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鍋をしよう 5th
●オープニング【0】
「そういえば、だ」
外は五月晴れのある日、事務所に居た草間武彦はふと思い出したようにつぶやいた。
「去年の今頃は鍋をしたんだったな」
「そうだったんですか?」
お茶を持ってきた草間零が草間に聞き返した。そういえば、その頃はまだ零はここに居なかったのだから、あの時のことを知るよしもない。
「……あまり口に出してまで思い出したくはないけどな」
苦笑する草間。そりゃあそうだ、毎回のように鍋は散々なことになっているのだから。
考えてみれば、回を追うごとにエスカレートしているような気も……。
「仕方ない、久々に鍋でもやるか。思い出してしまったからな」
草間がやれやれといった様子で言った。その表情はやや重く見えないこともない。零が首を傾げながら草間に尋ねた。
「でも、どうして思い出したんです?」
「いや、天から大宇宙の意思が俺に語りかけてきて……って、ちょっと待て。冗談に決まってるだろ、そんなの。だから、とにかくその手に持ってる受話器を置け」
深く溜息を吐く草間。目の前には電話の受話器を握って、おろおろしている零の姿が。草間が妙なことを言い出したと思い、どこかへ電話しようとしていたようだ。
さーて、食材はどうしようかなあ?
●準備は念入りに【1A】
台所から、トントンとまな板に当たる包丁の音が規則正しく聞こえてきていた。
「……ふにぃ……?」
その音に、昼寝中だった小日向星弥が耳をピクピクさせて目を覚ました。もちろん昼寝の場所は定位置――草間の膝の上である。
眠い目を擦りながら身体を起こす星弥。台所の方で、シュライン・エマの後姿がちらりと見える。
「……しゅらいん何やってるのぉ〜?」
ぴょこんと草間の膝の上から飛び降りて、星弥が台所へと駆け出した。台所ではシュラインがちょうど長ねぎを切っている最中で、その傍らで零も色々な準備に追われている所であった。
「ん? 準備よ」
包丁を置き、星弥の方に振り返るシュライン。そばにあった大皿には3種類ほどのつみれが山盛りになっており、流しにはボウルが3つ水が張られて置かれている。
「じゅんび〜?」
きょとんとなる星弥。ふと零の方を見ると、棚から土鍋を取り出そうとしている所だった。
(あっ!)
ぴんときた星弥は、やってきた草間の脇を擦り抜けてパタパタと台所を出ていった。
「どうだ、準備の方は?」
「ああ、武彦さん。ちょうどよかったわ」
様子を窺いにやってきた草間に対し、シュラインはにっこりと微笑んでちょいちょいと手招きをした。
「うん? 何だ?」
何の疑念も抱かず近付く草間。そして――突然シュラインのこぶしが、草間の両方のこめかみに当てられた。
「いらないこと思い出すのはぁ……この頭か、この頭か!!」
「いててててててててててててっ!!!!!」
ぐりぐりとシュラインにこぶしを回され、堪らず草間は悲鳴を上げてしまった。まあ、こういうことをやりたくなるシュラインの気持ちも分からないではない。
「あの、シュラインさん」
「ん、なぁに、零ちゃん?」
零に話しかけられ、シュラインは草間への攻撃を続けながら応対した。
「この消火器はどこに置けばいいんですか? それより……お鍋に関係あるんですか?」
「それが関係あるのよ、零ちゃん」
シュラインは溜息を吐くと同時に、草間からひょいと手を離した。
「前回無事だったのが夢、幻じゃないことを祈り今回も五体満足で生き残りましょうね」
と言って零に近寄ると、シュラインは零をぎゅっと抱き締めた。気のせいか、目の端に涙が浮かんでいるようにも見えた。
「あの、シュラインさん。苦しいです……」
などと台所でメロドラマもどきが繰り広げられている最中、部屋の方では星弥がはしゃいでいた。
「わ〜い♪ きょうは、おなべなの〜?」
テーブルのセッティング、そしてすでにいくつか置かれているガスコンロと土鍋を見て、星弥は今日が鍋であることを察していた。
「そうにゃ、せ〜にゃ! 鍋なのにゃっ!」
すると突然扉が勢いよく開かれ、入ってきた女性が居た。風呂敷で包まれた一升瓶らしき物を手にした白雪珠緒である。
「あ、タマちゃんっ。今日はおなべだってっ」
「鍋にゃ! 頭からバリバリゆくのにゃ〜!」
「ゆくのにゃ〜☆」
何を頭からバリバリゆく気かは知らないが、盛り上がる星弥と珠緒。そこに台所からよろよろと草間が出てきた。
「あっ、武彦! 今日は食材を持って来るなって言われたから、珍しいお酒を持って来てあげたのにゃ。そんな立派な気配り出来る珠緒姐さんを、卑弥呼みたいに崇めるのにゃ」
風呂敷包みを草間の方に見せ、大いばりで胸を張る珠緒。まあ、卑弥呼うんぬんは置いといて。
「……食材持って来るなとは誰も言ってないぞ。持って来なくても構わないというだけだ」
草間はそう言って溜息を吐いた。どうやらどこかで情報が変わってしまったようだ。
「じゃあ武彦ぉ〜。せ〜や、きょうはなにももってないの……だいじょうぶなのぉ?」
「ああ、大丈夫だ」
心配そうに尋ねる星弥に対し、草間は苦笑しながら答え、頭を撫でてあげた。
●鬼が出るか、蛇が出るか【2】
始まるまでに色々とあったが、鍋の準備が全て終わり、皆がテーブルの周囲に座った。
まず奥に座るのは、当然のことながら草間である。膝の上にはちょこんと、小日向星弥が陣取っていた。
草間から見て右側に並んで座っているのは順に、シュライン・エマ、零、巳主神冴那、守崎啓斗、志神みかねの5人だ。
反対に左側に並んでいるのは、九尾桐伯、白雪珠緒、守崎北斗、真名神慶悟、海原みなもの5人である。
そして草間の真向かい、一番手前の席には神薙春日が陣取っていた。春日は目の前にある鴨鍋――春日の材料持ち込みである――の灰汁を、しきりに取っていた。
鍋の種類は手前から順に、鴨鍋、寄せ鍋、キムチ鍋、寄せ鍋、寄せ鍋という並びだった。ちなみにキムチ鍋も春日の材料持ち込みである。
「あー……ともあれ準備は終わったし、そろそろ始めるとするか」
草間はそう言うと、ぐるりと周囲を見回した。
テーブルの上やそばにはその他、各種具の載った大皿やおにぎりやおつまみなどが載った大皿、様々なうどんが載った大皿などが置かれていた。そのどちらにも、カツオが載っていた。みなもが持ってきた小振りのカツオを捌いたのである。
また、周囲には食器類はもちろんのこと、何故か消火器が手の届く範囲に置かれていた。
「じゃあ……いただきます」
「いただきまーす!」
全員の声が合わさり、室内に響いた。と同時に、一斉に鍋に箸が伸びていった。
「鴨とキムチ一緒に入れるなよー、そのために鍋2個買ったんだからな」
笑い声とともに、春日の注意が飛んだ。そう、鴨鍋とキムチ鍋の土鍋は春日が買って持ち込んだ物だったのだ。けれども、言ってることは間違ってない。鴨鍋にキムチを入れてしまっては、鴨が可哀想である。
「あ、妙な材料持ち込んだ奴に先に言っておくぜ。俺の鴨鍋に変なモン入れやがったら、今日の俺の購入分請求書回すからな」
鍋パーティにおける鴨鍋が個人の所有物かはさておき、さらに注意する春日。表情はにこやかだった……が、たぶん本気だ。
「はい、武彦、あ〜〜んするの〜♪ せ〜やが食べさせてあげるのっ」
草間の膝の上に座っていた星弥が、レンゲを草間の口元へ懸命に運ぼうとしていた。レンゲに載っているのは、どうやらシュラインが用意したいわしか何かのつみれのようだ。
草間は少し躊躇したが、目をきらきらと輝かせている星弥に負けたのか、諦めて口を開いてつみれを食べさせてもらった。
「武彦、おいし〜?」
「……ああ」
苦笑したような、何とも複雑な表情を浮かべる草間。その様子を見ていたみかねとみなもが、くすっと笑った。
「じゃあ、もっと食べさせてあげるの〜」
「おいおい。お前も食べなきゃいけないだろ?」
焦る草間。1度や2度ならともかく、続けられてはたまったものではない。
「いいのっ! せ〜やは、しゅらいんがしてくれるからいいんだもん。ね〜♪」
そんなことを言って、口を大きく開く星弥。
「しょうがないわねえ」
やれやれといった様子で、別のつみれを星弥に食べさせようとするシュライン。まあその前に、少しふうふうと口で吹いて冷ましていたのだけれども。
このように、どこかのホームドラマのような光景が繰り広げられていた一角もあったが、別の一角では黙々と食べている面々も居た。慶悟に冴那、啓斗に北斗という4人である。
「あっ、それ俺の肉だ!」
一瞬の差で冴那に肉を上げられ、思わず抗議する北斗。冴那は肉を戻す訳でもなく、そのまま自分の器に入れて食べていた。
「ああ、それも!」
今度は慶悟に狙ってた肉を取られ、声を上げる北斗。
「これも陰陽の定めだ」
慶悟はよく分からない言葉でその場を誤魔化すと、自らの器に肉を入れた。
「くそっ、育ち盛りをなめんじゃねぇ! こちとら何日か振りの肉なんだからな!」
北斗はぶつぶつと文句を言いながら、目の前のキムチ鍋からがばっと豚肉を引き上げた。少し赤みが残っているような気もしたが……たぶん唐辛子の関係だろう、うん。
「北斗……あまり肉ばかり食うな。俺が食わせてないみたいじゃないか」
北斗の行動に、啓斗が恥ずかしそうに言った。間髪入れず、北斗が言い返す。
「あ? 何だよ兄貴。恥ずかしい? だって兄貴、肉好きじゃねぇからあんまり食卓にのらねーじゃん。バッタやキリギリスじゃねえんだし、草ばっか食ってられっかよ」
「事実でもそういうことを言うなぁっ!!」
叫ぶ啓斗。みかねとみなもが顔を見合わせる。
「あの……よければどうぞ」
「よかったら私のも」
各々器を北斗の方に差し出すみなもとみかね。器には、引き上げたばかりの具が入っていた。
「え、いいのっ? んじゃ遠慮なく、いただきまーす」
2人の好意に甘え、素直にいただく北斗。それを見た啓斗が小さく溜息を吐いた。
「同情されてどうする……」
●ガソリン投入【3】
さてさて、鍋に付き物といえば当然のことながら酒である。
「そろそろ、とっておきのビールを出しましょうか」
鍋に箸をつけるのもそこそこに、桐伯が傍らのクーラーボックスから何やらビール瓶を1本取り出した。
ビール瓶のラベルには英語ではない言葉が書かれており、何故かピンクの象や二足歩行で踊るワニなどが描かれていた。
「何だ、それは?」
「これですか。『デリリウム・トレーメンス』というビールです」
「『デリリウム・トレーメンス』?」
ビールの名前を聞くなり、シュラインが眉をひそめた。
「シュラインさんは意味が分かるでしょうけどね。皆さん飲んでから説明しましょう」
そう言い、ビールをコップに注いでゆく桐伯。少しして、希望者の所にコップが行き渡った。その中には零も混じっていた。
「……泡が細かいわね」
冴那がふと気付いたことを口にした。続いて慶悟も感想を口にする。
「フルーティな香りがするな。……これはビールだろう?」
桐伯の顔を覗き込む慶悟。
「ええ、ビールです。ともかく、まずは味わってください」
桐伯のそんな勧めもあり、まずは皆1口、あるいはそれ以上飲んでみる。
「なかなか旨いな」
「よく分からないにゃ」
「ちょっとアルコール分高くない?」
口々に感想が出る中、桐伯がビールの説明を始めた。
「これは、ベルギーの東フランダース州メレの町のハイゲ醸造所のゴールド・エールで度数は9.3。それで酒名の意味なんですが……『アルコール幻視症による震え』となりますオランダ語です」
「ああ、やっぱりそうなのね」
思っていた通りの意味で、シュラインが苦笑した。
「アル中か!」
驚く草間。要はそういう意味だ。
「でも……どうしてラベルにピンクの象が? ワニは何となく分かるんですけど」
みなもが疑問を口にした。ワニは酔っているのだろうとは想像がつく。けれどピンクの象はいったい……?
「アルコール幻視症になると、何が見えると言います?」
意地悪っぽく桐伯が言うと、ややあってシュラインがぽんっと手を叩いた。
「ひょっとして、その時に見える物?」
「ご名答」
頷く桐伯。言われてみれば、そういう話は聞いたことあるような気もする。
「はあ……面白いんですねえ、お酒って」
「ええ、面白いですよ。今日は持ってきていませんが、『王様の身代金』と呼ばれる物もありますからね」
感嘆するみかねに対し、楽し気に桐伯が語った。そして零の方に顔を向けた。
「どうでしたか?」
「……どうなんでしょう?」
桐伯の問いに首を傾げる零。いまいち味が分からなかったようである。
「こりゃ負けてらんねぇな」
ビールを飲み干した春日が、ニヤリと笑った。
「こっちもいい日本酒入りやしたぜ〜、旦那♪」
と言ったかと思うと、春日は後ろから一升瓶を取り出してみせた。しっかり用意していたようである。
「日本酒は私も用意していますよ。ご希望があれば、カクテルもお作り出来ますが」
少し対抗心が出たのか、すぐに桐伯が言った。で、対抗心が出た人がもう1人――。
「あたしも持ってきてるのにゃ!」
珠緒が風呂敷に包まれた一升瓶を、どんっとテーブルの上に置いた。そして風呂敷に手をかけ、一気に取り去った。
「それは、これにゃ! 『銘酒 化け猫殺し』にゃ!」
「化け猫殺しぃ?」
あちこちから訝る声が上がった。名称からして、何か怪し気に思えたのだろう。
「にゃふふふ……このお酒は長く生きた化け猫にしか製造方法が伝えられてない、貴重なお酒なのにゃ。そのまま飲んでよし、料理に入れてよしなのにゃ」
得意げに語る珠緒。みなもが素朴な疑問を口にした。
「原材料は何ですか?」
「……にゃ? 原材料? それは企業秘密なのにゃっ!」
きっぱり言い放つ珠緒。ますます怪しい。疑いの視線が雨あられと注がれる。
「そこまで明かしちゃったら、化け猫商売上がったりにゃ。ん〜。どうしてもって言うなら、『化け猫友の会』に入るにゃ? それなら、教えてあげてもいいのにゃ」
化け猫が商売なのかどうかや『化け猫友の会』の詳細はともかくとして、先程のビール同様に希望者に酒の入ったグラスが回されることになった。見た目は普通の日本酒と変わりがないように見える。
「タマちゃん? それなぁ〜に? せ〜やも飲みたいのぉ〜っ」
興味を持った星弥が、にこぱーと微笑んで珠緒の方を見た。
「あ、せ〜にゃ。せ〜にゃはお子様だから、お酒はまだダメなのにゃ。我慢するのにゃ〜」
至極もっともな意見を吐く珠緒。だがしかし、それで収まるような星弥ではなかった。
「え? だめなの? ……ふにゃ……せ〜や、泣いてもいい?」
などと言ってる間に、星弥の目には大粒の涙が盛り上がっていた。泣いてもいい、というか、もう半分泣きかけではないか。
「分かった分かった。俺のを少し分けてやるから」
慌てて言う草間。それを聞いて、再び星弥に笑顔が戻ってきた。ぎゅっと草間にしがみつく。
「わ〜いっ、武彦だぁいすき〜☆」
「やれやれにゃ……。さ、皆飲むのにゃっ!」
額の汗を拭い、皆をせっつかせる珠緒。そしてグラスを持った全員が、『化け猫殺し』を口にした。
「どうにゃ? どうにゃ? 美味しいにゃ?」
わくわくとした様子で皆の感想を待つ珠緒。けれども飲んだ者たちの反応は、一様に『?』であった。首を傾げているのだ。
「旨いのか、不味いのか……?」
何と言っていいのか困る啓斗。
「飲めなくはないんだが」
それだけしか答えない慶悟。
「タマちゃ〜ん。なぁに、これ〜?」
飲みたい飲みたいと言っていた星弥も、不思議そうな表情を浮かべていた。
「……よく分からない酒ですね。初めて味わう味ではあるんですが」
さすがの桐伯も、判断に苦しんでいるようであった。
「にゃふ……人間には、このお酒のよさが分からないようにゃ。仕方ないから、お鍋に入れるのにゃ」
やれやれといった様子で、珠緒は一升瓶を抱えて、鴨鍋に『化け猫殺し』を注ぎ込もうとした。
「待て待て! そんな変なモン入れたら、請求書回すからな!」
春日が慌てて珠緒を制止する。が、珠緒も負けてはない。よく分からない論理を振りかざして対抗した。
「変とは何にゃ! そういうこと言うと、『化け猫友の会』の入会金30%オフどころか、30%アップにしてやるのにゃ! そして毎晩毎晩、化け猫講師のマンツーマン授業を受けるがいいにゃ!!」
「おい!」
一喝する春日。一瞬、場がしんと静まり返った。そして、改めて春日が口を開いた。
「入れるなら……キムチの方にしてくれ」
大半の者が、その言葉にずっこけた。春日の顔には笑みが浮かんでいた。しかし珠緒はあっさりとしたもので――。
「にゃ? そう言うなら、そうするにゃ」
素直にキムチ鍋に『化け猫殺し』を入れようとしたのだ。その瞬間、みかねが窓を指差して突然叫んだ。
「あ〜!! 今、バニライムさんが通ったかもです!」
皆一斉に窓の方を振り返る。が、珠緒はすぐに顔を戻した。
「バニライムよりバニラの方が好きにゃ。はい、どぼどぼどぼ〜♪」
みかねの努力も虚しく……結局、珠緒は残っていた『化け猫殺し』を全部入れたのだった。
「……おにぎりあるわよ〜」
「あ、ください……」
「すみません、あたしもいただけますか……」
大皿を抱え上げたシュラインに、みかねとみなもが揃って手を挙げた。
『化け猫殺し』投入後、必然的にキムチ鍋に手を出す者は少なくなった。それでも手を出し続けたのは、北斗と冴那である。
「さっきのあれ、美味しかったような気がするのに……」
冴那はそうつぶやいて、酒の入ったグラス片手に買ってきていた焼豚を食べていた。どうも冴那の口には『化け猫殺し』は合っていたようだ。
「食べ放題、食べ放題♪」
嬉々としてキムチ鍋をさらう北斗。鍋にはまだ豚肉がたくさん残っていた。その行動に対し、啓斗はもう何も言う気がなくなったようで、黙々と寄せ鍋を食べていた。
「って……真名神の旦那、相変わらず酒ばっか」
ふと隣の慶悟に目をやる啓斗。食べるペースより、いつしか酒のペースの方が上回っていた。まあ、いつものことではあるのだが。
「まだ普通に食べられる鍋が大半なだけましだ……」
慶悟が静かに言った。その言葉に大きく頷いた者は、かなり多かった。
●大団円【4】
それから鍋パーティは何とか平穏に続き、無事に最後の雑炊やうどんに辿り着いた。
「このうどん、あの通をうならせる『緑アヒル』を使って俺が打ったんだ。ほーら切り口にも細かくエッジが立ってる」
食べながら、そんなことを説明する啓斗。エッジが立ってるうどんはどうなのかという疑問もあるが、評判はまずまずのようである。ちなみに『緑アヒル』とは、その方面で有名な小麦粉のことだ。
一同は雑炊やうどんを平らげ、無事に鍋パーティを終えた。快挙である。
「あー、食べた食べた!」
ごろんと横になる北斗。それを見て、冴那がぼそっとつぶやいた。
「食べてすぐ横になると……豚になるわよ。丸々と太って美味しい豚……」
『豚になる』と聞いて、北斗ががばっと起き上がった。
「……牛だったかしら」
はい、正しくは『牛』です。でも『豚』もあながち間違いではないだろう。
「ご飯食べるだけで、何でこんなに疲れるんだろ……」
食後、ソファでぐったりとするみかね。
「……でも無事に終わってよかったぁ」
「うう……本当によかったわ。犠牲者が1人も出なくって」
目の端に浮かんだ涙を拭うシュライン。草間が大きく頷いていた。この結果に満足なのだろう。
「草間ちん、何で皆こんなに喜んでるんだ?」
過去の経緯をよく知らないゆえ、皆の様子を奇妙に思う春日。初参加の鍋が無事に終わったことは、ある意味奇跡に近いのである。
「さあ、後片付けしなきゃ」
すくっと立ち上がるシュライン。感激の涙にひたっている場合ではなかった。
「あ、あたし手伝います」
準備も手伝ったみなもは、後片付けも手伝うべく席を立った。
「せ〜にゃ、『化け猫友の会』に入らないかにゃ? せ〜にゃだったら、もっともっと割り引いてあげるのにゃ。何なら特別会員でただにしてあげるにゃ!」
「ん〜、せ〜やよくわかんないのぉ〜」
珠緒の説明を聞きながら、目をごしごしと擦る星弥。どうやらお腹が一杯になり、酒も入ったことで眠くなったようだ。
「……だいぶ飲んでいたように見受けられますが、何ともないんですか?」
「ええ。何ともありません」
桐伯の質問に、けろっとした表情で答える零。桐伯の見ていた限りでは、結構な量を飲んでいたと思うのだが……それで何ともないというのは恐らく何がしかの作用が零に働いているのだろう。
「……今日に関しては、杞憂で済んだか」
腹一杯になり、苦笑してぼそりつぶやく慶悟。次の瞬間、室内の空気が少し揺らいだような気がした――。
【鍋をしよう 5th 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0234 / 白雪・珠緒(しらゆき・たまお)
/ 女 / 20代前半? / フリーアルバイター。時々野良(化け)猫 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
/ 女 / 15 / 学生 】
【 0332 / 九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)
/ 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0375 / 小日向・星弥(こひなた・せいや)
/ 女 / 6、7? / 確信犯的迷子 】
【 0376 / 巳主神・冴那(みすがみ・さえな)
/ 女 / 妙齢? / ペットショップオーナー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
/ 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと)
/ 男 / 17 / 高校生 】
【 0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと)
/ 男 / 17 / 高校生 】
【 0867 / 神薙・春日(かんなぎ・はるか)
/ 男 / 17 / 高校生/予見者 】
【 1252 / 海原・みなも(うなばら・みなも)
/ 女 / 13 / 中学生 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全8場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせして申し訳ありませんでした。鍋シリーズの第5弾をようやくお届けいたします。本文を読んでいただいていたらすでにお分かりかと思いますが、何と今回は無事に終了を迎えました。シリーズ初の快挙ですね。その理由としては、やっぱり決定的な大打撃を与えるプレイングがなかったことでしょうか。総合的に判断して、今回は問題なしという結論に達しました。
・で、鍋なんですが。特別変な食材が入ることもなく(『化け猫殺し』はちょっとあれかもしれませんが)、ほとんどの鍋が最後まで普通に食べることが出来ました。やっぱり珍しいですね……これは。
・しかし今回が成功、無事に終わったからといって、次回もまた無事に終わるとは限らないのがこのシリーズの特徴でして。いずれまた、お目見えするかと思います。恐らくは夏真っ盛りか……秋頃?
・シュライン・エマさん、53度目のご参加ありがとうございます。毎回毎回、念入りな準備ありがとうございます。今回は消火器やら何やらが活躍するようなことがなくてよかったですね。
・ここからは少し宣伝になってしまいますが、『コミネット』の『eパブリッシング』において、高原の作品『魔法少女バニライム☆NX!! ACT:01』の購入受付が開始されています。『東京怪談』での『バニライム』とはまた違った別の『バニライム』、興味があるという方はチェックしてみた上で、何口かご購入いただけると幸いです。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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