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人食い姫
1.美味しい人募集ちう♪（はぁと）
始まりは唐突だった。戸を乱暴に開き、ずかずかと興信所に上がり込んで来た少女を見、草間は目を丸くした。年の頃は十四、五歳か。まだあどけない顔の彼女が着ているのは、何と十二単である。現代人離れした容姿の少女は、草間が何も言わないのを良いことに勝手にソファに座った。
「何や、狭苦しい部屋じゃな」
少女は十二単の裾から扇を取り出し、優雅に仰ぎ始める。その様は純日本風の彼女にはぴったりで絵になる光景だったが。そんな彼女が今ここに現れることこそが異常なのだと草間は舌打ちした。また厄介なことに巻き込まれそうな気がする。
「お主が草間かぇ？ 何や、頼りない面してんなぁ」
「頼りないは余計だよ。で、どんな依頼なんだいお嬢ちゃん」
嫌な予感がしつつも草間が訊くと、少女は「よくぞ聞いてくれた」と言わんばかりの満面の笑顔を浮かべて応える。
「美味そうな人間を探して欲しい」
「……は？」
「ああ。まだ名乗って居らんかったな。わらわは名を『千代姫（ちよひめ）』と申す」
「あー、いや、名前を訊いた訳じゃなくて──何の御用で？」
「じゃから、美味そうな人間を探して紹介して欲しいと言うとるんじゃろうが」
舌なめずりをしながら応える彼女の眼に怪しい光が宿っていることに気づき、草間はごくりと唾を呑んだ。この種の光は何度か見たことがある。怪奇探偵などと呼称されるようになったそもそもの原因──この世ならざるモノ達が放つ光だ。
「お嬢ちゃん、あんた一体何者だ？」
「お主らの言葉でわらわに最も近いものは『鬼』じゃな。もっとも、それとて適切な表現とは言いがたいがな」
「鬼……か」
実際に見る鬼は、昔話のように恐ろしげな赤ら顔でも角を生やしてもいなかった。一見して可愛らしい少女。格好こそ異常だが、イメージとのギャップからか俄かには信じられない。だからこそ余計に恐怖を感じるのかも知れなかったが。
「わらわの主食はお主ら人間じゃ。じゃが最近は不味い人間が多くての。山から降りて片っ端から喰らってはみたが、どいつもこいつも畜生みたいに肉臭くてかなわんわ」
「それで、美味い味の人間を見つけてこい、と？」
「おお、そうよそうよ。ようやく分かって来たみたいじゃな」
「そんな依頼、引き受けるとでも？」
「断ればお主を喰らうまでよ。骨っぽくて噛み応えがありそうじゃ」
そう言って舌なめずりをする千代姫を見て、草間は冷や汗をかきながら受話器を手に取った。電話を掛ける相手は、この手の依頼を解決するに最適と判断した者達だ。
「──もしもし、あんたか。早速だが、ちょっと喰われてみてくれないか──？」
2.人を喰った話
草間興信所には様々な客が姿を見せる。それは何も人間に限らない。時としてそれは探偵業の職務限界を逸脱した『闇』よりの者であり、草間一人の手には負えないことがしばしばあった。そんな時手伝いに呼ばれるのが、宮小路皇騎（みやこうじ・こうき）ら『闇』に精通した者達である。
「文字通り、人を喰ったような話ですね。全く、貴方は人を何だと思っているのですか？」
草間からの説明を受け溜息混じりに皇騎がぼやくと、草間は苦笑いを浮かべ「謝礼は弾むよ」と応えた。
「それは、生きて帰って来られたら、の話でしょう」
「まぁな。だがあんたは鬼にも怯まないと思うがね。何せ──」
「これでも一応、陰陽師ですしね。どちらかと言うと鬼退治は得意分野です」
ふっと笑って皇騎は目を細めた。独特の神秘性漂う眼光が、草間の心にあった不安を取り除いていく。そうだ、この男なら。あの鬼姫を御すことも、可能かも知れない。
「それで？ その千代姫とやらは、一体何処に居られるのですか？」
「おお。引き受けてくれるか」
「草間さんの説明では今一つ依頼の内容が把握できないので、直接本人から聞いてみようと思いましてね。本当に彼女が鬼なのかどうか確かめなければなりませんし、もし本物なら黙って見過ごす訳にもいかないでしょう」
そう言って皇騎は立ち上がり、壁に一枚護符を貼り付けた。
「軽い結界です。邪気をはらむ者を寄せ付けない効果がありますから、もう二度と千代姫がここに現れることは無いでしょう。もっとも」
そこで一旦口をつぐみ、皇騎は草間の方を振り返る。
「結界が破られた場合の責任は取りませんよ。あくまでこれはサービスの一環に過ぎませんからね。もっと強力な護符をお望みの場合は別料金を頂くことになります」
「何かそう言ってる時点で護符の意味無さそうなんだが。まぁ、気休め程度に受け取っておくことにするよ」
「ええ、それが良いかと。……それで、千代姫はいずこに？」
「ああ。一応住所は控えてあるんだが」
草間が取り出したメモ用紙に書かれていたのは。
『日本国鬼ヶ岳一丁目三番地』
という、殴り書きの文字列だった。
「……人を喰うにも程がありますね……」
こめかみを引き攣らせながら、皇騎はうめいた。
皇騎が鬼ヶ岳を発見できたのは、それから一週間後のことだった。
3.人食い姫VS陰陽師
宮小路皇騎は表にこそ出ないものの、全国でも有数の由緒正しい財閥御曹司である。本来なら働かずとも暮らしていける立場にあるのだが、たまに家業の手伝いをすることもあった。京都・奈良を中心とする陰陽師一族の若き跡取り──それが皇騎の裏の顔であった。その関連で草間の依頼を受けることがあり、その度に仕事（主に草間の手に負えない化け物達の相手）を手早くこなしてきたため、草間の皇騎に対する信頼は厚い。だから今回のような妙な事件を解決するために呼ばれたのも、当然と言えば当然のことだった。
（しかしまさか、ここまで大事になるとは思っておりませんでしたよ……恨みます、草間さん）
鬼ヶ岳最深部。彼の姿を見とめるや襲い掛かって来る魔物達から逃げながら、皇騎は千代姫を探していた。今の所それらしい人物は見つかっていない。人間の骨ならそこら中に散らばっているのだが。どうやらここは、人の身で踏み込むにはあまりに危険な場所であるらしい。所持する護符の数を確認しつつ、後方から迫る魔物の群れに向かって一枚投げ付ける。すると、護符を中心に炎が広がり、魔物達を包み込んだ。俗に言う『鬼火』だ。これで少しは時間稼ぎになるだろう。安堵の息を漏らしつつ、皇騎は千代姫を見つけるべく視線を巡らせる──と。
「わらわのことを探しておるようじゃな、人間。さてはお主が草間が用意した美味い『肉』かえ？」
突如、上から声が聞こえた。見上げると、上空を何かが飛行しているのが見えた。十二単を纏った黒髪の少女。それが猛スピードで此方に近付いて来ている。千代姫だと気付き、皇騎は反射的に身構える。そんな彼の様子を気にする風もなく、千代姫は優雅に降り立った。ふわさ、と舞い上がる艶やかな長い黒髪、可愛らしい風貌に、皇騎の顔に自然と笑みが浮かぶ。本当にこの娘が、草間の言うような恐ろしい人食い姫なのだろうか。俄かには信じられなかったが。
「どうした、人間。わらわに喰われに来たにしては、少々態度が大きいようじゃが？」
少女はにやりと笑みを浮かべ、じろじろと皇騎の顔を見つめて来る。目が合った瞬間、まるで雷に打たれたような衝撃を受け、皇騎は咄嗟に跳び下がった。
「ほう。わらわの神気に反応するとは、面白い人間も居たものじゃな」
「……貴方が千代姫、ですね。なるほど、確かに大した力の持ち主のようだ」
「くくく、そういうお主こそ。匂う、匂うぞ。喰えば神気増大間違い無しの逸品のようじゃ。さぞかし肉も美味いに違いあるまいて」
じゅるり。舌なめずりをしながら彼女はゆっくりと近付いて来る。あどけない顔に浮かぶ邪悪な笑みを見て、皇騎は一歩後退した。どうやら、草間の言っていたことは本当のことだったようだ。試しに護符を数枚取り出し、投げ付けてみるも。彼女の肌に触れる前に、それらは全て焼き尽くされてしまっていた。
「貴方が本当に人を喰うというのなら、放ってはおけません」
「これから喰われる者が何を言う。命乞いか？」
「違います。争いは可能な限り回避したい。そう願うだけです」
焼き尽くされた護符の灰が、皇騎と千代姫の間に降り積もる。眉をひそめ、千代姫は歩みを止めた。異常を感じ取ったらしい。灰の中に踏み込むのを躊躇っているように見えた。
「それに、少し貴方に興味がありましてね。良ければ話をしませんか？」
にこやかに笑って皇騎が腰を下ろすと、千代姫もまた「ふん」と鼻を鳴らしてその場に座り込んだ。もう笑みを浮かべてはいない。皇騎の正体に気付いたのか、敵意を剥き出しにした視線で此方を睨み付けて来る。
「まず最初に自己紹介を。私は宮小路皇騎。既にご存知でしょうが、陰陽師です」
「草間め。たばかりよったな。陰陽師を寄越して来るとは……そんなに喰われたいのか」
唸る千代姫。今にも草間興信所を襲撃しかねない勢いだが、皇騎は気にすることなく話を続ける。結界を張っている以上、千代姫と言えども迂闊には手を出せない筈だ。
「それで、貴方に質問があるのですが。一口に人肉と言っても色々あります。赤ん坊からお年寄りまで、年代によって味も違うでしょう。貴方は最近の人肉を不味いと言いますが、それでは一体どのようなものをご所望なのでしょうか？」
興味本位と、解決の糸口を見つけるために質問する。千代姫の食の好みによっては、用意できないことも無いのだ。例えば死肉なら墓を掘り起こせば用意できるし、戦場へ行けば山ほどあるだろう。新鮮な死体は病院で直ぐに手に入る。
「好みという程の好みは無い。別に男でも女でも、赤ん坊でも大人でも年寄りでも構わん。要は活きの良い肉じゃな。新鮮な内に頭から噛り付くのがわらわの好みじゃ。
じゃが、最近の人間どもはどうも生気に欠けるというか、肉にも張りが無いというか。昔程今を生きることに執着が無くなったような気がする。食うてもどれも不味いんは、根源たる魂そのものが腐ってきてるからなのかも知れんな」
「魂、ですか」
「うむ。幸いにも、お主の魂は極上のようじゃがな」
千代姫の物言いに皇騎は思案する。一見して食欲に飢えた魔物だが、此方の話を聞く気はあるようだ。鬼の名を冠するだけあって、ある程度の知性はあるのだろう。ならば、話し合いで解決する道もありえるのではなかろうか。
「もう一つ、質問があるのですが。食事は本当に『人肉』でないといけないのでしょうか？ 他のモノでも良いのなら、如何様でも協力しますよ」
「ふむ。お主、わらわに腹を壊せと言うのか？ 却下じゃ」
「どうしても駄目ですか？」
「くどい。今すぐ喰らって欲しいのか？」
「……ならば、こうしましょう。勝負をして、私が勝てば貴方は人を喰うのを控え、草間興信所にも手を出さないで下さい。逆に貴方が勝てば、私は大人しく貴方の糧になりましょう」
「ほほう。面白い、望む所じゃ。して、何の勝負じゃ？」
興味津々と言った様子で千代姫は訊いて来る。よし、乗って来た。皇騎は胸中で密かにガッツポーズを取っていた。
4.千代姫無残
一ヶ月ぶりに皇騎が草間興信所に戻って来た時、草間は死人を見るような目で彼を見つめ、口をあんぐりと空けたまま硬直した。無理も無いだろう。すっかり痩せこけた自分の顔を鏡で見、皇騎は溜息をつく。
「勝負に時間を掛け過ぎてしまいましたね。もう少し早く終わると思っていたのですが」
「勝負？」
「ええ。絶食勝負です」
にっこりと笑って、皇騎は草間の用意してくれたお茶漬けをかき込んだ。数週間ぶりの食事らしい食事。空き腹を満たしていく米の旨みを噛み締めながら、一口一口ゆっくりと飲み込んでいく。美味い。こんなにも飯が美味いと思ったことは一度も無かった。
（食の大切さを知って、あのお姫様も少しは変わると良いのですがね）
骨と皮だけになって崩れ落ちた千代姫の姿を思い出し、皇騎は思わず笑みを零した。
それ以来、千代姫が草間興信所を訪れることは二度と無かった。
〜了〜
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【0461 ／ 宮小路・皇騎 ／ 男 ／ 20 ／ 大学生（財閥御曹司・陰陽師）】
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■ ライター通信 ■
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初仕事ですｖ 一応プレイング通りに話を進めたつもりなのですが、果たして上手くいったでしょうか、微妙に不安なのですが……（＾＾；
皇騎さんの最後の切り札、不動明王『羂索』召喚は面白そうではあったのですが、勝負の時点で決着がついてしまったので流れてしまいました（笑）そこまで入れたら6000字オーバーになりそうでしたしね（遠い目）
そういう訳ですので、また今度使っても宜しいでしょうか？（笑）ではでは以上、藍樹でございましたーｖ 皇騎さん、どうもありがとうございました☆
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