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うちのオシャいりませんか？
ヤクザ顔負けの派手なスーツ姿で草間の前に現れた男は、応接室に通されるなり草間に手を合わせた。
「頼む！こいつをとあるところまで送り届けて欲しいんだ」
「嫌だ」
草間は言下に却下する。向かい合って座った太巻（うずまき）とは長い付き合いだが、この男から頼まれた依頼が面倒じゃなかったためしがない。
「報酬いいぜ」
「良かったじゃないか」
「簡単な依頼だよ」
「じゃあ自分でやってくれ」
「そこを何とか！」
草間はため息をついた。太巻には毎回面倒を押し付けられている。次こそは断ろうといつも思うだが、一度として断り通せたことがない。
賄賂代わりに差し入れられたマルボロ一箱を引き寄せながら、今回も草間は折れた。
「で、一体なんなんだ？」
太巻はガムテープでぐるぐる巻きに密閉されたキャラクターロゴ入りのクーラーボックスをテーブルに載せた。
「これを、とある人形蒐集家の元に届けて欲しい」
「中身は…まさか、ただの人形か」
呆れた顔をした草間に、太巻は疲れた笑いを浮かべて見せる。
「タダモノじゃないぜ、この人形は……」
「高価なのか？」
言われて沈黙した太巻は、やがて低い声でボソリと答えた。
「……ある意味で貴重だ」
ゴトッ、ゴトゴトッと、さっきからクーラーボックスの中で何かが動いている……。
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草間興信所、と書かれたすりガラスの前で、花は深呼吸をした。悩んだ末の訪問である。
依頼…と呼べるかどうかはわからないが、花は個人的にとても重大な問題を抱えてきたのだ。
よし、と気合を込めて、花は興信所のドアを開ける。
「今日和、草間さん。今日はちょっと頼みたいことがあって……わ、ぷ」
興信所の中を覗き込んだ途端、もくもくと立ち込める煙に襲われた。部屋全体が霞がかるほどのタバコの煙である。
「すいませぇん……って」
そっと小声で呼びかけた。煙の向こうで、人影がふたつ、動いているのだ。
どうやら誰かと話しているらしく、花に気づかずに二人は話している。片方は聞き覚えのある草間の声だ。
「やっぱり、帰れお前」
と、草間の声。
「そう言うなよー。おれとお前の子どもだと思って」
別の声が聞こえる。
煙草の煙の向こうで、二人の男が一つの箱を二人で持って揉みあっていた。ソファの上で顔を寄せて話しながら、手にした箱だけが押したり押し返されたりしている。
「こんな子どもをもうけた覚えなどない！！」
深刻な話だ。……と、花は理解した。きっと、箱の中には草間さんとあの男の方の間に生まれたお子さんがいるのだ。
動転していた花には、自分の理解にいかに間違いが多いかを考え直す余裕はなかった。慌てて扉を閉めながら、頭を下げる。ゴツンとおでこを扉にぶつけた。
「お取り込み中でしたか？すみません！親権が定まった頃にもう一度出直してきますっ」
「……は？」
煙の向こうで、揉み合っていた男二人が声を揃えた。
「草間さん、お子さんが生まれちゃったんですよね？」
「ちがう！！！」
草間の悲痛な叫びが、興信所に響き渡った。
□―――煙が晴れた興信所
「……とまあ、そういうことなんだ」
花の誤解に青くなったり白くなったりしている草間の隣で煙草をふかし、ヤクザみたいな見た目の太巻が、花に事情を説明してくれた。
「はぁ、この人形を届ければいいんですか？」
きっちりと膝を揃えて、花は目の前に置かれたクーラーボックスを見下ろした。地震でもないのに、箱はなぜかガタガタ揺れている。
ほのかに漂う魚臭さがなんとも不気味。
ガムテープでぐるぐる巻きにされたクーラーボックスのミイラもなんとも異様。
しかし、心配事に心を奪われている花は、見るからに怪しく不吉なクーラーボックスを見てもなんとも思わなかった。むしろ、早く本題に入りたくて気が急いていた。
花はアニメのプリントつきのクーラーボックスと向かい合う。
今日は仕事が休みだ。目下恋人の居ない花に、用事があるわけでもない。
「構いませんよ。お引き受けします」
「いいの？悪いねー。おれはコイツと親権の話をしなきゃいけないから…」
「…叩き出すぞ」
草間の声は地を這うように低い。太巻は素直に訂正した。
「…事情があって興信所から一歩も外へ出られねェんだ。こっからそんな遠くないところだし、お礼もするからよ。頼むわ」
片手を垂直に立てて顔の前に挙げ、太巻は拝む真似をしてみせる。
「お礼……」
花はがっしとクーラーボックスを取り上げた。
「わかりました！！あの、でも、お礼というか…その…私のお願い聞いて下さいますか？えっと…一緒に買い物に付き合って欲しいんです……」
「買い物？」
草間と太巻がそろって顔を見合わせた。
そう、何を隠そう花が興信所を訪れた理由は、このためだったのである。
「買い物って」
「あぁっすみませんっ変な事言って！迷惑ですよねっ、それじゃいってきますっ！！！」
「あっ、おい、ちょっとあんた…」
バタン！！と物凄い勢いでドアが閉まったので、花には太巻の呼び止める声など届かなかったに違いない。
ミサイルを抱えて敵地に飛び込む特攻隊長のように、花の姿は颯爽としていた。
…かもしれない。
中途半端に差し伸べられた手を下ろして、太巻は再び顔を見合わせた。
「行っちまったよ」
「すぐに戻ってくるだろう」
「だろうなあ。行き先聞かないで飛び出してっちまったもんな」
言ってるそばから足音が駆け戻ってきて、興信所の扉が再び開けられた。
「す、す、す、すみません！！このコをどこに届ければいいんですか…！？」
「今、地図やるよ。ちょっと待ってな」
花の手の中でがたがたクーラーボックスが揺れている。爆発寸前の時限爆弾を思わせる。
と思ったら、クーラーボックスの中から突然陽気な声が上がった。
『イヨォ、父ちゃん、母ちゃん！オイラ里子に出されてくるぜ！！いつまでも、愛し合ってオレを産んだ日のことを忘れないでくれよ！？』
「「産んでない！！！！！！」」
草間と太巻が青くなって口を揃えた。
ある意味時限爆弾よりも激しい爆発の余韻を残して、今度こそ、地図を片手に花は目的地へと旅立つのだった。
□―――道中
『丁寧に！お嬢ちゃん、丁寧に運んでくれよ！なにせオイラは箱入り息子だ！！』
確かに、ある意味正真正銘箱入り息子である。息子かどうかはともかく、箱入りであることに変わりはない。
箱の中で、花が歩くたびにごろごろと人形が転がる音がする。転がる音よりも人形の文句の方がうるさいのだが、とにかく花は用心してそろそろ歩いた。
『お嬢ちゃん、名前はなんてェの？』
「花です。鏑木花」
『ハナチャンかァ〜。かわいくていいね。おいらはオシャ。太巻オシャだ』
ごそごそクーラーボックスの中でオシャが蠢いている。
『外見は、ンーっ、そうだな！天草四郎と森蘭丸と、沖田総士を足して足しっぱなしにしたような顔をしている！つまり美男子。BI・KE・I！！！年はピチピチ２１！』
なんだかもう良く分からない。とにかくオシャはテンションが高い。
『惚れんなよ！オイラの美貌にクラっとくるなよ！？いいかァ！？この世には男と女とオカマの三種類がいるっ！男ッ！お呼びじゃなァァ〜〜〜いッ！！オカマ！？ノーサンキュ―――！！！つまりおいらは女好きィ〜〜…ウベッ！！ペ…し、舌噛んだ…！』
花は用心して抜き足差し足歩いているのだが、ゴトゴト箱の中でオシャはやっぱり安定が取れないようである。人形だから、頭でっかちなのだろう。
しばしの沈黙の後、少し元気を失ってオシャが言った。
『揺れるなァ…』
「すぐ連れていってあげるから、もうちょっと我慢してね？」
『…………』
ごとごと揺られながら、オシャの返事はなかった。
「オシャさん？」
『……………………吐きそう（うぇっぷ）』
はしゃぎすぎである。
「えっ！？ま、待って！待ってオシャさん！密閉空間でそれはまずいと思うんです！！！」
『ダメ…オイラもうだめだ花ちゃん…脱落するオレを赦しておくんな』
時代劇の役者めいてオシャは言ったが、花の要求は厳しかった。
「呑みこんで！頬袋に溜めてから飲み下してください！！」
息も絶え絶えにオシャが応えた。
『……オレ…、頬袋ねェよ……犬だから（うぇっぷ）』
・・・・・・。
――――自主規制。
―――十分後。
花は、クーラーボックスから出したオシャを片手に歩いている。
花がオシャの美貌にくらっときたかどうかは定かではなく、クーラーボックスを開けた瞬間、美貌の前にその匂いに嗅覚をやられた。一瞬でノックアウトだった。
「返品不可」のシールが貼られた蓋だけを残し、クーラーボックスは途中のゴミ箱に捨ててきてしまった。
コンビニの店員が、店の前のゴミ箱から漂う生臭さと甘酸っぱさのミックスフレーバー（語弊あり）に気づくのはそう先のことではあるまい。何しろすごい匂いだから、きっとすぐに文句が出ることだろう。
「狭いところから出られて良かったですね、オシャさん」
「まァな！ところで花ちゃんはあのボソっとした探偵とデートがしたいのかい？」
「ちちち、違います！ただ、あの、男の人がどんなものを貰ったら喜ぶのか知りたくて…！！」
「ブ…ハグッ！！は、ハナちゃ……オイラを…オイラを振り回さないでくれ…！」
照れた花に振り回されて、オシャの異臭はさらに広範囲にまで広がった。
「…そうかァ。花ちゃんはそのサエねェ編集部員にホの字なんだなァ」
「ど、ど、どうしてサエないって分かるんですか！？」
名前がサエねェよと、オシャはすぐに請け合った。名は体を現すということわざを実践している男こそ花の思い人なので、花は余計なことは言わなかった。誰から奇異な目で見られようが、やっぱり花には、優しげに（一般的には気弱に、と言われる）笑う彼がカッコよく見えるのである。
「それにしても、オシャさん。魚くさいですねぇ」
ついでに甘酸っぱい匂いもする。オシャは短い尻尾をぱたぱた揺らした。
「ああ。クーラーボックスの先住民には参ったよ！中でもタコのマサミはオイラにベタ惚れでね。抱きつかれちまって苦しいのなんのってなかったよ！」
恐らく食われかけていたのだと思うが、気づかないところがオシャのいいところだ。勿論花も気づかない。
「うわあオシャさん、モテるんですねェ」
「愛に国境はねェからな！」
種族は関係あるのだか、そこは言及するまい。
周囲にやるせない匂いを振りまきながら、オシャと花はにこやかに歩く。
ちょっとどころかすっかり元気を取り戻したオシャは、花の手の中でぷらぷら揺れている。ぷらぷらするたびに甘酸っぱい匂いも振りまかれる。歩く公害であった。
□―――人形蒐集家の屋敷
「ごめんくださーい」
「やあ、よく来てくれたね」
花とオシャを迎え入れたのは、英国紳士風に口ひげを生やした初老のおじさまだった。
「お届けものにあがりました」
「や、ありがとう」
言いかけた蒐集家の声が、オシャを見て止まった。むしろ異臭に釣られて顔を向けたら、オシャが居たと言うべきか。
「太巻さんからのメッセージをお伝えしますね」
花は紙片を取り出して、硬直しているおじさまの前で太巻のメッセージを読み上げた。
「えーと。『かわいがってください。受け取らなかったら命はないです。どうぞよろしく』」
この世の終わりのような顔で、蒐集家はオシャを受け取った。なんとも言えない匂いは、花の手から、蒐集家の手に移る。
「あーあー、こんなサエねェジジイがオレのパトロンかよ」
突然喋りだしたオシャの言葉が、余計に英国紳士の疲労を濃くさせる。
「たまんねェなぁ。おいジジイ、言っとくけどオレのことは神のように扱えよ！神棚作って、毎日お供えだ！好きなものはお金と女とカレーとごはん。言っとくがインスタントは認めねェ」
きっとたまんねェと思っていたのはオシャよりも誰よりも、蒐集家だったに違いない。オシャを手放せば命を狙われるのである。
「じゃあ、この同意書にサインをお願いします。あ、血判で」
と、花は太巻に渡された同意書を「返品不可」の蓋と一緒に差し出した。
何もかも諦めきった顔で、紳士はそれにサインをした。血判も押した。
「じゃァな、花ちゃん。しっかり男のハートをキャッチするんだぜ！ラヴをゲットだ！ゲッチュ―――ッ！！！」
「はい！ありがとうございます！！」
死にそうな顔をしている蒐集家にぺこりと頭を下げて、花は歩き出した。
ゲッチュ――――！！
オシャの声が、いつまでもいつまでも花を見送っていた。
□―――後日談
「あ。腹減ったな。花チャン、ラーメン食…」
「お買い物が先です」
「じゃあ本屋でエッチな本…」
「三下さんにはあげられないですよぅ」
喜ぶと思うんだけどなぁ、と太巻はぼやいている。太巻は自分が興味のある対象にふらふらと引き付けられるから、中々目的地のデパートに行きつかない。
「あ、じゃあ花ちゃんここは？案外喜ばれるかもよ」
「えっと…ここ、なんのお店ですか？」
「大人の玩具」
「だめですっ」
デパートまでの道のりは長い。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
・1476 / 鏑木・花 / 女 / 24 / 喫茶店店員
NPC
・太巻大介（うずまきだいすけ）/ 紹介屋 / 欲望に忠実
・オシャ/本名太巻オシャベリ。太巻大介によって命名。不思議な力が宿った人形で、「性格が名付け親に似てしまう」のが特徴。
・草間武彦/色々と迷惑をこうむっている怪奇探偵
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■ ライター通信 ■
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こんにちは！ご依頼受理ありがとうございます。
いただいたプレイングを参考に、とても楽しく書かせていただきました。
今回この小説を書いている時、太巻の名前が「渦巻」になってました。
気づきませんでした。最近よく名前を打つので「ふとまき」変換をやめ、「うずまき」をちゃんと単語登録したせいで生じたミスなんですが…。ワードソフトの機能「全置換」がこれほどありがたく感じた日はなかったです。
食事中にお読みになっていたらごめんなさいな話題ですみません。楽しんでいただけたら幸いです。
どうもありがとうございました！
在原飛鳥
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