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調査コードネーム:荒野の七匹 〜草間猫しりーず〜
執筆ライター :水上雪乃
調査組織名 :草間興信所
募集予定人数 :1人〜4人
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かさかさと、転蓬が風に流されていきます。
乾いた街。
ウエスタンな雰囲気を、これでもかっていうくらい醸し出した酒場。
両開きの軽い扉をくぐると、いつものマスターが出迎えました。
「にゃ」
‥‥‥‥。
猫です。
ええ。すべての風情を無視するように、マスターは猫です。
タバコを加え、ちょっと斜に構えた感じで。
草間猫といいます。
あんまり西部劇には似合わない名前ですが、それは仕方ありません。
「ちっとばかり厄介なことが起きたにゃ」
やや深刻な顔をして毛繕いを始めます。
「じつは芳川家のエリカ嬢が、無法猫どもにさらわれたにゃ」
なかなか一大事です。
やっぱり、身代金目当ての犯行でしょうか。
「いま保安官の稲積が手勢を集めてるにゃ。上手く助け出せたらきっとたくさん報酬がもらえるとおもうにゃ」
告げる草間猫。
なんだかけしかけるような趣がありました。
乾いた風が、ゆらゆらとひげを揺らしています。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
受付開始は午後8時からです。
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荒野の七匹 〜草間猫しりーず〜
アウトローとマーシャルが混じり合う酒場。
そこでは、喧嘩は御法度です。
法の番人も無法者も一緒に、美しい歌姫の歌声に聞き惚れます。
歌姫の名はシュライン猫。
白い毛並みと青い瞳をもった、この街一番の歌い手です。
酒場に集う無骨者たちも、彼女の美声にメロメロだったりします。
「ふ‥‥」
カウンターで格好を付けている啓斗猫も、もちろんファンの一人です。
まあ、年上のお姉さんに憧れる年齢、ということで良いでしょう。
緑の瞳が、一枚板のカウンターに注がれています。
より正確には、その上の日本刀に。
彼はこの街の出身者ではありません。
まあ、それだけなら、流れ者だらけのここには珍しくもありませんが。
じつは東洋から渡ってきた猫なのです。
ニンジャボーイです。
ニョー・コスギみたいなヤツです。
「マスター‥‥」
ぽつりと呼びかけます。
すると、テキーラを満たされたグラスが、オーク材のカウンターを滑ってきます。
おもむろに啓斗猫が手を伸ばし‥‥。
がしゃん、と、情けない音を立ててグラスが割れました。
床の上で。
空気が凍り付きます。
「‥‥失敗だにゃ‥‥」
照れくさそうに啓斗猫が言いました。
ええ。そりゃそうでしょう。
このシーンは、あんまり失敗しない方が良いシーンなのですから。
「マスター‥‥」
気を取り直して、もう一回。
カウンターを滑るテキーラ。
すっと手を伸ばす啓斗猫。
見事なまでに再現されました。
‥‥結果も。
割れたグラス群が、床から恨めしそうに啓斗猫を睨んでるみたいです。
「うにゅぅ‥‥」
なんだかめそめそしています。
どうも、忍者と西部劇は相性が良くないようです。
哀しくなりそうな沈黙のなか、青い目の女の子がグラスを運んできてくれました。
歌姫シュラインと同じ瞳の色ですが、べつに妹というわけではありません。
みなも猫といいます。
シュライン猫の瞳を冬晴れの空とするなら、みなも猫の瞳はずっと南の海を想像させるような感じです。
「あ、ありがとにゃ‥‥」
「はいにゃ」
ばつの悪そうな啓斗猫と、笑顔のみなも猫。
すごく優しいです。
がっしゃんがっしゃんうるさい、とか。
シュライン猫の歌が聞こえない、とか。
グラスがもったいない、とか。
そんなことをみなも猫は言いません。
たとえ内心で思ったとしても、口に出さないのがレディーというものだからです。
「ところで」
「こんなところで遊んでていいんですにゃ?」
でもまあ、けっこう痛いところを突いてきます。
「遊んでたわけじゃないにゃ‥‥景気づけの一杯だにゃ‥‥」
啓斗猫の気持ちも判ります。
景気づいたかどうかは、なかなかに謎ですが。
じつは、啓斗猫は一つの依頼を受けているのです。
お嬢さまのエリカ猫が悪猫にさらわれ、その救出が依頼内容です。
危険な仕事になりそうですから、その前に一杯、と思うのもべつに不思議ではないでしょう。
このあたりは猫によってコンセントレーションの高め方は異なったりします。
たとえばシュライン猫は、ご自慢の歌を歌うことによって。
マスターの草間猫は一服のタバコによって。
みなも猫は静かに下調べをすることによって。
「じゃあ、そろそろいくかにゃ」
テキーラを飲み干した啓斗猫が言いました。
荒野に風が吹き、転蓬が大地を転がってゆきます。
どこまでもどこまでも。
まるで、流れ者たちの運命をなぞらえるかのように。
夕日が、あたりを染めあげています。
血のように。
さて、全身に日の光を浴びながら、猫たちが荒野を騎行しています。
七つの騎犬影。
シュライン猫。啓斗猫。みなも猫。草間猫。
あとの三匹は、ニャールズ・ブロンソンとかニュリント・イーストウッドとかいいますが、どうでもいい端役なので、あつかいもどうでも良いです。
「エリカにゃんがどこに連れて行かれたか、見当はついてるのにゃ?」
「ちょっと調べましたから、だいたいはわかるにゃ」
シュライン猫の問いに、みなも猫が応えました。
ちなみに、体の小さいみなも猫が乗っているのは、ぷーどるです。
「ふにゅ。いまのところ身代金の要求もにゃいし。不可解にゃ」
おっどあいのはすきーにまたがった啓斗猫が、首をかしげました。
「でも、不審な男がエリカ嬢を連れ出したって情報もあるにゃ」
「ふにゅ‥‥」
思慮深げに手を舐めるシュライン猫。
エリカにゃんと不審な猫‥‥。
微妙に危険なような気もします。
まだちっちゃいエリカ猫ですが、将来はきっと美猫になるでしょう。
売り飛ばされでもしたら大変です。
「急いだ方がいいかもしれにゃいにゃ」
「もちろんだにゃ」
「はいにゃ」
それぞれの愛犬に拍車をくれ、一行は足を速めました。
はるか遠く視線の先、PK牧場の看板が風に揺れています。
「ちなみにPKってのは、ぷれいやーきらーの略じゃにゃいにゃ」
「ぺなるてぃーきっくだにょね? 文彦にゃん」
「それもちょっと違うようにゃ気がするにゃ」
「にゅ? じゃあ、おふぃすれでい?」
「それはOLだにゃ。一文字も合ってないにゃ」
謎の会話をするふたり。
精悍などーべるまんの背に乗ったカップル。
鞍の前輪には、誘拐されたとされるエリカ猫。
そして手綱を操っているのは、中島猫です。
カウボーイハットと腰に提げた二丁拳銃が、めちゃくちゅ格好いいです。
絵になってます。
「たのしかったにゃ? エリカ?」
「うん☆ すっごく面白かったにゃ☆」
誘拐犯と人質にしては、えらく悠長な会話を繰り広げています。
ストックホルムシンドロームというヤツでしょうか。
「ちがうにゃ」
わざわざ中島猫がナレーションにツッコミをいれてくれます。
お礼をかねて解説しましょう。
じつは、エリカ猫は誘拐されたわけではありません。
デートに誘われ、嬉々としてついてきただけです。
ようするに、このふたりは恋人なわけです。
恋人なのですが、なかなか公然と逢えなかったりもします。
エリカ猫はお金持ちのお嬢さま。
中島猫は、どちらかというとアウトローの部類に入ります。
お互い好き合っていても家柄が許さない、というやつですね。
でもまあ、それでも逢いたいのが恋人ですから、こうして人目を忍んで逢っているというわけです。
もちろん、駆け落ちとかそういうことまで考えてるわけじゃないですよ。
あくまでただのデートです。
中島猫ご自慢のどーべるまんで西の湖まで遠乗りに出掛けたり、エリカ猫の作ったお弁当をふたりで食べたり、湖畔でお昼寝したり。
楽しい時間はあっというまに過ぎます。
一応、健全な付き合いを目指す中島猫としては、遅くまでエリカ猫を引き留めるつもりはありません。
PK牧場で夕食を食べたあと、ちゃんと家まで送ってあげる気でいます。
「うにゅ。我ながら健全だにゃ」
「うそつきにゃ☆」
「だめにゃー!? 誤解を招くようなことをいっちゃだめにゃ!」
「にゅ?」
「だいたい、今日は何もしてにゃいにゃろがー」
「うん☆ 今日はにぇ☆」
「ぐっは‥‥」
漫才みたいです。
仲の良くて、けっこうなことです。
「‥‥いますにゃ‥‥」
みなも猫が言いました。
PK牧場のなか。
レストラン近くの犬泊め場です。
おいしそうに水を飲んでるどーべるまんは、情報にあった誘拐犯のものと特徴が一致します。
「にゅ‥‥このいぬ‥‥どっかでみたような‥‥?」
シュライン猫が小首をかしげました。
「知ってるのにゃ? シュラインのあねご」
「にゅうにゅう‥‥」
啓斗猫の問いかけにも応えず、悩んでいます。
もし日が暮れかかっていなかったら、彼女はきっとこの犬が中島猫のものだということに気が付いたことでしょう。
しかし、そこで気づかないのが醍醐味なのです。
神さまは意地悪なんですよ。きっと。
「どうするにゃ? 突入するにゃ?」
誰にともなく、啓斗猫がいいます。
出てくるのを待ちかまえるか、店内で捕り物をするか、ちょっと判断に迷うところです。
なかに入ってしまうと、他のお客に迷惑がかかってしまうかもしれません。
「やっぱり待つにゃ」
シュライン猫が決断しました。
ここまできて焦っても意味がないからです。
「はいにゃ」
みなも猫が頷いて、犬泊め場に近づいていきます。
ちょっとお水に細工して、どーべるまんを眠らせてしまうつもりなのです。
このあたり、なかなかみなも猫も辛辣です。
つまり、逃亡の手段をなくすることで、勝算をより高めようというわけですね。
もともと、こちらは七人もいますから数の上では圧倒的に有利です。
それでも細工を施すあたりに、みなも猫の凄みがあるでしょう。
より確実に。より慎重に。
啓斗猫がひっそりと笑いました。
まったく頼もしい限りです。
これもシュライン猫の薫陶でしょうか。
水桶にちっちゃな手を伸ばすみなも猫。
しかしそのとき、
「ばうばうばうばうっ!」
猛然たる勢いで、どーべるまんが吠えます。
「うにゃぁ!?」
みなも猫が、思わず身をすくめました。
よく訓練されている犬です。
大声で、主人に異常を報せようとしているのです。
「にゅ。思い出したにゃ」
ぽん、と、シュライン猫が手を拍ちました。
「どしたのにゃ? シュラインあねご」
「これ、中島にゅんのいぬにょ」
「その通りにゃ。で、みんな集まってなにしてるんにゃ?」
七人以外の声。
さっと振り返った先に立っていたのは‥‥。
「俺になにか用かい?」
もちろん、中島猫です。
カウボーイハット。腰の二丁拳銃。かっちょいいウェスタンブーツ。
BGMが流れていないのが、いっそ残念なくらいです。
登場猫物の中で、もっとも西部劇が似合います。
イロモノっぽい啓斗猫が、なんだか気圧されるようにじりじり後退しました。
「やっと出てましたにゃっ! 誘拐犯猫っ!」
一方、みなも猫は元気いっぱいです。
「にゃあ? 誰が誰を誘拐したんにゃ?」
中島猫が訊ね返しました。
まあ、自分のことだとは、なかなか思えないでしょう。
「とぼけても無駄ですにゃ! すでに証拠は揃ってますにゃ」
指さすみなも猫。
唖然とする中島猫。
目立てない啓斗猫。
そして、首を振るシュライン猫。
「‥‥みなもにゃん‥‥中島にゅんはエリカにゃんの恋人にゃ‥‥」
「たとえ恋人でも、誘拐は許され‥‥にゃ? 恋人!?」
「‥‥‥‥」
こっくりと、シュライン猫が頷きます。
「‥‥てことは、駆け落ちにゃ!?」
みなも猫の驚愕。
みんながびっくりしました。
壁にすがりつくような恰好で、中島猫が反論します。
「にゃ、にゃんでそうにゃるにゃ!?」
なぜといわれても、みなも猫だから、としか答えようがありませんが。
「にゅ☆ それもいいかもにゃ☆」
余計なことを言って事態をより悪くするような猫は、この中にひとりしかいません。
「エリカにゃん‥‥」
疲れたようにシュライン猫が呟きました。
「ようするに、ふたりはデートしてただけなんだにゃ」
親切に啓斗猫が解説してくれます。
「‥‥下調べまでした私の苦労は‥‥?」
みなも猫の疑問に答えられるものは、誰もいませんでした。
風が吹き、かさかさと下草がなきます。
赤い夕日はとっぷりと沈み、黒い大きな翼が空を覆っていました。
星たちが瞬きながら、ただ静かに見守っています。
呆れたように。
微笑むように。
エピローグ
暗い店内。
「にゅー やっと一段落にゃ」
ランプに火を入れたシュライン猫が息を吐き出しました。
「疲れたにゃ」
ストールに腰掛けた草間猫も嘆息します。
エリカ猫を家まで送り届け、保安官事務所で事情を説明して、ようやく解放されたのは深夜でした。
「まったくにゃ‥‥ロクなことしにゃいよにゃ。あいつらは」
「仕方ないにょ。ふたりともまだ若いんだかにゃ」
「そいうこというと、シュラインも老けてしまうにょ」
「それはお互い様にゃ」
シニカルな笑いを、ふたりが閃かせます。
「いっぱいやるにゃ?」
「いいわにぇ。いただくにゃ」
ジンの封を切る草間猫。
グラスを用意するシュライン猫。
柱時計が無表情に時を刻んでいました。
おしまい
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/ シュライン・エマ /女 / 26 / 翻訳家 興信所事務員
(しゅらいん・えま)
0554/ 守崎・啓斗 /男 / 17 / 高校生
(もりさき・けいと)
0213/ 張・暁文 /男 / 24 / サラリーマン(自称)
(ちゃん・しゃおうぇん)
1252/ 海原・みなも /女 / 13 / 中学生
(うなばら・みなも)
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■ ライター通信 ■
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お待たせいたしました。
「荒野の七匹」お届けいたします。
あいかわらず、おばかなコメディーです。
楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、またお会いできることを祈って。
☆おしらせ☆
今後、水上雪乃の新作アップは、月曜日のみになります。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
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