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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


音の記憶

*オープニング*

 「ほら、君にだってあるだろう、思い出の曲と言うヤツが。その曲を聴くと、それに関わる思い出が条件反射で思い浮かぶとか」
 「ああ、それなら分かります。多分、その思い出を経験している時にその曲が流れていたりとか、或いはその曲ばかりを聴いていたとか。そう言う五感を刺激する事って本当に無意識的なんですよね」
 珍しくのんびりとした雰囲気の草間興信所内、武彦と零は客用応接セットに向かい合って座り、零の淹れたコーヒーとクッキーで三時のおやつを楽しんでいた。
 先日の、妙な精神感応の効果を持った紋様がデザイン化されたマンホールは全て撤去され、街には一時の平穏が訪れていた筈だったのに。
 「で、それがどうかしたんですか?」
 「例えば、どこかで洗脳や暗示、または刷り込み、後催眠と言った、精神的に何らかの影響を受けた人達が、とある場所でその効果を発揮する。こう言った場合に留め金を外す鍵として『音』が関係しているとするならば、君なら何の音を想像する?」
 「…それは、この間の『自称・暗殺者』さん達の話の続きですか?」
 そう零が尋ねると、武彦は無言で頷き、零にさっきの質問に関する回答を求めた。零は少し思案するように首を傾げていたが、
 「…そうですねぇ……場所にも寄るのではないかしら?ほら、例えば電車の音は駅とか路線沿いしか聞く事ができませんよね?」
 「ああ。だが残念ながらそう簡単なものでもないらしい。その『とある場所』とは人通りの多い、変哲もない灰色の高層ビルの立ち並ぶ繁華街に程近い地域で、少し行くと学校群がある。また、最寄り駅との中継地点にあるからその場所を行き交う人達は多種多様だ。昼夜を問わず人の波はあり、常に賑やかな様相を呈している、平凡な何処にでもある街の一角なんだが」
 「…それじゃあ、どんな音が、どんな音楽が、どんな言葉があっても不思議じゃないですよね……?」
 「そう。だが、確実に何かある筈なんだ。確実に…」
 そう言って武彦が口を噤んだ。下唇を噛んでじっと何かを考え込んでいる。
 その場所で、その人達は何を聞いたのか。

*遺伝子の記憶*

 あたしの身体の中には人魚の記憶がある。それは水の記憶であったり、水泡の記憶であったり、或いは波が弾ける記憶であったり…でもそれは思い出す、と言ったものではないの、多分。あたしの身体の中、それこそ隅から隅まで染み渡るような記憶。記憶と言うより、色とか匂いとか、そう言ったものに近いかも知れない。

 「音…ですか。それはあたしの専門外…だと思うんですけど」
 武彦の話を聞いてみなもが少々不安げに首を傾げる。武彦が、宥めるように笑いながら手をひらりと振った。
 「別に俺は専門家を求めている訳ではないのだからいいんだよ。寧ろ、先入観や余計な知識がない方が、こう言う問題は解決のきっかけを産んだりするもんさ。それを、俺は期待してるんだよ」
 「それならいいんですけど…エマさんも一緒なんですよね? あたしは取り敢えずはエマさんの補助に徹する事にしますね。直感やヒラメキは得意ですけど、それも最後の手段に取っといた方がいいと思うんです」
 「人間、切羽詰まると予想外の力を発揮したりするもんだからな」
 そう武彦が笑いながら言うと、みなもも釣られて笑い出し、小さく肩を竦めた。
 「いずれにせよ、頑張って来ますね」
 そう言って頷くみなもに、武彦も目を細めて頷き返した。

*女三人、寄れば文殊の知恵?*

 音って言ってもいろいろあるからね、とシュラインが切り出した。
 「耳に聞こえるものだけを音とするならば、今回の依頼はまだ簡単だと思うのよね。それこそ、その現場に言って何か不審な音がするまで待ってればいいだけの話だもの。でも、そうとも限らないから、ただ怠慢に待ってるだけでいいのかしら、と思ってしまうのよね」
 「そうですね、人の耳には聞こえない…と言うか、耳には入って来ているけれど認識出来ない範囲の波長の音とか、そこまで行かなくても可聴範囲ぎりぎりの音なんかだと、聞いていると言う自覚なしで受け入れている可能性もありますものね。そう言う音ほど、人は無意識に聞こうとするそうですから」
 シュラインの隣に並んで歩きながら、みなもが言った。その一歩後ろを付いて行くように、前を行く二人の歩調と合せて歩きながら汐耶が空を仰いだ。
 「だが、誰かが何らかの目的で、そいつらに音を聞かせていたのだとすると、人口的な音なんじゃないかと言う気はするね。自然の音に、その効果を期待するにはあまりに適当過ぎやしないかい」
 「それがねぇ…もしこの犯人が、暗示で自称・暗殺者を作り出していた人物と同じなら、やり方はすごーく行き当たりばったりなのよね」
 シュラインの苦笑いに、みなもも釣られたように笑った。そんな様子を見て、汐耶も一緒になって笑い、肩を竦める。
 「行き当たりばったりねぇ…実験的ともまた違うみたいだね。こう言う、目的がはっきりしない話しってのはどうも先が見えなくて分かり難くて困ったもんだわ」
 「何て言うんでしょう…誰かを傷付ける事が目的とか言うよりは、そう言う資質を持った人間を見つけ出す、それが目的…そんな感じもしますね。だから、私は案外、今回草間さんが言う音ってのが、地球の音でもおかしくないのかな、って思うんです」
 「地球の音?」
 聞き返すシュラインに、みなもが残りの二人の顔を見比べながら頷いた。
 「地球の音って言うとなんだか指摘ですけど…つまり、風の音とか水の音、大地の軋む音…そう言うものです」
 「…なるほどねぇ……確かに音ってのは空気の波動だから、例えば地震なんかで大気が振動すれば、それを音として捉える人がいても可笑しくはないわね」
 「水の音も同じだね。水面の振動が大気に伝われば、それも同じく波長によっては音となるだろうね」
 シュラインと汐耶が口々にそう言っては頷いた。
 今更だが、現在三人は、武彦の言う例の街へと向かって歩いている途中であった。年齢もばらばらで服装もまちまち、だが三人とも長身で人目を惹く容姿をしているとあって、行き交う人の中にはわざわざ振り返って見遣る様子も見受けられるが、当の本人達は全くお構い無しで、それぞれの考えや推理を熱心に話し合っていた。
 「あと気になるのは、その鍵となる音ってのが、ヒトツなのかなってことなのよね」
 シュラインの呟きに、その隣に並んだ汐耶が軽く首を傾げた。
 「ひとつじゃないかも、って事は、それひとつを聞いただけでは何の影響も及ぼさないが、幾つかを同時に聞いたりした時にだけ、その効果を発するって感じかしら?」
 そう、そんな感じ。そう頷くシュラインに、続けて汐耶が質問した。
 「そう言えば、私は詳しくは聞いていないのだけど、それが起こる時間帯って決まっているのかしら?決まっているんだとすれば、例えば街の時報とかとあるラジオの放送とか、そう言うものも考えないといけないだろうけど、そうじゃなくて、その犯人?が望んだ時にその音を発生させる事ができるんだったら、一番最初に浮かぶのは携帯の着信音かなぁと思ったのよね」
 「ああ、それは私も考えたわ。着信音の設定をするのは携帯の持ち主だから…って言う疑問も浮かんだんだけど、人込みの中でなら他人の着信音を聞く事だって珍しい事ではないものね」
 言うと汐耶が、己の目前を歩いて行く一人のサラリーマンに目を向ける。まるで示し合わせたかのように、そのサラリーマンのスーツの内ポケットから、携帯電話の着信メロディが流れ出した。慌てて携帯に出る彼の姿をみなもも目で追って、クスリと小さく肩を竦めて笑った。
 「そのうえで、さっきエマさんが仰ってたみたいに、キーがひとつでなく、幾つかの条件が重なった時に効果が発動…と言う感じでしょうか。でもそれだと、発動するチャンスが凄く稀になるような気がするんですけど」
 「そうねぇ、幾ら何でもそう言う偶然が何回も重なったら、誰か他に気付く人もいそうなもんよね」
 溜め息混じりにそう零すシュラインに、汐耶が口元で笑い掛ける。
 「で、どう?ココにいて何か聞こえないの?」
 汐耶の言葉に、改めてシュラインが耳を澄ませてみる。だが、その特異な聴力に響くような、特別な音は何も聞こえなかった。
 「…ダメね、何も特別に可笑しな音は聞こえないわ」
 「人口的な音を定期的に流しているのだとすれば、その為の施設があるのではないのでしょうか」
 みなもが辺りを見渡しながらそう言う。同じように残りの二人も、夕暮れ時の街の風景をぐるりと見渡した。
 「ああ、例えばスピーカーとかステレオ装置とか、そう言ったものね。…ちょっと捜してみる?」
 汐耶の言葉に、シュラインとみなもが頷く。三人は時間と分担を決めて、その場から三方向にばらばらに歩き出した。

*水面の記憶*

 みなもが割り当てられた街の周囲を、辺りを見渡しながら歩く。目につくような場所には、何も不審なものはない。尤も、長身で落ち着いているせいか、実年齢よりは大人びて見えるみなもとは言え、学生らしき少女が建物の裏や排気口、下水路など、およそ縁の無さそうな似つかわしくない場所を覗き込んでいれば不思議に思う人もいるだろうから、そうあちこち覗き込む訳にもいかなかったが。
 ふと足を踏み入れた、静かな雑居ビル―――どんな業種の事務所が多いのかは分からないが、この時間帯で既にビル内は静まり返っていた―――で、みなもはふと廊下から少し内側へと窪んだ所に給湯室があるのを見つけた。中を覗き込んでみると流し台の中にプラスチック製のたらいがヒトツ、その中には洗い物用だろうか、水が八分目程まで張ってあった。
 ピチョン。水道の蛇口から水滴がひとつ、たらいの水の中へと落ちる。それが静かだった水面に波紋を作り、その凹凸がみなもを呼ぶ。そっと歩み寄ってみなもはその水の中に片手を浸した。小さな漣が大きくなり、たらいの壁に当たって跳ね返り、またみなもの手に戻ってくる。その波動が、他の人には分からない言葉を、みなもに伝えて来た。
 「……そう、よね。…あたしもそう思うわ」
 微笑み、そっと水の中から手を引き抜く。たらいの中の水は、その余韻でしばらく小さな波を形作っていたが、それはまるでみなもの事を名残り惜しそうに見送っているようにも思えた。
 「さて、そろそろ時間ね。行きましょう」
 ん!とひとつ背伸びをしてみなもは歩き出す。そうよね。水を扱う人に悪い人はいない筈だもの。そう、嬉しそうに呟きながら。

*休憩じゃないのよ、作戦会議よ*

 もう少ししたら日の入りになり、この街にも夜の帳が降り始める、そんな時間帯が一番騒動の起こる時間であった。その頃までにそれぞれの調査を終えて三人の女性が先程の場所に舞い戻って来たが、芳しくないそれぞれの表情に、何も成果が無かった事を言外に互いに知らせた。
 さすがにお互い歩き回って疲れたか、三人の女性は近くにある喫茶店で休憩を取る事にした。半端な時間の所為か、店内には殆ど客の姿は無かった。三人は窓際の、行き交う人の姿が眺められるテーブル席を陣取って、それぞれ好みの物を注文した。
 「目に見える範囲内では何も見付ける事ができなかったな。さすがにこれだけの短い時間では、通風孔やなんかまでの、潜り込まなきゃならないような範囲までは捜せなかったしね」
 注文を受け付けた店員が去って行ってから、汐耶がそう言葉を漏らす。それに答えてシュラインも、
 「そうね…私も方々で耳を澄ませてみたのよ。もしそう言う機械があるのなら、必ず微かにでも起動音とかするはずだもの。でも駄目だったわ」
 二人の女性の言葉を聞き、みなもも頷いて困ったような顔をした。
 「あたしも同じです。覗ける範囲内でですけど、人が余り出入りしない場所とかも覗いてみたんですけど、何も目立ったものは…やはりそうすると、誰かが意図的に流す音ではないのでしょうか?」
 「或いは、そう言った媒体の必要のない音とかね。ヘンな話、人間一人一人だって自ら音を発している訳じゃない?心臓の鼓動とか血流の音とか」
 そう言うと汐耶が、自分の心臓の上辺りを手の平で押さえる。その手の平に、自らの生きている証のリズムが伝わって来た。
 「人の呼吸も、それ自体で空気が流れて音になるものね。…もう、音って余りに沢山あり過ぎて何がなんだか分かんなくなっちゃうのよねぇ」
 シュラインの苦笑いに、汐耶とみなもも苦笑いをして肩を竦める。
 「必要だから音が溢れてるのかも知れないけど、それだけ無駄な音も多いんでしょうね。あたしにはそこまでは聞き分けられないけれど…」
 「そう言うのも逆手に取った事件かも知れないわね。あっても無くても構わない音、聞こえていても気にならない音、……聞いたか聞かなかったか、分からない音、…」
 それら全部をひとつひとつ調べて行けば、事件は解決するとは思う、だがそれは余りに膨大で曖昧な仕事であったから、最初から三人はするつもりもなかった。その代わりと言ってはなんだが、武彦から資料として預かって来た、今までの事件例が列挙されたファイルを皆で見直す事にした。

 それぞれが注文した、思い思いのドリンク等、それをテーブルの脇に退けて真ん中にふぁいるを広げ、三人が額を付き合わせて、ああでもないこうでもないと議論を繰り広げる。傍目に見れば、仲のイイ女三人組が遊びか旅行の計画でも立ててイルノカトいった風情であった。
 「…あれ、ねぇ……これ……」
 ふと、汐耶が指を差す。それは気温と天気の移り変わりの欄だ。大雑把にだが、武彦は事件が遭ったその日一日の天気と気温の変化をメモっておいてくれたらしい。汐耶の言葉に、みなもとシュラインも身を乗り出してその欄に注目してみた。
 「…同じね、殆ど。同じような気候の日だったんだわ、この日は」
 「…同じ気候…同じような天気で同じような気温、それが指し示すものは何でしょうか?」
 「自然の変化に伴うものだから、これは人口的なものじゃないわね。やっぱり、キーとなる音の発生源は自然に関るものじゃないのかしら?」
 汐耶の言葉に、頷くもその続きが出て来ない。椅子の背凭れに身体を預け、腕組みをしてシュラインが微かに唸った。
 「天気や気温の上下に関わる音…って事よね。何かしら」
 「………」
 暫く三人は無言で考え込んでいたが、ほぼ同時に何か閃いたらしい、はっと顔を上げ、ほぼ同時に言った。

 「風!」
 
 「そうだわ、風よ!多分調べれば、この日の風向きや風量も似たり寄ったりの筈よ。…でも風の音だけ…なのかしら? この間みたいにマンホールが関わってて、風琴みたいに音を出す構造になってるのかも…」
 「でもそれだと、もっと広範囲にならないかしら? 事件例が報告されているのは結構狭い範囲よ。それこそ、一町内程度の」
 「……ビル、…じゃないかしら」
 ふと、物思いに耽ったままで零すようにみなもが呟く。ふ、っと青い瞳を擡げて言った。その言葉に、暫し女性二人が考え込むが、またもほぼ同時に声をあげた。
 「ビル?……ビル風!」
 「そう言えばそうだわ。あの辺、妙に高層ビルが密集してるのよねぇ…その隙間を、ある方向からある強さの風が吹く時、何か特有の音を発するんだわ。もしかしたら人には聞こえない程度の音量かも知れないけど、暗示のキーならその程度で十分だし」
 「元々、そのつもりでビルを建てた訳じゃないんだろうけど、結果的にそうなったのね。多分、その特徴のあるビル風の音を聞いた誰かが、それを元にしての暗示や催眠を掛けたのではないのかしら」
 「それだとすると、敵さんはかなり手強そうね…尤も、目的もはっきりしないような相手だから、特定する事は無駄かも知れないけど」
 苦笑混じりにシュラインが零すと、その気持ちは良く分かると、みなもと汐耶が深く頷いた。
 「まぁ取り敢えずは草間さんに報告出来ますし、いいんじゃないでしょうか?」
 取り敢えずはね、と口の中だけでみなもは付け足す。それだけで、本当にいいとは思えなかったが、今はそれしか方法がないのも事実で、まるでそれが相手の思う壷のような気もして、余計に腹正しく思えるのだった。


おわり。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 1252 / 海原・みなも / 女 / 13歳 / 中学生 】
【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 1449 / 綾和泉・汐耶 / 女 / 23歳 / 司書 】

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■         ライター通信          ■
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 皆様、大変お待たせ致しました(平伏)ライターの碧川でございます。
 この度はご参加、誠に有り難うございます。海原・みなも様、またお会い出来てとても嬉しいです。
 さて、このたびの調査は麗しい女性三人のみの登場となりまして、碧川、かなりご満悦です(笑) や、勿論素敵な男性も美少年もダンディも大好きですけど(聞いてないよ)
 今回の依頼はもしかしたら凄く抽象的でやり難かったのでは…とか思いつつも、皆さんのプレイングの、予想以上に深い読みに感心する事しきりで寧ろライターとしての己の発力の貧困さを嘆いたり(…) いずれにせよ、私自身楽しませて頂いたのですが、皆様はどうだったでしょうか?ちょっと不安です。
 それでは今回はこの辺で。またお会い出来る事をお祈りして……。