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<東京怪談ノベル(シングル)>


差し伸べられた手

 とある噂が流れた。
「人身売買・・・臓器売買・・・すべて違法。
だから警察の手入れが入るらしい」
この噂が本当ならば、どんな企業であれ、開発の停止、
いや放棄、そして逃亡を企てるだろう。
そう、ここも例外ではない。
スポンサーである企業が手を引いてしまった。
手入れが入ってしまうと、どうにもできないまでになっていたから。
みあおの増産を行っていた企業は、実験体の処分と、売却を早急に進め、
手入れから逃れようとした。

 それが好都合だった人物が一人。
海原みあおだった。
みあおは脱出の機を窺っていた。
ちょうどそのとき、この情報が入った。

 企業側は、偶然にも、みあおを売却組へと回し、
失敗作などは処分組へとなった。

 みあおの計画の筋書きは、まず、仲の良かった悪魔娘とともに、
売却組へ素直に回される。
売却組はそれぞれ、買い取り主の元へと、
極秘に輸送の形を取ることになっているので、機会を狙って、
買い取り主を殺してでも自由を取り戻すというものだった。

 殺してでも得たい自由。

その自由の正体は掴めないまま、みあおは悪魔娘と計画を進めた。
「幸せの青い鳥」は自分以外を幸せにするので、失敗作たちに幸運を。
その幸運は、クローン機器の破壊だった。
どうせ処分されるなら、研究所を破壊するのだ。
都合のいい事に、クローン機器は研究所の要になっており、
メインコンピューターと連動している。
これを破壊できれば、自動的にメインコンピューターの破壊、
そして研究所の破壊にも繋がるのだ。
肉体を持つクローン。しかし心は持たない。
心を痛めながらも、みあおは研究所の破壊を決心していた。

 某日、深夜・・・。

 多額の金を危険と引き換えに受け取った運送業者は、
トラックにスモークを施したガラスケースを一つずつ乗せ、
売却組を運んで行った。
トラックには、「黒アリ引っ越しセンター」とカモフラージュし、
大きなガラスケースは引越し荷物を運んでいるように見せかけている。
売却組は運良く、2体で一組だったので、悪魔娘と同じ組になれた。
深夜に売却組の輸送は行われる。そして、処分は早朝。
スモークを施してあるガラスケースの中では、
朝なのか夜なのかわからない。
みあおはハーピーの姿になって五感を済ます。
もうすぐ日が昇る。
朝特有の、済んだ空気と静寂、その中に少し喧騒が混じり始めていた。
もうすぐ早朝だと、すべての感覚がみあおに告げた。
そして、それはみあおに確信をもたらし、
計画遂行の開始の合図となった。
みあおは天使姿に変身し始めた。
改造され手に入れた力を使うというのは、皮肉以外の何物でもないが・・・。
自由のために。
青い閃光がみあおを包み、美しい女性の姿に・・・そして青い羽と頭上の輪。
深呼吸し、意識を集中する。
みあおの銀色の目には、青い光が走る・・・そして幸運の力を発動する。
悪魔娘は心配そうにみあおを見つめていたが、傍に寄りそうようにして、
みあおの手を握った。
悪魔娘の中にある、研究所の記憶とみあおの研究所の記憶。
それを総合して、まるで映画のように鮮明に映る、中の映像。
頭に浮かぶ研究室のビジョン。
その中には、透明なガラスケースと人の形をした肉の塊。
もっと意識を集中する。
ここまでくれば、記憶に頼らず、力を発揮したお陰で、現実の映像がみあおの元へと届く。
クローン機器に繋がる配線をたどり、メインコンピューターの中へ。
その中のマイクロチップに目をつけた。
これから、研究所が爆破される。
その衝撃はクローンたちにも伝わるだろう。
そのことにみあおは心を痛めずにはいられない。

「ごめんね・・・。きっと痛いよね。ごめんね・・・」

一粒の涙が頬をつたう。
口をきゅっと涙がそれ以上流れるのを止めるように結び、意識を集中し、
それを爆破する。
緊急信号が所内に響き渡り、研究者たちが右往左往する中、
みあおはどんどん爆破していった。

みあおは疑わない。
これだけスムーズに研究所の破壊ができていることに。
電気をショートさせたわけでもない。
マイクロチップを破壊しただけ。
なのに、爆発している。あらゆるところが。

クローン機器のガラスケースは割れ、その中から培養液とともに、
みあおの形をしたものたちが流れる。
割れたガラスケースから流れ出て、体全体から水が引いていく。
そして顔から水が引いていく瞬間、みあおにはそれが涙のように見えた。
心を与えられなかったものたちが・・・泣くわけはないが、まるでみあおに礼を言っているようだった。
「ありがとう。解放してくれて」・・・と。

その様子を見て、みあおは、静に優しく微笑んだ・・・。

 破壊作業が終了し、子どもの姿に戻ったと同時にトラックが止まった。
足音がこちらへ向ってくる。

買い取り主?

それともトラックの運転手?

誰?

その足音は、何もやましいことはしていないと言うように
堂々としていた。
コツコツ・・・と緩やかに単調な靴音。

ガラスケースが開けられ、一気に緊張は高まる。
みあおは精神を集中し、ハーピーに変身した。
買い取り主を殺してでも・・・自由を得るために。
そこには一人の男が立っていた。

 みあおは知らなかったが、今回の噂を流した張本人、それがこの男だった。
研究所員になりすまし、嘘の手入れの情報を上手くリークした。
噂は拡大されながらも、核心は変わらず流れるように器用に操りながら。
そして、研究所の破壊。
マイクロチップを破壊したところでデータが所々紛失するだけだ。
同じタイミングで、小型爆弾を事前に設置し、
リモコンのボタンを押したのもこの男だった。
そして、すべての実験体の回収とその後の身の振り方も。
バイヤーに扮してみあおを買ったのも。
全てはこの男がやったことだった。

 いきなり入ってきた光に目が慣れず、
黒い視界からだんだん景色がぼやけながらも鮮明になってくる。
きつく瞑っていた目をそーっと開けると目の前には一人の男。
光の逆行で、顔は見えない。

しかし、口元だけが不思議と鮮明に映り、男が微笑んだ気がした。
その微笑が自分の計画の成功を嬉しがってか、
みあおに会えたからかは、
分からないが・・・。

今では、その男がみあおの育ての親となっている。
みあおを養女として男が引き取ったのだ。
これからが、みあおの人生の始まりになる。
どんな形であれ、自由を手に入れた。
みあおのためにみあおが生きる人生が・・・。