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首呪
●オープニング
一つ、二つ、三つ。
まだ足りない。もっと、もっと‥‥。
「さぁて、暑くなりだすとこの手の話が多くなってきて、ネタにかなくていいわ」
月刊アトラス編集部の碇麗香が手にし一枚の葉書。
編集部に送られてきた情報だ。
『夜の八重洲のオフィス街に、血塗れの白装束の女が出歩いている』
ただ簡潔にその一言だけが葉書に書かれてあった。これだけでは誌面に載せる訳にはいかない。
「やっぱり、この情報の真偽の確認、詳しい情報が欲しいところよね」
葉書を机の上に放り投げる。
葉書はひらり、と、机の上に無造作に置かれた新聞の上に舞い降りた。
開かれたページには、『通り魔!? 首狩り殺人鬼の凶行!!』と、でかでかと見出しが書かれたあった。
「でも、当の東京駅近辺は危険な殺人事件が連発しているから‥‥そうね、いつものようにアイツらに任しましょうか」
麗香は自分の席に座ると、仕事をしながら来訪者を待つ事にした。
金に困ってアルバイトに来る者、暇を持て余した者。いつもながらにこの編集部を訪れる者を。
「編集長、原稿あがりました!」
三下がいつものように、麗香のところに原稿を持って来た。
「どれどれ‥‥没っ!」
躊躇いなく、シュレッダーにその原稿を投げ入れる、麗香。
「そんなぁ〜っ!」
「当たり前でしょっ! オフィス街のビルの屋上に奉られた祠が壊されただけで、記事になるものですか!」
しゅん、として、三下は自分の席に戻る。
「祟りが起きそうだと思ったのになぁ‥‥」
「馬鹿! 起きそう、じゃなく、起きてからが記事になるのよっ!」
三下の呟きが耳に入り、麗香はその頭に向けてボールペンを投げた。
「痛いですぅぅっ! それに、以前にその祠の傍で自殺があったんですよ!」
「それなのに、その遺体がない、って話でしょ‥‥ん? そのビルってどこだったかしら?」
「八重洲ですよぉ。へんしゅうちょぉぅ‥‥」
あと、三つ‥‥さすれば、あの方は蘇る‥‥。
「あ、あぁ‥‥うわぁぁぁぁっ!」
これで、あと、二つ‥‥。
頭部がない男の身体をあとに、その女は夜の人気ないオフィス街を彷徨う。
今まで生贄として選ばれたのと同じく、屈強な体格をした男の首から血が流れる。
血はいつまでも流れ、死体の周りを染める。夜闇の中で光を持たず、黒い池のように。
●月刊アトラス編集部での一幕
「徘徊する血染めの白装束美女っ! 連続首狩事件っ! 壊された祠と消失した自殺死体っ! うん、とってもおもしろそうだねっ!」
「‥‥大丈夫なの?」
「行くっ! 大丈夫っ! コーヒー沢山持って行くからっ!」
碇麗香の問いに、海原・みあおは魔法瓶(お子様用の牛乳一杯入ったコーヒー)を掲げて、元気はつらつに答えた。
先程の言葉に、微妙なニュアンスが入ってるのに気づき、藤井・葛は苦笑する。
「そう心配するなよ。5人もいれば平気だろ?」
「まぁ、そうだけど‥‥。物騒な感じだから、余計に心配なのよ」
とりあえず護身用に、と、麗香はスタンガンを葛に手渡す。
チラリ、と、三下の方を見れば。
「謎解き面白そう♪ でも、血まみれの女怖ぇ〜から、聖、頼りにしてるから」
葛西・朝幸が編集部に強制連行した、神島・聖に言えば、
「何かええもん食わせてくれるんやて?」
と、聖は聖で、三下に八つ当たりしている。
「給料日前なんですよ〜」
三下は泣いているが、聖にとっては知った事ではない。
「とりあえず、私はネットで情報集めてみるけど、みんなはどうする?」
芹沢・彗が尋ねると、各々考えがあるようで、思い思いに散って行った。
●祟り神
「うわぁー。高いっ!」
自殺者が出たらしい祠がある、ビルの屋上。
みあおは、屋上のフェンスに寄りかかって、眼下に広げられて光景を眺めていた。
東京の空を覆うスモッグで、遠くの景色は見れないが、近くのビルが立ち並んでいる様子や、小さく車や人が通行している場面は、見ていて飽きない。
高いところが好きなので、尚更だ。
「お嬢ちゃん、どうしたのかね?」
突如、背後から老人の声がかけられた。みあおが振り返ってみると、年寄りの男性が立っていた。
それで、自分が何をしに来たのか思い出す。
「おじいちゃんは、ここのビルの管理人さん?」
そう尋ねると、老人は頷く。自分がこのビルにある祠の事を調べに来た、と説明すると、管理人は感心して説明してくれた。どうやら、学校の宿題で調べに来たのだと思われたらしい。
何時からあったか知らないが、このビルが建つ前からこの地にこの祠はあった。ビルが建設される時に取り壊そうとしたのだが、周辺の住人の話から祟りがありそうだと聞き、面倒事を恐れて、このビルの屋上に移転させた。
お稲荷さんでもなく、何が奉られているのか誰も知らない。祠の中を覗こうにも、何だか近づいただけでその気が失せてしまう。
「まぁ、祟りを起こすと言うから、祟り神だと思うがねぇ」
人に害を為す神。死んだもの、殺された人間の恨みが現世の人間に祟るのを恐れ、神として奉り祟りを起こさないのを願う。
よくある話だ。
「まぁ、近所の爺さんなら詳しく知ってるかもしれんがな」
自分もお爺さんなのに、と、みあおは思ったが口に出さない。
「そういえば、ここで自殺した人がいる、って聞いたんだけど‥‥」
「おや、やはり噂になるか‥‥」
苦笑して、管理人はその事について話してくれた。
真夜中に、ビルの警備員がビルの屋上を見回っていたところ、祠の前に女性が倒れているのが発見された。手首から大量の血が流れており、既に息はなかった。その事から自殺だと推測できた。
警備員は一人で巡回していた為、連絡を取りに一旦階下に下りた間に、その遺体は掻き消えてしまった。
夢か幻か。
呼び出された警察の者は、はじめ、そのように思ったが、血痕が残されていた。
その事から、何か重大な事件に巻き込まれたと見て、今も尚、調査中である。
「それが、4日前の事。ほら、あの辺がまだ黒いだろ? 警察の人は、あんなに大量出血していたのでは、確実に亡くなっているだろう、と言ってたが」
手を合わせ、管理人は死者の冥福を祈る。みあおも同じように手を合わせた。
「そういえば、この祠って郷土史とかにあるのかな?」
ふと思い、管理人に尋ねる。
答えは、ない、との事。
口伝ぐらいならあるかもしれない。だからこそ、近所の老人が何か知ってるのだろう。
礼を言うと、みあおはその住所を教えられた老人宅へと向かった。
●口伝
「あ、彗だーっ」
みあおがビルの管理人から教えられた老人宅に向かう途中、彗の姿が目に入り、声をかけた。
声に気づくと、彗は微笑んで駆け寄ってくるみあおが来るのを待つ。
「みあおちゃん、ここにいたんだね」
彗は自分の調査で、祠についてはこの近くに老人に尋ねると詳しい事がわかるかもしれない、とネットの友人に教えられたので、今向かってる最中だという。
「そっか。みあおちゃんも同じとこに向かってるのか」
奇遇な事だ。
いや、必要な情報を持っているのがその人物だけという事なのか。
夕闇迫るオフィス街を通り、ビルの森の中を進んで行くと、ビルの谷間の奥に一軒の民家があった。ドアベルを鳴らすと、中に入って来いと促された。
客間には既に先客がいた。
朝幸。
「よぅ」
朝幸もまた情報収集の為、近隣を聞き回っていたらここに辿り着いたという。
「寂しい一人暮らしなのに、今日はよう客が来るのぉ」
老人が茶を持って客間に入って来た。
その祠の事は口伝ゆえに、あまり正確なものではないかもしれないが、と、一言断って、話し始める。
祠にはあるものが奉られている。
祟り神。
人に害を為す神。死んだもの、殺された人間の恨みが現世の人間に祟るのを恐れ、神として奉り祟りを起こさないのを願う。
そして、封印された存在。
時は平安の時代。
祠の祟り神は、武士の成れの果て。呪術を操る女を従え、人を襲った。
朝廷から遣わされた武士によって討ち滅ぼされたが、死しても尚、怨霊となって人に害為した。術者によってその怨霊――武士と女――は祠に封印された。
だが、その封印は生首を6つ、捧げる事によって解かれると言う。武士の魂を解き放つが為に。
「女の方はどうなんだ?」
「血じゃ。血を捧げる事によって封印が解かれるらしいのぅ。武士と女の封印を解く為の条件を違える事によって、同時に復活せんようにしたらしいわぃ」
朝幸の問いに老人は答えた。その顔は暗い。
先日の事件で、女の封印が解けたのではないかと、思っているようだ。
口伝。
書に記さず、人の口を語り継がれる言い伝え。
何も知らぬ人の目に晒されるのを恐れ、記録しない。
それゆえに、言葉は何時しかぼやけ、誤った情報が語り継がれ、ただの噂となる。
「という事は‥‥首狩り殺人鬼はその女の霊‥‥?」
彗の呟きに老人は、多分そうじゃな、と答えた。
残り、2つ。事件の記事と照らし合わせると、女が首を集めるのは時間の問題だろう。
「じゃぁ、その女の人って、消えた死体の女の人なのかな?」
老人宅を後にし、皆と合流する為に歩いていると、みなもが言った。
そうなのかもしれない。いや、そうなのだろう。
「自殺した死体に乗り移ってるのだろうな‥‥」と、朝幸。
「そうだね。だから、死体がない自殺なのだろう」と、彗。
何故、そこで自殺したのかはわからないが。
●血と生首と女と
風が寒い。
もう、暑い季節だと言うのに。
「ビル風の事忘れてたな」
夜闇の空、朝幸はビルの上空にいた。
風を操る力。
その力を以って、空に滞在しているのだ。自分の周囲に風を取り巻かせ結界を作る。これで、冷たい風が自分に届く事はないだろう。
寒さに気にする必要がなくなったので、周囲を注意深く観察する。
夜のオフィス街は人気がなく、ビルの明かりもまばらに見えた。まるで、夜の森の中にぽつんとある民家の灯りのように。
「寂しいものだな」
そういえば、三下に「祠んとこにきてくれたら取りにいくよ」と、差し入れを強要していたがどうなったのだろう。
自分がこんな上空にいたのでは、探し当てることも叶わないだろうに。
くくっ、と悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
下の世界では、聖が張った結界を頼りに、皆が徘徊美女を探しているはずだ。もう見つかっただろうか。
連絡を気にして、携帯を取り出す。
不在着信もメールもなし。
なぜなら圏外だから。
「しまったーっ!」
高いビルの更に上空にいれば、流石に携帯の電波も届かない。
「そうそう見つからねぇか」
葛は以前にネット通販で購入した怪しげな心霊グッズを手にして呟いた。
あれから5人は合流し、それぞれの情報を照らし合わせた。
結果、自殺した女は恨みを晴らす為に自分の血を祠に捧げた。だが、恨みを晴らす訳ではなく、ただの信憑性のない噂だった。
それは祠に封じ込められた術者の女をこの世に解き放つ事となった。
祠には怨霊となった武士が未だ封じ込められている。その武士を解き放つには6つの生首が必要である。
だから、女は自殺した女の死体に取り憑き、生首を集める為に人を襲っている。
そこまでわかれば、その女を止めればいい、というのが皆の結論となった。
「ん‥‥? 来たみたいやで」
何かを感じ、聖は皆に知らせる。
自分に範囲10mに入ったものを感知する結界を張っており、その結界内に何者かが侵入したらしい。
囮を放りたかったとこだが、残念ながら適した者はいなかった。
何せ、屈強な体格をした男など、そうそういない。まぁ、そういう体格ならば生気溢れているから、生贄として選ばれるのだろう。
「あれかな?」
霊気の流れを追っていた、みあおが白い影を見つけた。
手には生首。
「‥‥今夜はもう手遅れだったみたいね」
悔しそうに彗がその影の後姿を睨む。
白装束の女は、何処かに向かって歩いていた。この道筋は彗が夕方デジカメで祠を撮影しに行った時と同じ道筋。
間違いなく、白装束の女は祠へと向かっていた。
飛んで逃げたい、と、みあおは思えども、このまま手をこまねいてしまえば、もう二度と防ぐ事のできぬ災いを見過ごしてしまう。
我慢して、皆と一緒に白装束の女の後を追っていく。
そう、仲間がいるし、今は対決する訳でもないから大丈夫だろう。
夜のビルは厳重な警備で閉ざされてると思いきや、白装束の女が手を触れると、簡単に扉を開く。
皆はそれを追うだけなので、警備を気にする必要はない。
やがて屋上に出ると、冷たい風が吹いていた。
白装束の女が祠に向かう途中、風に切り裂かれた。
「何者ぞやっ!」
「首なんてもういいじゃん。おっかないから、ねーさんじっとしててくれよな」
上空から朝幸が姿を現す。
風に乗った血の匂い。
気づいた時には既に遅く、今夜も被害者が出てしまった。
白装束の女が持ちし生首の虚ろなる目。その目が恨めしそうに自分を見ている。それを見て、背筋に悪寒が走る。
風圧を制御し放ったかまいたちは、白装束の女を傷つけるが、血は流れない。既にその身体からは流れるような血は残っていないのだろう。
白装束の女は、屋上に出てきた4人にも気づく。
蝋のように白くなった指先を向け、鋭い刃となった風が襲うが、朝幸の風の壁が阻む。
「これでも喰らいなよ!」
葛が放った護符が、白装束の女に触れると、その動きを拘束した。
効いたんだ、と、自分でも驚く。
続けて、聖がナイフで自分の指先を傷つけると、流れた血が、女を取り巻く。
「もう、痛いお遊びは終わりや」
網目状に取り囲んだ結界が縮小し女を包むと、小さな紅い球となって、地面に、ことり、と音を立てて落ちた。
「どうするの?」
様子を伺ってた彗が、聖に尋ねる。
「破壊してしまうんや。また暴れだしたら滅相もないやからな」
紅玉を手に取ると力をこめようとする。だが、みあおが止めた。
「幽霊の方は仕方がないけど‥‥身体の持ち主は可哀想な人だよね‥‥」
「そうだね。裏切られ、そして噂を信じて自分の命を絶った、可哀想なただの女だよ」
彗がそう言うと、意味ありげに聖に視線を向ける。
「どうにかしてやれよ」と、朝幸が言うも、聖は首を横に振る。
「こうなったら、女の身体や魂だけを取り出す事はできんのや」
「じゃぁ、みあおがする!」
そう言うが早く、みあおは、掌から半透明に白く輝く羽根を舞い飛ばす。
羽根は、紅玉の上で舞うと、ぼんやりとした霊体を取り出す。そして、その霊体を羽根が取り巻くと、一斉に夜空に向けて飛び去った。
黒い空に、白い羽根が幾枚も飛び散る。やがて羽根は小さくなり、夜空に瞬く星に紛れてしまった。
「これで終わりか‥‥」
空を見上げながら、葛が呟いた。
「いや、終わりじゃない。まだ、あの祠に封じられているものが残っている」
朝幸は祠に視線を向けると、今度は聖に向ける」
「なんや、俺が結界を張りなおすんかいな」
疲れたような声で、聖はぼやく。
その聖の肩を叩き、「骨は拾ってあげるから」と、彗は笑った。
「それは俺の台詞や! つか、もう血が足らんわぃ」
「今度は朝幸が祠の前で大量の血を流して、新聞に載るの?」
みあおの言葉に、首をうな垂れる聖であった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1242 / 芹沢・彗(せりざわ・ひたき) / 女 / 17 / 高校生】
【1295 / 神島・聖(かみしま・ひじり) / 男 / 21 / セールスマン】
【1294 / 葛西・朝幸(かさい・ともゆき) / 男 / 16 / 高校生】
【1312 / 藤井・葛(ふじい・かずら) / 女 / 22 / 学生】
【1415 / 海原・みあお(うなばら・みあお) / 女 / 13 / 小学生】
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■ ライター通信 ■
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皆様、はじめまして。月海歩人です。
大変お待たせして、本当に申し訳ありませんでした。
尚、この調査依頼はオープニングを除き、8シーンで構成されています。他の依頼参加者の調査依頼を見る事によって、更に楽しめるかと思います。
さてさて短いですが、これにて。
またのご参加、お待ちしております。
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