動き出す、非常に貴重なものなんだが」
「…濡れててすいません」
あやまるべきはむしろ魚臭さのほうだったが、そっちは黙殺した。クーラーボックスで魚と一緒に詰め込まれていましたなんて、シュラインには言えない。ついでに言うなら、オシャの時価も聞きたくなかった。いくら貴重なぬいぐるみでも、品位とともに値段も下がっているかもしれない。
「名前をつけてやることで魂が宿るんだ。そうして動き出した人形は、名付け親の性格が反映されるんだよ…」
「それはさぞはた迷惑で厄介な人形に…あっ、いえいえ」
名付け親は迷惑と厄介を運ぶ紹介屋、太巻大介である。オシャならこの紳士に心労も運んでくるに違いなかった。
「よっぽどひどい名づけ親にめぐり合ったんだなぁ」
感慨深げに蒐集家が言った。その横顔はもういっそ殺伐とすらしている。
「うるせえんだこのヒゲジジイ!いいか、おれの好みのタイプを教えてやらァ。二十才以上、三十才以下のダイナマイツボディ。オレの夢は北海道の長万部あたりでオレのためのオシャ・ハーレムを作ることだ。決して男は含まれねェ。ジィさんは第一審査で却下だぜ!」
二分ほど、蒐集家は凍り付いていた。やがてフッと息をついてオシャを抱きなおした彼には、無の境地、諦観とも呼べるものが漂っている。
「わざわざ済まなかったね…」
「いえ…」
こちらこそすいませんと思いながら、シュラインは手にしたクーラーボックスも差し出した。魚臭いタオルも畳んで差し出した。
「それでは、よろしくお願いします」
震える手で英国紳士は箱を受け取り、そこに書かれた「返品不可」の文字になんだか切ない吐息を漏らした。
オシャは返品不可なのだ。
太巻がべたりと貼り付けたそのステッカーは、草間に渡され、シュラインに渡され、ついに人形蒐集家の手に渡った。
渡った以上返品は不可能である。一時流行った「呪いの手紙」みたいなものだ。最後にそれを手にした者に不幸が降りかかる。
オシャの名づけ親と違って人間が出来ている英国紳士は丁寧にシュラインにお礼を述べてくれたが、魚臭いオシャを抱えて屋敷に戻っていく背中にはなんともいえない哀愁が立ち込めていた。

□───後日談
疲れ果ててシュラインが興信所に戻ってくると、室内はやっぱりもうもうと煙が立ち込めていた。今度はタバコの匂いはしない。
…魚の焼ける匂いがする。
嫌な予感がして視線を動かすと、デスクの脇で七輪を囲んだ武彦と太巻が目に入った。七輪の上には、イカが載っていた。オシャがムーンウォークを披露したあのイカである。網焼きだった。床には酒瓶が散乱している。
「おれは将来、ハタチ以上三十七歳以下のボン、キュッ、ボーンな美女を集めて、おれ様ハーレムを作ろうと思っている」
真面目に語るバカがいる。
酔っ払っているのが言い訳にならないくらいバカだ。
話を聞かされている武彦の背中が暗い。
「世界中の美人を集めるんだ。何しろ愛に国境はない」
「しかしお前に節操はあって然るべきだと思うぞ、俺は」
武彦が言い、それから戸口の気配に気づいて顔を上げた。戸口に立つ人影を見て、その口元にちらりと笑みが浮かぶ。
お猪口を持った手を軽く挙げて、武彦は言った。
「おかえり、シュライン君」
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【整理番号 0086/ PC名 シュライン・エマ/ 性別 女/ 年齢 26/ 職業 翻訳家&幽霊作家+興信所のアルバイト】
NPC
 ・草間武彦(くさまたけひこ)/ハードボイルド希望怪奇探偵
 ・太巻大介(うずまきだいすけ)/紹介屋:厄介な事件を他人に回す迷惑な職業
   備考>オシャのおしゃべりによって、恋人の一人に三股がバレた。
      鉄パイプ片手に追いかけられているので、草間興信所から出ることが出来ないらしい。
 ・オシャ(オシャベリ)/太巻オシャベリがフルネーム。犬のぬいぐるみ。オスである。
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■         ライター通信          ■
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はじめまして!
依頼遂行ありがとうございます。楽しんで書かせていただきました。
昼も夜もオシャを抱えたシュラインさんが頭から離れませんでした(楽しみすぎです)。
私ばかり楽しんでいては申し訳ないので、ちょっとでも笑いを提供できていたらいいなと思いつつ。最近暑いので、夏ばてにはお気をつけください。
またどこかでお会いできることを楽しみにしています。
ご注文ありがとうございました。