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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


かさねの神扇―前編―

□オープニング
 三下がたって頼みだと呼び出したのは昼過ぎの事だ。しかも、場所は編集部ではなくとある田舎町の神社。不審に思いつつも来たあなたに三下は何度も頭を下げた。
 予想外に大きな神社に少し戸惑い気味のあなたに三下が言うには頼みたい内容と言うのは神社の娘、三隅夢乃(みすみ・ゆめの)の事だと言う。
 境内を先に立って歩きながら三下が夢乃の事を話しだした。
「勉強を教えてた子なんですけどね」
 家庭教師? 三下が?
 視線に気が付いたのか何故か申し訳なさそうに大学生の時、中学生の彼女を教えたのだと三下は補足する。
「家庭教師とかじゃないですよ。夢乃ちゃん、育ててもらってるのにって塾に行くのも遠慮してたから、まあ、わかんない所教えてたとかそんな感じで……」
 5歳の時に子供がいない三隅家に施設から引き取られた夢乃だったが、その後に真美という実子が生まれ遠慮していたのだと言う。家族からは大切にされていたが、やはり遠慮が先に立つのだろう。そう三下は言った。
「今度、家の後継ぎとして神事を行う事になったんですけどね。夢ちゃんその後から変な気配を感じるって言うんですよ。おじさんに言ったら取り合ってもらえない所か、この境内に変なものでもいるというのか? って叱られたって……不安そうにしてるし、誰もいない本殿の中で練習中とかに気配を感じるって言うから、調べてもらえないでしょうか?」
 真面目な三下の表情がふと境内を横切って走ってくる少女に気付いて笑顔になった。
「真美ちゃん? 久しぶりだね。もうお中学生になったっけ?」
 驚いて真美が落とした色鮮やかな紐を手渡してやりながら三下が真美を覗き込んだ。
「忠雄お兄ちゃん? 夢乃お姉ちゃんを助けにきてくれたの?」
 頷いた三下とあなた方に目を向けるとお願いしますと頭を下げて彼女は走っていった。
「なんだかんだ言ってもやっぱり夢乃ちゃんが心配みたいだな」
 三下が嬉しそうに言う。なんでも神事を行う事が決まってから、真美が反対して余所余所しくなったと夢乃が言っていたそうだ。
 神社の境内を回り込みながら入った三隅家は、旧家らしい和風のちょっとしたお屋敷だった。
 夢乃の部屋に近付くと言い争う声が聞こえてきた。
「夢乃! これはは一体どういう事だ!」
「すいません、お父さん。……ちゃんと誰も触れないように閉まっておいたんですが」
「とにかく探しなさい。これがなければ神事が出来ないのだから」
 父親らしい足音が遠ざかるのを待って夢乃の部屋に入るとがっくりと落ち込んだ夢乃が座っていた。
「来てくれたんだ、忠雄お兄ちゃん」
 理由を訊ねると神事の舞に使う大切な扇の紐がなくなってしまったのだと言う。
 扇を入れた箱の中には白檀の扇の薄板だけが残っていた。
 しょんぼりとした夢乃に三下があれこれと元気付けようと声をかけている。
 ……どうやら不審な気配もだが、扇の紐を持っていった犯人も探す羽目になりそうだ。


□真美への疑問
 夢乃は少し待っていてくださいねと言い置き、席を立った。その背を見送りながら口を開いたのは、不機嫌そうに髪をくるりと指に絡めた少女――朧月桜夜(おぼろつき・さくや)だった
「なァんかさァ、ヤな感じよねェ」
「ど、どれがですか?」
 困ったように訊ねた三下に色々と極簡単に答えた桜夜に、うんうんと感慨深げに頷いたのは海原みあお(うなばら・)だった。透きとおる銀の髪が揺れ、同じ色の瞳がくるりと面白そうな色を帯びて三下をみやった。
「まあ、みあおが何とかしてあげるよ。夢乃や、真美も放っておけないしね」
 三下はまがりなりにも社会人。海原の見た目は小学校に入るか否か。構図としては奇妙だが、真面目に三下は宜しくお願いしますという――この辺り、三下の真面目さと言うべきなのか律儀さと言うべきなのか微妙である。奇妙な構図にどういう表情を浮かべるかきめかねている様子で口を開いたのはシュライン・エマだ。
「まあ、とりあえず紐の方は真美ちゃんからあたってみましょう」
「あ、やっぱりシュラインもそう思ったんだ。でも、動機がよくわかンないのよねェ」
「真美さんは祭事に関係するものに何かしてしまったとかそういう事なのではないでしょうか」
「もしかしたら、夢乃さんの言っていた不審な気配が妹さんを唆したのかも」
 朧月の疑問に答える形で意見を出したのは九尾桐伯(きゅうび・とうはく)だ。青年の言葉にエマが更に意見を出す。
「みあおも真美だと思うよ。なんとなくだけど。でも、真美、『助けにきてくれたの?』って言ってたよね」
「それは……不審な気配から、じゃないのかしら」
「神社の中で不審な気配ってのもねェ。神社っていうのは一種の聖域なのにそんな気配がするってのが気になるのよね」
 本来聖域であり、悪いものが入り込めない筈の場所に、何故妙な気配がしているのか、朧月はそれが気にかかっているようだった。九尾が先程の推理を発展させた可能性を示唆する。
「真美さんが意図せずに封印か何かを解いてしまった可能性もありますね」
「それが気配の原因? ……あ、逆に、気配がするから神事っていう線もありえるわね」
「封印か、ありえるわね。悪しきものを抑える為の神事かもしれない。その辺は詳しく聞いてみなくちゃネ」
「真美がどっちにしても何か知ってるって事だよね。……紐捨てちゃったりしないよね」
 みあおの何気ない言葉に隠す辺りを想していた大人達――朧月も海原から見れば十分大人である――は一瞬黙った。海原は立ち上がると宣言する。
「先にみあおは真美を探しておくね。神事とかみあおじゃわかんないし。じゃあね」
 外へ飛び出そうとした海原とほぼ同時に襖が開かれる。夢乃が戻ってきたのだ。
「あら? どうしたんですか?」
「うん。ちょっと」
 答えにならない返事を返して海原は走り出した。軽快な足音が遠ざかっていく。驚いている夢乃にエマがごめんなさいねと声をかけた。


■因果律の狂い
 部屋を飛び出した海原は人気のない場所までくると漸く立ち止まった。
「うん、ここなら大丈夫だね」
 そっと呟くと目を閉じる。そして――次の瞬間にはその姿は掻き消えていた。
 いや、消えた訳ではない。海原はそこにいる。人としてではなく、小鳥として。
 その翼は青。幸せを運んでくると言われる青い鳥を模したその姿は、元来海原のものではなかった。後天的に与えられた素質。それが良いのか悪いのか海原には正直な所判らない。ただ、自分はこうなってしまったと言う現実があるだけだ。
(皆に知られたらきっと怖がられるよね)
 普通の人はこんな体質の海原を受け入れず、怖がる事だろう。だからこそ、海原は気を付けていた。――嫌われたくはないから。
(でも、みあおだって『普通』なんだけどな)
 彼女の普通は他の人と違うものになってしまっている。その自覚を少し淋しく思いながら海原は飛び立った。真美が消えた方へと向かおうとして旋回したのは異変に気がついたからだ。
(おかしい。因果律が狂ってる)
 海原の中の本能とも言うべき感覚がそれを告げていた。どこかに因果律を狂わせる存在がいる。――どこに?
(存在してはいけないようなものがいるのは……あっち)
 それは目的の真美のいるであろう方向とは正反対の方角。神社の建物の方だ。
(どうしよう。真美も気になるんだけど、みあお、どうしたらいい?)
 迷うように青い小鳥は空の青さに紛れ旋回する。いくつもの考えが浮んでは消える。最終的に選んだ道は。
(真美は他の人もきっと探してくれる。みあおはあれを確かめなきゃ)
 だって興味があるし、きっと彼女以外の人はその異様さに気がついてくれない。
(もし危険だったら……小鳥の姿はみあおの中でも偵察用で小さいし気付かれない筈だもん)
 いざとなったら逃げればいい。あっさりと考えて海原は神社へと向かった。
 小さな建物――他の建物に比べれば、である。神社の本殿の裏にあるその小さな建物を見つけてから海原は少し迷った。
(反応は下の方からだけど……どうやって入ろうかな)
 地面より下に反応がある。外から様子を伺うのは無理そうだから建物に入り込まなくてはならない。一周すると小さな通気口を見つけた。小さいといっても小鳥にとっては十分すぎる大きさがある。彼女は躊躇う事なく飛び込んだ。
 そこは暗い部屋だった。蝋燭の灯りだけが辺りを照らしている。締めきられた戸。そこにいるのは一人だけだ。海原は注意深く御簾の内側にあるその姿を眺めた。
 着物を着て背を向けている女性は何か水晶の珠のようなものを大切そうに撫でていた。
 何かを口ずさんでいるのだが、学校で習う昔の歌のようだと思った。――わらべ歌と言うのだと思う。
 それを見ている間も海原は嫌な気分がしてしょうがなかった。何かがおかしい。
 何がおかしいのか気がついたのはその女の人が振り返った時だ。
(この人、中に二人いる!)
 慌てて飛び上がって外へと飛び出した。大急ぎで離れてから漸く安心する事が出来た。
(どういう事なんだろう。なんだか、すごく……狂ってる。因果律が)
 何故だかはわからないケド――。


■流れてきたもの
 小さな建物を飛び出してからしばしの間、海原は考え込んでいた。
(なんだったんだろう、あれ)
 考えても答えは出ない。海原に判ったのは、一人の人間の中に魂はひとつである筈なのに二つの魂を感じた事だった。
(この姿はみあおの中でも霊探査能力を含めた感覚は一番なんだ。だから、間違う筈ないんだけど)
 それでも、納得がいかない。海原にはそんな事がどうしてあるのかさっぱりわからなかったのだ。二つの魂というだけ不思議なのに、海原が感じ問った二つの気配はかけ離れていたのだ。
(だって生きてる人間と死んでる人間だったんだもん。でもとり憑いてるとかそんなんじゃないってみあおは思うんだ)
 だから余計に訳がわからない。しかもその人は建物の中に閉じ込められているようだった。あれは一体誰なのだろう。海原の目からするとその人は彼女の母親よりも年上どころか祖母に近いような年齢に思えた。その人が小さな明り取りの窓一つしかない地下に閉じ込められているのはどうにも納得がいかない。
(全然訳が判らないよ。――そうだ。みあお、真美と紐を捜すつもりだったんだっけ。早くいかなくちゃ)
 小さな小鳥は空高く舞い上がり大きく空を何度も旋回しながら海原は気配を探る。地下のあの人と似ている気配が一つと、真美の気配を程なく見つけた。そこを目指して飛んでいく。まずはより近い気配を目指す。
 たどり着いたのは裏山の小さな小川。岩の浅瀬に引っかかった紐を海原は見つけたのだった。しばし考えて少し遠くで人がいない事を確認してから人の姿に戻る。元の場所まで戻るとそこにはまだ紐がちゃんと引っかかっていた。
「誰かの≪幸運≫に感謝しなくちゃね」
 裸足になって川に入り込むと海原は紐を拾う。しげしげと眺めるとため息を一つついた。
「やっぱり真美が持ってた紐だ。でも、持ち出したのにどうして捨てちゃったのかな?」
 首を傾げていると山の上の方で声がした。結構近い距離だ。
「私は紐なんてもってません!」
(あれって真美の声だよね。誰かが見つけたんだ)
 駆け出すと海原はすぐに九尾を真美の姿を見つける事が出来た。真美の側まで行くと海原は紐を差し出す。
「紐、これだよね。流れてたのをみあおが見つけたんだ」
「なんで拾っちゃうの!? それはいらないものなんだから!」
「これは、夢乃さんが探している紐ですか?」
「そうなんじゃないかな。だって変な波動を放ってる」
 成程と九尾は頷いて真美に向き直る。海原もまたまっすぐに真美を見て尋ねた。
「どうして真美は夢乃の大切な紐を捨てちゃったの? 流れちゃったら見つからなかったかもしれないよ」
「真美さんは神事を中止しようと思っているのではありませんか? だから紐を捨てた、そういう事ですね」
 黙りこんだ真美に桐伯は淡々と話し掛ける。
「真美さんが知っている事を話してくれませんか? このままだと夢乃さんに危険が及ぶかもしれません」
「……神事はやったらダメなんです。でも、やめてって言っても聞いてくれないからいっそこれがなければいいのにって」
「どうして、神事を行うと駄目なのですか?」
 九尾の言葉に真美が答える前に海原が口を挟んだ。
「ねえ、みあお思ったんだけど、神事ってもしかして地下にいる人関係ある?」
「地下にいる人ですか?」
「この紐、その人と同じ波動なの。変な感じがするんだ。とってもよくない感じだよ」
 海原の言葉に九尾が難しい顔をして顎に手を当て思案する。
「となると……神事が夢乃さんの言っている気配の原因かもしれないわけですね」
「……あのっ、お姉ちゃんを助けてください。神事を止めて欲しいんです」
 思い詰めた顔で真美が言った。海原が大きく頷き「みあおに任せておいてよ」と答える。
「まずは詳しい話を聞かせてもらえますか?」
 九尾の言葉に真美は深く頷いた。


□真美の恐れ
 三下に夢乃を任せると四人は真美の部屋に集まった。濡れた紐をタオルで乾かしながら、真美がぽつりぽつりと話し始める。
「お父さん、お姉ちゃんをかさね様にするんだって言ってたんです。その為の神事だって」
「夢乃さんをかさね様に?」
 エマの言葉に真美は頷く。
「ええ。先代のかさね様の器がそろそろ寿命だし、その為に引き取ったんだって……」
「その為にってそれってちょっとヒドくない? それに器って」
「お人形を新しくする為の神事とは言っていましたが、その為に引き取ったとは……」
 朧月と九尾がそれぞれに呟き憮然と押し黙った。
「前にお母さんがこっそり宝物殿に食べ物を持って行ってるの思い出して……そこに生きたかさね様がいるのかもしれないって思ったら」
「そりゃあ、みあおが真美でも不安になるよ。それに確かにその建物に女の人がいたよ。きっとその人がかさね様なんだね」
 自信有り気な海原の言葉に真美は見たんですか? と驚いたように問い掛けた。そして泣きそうな顔で言葉を締めくくる。
「お姉ちゃんには止めてって言ったんです。でも判ってもらえないからいっそ強制的に中止にしちゃえってそう思ったんです。迷惑かけちゃってごめんなさい」
 肩を振るわせる真美をエマが慰める。朧月は考えをまとめながらゆっくりと話し出した。
「天神様ってサ、元は悪霊だったんだよね。それを祀ってお慰めして清めて神様になってもらった。だけど、ここに祀られてる人はまだ、清められてない気がするンだよね」
「私の調べた本では人形を作ってそこに封じ込めたってそういう話が載っていたわ。愛用品と魂を封じ込めたものを持たせたら、本人として動き出したって」
「でも、人形じゃなかったよ、ちゃんと生きてる人間だった。第一ご飯を食べる人形なんてみあお聞いた事ないよ」
 真美の肩を抱いたエマの言葉に、海原が反論する。
「私も聞いた事はありません。もしかしたら封じ込められただけで、神となった訳ではないのかもしれませんね」
 九尾の言葉に他の三人も頷く。真美は四人に向かって深く頭を下げた。
「お姉ちゃんを助けてあげてください。それに今のかさね様になってる女の人だって閉じ込められているなんて可哀想です。宜しくお願いします」


To be continued.


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 1415/海原・みあお(うなばら・)/女性/13/小学生
 0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 0332/九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)/男性/27/バーテンダー
 0444/朧月・桜夜(おぼろつき・さくや)/女性/16/陰陽師

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■         ライター通信          ■
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 依頼に応えていただいて、ありがとうございました。
 小夜曲と申します。
 今回のお話はいかがでしたでしょうか?
 もしご不満な点などございましたら、どんどんご指導くださいませ。

 紐を持っていったのは皆様の予想通り真美でしたが、真美の動機については予想が的中しましたでしょうか?
 今回情報が各PCさまに点在している状況ですが、お互いに情報は交換できている事になります。
 えー今回初の前後編でございます。実はかなり緊張しております。
 尚、後編につきましては水曜日のオープンを予定しております。
 前編がお気に召しましたら宜しくお願いします。

 海原さま、初のご参加ありがとうございます。
 マイペースででも優しい、小さな女の子に見えるけれど色々考えている、そんなイメージで書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
 個人的に三下以外の幸運に頼る! というのが非常にツボでございました。三下に幸運をもって来るのは大変そうですよね(笑)
 今回のお話では各キャラで個別のパートもございます(■が個別パートです)。
 興味がございましたら目を通していただけると光栄です。
 では、今後の海原さまの活躍を期待しております。
 いずれまたどこかの依頼で再会できると幸いでございます。