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梅雨のお助け部隊、発動!
梅雨です。雨です。じめじめです。
連日続く雨に気分も沈みがち、ついついだらしなく部屋を汚くしちゃったり…何てことありませんか?ついこないだ買ってきたパンにいつの間にかカビが生え、そのうち自分にもカビが生えちゃう、なんて心配ありませんか?
そんなあなたにご朗報!
滅入った気分の象徴のようなあなたの汚い部屋を一掃、気分も一転。
その名も梅雨のお助け部隊。
電話一本ですぐに駆けつけ、あなたのお部屋を瞬く間に綺麗にしてみせます。これで気持ちが沈みがちの梅雨もバッチリ。外は雨でも心の中は晴天。そんな日々、手に入れてみませんか?心の平穏は綺麗な部屋から!
「ねえ草間さん。中々良いでしょう、このチラシ」
「…何でこんなものが此処に?どうせ新聞の折込だろう、くだらん」
「ひどい。そんな一蹴することないじゃないですか」
「くだらないと思うからそう言ったんだ」
「もう、作ったヒトの気持ちも考えないでそんなこと言う」
「そんな奴のことは知らないしこれから知る気も無い。俺には関係ないことだ」
「関係有りますよ」
「無いね」
「有ります」
「無い。しつこいぞ、零。何でそんなムキになるんだ。このチラシを作った奴を知ってるのか?」
「ええ、知ってますよ。それはもう、誰よりも」
「………誰だ?」
「私です。」
―――――――ガタッ!
「ああっ!そんなわざとコケなくてもいいじゃないですか!」
「……………俺は知らん。寝る」
「あー……。あらあら、草間さんは何故かソファに横になってしまいました。何か急に疲れたような顔になってしまいましたけど、これはきっと私の気のせいですよね?まあ気を取り直して…。これ、良いと思いませんか?依頼人の方のお部屋をお掃除してあげるんです。お掃除好きな方にはぴったりだと思うんですけども。ここまで言えばもうお分かりですよね?」
零は有無を言わさないような笑みを浮かべて言った。
「さあ、梅雨のお助け部隊、出動です!」
そしてチラシの終わりのほうには、こう書かれていた。
―――――頑固なカビ、積もり積もった埃、不死身の害虫、しつこい霊障、他諸々何でも片付けます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「皆さん、頑張ってくださいね〜!」
興信所のドアから顔を覗かせ、大きく手を振る零に見送られ、自称『お助け部隊』の面々は依頼人の下へと出かけることになった。
零にヒラヒラと笑顔で手を振り、小雨の中を足早に進むのは三人。いずれも女性ばかりだ。
「わぁ、シュラインさんもみなもさんも、何だか大荷物ですね」
その中の一人で、一際背の低い小柄な少女が、他の二人に向けて言った。志神みかね(しがみ・みかね)、都内の私立高校に通う15歳の少女である。腰ほどまで伸ばした黒い髪をなびかせ、颯爽と高校の制服を着こなす姿は見る者に爽やかなものを感じさせる。ニコニコと微笑んでいるその瞳はほんのりと緑みが掛かっているようだ。みかねは、共に歩いている二人の女性ー…否、そのうちの一人はみかねよりも歳若い少女なのだがー…の手に下げられている大きな紙袋を見つめ、嘆息の溜息を漏らしていた。
「そうぉ?でもこれぐらいは必要じゃないかしら」
みかねの言葉に、多少苦笑して、己の手に提げた袋をちょいと持ち上げてみせる。歳は20歳半ばか後半ほどだろうか、切れ長の青い瞳を持ち、長い黒髪を後頭部で無造作に束ね丸めている。彼女の名はシュライン・エマ。翻訳家でありながらゴーストライターでもある彼女の目下の仕事は、草間興信所での家事手伝いである。友人でもある零の頼みを断れるはずも無く、自分が考えうる限りの『お助け道具』を紙袋に詰めて持ってきたのだが…。
「みかねさんのほうこそ、妙に身軽ですね…どこかに隠し持っているんですか?」
シュラインと同じく、大きな紙袋を提げ、にこにこと微笑みながらみかねに尋ねる少女。まだ13,4歳ほどだがみかねよりも背は高く、青い髪と瞳を持つ中々の美少女だ。彼女、海原みなも(うなばら・みなも)は小雨の中でも傘を差さずスタスタと歩いているが、彼女自身は少しも濡れてはいない。その様子に不審を感じた通行人がチラチラと振り返りながら通り過ぎていくが、みなも自身は少しも気にしていないらしい。人魚の末裔である彼女にとっては、自分に降りかかる雨の滴を避けることなど簡単なことなのだ。
みなもにそう尋ねられ、照れ笑いを浮かべながらみかねが答えた。
「えへへ、実は今日は学校帰りで、そのまま来たんです。だから何も用意してこなくって。すいません」
「いいわよ、消毒用エタノールも中性洗剤も、二本も三本もなきゃ駄目ってことないしね」
「そうです、それに私だって、何もお掃除用の道具だけ持ってきたわけじゃないですし」
両脇からフォローを入れてもらい、ホッと安心したような笑みを浮かべるみかね。
そうして暫し大通りを歩き、零に手渡された地図を頼りに薄暗い路地をいくつも通り抜けたところに、『それ』は在った。
「……これまた…何だかスゴイ処に来ちゃったわね」
「…そうですねー…うぅ、ホントに人が住んでるんでしょうか?」
「まぁ、お掃除し甲斐がありそうですね」
『それ』を見上げながら三者三様の感想を各自で勝手に述べる彼女たち。
だがその表情は揃って、呆気に取られ苦笑いを浮かべていた。
『それ』は、一言で言うと廃墟そのものだった。
洋風の店構えをしているがうす呆けた壁に曇りガラス、周辺にどす黒いオーラのようなものを放っているように見えた。
入り口の上に、申し訳程度に掛けられている看板には屋号なのだろうか、『極光』の文字。
彼女たちの心の中に、
(胡散臭い…)
の言葉が浮かんだのは云うまでも無い。
シュラインは零から手渡された地図と目の前の洋風の廃墟を交互に見比べ、
「…でも地図から云うとここなのよねえ…」
そう呟いた。
シュラインの呟きを聞き、慰めるようにみなもが言う。
「まぁ、とりあえず声を掛けてみましょうよ。依頼人ならそれで良し、もし間違っているなら謝ればいいんですから」
「…そうね、とりあえずアクションを起こさないことにはなにも始まらないしね」
コクコクと頷きあっている妙齢の美女と幼い少女。そしてその隣では、制服姿の少女が小さく震えていた。
「…お化け出そう…」
そしてシュラインが意を決して息を吸い込んだそのとき、三人の『心の中に』声が響いた。
――――――――(…草間興信所の方々ですか?)
「…誰!?」
思わず小さく叫び、三人はバッと道のほうを振り向くが、そこには誰もいなかった。
「おかしいですね…」
口の中で小さく呟くみなもの言葉を聞き、シュラインとみかね首をかしげながらもまた店の方に向き直る。
『!!!』
そして三人は目を見開いた。
今まで何もいなかった玄関の前に、一匹の白い犬が行儀良く座りながらそこにいた。
「わ…」
口を開いたのはみかねだった。
「び、吃驚したあ。ワンちゃん、いつの間にそこにいたの?」
白い中型犬に驚きつつも、笑顔を浮かべて近づこうとするみかねを、シュラインが制止した。
緊張した面持ちで、じっと犬を見つめる。
「…待って、不用意に近づかないほうがいいわ。明らかに怪しいもの。
それに…あれは犬じゃなくて狼よ」
シュラインの言葉にみかねとみなもは驚いて彼女のほうを見た。
当の犬…いや白狼は、心なしか、ほう、と感心したような視線を向ける。
そしてまた三人の心に直接声が響いた。
――――――――(草間興信所の方々ですか?イエス、ノー?)
家の前に陣取っている狼は、目を細めて彼女らを見つめていた。
「まさか…」
誰とはなしに呟く。
そして顔を見合わせ、シュラインが恐る恐る声を出した。
「…イエスよ」
その言葉を聞くと、白い狼は満足そうに微かに頷いた。そしてすっくと立ち上がり、身と尻尾をひるがえして店の中に消えた。
その狼の姿を見送り、不安げな顔でシュラインとみなもを交互に見るみかね。
「あれって…ついて来いって云ってるんでしょうか」
「…どうやらそうみたいね…。彼は中々ご主人様に忠実なようね」
「それとも、彼自身が依頼人かもしれませんよ?」
みなもはフ、と微笑んで足を踏み出した。
「中に入りましょう。誘って頂いてるんですし、よもや危害を与えられることはないでしょうし」
みなもの言葉に二人は頷き、微かに開いている重い扉をギギィ、と開けた。
中に入った三人を待っていたのは、外装と似たように古めかしい品物の数々だった。
あまりその筋ー…オカルト関係には詳しくないシャオランらにも、明らかに怪しいと思われる品々ばかりが棚に所狭しと並べられている。
件の狼は、とキョロキョロと店内を見渡すと、店の奥ー…本来ならば店主が座っているだろう椅子にちょこんと鎮座していた。
そしてまた頭の中に例の声が響く。
(ようこそいらっしゃいませ『極光』へ。私は店主代理のオーロラと申します)
今度は驚くものはいなかった。代わりに眉を潜め不審そうな顔を白い狼ー…オーロラへと向ける。
「…オーロラさん…?店主代理ってどういうこと?あなたが依頼人なの?」
シュラインの問いにオーロラは尻尾を微かに動かしながら答えた。
(違います。本当の依頼人は私のご主人様であり、当店の店主であるステラ・ミラ様。彼女は只今海外に出掛けておりまして、代わりに私が店長代理…店番をしているのですが、どうにも店の奥を片付ける余裕がありませんで)
そう言ってー…と言っても彼女ら三人の心の中に直接響くだけだがー…オーロラは耳を伏せた。丁度人間で云うと自嘲した、といった感じだろう。
「…ということは…」
みなもが確認するように他の二人を見つめる。
「とりあえず、店の奥を片付けたらいいわけね」
シュラインはニッコリ微笑んで頷いた。その横のみかねは、まだ怯えているのか不安そうな顔をしていたが。
「オーロラさん、私たちに任せておいて。ご主人様が帰ってくるまでに綺麗にしてあげる」
オーロラに案内され足を踏み入れた奥の部屋。彼に言わせると、この部屋は彼のご主人であるステラの秘蔵の品ばかり集められた部屋らしい。商品を展示してある部屋もお世辞にも綺麗とはいえなかったものだが、さらにこの部屋は混沌のようだった。つまり簡単に言うと、散らかっていた。あまり広くは無い部屋の中に明らかに収納不可能なほどバラまかれた、古今東西の本、絵画を初め何に使うのか検討もつかないような品物たち。その全てがオカルト、魔術関連のものであることは云うまでも無い。
彼女たちをこの部屋に案内してきたオーロラは、店番があるのか、ではよろしくお願いします、と云って足早に去っていってしまった。
取り残された三人は、部屋の真ん中あたりに立ち尽くして部屋を見渡してみた。
「…さて、どうしよっか」
腰に手をあてながらシュラインが云う。
「そうですね…とりあえず床に散らばっているものを片付けて…って」
台詞を半ばで止め、チラリとみなものほうを見たみかねが固まった。
「み、み、みなもさんっ!何着てるんですかっ!」
みなもに指をさしプルプルと震える。
当のみなもは、何を云っているんだ、という顔で首をかしげた。
「何って…防水型実用性重視の掃除用コスチュームですけど」
「掃除用コスチュームって…それ、メイド服じゃないの」
呆気に取られ苦笑して云うシュライン。
彼女の言うとおり、みなもがいそいそと着替えた『それ』は、何処からどう見ても、いわゆる『メイド服』だった。
「あら、見かけに騙されちゃいけませんよ。これはこう見ても水は弾くし大抵の汚れには強いし重さは感じないしで万能なんです。そうだ、皆さんも如何です?」
ニッコリと微笑み、持っていた紙袋からズルリと畳まれた服を取り出す。有無を言わさない笑顔で二人にそれを手渡した。
『…………!!!』
二人がべろんとそれを広げてみると、予測していた通り、みなもが着ているのと同じような服だった。
「……あ、あたしこれを着るですか…!?」
口をパクパクさせてメイド服を指差すのはみかね。シュラインのほうは絶句しながら、
「…まさかこの歳になってメイド服を身に着けるとは…」
がくり、と肩を落とした。
だが笑顔でソレを薦めてくるみなもに抗えるはずも無く。
二人は渋々とメイドの姿になったのだった。
「さっ、さぁやるわよぅ!」
姿だけはメイドさんになってやる気も出たのか、それともヤケになったのか、シュラインは腰に手を当て叫んだ。
「あら、シュラインさんやる気ですね」
にこにこと嬉しそうにメイド姿のシュラインを見つめる、同じくメイド姿のみなも。
みかねは、というと、隅のほうで丸まりながら溜息をついていた。
「…何でこんな羽目に…」
そんなみかねに、優しく「似合ってますよ」と声をかけるフォローも忘れないみなもだ。
「…もう着替えてしまったものは仕方ない…」
ボソ、とシュラインが云い、バッと顔を上げてパァンと手を叩く。
「はいはい、じゃあお仕事開始っ!各自頑張りましょう!」
『はいっ!』
「お掃除お掃除っと…」
いつも興信所の雑用で慣れているのか、てきぱきと床に散らばった書物を棚に戻し、呪術道具と思しき品物を適当に棚の上や机の上に固めていくシュライン。そのシュラインに負けじとテキパキと作業をしていくみなもを尻目に、みかねはあまり手馴れていない様子でちょこまかと二人の間を動いている状態だった。
「さて、これで一段落かしら」
ある程度片付いた室内を見てやれやれ、と息をつく。
「シュラインさん、これからどうするんですか?」
みかねの問いに、
「ん?この際一気に綺麗にしちゃおうと思って。戸棚の奥にしつこそうな汚れも発見したしね。そんなときに便利なのがこれ♪」
ごそごそと持ってきた紙袋から取り出したものを見て、みかねが驚いた声を上げる。
「食器洗い用の洗剤?そんなもの、どうするんですか?」
「ふふふ、これが結構役に立つのよ。これを汚れた場所に塗って、その上にラップを被せて暫く置いておくだけで、かなり汚れが楽に取れるのよ。変に強い薬も使ってないから人体への心配もないしね」
「へぇ、すごい物知りですね、シュラインさん!まるで若奥様みたいです」
感動するようなみかねの言葉に、苦笑いを浮かべながら、
「…若奥様じゃないんだけどねー。…まぁいいわ。私はこれをやるから、みかねちゃんはこれをお願い」
そう言ってみかねに手渡したのは消毒用のエタノールに乾拭き用の雑巾だった。
「雑巾掛けですか?」
「そう。仕上げにね。それをやっとくとカビ対策にもいいのよぅ」
「はい、分かりました!頑張りますね!」
雑巾を握り締め、ビシッと敬礼の真似事をするみかね。
そんな二人のやりとりを柔和な微笑を浮かべながら眺めていたみなもは、一人でボソボソと呟いた。
「さて、私は…湿度が溜まってるようなので、それをまず片付けようかしら。湿気はコップにまとめて、あとでポイすればいいし、あとはカビね。こすってこすって退治しましょ」
そう言い、念じながら持参したコップに湿気を集めだす。
無論のことみなもにしか出来ない芸当だ。
そして三人は各自の作業に取り掛かった。
その数時間後ー…
雑巾掛けを命じられたみかねは、雑巾かけを片手に机や床を拭いて回りながらも、目につく興味深そうな書物やら絵画に手を出したりもしていた。
「へぇ、表紙が綺麗」
表紙に描かれている、見たことのない文字が気に入り、ふとその分厚い本を棚から手にとってみる。
…思えば、それが全ての間違いだったのかもしれない。
「どんな内容なんだろう…全然読めないや。って当たり前よね」
てへへ、と笑いながら本を棚に戻ろうとしー…そして『見てはならないもの』を見てしまった。
「………?」
棚に戻そうとしたところで、その棚の後ろからカサコソという音が聞こえた…と思った次の瞬間、棚の後ろからすごいスピードで黒い物体が這い出てきた。
壁の上をカサコソっと目にも留まらぬスピードで天井の方へと逃げる。
その黒い物体の姿を確認したとたん、みかねの体が固まった。
「で…出たァッ!!!」
目を見開き、大声で叫び、わたわたと二人のほうに駆け寄る。
「出ました出ました、奴がっ!!今棚の後ろから奴がっ!」
錯乱しながらシュラインにすがりつく。
「奴!?奴ってまさか…!」
シュラインは顔面蒼白になりながら、みかねの指差すほうを見る。
そして『奴』を見てしまった。
「き……きゃあああああああああああああっ!!!!」
甲高い悲鳴をあげ、髪を逆立ててその場に硬直する。
「シュラインさん!?」
みなもは慌ててシュラインに駆け寄るが、硬直したまま口をパクパクいわせているだけだ。
「シュラインさんが大変っ!みかねさん、何がどうしたんですか!?」
「奴が…奴が…!」
ふるふると震えながらジッとその黒い物体を射る様に見つめているみかね。
「ごきぶりよっ!!」
「ああ…ゴキブリですか。この時期には仕方有りませんよね…。シュラインさんはそんなに苦手なんですか?」
あまりに冷静なみなもの問い掛けに、ハッと我に返るシュライン。そして慌てて入り口のあたりに後ずさりながら叫ぶ。
「わっ、私、ヤツだけは駄目なのよぅ。お願い、何とかして〜!!!」
日ごろの冷静さなど何処吹く風で、今にも泣きそうになりながらドアのあたりに非難する。
そんなシュラインを見て、みなもはコクリと頷き、
「分かりました、退治します!やりましょう、みかねさん!」
だがみかねのほうは震えていて動こうともしない。
みなもは仕方なく、殺虫剤を片手に黒い害虫を追いかけることにした。
「えいっ、えいっ!」
シュー、シュー、と追いかけつつ白い煙を吹きかけるがヤツはびくともしない。
「はぁ…っ。この害虫、なかなかしぶといですね」
額の汗を拭いながら一息つくが、まだ黒い害虫はそこらを這い回っている。
「…また隠れたら厄介なことになりそうですね。さっさと息の根を止めないと…」
そう云ったところで振り向いていみると、震えていたみかねが復活したのか、殺虫剤を片手に仁王立ちになっていた。
「みかねさん。もう大丈夫なんですか?」
「大丈夫!害虫はちゃんと駆除しないといけないですもんねっ!」
意を決して、みなもと共に殺虫剤を拭きかけながら害虫を追いかける。
ちなみにその間、シュラインはドア付近で固まったままである。
「えいっ!もうっ…このごきぶり、しつこすぎっ!生命力強すぎっ!」
二人して追いかけながら、ぜいぜいと息をつく。
「でも…こんなに強いものでしょうか?」
「うーん…よくわかんないけど…。あっ、もしかしてこの部屋、色んなオカルト関係のものがあるみたいだから、その所為で普通のヤツより強くなったとか?」
冗談交じりにみかねが云う。だがみなもには通じなかったようで、
「成る程…。そういうことも有り得るかもしれませんね」
「…みなもさん…。冗談通じないんだね」
少々呆然としてしまったみなもだった。
勿論こんなことをしている間にも、カサコソと害虫はそこらを元気に動き回っている。
駄目で元々とばかりに、勢い良く殺虫剤をかけてみるが、やはりそれでも弱る気配は無い。
「うー…」
何度殺虫剤を噴射しても全く現れない効き目に業を煮やしたのか、みかねが眉をつりあげ口を尖らせた。
「…みかねさん?」
「あ〜もうっ!ムカツク、このごきぶりっ!!!!」
そうみかねが叫ぶのと同時に、部屋の床に転がっていたゴミ袋やダンボールが、ふわりと浮かび上がった。
「!!?」
その様子に目を見張るみなも。
きちんと片付けた棚からも、書物や絵画が独りでに抜け、宙に浮かびはじめる。
「ごきぶりなんか…ゴキブリなんか、死んじゃえっ!!!」
みかねがそう叫ぶと、宙に浮かんでいたものたちが、すごいスピードで宙を飛び回り始める。
「み、みかねさんっ!」
みなもは飛び回るものにぶつけられないよう、頭を庇いながら入り口のほうに避難する。
当のみかねはそれらにぶつけられることも無く、苛つきと怒りで、半ば無意識に起こしてしまった『念動力』は、短い間で収まる気配はないようだった。
そして数十分後、また混沌と化してしまった部屋の中で、みかねはハッと我に返った。
「ごっ、ごきぶりは!!?」
「……とっくに息絶えてます。ほら、そこ」
呆れ果てた顔で、本に潰れて死んでいるゴキブリの死骸を指差す。
「…よ、良かったぁ〜…」
安心して気が抜けたのか、へなへなと床に腰を下ろす。
そして、ふと部屋の中を見渡し、その惨状にやっと気がついた。
「あ………」
三人は冷や汗を垂らしながら、お互いの顔を見合っていた。
それから部屋をまた片付けるのに、倍の時間が掛かったことは云うまでも無い。
(シュラインさま、みかねさま、みなもさま、終わりましたか?)
すっかり日が暮れ、トテトテと三人のいる部屋にやってきたオーロラ。
彼女たちは彼の姿を見ると、ホッとした顔を浮かべた。
みかねの起こした念動力によってまた混沌と化した部屋を元のように…否元以上の綺麗さに片付けることが出来たのは、その数分前のこと。
「…ギリギリで間に合いましたね」
「…そうね。全く働き者だわ、私たちは」
「ご、ごめんなさいいぃ〜…」
それぞれ笑顔をオーロラに浮かべながら、こそこそと囁きあう。
オーロラはその様子を見て不思議そうに首をかしげ、ふいに首を背後にやった。
(…何とか綺麗になったようですね。ステラ様、見てやってください)
そのオーロラの言葉に、彼の背後にいつの間にか立っていた人物に目をやった。
いつの間にこの家に帰っていたのだろう、気配も無く現れたのは長身の神秘的な雰囲気をかもし出している二十代程の美女だった。
肌の色は透けるほど白く、漆黒の髪を腰まで伸ばし、同じく黒い瞳でジッと三人を見つめていた。
彼女がオーロラの主人であり、この店の店長でもあるステラなのだろう、オーロラの毛並みを優しく撫でながら口を開いた。
「…貴方方が、草間さんのところから来られた方々?」
無表情のまま首を傾げて尋ねる。
三人は顔を見合わせ、シュラインが答えた。
「…そうです。お留守だったんですが、その…オーロラに云われて」
恐る恐る云うシュラインの言葉に、微かに微笑み、
「有難う御座います。本当はオーロラに任せておいて大丈夫かな、と思っていたんだけど…。とても綺麗にして頂いたようで。本当に助かりました」
そう言って深々と頭を下げる。
「この部屋、私の趣味で…。見た人を引きずりこむ絵画や、半漁人やゾンビや吸血鬼の大群が発生する本やら、鬼や妖怪を封じ込めた呪符やら、呪いをかけてくる品々やらがあるので…。大丈夫でしたか?呪い、かけられませんでした?」
「……………」
三人は苦笑して顔を見合わせた。
呪いにはかかっていないが、よもや生命力が強くなったゴキブリを倒すため四苦八苦していたとはとてもいえない。
「だ…」
「大丈夫でした。はい」
仕方なく、ニコニコと笑っておくことにした。
「そうですか…それは良かった。私、安心しました」
無表情のまま胸に手を当てるステラ。
そして彼女は、シュラインら三人に促すように云った。
「それで…お代は如何ほど?」
その言葉を聞き、慌ててみかねが云う。
「いや、お代なんて…。殆ど慈善事業でやってるようなもんですから!」
「そうです、それにこちらも結構楽しかったですし」
「そう…?でもそれじゃあ何だか悪いわ。こちらは掃除してもらったのに…」
ステラは暫し考え、ふと思いついたように顔を上げた。
「それじゃあ…お礼として、何か好きなものをお一人に一つだけ差し上げるわ。何でも云ってください」
ステラのその言葉に、三人は驚いたように目を見張った。
「何でもって…な、何でも?」
「ええ、何でも。古代の魔術全集でもシャーマンの秘術を網羅した、本当に呪いをかけることの出来る本でも。貴重なものばかりですよ」
「…貴重なものって…全部オカルトじゃないですか」
みかねはハァ、と溜息をつき、今しがた自分たちが片付けたばかりの部屋を振り返った。
みかね自身はオカルトやら魔術辺りには興味は無い。かといって、ステラの折角の申し出を無下にするわけにも…。
そう思いながら、小さくポツリと呟いた。
「あたしは、美味しいお茶とお菓子があれば、それで…」
ステラは、そのみかねの言葉を耳ざとく聞きつけ、
「美味しいお茶とお菓子?それで良いのですか?」
「あっ…。いや、そんなものがあったら嬉しいなあって…」
聞かれていたことに驚き、おずおずと言う。
ステラは相変わらずの無表情ながらも微かに微笑み、
「分かりました、美味しいお茶とお菓子ですね。丁度、イギリスに行っていた頃の美味しいお茶が残っているんですよ。それは如何?」
「あっ…は、はい!ありがたく頂きます!」
ステラの言葉に、顔を輝かせピョコンと頭を下げる。
「えっと…みなもさん、だったかしら…。貴方は何が?」
「あ…私もそれがいいです。イギリスの美味しいお茶、是非飲みたいです」
話を振られ、ニッコリと微笑む。
そしてステラを視線がシュラインに向けられると、シュラインは苦笑しながら云った。
「私も…それでいいんだけど。出来れば必要経費は欲しい気がするのよね」
「はい、勿論必要経費はお渡ししますよ。そのほかには…宜しいんですか?」
その言葉に、シュラインは暫し考えてから微笑んで云った。
「ここって…お店よね?」
「ええ、一応古本屋を営んでいるわ」
「じゃあ…興信所の宣伝ってのはどう?別にビラをまいたりポスター貼ったり、みたいな本格的なことじゃなくて…。ここに来るお客さんに、何気なくでいいから宣伝して欲しいな、と思うのよね。どう?口コミって結構重要なのよ」
ステラは口の端を僅かに持ち上げ、コクリと頷いた。
「ええ…分かったわ。こんな良い方々がいるんだもの、頼まれなくても宣伝はさせてもらうつもりよ?」
「よかった。じゃあお願いね」
「はい、かしこまりました。では…皆様、居間にいらっしゃいな。美味しいお茶を淹れるわ」
そして三人は、ステラ自慢の紅茶と洋菓子を食べながら、彼女のコレクションについて薀蓄を聞かされることになった。
彼女ら三人がその薀蓄によって、その日の夜、散々うなされた事を、ステラは知る由もなかった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0249 / 志神・みかね / 女 / 15 / 学生】
【1057 / ステラ・ミラ / 女 / 999 / 古本屋の店主】
【1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生】
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■ ライター通信 ■
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非常に遅くなってしまって申し訳ありません、瀬戸太一です。
今回参加していただいたPCの方々、有難う御座いました。
全員女性ということで、何だか妙にまったりした空気が流れていることと思います。
楽しんでいただけると非常に嬉しいです。
それでは、またどこかでお逢いできることを祈って。
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