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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


ゴースト・チャンネル


■#0 プロローグ

 長谷川郁にとって、雅之はかけがえのない存在だった。

 だから、突然の交通事故で雅之が帰らぬ人となった時、郁を襲った衝撃は計り知れぬものだった。
 誰よりも深く、雅之を愛した。
 誰よりも深く、雅之から愛されていたつもりだった。
 誰よりも、自分は幸福だと、郁は心からそう思っていた。
 ……その時、雅之は彼女にとって、心の大部分を占める存在になっていた。

 不意にそれが引き剥がされたときの痛みは、想像を絶するものだ。
 あまりにも激しい痛みをうけた瞬間、人はその痛みを認識することができない。
 ただ、失ってしまったという事実を前に、呆然とする。
 もう二度と、会うことは出来ない。
 もう二度と、あの優しい微笑みを見ることはない。
 もう二度と、抱きしめられて、そのぬくもりを確かめ合うことも、できない。
 喪失感の後に、絶え間ない絶望と苦痛はやって来る。

 郁は泣いた。
 声の限り泣きつづけた。
 彼の存在を失った、からっぽの心だけを抱いて。

 それから、郁はずっと一人だった。
 一人で薄暗い部屋の中に篭もり、魂の抜けたような表情でテレビを見ているだけの毎日。その両手首には、いくつものためらい傷。
 部屋のテレビは、いつもつけっぱなしだった。
 画像が消え、音が途絶えると、また雅之の事を思い出してしまうからだった。
 そして、楽しかったたくさんの思い出が、もう手に入らないあの頃の幸福が、からっぽの心を締めつけて、粉々に砕いてしまいそうになる。

 ――異変は、雅之がこの世を去ってから半年後に起こった。

『――郁』
 懐かしく、優しい声に、郁はまどろみの中から目を覚ました。
 どうやらテレビを見ながら、眠ってしまっていたらしい。
『そんなところで寝てると、風邪をひくぞ』
 ノイズ混じりのその声は、郁の心に暖かく響いた。
(……私は、まだ夢の中にいるんだろうか)
 夢なら覚めないで欲しかった。
 ノイズ混じりの荒れたテレビ画面に映ったそれは……雅之の姿だった。

         ※         ※         ※

 その数日後。
 とある心霊系サイトのとあるBBSに、以下の内容が書き込まれた。
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タイトル:大好きだった人と死に別れた方へ
投稿者;I.H              2003/05/19 10:57
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あなたには、大好きな人はいますか?
大好きだったけれど、もう二度と会うことの出来ない……
すでに亡くなってしまった人はいませんか?
そんな人にもう一度会える方法を教えます。

深夜の2:00ぴったりに、部屋のテレビを
13chに合わせて下さい。
そして、自分以外に誰も部屋に入れないで下さい。
そして、会いたいその人のことを心に思い浮かべて下さい。
もしあなたが本当に、その人を心から大好きだったなら
きっとその人が、テレビの画面に現れ、
あなたに話しかけてきてくれるはずです。

これは、本当です。
私の元にも、大好きだった人が来てくれました。
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 その書き込みを見た誰もが、他愛もない戯言だと一笑に付したに違いない。
 しかし少数ではあったが、その書き込みから、不可解な異変の匂いを嗅ぎ取った者たちもいた。
 丑三つ時の13chに何が映るのか。そして、その正体とは。
 彼らは真実を知るべく、調査を開始した。


■#1 雫の頼み

 昼下がりのインターネットカフェ・『ゴーストネットOFF』。
 息抜きがてらこの店に訪れ、偶然居合せた四人の男女を相手に、一人の少女がしきりに声を弾ませていた。
 少女の名は瀬名雫。いつ来ても何故かここに居ることで、このカフェでも有名な常連客である。
「ウチのサイトのBBSにこういうカキコがあったんだけど……」
 そう言って、雫は四人の眼前にあるパソコンのモニターに、BBSの書き込みを表示してみせる。
「……なになに、『大好きだった人と死に別れた人へ』?」
 四人の中でもっとも若い――眼前の雫よりも、はるかに幼く見える銀色の髪の少女・海原みあおが、興味津々といった表情を浮かべて、モニターに映る文章を読み上げた。
「丑三つ時の13chに、死んだ人間が映る……? 嘘臭い話だな」
 端正な顔立ちに苦笑いを浮かべたのは、高杉奏(たかすぎ・かなで)。肩まで伸びた長い黒髪を後で纏めている。もう若者と呼ぶほどには若くはないが、ミュージシャンらしい、黒系統でまとめたセンスのいいファッションには、大人の男の色気さえ漂わせている。
「まるで『おまじない』みたいだなあ、こりゃ」
 高杉同様、まったく信じていないといった風情で肩をすくめた青年は、雪ノ下正風(ゆきのした・まさかぜ)。だがその緑がかった不思議な色の瞳は、彼がこの話に興味を抱いたことを示すように愉しげに揺れていた。新進気鋭の若手オカルト作家として、この手の話は、彼にとって絶好のネタなのであった。
「…………」
 残る最後の一人、黄金の髪に雪のような白い肌の美女、レイベル・ラブは、腕を胸前に組んだまま、考え込んでいるかのように沈黙している。
「でも、面白そうじゃない?」
 雫がそう言って、愛らしい顔立ちに、にやりと小悪魔のような笑みを浮かべる。
「うんうん、面白そう!」
 くりくりした大きな瞳を輝かせて頷くみあお。
 もっと『大人』な他の三人の反応は、冷静なものだった。
「何か企んでるな、瀬名雫」
 警戒の眼差しで見つめる正風に、
「――あ、わかった?」
 悪びれもせずにそう言う雫。
「ウチには毎日たくさんこの手の怪奇情報の投稿が来るんだけど、とーっても量が多過ぎて、あたし一人じゃ調べきれないの」
「それで、俺たちにこいつが本当かどうか調べろと?」
「そゆこと♪」
 奏の言葉に、雫は調子よく頷いた。
「みあおやる! みあおもね、声を聞きたい人がいるんだ!」
 手を上げて元気よく即答するみあお。この様子では、雫が頼まなくとも、どのみち実行するつもりでいたのだろう。 
「……ま、本当かどうかは怪しいもんだが、やってみてもいいぜ。どうせ二時ごろなら宵の口だしな」
 奏も同意する。
 正風はしばらく考えていたが、ふと遠い目をして、
(そういや、亀子の命日、今日だったな……)
 そして、雫に頷いた。
「俺も手伝うよ。原稿のネタくらいにはなりそうだしな。……レイベル、あんたも興味がないわけじゃないんだろ」
 話を振ってきた正風に、レイベルは冷ややかな笑みを浮かべて、
「私には会いたい者などいない。すでにこの世を去った者と、今更言葉を交わして何になる」
 ぶっきらぼうにそう言う。
「……だが、この話が事実かどうか、確かめてみたい気はするな」
「きまりだねっ!」
 雫はぱちんと指を鳴らすと、嬉々として言った。
「それじゃあさっそく今夜にでも試してみてよ! それで何が映ったか、後で詳しく教えてちょうだいね!」


■#2 追憶の音色

 奏の指が鍵盤を爪弾くと、漆黒のピアノは、妙なる音色に身を震わせて歌い始めた。
 深みのある、優しい音で織り成されるメロディーは、切なく、儚げなバラード。
 奏は瞳を閉じながら、まるで音の世界に意識を支配されているかのように、無心に曲を弾いた。
 ……その指が、不意に止まる。
「だめだ」
 ちっ、と舌打ちして、ピアノから離れる。
 曲がだめなのではなかった。だめなのは彼自身の問題なのだった。
「……まったく、詞が浮かばんな」
 朝からずっとこの調子だ。新曲に乗せる詞を書こうと、ピアノを繰り返し弾いては白紙のレポート用紙へ向かい、そしてまたピアノへと戻って――といった具合に、ずっと格闘していたのだが、まったく言葉が頭に浮かんでこない。
「我ながら、いい曲だと思うんだがなあ。全くイメージが浮かんでこないってのはどういうことだ」
 自分自身にぶつくさと文句を言いながら、はあ、と溜息をつく奏。これまでにもこういうことは何度もあったが、曲を弾きながらまったく何のイメージも浮かばない、というのは初めてだった。
「これがもしかして、『才能の枯渇』ってやつか?」
 アーティストとしてはもっとも恐ろしい言葉を呟きながら、奏は煙草に火をつけた。
 結局、気分転換にわざわざ『ゴーストネットOFF』へと出かけたことも、あまり意味がなかったようだ。
 煮詰まった苛立ちを紛らわすかのように、奏は頭をぼりぼりと掻いた。
「……そういや、面白いことを言ってたな。テレビに、死んだ人間が映る……『ゴースト・チャンネル』か」
 雫からその話を聞かされたとき、十中八九、眉唾だろう、と奏は思っていた。
 霊の存在や、この世の常識では計り知れない怪異の存在は、奏も認めている。このところ東京で続発している怪異事件のことについても多少は知っているし、うちいくつかは自らも関わり、目の当たりにしてきたことだ。
(だが、会いたい死者が都合よくテレビに映るなんてのは、いくらなんでもできすぎた話だ)
 ぼんやりとそんなことを考えて、紫煙を吐く。
 そしてふと、部屋の片隅に無造作にたてかけてある、ダークブルーのケースに目をやった。
 年にほんの何度かしか、開けることのなくなったケース。
「…………」
 奏はしばらく物思いに沈んだ後、灰皿の上で煙草をもみ消して、奏はそのケースに手をかけた。
 昔から相変わらず堅い銀色の留め金を外して、その蓋を開く。
 その中には、青春時代から今までを、ずっと共に過ごしてきた相棒が眠っていた。
 焦茶にくすんだ色の、アコースティックギター。
「……よお」
 その姿をしみじみと眺めて、奏は久方ぶりに封印をとかれた相棒に、そう声をかけた。
 そしてまるで大切な恋人に対してそうするかのように、窮屈なケースから出してやり、胸元に抱える。
 弦にそっと触れると、ギターは歓びにうち震えたかのように、切ない音色を奏でた。
 奏でながら瞳を閉じると、暗黒の中に様々な情景が浮かんでくる。
《おれ、あんたの音、好きだぜ》
 不意にそんな懐かしい声が聞こえたような気がして、奏ははっとした。
 ああ、と呟いて、奏は淡い笑みを浮かべる。
 その言葉が、全てのはじまりだった。

         ※         ※         ※

「音楽なんてものはな」
 遠い記憶の中。
「誰にも聞いてもらえなけりゃ、存在しないのと一緒だ」
 そう仲間たちに熱を帯びた口調で語る奏は、十六歳の少年の姿をしていた。
 時代は、80年代後半から訪れるバンドブームより、まだ少し前のこと。
 原宿の歩行者天国に路上アーティストやダンサー達が集まり出すその以前。
「おい、マジでやんのかよ」
 まだ新品のアコースティックギターを抱えた奏に、連れの少年が不安そうに言った。その当時、それなりに仲の良かったクラスメートだったが、もう今となっては顔も名前もうろ覚えだ。
 あまりに人が雑多に行き交う週末の歩行者天国の空気に、奏とともにギターを片手に息巻いてきたその少年も、すっかり気負されてしまっているようだった。
「やめとけって。恥かくだけだぜ」
「なんだよ、ここまで来てお前、演らないのか?」
「やだよ俺。こんなに人いるなんて聞いてねえしよ。第一誰も俺らの曲なんて聞かねえって」
 いつもは尊大な態度で他人に接する彼の、借りてきた猫のような様子を見ながら、奏はふん、と笑って肩をすくめた。
「わかってねえな。こいつらに『聞いてもらう』んじゃない」
 目の前を行き交う雑踏。路傍でギターを抱えて立っている自分達を興味半分で一瞥して、しかしそのまま歩みを止めずに去ってゆく人々を静かな瞳で睨み返しながら、奏は自信に満ち溢れた声で言った。
「――俺たちが、聞かせてやるのさ」
 そして、ギターの弦に手をかける。
 高杉奏、生まれて初めての演奏(パフォーマンス)の始まりだった。

 ……そして。
 初戦の結果は惨敗だった。
 まだまだ練習不足だったせいなのか、それともやはり初めての挑戦が、無意識のうちに奏の平常心も奪っていたのか。
 とにかく、弾き間違いの連続で、その度に道行く人々の間からは失笑が洩れるのだった。
 足を止めてじっくり聞いてくれるような客がいなかったのは、むしろ幸いだったかもしれない。
「……だから言っただろーが」
 帰り道。連れの少年がそれ見たことか、と言わんばかりの勝ち誇った口調で言った。結局彼は、早々にギターをケースに戻し、一回もその弦を奏でることはなかった。
「変な目で見られて笑われて恥かいただけじゃん。俺、側にいるのも恥ずかしかったぜ」
「うるせえよ、お前は」
 苛立ちを隠しきれない声で、奏は答えた。
「確かに、俺のギターはいまいちだった。あれじゃダメだ。だけど、次はもっとうまくやる。今度は絶対笑わせねえ」
「おい、またやるつもりかよ!?」
「ああ、また次の週末な。それまでに、もっとみっちり練習しとこうぜ」
「やだぜ俺! あんな恥ずかしい思い、もうしたくねえよ」
「……勝手にしろよ」
 連れの言い草に呆れて、奏はひとり歩を進めた。
「もうつきあわねえからな!」
 背後で少年の声が聞こえた。彼のギターは、いずれその役目を一度も満足に果たすことなく、物置にでも眠るのだろう。
 奏はそのまま振り向かず、立ち止まらずに、少年を取り残して歩きつづけた。

 翌週。原宿、歩行者天国。
 少年は来なかった。
 路傍に座り込み、ギターの音を確かめながら、奏は少年の不在などもはや意にも介さず、雑踏を見つめていた。
(俺、なんでギターを弾きたいと思ったんだろう)
 ぼんやりと考える。
(……見た目、ギタリストがかっこよかったってのが一番かな。でも、こいつを手にいれて、)
 腕の中のギターの心地よい重みを確かめる。
(弦を爪弾いてると、心が落ち着くんだ。毎日のイライラすることとか、将来の焦りとか、何もかもふっとんでっちまう。気持ちが、満たされるってのかな)
 部屋の中で無心でギターを奏でているときのその充実感。
 先週の演奏にはとても、そんな余裕はなかった。
(多分、俺は、もっともっと満たされたいんだ。そして、自分だけじゃない、もっとたくさんの人の気持ちを、おんなじように満たしたい)
 すっと大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
 身体の中の緊張が吐息とともに身体から溶けて出てゆくような気がした。
 あれから、ほぼ毎日、指が痛くなるほど練習した。それでも、自信はない。おそらくまた失敗するだろうことはわかっていた。
(――それでもいい。楽しんで弾こう)
 にっ、と笑って覚悟を決めると、奏はギターの弦に指を重ねた。

 無心に、奏は弾いた。
 好きな曲を、心の弾むままに弾いた。
 いつしか世界から、たくさんの雑踏と騒音が消え、風景が消えた。
 ただ自分とギター、そして二つが生み出す旋律のみが、世界を構成するものになっていた。
 弾き間違えたことさえ、気にならなくなっていた。完璧を求めて弾きなおしていた前回とは違い、気にせずにただ弾いた。自分以外の人間にその音がどう響くか、もうどうでもいいような気もした。
 気がつくと、眼前でぱち、ぱち、ぱち、と拍手の音が響いていた。
 ジーンズに包んだ細い足が、目の前に立っていた。
 そのまま視線を上にずらしてゆくと、細めのスレンダーな姿が、奏に向かってまぎれもない賞賛の拍手を送っていた。
 少年か、少女か。性別はよくわからなかった。ウェーブがかった長い髪に、整った顔立ち。細身の体躯もファッションも、中性的なものを感じさせる。
 それが初めて、自分の音に足を止めてくれた客だった。
「さ……サンキュ」
 照れくさそうに苦笑いして、奏はひとまずギターを下ろした。
 すると、その客はその場にしゃがみこんで、奏の目をのぞきこむように笑った。
 見ず知らずの他人に突然そんな風にされれば、あまりいい気分はしないものだ。気性の荒い奏なら、あからさまに不快さを態度に出してもおかしくはなかったのだが、この時はまったく不快なものを感じていなかった。演奏による充実感と、相手が自分を認めてくれた存在だというせいもあるのだろうが、何よりその相手の仕草や雰囲気、そういったものが、少なくとも奏にとってはどれも心地よいもののように感じられた。
 男だろうか女だろうか、とその美貌を見ながら、奏は考えた。男であってほしい、と思った。女にしとくのは勿体なさすぎる。こいつとは、もしかすると最高の友達になれるかもしれないのに。
「あんた、下手くそだねー」
 そう遠慮のかけらもなく言ったその声は、声変わりしてまだ間もない男のものだった。 
「でも――俺、あんたの音、好きだぜ」
 そう言って、『彼』は笑った。
 その言葉こそ、奏のこれまでの生涯において、彼の音に対する最高の賛辞だった。


■#3 友に捧ぐバラード

(あれから、もう二十年以上も経っちまったんだな……)
 彼――鏡夜との出会いが、奏の人生をどれだけ変えたのだろう。
 おそらく彼と出会わなければ、今の奏は存在していなかった。もう名前も忘れたあの少年のように、ギターを弾くことも忘れ、ごく普通の生き方を選んでいたかもしれない。あるいは、ろくでもない大人になっていたかもしれない。
 ベースをやっているという鏡夜と、そしてその後知り合った仲間たちとともに、バンドを組んで演奏するようになったのは、それから間もなくのことだ。
 歩行者天国の一角で彼らの曲に足を止める客はみるみると増え、原宿に凄いバンドがいるという噂は、またたくまに世間に広まった。
 奏たちのバンドに影響され、憧れて、音楽を始めた者は数知れまい。そして歩行者天国はあっという間にストリートパフォーマーたちの楽園となった。
 そして本格的なバンドブームの到来とともに、奏たちのバンドは大手プロダクションと契約を結んでメジャーデビューを果たし、活動の場をメディアへと移した。歩行者天国には、伝説だけが残った。
 その歩行者天国も今はない。
 ……そして、鏡夜も。

 時計の針は、間もなく2時を差そうとしていた。
 冷蔵庫から冷やしておいたグラスを2つ取り出し、テレビの前のテーブルに置いた。
 そして、お気に入りのジンの瓶も二つ。そのグラスの間に置く。
 ひとつは自分の為、ひとつは彼の為。
(そういやこいつも、お前が好きなやつだったんだよな)
 鏡夜が飲んでいたこのジンを奪って飲むうちに、奏もまたこの銘柄を好んで飲むようになったのだ。考えてみればみるほど、鏡夜という人物の存在は、今の奏には大きいものだった。
 懐かしむような笑みを浮かべて、テレビをつける。リモコンで、チャンネルを13に合わせると、ざーっという耳障りな音と、灰色と黒に暴れる砂嵐の映像が画面に映し出された。
(いい歳して、こんなガキのおまじないみたいなことをやってるなんて、笑うなよ、鏡夜)
 間もなく時間だ。奏は瓶の蓋を開けて、透明な液体を二つのグラスに注いだ。
 全ての準備を終えて、テーブルを挟んだテレビと向かい合う。
 BBSの書きこみにあったように、奏は瞳を閉じると、親友の姿を心に思い浮かべた。
 不意に――。
 耳に聞こえてくるざざーっという音が、揺らぎはじめた。
 ざっ、ざざっ、という小刻みな音。そしてその中に、何か人の声のようなものが混じっているのを感じて、奏は目を開けた。
『……元気そ……じゃないか、……奏』
 テレビ画面には、懐かしい表情が浮かんでいた。
 ウェーブがかった長い髪。出会ったばかりのころより少し顎が尖った、やはり男とも女ともとれる、不思議な色気を滲ませた美貌。
「――よう。久々だな、親友」
 テレビの中の男に、奏は笑いかけた。
『いい歳して、そんなガキのまじないみたいな事をやってるのか。相変わらずだな』
 予想した通りの台詞を投げかけられて、奏は苦笑した。
「そのガキのまじないで呼び出されたお前は何だ?」
『ちがいない』
 二人は笑い合った。

         ※         ※         ※

 そして奏は、ジンを片手に、たくさんのことを鏡夜と話した。
 無論、鏡夜の方は飲むことなどできなかったが、同じく酒が入っているかのような勢いで、会話が弾んでいく。
 鏡夜と、仲間たちと過ごしたバンド時代の事。
 鏡夜の死をきっかけにバンドを解散して、今は他のアーティストへの曲の提供をメインとした活動をしていること。
 そしてそれ以来、愛用のギターを特別な日にしか弾かなくなったこと。
 鏡夜は興味深そうに、奏の話に耳を傾けていた。
「……なんか、俺ばっかり話してないか?」
『そんなことないと思うけどな。ほら、もっと飲めよ』
 テレビの中の親友に促されて、ジンを飲む。
「そういや、聞きたいことがあるんだ。あの世って、どんな感じだ?」
『一面に綺麗な花が咲いて、空には澄んだ青空が広がってるのさ。そしていつも、どこからともなく心地のいい曲が聞こえてくるんだ』
「嘘つけ」
『ばれたか』
「お前がそんなあからさまに天国らしいところに行くわけがない。百歩譲って心地のいい曲が流れてたにしても、お前の趣味じゃデスメタルあたりだろ」
 そう言ってまた笑い合う二人。
『ま、正直な話、死後の世界とかってうまく言えないんだ。見る者によってまったく違うように映るらしい。それは、生きてる時も同じだろ』
 もっともだ、と奏は思った。生者の属するこの世界であっても、見るものによって世界はいかようにも変化する。絶望と苦痛に満ちているばかりだったり、逆に楽しいことが無数に詰まった玩具箱のように見える時もあるだろう。
『ま、俺の場合は特に居心地は悪くないが、あまりいい女がいないのが悩みの種だな』
 にやりと笑って鏡夜が言った。
「いい女……か」
 空になったグラスにまたジンを注ぎながら、奏は呟いた。
 身体が重い。だいぶ酔いが回ってきたようだ。
「そういえば、覚えてるか。――戒那の事」
『…………』
 鏡夜の顔から、冗談めかした笑みが消えた。
 ああ、こいつ――と気づいて、奏は話を続けるべきか、逡巡した。
 だが、言葉を続けた。
 奏が、彼女を妹のように可愛がっている事。彼女が大学で、心理学の助教授になった事。現在、彼女の元に年下の同居人がいて、恋人のような関係になっている事。
 そして――。
「あいつは、今でもお前のことを愛しつづけている」
『…………』
「姿を捨て、お前の稚拙な愛を、あいつなりに受け止めてる」
『…………』
 鏡夜は無言なまま、奏を見つめていた。
『何故、それを俺に話す?』
 その問いに、どういう意味が含まれていたか。
 知るものは奏と、彼のギターだけであったか。
「お前が、本物の鏡夜かどうかなんて、どうでもいいんだ」
 奏はそういって、アルコールの匂いのする吐息を吐いた。
「霊は過去の存在だからな。新しく、何かはもう、できない。ただ俺が、話したかっただけさ。『鏡夜』に、話したつもりになりたかっただけさ」
 そして、ギターを抱き寄せる。
「お前が偽物なのは、なんとなくわかってた。しきりに酒を勧めてたのは、俺を酔わせて油断させるためだな。そうやって、心の隙を突いて支配する類のやつなんだろ、お前は」
『貴様ッ……!』
 鏡夜の表情が歪んだ。悪鬼の形相に。
「でも、おかげで久々に楽しかったぜ。下心は叶えてやれないが、愚痴を聞いてくれて感謝してるよ」
 そして、ギターの弦に手をかける。
「せめてもの礼に、俺の新曲を聞かせてやるよ。それを土産に、あの世に帰んな」
 そして、指先が弦を爪弾いた。ギターから伝わってくる振動が、音色が、身体に染み入っていくように。
 魂までも震えるような気がした。
 ぜんぜん浮かばなかったイメージが。曲に乗せる歌詞が。
 脳裏の中の鏡夜の面影とともに、自然と唇からこぼれ出す。

 ――無二の親友に捧ぐ、切なく、優しいバラード。

 曲を弾き終わると、テレビには元の砂嵐だけが映り、部屋には元の耳障りなノイズだけが響いていた。
(……去った、か)
 奏は微笑を浮かべると、ギターを下ろした。
 傍らのケースにそっとしまい込み、また蓋をして堅い留め金をかける。
 そして、グラスの中に残っていたジンをぐっと飲み干すと、テレビの電源を切った。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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整理番号/   PC名   / 性別 / 年齢  / 職業
 1415 / 海原・みあお  / 女性 / 13  / 小学生
 0367 / 高杉・奏    / 男性 / 39  / ギタリスト兼作詞作曲家
 0391 / 雪ノ下・正風  / 男性 / 22  / オカルト作家
 0606 / レイベル・ラブ / 女性 / 395 / ストリートドクター

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■         ライター通信          ■
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 どうも、たおでございますヾ(≧∀≦)〃
 そしていつも以上にふらふらでございます。
 難産の末に生まれた『ゴースト・チャンネル』ですが、楽しんでいただけましたでしょうか?

 僕はどちらかというと、キャラごとに個別にプレイング結果を書くより、参加してくださったメンバーさん全員が絡み合って物語を進めていくほうが好きなので(その分、展開が複雑になって文章量が増えてしまうのですが)一気に参加者さん全員のプレイングを1つの物語としてまとめて書くことが多いのですが、今回は参加者さんのプレイングがそれぞれ接点なしだったりするので、困った困った。
 オープニングの中の『そして、自分以外に誰も部屋に入れないで下さい』という一文を、どれだけ恨めしく思ったことか(笑)。
 さんざん迷ってリテイクを繰り返した挙句、結局この『ゴースト・チャンネル』は、各プレイヤーさんごとに、ほとんど個別作成という形になりました。んでもって結局その方が書きやすかったりして。あいたたた(苦笑)。

 遅ればせながら、この度はたおの調査依頼にご参加ありがとうございました!ヾ(≧∀≦)〃
 ご発注をいただいてから、相当お待たせしてしまって、本当に申し訳ありませんでした。
 おまたせした分、一生懸命書きましたので(というかいつでも一生懸命なのですが)、楽しんで読んでいただけると嬉しいかぎりですが……。
 今後はもっと執筆スピードもあがってゆくと思いますので、どうか懲りずに、またたおの調査依頼に参加してやってくださいね!ヾ(≧∀≦)〃

たお