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<東京怪談ノベル(シングル)>


 湖の一日
 東京都の外れにある妖怪達の里、霊峰八国山。この、物理的にも精神的にも人里から程近い妖怪の里には、人間、妖怪を問わず、様々な者が訪れる。
 そんな山の西部に、河童達の縄張りになっている湖があった。
 湖の水は、水を司る一部の妖怪達の間では霊水として評判が高く、また、一方では、湖に住む魚達を目当てにやってくる釣り人も多かった。
 だが、近頃、湖を縄張りにする河童達は、ぼやいている。
 「最近、釣りに来る人達がマナー悪いんですよねー…」
 土に返らないペットボトルなどのゴミを捨てていったり、釣りを楽しむために、生態系を破壊する魚を平気で放流したりする釣り人が増えてきたと、河童は言う。
 「昔は、そんな事無かったにゃ…」
 こうした傾向に、山に元々住んでいる他の妖怪達も、ただ、愚痴を言うだけである。
 だが、こうした山の無害な妖怪達の愚痴は、全ての人間達に向けられているわけでは無かった。
 世の中には、ボランティアで湖のゴミを拾いにやってくる、中学生の少女なども居るからだ。
 「そーですか、わざわざ、ありがとうございます」
 湖の河童が、やってきた少女に、嬉しそうにお辞儀をする。
 「いえいえ、いつも、お世話になってますから。あ、湖のお水、少し汲んで帰っても良いですよね?」
 もちろんです。と、河童は答える。
 天気の良い、休日の朝だった。
 海原みなもは、霊峰八国山の湖にやってきた。
 ここの湖には世話になっているし、たまには、ゴミ拾いでもしようかな。と、いうわけである。借りた物は必ず返す、正直な娘だった。
 みなもは、湖の水に手を触れる。
 彼女が手を触れると、湖の水面が静かに波立った。
 頼めば何でもしてくれる、優しい水。
 みなもにとって、この湖の水は、とても相性が良かった。
 …先に、水を汲んじゃおうかな。
 霊水を汲んで帰るのも、彼女の目的の一つである。ゴミ拾いの後に、こっそりと汲んで帰ろうとも思ったのだが、水に触れたら、順番を変えたくなってしまった。
 みなもは持ってきた4つのポリタンクを並べて口を開き、再び湖面に触れた。
 湖面の水は波立ったかと思うと大きく吹き上がり、ポリタンクの口へと殺到した。
 水を操る、みなもの力である。
 湖の霊水は圧縮されながら、整然とポリタンクに吸い込まれていく。
 …よその水だと、こんなに上手く行かないんですけどね。
 やはり、ここの水は特別だと思った。
 こうして持ち帰り用の霊水を確保したみなもは、湖のゴミ拾いを始める。
 まずは、普通に湖の周りを回って、目立つゴミを拾う。あからさまにゴミを捨てている釣り人には、おとなしい湖の河童達の代わりに文句を言ったりしながら、彼女は湖を一回りした。
 ここまでは、比較的普通の湖清掃運動であるが、次にみなもは木陰でひっそりとスクール水着に着替えると、大きなビニール袋を持ち、湖に飛び込んだ。
 ゴミも拾ったし、とりあえず水泳。
 …では、無い。みなもは湖に潜ったまま浮かんでこない。
 5分。10分。
 淡々と時間が過ぎていく。
 みなもは湖の底に居たのだ。
 今、彼女の下半身は魚のような姿になっている。
 人魚。
 彼女を見た物は、きっと、誰もがそう言うだろう。
 人魚の末裔のみなもは、水中で人魚化する事が出来る。人魚化しての湖底でのゴミ拾いは、彼女ならではの作業だった。
 みなもは水の流れを微妙に調節し、水中の目立つゴミをビニール袋に放り込んで固定する。ついでに、元々湖には住んでいないような魚、生態系の破壊に繋がるような魚が居たら、適当に捕まえては水流で地面に打ち上げた。食べられそうな魚はお昼に食べるつもりだった。
 …それにしても、ゴミ、多いなー。
 ペットボトルや釣具の残骸などはともかく、ひどい物になると、テレビなどの大きな家電製品も沈んでいる。
 そりゃ、確かに、何かの法律改正だかで、家電製品も無料で捨てられなくなりましたけどね…
 わざわざ湖に捨てなくても良いのに、と、呆れながら、みなもはゴミを拾い続けた。何度か、釣り人のルアーやテグスなどに体が引っかかりそうになったが、身をかわす。さすがに、釣られるのは恥ずかしかった。もちろん、釣る方としては、人魚が釣れたなんて事になれば、それこそ一生の思い出だろうけども、そういう思い出作りに協力する気は無かった。
 結局、湖底のゴミ全てを片付ける事は、さすがに無理だったが、それでも、昼頃までには、大きなゴミは大分片付ける事が出来た。
 そろそろ、お昼ご飯にしようかな。と、みなもは陸に上がり、魚を裁いたり焼いたりして、昼食の準備を始める。
 きっと、魚の匂いに釣られたのだろう。ちらほらと、猫達が木陰から現れた。地元の化け猫である。
 「お、お勤めご苦労様ですにゃ。
  お茶、入れてきたにゃ」
 やがて、化け猫達の一匹が、みなもの所に湯のみを持ってくる。
 「お魚、少し食べる?」
 湯飲みを受け取りながら答えた彼女の言葉に、化け猫は嬉しそうに頷いた。
 多分、こんな事になるんだろうと思い、多めに魚を料理していた、みなもである。魚を放ると、化け猫達が元気良く飛びついた。
 そんな、昼食後。
 いつまでもだらだらしている化け猫達に別れを告げて、みなもは再び湖に入る。食後の運動に、泳ごうと思ったのだ。釣り人に間違えて釣られないように注意しながら、彼女は思いっきり泳いでみる。
 「長老が言うには、昔、ここの湖にも人魚さん達が住んでいた時期があったらしいんです。」
 昼食の時、化け猫の少年が言っていた事である。
 大昔、よそからやってきた流れ者の人魚が山を気に入ってしばらく住んでいた。だが、何か大きな事件があって、湖で命を落としたという。それ以来、ここの湖の霊気は強まったらしい。
 …ご先祖様、居たんだ。
 きっと、ご先祖様も退屈な時、ここの湖で泳いでたんですね。
 みなもは、思いっきり深く湖に潜り、
 …だから、ここの水は操りやすいのかな?
 湖底から180度反転して、水面へと急上昇した。
 みなもは湖面から顔を出し、湖の周りを見てみる。先程までだらだらしていた化け猫達が人に化けて、何やらゴミ拾いを始めていた。
 「僕達は、ただ、ここに元々住んでるだけです。
  山も湖も僕達の所有物じゃないです。そういうのって、誰の物でも無いと思いますから…」
 昼食の時、化け猫の少年は寂しげに言っていた。
 「だから、僕達は山や湖にゴミを捨てないでくれとは言いません。
  …でも…いえ、何でもないです…」
 化け猫の少年が言っていた言葉が、みなもの胸に残る。
 午後の湖は、静かに過ぎていった。
 そうして、夕方まで、泳いだり、水を操る練習を続けたみなもは、そろそろ帰る事にした。
 集めたゴミは持って帰ろうと思ったのだが、
 「まとめてくれたゴミは僕達が片付けますから、大丈夫です。
  …今日は、わざわざありがとうございました。」
 と、化け猫の少年が言うので、任せる事にした。
 「あの、それより、ポリタンク4つも持って、大丈夫ですか?」
 化け猫の少年は、圧縮した霊水入りのポリタンクを抱えるみなもを心配して言った。
 「大丈夫です、人魚ですから!」
 みなもは笑顔で答える。自然に、そういう風に笑える少女だった。
 そして、人魚の血を引く少女は霊峰の湖を去り、人間の街へと帰っていく。

 (完)